CNN報道『トランプ氏、イランと「合意か壊滅か」』

ブログ 政治

混沌とする世界情勢のなか行われる予定(日本時間24日)の米中首脳会談。
 
話される内容は当然、関心高く注目するところですが、わが国にとって注視すべきは、高市首相とトランプ米大統領が22日(日本時間23日)、米ニューヨークの国連本部で行った日米首脳会談。
 
会談では、経済安全保障分野などで緊密に連携していく方針を確認したほか、インド太平洋地域の平和と繁栄の礎として日米同盟の抑止力・対処力を強化する方針で一致。
 
また、高市首相からは、米政権による国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長への制裁対象指定を巡り、日本の立場を説明したとあり、米側に一石を投じることになることを強く期待するところであります。
 
各国首脳が集う国連総会に関しては、各種報道がされているところですが、たまには米側から見てみようと、CNNのページを覗いてみてみると、『トランプ氏、イランと「合意か壊滅か」』との、おどろおどろしい見出し。
 
記事では、トランプ米大統領は22日、国連総会演説でイランに関して「重大な決断」を迫られていると述べ、中間選挙後に合意を結ぶか、イランを壊滅させるかどちらかの選択になると位置付けた。
 
また、「イランと合意を結んで国を再建させ、かつてないほど強大な国、おそらく中東、あるいは世界でも屈指の大国を築くチャンスを与えるべきだろうか?」と前置きしたうえで、「それともイスラム共和国を速やかに壊滅させ、二度と人々や国々を殺害や破壊できないようにすべきか?生き残る見込みも、将来の繁栄や次世代への希望もない地獄へと追い込むべきなのだろうか?」と問いかけたとありました。
 

【国連総会でトランプ米大統領の一般演説を聞く会場の様子(CNN NEWSより引用掲載)】
 
国際会議の場でこのような発言がまかり通るのかと疑問に思うと同時に、発言の裏を返せば、トランプ氏が“米中間選挙後に”としていることから、イラン政府はそれまで持ちこたえているとの見方を示唆するものであり、その点はまだまだ長期化するリスクがあると心しておかねばならぬと認識した次第です。
 
なお、CNNの報道では見つけられませんでしたが、国内の産経ニュースでは、相手方イランのペゼシュキアン大統領が同じく、国連総会での一般討論演説した内容が報じられており、その内容は以下。
 
“「われわれこそテロの被害者だ」と訴え、これまでのイランに対する攻撃で民間人を標的にしたとして米国やイスラエルを非難した。米国の代表は演説の途中で退席した。”
 
今に始まったことではありませんが、両首脳の考えは真反対。
 
軽々に述べることではないのでしょうが、両国双方と関係のある日本が、こうした首脳会談の場を機に、解決に向かうような役割を何とか果たせないものかと…。
 
なお、先のCNN報道にあったトランプ大統領の言葉(大義名分)は、「唯一私の頭にあるのは、イランに決して核兵器を保有させないという考えだ」。
 
「核兵器廃絶」に向けて、保有国と非保有国の橋渡し役を担えるのは、世界唯一の戦争被爆国“日本しかない”と思いつつ、実際、まさにその関係にある両国との衝突を目の当たりにし、解決に向けた“現実的なアプローチとは何なのか”、自問するところであります。

亡き父と重なる、彼岸に咲く二輪のひまわり

ブログ 人生観

今日は「秋分の日」。
 
秋分の日は、昭和23年の「国民の祝日に関する法律」の制定当初に定められた計9日の「国民の祝日」の一つであり、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日とされています。
 
内閣府によれば、祝日法の制定時には、春分の日と同様に、昼夜の長さが等しい日であり、季節上の一つの区切りになるという意味で、春分の日に対応するものとして採用されたとあり、また、春分の日と秋分の日は、法律に具体的な月日は定められておらず、天文学上の言葉である「春分日」と「秋分日」とされています。
 
恥ずかしながら、このことをはっきり知りませんでしたが、国立天文台が毎年2月に公表する暦要項により、翌年の春分の日と秋分の日の日にちが確定するということで、今年は9月23日とされたもの。
 
なお、日にちを決める根拠となる国立天文台のホームページ(HP)を見ると、これが面白い。
 
“国民の祝日に関する法律では、秋分の日は秋分日となっており、具体的な日付が記されていない。ここでいう秋分日とは二十四節気の秋分を含む日、つまり太陽が秋分点を通過する日のことである。このような定義の仕方は秋季皇霊祭が休暇日に定められた明治11(1878)年6月5日 太政官達第23号のころから変わっていない”とした上で、天文学的知見から「秋分の日」について解説されているので、興味のある方は以下リンクよりご覧ください。
 
→国立天文台HP『秋分の日が動き出す』はこちら
 
前置きが長くなりましたが、そのような意味を持つ祝日。
 
今朝ほどは隣の実家にて、(母が起きていれば)ルーティーンの、亡き父の仏前に手を合わせてきたところであり、来月にははや一周忌かと、時の経つ早さを感じたところであります。
 
また、今日は二十四節気の「秋分」であり、前後三日間は秋彼岸ですが、田んぼ道を歩くと、これから満開を迎えようかという彼岸花に遭遇。
 

【昨夕、撮影した彼岸花と野坂山】
 
「暑さ寒さも彼岸まで」のいわれのとおり、あれだけ暑かった夏から秋へと、季節の移り変わりを実感する次第です。
 
一方、ご紹介したいのは、わが家に咲く、遅咲きの“ひまわり”(だと思う)。
 

 
スクスクと上に伸びる姿を観察していましたが、4日前に一輪のひまわりが咲きました。
 
この季節に咲くのは、単に植えた時期が遅かったというだけかもしれませんが、今朝見ると隣にもう一輪、仲良く咲く姿が。
 

 
過ぎ去ろうとする季節を思い返すように、また、主役の再登場とばかりに咲く様子を微笑ましく思うところ。
 
まだまだ蕾(つぼみ)があるため、これからさらに賑やかになるのが楽しみなわけですが、彼岸に咲くひまわりに、いつも前向きで、周りを笑わせていた、亡き父の笑顔が重なる次第です。

祝!「原子力の科学館 あっとほうむ」が開館50周年!

ブログ 原子力

先の敦賀市議会定例会でも一般質問(来年は敦賀市政施行90周年)したよう、何かと“周年”を大事にしている私ですが、こちらは、わが国の原子力黎明期からの話。
 
日本初の商業用原子力発電所である、日本原子力発電株式会社(以下、日本原電)の東海発電所(茨城県東海村)が営業運転を開始したのは昭和41(1966)年7月のことで、そこから数え、今年は“60年”の記念の年となります。
 
東海発電所は、出力16万6千kwながら、英国で開発・実用化されたコールダーホール型の天然ウラン・炭酸ガス冷却型原子炉に、日本独自の耐震設計を取り入れた改良型で、同発電所の建設・運転により得られた技術と経験は、その後の日本の原子力発電技術の基礎を築きました。
 
そして、日本初の商業用軽水炉は、 同じく日本原電の敦賀発電所1号機(BWR:沸騰水型、出力35万7千kw)で、営業運転開始は昭和45(1970)年3月。
 
なお、東海発電所は約32年の運転を経て昭和63(1998)年3月31日に、敦賀発電所1号機は約45年間の運転を経て平成27(2015)年4月27日をもって運転停止となり、現在、両発電所ともに廃止措置工事を進めるところ。
 
あらためて、“日本初”として役割を果たしたことに加え、当時の技術を結集し、原子力開発を進められた先人に心から敬意を表する次第です。
 
さて、そうした原子力発電の歴史とともに歩んできたのは、福井県敦賀市にある「原子力の科学館 あっとほうむ」。
 
ちょうど私が生まれた年の昭和47(1972)年4月に、原子力の平和利用に関する知識の普及啓発を目的として福井県知事認可の公益法人として財団法人福井原子力センターが設立。
 
事務所を敦賀市曙町(敦賀市文化会館内)に開設して以降、敦賀市役所(当時の松島)、現在の吉河(よしこ)に移し、「あっとほうむ」の前身である原子力広報研修施設「福井原子力センター」を開館したのが昭和51(1976)年10月のこと。
 
これから数え、ちょうど今年は開館“50周年”を迎えます
 
「福井原子力センター」はその後、平成7(1995)年4月に、施設の愛称を「原子力の科学館 あっとほうむ」と命名。
 
原子力の科学館あっとほうむ
【「原子力の科学館 あっとほうむ」ホームページより引用掲載】
 
運営団体も平成24(2012)年10月には、公益財団法人福井原子力センターとなり、現在に至っています。
 
公益財団法人福井原子力センター設置の目的は、広く一般に原子力平和利用に関する知識の普及啓発を積極的に行い、その認識を高め、もって明るい文化社会の形成に寄与すること。
 
その目的のとおり、開設以来、幅広い世代の方々が原子力やエネルギーについて学び、正しい知識と理解を深めていただく施設として親しまれ、令和7年8月には、入館者総数400万人突破するなど、これまで多くの方が来館されているもの。
 
なお、わが家も子どもが小さい頃は、楽しみながら科学を学べる手頃な遊び場として(何せ無料ということもあり)、またお父さんの仕事を少しでも知って欲しいとの思いも込めつつ、何度も足を運んだことを懐かしく思い出すところ。
 
その「あっとほうむ」は、こうして迎えた開館50周年を機に、感謝の気持ちを込めて、9月20日(日)から23日(水・祝)まで、スペシャルイベント「こどもの広場」を開催しています。
 
20日は、「そんなの関係ねぇ」で有名なタレント小島よしおさんのショーがあったところですが、以下のチラシにあるよう様々な催し物が企画されているほか、原子力や放射線、エネルギーをわかりやすく解説するブースもあるとのことであり、ぜひ足を運んでいただければ嬉しく思います。
 
あっとほうむ50周年_1
あっとほうむ50周年_2
 
なお、「あっとほうむ」においては、開館50周年の節目を迎え、これからも地域に根ざした施設として原子力やエネルギーへの理解促進に取り組んでいくとしています。
 
今後も末長く、重要なその役割を担っていただくことを切にお願い申し上げます。

『氣比神宮古図』で大いに盛り上がる 〜気比史学会「ミニ歴史講座」を開催〜

ブログ 敦賀の歴史・文化

敦賀の地域史は本当に面白い。
 
所属する敦賀の市民歴史団体「気比史学会」では連綿と、毎月第2木曜日の午後に「史楽庭」を開催していますが、タイトルに込められた意味は“地域史を楽しく学ぶこと”にあります。
 
これは昭和52(1977)年に、歴史好きな人たちで設立した当初からの、いわば同会のモットーともいえ、会を引き継いだ立場として重きを置いているもの。
 
「好きこそモノの上手なれ」の言葉がありますが、裏を返せば、“好きで楽しく学ぶ”からこそ、それが原動力となり約半世紀にわたって会が継続できているのではないかと。
 
常々そうしたことを思っているところでありますが、昨日はなお一層そのことを思う機会に。
 
それは、事前にご紹介しました同会主催の「ミニ歴史講座」。
 
どなたでも参加OK、飛び込み参加大歓迎のコンセプトのもと、昨日10時30分より、敦賀駅前知育・啓発施設「ちえなみき」2階のオープンスペースにて開催しました。
 
テーマは『越の日本海ネットワークと敦賀』と申し上げておりましたが、ちえなみきホームページ(HP)掲載の正しくは、『深遠の歴史・敦賀 〜古代から中世へ〜』。
 
敦賀の地域史を通史的に学ぶこのテーマは、スライド56ページのボリュームにつき、分割シリーズで開催しており、8月の第1回では、先史時代の敦賀から、渤海とのつながり(古より大陸に開けた敦賀)、松原客館あたりまで。
 
2回目の昨日は、”古代の北陸道”から入り、紫式部も越えた今に残る北陸最古の道「深坂古道」、北陸道総鎮守 越前国一之宮「氣比神宮」までを糀谷好晃会長よりお話しいただきました。
 
実はこのパワーポイント資料のベースは、8月に氣比神宮で開催された「全国一之宮会」で当会に歴史講演のオファーがあり、その際、糀谷会長が書いた原稿を元に、私の方でスライド化したもの。
 
ついては、手元に資料があるため、スライドベースで昨日の内容をご紹介しますと、まず「古代の北陸道」から入り、駅制を敷いていた当時は、現在の滋賀県湖北にある鞆結(ともゆい)から海津、そこから敦賀の松原駅へとつながる、いわゆる西近江路(七里半越え)が官道(今でいう国道)とされていた。
 
一方、同じ湖北の塩津から、深坂越え(滋賀県から敦賀市追分に抜ける)で敦賀に入る道を「深坂古道」と言い、平安時代には紫式部も超えた、“今も残る北陸最古のみち”であること。
 

【古代の北陸道(講座スライド抜粋)】
 
なお、深坂古道は、用途廃止に伴い荒廃していたところを、気比史学会が昭和57(1982)年より「深坂古道ある講」と題し、10数度にわたりウォーキングイベントを開催。
 
そうして機運が高まった後、平成4(1992)年には、敦賀みなとライオンズクラブの協力を得て、「史と詩の径(みち)」(歴史と詩が詰まったみち)として再生し、今に残されたこと。
 
続いて、話は、北陸道総鎮守 越前国一之宮である氣比神宮へ。
 
氣比神の神階の昇叙は、以下。
◉天平3(731)年・・・従三位、神封200戸
◉寛平5(893)年・・・正一位勲一等
 
数ある歴史の中でも主な出来事は、
◉延元元(1336)年・・・大宮司の気比氏春は、後醍醐天皇を奉じ、足利軍と対峙するも金ヶ崎城にて自害
◉元亀元(1570)年・・・信長の攻略で社殿焼失、古今の社領も没収 ※いわゆる元亀争乱
◉慶長8(1603)年・・・結城秀康が社殿造営(同19年竣工)社領を寄せる
 
とあり、以降の歴史は以下のスライドのとおり。
 

【講座スライド抜粋】
 
それまで“気比宮”であったのが、“氣比神宮”となったのは、意外や明治28(1895)年のことと認識したわけですが、一番盛り上がったのが、上記スライドにある「氣比神宮古図」。
 
先の大戦で多くの建物を失う中、奇跡的に残ったこの古図を元に、参加者同士で、自ら調査・研究した際の発見や考えを紹介し合うなど、大いに盛り上がり、さらには現在、策定委員会を立ち上げて検討を進める「氣比の杜整備構想」にも話が及び、歴史的背景や明治神宮(東京)が学びに来たとされる由縁などから、100年後に名実ともに“杜”として残すような考えがあって然りではないかとの声に、参加者一同、方向性が一致した次第です。
 

【スクリーンを前に盛り上がる様子】
 
あまりの盛り上がりに、昨日の話はここまでで終了。
 
1回目は11スライド、2回目で19スライドまで進みましたが、ゴールは56スライド。
 
やはり、“深遠”(はかりしれない)の敦賀の地域史と感じた次第です。
 
なお、講座閉会後も「氣比神宮古図」が映し出されたスクリーンを前に話が尽きず、冒頭に書いた「地域史を楽しく学ぶこと」とはこれにありと実感しました。
 
こうして2回目が終わり、次回、シリーズ3は10月25日(日)10時30分より、同じ会場にて開催いたします。
 
本当に面白いので、このブログをご覧になった皆様はぜひ、お気軽に足を運んでくだされば幸いです。

「小浜放生祭」と「ミニ歴史講座」

ブログ 敦賀の歴史・文化

9月2日〜4日は氣比神宮例大祭であり、これにあわせて行われる“市民総ぐるみ”で参加の「敦賀まつり」。
 
「けえ(氣比)さん祭り」の愛称で親しまれる「敦賀まつり」はまた「氣比の長祭り」として有名で、露店の一部は9月15日までお店を出しているなど、歴史に育まれた特徴ある敦賀の一大イベントであることは言うまでもないところ。
 
そうして、地域にある「祭り」は最大のコミュニティであり、地元民にとって楽しみであり自慢でもあるわけですが、今朝の福井新聞を見ると1面に掲載されていたのは、小浜の「放生祭(ほうぜまつり)」。
 
「小浜放生祭」は、小浜市小浜男山に鎮座する八幡神社の例大祭で、毎年9月14日・15日に行われてきましたが、平成15(2003)年の祝日法改正以降は、敬老の日直前の土・日曜日に行われています。
 
この両日は、氏子の24区が隔年で12区ずつ出番となり、大太鼓・神楽かぐら・獅子・山車(やま)・神輿といった多彩な演し物を繰り出し、氏子範囲である小浜の旧市街地を巡り、芸や囃子(はやし)を披露するというもので、一度見に行こうと思いつつも行けていないという、同じ福井県嶺南の気になるお祭り。
 
せっかくなのでと検索してみると、しっかり「小浜放生祭」のホームページ(HP)があり、祭りの由来を見るに、現在の放生祭の演し物は、江戸時代までは天王社(現在の廣嶺神社=小浜市千種2丁目)の祇園祭に出ていたもので、江戸時代の祇園祭は、6月7日に神輿3基が天王社を出御(しゅつぎょ)し、府中・上竹原などを経由して、御旅所であった八幡宮(現在の八幡神社)に渡御した。
 
この時、藩の足軽などが出した大太鼓・神楽太鼓・獅子が行列を組んでお供をし、神輿を八幡宮まで送ったほか、神輿は7日後の6月14日に天王社に還御(かんぎょ)しましたが、この時には、城下の町人町(現在の24区の範囲)からそれぞれに傘鉾・大太鼓や神楽太鼓、山車、さまざまに趣向をこらした仮装の練り子や作り物などで長大華麗な行列を構成してお供をし、神輿を天王社まで送り戻した。
 
このように小浜の各町がこぞって祭りに演し物を出すようになったのは、藩主酒井忠勝によって祇園祭が再興され、御旅所が八幡宮に定められた寛永15(1638)年からのことと考えられ、「380年以上」とされる小浜放生祭の歴史は、ここから始まっているとありました。
 

【大正〜昭和初期の放生祭で、広市場を出発する各演し物(小浜放生祭HPより引用)】
 
初代小浜藩主 酒井忠勝といえば、寛永19(1642)年には氣比神宮例大祭も一覧されたとの記録にもあるよう、そうした文化を大切にされていた方であったことが思い浮かぶもの。
 
このように、小浜放生祭は、京や江戸の文化を受け入れ、独自に発展させながら、380年継承されてきた歴史に思いを馳せた次第です。
 
さて、他のまちの歴史を学ぶことも楽しいわけですが、やはり面白いのは敦賀の地域史。
 
これまで敦賀の地域史を呼ぶに、「豊富で悠久の」と枕詞をつけていましたが、先の一般質問でもご紹介したよう、ふさわしい枕詞は「深遠(しんえん)」。
 
と言いつつ、通告書では「深淵」と誤って書いてしまい、壇上で訂正した次第ですが、「深遠」とは一言で言うと“はかりしれない”ということ。
 
さて、今日はその“はかりしれない”敦賀の地域史を通史的に学ぶ、気比史学会の「ミニ歴史講座」が開催されます。
 
前回に続き、テーマは『越の日本海ネットワークと敦賀 』で、講師も同じく糀谷好晃会長。
 
時間は、10時30分〜12時、ちえなみき2階のオープンスペースにて開催しますので、ぜひご一緒に楽しく、「敦賀の地域史」を学びましょう!
 
どなたでも参加OK、初めての方、あまり歴史に詳しくないけど興味があるという方大歓迎ですので、お気軽にお越しいただければ幸いです。
 

【こんな雰囲気で開催しますので(前回開催時の写真)】

「敦賀きらめき温泉リラ・ポート及び敦賀市グラウンド・ゴルフ場」の指定管理者指定などについて委員会審査を行う

ブログ 敦賀市議会

一般質問を終えた昨日の敦賀市議会は常任委員会を開催。
 
私は、所属する産経建設常任委員会に出席しました。
 
この9月定例会では、議案審査以外に、所管する指定管理者の事業報告や、まちづくり観光部からは「敦賀市土地利用調整条例」施行後の状況説明を受けることとしており、部署ごとに順次進めた次第です。
 
まず、議案審査に関しては、以下計5件。
 
◉第59号議案 敦賀市営住宅管理条例の一部改正の件(建設部)
◉第60号議案 敦賀市特定公共賃貸住宅管理条例の一部改正の件(建設部)
◉第65号議案 指定管理者指定の件(まちづくり観光部)
◉第71号議案 令和7年度敦賀市水道事業利益剰余金処分の件(水道部)
◉第72号議案 令和7年度敦賀市下水道事業利益剰余金処分の件(水道部)
 
それぞれ質疑をしたうち、とりわけ第65号議案は、先に行われた指定管理者候補者選定委員会の結果を踏まえ、「敦賀きらめき温泉リラ・ポート及び敦賀市グラウンド・ゴルフ場」の指定管理者を指定する議案に関しては、8月27日のブログで『大きな岐路に立つ、敦賀きらめき温泉「リラ・ポート」』と題し述べたよう、慎重に慎重を期しての審査が必要と考えていたところ。
 
→2026年8月27日ブログ『大きな岐路に立つ、敦賀きらめき温泉「リラ・ポート」』
 
なお、そこまで思う理由は、自身が議員になって1年目(2019-2020)にあった、同施設の管理を巡る問題が、結果、敦賀市議会初の「百条委員会」にまで発展(私は委員として調査に出席)したからであり、二度と繰り返してはならぬことと思うからであります。
 
そうした思いのもと、審査では、選定委員会の講評で、「発注・仕入れ等において、地元企業に十分配慮すること」「短期借入等財務状況上懸念される事項について、市側への財務的な報告を引き続き行うこと」の点に着目しつつ、現在の従業員の雇用や地元仕入れ、地元事業者活用を市としてどう担保していくのか、財務状況の把握に関しては特に以下の点について確認した次第です。
 
確認①
選定結果報告書に記載されている「短期借入等財務状況上懸念される事項」とは、具体的にどのような懸念なのか。
 
確認②
選定委員会は、当該事業者の財務状況についてどの項目を確認し、どのような理由から指定管理者業務を安定的に遂行可能と判断したのか。
 
確認③
指定管理期間中に経営悪化や資金繰り悪化が発生した場合、市はどのようなモニタリングを行い、どの段階で介入するのか。
 
確認④
財務報告を「引き続き行うこと」とあるが、市はどの頻度で財務状況の報告を受けるのか。
 
①に関しては、子会社に貸付けた金額に対しての懸念、②については「敦賀市指定管理者運用ガイドライン」に定める申請団体の経営状況を説明する書類による、③④については、今後定期的な経営・財務報告を受けることで担保する旨の答弁があり、自身の懸念点に対しては的確な確認がされたものと判断した次第。
 
よって、この後の討論では、賛成の立場で討論した上で、委員会採決でも「賛成」したところです。
 
また、指定管理者の事業報告等に関しては、参考まで、産経建設常任委員会所管分でどれだけあるか知っていただくために、管轄する部ごとに確認事項した内容を以下ご紹介いたします。
 
<産業経済部>
◉指定管理者の事業報告
・きらめきみなと館
・敦賀市公設地方卸市場
・敦賀市黒河農村会館
・敦賀市農産物直売所(夢市場)
◉敦賀港国際ターミナル株式会社の経営状況
 
<まちづくり観光部>
◉指定管理者の事業報告
・敦賀市知育・啓発施設(ちえなみき)
・敦賀駅交流施設及び敦賀駅前広場
・敦賀市駅前立体駐車場
・敦賀赤レンガ倉庫
・敦賀きらめき温泉リラ・ポート及び敦賀市グラウンド・ゴルフ場
◉株式会社港都つるが観光協会の経営状況説明
 
こちらもそれぞれ、自分なりのチェックポイントを確認しましたが、昨年6月に株式会社化された「株式会社港都つるが観光協会」の経営状況に関しては、これまでの一般質問(有馬議員)や自身も予算決算常任委員会で確認してきた「プロフェッショナル人材」の登用が未だされておらず、確認したところ、現在“公募”にて人選を始めているとのこと。
 
状況は状況として、目的をもって設立した“まちづくり会社”としての効果を発揮する上で必要な組織体制や人材登用の観点に加え、「プロフェッショナル人材」分として計上していた予算はどうなったのか。
 
このあたりは、次の決算審査でしっかりと確認していく所存です。
 
さて、このように自分なりの慎重審査を行なった常任委員会から一夜あけ、今朝の新聞を手に取ると分厚い広告。
 
広告のボリュームから、今日から世間はシルバーウィークであることに気づきました。
 
連休明けには決算基本質疑の通告締切が控えていますので、資料のチェックを続けつつ、どこかで絶好の行楽日和を楽しみたいと思います。
 

【久々のきゅうちゃん登場。今朝は日の出をバックに凛とした姿。】

会派内事前チェック、AI解析結果を踏まえた「一般質問」の評価やいかに

ブログ 敦賀市議会

あっという間の三日間。
 
令和8年第4回(9月)敦賀市議会定例会の一般質問は、昨日最終日を迎え、残る5名が登壇。
 
避難所と備蓄倉庫、市営住宅のあり方、敦賀まつり、技術職の確保策と行政サービスの外部化、農家の営農継続等への支援などに関する質問がされました。
 
3日間を通して、議員それぞれのカラーや視点の違いを感じる一方、質問の重複に加え、例えば民間事業者の経営に類することや相手があることを市に問うなど、適切な一般質問の範囲とは何かについて、あらためて考える機会となりました。
 
なお、実は一般質問に関しては、今定例会から「一般質問の会派内事前確認及び振り返りの取り組み」を試行的に実施しており、今後、試行実施を経て必要な見直し等を行い、令和8年度中の本格導入を目指すこととしています。
 
これは、これまで議会運営委員会にて協議してきたもので、浅野議長からの通知文によれば、“一般質問の質の向上を図るため、実施前後において会派内で事前確認及び振り返りを行い、その成果や課題を次回以降の一般質問に反映する継続的な改善サイクルを構築する”。
 
“これにより、論点を明確にし、市民に分かりやすく、理事者から的確な答弁を引き出す一般質問にするとともに、市政課題の解決や政策提言につながる建設的な議論を推進し、議員の質問力及び議会機能の向上を図るものとする”との目的を置くもの。
 
具体的には、各議員が発言通告をする前に、会派内で以下の項目についてチェック。
 
 ① 質問の重複
 ② 質問の対象
 ③ 事実確認の割合
 ④ 理事者認識の聴取
 ⑤ 過去答弁の活用
 ⑥ 政策提言性
 ⑦ 分かりやすさ
 
その上で、質問後は同じく会派内で振り返りを実施した後、次回定例会の告示日までに開催する議会運営委員会において、各会派所属の委員から、実施状況、課題、改善提案その他気付いた事項について報告を行うとするものであり、こうしたPDCAサイクルを通じ、一般質問の充実に努めるものとしています。
 
昨日で一般質問は終わりましたので、自会派内で振り返りを行うことになりますが、自身にとって、第三者、しかも同じ議員の立場から自分の質問を評価していただけることはありがたいこと。
 
私の場合、既に発言通告時の反省点(質疑と質問の境界)がありますが、改善点を教えていただくことは、次の伸び代(しろ)につながるとのプラス思考で振り返りたいと思います。
 
また、一般質問に関してはもう一点、今定例会前に「AIを活用した一般質問の解析評価」を実施。
 
これは議長からの提案を受け、各会派で協議の上、議会運営委員会にて実施を決定したもので、AIを活用した一般質問の解析評価により、その結果を一般質問の質の向上及び議員一人ひとりの自己研鑽に資するための参考資料として活用することが目的。
 
議会全体、議員個々の解析結果(採点あり)は定例会前に届いており、各議員はおそらく、その内容を踏まえて今回の質問に臨まれたかと存じます。
 
そうしたことも念頭に置き行われた今回の一般質問。
 
質問は終わりましたが、今晩より嶺南ケーブルネットワーク(以下、RCN)の議会チャンネル(ch093)にて再放送がされます。
 
再放送スケジュールは以下のとおりとなりますので、関心ある議員だけでも結構ですのでご視聴いただければ幸いです。
 

【RCN議会チャンネルの再放送スケジュール】
 
なお、私に対してお気づきの点があれば、前述のプラス思考ですのでご遠慮なく、ビシバシご意見賜りますようお願いいたします。
 
さて、本日の敦賀市議会は各常任委員会となります。
 
掲げる“委員会中心主義”の名にふさわしい審査となるよう臨んでまいります。
 
<おまけ>
今朝出会った見事な朝焼け。“早起きは三文の徳”を実感する、心洗われる朝となりました。
※写真は無加工です。
 

「敦賀市長等及び職員のハラスメント防止等に関する条例」など3項目について一般質問を行う

ブログ 敦賀市議会

続く、敦賀市議会の一般質問は2日目。
 
前日と同じく、昨日は6名の議員が登壇し、敦賀市における病院再編と地域医療の持続可能性、障がい者サービスの改善、自然災害と大雨(線状降水帯)への備えと敦賀市の対策、防災対策、学校火災の安全対策などに関する質問がされました。
 
事前にお知らせしたとおり、私も4番目に質問。
 
最後やや時間が詰まりましたが、通告した項目を無事に終えたところです。
 
本日のブログでは、答弁を含めた質問のやり取りを・・・と言いたいところですが、文字起こしまで間に合っておりませんので、質問内容と各大項目のまとめとして述べた言葉をご紹介いたします。
 
なお、発言趣旨は先般再掲した以下ブログをご覧ください。
 
→2026年9月10日ブログ『”無事に”一般質問の発言通告を終える』はコチラ
 
ボリュームがありますが、関心のあるテーマだけでもお読み取りいただければ幸いです。
 

【登壇時の様子(嶺南ケーブルネットワーク議会チャンネルより)】
 
<令和8年第4回(9月)定例会 やまたけ一般質問>
 
1.「敦賀市長等及び職員のハラスメント防止等に関する条例」について
 
Q1:条例提案に際し、本市のハラスメント防止対策に関しては、一貫して柔軟な運用が可能な「敦賀市職員のハラスメント防止等に関する要綱」(令和8年1月1日改正)により対応してきたところ、本会議における議案説明後の質疑では総務部長より、「これまでの取組や専門家のご意見をいただきながら条例案としてまとめた」とあった。条例案はほぼ要綱と同じであるが、ここでいう専門家とはどういう方で、具体的にどのような意見があったのか伺う。
 
Q2:令和7年6月定例会で制定した「敦賀市議会ハラスメント防止条例」の前文には、「全議員のハラスメント防止に対する意思を共通のものにするとともに、将来議員になる人にもその考えを引き継ぐため」との考えが込められており、逐条解説に記載している。①と同じく、本会議の質疑において、「条例制定によって、ハラスメントを許さないという本市の決意を内外に示すこと」との答弁がありましたが、一昨年発生した市職員の死亡事案を発端とする一連の経過、さらには上記の思いを踏まえれば、条例にはその意思を広く示す”前文”を置くべきではなかったかと考えるが、市の考えを伺う。
 
Q3:ハラスメント防止に向けて重要なのは「無知」と「無自覚」の排除にあり、職員全員が常に新しい知識と高い倫理観を持ち続けられるための定期的な研修等を実施することは極めて重要と考えるが、対応されるのか。
 
Q4:本会議の質疑において、第7条(職員に対する指針)にある「指針」に関し、「条例を基本として、指針が実務上の具体的手順を補完するものと考えている」とあったが、「指針」とは、職員が正しい知識と共通認識を持つためとして現在策定されている、「敦賀市ハラスメント防止に係る指針」とは全く異なるものを定めるとの趣旨で良いか。
 
Q5:申出(相談又は通報)は、誰でも広く行える必要があるとともに、申出のあった事案には原則全て対応することになるのか、考えを伺う。
 
Q6:報告のあった事案は「原則調査」するとのスタンスのもと、調査に至らない事案に対しても何らかの対応をすべきと考えるが、本条例を制定することによって、これに資する対応となるのか伺う。
 
Q7:本条例を受けた、市立敦賀病院の対応方針を伺う。
 
(まとめ)
昨日の豊田議員の質問の最後に市長から、「今後の組織に生かし続けることが市長、組織の償いであり責任である」との言葉がありました。組織の風土を変えるというのは並大抵のことではありませんが、さまざまなチャンネルから届く声に丁寧に耳を傾けつつ、市長には今後も信念をもって取り組んでいただきたい。
この後、本条例案は委員会審査がされた上で、採決に進むことになりますが、可決・制定した暁には、敦賀市議会・敦賀市ともに防止条例制定となります。
教育委員会や敦賀病院を含め、規範となるべき我々、また大人が個人の人格や尊厳を守り、人格を尊重することに取り組む姿勢は、広い意味で、子ども達の「いじめのない学校」などにもつながっていくとも考えます。
そうした不断の思いのもと、「ハラスメントのない市役所」「ハラスメントのない敦賀市」「ハラスメントのない社会」に向けて取り組んでいただくことを強く求め、この質問を終わります。
 
 
2.市政施行90周年の取組について
 
Q1:市政施行90周年は、今後の敦賀市政においてどのような意味を持つ節目と捉え、現時点でどういった記念事業をお考えか、ご所見を伺う。
 
Q2:発言趣旨で述べたタイミングで迎える市政施行90周年を一過性の式典やイベントで終わらせるのではなく、90年の歴史を振り返り、現在を見つめ、「10年後(100周年)」を市民とともに考える機会にすべきと考えるが、そうした基本認識に対する考えを伺う。
 
Q3:その上でまず、90周年記念事業の基本コンセプトが必要であり、市民参加型・公募型でキャッチフレーズ(例:つなぎ、ひろげ、未来へ。敦賀90年。)やロゴを募集し、採用されたデザインを広報誌や公式グッズ、公共バス・公用車ラッピングなどに活用し、市民の一体感を高め、周年を通して機運醸成を図ってはどうか、お考えを伺う。
 
Q4:「誰のための90周年なのか」を考えた場合、子どもから高齢者まで幅広い層が主体的に参加により、一体感を醸成するため、「10年後の敦賀をどうしたいのか」の市民提案を広く募集する「敦賀100年への未来宣言」のような取り組みを提案するが、お考えを伺う。
※「市長への提案メール」とは区別化し、あくまでも未来志向の提案
 
Q5:人口減少が進む中において、次代を担う若者が「敦賀に住み続けたい」「敦賀に戻ってきたい」と思えるまちづくりを進める観点から、若者自身が敦賀の将来を考え、政策形成に参加する仕組みが必要と考える。90周年を契機に「(仮称)つるが若者未来創造会議」を設置し、政策提言してもらう仕組み(予算化まで、以降継続)を構築することを提案するが、考えを伺う。
 
(まとめ)
いうまでもなく、若者は地域の宝であり、また「地域づくりは人づくり」と言いますが、これまで、そして今も本市を支え、さらなる発展にご尽力いただく市民の皆様に感謝の意を込めて、またこうした周年に合わせて一体感醸成をし、ともに進むための90周年となるよう、今回ご提案したことをぜひ前向きに進めていただくことをお願いし、この項目を終わります。
 
 
3.敦賀市史の再編さんについて
 
※発言趣旨に書いた、市史完成に至るまでに“足かけ約8年”は、企画の立ち上げから数えると“約15年に及ぶ”ものであると、修正の上、発言。
 
Q1:発言趣旨で述べたことに加え、敦賀の地域史に深く携わっていただいている学術面における先生方の状況や本市学芸員の体制面なども踏まえ、『敦賀市史』再編さんを手掛ける時期が迫っていると考えるが、再編さんの必要性について、市の認識を伺う。
 
Q2:“深遠(はかりしれない)の歴史”を有する敦賀だからこそ、続く激動の時代の中で、祖先が守り続けてくれた歴史的遺産や文化財を後世に立派に伝えていかねばならず、そのため、ふるさとの生い立ちを正しく知り、現代に生きる私たちが未来を展望する指針となるよう、『敦賀市史』再編さんを企画し、例えば市政施行100周年にあわせて刊行されることを提案するが、市の考えを伺う。
 
(まとめ)
現在の市史は、近現代史、昭和60年の高速増殖炉もんじゅ建設前のところまでとなっています。この半世紀の空白を埋めるとともに、深遠の地域史をアップデートし、次代につなぐことは、現世を預かる行政のトップ、そして政治に携わる者が果たす役割と考えます。
米澤市長のご英断をお願い申し上げ、私の一般質問を終わります。
 
以上が、私の質問内容となります。
 
従前同様、「議論は是々非々かつ建設的に」臨むと、質問の冒頭に申し上げましたが、そのように質問できたものと自己評価するところ。
 
なお、実際のやり取りに関しましては、追って嶺南ケーブルネットワークの議会チャンネル(ch093)で再放送されるほか、市議会インターネット中継でも録画配信(多少お時間をいただきます)等がされますので、上記と照らし合わせてご視聴くださいませ。
 
一般質問は今日が最終日。
 
残る5名が登壇予定ですので、市民の皆様におかれましては、引き続き注視いただけますようお願い申し上げます。

「関ヶ原の戦い」と「一般質問」

ブログ 敦賀市議会

X(旧Twitter)の歴史ファンの間では大盛り上がりとなったよう、昨日は「関ヶ原合戦」の日。
 
慶長5(1600)年9月15日、天下分け目の戦いとして名高い「関ケ原の戦い」は、中山道、北国街道、伊勢街道が交差する交通の要衝として賑わい、東西の結節点であった関ヶ原の地で行われました。
 
※ 旧暦と新暦の違いにより、関ヶ原合戦の本当の日は「10月21日」
 
古くは、日本武尊のゆかりの地であることや壬申の乱の戦場となるなど、日本史の重要な舞台となったこの地であった「関ヶ原の戦い」は、全国の武将が東西両軍に分かれ、それぞれの忠誠、友情、策略、葛藤を抱えて激突した「天下分け目」の戦いであり、のちに260年以上続く天下太平への幕開けとなる大きな転換点となったことは誰もが知るところ。
 
「いざ関ヶ原へ!」と、名だたる武将が関ヶ原に集結する中、敦賀から参戦した大谷吉継の人物像は、「関ヶ原観光ガイド」に次のように記載されています。
 
壮絶なる「男の美学」
大谷吉継は、親友の石田三成に徳川家康との戦いを打ち明けられた時、無謀な戦いであることを説き続けました。しかし、三成の“義”を貫こうとする決意は固く、吉継は友である石田三成のためにも、病身でありながら合戦に参加します。関ケ原合戦では、多くの武将達が自らの利益のために参戦していたといわれています。そんな中、“義”という目に見えない価値のために死を選んだ吉継の生き様は、まさに男の美学といえるでしょう。
 
実は、昨年もこのご紹介をしたところですが、こうした評価がされる吉継には全国的に「女性ファン」が多く、先月開催した気比史学会の市民歴史講座にも「吉継の話を聞きたい」と、県外から複数の女性参加があったもの。
 
そんな吉継を羨みつつ、優れた軍采を持ち、敦賀のまちの礎を作った“最後の敦賀城主”に対し、感謝と敬意をもって偲ぶところであります。
 
さて、そうした歴史に思いを馳せる中、敦賀市議会で始まったのは一般質問。
 
初日の昨日は、6名が登壇され、本市職員の死亡事案に対する和解、今後の地域防災対策の在り方、氣比の杜整備構想、リラ・ポートとリラ・グリーンの指定管理、駐車場政策、活断層の長期評価と防災、についてなど様々なテーマが取り上げられました。
 
※記載したテーマは、各議員が通告した1番目の項目
 
それぞれ市民の皆様から寄せられた声をもとにした、あるいは関心の高いテーマが続き、メモを取りつつ拝聴した次第です。
 
そうして、2日目の今日は私も登壇予定。
 
本日の4番目ですので、順調に進めば、昼二番(14時前後から)の時間帯になろうかと思います。
 
→発言通告一覧はこちら(今日は7番目の北條議員から再開)
 
なお、今回質問するのは、以下3項目。
 
1.「敦賀市長等及び職員のハラスメント防止条例」について
2.市政施行90周年の取組について
3.敦賀市史の再編さんについて
 
従前同様、議論は“是々非々かつ建設的に”を心がけ臨んでまいりますので、傍聴、ご視聴などいいただければ幸いに存じます。
 

【(再掲)本日以降の会期日程はこのようになっておりますのでご参考まで】

浜岡原子力発電所で働く現場の皆様にエールを送る

ブログ 原子力

14日に正式な発表があるとしていた中部電力浜岡原子力発電所の基準地震動(Ss)策定を巡る不適切事案について。
 
外部の調査委員会による報告書の内容が公表され、同社が基準地震動の策定過程で選定した代表波全225ケースのうち、208ケースが不適切な方法で選定されたと整理。
 
新規制基準適合性審査での虚偽の説明や、隠蔽工作といえる行為もあったことが確認されたとし、調査委は「極めて特異な考え方」が事案に通底する原因と断じました。
 
この公表を受け、経営責任を明確化するために林欣吾社長と勝野哲会長が9月30日付で辞任すると発表し、後任の社長に安井稔取締役・専務執行役員を充て、体制を刷新して経営改革を断行することとなりました。
 
同じ原子力産業に属する者として、本件は言語道断の事案であることは言うまでもなく、技術者倫理はもとより、こうした行為が社会からの信頼を失墜することになることを踏まえ、徹底した再発防止対策を講じていただきたいと強く思うところであります。
 
と同時に、浜岡原子力発電所の審査取り下げにより、再稼働が白紙状態となったことは、原子力を最大限活用するとの国策に大きく影響するものであり、極めて残念なこと。
 
こうして、既設原子力発電所の早期再稼働、2040年代に2〜5基の次世代革新炉開発を国策に掲げながら、思うように進まない日本に対し、生成AIの急速な普及により求めらる莫大な電力を安定供給するため、欧米列国では猛烈なスピードで、原子力による電源供給力の増強が進められているところ。
 
その様子は、原子力産業新聞(以下、原産新聞)に掲載される日々の“海外ニュース”を見れば手に取るように分かるところ。
 
→原産新聞の『LATEST NEWS』はこちら
 
その中でも、最近のニュースで驚いたのは、9月11日付の『米テネシー州 核融合専用規制で全米初のライセンス』のタイトル。
 
記事では、米テネシー州のB. リー知事が8月31日、テネシー州環境保全局(TDEC)が核融合開発企業のタイプ・ワン・エナジー(Type One Energy)社に対し、核融合装置の運転に必要な副産物物質ライセンスを発給したことを明らかにした。核融合装置に特化した新たな規制制度に基づくライセンス発給は全米初。
 
同州オークリッジ近郊にあるテネシー峡谷開発公社(TVA)のブルラン・エネルギー・コンプレックス(旧ブルラン火力発電所サイト)で進められる、ステラレータ技術[1]を採用した商用核融合プロジェクト「プロジェクト・インフィニティ」(Project Infinity)が今回のライセンス発給の対象。同プロジェクトは段階的に進められ、工学的検証・訓練用プラットフォーム「Infinity One」に続き、40万kWeの商用核融合設備「Infinity Two」の建設を計画している。
 

【「Infinity Two」の完成予想図(原産新聞より引用)】
 
プロジェクト・インフィニティは段階的に進められる。第1段階では、工学的検証・訓練用プラットフォームの「Infinity One」を年内に着工し、2029年の運転開始をめざす。続く第2段階では、「Infinity Two」を2028年に着工し、2034年の全面運転を計画している。タイプ・ワン・エナジー社の商業用地は、オークリッジ国立研究所(ORNL)、TVA、テネシー大学などとのプロジェクトを通じて核融合開発キャンパスとして整備される予定だ。
 
リー知事は、「テネシー州は原子力エネルギーの世界的中心地として、次世代の原子力イノベーションを牽引するために必要な人材、インフラ、規制の枠組みを整備している。核融合のような新技術に向けた明確な道筋を示し、今後何世代にもわたり信頼性が高く豊富なエネルギー源を推進している」と強調した。
 
<引用終わり>
 
日本では遠い先のことに思える核融合炉が、すぐそこに現実のものになろうとしている米国との違いに落胆もするわけでありますが、見習うべきは結びにあったリー知事の考え。
 
私が以前に議会で意見した「敦賀を“エネルギーの未来都市”に』はまさにこの考えと類似するものですが、原子力開発分野でこうして国を挙げて大きく先を行く米国を始め、欧米、中国、ロシアなどとの差は、そのまま国力の差につながるものと、大いに危惧するもの。
 
そうした考えに立てば、冒頭の中部電力の問題はあるとて、浜岡原子力発電所を無くしてしまって良いとは決してならないと考えます。
 
再申請、その先の再稼働を目指す、地元の敦賀発電所2号機も同様でありますが、時間を要したとしても、明らかな科学的根拠をもって審査をクリアし、地域や国民からの信頼を得た上での戦線復帰を期待するものであり、おそらく忸怩たる思いを抱えているであろう、浜岡原子力発電所で働き、技術者としての倫理観をもって日夜懸命に現場を守る皆様に対しエールを送る次第です。

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