スポーツ選手からもらう「壁を越える」チカラ

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メジャーリーグの大谷翔平選手を始め、日本のスポーツ選手が世界と対等に競うことは驚くことではないのかもしれませんが、昨日夕方、ブダペストで開催されている陸上の世界選手権女子1万メートルを見ていると、広中璃梨佳選手(日本郵政グループ)がケニヤやエチオピアの選手に混じり、先頭集団で必死でくらいつく姿に思わず興奮して応援してしまいました。
 
結果、31分35秒12で7位に入り、日本勢として2013年大会以来、10年ぶりの入賞を果たしたことを喜んだところです。
 
喜びは続き、その後に行われた男子100メートルでは何と、サニブラウン・ハキーム選手(東レ)が2大会連続で決勝に進出し、10秒04で6位に入ったとのニュース。
 
前回大会は7位ということでしたが、世界の100メートルで日本人選手が入賞することなど、以前は到底考えられなかったこと。
 
ちなみに、サニブラウンは選手は、準決勝で自己記録に並ぶ9秒97を出し、パリ五輪の参加標準記録(10秒00)も突破するなど、安定した実力をまざまざと世界の舞台で証明したことに「なるほど」と納得した次第です。
 
さらに、男子400メートル予選では、佐藤拳太郎選手(富士通)が44秒77の日本新記録を樹立。
 
これは、高野進氏が1991年に作った日本記録を0秒01更新し、五輪のトラック種目で最古の日本記録を打ち破ったものであり、私が高校の陸上部時代に「すり足走法」で確か世界選手権の準決勝まで進出した、あの高野進氏の記録を「32年ぶり」に更新したことはまさに、「壁を超えた」もの。
 
さぞかし、高野氏も喜んでいらっしゃることと存じますが、イチ陸上ファンとしても、30年以上前の情景が重なる日本記録更新を祝福する次第です。
 
そして最後は、サッカーに話題を変え、「キングカズ」こと三浦知良選手。
 
ポルトガル2部リーグのオリベイレンセでプレーするの三浦知良選挙(56)が20日、ビラベルデンセ戦の後半ロスタイムに出場し、今季初出場。
 
昨季、ご自身が打ち立てた同国リーグの最年長出場記録を更新しました。
 
日頃の鍛錬の賜物としか形容できませんが、シンプルに言えば、「サッカーが好き」だから続けられることであり、そうした意味からも、名実ともに「キングカズ」の称号がふさわしいと敬服する次第です。
 

【今季プロ38年目を迎え、はつらつとプレーする三浦知良選手(2023年4月 JIJI.COMより引用)】
 
こうして、スポーツ選手からもらうのは、速さもパワーも年齢も、「自分で壁をつくらず」、常に「チャレンジ」するということ。
 
つまりは、「壁を越える」チカラ。
 
お笑い芸人の言葉ではありませんが、「やればできる」。
 
この思いのもと、自分自身にも喝を入れて、議員活動も人生も頑張っていく所存です。

お盆と重なる「終戦の日」の意味とは

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ゆっくりとした速度で進む台風7号は、午前5時前に和歌山県・潮岬付近に上陸。
 
「嵐の前の静けさ」とは、まさに今の状態を言うのかと思いますが、雨は降り始めたもののまだ無風の敦賀。
 
今後の進路や注意、警戒の内容については既に、皆さんニュースなどで十分お知り置きと思いますので、ここでは割愛しますが、福井県は本日夕方から明日朝に掛けて通過する予報につき、不要不急の外出を控えるほか、市からの情報にも留意されての対応をお願いいたします。
 
なお、敦賀市においては、プッシュ型(自動的に届く)の防災情報ツールとして「トンボメール(敦賀市防災メール)」がありますので、登録がまだの方はぜひ、以下リンクより登録いただけますようお願いいたします。
 
 →トンボメール(敦賀市防災メール)の登録はコチラから
 
さて、奇しくも台風襲来と重なりましたが、本日8月15日は、78回目となる「終戦の日」。
 
日本は先の大戦で、軍人、民間人合わせて310万人の同胞を喪いました。
 
ここに、すべての御霊安らかなれと鎮魂の祈りを捧げます。
 
8月15日は「終戦の日」というだけではなく、ちょうどお盆にあたることから、日本人にとって「特別な日」とも言えます。
 
釈迦に説法でありますが、お盆、つまり仏教でいう盂蘭盆会(うらぼんえ)は、祖霊信仰という日本の古い信仰と仏教の融合によるいかにも日本的な習俗であり、お盆には死者の霊がそれぞれの家に戻ってくるとされ、生者とのほんの僅かな魂の交流を終えて、8月16日までには死者は「あの世」に戻っていきます。
 
お墓を参り、仏壇に手を合わせれば、そこに帰ってきているかの如く感じる訳ですが、僅かな期間とはいえ、死者は生者とともに過ごし、生者は死者を偲ぶ、いわばご先祖様を大事に思うこの習俗こそ、日本の文化であり心と思う次第です。
 
加えて、お盆と「終戦の日」が重なることによって、私たちは、先の戦争で命を落とした310万にのぼる死者たちを偲び、改めて哀悼の意を表するとともに、今の私たちがあることは、そうした方々の犠牲と努力の上に成り立っていること、そして大東亜戦争の意味とは何だったのかを自らに問い直す機会でもあると思うところです。
 
敦賀市においては、本日正午、政府主催の全国戦没者追悼式に合わせて予定していたサイレンを、台風7号の注意喚起と誤認する恐れがあることから取り止めるとありました。
 
サイレンのある無しに関わらず、哀悼の誠を捧げることに変わりありません。
 
私も正午には、先に述べた思いを込めて静かに黙禱を捧げることといたします。
 

【靖国に眠る英霊。敦賀から鎮魂の祈りを捧げます(2018年5月 やまたけ撮影)】

「きゅう」が我が家に来て「3年」

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ブログを書き始めて約4年3ヶ月。
 
自身の考えや議会、政治のことをより多くの方に知っていただきたいとの思いから始めたこともあり、基本的には堅苦しい内容が多い訳ですが、極力旬の話題も取り込んでと意識するところ。
 
こうして、拙いブログを「毎日読んでるよ」などとお声掛けいただけることは本当にありがたいことですが、昨日もメールで「毎朝ブログを読むのを楽しみにしており、今では習慣になっている」と、ここ最近で共感いただいたテーマまで教えていただき感激した次第。
 
実は、毎日書くということは、アンテナを張って情報収集をすることにもつながっていて、自己研鑽にもなっている訳ですが、生活のリズムとなった「やまたけブログ」は今後も引き続き、書き続けていきたいと思います。
 
さて、毎朝の日課はこのブログを書くことに加え、我が家の愛犬「きゅう」の散歩でありますが、夏は気温が上がる前にと、最近では5時台に家を出るようになっており、朝活の時間帯がグッと前倒しになっているところ。
 
ですので、今もピッチを上げてタイピングするところですが(笑)、すっかり「きゅう」優先のサイクルになっています。
 
その「きゅう」ですが、実は昨日で我が家に来て「3年」になったとのこと。
 
当時、我が家では犬を飼いたいとの話しになったものの、3年生だった長男の高校野球が終わってからにとなり、結果、コロナ1年目で夏の甲子園大会が無くなり、県大会だけが行われた1回戦で福井商業に敗れたのが2020年7月24日。
 
ちょうど、きらめきみなと館で開催されていた「わんにゃんフェア」に行き、妻がゲージの中でやんちゃそうに動き回る「きゅう」に「ビビビ」(死語?)と来たのが、その翌日の7月25日。
 
そして、飼うことを決めて我が家に来たのが7月26日と、流れるようにやってきたことに運命的な出会い(大袈裟かな?)を感じた次第ですが、その「きゅう」。
 
名前の由来は、高校野球が終わってやってきたことに由来する「球(きゅう)」、長男の守備位置(ライト)の背番号が「9」、そして何より、当時はコロナ1年目で何にしても閉鎖的となっていたことから、家族皆「上を向いて歩こう!」と坂本九の「九」と、3つの意味合いをもって命名したもの。
 

【我が家に来た時の「きゅう」。チビでやんちゃ坊主でした。】
 
我が家に来てからは、やんちゃしてもその仕草が可愛らしく、今では一緒に寝る仲になった「きゅう」ですが、やはり家族にとって癒しの存在であり、ともに過ごす時間は至福のひと時になっているもの。
 
いま横を見ると「まだ終わらんのかい」とでも言わんばかりに視線を送ってくる「きゅう」ですが、これからも我が家の一員であり、アイドル的存在として、楽しく一緒に暮らしていきたいと思います。
 
本日はやや、のろけ話しになりましたが、たまにはこういったネタもということでご容赦いただければ幸いです。
 

【この表情で待ってますので、今から散歩に行ってまいります。】
 
(おまけ)「きゅう」と行く今朝の散歩道。小さくとも、心満たされる幸せがあります。

ふたつの「出会い」に改めて感謝

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人はもとより、音楽やスポーツなど、人生を豊かにする「出会い」は様々だと、このブログで記載したことがありますが、昨日は、以前に国民民主党の関係でお知り合いになった県外にお住まいの方が敦賀にお越しになり、暫し市内をご案内しました。
 
敦賀は「鉄道と港」、そして「エネルギー」のまちということで、一般的な観光では行かないであろう、ややコアな場所をご案内させていただきましたが、最後は私のお気に入りの場所である駅前立体駐車場屋上からの新幹線駅の眺めを堪能いただき、お見送りした次第です。
 
twitterをきっかけにつながったその方は何と、私の過去の一般質問やブログにすべて目を通され、普段からあたたかい励ましの声や支援者側からのアドバイスをいただける、私にとって、ありがたくも大切な存在であり、昨日の訪問により、一層身近になれたことを嬉しく感じた次第です。
 
ここでの出会いは「人」ということになりますが、今後もこうした様々な出会いを大事に過ごしていきたいと思います。
 

【お見送りの前に立ち寄った駅前立駐屋上からの眺め。夕陽に輝く新幹線駅が花を添えてくれました。】
 
さて、出会いと別れという意味では、同じく昨日敦賀市では人事異動の内示がありました。
 
6月1日付け人事異動に関する米澤市長の談話では、「市民の皆様と一緒に目指す、敦賀の『あたらしいステージ』実現に向けた第一歩とするとともに、組織の活性化や職員の士気高揚を図るために、職員の能力や適性、今後のキャリア形成等に配慮しながら、適材適所の人員配置を行ったもの」とし、総数142名の異動がされたところ。
 
また、「大規模な機構改革については、各種施策を迅速かつ効率的に進めていくためにはどのような組織体制がよいのか、今後職員等と十分に検討したうえで行うこととし、今回は、喫緊の課題に対応するための組織改正としました。」とし、人口減少対策室や学校給食推進室の設置、女性職員の登用状況については、新たに登用する方を含め、課長補佐級以上職員全体に占める女性職員の割合は「18.0%」で過去最高になるとありました。
 
市長におかれては、意識改革と職場環境の改善を図るとも述べられており、「良き職場環境なくして良き組織なし」とする私としては特に、後段の部分に力を入れていただくことを望む次第であります。
 
なお、この人事異動により、議会事務局でも2名が対象となり、お別れすることになりました。
 
異動されるお二人とは、議員になってからの4年間大変お世話になった訳ですが、とりわけ所属した産経建設常任委員会のご担当には、前半2年は委員として、後半は委員長として、細やかで丁寧に接していただいたほか、常に先を見てサポートいただき、心から感謝する次第です。
 
ご両名ともに、6月以降は新たな職場へと異動することとなりますが、お二人の能力とバイタリティがあればどこへ行っても心配なし。
 
新天地でのますますのご活躍を期待する次第です。
 
市役所職員であることに変わりはないため、「別れ」というにはオーバーかもしれませんが、私にとっては、議員になっていなかったら出会っていなかったであろうこのお二人。
 
そう考えればやはり、人生を豊かにしてくれたこの「出会い」に感謝するところです。
 
奇しくも、ふたつの「出会い」に改めて感謝した昨日。
 
「人生は出会いで決まる」
 
オーストラリア出身の宗教哲学者マルティン・ブーバーの言葉を思い浮かべながら、わが人生、この後もどんな出会いがあるのかを楽しみに歩んでいきたいと思います。

つくしんぼも佐々木投手も「生きる力」を与える存在

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昨日の朝、農道を散歩すると、畔には、ニョキニョキと顔を出す、つくしんぼの姿がありました。
 
冷たい冬の地中でじっと耐え、春の訪れに合わせ、元気に地面から出てきた姿に生命力を感じたところです。
 

【顔を出したつくしんぼ。野坂山をバックに立つ姿はまさにこの時期の主役。】
 
さて、話しは変わり、開幕以来、夜の楽しみは野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。
 
中国、韓国、チェコを相手に3連勝し、さらに盛り上がりを見せるところですが、「忘れられない日(3.11)」のチェコ戦に先発したのは東北出身の佐々木朗希投手(ロッテ)。
 
この日最速164キロのストレートに鋭く落ちるフォークボールを絡める投球で、結果、3回2/3を投げ2安打1失点(自責点0)、8奪三振の投球は圧巻でした。
 
11個のアウトのうち、8つを三振で奪るという、まさに「剛腕うなる」投球に、次戦への期待が一層高まった次第です。
 
なお、「忘れられない日」の登板といえば、岩手県陸前高田市出身の佐々木投手は小学3年生のときに被災し、父親と祖父母を亡くしています。
 
そうした辛い経験がありながら、野球に励まされ、努力を続けた佐々木投手は、隣の大船渡市にある大船渡高時代には、全国高校野球選手権岩手大会で球速160キロを記録するなど活躍し、その名は全国に轟くまでに。
 
高卒でプロ入りし、昨年は完全試合達成など、球界を代表するピッチャーにまで成長したことは周知の事実であるところ。
 
昨晩は、住民有志らが両市でそれぞれパブリックビューイングで試合を観戦し、陸前高田市の会場には約100人が集まったそうですが、佐々木投手が小学生の時に在籍した少年野球チームで監督として指導した村上さんはこう言ったとありました。
 
「今は朗希が投げることで、被災地が夢や元気をもらう存在になった。3月11日という日に投げるのは、運命的であり、すごい巡り合わせ。朗希は私たちの希望」。
 
12年間、野球に励まされて育った佐々木投手が、今度は地元に希望を与える存在になっているとの言葉に感銘を受けた次第です。
 
つくしんぼに佐々木投手。
 
植物と人で違えど、どちらも「生きる力」を与えてくれる存在に違いありません。
 
つくしんぼは今日も、佐々木投手は次戦での姿を楽しみにしつつ、自分自身もそうして「生きる力」を与えられる存在になれればと思う、今年の「3.11」となりました。
 

【チェコ戦で快投した佐々木投手。次戦でも大活躍を期待します。】

ポジティブ思考で感性と人生を豊かに

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早や三が日が過ぎましたが、この年末年始はほとんど曇天、雨続きだった敦賀。
 
であるからこそ、一時的に覗く青空、差込む太陽の光は貴重であり、昨日も朝方の晴れ間をチャンスと見て散歩に出たところ。
 

【水面にも映る久々の青空】
 
ところがそんな晴れ間も束の間、西から黒い雨雲が一瞬にして広がり、野坂山を覆ったかと思えばポツリと雨が。
 
次第に雨足も強くなるなか、雨宿りする場所もなければ、既に自宅まで対角線上の場所まで来ていたため、濡れるのは止む無しと、急ぎ足で帰ることとなりましたが、ここで頭に浮かんだのが芭蕉さんの句「名月や北国日和定めなき」。
 
このブログでも何度もご紹介しているこの句は、嘆いても仕方のないことを悔やむのではなく、逆にそのことをも楽しみに変える。
 
いわば「ガッカリの中にも興じる心」から成る句ですが、こうなることを想定もせず、晴れ間に喜び勇んで外に出た自分を笑った次第です。
 
ポジティブ思考が感性と人生を豊かにするというのが、350年を経て芭蕉さんから学んだことですので、大なり小なり、今年も起きるであろう様々なことに対しても、これを実践していきたいと思います。
 
さて、本日は「仕事始め」。
 
敦賀市においては、11時からプラザ萬象にて3年ぶりの「新春市民交流会」が開催されますが、私も同じく、明るく元気にご挨拶に回り、本格始動する所存です。

沙羅ちゃんの笑顔と日本人の心

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春の訪れを感じる季節のはずが、昨日は真冬に逆戻りしたかのような一日。
 
それでも朝は少し運動をと、スマホの情報を頼りに「今だ」とばかりに外に出ると、見事に予報は裏切られ、アラレと吹雪に見舞われた次第。
 
高精度な気象予報技術をも裏切るこの北陸の天気は凄いと妙に感心しつつ、今シーズン最後かもしれないアラレに吹雪を肌感覚で感じれたことは逆に貴重なことと思うことが出来ました。
 
嘆いても仕方のないことを悔やむのではなく、逆にそのことをも楽しみに変える。
 
そうポジティブに考えられるようになったのも「名月や北国日和定めなき」の句の意味を知ってからであり、改めて350年の時を超え芭蕉さんに感謝する次第です。
 
さて、そう思いを馳せながら家に帰ると、晴れ渡る青空のもとでの東京マラソンが流れていたことに思わず笑ってしまった訳ですが、男子女子ともに日本人選手が好記録を出す中、最後まで日本勢のトップ争いを演じていた新谷仁美選手のゴール後の言葉に驚きました。
 
タイムは日本歴代6位となる2時間21分17秒で自己記録を大きく塗り替え、2024年パリ五輪の代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を獲得、今夏の世界選手権代表入りの可能性も残した結果に普通は、「次に向けて頑張ります」かと思いきや、何と「二度と走りたくない。単純にきつい。2時間走ることが人生に必要ないと、はっきり決まった」との言葉。
 
新谷選手は、1万メートルの日本記録保持者なだけに、今後の生きる道をトラックかマラソンかで迷っていたのかも知れませんが、走ってみて再びトラック種目を主戦場とする意向を示したことに、どこか私も晴れやかな気持ちになったところです。
 
そしてもう一つ晴れやかと言えばスキージャンプの高梨沙羅選手。
 
ロシアの軍事行動に傾注してしまい、ブログで書きそびれていましたが、3月2日に行われたワールドカップ(W杯)ジャンプ女子の個人第14戦で見事、高梨選手が優勝。
 
今季2勝目でW杯通算62勝目を挙げました。
 
試合後には、「久しぶりに飛べて、純粋に楽しいという気持ちで試合に臨めた。自分の力ではなく、周りの人の力で勝ち取れた。五輪の後ということもあり、今までの中で一番うれしい優勝になった」と高梨選手自身も話しており、過度に自分を責める言葉と悲痛な姿を見せた北京冬季五輪からの復活を心から安堵し、喜んだ次第です。
 

【北京五輪以降、初の実戦で優勝した高梨沙羅選手。やはり沙羅ちゃんには笑顔が似合います。(ロイター通信写真を引用)】
 
スーツ規定違反の際に、欧州(国名は忘れましたが)の海外メディアが日本を称賛したのは、日本人が高梨選手を「非難」するのではなく「励ました」こと。
 
失敗に対し、人格や選手の存在まで否定した国もありましたが、そもそも日本人が備えている「他者を思いやる心」をそう評価していただけたことを誇りに感じたところ。
 
こうして、皆が待っていた高梨選手の笑顔は、失敗を力に変えた証であり、逆に元気をもらえるもの。
 
政治における失敗に甘えは不要とも思いつつ、自分自身も失敗に挫けず頑張らねばとネジを巻く次第です。
 
とにもかくにも、沙羅ちゃんが元気に復活した姿と笑顔が見れて本当に良かった!

メイストームと松尾芭蕉

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昨日は、晴れのち曇り予報ながら、比較的爽やかな晴天が広がった一日。
 
夏日の陽気とも相まり、屋外でスポーツやレジャーでもと思うところではありますが、何せ風が強い一日でもありました。
 
元々、3月から5月にかけては、日本付近で急速に発達した低気圧によって「春の嵐」や「メイストーム(5月の嵐)」と呼ばれる激しい現象が発生し、台風並みの暴風や海岸では高波となることもあるので、お出かけの際には十分な注意が必要ともされていますが、その発生要因は、日本付近に北から入り込んでくる冷たい空気と南から流れ込む暖かい空気がぶつかりあって上昇気流が生まれることで、温帯低気圧が急速に発達するためだそうです。
 
ちなみに、台風の場合は、台風の中心が近づくと急激に風が強まりますが、「春の嵐」をもたらす発達した温帯低気圧は低気圧の中心から離れたところでも風が強く吹くため、被害の範囲が広がりやすいという特徴があるとのこと。
 

【政府広報より引用。確かに範囲に違いがあります。】
 
実は最近、気になっていることのひとつが、この「強風」の日が多いということ。
 
15日は、朝から平均風速10m/s近くの風が吹き、夜半まで吹き続けていることや、車のボディを見ればお分かりの通り、以前であれば2〜3日で終わっていた「黄砂」が幾度となく襲来することなど、どこか気持ちの悪い環境変化にお気づきの方もいらっしゃるかと存じます。
 
意識していなかった「メイストーム」が、これまでに増して強くなっているように感じることから、この後迎える出水期にあたっても、さらに強い「豪雨」に一層警戒しておく必要があると考える次第です。
 
さて、話しは変わり、本日5月15日は「旅の日」だそう。
 
日本旅のペンクラブが1988年に制定。
 
元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)に、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ旅立った日に、せわしない現代生活の中で「旅の心」を大切にし、旅のあり方を考え直す日として制定されたとのこと。
 
「芭蕉」と「奥の細道」と言えば、敦賀とも結び付きが大変深く、仲秋の名月を敦賀の地で見れるようスケジューリングをしたとの話しが有名で、せっかく来たのに雨で見れなかったことを詠んだ、「名月や 北国日和 定めなき」の句は、決してネガティブではなく、見れるはずであった風景と想像した風景が見れなかった世界を重ね合わせて楽しむ超ポジティブな句であります。
 
そうして思えば、このコロナ禍で旅行もままならない中、芭蕉のように現実を受け入れつつ、この先に見える世界、見えた先にある風景に期待し、創造するというのは、350年の時を経たいま、芭蕉さんから元気付けられているような気がします。
 
今日も「メイストーム」が続いておりますが、この状況を、芭蕉さんなら何と詠むかに思いを馳せつつ、一回きりの人生をポジティブに考え、生きる大切さを思い返す日にしたいと思います。

いのちを守り、未来につなげる願い

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このタイトルは、昨日参加した「生命のメッセージ展」に込められた思いです。

交通事故(加害者の飲酒や居眠り、余所見など)や犯罪、いじめ、一気飲ませなどによって、理不尽に命を奪われた犠牲者の方々が、一人ひとり等身大の人型パネル(メッセンジャー)に本人の写真や事象概要を貼り、足元には生きた証の靴を置いて、命の大切さを訴える「命のメッセージ展」。

プラザ萬象ロビーに掲げられたメッセージ幕

敦賀市と共催で開催され、会場のプラザ萬象に展示された152体のメッセンジャー全てを拝見し、悲惨な事故内容とともに「生きた証」と「もっと生きたかった」「生かせてあげたかった」との犠牲者、ご遺族の叫びを強く感じました。

152体の等身大メッセンジャー

やり場のない怒りや悲しみの中、この活動趣旨に賛同され情報提供されたご遺族、またボランティアの運営スタッフさんの思いは、このような事故や事件が無くなることと、一人ひとりが自らの命を大切にすること。

奇しくもここ最近、退職された会社の先輩や親類縁者の急逝が続き、昨日も告別式に参列したばかりであった私にとっては、尊い命と人生を大切に生きることを誓う1日となりました。

敦賀で活動されている皆さんで作成されたメッセージ

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