「天空のテラス」で大いにリフレッシュ♬

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我が家に来て約5ヶ月。
 
すっかり中心的存在になったチワワの「きゅう」。
 
いつの間にやら主人の座は妻に取られたようで、私のことは友達と思っているのか、噛んだり舐めたりとじゃれ方が半端でない訳ですが、やんちゃなほど可愛いというもの。
 
昨日は予想外のいいお天気ということで、そんな「きゅう」と妻の3人でドライブ散歩に出掛けてきました。
 
行き先は、金ヶ崎緑地の予定で出発しましたが、岡山の交差点で急遽変更、一路若狭町のレインボーラインへ。
 
敦賀からだと車で約40分、有料道路(この日は半額で540円)の峠道を進み到着したレインボーライン山頂公園は、駐車場待ちで渋滞するほどの混みよう。
 
以前に大掛かりなリニューアルを終え、今や「三方五湖に浮かぶ天空のテラス」として人気の観光スポットとして蘇った様が、この日も如実に表れていました。
 
小型犬は抱っこしてケーブルカーでとの指示のもと山頂まで上がると、まさに「天空」と呼ぶに相応しい、三方五湖と若狭湾を一望する360度パノラマの絶景。
 

 
ソファーやテーブルが置かれたテラスや3つのカフェや茶屋、さらには足湯まであり、老若男女問わず多くの人で賑わっていました。
 



 
多くは語らずとも、その場にいるだけで気持ちも晴れ晴れ、心が満たされる場所というのはこういうところなのかと、若狭町にやや嫉妬してしまいましたが、恋人の聖地やご当地のスター五木ひろしさんとのコラボなど、以前からの資源やストーリーを大切に扱っている点も見逃せないところ。
 
ここで感じたことは記憶に留め、敦賀の観光にも活かしていければと考えます。
 
さて、我が家の「きゅう」はと言えば、景色を楽しむことはない(当たり前ですが)ものの、同じように山頂に訪れたワンちゃん達数匹とご挨拶もし、満足?の様子。
 

 
駄々をこねることなくしっかり歩き、山頂を後にしました。
 
来た時以上に渋滞する有料道路を、帰りは三方方面に下り、民家沿いまで来ると「イカ丼」で有名な「ドライブインよしだ」は車で満杯。
 
さすが、「秘密のケンミンSHOW」効果は絶大ですね。
 
そんなこんなで、近場、短時間ながら余暇時間を満喫、家族ともども癒されリフレッシュ出来ました。
 
今日からは、今年最後の12月定例会が始まります。
 
満たされた気持ちを「議会モード」に切り替え、しっかり頑張ります。

市民歴史講座第3講「近江の元亀争乱」

ブログ 敦賀の歴史

昨日は日中の気温も10度前後、しかも雨混じりの北風と寒さを感じた1日。
 
暖かい日が続き、これまで季節感なく過ごしてきましたが、明後日からは12月。
 
雪マークこそまだありませんが、あたふたすることのなきようスタッドレスタイヤへの履き替えなどを済ませ、冬将軍に備えたいと思います。
 
さて、やっぱり歴史は面白いとこれまで再三にわたりお伝えしてきたところでありますが、昨日の市民歴史講座も大変興味深く、私にとって新たな発見がありました。
 
気比史学会さんが主催するこの市民歴史講座。
 
「元亀争乱から450年」と題し、元亀年間(1570〜1573)に越前、近江の国を中心として繰り広げられた朝倉義景・浅井長政vs織田信長・徳川家康の戦いの軌跡を総称した「元亀争乱」を中心に各地に残る城跡や戦国時代の周辺地域の様相などを手掛かりに、何度も覇権争いの戦禍を乗り越えてきた敦賀の歴史を探るというのが今期のテーマ(全4講)。
 
昨日は、その第3講ということで、きらめきみなと館小ホールを会場に約80名が参加のもと開催されました。
 

 
前回第2講は「若狭国」から見た元亀争乱でしたが、この日の視点は「近江」から。
 
「近江の元亀争乱 〜志賀の陣と宇佐山城〜」と題し、その道の第一人者である中井均先生(滋賀県立大学)よりご講義いただきました。
 
城の構造からの細かな分析などもあり、私には少々レベルの高い内容でしたので、いつものメモも理解度が不足しているのですが、ひとまず拝聴した概要をざっと以下に記します。
 
・元亀元年(1570年)6月28日、姉川合戦勃発。
・この戦いで浅井・朝倉軍は信長軍に完膚なまでに負けたと言われているが、その2ヶ月後の9月16日には浅井・朝倉軍が3万の軍勢で坂本まで進出していることを思うとその説も信長寄りのものと思われる。
・志賀の陣にて、浅井・朝倉軍が巻き返すが、この戦いは信長vs浅井・朝倉に留まらず、三好三人衆、本願寺、毛利氏、武田氏らによる信長包囲網であった。
・標高336mの宇佐山の山頂に立つ宇佐山城は、実は元亀争乱とは別に、近江の街道封鎖と新道建設に伴う監視の城として、信長が永禄13年(1570)に築城したもの。
・信長がここに陣取り戦ったことを思うと、この宇佐山城が無ければ浅井・朝倉軍はもっと早く、優位に戦えたかもしれない。
・志賀の陣以降、宇佐山城には明智光秀が城番として入り、城としては機能していた。
・地政学的に新たにどこに拠点を置くべきか考えた結果、坂本城となったのでは無いか。
・その後、滋賀郡支配を命ぜられた明智光秀が、下坂本に坂本城を築城。
・琵琶湖岸には、水陸両用の城として安土城・坂本城・長浜城・大溝城があり、これは信長の「湖の城郭網」である。
・城の構造について、宇佐山城は、信長の段階で初めは土の城であったが、明智光秀の入城後、中心部分だけを石垣にしたのではないか。
・明智が滋賀の陣の後すぐに入城した際に石垣化したとの見方が強い。
・坂本の城に石垣が無いのは、大津の城に再利用されたから。
・30年の間に巨大な石垣造りの城に再利用されたのは、琵琶湖岸という地形から水陸両用の機能を求めたから。
・城は身分の秩序が分かるということで興味が尽きない。
・朝倉義景の禁制や浅井長政の奉書形式の書簡などから、「浅井・朝倉」の同名ではなく、長政は義景の下級軍奉行に過ぎなかったとする説もある。
・また、比叡山の焼き討ち自体も、公家の日記だけで信じられてきているが、滋賀県の教育委員会が発掘調査をしても焼き土が出てきていない(実は、真実か定かでない)。
 
前回「若狭国」編では、信長最大のピンチ「金ヶ崎の退き口」から京に逃げ帰れたのは「国吉城」(現美浜町)があったからとありましたが、この「近江」においては「宇佐山城」があったから窮地に陥らずに済んだのかなと。
 
そう思えばやはり、戦国時代の勝ち負けは、先見の目はもちろんなのでしょうが、このような運と言うのも大いにあったということかと感じた次第。
 
また、比叡山の焼き討ちが未だ真実なのか定かで無いことや城の石垣が他の城に流用されていた話し、滋賀特有の「琵琶湖」という地政学を踏まえて入念な戦略を講じられたことも知ることが出来、今回も大変有意義な時間となりました。
 
やはり、今現在においても様々な史実や見方があるという点が、歴史の面白さなのでしょう。
 
それにしても、この中井先生の理論・分析もさることながら人気もスゴいようでして、閉会後に後片付けをしていると、何とサインを求め先生の著書を片手に数人の女性が「出待ち」をするというシーンに遭遇。
 
少しお話しをすると、大垣市や石川県から来られたそうで、大垣の女性は畳甲冑を着て、関ヶ原を始め各地の戦国イベントに参加しているのだそう。
 
「鉄道」も色んなジャンルがあるように「歴女」も様々ですね。
 
今年も残りひと月となりましたが、敦賀の歴史講座はまだまだ熱い。
 
◉12月12日(土)13:30〜 →「大谷吉継の関ヶ原合戦」(講師:奈良大学教授 殿岡慎一郎氏)@きらめきみなと館小ホール
◉12月19日(土)14:00〜 → 市民歴史講座第4講「元亀争乱と朝倉攻め」(講師:元福井県埋蔵物文化財調査センター所長 山口充氏)@敦賀市立図書館3階研修室
 
いずれも興味津々のテーマにつき、12月定例会中ではありますが参加していきたいと思います。
 
皆様方におかれましても、興味のある方は是非参加くださいね。
 
では、本日はこれまでに。
 

ふくいテレワーク女子プロジェクトの活動始まる!

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早いもので11月もこれで最後の週末。
 
今年もあと1ヶ月と思うと、日の立つ早さに驚きを隠せない訳でありますが、昨日は、12月定例会前としては最後となる活動報告会を福井市内の事業所にて開催させていただきました。
 
こちらの事業所での報告会は初ということもあり、足を運んでいなかったことへのお詫びのご挨拶もさせていただいたうえで、その分気持ちを込めてお伝えさせていただきました。
 
我が同志からは、「つかみの部分が長かったですね」との冷やかしもありながら評価の言葉もいただき嬉しい限り。
 
繰り返しとなりますが、「有権者の皆さんへのフィードバック(報告)無くして政治への信頼なし」との思いがありますので、今後も自分なりに改良を重ね、分かりやすく市政や自身の考えをお伝え出来るよう取り組んでいく所存です。
 
このブログをご覧いただいている皆さんからも是非、お気軽にオファーをいただければと思いますので宜しくお願いいたします。
 
さて、お昼の報告会に続き、夜も福井市アオッサでのセミナーへ。
 
7月19日に行われた「県民ワクワクチャレンジコンテスト2020(女性部門)」公開プレゼンテーションにて、応募のあった11組の中から100万円コース1組(最優秀賞)に採択された「ふくいテレワーク女子プロジェクト」(敦賀市の後藤美佳さんら3名)が主催する、『ふくいテレワーク女子プロジェクト「デジタルみらい会議2020inふくい」』に参加してまいりました。
  
「ふくいテレワーク女子プロジェクト」さんが提唱するのは、「WEBマーケティングにおける専門知識やPCスキルを一貫して教育できる環境を整備・県内女子テレワーカーを育成」、「県内地場産業と女子テレワーカーのマッチングにより地場産業をPRし全国発信」の大きく2点。
 
プレゼンテーションを聞けば、「福井愛」にあふれ、自ら立ち上がって行動を起こそうとの思いがビシビシと伝わってきました。
 
会議のほうは3部構成で行われましたが、とりわけ第1部の「デジタルを活用した地域変革事例」(プレゼンター:菅原直俊氏」では、これまでの私の頭の中を一新するデジタル社会やDXが持つ本来の意味合いを学ぶことが出来ました。
 
【以下は私がメモした要旨】
・DXとは何か。デジタルトランスフォーメーション、デジタル変革のこと。
・自治体と住民がデジタル技術を活用して住民本意の行政、地域、産業等を再構築するプロセスを作り出す。
・本来は、住民本意のサービスデザインでありDx(デジタルが主)ではなくdX(変革が主)であるもの。
・デジタル化を進めるにあたっては、自治体の哲学、ビジョン、ミッションがなければダメ。
・多くの人の頭の中はスマートシティ、society5.0とかでゴチャゴチャ。
・デジタル技術を活用して何をするのかが大事。
・デジタル技術は手段であって目的ではない。
・人に優しいデジタル技術で、誰一人残さないことが大事。
・行政、地域、社会のあらゆる分野がデジタル技術によって再構築される(あらゆる部の人を参加させる→情報処理部門だけでは失敗する)
・ICT化とデジタル変革の違いを認識すること。
・デジタル変革は、住民サービス向上を主な目的として、デジタルを用いて新しい価値を生み出し、仕組みを変えること。
・自治体職員の幸せに対するビジョンを示すことは、巡って市民サービス向上にもつながること。
・電子国家エストニアの哲学=99パーセントの行政手続きが電子化されている。
・残りの1パーセントは「結婚と離婚」。人生において幾度とないこととして、敢えてデジタルにしないのも哲学である。
・エストニアの場合は、過去の紛争や侵略からデータを守るためクラウド化する必然性があった。
・課題解決、価値創造、共生社会×行政のDX、地域のDX、産業のDX
・DXダンスは要らない。
・福島県磐梯町では、町の最上位にある総合計画に明記をし、共生社会を作るためにデジタルを進めている。
・自治体初のデジタルネイティブ組織を設置し、東京都にサテライトオフィスも置いた。
・町議会のデジタル改革。オンラインでの参加を認めることを可とする条例改正を行った→このことは育児中の女性や若手議員の成り手にも繋がる。
・広報のデジタル推進で、ふるさと納税の使い道にDXも設定し、納税額もUP。結果して町の財源UPにもつながった。
・審議会もオンラインとすることで著名な中央の人や女性も参加してくれるようになった。
・アナログもデジタルも手段の選択に過ぎない(磐梯町:佐藤町長談)
 

【会場の様子。柱の反対側に同じような列があります。】
 
最近何かと耳にするデジタル化、IT化の言葉ですが、ここにもあるよう懸念すべきは「デジタル化することが目的」となってやしないかということ。
 
セミナーでもあった通り、「何のためにデジタル化を進める」のかの確固たるビジョンがなければ、行政にも地域にも産業にも浸透していかないと思う訳であり、その点に関しては「デジタル化」を唱えるのであれば最重要事項として考えるべきことと認識することが出来ました。
 
いずれにしても、デジタル化、オンライン化をツールとして活用することに関しては、このコロナを起因とし追い風が吹いているところですが、行政側も議員側も本質部分を肝に据え、今後に向け議論していくことが必要不可欠と考えるところです(導入しない手はないとの意)。
 
この日は、会場・オンライン合わせ約70名の方が参加されたそう。
 
県・各市町の行政職員、議員、今の仕事から独立して起業しようという方など、会場で色んな方とお話ししてみると、それぞれがそれぞれの立場において「ビジョンを持ってデジタル化を進めたい」との考えをお持ちでした。
 
同じ方向を向く皆さんとはすぐに意気投合しましたが、セミナーのお話しを借りれば、こうした関係を構築するのも最早、オフライン(対面)でもオンライン(ZOOMなど)でも同じように出来るとのこと。
 
コミュニケーションはFace to Faceを原則としてきた私ですが、その考えに凝り固まっていてはいけませんね。
 
最後になりますが、「ふくいテレワーク女子プロジェクト」においては、今後クラウドファンディング、女性募集、育成、女性による企業とのマッチング活動を以下のステップで進め、「女性テレワーカー育成プロジェクト」の実現に向け取り組まれるとのこと。
・ステップ1:女性のテレワーカーを育成(テレワークやITスキルの研修)
・ステップ2:企業・自治体との連携や情報共有(web活用の可能性を知る)
・ステップ3:企業・自治体とのマッチング
 
福井の魅力を全国に発信していく、女性が本当に活躍出来る社会へ。
 
こうして自ら立ち上がり、社会を変えて行こうというエネルギーに私自身、大いに共感しました。
 
皆さまにおかれましても、「デジタル化なんて無関係」と思わず、少し意識を変え、このプロジェクトへのご支援をいただければ幸いに思います。
 
 →→→「ふくいテレワーク女子プロジェクト」公式HPはこちらから

活動報告会を開催。一歩一歩を大切に。

ブログ 活動報告会

二日連続で訃報の話題から入るのも恐縮ですが、サッカー界のスーパースター、ディエゴ・マラドーナ氏が25日にお亡くなりになりました。
 
不世出のスターと呼ばれたマラドーナ氏ですが、私にとってはやはり1986年W杯メキシコ大会イングランド戦であった魅惑の「神の手ゴール」、そしてその直後に見せた鮮やかなドリブルから次々に相手ディフェンダーを置き去りにして決めた「5人抜き神業ゴール」が鮮明に記憶に残っています。
 
当時は野球小僧だった私がこれだけ覚えているということは、サッカー少年であれば尚のことかと思う訳ですが、アルゼンチン代表として通算91試合34得点、4度のW杯出場で8得点を挙げ、数々の名プレーを残したマラドーナ。
 
同じくサッカー界のスーパースターであるペレは、この訃報を受け「一緒に天国でボールを蹴ろう」とのコメントを残されたそう。
 
対戦した誰もが「特別な存在」と呼ぶスーパースターがまた一人、この世から去ってしまうことは寂しい限りでありますが、世界中の人々の記憶の中で生き続けると思い、心よりご冥福をお祈りいたします。
 
さて、話題を変え、私の方はスーパースターでもなく、神業も持っていませんで、日々の地道な取り組み。
 
昨日は、市内にある事業所にて活動報告をさせていただきました。
 
この活動報告会は、定例会ごとに極力多くの職域、地域に伺い、ご報告することが与えられた責務と役割との思いを持って取り組んでいますが、コロナ発生以降は、中々他の職域や地域で開催するのが難しく、ジレンマを抱えながらの取り組みとなっています。
 
それでも昨日は、お昼休み中にも関わらず約15名の方にお集まりいただき、本当にありがたい限り。
 


 
来週30日からは12月定例会が始まるということで、提出された議案の概要や私自身が思うポイントなども資料に追加し説明させていただきました。
 
こうして直接顔を拝見してお話しし、意見を頂戴する場というのは私にとっては元気の源でありまして、コロナ対策をしっかり取りながら、少しでも多くの方に市政の状況や私自身の考えなどをお伝え出来るよう今後も継続していく所存です。
 
マラドーナと比較するのは大変おこがましいのですが、スーパースターでもなく、神業なくとも、自身の発言や行動を「記憶や記録に残す」ことは誰にでも出来ます。
 
一歩一歩、一日一日を大切に、これからも活動を進めてまいりますので、今後とも叱咤激励のほど宜しくお願いいたします。

「一強」と切磋琢磨するライバルとは

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相手が自分の技量をはるかに超えていて、とても取り組めない状況を「歯が立たない」と言いますが、プロ野球日本シリーズはまさにそんな結果となりました。
 
ここまでソフトバンクの3連勝で優勝に王手をかけたSMBC日本シリーズ2020は25日、ペイペイドームで第4戦が行われ、ソフトバンクが巨人を4-1で下して4年連続11度目の日本一を決めました。
 
この日は、オーダーを組み替えた巨人が、初回に若林・坂本の連続安打で鮮やかに先制点を奪うも、その裏ソフトバンクは柳田の豪快な2ランホームランであっさり逆転。
 
その後も2点を追加したソフトバンクは強力な継投で危なげなく勝利し、優勝へ。
 
昨年の日本シリーズも同じく巨人に4タテしたソフトバンクはこれでシリーズ12連勝という圧倒的な強さであり、まさに「歯が立たない」という言葉がピッタリな訳であります。
 
私から見るとこのソフトバンクというチームは、個性が強く、豪放に見えつつ、一人ひとりが与えられた役割を徹底してこなす、言わば「野武士集団」のイメージな訳ですが、その野武士集団の猛者の中で最高殊勲選手に選ばれたのは、栗原陵矢選手。
 
流れを一気にソフトバンクに持ってきた初戦では、先制ホームランを含む4打点を叩き出し「栗原劇場」と称され、シリーズ通算7安打、打率5割の数字を見れば、誰しも文句のないところでしょう。
 
この栗原選手、実は福井県の春江工業高校(現坂井高校)出身で2015年にドラフト2位でソフトバンクに入団した24歳。
 
高校時代は捕手でしたが、現在は強打の外野手として一軍に定着しており、公立高校からプロ入りし、野武士集団の中で一際優しそうな笑顔を浮かべる姿は「若武者」な訳ですが、そこから想像つかぬ豪打を放つ存在感は、福井県出身ということとも相俟って自然と応援したくなるものであり、最高殊勲選手の獲得にも大きな拍手を送りたいと思います。
 
2年連続勝ち星なしで終えた巨人ですが、過去には言わずと知れた川上監督時代のV9など、プロ野球界における元祖「歯が立たない」存在は巨人。
 
この存在があったからこそ、「打倒巨人」を合言葉に他球団が切磋琢磨をし、プロ野球界全体のレベルを向上させてきた歴史があります。
 
歴史は繰り返され、来年もソフトバンクの連続日本一が続くのか。
 
奢りや慢心あらば即衰退の道を辿るのはプロの厳しさであり世の常。
 
「一強」と言い換え、重ね合わせると思い浮かべるのは政治の世界ですが、こちらは季節外れの「桜開花」。
 
野球と政治を結び付けるのはやや強引かも知れませんが、「一強」を倒すためには、切磋琢磨できる関係のライバルが必要不可欠。
 
政治の世界では、その良きライバルとはどこになるのか。
 
臨時国会も佳境に入ってきておりますが、論戦を通じ我々がしっかりと見極めていくこと(どの政党のファンになるか)も大事なことであるため、引き続き注視をしていきたいと思います。
 

【何故か妻の実家にあった栗原選手が甲子園に出場した際の初々しい写真。「若武者」に育った栗原劇場の第1戦の記事とともに】

三島由紀夫氏の決起から50年

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高校野球で茨城の取手二高、常総学院の監督として春1度、夏2度の甲子園大会優勝を成し遂げた木内幸男さんが、24日肺がんのため茨城県取手市の病院で死去されました。
 
享年89歳。
 
名将木内監督と言えば、何といっても「木内マジック」と呼ばれる戦術。
 
教え子を信じ、相手との力関係の中でどうやれば勝てるかを考え続け、練習から選手を観察して能力を引き出したうえで、大胆な選手起用や戦法にて勝利に導くメイクドラマは、高校野球ファンで無くとも知るところ。
 
取手二高監督時代の1984年夏には、とうとうあの桑田、清原の「KKコンビ」を擁するPL学園を破って初の全国制覇達成。
 
ブルーのユニフォームの無名高があれよあれやと勝ち進み、スター軍団PLまでをも倒したシーンは、当時小学生だった私の記憶にも鮮明に残っています。
 
2011年夏まで何と80歳まで指揮を採り、春7度、夏15度の甲子園出場で歴代7位の通算40勝を挙げ、数々の記憶に残る名試合と選手を育て上げたその功績を偲ぶとともに心より哀悼の意を表するところです。
 
さて、話しは変わり、今日11月25日は三島由紀夫氏の決起から50年、言い換えれば没後50年となります。
 
昭和45年に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊施設に立て籠もり自決した壮絶な生き方は、語るだけ野暮なことかもしれませんが、戦後日本の偽善を憂い、自決の1週間前の対談では、「命の惜しくない人間がこの世にいるとは思えない。だけど、男にはそこを振り切って、敢えて命を捨てる覚悟も必要なんです」と決意を口にしていたそう。
 
さらに、「僕のやろうとしていることは、人には笑われるかもしれないけども、正義の運動であって、現代に正義を開眼するんだという目的を持っているんです」と続けて語ったことが記録にも残されています。
 
まさに侍の精神をもって、覚悟を貫き、自らの命と引き換えにしてでも日本国民に伝え、残したかったこととは何なのか。
 
命日の今日、そうしてこの生き方を思い返し、今の日本と照らし合わせて考えることこそ、三島氏が残した覚悟に応えることであると受け止めるところです。
 
奇しくも昨日は中国の王毅外相との会談が行われましたが、尖閣諸島を巡っては自国の立場を一方的にまくし立てる王外相に対し、茂木外相も中国側の前向きな行動を強く求めるなど、両国の応酬は激しいものとなっています。
 
一方、国会では安倍前総理の「桜」の問題がぶり返してはいるものの、この後の審議日程においては憲法改正に関連する国民投票法改正などの重要案件が控えている状況にあります。
 
冒頭の木内監督ではありませんが、「教え子(国民)を信じ、相手(他国)との力関係の中でどうやれば勝てるか(優位に立つ)を考え続ける」こともこうした問題を考えるうえでのヒントなのかもしれません。
 
いずれにしても、自国の領土、国民の生命と財産を守るという国家の根幹に関わるこれら案件に対し、三島氏が生きていたならばどう対応するか。
 
国会が政局ごとに振り回されることなく、本質論議されることを願うとともに、私自身、地方議員のひとりとして国家観をもって考えていきたいと、命日の今日、故人から学ぶ次第です。
 

【映画「三島由紀夫と東大全共闘50年目の真実」の1シーンより】

歴史ある「東浦みかん」は敦賀の宝

ブログ 敦賀の歴史

日本医師会が呼び掛けた「我慢の三連休」。
 
札幌や大阪などは人出が減少傾向にあった一方、ニュースで流れる京都嵐山の様子は、「そんなの関係ねえ」と言わんばかりの人だかり。
 
紅葉シーズン真っ最中で「今しか見れない」という心理がそうさせるのでしょう。
 
GoToの取り扱いを巡り、政府と各都道府県の歯車が上手く回ってない感はありますが、マスクを外した飲食やおしゃべりさえしなければ感染リスクは極めて低い訳であり、個々では引き続き基本行動の励行を徹底したいものです。
 
さて、そんな三連休最終日の昨日、やや冷たい北風の中、父の実家(敦賀市大比田)の「みかんもぎ」をお手伝いしてきました。
 

 
敢えて「みかん狩り」と言わないのは、このみかん畑で獲れるみかんは売り物用でなく、自前で消費しているものだからという意味と理解していますが、食べる分だけを獲る観光と違い、来年の生育のために何本もある木を丸々収穫しないといけないとなると中々の重労働。
 
大比田の国道8号線沿いの傾斜地に畑がある訳ですが、収穫したみかんのコンテナはかなりの重量で、これを一輪車を使い道路脇まで下ろす作業は腕力のいる大変な作業。
 

 
80歳になったという伯父さん夫婦、70歳を超えた親父夫婦と私での作業でしたが、とりわけ何度も先程の運搬を繰り返す叔父さんの体力には驚きました。
 

 
何十本もある木は、実家の方やこうして親戚の皆さんが協力して全て「もぐ」ということで、私も時間を見つけてまたお手伝いせねばと感じた次第。
 
それにしても、敦賀湾を僅かに覗き見れる絶好のロケーションと秋の実りを収穫するのは何とも楽しいもの。
 
変わらぬ景色と東浦みかんの甘酸っぱさを味わい、そしてこうして家族でみかんもぎに来た幼少期を思い出す一日となりました。
 
昭和40年代から始まったとされ、毎年賑わいを見せる「東浦みかん観光園」は、コロナのため今年は中止となりましたが、予約販売などは既に受付完売の盛況だそう。
 
歴史を辿れば、江戸時代の末に敦賀市阿曽で生まれた「金井源兵衛」さん(1785年生まれ)が、東浦で「特産品」を作って農家の生活を豊かにしたいと思い、始めたのが「みかん」。
 
改良を重ね、やがて東浦にはたくさんのみかんがなり、明治時代に敦賀港からロシアのウラジオストックへ輸出するまでに成長、何と当時の敦賀港輸出第一位は「みかん」であり、「敦賀港はみかんの港」でもあったそう。
 
こうした歴史を思えばやはり、東浦のミカンは、正真正銘の敦賀の「特産品」の代表格。
 
現在は、生産者の高齢化や後継者不足などの課題に対し、行政側とも連携し種々取り組みが進められているところでありますが、こうした歴史的経過なども踏まえれば、絶対に絶やしてはいけないものであり、その点肝に銘じ、自身も取り組んでいきたいと考えます。
 

敦賀水産卸市場、西福寺に味はちばん

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昨晩、プロ野球日本シリーズを見ていると、突然アナウンサーが「茨城県沖で地震発生」と注意を促す呼び掛け。
 
いつもであれば、すぐさまテレビ画面に地震速報のテロップが入るのですが、何故かこの日は暫しの間肉声のみ。
 
続報では19時06分に茨城県北部を震源とする地震が発生し、最大震度は東海村の震度5弱とのこと。
 
真っ先に浮かんだのは、東海村に住む知り合いの顔と日本原子力発電の東海・東海第二発電所への影響であった訳ですが、その後の情報により、この地震による同施設への影響含め、大きな被害は無かったと聞き安堵。
 
実はこの速報の直後に、四国に住む知人より「東海村大丈夫か!」とのLINEがあり、親身に心配してくれる存在のありがたみも感じたところ。
 
いずれにしても、久々の大きな地震発生を受け、災害はいつやってくるか分からないということを改めて肝に銘じておかねばと言い聞かせた次第です。
 
さて、三連休も早いもので今日の勤労感謝の日で最後。
 
新型コロナの全国的な感染者数増加を受け、県を跨いでの往来や観光地スポットへ足を運ぶのをためらっておられる方も多いのかと存じますが、そうした時はやはり、地元にある良きスポットを今一度巡ってみてはいかがでしょうか。
 
実は私もこの2日間は所用の合間を縫い、敦賀市内の賑わいある場所に行って参りましたので、簡単に2、3ご紹介したいと思います。
 
まずは、敦賀と言えば「魚」ということで、蓬莱町の水産卸市場界隈。
 
朝7時からは市場2階の見学ルームから活気ある競売の様子をガラス越しに見ることが出来るほか、卸売市場のすぐ目の前に店を構える老舗の魚屋「相木魚問屋」などでは、競り落とした魚介類がすぐに店頭に並ぶため、新鮮な魚介類を安く購入することが出来ます。
 
相木魚問屋はお昼を過ぎても営業してますし、今のシーズンは何と言っても「カニ」。
 
水揚げされたカニを直茹でしていますので、味加減も最高です。
 
また、周辺には「どんと屋」、「うお吟」といった行列となる海鮮丼屋さんもありますので、是非ご賞味ください。
 

 

【昨日の卸市場周辺には多くの県内外ナンバーで賑わっていました】
 
次は、原にある国指定重要文化財「西福寺」。
 
越の秀麗と呼ばれるこの寺院は、その歴史や格もさることながら、何と言っても極楽浄土を地上に表現したと言われる書院庭園が見事。
 
西福寺には失礼になるかも知れませんが、その場に立つと京都気分を味わえる場所でもあります。
 
詳しくは、以下のホームページもご覧いただいたうえで足を運んでいただけたらと思います。
→→→西福寺ホームページはこちらから
 




 
最後は、期間限定になってしまった「敦賀の味」。
 
本町のいわゆる飲み屋街にあるラーメン処「味はちばん」です。
 
私個人的にも飲んだ後の〆として大変お世話になったこのお店は、今年で営業を開始して48年だそうで、驚くことにちょうど私と同じ年。
 
敦賀人に愛される通称「味はち」は、数年前に親父さんが亡くなって以降も、奥さんがこの味をつないできてくれていましたが、実は本年12月10日をもって閉店することが決まっています。
 
閉店を聞きつけた「味はち」ファンの皆さんが名残惜しむかのように連日お店を訪れている訳ですが、私も昨日は家族でその味を堪能。
 
思い出と重ね合わせながら戴いたチャーシュー麺とギョーザの味は忘れません。
 
こちらも是非ご賞味くださいませ。
 



 
敦賀良いところ紹介は以上とさせていただきます。
 
それでは皆さま、良き三連休最終日をお過ごしくださいませ。

今日は「いい夫婦の日」

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国内感染者2592人。
 
これで新型コロナウイルスの新規感染者は、4日連続の2000人超え。
 
東京都の539人を始め、大阪、埼玉など7都府県で最多を更新する状況の中、21日に開催された政府の対策本部会合で菅総理は「感染レベルが一定に達した地域では、都道府県知事と連携し、より強い措置を講じる」との考えを表明しました。
 
また、新型コロナウイルス禍で打撃を受けた業界を支援する「GoTo」事業の運用見直しを決めたともあり、「第3波」到来による医療崩壊を懸念するコロナ分科会の専門家からの強い再考の意向を受け、政府が軌道修正に応じた形となっています。
 
さすがに、これ以上の感染拡大の勢いを抑えていかなければ、それこそ社会経済活動との両立という大方針も危ぶまれる状況となることから、やむを得ない対応と受け止めるところ。
 
以前に聴講した講演会にて福井県医師会の池端会長が仰っていた「医療の維持と経済は両輪の関係」、「感染症にゼロリスクは無く、施策も引く勇気が大切」との言葉が強く記憶にある訳ですが、言わんや今の状況はまさに「引く勇気」と考える次第です。
 
さて、コロナの話題は尽きないので話しを切り替えますが、今日11月22日は「いい夫婦の日」。
 
歴史を紐解くと、1985年に政府が経済対策会議で、11月を「ゆとりの創造月間」として提唱。
 
これを受け、1988年に財団法人余暇開発センター〈現(財)日本生産性本部〉が、夫婦で余暇を楽しむゆとりあるライフスタイルを提案、11月22日を「いい夫婦の日」と提唱したことから始まっており、その後は「いい夫婦の日を進める会」が中心となり、「パートナー・オブ・ザ・イヤー」や「いい夫婦川柳コンテスト」など啓蒙活動に取り組まれています。
 
同会のホームページを見ると、この日は日本中の夫婦やカップルにより一層素敵な関係を築いてもらいたいとの趣旨から、普段パートナーに伝えられない想いを伝え、気持ちを形として贈る機会として欲しいとあります。
 
とりわけ今年度の「川柳コンテスト」で大賞に選ばれた作品は以下。
 
コロナ禍で 夫婦の絆 試される
 
もう解説は不要と思いますが、お互いの協力と助け合いの心でこの危機を乗り越えていきましょうとの意であります。
 
普段の自分自身の行動は、この川柳のようになっているのか、評価は妻のみぞ知るところであります(笑)
 
若干の自戒の念を込めつつ、本日は敢えてこの話題を取り上げさせていただきました。
 
この話しを聞いて耳が痛いと感じられる世の旦那様、本日は私とともに恥ずかしがらず、趣旨に則って行動する一日にしましょう!
 

18歳に負けず頑張らねば!

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11月8日に読売ジャイアンツの坂本勇人選手が、右打者としては最速となる31歳で2000本安打を達成したのは記憶に新しいところですが、昨日は将棋の世界でまたまた驚きの記録が。
 
タイトルホルダーの藤井聡太将聖が何と、最年少の18歳4ヶ月、最高勝率8割3分3厘で公式戦通算200勝を達成する快挙。
 
これまでの最年少、最高勝率はいずれも羽生善治九段の19歳1ヶ月、7割9分1厘でこれを大幅に上回る記録となったものの当のご本人は平静のままインタビューにも淡々と答えるだけ。
 
もちろん藤井将聖にとってはひとつの通過点に過ぎないということからすれば、平静の姿も納得な訳ですが、厳しい勝負の世界にいながら、どこかほんわかした雰囲気は是非そのままで、今後ますます強く優しい棋士に成長されるよう応援するところです。
 
実は、私の長男も藤井将聖とは2ヶ月違いの高校3年生でして、同じ「士」が付く職業でも、長男が進むのは地元の消防士。
 
快挙や勝利の数では表せない仕事ではありますが、地元の皆さんの生命と安全を守る素晴らしい職業と思いますので、ここは強く頼られる消防士目指して成長して欲しいなと、ふと長男の姿が重なった次第。
 
いずれにしても、とりわけ今の高校3年生は、コロナによりラストチャンスを失ったり、理不尽な悔しさや逆境を味わった世代であり、この先「コロナ世代」と称されるのではと思うところですが、そんな彼等だからこそ、この経験をバネに大きく飛躍をと心から応援し続けたいと思います。
 
さて、18歳の快挙に驚いたりエールを送ってばかりではいけませんで、48歳の私もネジ巻いて頑張らねばなりません。
 
昨日の敦賀市議会は、令和2年第6回定例会(12月定例会)の告示日ということで、10時より議会運営委員会を開催し、会期日程や市長提案議案、請願などについて協議。
 
その結果、今定例会における審議事項は、市長提案議案25件、議員提出議案1件、報告2件、請願1件となりましたので、自分なりにしっかりと準備をし臨む所存です。
 
こんなことを言うと叱られるかもしれませんが、北陸新幹線敦賀開業の工期延長はあるものの新幹線のためにまちづくりをしている訳ではありませんので、この現実を冷静に受け入れつつ、地に足をつけた議論をしていきたいと考えます。
 
12月定例会の会期は11月30日から12月21日までの22日間。
 →→→敦賀市議会12月定例会の会議日程はこちら
 
議会の内容は、従来同様に本ブログやFacebookなど各媒体にてお知らせしていきますので宜しくお願いいたします。
 

【写真は、今日現在の新庁舎建設状況。基礎部分は、現市役所の5階面まで立ち上がってきていました】

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