新潟県佐渡市の「学校蔵」を視察

ブログ 敦賀市議会

28日に発生した熊本での地震。
 
熊本県の発表によれば、30日時点での死者は34名、重症者5名。
 
亡くなられた方々には心よりお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。
 
また、行方不明者の捜索や物資輸送にあたる自衛隊、警察や消防、ライフラインの復旧にあたるすべての皆様におかれましては、この酷暑の中、さらにはご自身も被災された方もいらっしゃる中での献身的な業務遂行に敬意を表する次第であり、何卒ご自身の安全も大事にと願うばかりです。
 
そうした思いの中、自分は自分のやるべきことと、昨日は行政視察の2日目。
 
新潟県佐渡市の「学校蔵」を視察してまいりました。
 
佐渡市の説明は不要と思い、割愛いたしますが、学校(廃校)を活用した酒蔵「学校蔵」に至る経緯をまずご説明しますと、きっかけは平成の大合併で10市町村が合併。
 
その後の人口減少も相まって、市内の小学校を約半分に集約する状況の中、2010年に旧三河小学校が廃校。
 
この小学校がある旧真野町(西三川)は、以前は4つの酒蔵があり、現在では佐渡市内の5つの酒蔵のうち、2つが真野にあるということで、「アルコール共和国」と銘打ってまちづくりをしていました。
 
そこで、酒蔵のひとつ「尾畑酒造」の社長さんが、廃校となった旧三河小学校を“酒づくりの拠点”として利用できないかとの話があり、廃校を酒蔵として再生する「学校蔵」のプロジェクトを2014年にスタート。
 
新しい特区制度ができないか、佐渡市から国に相談を続け、2002年には構造改革特区制度 特例措置「清酒の製造場における製造体験事業」が整備され、これを活用(大分県宇佐市も同メニューを活用とのこと)。
 
佐渡市役所にて説明いただいた、佐渡市総合政策課さんのお話しによれば、
 
・2020年5月 内閣府 日本酒特区第1号に認定
・2020年9月 The Japan Times」SATOYAMA大賞受賞
 
など、従来のルールでは、単独60kl以上の清酒を製造しないといけないところ、新たな特区制度により、学校でも清酒を製造することが可能となったことで、酒造りを学ぶ方々が長期間滞在しての「佐渡ファン」育成、リピーター増加などの効果が出ているとのこと。
 
なお、酒造り体験(滞在型)実績は以下のとおり。
 ・令和2年 体験回数 1、人数 3
 ・令和3年 体験回数 3、人数 14
 ・令和4年 体験回数 5、人数 17
 ・令和5年 体験回数 7、人数 23
 ・令和6年 体験回数 7、人数 30
 
体験される方には外国人も多く、母国に帰って清酒造りする人がいたり、学校のプールに設置した再生可能エネルギー(太陽光パネル)で酒造りをするほか、学校蔵で「特別授業」を開催するなど、今では佐渡の発信の中心の地になってもらっているとの評価の言葉もありました。
 
ここまで書いておきながら、実際の視察順は逆で、先に「学校蔵」の現地を拝見したところ。
 

【「学校蔵」の看板が掲げられているのは、旧小学校の玄関】
 
廃校リノベーション「学校蔵」を提案し、手がけたのは創業1892年の老舗酒蔵「尾畑酒造」(代表銘柄:真野鶴)で、この日は先代の社長の娘さんにご説明いただきました。
 
ここでは夏場に酒造りを行っており、「酒造り」だけではなく、学校内の教室をふんだんに活用し、「共生」「交流」「学び」の4つの柱で運営。
 
生物多様性を保全する原材料(カキ殻を利用)と太陽光パネルによる再生可能エネルギーを使った酒造りを行い、副産物の酒粕や麹は、施設内の学校蔵カフェで地元生産者の食材と合わせた発酵メニューとして提供。
 
長期滞在型『酒造り体験プログラム』やワークショップ『学校蔵の特別授業』等では国内外から参加者が集まり、かの養老孟司先生なども講師として登壇されるほか、NTTなど様々な分野の企業も運営に参画するなど、毎年コミュニティが広がっているとの概略説明があった上で、こちらも10数年来、この場所をサテライト拠点とする芝浦工大の学生さんたちがリノベーションした各教室を案内いただきました。
 
以下、学校蔵内の様子を写真にてご紹介します。
 

【玄関を入った案内表示は黒板】

【概要説明を聞く産経建設常任委員。右手の説明者は尾畑さん。】

【芝浦工大と東京大学も拠点を置く】

【特別授業が行われる教室。講師陣は各界トップクラス、参加者は国内外から。】

【その名も「癒しBAR」。窓の外は桜の木。】

【図書室には、酒造り体験のカリキュラムを表示。なお、本はポプラ社など数社が取り組みに共感し寄贈。】

【校内の雰囲気】

【母校の粟野小学校もこんなんだったなぁと思い出す階段】
 
※肝心の酒蔵は、写真撮影を控えました。
 
また、メモをとった、尾畑さんが仰られた「気づきのワード」はこちら。
 
・これまで、26カ国210名以上の外国人が参加
・資源、エネルギー、人を循環させる場所
・学校も酒蔵も“まちのランドマーク”
・両者ともに長くつながるもの
・ここには、数字では表せない価値がある
・色んな人が訪れる場
・尾畑酒造と学校蔵が掲げるのは「幸醸心」
・佐渡の山、川、海のハーモニーを奏でる意味を込めて、学校蔵で造ったお酒は「かなでる/KANADEL」と名付けた
・酒蔵は昔からある古い業界だが、進化している
 
この言葉に、先代からのすべての思いが詰まっていると受け止めた次第であり、まちづくりを考える上で自身も大切にしている「今あるものを最大限生かす」がまさにこの「学校蔵」だと感じました。
 

 
こちらは、最後にご案内いただいた、海に面する角の教室で、同じくリノベーションされたもの。
 
黒板に書かれている文字や絵は、廃校前の児童たちが書き残したもので、以前にここを訪れた卒業生たちが、自分の書いたものがまだ残っていると感激し、今の姿と重ねて写真撮影していかれたとのこと。
 
建物を利活用するに留まらず、こうした思いと歴史をつなぎつつ、国内外に新たなつながりをつくる「学校蔵」。
 
一昨日の三条市では感嘆、昨日は感銘を受ける視察となりました。
 
「空き家対策」も「学校蔵」も、先進的に取り組み、成功している事例に共通するのは、すべて「人」。
 
「地域づくりは人づくり」
 
いにしえからの政治の役割と重なるキーワードを思い、帰路についた次第です。
 
対応いただいた皆様、誠にありがとうございました。

新潟県三条市の空き家対策事業について

ブログ 敦賀市議会

昨日、今日の2日間は、所属する産経建設常任委員会の行政視察。
 
行政視察とは、自分たちのまちの課題等と照らし、他の自治体等の先進的な取り組みや地域の実情を調査・研究することで、自らの地域政策や議会活動に活かすための公務活動であり、敦賀市議会の各常任委員会では、おおよそ年に一回、視察しているもの。
 
第1日目の昨日は、新潟県三条市にお伺いし、「空き家対策」について調査してまいりました。
 
新潟県のちょうど真ん中あたりに位置する三条市は、三条地域、栄地域、下田地域から成り、人口は89,078人(7月1日現在)。
 
三条鍛治の伝統を受け継ぐ、包丁や利器工匠具などの作業工具を始めとし、測定工具、アウトドア用品など金属加工を中心とする産業の集積地であり、伝統の技と最先端技術が調和する新技術、新商品開発が盛んな金属産業都市として知られています。
 
なお、アウトドア用品に関しては、スノーピーク(Snow Peak)やキャプテンスタッグ(CAPTAIN STAG)、ベルモント(Belmont)が三条市に本社を置いていると知り、驚いたところです。
 
その三条市においては、全国的な課題と同じく、令和5年時点の空き家は、住宅総数38,410戸に対し、4,590戸(11.9%)。
 
今後控える空き家予備群にも対応すべく、危険空き家の解体促進とともに、1年以上放置される「空き家を発生させない」こと、「流通に乗せる」ことが空き家の抑制につながるとし、とりわけ、行政と民間空き家活用促進団体が連携のもと、あらゆる取り組みが展開されているということで、それらを中心に視察した次第です。
 
三条市役所では、三条市市民部環境課ならびに一般社団法人燕三条空き家活用プロジェクトのご担当者様より、
 1.三条市の概要
 2.空き家を巡る現況
 3.「段階に応じた総合的な空き家対策」実施概要
 4.これまでの主な取組内容
 5.民間空き家活用促進団体の設立
 6.空家等管理活用支援法人の指定
 7.一般社団法人燕三条空き家活用プロジェクトへの委託事業
 8.空き家対策の成果
の項目に沿って説明いただきました。
 

【分かりやすい資料を提供いただきありがとうございました】
 
すべてを記載できないものの、3.「段階に応じた総合的な空き家対策」実施概要では、①空き家になる前(発生抑制)、②空き家になった直後(流通促進)、③その住宅になった時(公的財源を投入した危険回避)の3ステージに応じた「段階に応じた総合的な空き家対策」を展開。
 
「特命空き家仕事人」(市長が命名)を配置し、PRすることで、まずは「空き家の発生抑制」として、空き家の流通を促進する「空き家バンク」の登録を増やし、すぐに解体の見積もりや解体方法を提示できる体制整備などに取り組み、令和5年に624件であった相談件数は、令和7年では倍の1,268件まで増加しているとありました。
 
4.これまでの主な取組内容に関しては以下。
・令和4年に外部人材を配置し、「特命空き家仕事人」(株式会社ジェクトワンとの協定締結)着任。
・空き家相談BOX(公民館など計12箇所)設置 ← 存在を知ってもらうことを目的に町中にアイコンを設置
・空き家対策啓発イベント開催やポスター掲示
・空き家自治会ローラー作成(222自治会すべてを職員等が回って情報収集) ← 確認した約1,500件の空き家について、税情報から所有者に連絡し、空き家バンクに登録してもらう→結果、その1割程度が空き家バンクに登録
・自治会による空き家管理(モデル自治会を募集)
 
なお、自治会ローラーは、空き家放置の問題を啓発してからやらないと門前払いになる可能性があることや、空き家整理にあたり直面する残置物も回収し、「REYOO」と称する古物再生事業により、必要としている方の元を巡るような活動も展開しているとのこと。
 
5.民間空き家活用促進団体の設立では、
・「特命空き家仕事人」として着任し、最初の1年目(令和4年10月)に民間団体「一般社団法人燕三条空き家活用プロジェクト」を設立し、官民連携
・専門知識が必要な空き家対策は民間で、官はルール整備等を対応することで役割を線引き
・令和7年には、運営を市から委託(委託料は年間500万円)
・市役所の人的リソースを割かず、外を走り回る業務はすべて委託に
・国土交通省の取り組みも視野に、一昨年あたりから二地域居住施策(TWIN GATE)も実施(昨年1800万、今年600万円は国からの補助金)
・事業承継して欲しい案件なども把握し、首都圏でニーズのマッチング ← 移住施策としてツアー化
 
なお、質疑時間を含めて、これら以外にも、様々な取り組みやお考えを聞くことができました。
 
・空き家活用プロジェクトには、地域おこし協力隊、集落支援員それぞれ2名が体制に加わっている
・プロジェクトはこの先「自走」を目指す
・空き家流通に関しては、家としての利用が7割、店舗3割
・三条市は、移住施策と絡めた取り組みとしても実施している
・更地にすることを求めるのではなく、建物があるうちにさばいた方が良い
・不動産屋ではない中間組織が仲介役になった方が上手くいくと考えている
・儲けを考えると空き家物件を選り好みしてしまうので、すべての物件を受けることにしている
・空き家総合窓口は「最後の砦」
・労力はかかるが、市内全域をカバーする方が、一元的に把握・トータル的な対策ができる
 
結びに、取り組みの成果は以下スライド。
 

【資料中の「空き家対策の成果」】
 
すべて右肩上がりの成果に対し、燕三条空き家活用プロジェクトご担当者様の「空き家の流通を150件/年できたとしても、2,000戸をなくすには10年以上を要し、予備群が追っかけてくるので、どんどん新しい取り組みを展開していく」との言葉が印象に残りました。
 
こうして新たな知見や気づき、取り組む皆さんの“熱量”と“実践力”に感嘆の域となる視察になったものであり、敦賀市にとっても大いに参考になる内容でした。
 
ここまでを書き留め、本日2日目は佐渡市の「学校蔵」を視察します。
 
調査したことはまた、明日のブログでご報告いたします。

熊本県で三度目の「最大震度7」

ブログ 防犯/防災

昨日お伝えした、最低賃金の2026年度改定額の目安について。
 
厚生労働相の諮問機関、中央最低賃金審議会は28日、6回目の小委員会を開催し、全国平均55円アップで取りまとめました。
 
これにより、時給の平均は現在の1121円から1176円。
 
また、国の審議会は、経済情勢に応じて47都道府県をA―Cの3区分に分けて目安額を示しており、大都市部のA区分は54円、地方部を含むB、C区分はいずれも56円(3区分の全国加重平均は55円)。
 
福井県はB区分で現在の最低賃金は、1053円。
 
今後は、8月から本格的に審議されるとある、地方審議会での議論に注視です。
 
さて、こうして話し合いで決着できることとは違い、突然に、かつ理不尽に襲ってくるのは自然災害。
 
平成28年4月、2度にわたって最大震度7の大地震が発生し、関連死を含めて犠牲者270人を超える惨事となった熊本でまたもや大きな地震。
 
気象庁のデータによれば、熊本県熊本地方で7月28日16時27分に発生した地震は、 マグニチュード7.1、最大震度は7。
 
これまで最大震度7が記録されたのは、平成7年の阪神大震災、16年の新潟県中越地震、23年の東日本大震災、28年の2度の熊本地震、30年の北海道胆振(いぶり)東部地震、令和6年の能登半島地震とあり、複数回どころか3度も発生しているのは熊本だけ。
 
その後も、28日午後8時までに震度5以上が3回(上記震度7を含む)、震度1以上の揺れを計62回も観測しており、気象庁は「かなり活発な地震活動になっている」と説明。
 
この地震による安否不明者の全容はまだ明らかになっておらず、また各地のライフラインでは広範囲に及ぶ停電や断水、交通網では高速道路の路面損壊や橋の崩落も確認されるなど通行止めが相次いでいる状況とあります。
 
また、地震後に爆発音がしたとされる熊本県嘉島町のショッピングセンター「イオンモール熊本」のガレキ化した映像は、極めてセンセーショナルであり、残されている従業員の救出を願う次第です。
 
そして一夜明け、待つのはこの酷暑。
 
これに政府は、非常災害対策本部を首相官邸で開き、高市総理は「できることは全てやる」と強調し、総力を挙げて被災者の救助にあたるよう関係省庁に指示。
 
被災された方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、続く余震や酷暑もある中で、これ以上の被害とならぬよう祈るばかりです。
 
こうした事態に祈るばかり、何もできぬ自分は無力と痛感するも、「熊本地震」で検索中にヒットした「熊本地震 震災ミュージアム 記憶の回廊」にはこのような言葉がありました。
 
“2度にわたる震度7の地震の波形は、私たちの住む大地を表し未来をイメージした空を加え、全体を熊本の風景として仕上げた。”
 
“「地震を乗り越え、地震と共に生きる」「2千年先の人々へ、この経験を伝える」ことを熊本がひとつになり、目指すことを表す。”
 
三度(みたび)起きた地震。
 
これを言うには早いと叱られるかもしれませんが、熊本の皆さんは「この地震も必ずや乗り越えられる」と信じて止みません。
 

【今朝の敦賀は露に濡れる花でしたが、昨晩、突如降り出した雨で「危険警報レベル4」発表。いつどこで起きてもおかしくない自然災害に、「自分のまちは大丈夫」の正常性バイアスは捨てねばなりません。】

最低賃金の”2026年度改定目安額”を決める審議会が大詰め

ブログ 働く仲間とともに

昨晩は、連合福井嶺南地域協議会の議会報告会。
 
会場は、おそらく同協議会として初利用となる敦賀商工会議所の会議室をお借りして開催。
 
敦賀エリアと若狭エリアで日にちを分け、敦賀は連合福井推薦議員である福井県議会の北川博規議員、美浜町議会の松下哲也議員、そして私の3名が出席。
 
※若狭エリアは、高浜町議会の小幡憲仁議員が出席。
 
お仕事上がりでお疲れのところお集まりいただいた加盟産別労組の皆さんに対し、各議会のトピックスや活動についてご報告の機会をいただきました。
 

【会場の様子。参加いただいた皆様ありがとうございました。】
 
私は、北川県議の次にご報告。
 
今回は、AI(google NoteBookLM)に作らせた(作ってもらった?)スライドと自作のものを合体したパワーポイント資料と、発行したばかりの「やまたけNEWS(第29号)」を基に説明した次第です。
 

【スクリーンはAIで作成したスライド(勝手に付いたサブタイトルはやや大げさか)】
 
各15分、3人から報告した後の質問タイムでは、様々な意見交換ができ、私自身、他議会の取り組みを知ることができるなど大変有意義な時間となりました。
 
前回の開催が5月末でしたので、今後もできれば定例会ごとに、こうした機会を頂戴できれば幸いに存じます。
 

【直接の意見交換の場は、何より貴重な機会】
 
さて、報告会の時間と並行して昨日行われていたのは、最低賃金の2026年度改定目安額を決める厚生労働省の中央最低賃金審議会(小委員会として5回目の開催)。
 
これまでの小委員会では、労使ともに、“引き上げが必要だという認識で一致”。
 
23日の小委員会では、労働者側は食料品の価格高騰などを背景に、現在の全国平均時給1121円の6.7%に相当する75円の引き上げを要求する一方、経営者側の理解は、中小・零細企業の2026年賃上げ率約3%を上回る額まで
 
双方の主張には隔たりがあるものの、1121円から1100円台後半に引き上げる目安を示す公算が大きくなったとされるも、昨日は夜まで審議が続けられたものの、結論は持ち越しに。
 
本日28日に6回目の小委員会を開催し、月内の決着を目指すと報じられています。
 
なお、釈迦に説法ではございますが、最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないとする制度。
 
①地域別最低賃金と②特定最低賃金の2種類があり、両方が同時に適用される場合には、使用者は高い方の最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。
 
また、地域別最低賃金は、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用されるもので、注意すべきは、“毎月支払われる基本的な賃金”であることから、実際に支払われる賃金から一部の賃金(割増賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当など)を除いたものが対象となります。
 
最低賃金は毎年度、改定され、前述の審議会が目安を示した後で、都道府県ごとの地方審議会が地元の改定額を決定し、例年では10月以降に順次適用していく流れとなります。
 
連合福井の皆様とは、改定時期には街頭にて「最低賃金」に関する周知活動を行ってきているところですが、福井県の現在の地域別最低賃金は「1053円」。
 
本日、目安が示されるであろう審議会の状況に注視するとともに、ここ福井においては、地域別最低賃金が全国平均を下回っている実態、ならびに昨今の物価高騰をも踏まえ、働く者の立場から“応分の引き上げ”を求める次第です。
 
<ご参考>
この機会に、以下リンクにて皆様の職場の最低賃金をチェックしてみてください↓
 
→厚生労働省HP『ちゃんとチェック!最低賃金』はこちら

嶺南忠霊場清掃奉仕にて先人たちを思う

ブログ 敦賀の歴史・文化

昨日発行しました「やまたけNEWS(第29号)」の冒頭には、先の大戦末期の空襲によって、ここ敦賀も未曾有の戦禍に遭ったこと、そして先人たちの犠牲の上に今の私たちがあることを深く胸に留める旨、書き置いたところ。
 
これは、7月12日の敦賀空襲をはじめとする戦争の悲惨さ、また平和の意義や人間の尊厳を考える大切さを、今一度皆で考えることを呼びかける意味でも書いたわけですが、ちょうど発行した日に、自身がそのことを今一度強くする行事に参加してまいりました。
 
それは、中郷地区嶺南忠霊場清掃奉仕作業。
 
敦賀市岡山町の市立中郷小学校グランドに面した小高い山の頂上にある嶺南忠霊場(嶺南忠霊塔)は、昭和17(1942)9月27日に建立された高さ19メートルの忠霊塔で、第二次世界大戦などの戦没者6,765柱が安置されており、敗戦後の昭和21年12月23日に敦賀市長から福井県遺族互助会へ管理が移行され、「嶺南忠霊場」と改称されたもの。
 
奉仕作業は午前8時より、地元の社会福祉協議会や関係団体が参加して行われ、私は先般入会しました「戦没者追悼 敦賀市民の会(以下、敦賀市民の会)」の一員(気比史学会も賛助団体として協力)として、初参加してまいった次第です。
 
作業前のご挨拶では、中郷地区社会福祉協議会の会長さん(会社の大先輩でした)に続き、敦賀市民の会の野添会長からは、奉仕作業への感謝と、準備された1枚のパネル(戦後まもない頃の嶺南忠霊場)を掲げつつ、当時は、近くに走る北陸線列車の乗客は、忠霊塔下を通過する際、車掌の合図(車内でアナウンスが流れた)で英霊に黙祷を捧げたとのエピソードを紹介。
 
その情景を思い浮かべつつ、あらためてこの場所の大切さを認識したところです。
 
せっかくの機会と、本忠霊場のことをもう少し詳しく調べてみると、昭和12年、支那事変の勃発と共に戦没者は激増し、昭和14年に「敦賀忠霊塔顕彰奉賛会」が設立され、合葬墓としての忠霊塔の建設が進められ、昭和17年9月に(前述の)「支那事変戦没者忠霊塔」が竣工。
 
忠霊塔の右方、低い広場には沓見の墓地から移された3基(満州事変陣歿者合葬碑、上海事件陣歿者合葬碑、明治卅七八年役戦病歿 将校下士兵卒墓)の合葬碑が並ぶ。
 
山頂正面の台上に立つ忠霊塔は。建屋(台座)部分の間口約8.9m、奥行約9m、全高約19m(建屋部分は約4m)の大きな塔であり、終戦までに合祀された英霊は、1万5千余柱に達しましたが、戦後、滋賀・岐阜の両県の護国神社に引き渡され、現在は嶺南地区の英霊6765柱が祀られている。
 
終戦後、敦賀に進駐した米軍が敦賀忠霊塔を爆破すると伝えられ、遺族代表の橋本五郎氏が県軍政部代表のハイランド中佐に中止を懇請し、橋本氏個人の所有名義とすることで現状維持が認められた。
 
昭和21年12月23日、敦賀忠霊塔の管理は敦賀市長から福井県遺族互助会に引き継がれて嶺南忠霊場と改名され、昭和50年には、敦賀市公園緑地法の適用を受け国庫補助も含め参道遊歩道の整備のほか美化工事も行われた(今では桜の名所にもなっている)。
 
ハイランド中佐は、昭和23年に更迭されたが、昭和46年秋に敦賀を訪れた際に忠霊塔に参拝し、整備された霊場の姿に感慨無量と懐古されたとありました。
 
こうした変遷を経て、現在に至る嶺南中霊場。
 
奉仕作業では、急階段を登り、それぞれの団体さんが持ち場持ち場を清掃。
 
敦賀市民の会では、参加された6名にて、山頂から合葬碑までの通路部分に覆い茂った草木の剪定や土砂の除去を行い、電動工具の恩恵もあってか、約1時間ほどで見違えるほど綺麗に。
 
最後は参加者一同で忠霊塔に合掌をし、作業を終えた次第です。
 

【合掌を終え、忠霊塔を望む】
 
この機会に、忠霊塔の内部を初めて拝見しましたところ、人口正面には小さいながら荘重な祭壇があり(霊記簿が納められているという)、高く周囲をぐるりと囲むように戦地でお亡くなりになった方々のお名前が刻まれた筒状のものが祀られていました。
 
こうした雰囲気を肌で感じ、犠牲となった先人への敬意と感謝の念が湧き起こるとともに、大切なこの場所を今後も守っていくことの重要性を認識した次第です。
 
ここは春になると桜の名所。
 
舞い散ってゆく桜は「日本人の心」であり、そうした場所に祀られていることに、今を生きる者へのメッセージが込められている。
 
初めての奉仕作業に参加し、その思いを今一度強くした次第です。
 

『柴田勝家と丹羽長秀』〜第42期 敦賀市民歴史講座(第2講)を開催〜

ブログ 敦賀の歴史・文化

夏の高校野球 福井大会。
 
昨日、福井市のセーレン・ドリームスタジアムで決勝戦が行われ、先制点を奪った敦賀気比は、試合を優位に進め、福井工大福井に4-1で勝利。
 
見事、甲子園の切符を手にしました。
 
全国高校野球選手権の開幕は8月6日。
 
敦賀気比には県勢27校の代表として、“聖地”甲子園でも大いに活躍されることを期待いたします。
 
さて、決勝戦の行方を気にしつつ、お昼過ぎからは、気比史学会主催の「第42期 敦賀市民歴史講座(第2講)開催のための準備。
 
こちらはもう手慣れたもので、机・椅子などの設営は敦賀市シルバー人材センターの方々にお任せし、役員側にてプロジェクターや音響などのセッティング、受付の準備など。
 
開演1時間前の13時に受付を開始すると同時に、数名の方がお越しになり、それだけ楽しみにお越しいただいたことを嬉しく思った次第です。
 
その後も続々と来場があり、開演前には定員100名がほぼ満席。
 
昨日も30℃を裕に超える猛暑の中、95名の参加をいただいたことに事務局として心より感謝申し上げます。
 

【ほぼ満席となった会場の市立図書館3階 研修室】
 
今期第2講の講師は大河内勇介様(福井県立博物館 学芸員)。
 
『柴田勝家と丹羽長秀』をテーマに、冒頭、趣旨として、秀吉が多大な影響受け、名字とした「羽」=丹羽長秀、「柴」=柴田勝家をとりあげ(羽柴名字の由来は、寛永8年(1631)竹中重門『豊鑑』)、勝家の越前統治や長秀の若狭統治の特徴、そして二人の運命を大きく変えた本能寺の変から腰ヶ岳の戦いまでの動向、柴田家滅亡後の丹羽家の変遷などについて、古文書を読み解きながら紹介していくとありました。
 
また講座では、①勝家の越前統治、②長秀の若狭統治、③本能寺の変から賤ヶ岳の戦いまで、④丹羽家の越前統治と変遷等について、例えば古文書をLINE風にお示しいただいたりと、大変分かりやすく、また楽しくご教授いただきました。
 

【古文書もLINE風にするとこんなに面白い。信長からの手紙に部下は「承知しました」のみ。】
 
なお、当会の糀谷会長曰く、通算300回近くになる本市民歴史講座で、“勝家と長秀”を本格的に取り上げたのは、意外や初めてとのことで驚き。
 
先生の資料によれば、本能寺の変で信長が亡くなり、勝家、長秀、秀吉の運命が変わった。
 
織田家に忠実で合議を重視し、天下人になろうとしなかった勝家。
 
織田家中の情報の結節点・調整役であったが秀吉についた長秀。
 
山崎の合戦で最大の功績をあげ、勢力を伸ばし、天下人となる野望を自覚した秀吉。
 
秀吉は天下分け目の戦いで長秀とともに勝家を滅ぼし、勝家は織田一族の血を秀吉に託した。
 
内容を端折り恐縮ですが、“まとめ”では、「秀吉に深く関わった勝家と長秀。二人とも福井にゆかり。対照的な動向。墓所は近く。」とありました。
 
墓所は確かに、福井市内の足羽山近くのわずか1kmしか違わないということで、機会あらば、二人の墓所をお参りしたいと思う、心に残る講座となった次第です。
 
本講座に初登壇いただいた大河内先生。
 
最近ではAIも駆使して研究に取り組まれる、日本中世史の分野において大活躍されている方。
 
今回、大変興味深いお話をいただいたことに感謝申し上げるとともに、今後ますますのご活躍をご祈念いたします。
 
誠にありがとうございました。

【お知らせ】『やまたけNEWS(第29号)』をご覧ください

ブログ 活動報告

本日『やまたけNEWS(第29号)』を発行しました。
 
敦賀市内は、本日の各朝刊に新聞折込みしています。
 

【広告は一番目につく手前でラッキー】
 
また、新聞購読されていない方や市外にお住まいの方におかれましては、ホームページ(トップ画面の最下欄)にPDF版を掲載していますので、以下リンクよりご覧ください。
 
→「やまたけNEWS(第29号)」はこちら
 
なお、今回は「議員定数削減を求める請願」に反対したことに対する説明責任を果たすため、【報告1】に自身の考えを記載しています。
 
こちらも含め、ご質問やご意見がございましたら是非お気軽に連絡いただければ幸いです。

8月1日 国民民主党「榛葉幹事長」の来福が決定!

ブログ 政治

賛成123票、反対121票。
 
これは、昨晩行われた参院本会議における、自民党と日本維新の会が提出した「副首都」構想関連法の採決結果。
 
本法案は、東京が大災害に見舞われた際に立法や行政機能を維持し、人口・経済の東京への過度な集中を避けるなどの目的で「副首都」を整備するとの内容ですが、参院では過半数に満たない与党に加え、チームみらいなどが賛成に回ったことにより、“僅か2票”の賛成多数をもって可決、成立しました。
 
最終盤の与野党攻防の様子は、国民民主党 参院国対委員である伊藤孝恵議員の以下Xポストに。
 
<伊藤孝恵議員のXポスト引用>
 
15時半~本日3回目の野党国対委員長会談。
副首都法案の採決に対する態度について、各党の衆参国対および機関決定した内容を持ち寄りました。
 
国民民主党は、①採決に応じるべきでない ②65日の国会会期延長やむなし、その場合は高市総理に対して複数回の予算委員会集中審議への出席と党首討論の開催を求める ③延長に伴って定数45議席削減法案が成立することもやむなしとする旨、申し述べました。
 
国家の基本方針や重大事項について与野党党首が直接議論を交わす党首討論は昨年4月、毎月実施することが与野党で合意されているにも関わらず、今国会では結局、5/20(水)45分間、7/15(水)60分間、計2回の開催に留まっています。4月&6月はスキップされました。65日延長するのであれば、8月&9月の開催を求めていくのは当然です。
 
野国(野党国対)の結論は『採決には応じられない』で一致。この後、副首都法案の審議は再開されますが、採決動議の提出による運びが懸念されます。
 
<引用終わり>
 
結びにある“懸念”は現実のものとなり、この後、冒頭のプロセスに至るわけですが、本法案に関してはとりわけ、大阪を副首都にと息巻く、日本維新の会との関係を強く意識した国会運営がされたものと認識する次第です。
 
なお、本日、会期末を迎える第221特別国会は、政府提出法案全64本が成立し、事実上閉幕しました。
 
伊藤議員のポストにもあったよう、会期延長した8日間も、最終盤の採決をめぐる混乱の影響で、首相出席で予定されていた24日の衆院予算委員会集中審議開催が見送られたため、与野党国対委員長間では、国会閉会後の27日に開催する日程で合意したとも。
 
高市総理におかれましては、多忙ぶりをアピールするより、自ら仰った約束は守っていただきたいと思う次第であります。
 
さて、そうした中、こちらは朗報!
 
7月22日のブログでご紹介しました、地方議員700人の目標達成に向けて、各地の候補者発掘ならびに統一地方選に向けた機運醸成、支持の拡大を目指すため、国民民主党が開催する「全国こくみんミーティング」について。
 
→2026年7月22日ブログ『「福井県こくみんミーティング」を開催します!』はこちら
 
福井県連では、8月1日(土)10時30分より、繊協ビル(福井市)にて開催することを決めたことまではお知らせしていましたが、昨日、党役員の派遣先が決定。
 
福井にはなんと!
 
榛葉賀津也幹事長が来福されることとなりました!
 
早速このことを関係者に周知の上、バナーも作り替えてSNS等で発信したところですが、”炎の幹事長”とも呼ばれる榛葉幹事長がピンポイントで福井にお越しになることを心から嬉しく、思わずガッツポーズをした次第です。
 

【榛葉バージョンに作り直したバナー】
 
思えば、昨夏の参院選前・期間中あわせて3度も福井に応援に駆けつけてくれた榛葉幹事長。
 
8月1日も“熱く”、そして“魂に響く”演説をされることは間違いないわけであり、この話を一人でも多くの方に聞いていただきたいと切に思うところ。
 
22日も記載したよう、県内在住の党員・サポーターの皆様はもとより、取り組み趣旨を踏まえ、国民民主党の看板背負って、「我こそは地方選に!」という方、あるいは、まだそこまでなくても関心のある方は、この機会にぜひとも参加いただけますようお願いいたします。
 
→「福井県こくみんミーティング」参加フォームはこちら(詳しいスケジュールも掲載あり)

北陸電力労働組合敦賀分会「第36回定時大会」にて感謝の思いをお伝えする

ブログ 働く仲間とともに

全国各地で熱戦続く、夏の高校野球地方予選。
 
ベスト4が出揃った福井県では、昨日準決勝2試合を実施。
 
9時からの第1試合は、先日のブログでもご紹介しました敦賀高校vs敦賀気比の「球都敦賀」勢同士の対決。
 
序盤から効果的に得点を重ねる敦賀気比に対し、敦賀高校も5回に2点を返すも、結果10―2(7回コールド)で敦賀気比が勝利し決勝進出を決めました。
 
続く、福井工大福井vs福井商業の第2試合では、中盤に得点を重ねた福井工大福井が3-1で福井商業を振り切り決勝へ。
 
正直、母校(敦賀高校)が敗れたのは残念な思いですが、今夏の大甲子園に「敦賀」の名が轟くよう、明日行われる決勝戦では、敦賀気比の勝利を願う次第です。
 
一方、昨日私の方は、“こんな良いタイミングで機会を与えていただいたこと”に感謝した日に。
 
昨日のブログでは、「電力需給逼迫(ひっぱく)」の危機に対応いただいている、すべての方々へ感謝の念をお伝えしたところでしたが、ちょうど昨日は、ここ北陸の地で、電力安定供給の一翼を担う北陸電力敦賀火力発電所へ。
 
北陸電力労働組合敦賀分会の「第36回定時大会」にお招きいただき、会場の敦賀火力発電所にお伺いした次第です。
 
正門で受付を済ませ、事務棟前に駐車をし車を降りると、同じ町内にお住まいの親しい北電社員の方とバッタリ。
 
「出迎えてくれたんですか!」とお声かけすると、たまたま偶然出かけるところに私が現れただけだったわけですが、「このタイミングで会うなんて運命ですね(笑)」と冗談を交わしたところです。
 
事務棟に入るとまず、原分会委員長のご案内で発電所長にご挨拶(一昨日あった海水電解装置関係のお詫びもあり)。
 
その後は、大会会場のPR室へ。
 
分会委員長のご挨拶に続き、来賓として私もひと言ご挨拶の機会をいただました。
 
冒頭、日頃のご支援に対する感謝を申し上げた上で、昨日ブログで書いたことをなぞるよう、「大暑」の日の北陸電力送配電の広域ブロック使用率はピーク時(18:30〜19:00)で96パーセントの状況の中にあって、敦賀火力1・2号合わせて120万kwフルパワーで安定供給を支えていただいている皆様に、心からの敬意と感謝をお伝えしました。
 
前述の「良いタイミングで機会を与えて・・・」と表現した思いはここにあり、現場で汗して働く仲間の皆様に、感謝の思いを直接お伝えできたことを嬉しく感じたところです。
 
ちなみに、先日開催した「第29回敦賀港カッターレース」には、同労組チームにも参加いただきましたが、チーム名はスバリ「カッターパワー1200MW(メガワット)」。
 
※120万kw=1200MW
 
敦賀火力発電所の電気出力(合計)とかけたチーム名と気づいていたのは、実行委員の中でもおそらく私ぐらいではなかったかと思いますが、それだけプライドをもっていらっしゃるということと理解するところ。
 
結びに、本定時大会では、活発な議論のもと活動方針を確認され、原委員長のもと、敦賀分会のますますのご発展、そして組合員各位のご健勝をご祈念申し上げ、挨拶を閉じました。
 
北陸電労敦賀分会の皆様におかれましては、何より安全第一(労働安全もプラント運転も)で、この夏を乗り切っていただくとともに、今後引き続いての連携をお願いいたします。
 

【青空の下、誇らしく建つ発電所をバックに記念撮影(といっても自撮りですが。。。)】
 
話をガラリと変え、本日のブログの結びは“宣伝”を一つ。
 
明日25日(土)14時からは、気比史学会主催の「敦賀市民歴史講座(第2講)」を開催いたします。
 
当会の講座では初登壇となる大河内先生のお話を聞けることが、私も今から楽しみなわけですが、初めての方、ちょっと歴史に興味がある方大歓迎!
 
詳しくは、以下リンク(敦賀市HP)をご覧いただき、皆様ぜひお気軽にこ参加くださいますようお願いいたします。
 
→敦賀市ホームページ「第42期 敦賀市民歴史講座(第2講)」はこちら
 

【広報つるが(令和8年7月号)のお知らせ記事を引用(一部加工)掲載】

「電力需給逼迫」の危機に対応する現場の皆様に感謝

エネルギー ブログ

前日、暑さ対策の“日傘”がハウリングで使えなかったことをご紹介しましたが、水曜恒例の名子での辻立ちでは、新アイテムの“麦わら帽子”を着用。
 
たまたま、敬愛する同志、石黒たつお練馬区議会議員(東京都)のSNSで、麦わら帽子を被って街頭演説していたのを見て真似をしてみたわけですが、頭に直射日光を受けないことだけでも暑さ低減で良し。
 
また、ご通行中の皆さんも、このスタイルに笑顔(どういう意味かは分かりませんが)で手を振ってくれる割合がいつもより多く感じられるなど、まさに一石二鳥。
 
この夏の街頭活動は、麦わら帽子を定番アイテムに、ルフィー(「ONE PEACE」の)のごとく元気に、そして熱く運動していくと決めた次第です。
 
なお、活動の発信は各種SNSでも。
 

【昨日投稿したショート動画の一コマ】
 
YouTube、TikTokもボチボチとやってますので、以下よりチャンネル登録、フォローいただければ嬉しく思います。
 
→YouTube「やまたけチャンネル」はこちら
→TikTok「山本たけし(敦賀市議会議員)」はこちら
 
さて、暑さは十分なまで本格化している状況につき、「もうええって」と言われそうですが、二十四節気では今日から「大暑」。
 
文字どおり「大いに暑い」と書く、一年で最も暑さが厳しい時期に入ります。
 
大暑の時期といえば「土用の丑の日」であり、ここはしっかり「うなぎ」を食べて、夏バテ防止・疲労回復で乗り越えましょう!
 
そして、「暑い」「乗り越える」といえば、電力需給。
 
北陸電力送配電の「でんき予報」では、今日の広域ブロック使用率ピーク時(18:30〜19:00)で、また東京電力パワーグリッド(PG)の同じく「でんき予報」での同使用率ピーク時(16:30〜17:00)がともに“96%”であり、予備率3%を切る一歩手前の厳しい状況にあります。
 

【北陸電力送配電 本日の「でんき予報」(同社ホームページから引用掲載)】
 
なお、北陸電力送配電では、本日の広域予備率が低下するおそれがあったため、一般送配電事業者による水力発電設備の運用を実施。
 
東京電力PGでは、一般送配電事業者による揚水発電設備の運用を織り込むなど、調整力調達不足の解消を目的とした対応が講じられています。
 
また、「でんき予報」に記載があるよう、現在の需給運用は、エリア単位(例えば、供給範囲を北陸エリアに限ること)での使用率管理ではなく、地域間連系線を最大限活用した“広域ブロック単位”での使用率管理を行う仕組みとなっており、例えば、昨日(22日)は、これらの調整を行う「電力広域的運営推進機関(OCCTO)」より、『需給状況改善のための自家用発電設備焚き増しのご協力のお願い(依頼)について』が発出されています。
 
内容としては、“本日7月22日(水)の東京電力PG管内において、高気温により電力需要の増加が見込まれており、広域予備率が5%を下回る厳しい見通しとなっております。ついては、本機関は、以下のとおり、自家用発電設備を保有する会員の皆さまに、焚き増しのご協力をお願いいたします”。
 
言葉は良くないかもしれませんが、言わば「発電可能な電気をかき集めて」何とか予備率3%以下としていることが分かります。
 

【OCCTOの実際の依頼文(同機関のホームページより引用掲載)】
 
つまりは、年数が経過したり、効率が低いからと普段使っていない発電設備を緊急起動し、電力の安定供給のためご尽力いただいている一般発電事業者、自家発保有事業者の努力があって、電力需給逼迫(ひっぱく)の危機を回避できているわけであり、対応いただいているすべての関係者各位に感謝する次第。
 
そして、こうした「電気が足りない状況」になぜなってしまったか。
 
もちろん、原子力発電の再稼働がすべて整っていないことは大きな要因ですが、東日本大震災以降に、国が急速に進めた“電力自由化”によって、発電事業者は、前述のような年数が経った火力(石炭火力は脱炭素の観点からも)や発電効率の低い設備を廃止せざるを得なかったことにより、発電能力自体が低下したり、大規模電源開発が進まなかったことに原因があります。
 
今年も「電力需給逼迫」のニュースを見るに、これを回避するため現場で奮闘いただいている方々の姿と、こうした状況にしてしまったのに誰も責任を取らない政治、役所の姿に、「“超”現実的なエネルギー政策」なくば国は成り立たぬと、その重要性をあらためて深く胸に刻むところです。

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