放射線防護エアシェルターを前に、あくなき原子力安全の向上を思う

ブログ 原子力

アメリカに告げ口すれば、日本に忠告してくれるとでも本気で思っていたのでしょうか。
 
昨日も記載しました、福島第一原子力発電所に貯留されているトリチウムを含む処理済水を、国の基準を下回る濃度に薄めて海へ放出する方針を日本政府が決めたことを巡り、韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)外相は17日、アメリカ政府のケリー特使に深刻な憂慮を伝えるとともに協力を求めたところ、ケリー特使は「日本とIAEA(国際原子力機関)は密に連携をとっている」、「介入するのは適切ではない」として同調しない姿勢を示していました。
 
日本政府の「海洋放出」決定以降、韓国政府は「絶対に受け入れられない」と反発し、日本の大使を呼び出して抗議するなどしてきましたが一転、19日には鄭外相は「IAEAの基準に適合する手続きに従うなら、あえて反対するものではない」と述べ、一定の理解を示しました。
 
なお、日本政府に対しては、科学的な根拠を共有することや、十分な事前協議、さらにIAEAが行う検証に韓国の専門家などが参加するという3点を求めていると説明したようですが、正直余計なお世話といったところ。
 
こうした韓国の態度急変の背景には、アメリカの姿勢が大きく影響していると見るのは自然なことであり、裏を返せば、無闇に騒ぎ立てて日本を貶めようといった感が見え透けする中、やはり「科学が風評に負けてはならない」との思いを持って対応することで、他国からの要らぬ批判を消すことができることを証明したものと考えます。
 
私は、「科学が風評に負ける国」は、決して一流国とは言えないのではと常々思っており、そうしたことからも、誇り高き我が国の名に恥じぬよう、国際社会に対しても毅然とした態度で考えを主張していくことが、極めて重要であることをくどいようですが記しておきたいと思います。
 
さて、原子力の話題が続きますが、昨日は敦賀市立体育館で行われた、「放射線防護対策施設(以下、エアシェルター)」の展開点検の様子に立ち合わせていただきました。
 
この市立体育館に整備されているエアシェルターは、原子力発電所から概ね10km圏内において、原子力災害時に早期の避難が困難である等の理由により、一定期間その場に留まらざるを得ない場合を想定し、気密性の確保、放射性物質の影響緩和等の対策を講じるのもので、現在までに西浦小中学校、常宮小学校、東浦小中学校に設置されているもの。
 
今回は、定期的な展開点検(実際にシェルターを広げた状態で点検する)を行うということで、市民生活部危機管理対策課さんより参観の機会を頂戴したものです。
 
市の担当や点検業者の方から説明をいただきながら順に工程を進めていきましたが、元々は用具室であったであろう場所が改造され、よう素フィルターを備えた給気フィルターユニットやエアーシェルター3張が格納される部屋となっていることに驚きつつ、その後も4人1組となって、シェルターの移動、給気ダクトの接続、ファンを起動しての送風で1時間もしないうちに、館内一杯に広がるシェルターが設置されました。
 
中々見ることのないものですので、以下に写真でもご紹介させていただきます。
 

【設置が完了したエアーシェルター】

【プレフィルター、よう素フィルターを備えた2段構造の給気ユニット】

【格納されている状態のエアーシェルター】

【展開作業の様子】

【給気ダクト接続。この後送風し、展張り】
 
展張り後、シェルター内部に実際に入ると、放射線防護措置(簡易除染など)を行う前室、簡易トイレを設置するためのスペースに加え、3つのシェルターは通路で接続され、開放感がありました。
 

【開放感あるシェルター内。屋根部に紐が垂れている箇所は給気孔。】

【男女に仕切られた簡易トイレスペース】

【放射線防護措置のための前室を備えた入口部】
 
屋根にあたる部分には、給気孔が複数設置されており、常時クリーンな空気を供給するシステムとなっているなど、あってはなりませんが、万が一の場合、介護を必要とされる方など避難行動要支援者を中心に、250人が3日間、ここで避難することを想定して設計されたとあって、随所に配慮がされた構造とお見受けしたところです。
 
そして何と、驚いたのはこのシェルターは手作りであるということ。
 
これだけ大きなものを機械で縫合する技術がないと言うことで、全てミシンの手縫いだそう。
 
これも日本の技術ということで、違う面でも感心した次第です。
 
貴重なこうした場を提供いただくとともに、丁寧にご説明いただいた敦賀市職員の皆さん、点検業者の皆さんには、この場を借りて感謝申し上げます。
 
最後になりますが、半世紀に亘る運転の幕を閉じ、現在は廃止措置を進める日本原電敦賀発電所1号機の営業運転開始は昭和45年ですが、このシェルターが設置されている市立体育館は、それより以前、2回前の福井国体を契機に昭和43年に建てられたもの。
 
耐震補強などを行いながら、運動施設としてのみならず、原子力災害への備えとして、今も現役で存在していることを何か感慨深く感じたところ。
 
改めて、そうした歴史に思いを寄せながら、当時、原子力発電黎明期にあって、この敦賀を牽引した矢部市長にも思いを辿らせれば一層のこと、原子力事業に携わる一員として、あくなき原子力安全の向上を目指すことが使命であり、役割であると強く考える次第です。
 

【体育館玄関に掲示されている建立時のプレート】
 
 
 →→→参考まで、敦賀市内全戸に配布されています「原子力防災パンフレット」はコチラからご覧ください

「科学が風評に負けてはならない」〜福島第一の処理済水問題を煽っているのは誰か〜

ブログ 原子力


 
写真は、復興庁が作成した「(福島第一原子力発電所の)ALPS処理水について知ってほしい3つのこと」の動画の一画面。
 
この動画は、ALPS処理水による風評影響を最大限抑制するには、ALPS処理水の安全性等について、科学的な根拠に基づく情報を分かりやすく発信することが重要であることや放射線というテーマは専門性が高く、分かりづらいことから、国民の皆さんに関心を持っていただき、科学的根拠に基づく正しい情報を知っていただくため、イラストを用いて分かりやすく解説したチラシ・動画を4月13日に公開したもの(復興庁HPより)。
 
しかしながら「トリチウムのキャラクター化(ゆるキャラ)はけしからん」などとSNSなどで批判の声が殺到したことを受け、復興庁はそれらを踏まえトリチウムのデザインを修正するとし、当該チラシ及び動画の公開を一旦休止する事態となっています。
 
私は当初、海洋放出に対する理解活動は必要とはいえ、政府判断の直後に、さも準備してましたかの如く進めるのかはどうかとも思ってましたが、複数の知人より、批判されたからといってすぐに引っ込めてしまうのでは、それこそ風評につながってしまうのではないか、そもそも何を言われても屈しないとの覚悟を持って取り組むべきではないかとの意見を頂戴し、確かにごもっともと思い直した次第です。
 
福島第一原子力発電所のタンクに溜められているトリチウムを大気や海に放出する場合の安全性については、処理水取り扱いに関する小委員会報告書で、仮にタンクに貯蔵中の全量相当のトリチウムを毎年放出し続けた場合でも、公衆の被ばくは日本人の自然界からの年間被ばく(2.1ミリシーベルト)の千分の一以下にしかならないとの試算結果が示されています。
 
塩分は取り過ぎれば人体に有害ですが、少なければ全く問題ありません。
 
これと同様に放射線も全く同じで、有害かどうかはその摂取量によって決まります。
 
世界保健機構(WHO)が定める飲料水中のトリチウム濃度は1万ベクレル/リットルとしています。
 
この水を1年間毎日2リットル飲んだ場合の被ばく線量は、0.13ミリシーベルト。
 
ちなみに、世界で最も高い基準はオーストラリアで、飲料水中のトリチウム濃度を7万6,103ベクレル/リットルとしています。
 
この水を同じように1年間毎日2リットル飲んだ場合の被ばく量は1ミリシーベルト。
 
日本はというと飲料水の基準はないものの、排水の基準は6万ベクレル/リットル。
 
1年間毎日2リットル飲んだとしても1ミリシーベルト以下であり、オーストラリアの飲料水基準にも満たないことが分かります。
 
そして、今回の福島第一原子力発電所の排水基準目標値は、1500ベクレル/リットル。
 
桁違いに低いことがお分かりいただけるかと思います。
 
また、以前もあったように、お隣の韓国からはこの海洋放出に対し、いわゆる「イチャモン」を付けられているところですが、韓国の月城(ウォルソン)原子力発電所では、軽水炉に比べてトリチウム放出量が一桁大きい4基のCANDU炉(重水炉)を運転しており、同発電所からのトリチウム年間放出は、4基体制に入った1999年10月以降だけで見ても、これまでに累積で6000テラベクレルを超えるトリチウムを放出しています。
 
これに対し、福島第一原子力発電所に貯留されているトリチウム総量は約1000テラベクレルであり、月城原子力発電所の累積放出量はその約6倍にあたることからすれば、「自分のことを棚に上げた」批判は、全くもって論外であり、日本政府は毅然と反論すべきと考えます。
 
また、本件に関しては悲しいかな、本来、無用の風評被害につながらぬよう報道すべきマスコミの一部が逆に、風評を煽っている感が大いにあることから、特にニュースや新聞記事のみを鵜呑みにし、真実を見誤ってはならないと肝に銘じるところであります。
 
このように、事実を科学的に証明、反証しつつ、その安全性が担保されていることを国民の皆さんに丁寧に説明するとともに、国際基準などにも照らし、福島の海からそれ以上検出されない濃度まで薄めて流せば何ら問題は無いと考えるところであり、この点しっかりと国を挙げて対応していくことこそ「風評被害」の防止につながるものと思います。
 
冒頭の復興庁動画に話しを戻しますと、言われたから中止するのでは不安が増すだけ。
 
自然界にも人間の体にも存在するトリチウム、「汚染水」ではなく「処理済水」であることを分かりやすく示した動画であったかと私は思うため、復興庁に置かれては可及的速やかに再掲いただき(トリチウムをどう表現するかはお任せしますので)、国民の皆さんへの更なるご理解と風評被害の防止に信念をもって取り組んでいただくことを求めるところであります。
 
つきましては、「科学が風評に負けてはならない」との思いのもと、一部風評を煽るマスコミ、新聞報道に惑わされないよう、このブログをお読み取りいただいている方には是非ともお願いを申し上げ、本日のブログを閉じさせていただきます。

福島第一原子力発電所の「処理済水」について「政府方針」が固まる

ブログ 原子力

日々の報道は様々あれど、昨日は何とも複雑な心境になるニュースが飛び込んできました。
 
13歳未満の少女3人に対しわいせつな行為をしたとして、敦賀署は強制わいせつの疑いで敦賀市職員の男性保育士を逮捕。
 
男性は若干23歳とのこと。
 
市からは、事実関係を確認のうえ厳正に対応していく旨を記した速報FAXが自宅に届きましたが、やはり園児並びに保護者の動揺や信頼関係への影響を最小限とするよう、関係者に丁寧な説明を行うとともに、他の保育士さんに対する心のケアも必要と考えるところ。
 
いずれにしても、敦賀市においては、子育て環境日本一を目指して取り組む中で起きたこの事件を重く受け止め、市には徹底した信頼回復に向けた対応を求めたいと思います。
 
さて、政治の面では、一昨日のブログでも書きました東京電力福島第一原子力発電所で保管され続けている処理済水の処分方法を巡り、政府は海洋放出の方針を固めたとのこと。
 
これで、課題だった処理済水の処分がようやく科学的判断をもって動き出すこととなります。
 
原子力規制委員会の更田委員長は、これまでも処理済水の処分方法を「実行可能な意味において、(海洋放出は)ほとんど唯一と言っていい処分方法」などと繰り返し妥当性を訴えつつ早急に決めるよう求めていましたが、7日の定例会見では不安の声も多いことを考慮し、「いずれにせよ、苦渋の決断になるので難しい問題」と述べるに留めていました。
 
原子力規制委員会は今後、東京電力がまとめる「海洋放出計画」を審査するほか、処理済水の放射性物質濃度の検査なども担うこととなります。
 
更田委員長は「どれだけ(社会の)理解を深められる情報発信をするかというのは大きな課題だ」と述べ、準備を進める考えも示しています。
 
海洋放出の決断は、原子力行政はもとより、日本が科学的判断のもと物事を進めるという意味において大変重要な一歩でありますが、海産物の風評被害に対する懸念は根強くあることから、そうした不安払拭のためにも作業の透明性確保、丁寧で分かりやすい説明と情報発信が求められるところ。
 
これに関しては、特にマスコミの影響が大きいこともある訳ですが、東京電力や原子力規制委員会任せにするのではなく、政府はこの点に関しても先頭に立って、責任ある対応を図って欲しいと重ね重ね思うところ。
 
これも繰り返しとなりますが、私自身も決断したら終わりではなく、これからが始まりとの意識を強く持って、この問題の真実や科学的視点に立った考え方を引き続き発信していく所存です。
 

【昨日の夕暮れ時は、大比田区内全戸へ「やまたけNEWS」(簡易版)をポスティング。本当いつ見ても、心落ち着くロケーションがここにはあります。】

「40年超運転」と福島第一原子力発電所の処理済水「海洋放出」

ブログ 原子力

ご承知置きの通り「やまたけブログ」はカテゴリー分けをしておりますが、ここ10日間を振り返ると3割は「原子力」の話題。
 
と申しながら、本日もふたつの「原子力」に関する話題に触れたいと思いますが、新聞でも大きく取り上げられている件につきご容赦のほど。
 
ひとつ目は、福井県にある関西電力が保有する美浜発電所3号機と高浜発電所1、2号機の40年超運転について。
 
先の県議会2月定例会での判断は見送ったところでありますが、6日、杉本福井県知事は、畑県議会議長と面談し、運転開始から40年を超えた原子力発電所を対象に1発電所につき最大25億円を立地県に交付する国の方針を明らかにするとともに、県内の立地地域の将来像を議論する会議の創設など国がまとめた地域振興策を報告し、3機の40年超運転について「県議会でも再稼働の議論を進めていただければ」と改めて要請しました。
 
国に関しては、福井県における「立地地域の将来へ向けた共創会議(仮称)」を創設、嶺南のエネルギー産業を活性化させる「嶺南Eコースト計画」への参画(国から職員2人派遣)、原子力の必要性に関して全国各地で説明会を開催、高浜町と京都府舞鶴市にまたがる青葉バイパスの新規事業化などを示したとのこと。
 
交付金に関しては、以前に運転30年超の原子力発電所が立地する道県を対象に1発電所につき25億円の交付金を創設した経過があり、今回、さらに長期運転となる発電所を対象に手厚く配慮する措置を講じることになる訳ですが、県民の皆さんの受け止めはいかがか。
 
畑議長は、再稼働に関して会派ごとの協議を促す意向を示したとのことであり、今後慎重な議論がされることと思いますが、私は県や議会が以前から求めている「国の原子力に対するスタンス明確化」に関し、将来に亘り利用していくことを形で示すことが極めて重要であり、軽水炉の新増設・リプレースを次期エネルギー基本計画に盛り込むことこそが「覚悟あるスタンス」であると、国策に貢献してきた福井県としての誇りを持って、是非そうした点を論じていただきたいと切に思うところであります。
 
ふたつ目は、福島第一原子力発電所の「処理済水」海洋放出の件。
 
これに関してはまず、自民党会派に所属する細野豪志元環境相がツイッターで、本件に関する新聞記事を引用し、「処理水の海洋放出を首相が決断するなら支持したい。『汚染処理水』という表現そのものが風評の拡散」と指摘した通り、あたかも「汚染」したものを放出するかのような表現がされているところですが、この細野議員の表現も実は言葉足らず、正しくは原子力規制委員会の更田委員長が会見で「処理済水というのが正しい言い方なのだと思っています」(平成30年8月22日の委員長定例会見)と述べている通り、「処理済水」が最も適した表現ですので、皆さんにも是非ご承知置きいただきたく。
 
この処理済水に関する客観的データ、科学的な安全レベルという点については、過去に何回か自身のブログでも説明をさせていただいておりますが、ここでは至近に記載しました昨年10月のブログをリンクしますので、そちらをご覧いただきたいと思います。
 
 →→→福島第一原子力発電所の処理済水「海洋放出」について(2020年10月17日のブログより)
 
このブログで記載しましたように、真実をもとにした現実論を選択せねばならない環境下において、菅首相は昨日、首相官邸で全国漁業協同組合連合会の岸会長と会談し、海洋放出を念頭に理解を求めたとのこと。
 
岸会長は「反対という考えはいささかも変わらない」と強調したうえで、政府側に風評被害対策の充実などを求めたとあります。
 
福島第1原子力発電所の廃止措置の着実な進展は震災からの復興の前提であり、そのためにも処理済水の処分は避けて通れない問題で、海洋放出が確実に実施可能な現実的な方法だという専門家の提言を踏まえ、政府の方針を決定していくとの首相の姿勢には大いに賛同するものでありますが、会長の仰る風評被害はあってはならないこと。
 
今後、より漁業関係者や国民の理解が得られるよう、こちらも国が責任を持って、処理済水の安全性について広く説明、周知されることを望むところであります。
 
最後に、この処理済水に関しては、これまた更田原子力規制委員長が以下のように述べています(令和元年8月21日の原子力規制委員会記者会見録より)
 
「風評被害について言うと、12年保管しておけば半分、24年で4分の1とかそういったものですけれども、果たして量が減衰していくことに伴って風評被害が小さくなるのかというと、量の問題ではないのではないかという感想は持っています。というのは、トリチウムの量だけで言えば、通常の原子力施設から放出されているトリチウムの量なり、濃度というものは、処理済水に比べて決して小さいわけではないですし、それから、諸外国の例で言えば、もっと多くのトリチウムを放出している例はあるので、そういった意味で量が問題なのか。風評被害というのは やはり心の問題ですので、長く待てば風評被害が小さくなるかというと決してそうではなくて、むしろ風評被害の後ろ送りにならないかというところもあるからこそ、議論の難しい問題なのだと思っています。」
 
この発言からは既に1年半が経過しており、これ以上後ろ送りにしたとしても風評被害が小さくなる訳ではないことからすれば、科学的真実を持って、政治は今こそ判断し、国民の皆さんは関心をもってそれを正しく知る権利を行使していかなければ、私はもっと大きなもの、つまりは震災からの復興が遅れる危機につながると考える次第です。
 
本件の理解に関しては、私自身もその現実を少しでも知っていただけるよう活動にあたっていきますので、ブログをご覧いただいた皆さまにおかれましては是非こうした状況や考えについてご理解いただければ幸いに存じます。
 

【敷地一杯に並ぶ処理済水が保管されたタンク(東京電力ホールディングスホームページより)】

「まん防」が不適切なら「原発」は桁違いに不適切だ

ブログ 原子力

希望と旅立ちの4月も第2週に入り、高校を卒業した長男の同級生たちはほぼ大学進学のため、市外、県外へとそれぞれ巣立っていきました。
 
地元に残る長男はといえば、今日から福井県消防学校に入学し、「福井県消防学校初任教育」に出席。
 
第56期となるこの初任教育は全寮制にて行われ、消防職員としての必要な知識、技術の習得及び公務員としての心構え等の教育訓練のほか、校外研修として、強歩訓練、山岳訓練及び県外視察研修等の実施を予定しているとのこと。
 
同校の校訓は、「誠実、責任、規律」。
 
まさに、公共の安全に尽くす者が備えなくてはならない3点と拝見しました。
 
本日4月5日から9月28日の118日間、敦賀美方消防組合から出席する3人はもとより、同じ志を持って県内から集う仲間とともに、精神力、体力を鍛え上げ、ひと回りもふた回りも大きく成長してくれることを期待し、陰ながら応援したいと思います。
 
さて、新型コロナウイルスに関しては、ここ最近の新規感染者増加などにより、福井県で3度目の「県感染拡大警報」が発出されたほか、全国大では、大阪、兵庫、宮城の1府2県に対し、緊急事態宣言に準じた対策を可能とする「まん延防止等重点措置」の適用決定がされたところ。
 
この「まん延防止等重点措置」については、行政や報道の関係者、専門家らが2月頃から、非公式な略称として「まん防」と使っていたことに対し、2日の衆議院厚生労働委員会の場で、「迅速な対応が必要なのに緩いイメージを連想させるのは不適切だ」と指摘されると、政府分科会の尾身会長は「適切ではない」と述べ、「(末語の)重点措置を使った方が良い」と今後は「まん防」と省略することは控えるとの考えを表明。
 
同席した田村厚生労働大臣も「私も使わない」と同調したとのこと。
 
この件を聞いて、すぐさま頭に浮かんだのは「原子力」も全く同じではないかということ。
 
つまりは、世界の平和利用のために使用することを目的とした「原子力発電=原子力」を語呂的に「原子爆弾=原爆(げんばく)」をイメージする「原発(げんぱつ)」と呼ぶのは、ゆらゆら泳ぐ「まんぼう」の比ではない、明らかに不適切な略語であるということです。
 
なぜそう考えるのかとの意味合いに関しては、昨年の8月7日に投稿した「やまたけブログ」に理由を記載しておりますので、以下ご覧ください。
 
 →→→「原爆」を想像させる「原発」の呼称は使用するべからず(2020年8月7日の“やまたけブログ”より)
 
本来、ここに文字として書くことも嫌なのですが、表記せざるを得ないため書かせていただきますと、この「原発」の呼称は、日本人にとって悪の「原爆」とイメージを被せるが如く用いる左翼用語であることから、原子力発電に携わる者は、正しく「原子力発電」或いは「原子力」と呼ぶべしと教えられたことは今でも鮮明に私の中に根付いていて、以降、この呼称は私の辞典にはありませんし、間違っても口にも文字にもしたことはありません。
 
語句ひとつが与える印象や思想の怖さを知っているからこそ、「信念」を持ってそうしている訳ですが、引用したブログにもありますよう、3.11福島第一原子力発電所事故以降は特に、マスコミや政治家、行政庁までが当たり前のように使ったことにより、今や誤った呼称が常態化していることを大いに危惧しているところです。
 
原子力に関する用語で言えば、
◉「使用済核燃料」は「使用済燃料」
◉「核燃料サイクル」は「原子燃料サイクル」←これはどちらも同義ですが。
◉「老朽化」は「高経年化」
◉「廃炉」は「廃止措置」
などと使うべきですが、敢えて「核」や「老朽」、「廃炉」などのワードを入れ込むことによって、負のイメージを擦り込もうとしている勢力があり、これにまんまと載せられているのが現状であると、私は認識しています。
 
なお、「トイレなきマンション」、「核のゴミ」と揶揄されるのは、原子力発電所の使用済燃料の再処理によって分離された「高レベル放射性廃棄物」(廃液及びその固化体(ガラス固化体))のことであり、冷却のため30~50年程度貯蔵したのち、300メートル以深の安定な地層中に処分される計画がある訳ですので、これも印象操作を狙った造語であり、さらに「無いから作る」ことに対して、「作ることにも反対」することは全くもって理解が出来ないところです。
 
少し余談に入ってしまいましたが、今回の「まん防」が先の理由で「適切ではない」、「私も使わない」と国の責任者が言うのであれば、この「原発」も同じで「原子力」と呼ぶべきではないかと考える訳であります。
 
しつこいようですが、エネルギー分野だけを見ても、
◉「火力発電所」は「火力」
◉「水力発電所」は「水力」
◉「太陽光発電」は「太陽光」
◉「風力発電」は「風力」
◉「バイオマス発電」は「バイオマス」
であって、「火発」や「水発」、「太発」、「風発」、「バイ発」とは呼ばない。
 
なのに、「原子力」だけは何故「原発」なのか。
 
先の大戦での敗戦後、日本では「連合国軍最高司令官総司令部指令」によって、原子力に関する研究自体が全面的に禁止された時期を経て、1952年4月のサンフランシスコ講和条約発効により、原子力研究は解禁されることとなりました。
 
この時、故中曽根康弘氏(元首相)は、「二十世紀の最大の発見の平和利用を講和条約で禁止されたら、日本は永遠に四等国に甘んじなければならない」との考えを米特使に対し表明、その後、1955年12月19日に「原子力基本法」が公布されるに至ったことは、まさに国家の発展を懸けた戦いでもあった訳であります。
 
そうして公布された「原子力基本法」の第1条(目的)には「この法律は、原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。」とあります。
 
世界唯一の被爆国であるが故、世界のどの国よりも「原子力の平和利用」に対する思いが強い我が国において、「原発」などと表現することは、日本の原子力の歴史、先人たちの原子力に込めた思いを踏みにじるもの。
 
こうした事実を踏まえ、私は誰に咎められようと、今後も信念をもって「原子力」、「原子力発電」と表現し続ける所存です。
 
ついては、このブログをお読みいただき、考えに賛同いただける方は是非、同じように表現いただくとともに、このことを一人でも多くの方に伝えていただければ幸いに存じます。
 

【敦賀発電所は「敦賀原電」。ちなみに、美浜発電所は「美浜原電」と表記されています。】

東海第二発電所の運転差止仮処分申立てを却下

ブログ 原子力

さだまさしさんが唄う伸びやかな「アーアーーアアアアアーア♬」の声に併せて浮かぶ壮大な富良野の景色。
 
こう言えば誰しもピンと来るのは、フジテレビ系の国民的ドラマ「北の国から」シリーズ。
 
数々の名場面はあれど、私の中では、純や蛍がそばをすすっている最中、閉店だからと器を下げようとした店主に「まだ食ってんだろうが!」と父の五郎が怒鳴ったシーンが何故か今でも一番記憶に残っています。
 
その五郎役を努めるなど、存在感たっぷりの脇役として異彩を放った俳優、田中邦衛さんが3月24日、老衰のため亡くなられ、既にご家族にて葬儀・告別式を執り行ったとのニュース。
 
昭和から平成にかけての約半世紀、個性派俳優として活躍した田中邦衛さん。
 
「北の国から」の脚本家である倉本聡さんは、「必死の人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇というチャプリンの言葉があるが、邦さんの芝居はその意味でまさに喜劇。悲劇的なシチュエーションに置くほど喜劇になる。とても貴重な俳優だった。」とのコメントを残しています。
 
「北の国から」の「ジュン」に代表される独特の口調と純朴な雰囲気、不器用で厳しくも温かい男は田中さんの実像とも重ねられたとも言われ、私自身も含め多くのファンから親しまれた俳優さん。
 
享年88歳。
 
心よりご冥福をお祈りいたします。
 
さて、話しはガラリと変わり、原子力発電所に関わる裁判の話題。
 
3月18日の水戸地裁において、日本原子力発電(以下、日本原電)が再稼働を目指す東海第二発電所(茨城県東海村)を巡り、11都府県の住民らが原電に運転差し止めを求めた訴訟の判決で、地震や津波の想定などの安全対策(深層防護の1〜4)に関しては「安全性に欠けるところがあるとは認められない」と日本原電側の主張を認めつつ、避難計画などの防災対策(深層防護の5)については、「実効性ある避難計画や防災体制が整えられているというにはほど遠い状態で、人格権侵害の具体的危険がある」との理由により、原告側の主張を認める判決を言い渡したことは以前にもお伝えしたところ。
 
同じく水戸地裁において、3月30日、今度は東海第二発電所の運転差止仮処分申立てを却下する決定が出されました。
 
日本原電においては、2020年1月に水戸地裁に申立てがなされて以降、東北地方太平洋沖地震及び福島第一原子力発電所事故を通じて得られた知見や教訓を踏まえ、様々な安全対策を講じていること等を科学的・技術的観点から丁寧に説明をしてきており、今般の決定は、自社の主張が裁判所に認められ、ご理解いただいた結果であると考えているとのコメントを発表しています。
 
また、日本原電は、東海第二発電所の更なる安全性・信頼性向上を目指し、引き続き、新規制基準に基づく安全性向上対策工事を安全第一で進め、地域の皆さまへの説明を尽くすとも述べています。
 

【安全性向上対策工事が進む東海第二発電所(新聞記事の写真を引用)】
 
 →→→日本原電ホームページはコチラから
 
つまりは、深層防護の1〜4、いわゆるハード的な安全性向上対策に関しては、ここでも司法判断の「お墨付き」をもらったと言えます。
 
一方、3月18日の判決に対して日本原電は即「控訴」をしている訳ですが、これは当然のことと思うところ。
 
理由を分かりやすく例えると、「現時点」で住民避難計画などの策定がされていないことを理由に、「今」運転することを認めないのならまだ理解も出来る訳ですが、「現時点」で整ってないからと「この先も」運転することを認めない(人格権侵害の具体的危険がある)とするのは、客観的に見ても乱暴なのではと。
 
この「避難計画」に関する判例としては既に、四国電力伊方発電所と関西電力大飯発電所の名古屋高裁判例がある訳ですが、平成30年7月4日に判決が言い渡された「大飯発電所3,4号機運転差止請求控訴事件」の判決文をご覧いただくとより本件について理解いただけるのではと思います。
 
以下、要点だけ引用します。
 
◉少なくとも人格権に基づく原子力発電所の運転差止めの当否を考えるに当たって、緊急時の避難計画が作成されていなかったり、あるいはその内容に瑕疵があったとしても,そのことによって直ちに原子力発電所の危険性が肯定されるとか、運転の差止めという結論が導かれるものではなく、そもそも当該原子力発電所について人格権の侵害を招くような重大事故等を起こす具体的危険性があるか否かが検討されるべきであり、その危険性が肯定される場合に運転の差止請求が認められるというべきである。
 
◉したがって、新規制基準がIAEAの安全基準の要求を満たしていないとして、新規制基準の内容が不合理であるとか、防災対策等の策定に不備がある旨をいう1審原告らの主張は採用の限りでない。
 
◉また、1審原告らは,福井県やおおい町の策定した地域防災計画等による防災対策の内容を縷々論難するが、上記のとおり、人格権に基づく原子
力発電所の運転差止請求の当否を考えるに当たって、基本的には避難計画の策定や内容の是非は争点とならないこと、加えて、本件発電所における安全確保対策、ないし異常の発生・拡大の防止対策、重大事故等対策に不合理な点はないことなどのこれまでの説示に照らせば、上記にいう1審原告らの指摘を検討する必要はない。
 
以上、私は理に叶った判決と受け止めます。
 
原告側は決定的な判例となることを恐れてか(勝手な私の推測です)、最高裁で争うことはしていないことからも、どちらに分があるかは明らかではないかと考えるところであり、そう思えば、原子力発電所に関するいわゆる「司法リスク」も、こうした判例を重ね合わせていけば、地裁ごと裁判官ごとでコロコロ判決が変わることも解消していくのではと。
 
私の考えの一端を述べましたが、正直ここで言っていても始まりません。
 
日本原電が控訴した次なる判決を、しかと見届けたいと思います。

責任と重みをもって採決へ。3月定例会は本日最終日。

ブログ 原子力 敦賀市議会

昨日は、敦賀で開催された福井県主催の「原子力発電所に関する説明会」に参加。
 

【会場は敦賀市福祉総合施設「あいあいプラザ」、しとしと雨が降る中の開催となりました】
 
この日は、会場参加定員200名に対し、私の見るところざっと100名程度であったかと思いますが、開会のご挨拶では何と杉本福井県知事が登壇され、「40年超運転については県の専門委員会や県議会でのご議論のもと慎重に判断していきたい」、「本日の場が、県民の皆さんにとって、原子力発電の必要性と安全性に対するご理解の一助となれば」との言葉のもと説明会がスタート。
 

【会場の様子(当日のYouTube配信映像より)】
 
続いて行われた説明会の内容は、概ね以前に福井フェニックスプラザで開催された2回を合わせた形でしたので、その点は同じく会場参加した際に書き留めました以下の「やまたけブログ」をご覧いただきたく。
 
 →→→2月9日「福井県主催の“原子力発電所の審査に関する説明会」が開催される
 →→→3月4日「経済産業省主催の“エネルギー政策”説明会が開催される
 
ひとつ、過去2回より深堀りの説明があったのが、「高浜地域と美浜地域の原子力防災」(内閣府)について。
 
災害対策としての国・地域・実務組織の法の立て付けや役割、地域防災計画や避難計画、PAZ・UPZそれぞれの対応の違いなどについて説明がされ、質疑では、避難計画を実効性あるものとするためには、最悪のシナリオを想定したものでなければならないことや、コロナ感染症対策と放射線防護両面の観点からの対策はどう考えているのか、先日の水戸地裁が下した東海第二発電所を巡る自治体の避難計画策定の件など、質問者の思いも添えての発言がありました。
 
基準地震動の策定(原子力規制庁)から、美浜3号炉及び高浜1,2号炉の審査結果と安全対策の取組み(原子力規制庁・関西電力)、さらには我が国のエネルギー政策(資源エネルギー庁)、そしてこの原子力防災と多岐に亘る内容について、説明に加え各パートごとの事前質問、会場質問回答と盛り沢山で終了したのは、予定時間を約1時間近く過ぎた18時前。
 
終了時間の大幅オーバーは過去2回と同様ですが、会場での質問者におかれては、前置きで持論を述べるのを控え、端的に質問していただければ、より多くの質問も出来たと思いますし、理解も深まったのではという点から言えばここは残念な点。
 
しかしながら、こうして嶺南で開催されたことの意義は大きいと思いますし、今後また開催がされた際には、より多くの県民の皆さんにお聞きいただければと思うところです。
 
それにしても、冒頭にご挨拶された杉本知事。
 
何と午後丸々要したこの説明会に最後まで会場におられ、最前列で、しかも膝の上で熱心にメモを取られる姿に感銘を受けました。
 
原子力発電所立地県の責任と誇り、トップリーダー故にある苦悩と知事の背中にはそんな思いが滲み出てる気がしました。
 
喫緊では県内の40年超運転の判断、そして次期エネルギー基本計画策定に向けた対応などが続くところではありますが、こうした姿を拝見するに、県民の声を受け止めつつ現実的且つ俯瞰的観点からの判断をしていただける、立地県にふさわしきリーダーであると信じるところです。
 
さて、私も前置きが長くなってしまいましたが、27日間の会期で行われてきました敦賀市議会令和3年第1回定例会(3月定例会)も今日が最終日。
 
本会議に先立って開催される議会運営委員会にて、採決方法や議事日程を確認した後、10時より本会議が開催されます。
 
既に新聞報道にもある副市長交代に係る人事案件や次期エネルギー基本計画に向けた意見書(議員提出議案)など、最終日提案のものも含めて採決までの運びになろうかと存じます。
 
私のほうは、委員長の立場にて産経建設常任委員会での審査報告を行うことに加え、一議員として「第10号議案 令和3年度敦賀市一般会計予算」に対し、会派を代表し、委員長報告に賛成の立場で討論する予定としています。
 
本議案に対しては、反対、賛成それぞれの立場から多くの会派、議員から討論がされると聞いておりますので、各視点から総額324億円、過去2番目の規模となる来年度予算案をどう評価したか、お時間が合えば是非ご視聴いただければ嬉しく思います。
 
ちなみに私は、①コロナ禍を市民の皆さんとともに乗り越えるとのメーセージ性あるものとなっているか、②将来に亘り敦賀市が持続的に発展していくための必要投資となっているか、③限られた財源を重点施策に配分する、いわゆる「選択と集中」になっているかを意識した予算編成となっているかの判断基準に基づきどう評価したかの考えを、極力市民の皆さんに分かりやすく討論に臨む所存です。
 
もちろん本予算案以外も重要な議案ばかりですので、採決する責任の重みをしかと認識のもと、悔いなき最終日、悔いなき3月定例会とすべく対応にあたっていきます。

敦賀で開催される「原子力発電所に関する説明会」

ブログ 原子力

「暑さ寒さも彼岸まで」とは良く言ったもので、春分の日の昨日は18度まで気温上昇。
 
朝のうちにとタイヤ交換をしましたが、Tシャツ1枚でいいくらいの汗ばむ陽気となりました。
 
近くのグラウンドの桜のつぼみもピンクに色付き、いよいよ北陸も春ですね。
 
さて、そんな昨日は、午前中は区の役員にて、4月に開催する総会資料の準備、区内道路とゴミステーションの点検パトロール。
 
午後は、妻と帰省中の長女、それに愛犬「きゅう」を連れ、北陸自動車道南條SAのドッグラン、日野川河川敷へとドライブ、夕方は明日の議会最終日に討論通告している令和3年一般会計当初予算案に係る討論原稿の最終チェックと、自分で言うのも何ですが、オンとオフのメリハリの利いた1日となりました。
 
このうち、区の総会資料準備では、役員11人にて、A3両面で6枚ほどの資料を「人間ソーター」、ホッチキス留め、班ごとの仕分けまでを分担し、約500部を30分程度で完成。
 
連綿とこうした皆さんの協力があって、効率的な運営が出来ているのだと改めて感じました。
 
道路やゴミステーションの点検では、普段車で走っていても気付かぬ「穴ボコ」や昔からある班のステーションでは、錆でドアレールが欠損している箇所があったりと、年に一回はこうして確認をし、こまめに補修、ケアしていくことで、これまた安心・安全の暮らしが維持されていることを体感しました。
 
まちの根幹を成すのは、各区であり、まさに共助の部分。
 
自らも参画することで、より住み良い、助け合いの区にしていきたいと思います。
 
さて、本日は敦賀市「あいあいプラザ」にて、福井県主催の「原子力発電所に関する説明会」が開催され、国のエネルギー政策や関西電力が保有する原子力発電所の審査などに関する説明が行われます。
 
私は、事前申込みのうえ、会場参加することとしていますが、今回は2月9日に同じく県主催で、3月4日には資源エネルギー庁主催で福井フェニックスプラザで開催された内容をドッキングさせた形であり、さらにはその際、参加者から要望のあった「嶺南での開催」が実現したものとなっています。
 
◉時 間:13時30分 ~ 17時00分
◉内 容:( )は説明者
①基準地震動の策定(原子力規制庁)
②美浜3号炉および高浜1、2号炉の審査結果(原子力規制庁)
③我が国のエネルギー政策(資源エネルギー庁)
④高浜発電所1・2号機と美浜発電所3号機に関する安全対策の取組み(関西電力)
⑤高浜地域と美浜地域の原子力防災(内閣府)
 
地元福井新聞を始め、紙面を開けば原子力に関わる記事のない日が無いという昨今。
 
国のエネルギー基本計画見直し議論も進められている中でもありますので、賛成・反対に関わらず、是非③の部分だけでもオンライン視聴いただけると幸いに存じます。
 →→→オンライン中継は、こちらのYouTube配信より
 
今回で私は3度目の会場参加となりますが、改めて、エネルギー政策は国家の根幹を成すものであり、現実的でなければならないとの考えのもと、現場でのリアルな雰囲気を感じつつ、しかと拝聴する所存です。
 

原子力発電所の運転を巡る二つの裁判

ブログ 原子力

昨日のブログにて、18日の一番の関心事として注視するとした原子力発電所の運転に関する二つの裁判について、判決が下されました。
 
まず、四国電力の伊方発電所3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを命じた、昨年1月の広島高裁の仮処分決定を不服とした四国電力の申し立てによる異議審について。
 
広島高裁は、四国電力側の異議を認め運転を容認する決定を下しました。
 
判決に関しては、真っ当な判断がされたものと受け止めるところでありますが、この伊方発電所3号機の運転差し止めの仮処分を巡っては、3年余りで司法判断が二転三転しており、広島高裁では今回を含め、運転を認めたのが2回、差し止めとしたのが2回、「世界最高水準の基準」とする国の新規制基準に適合した原子力発電所が裁判所の判断に翻弄されるという、いわゆる「司法リスク」が露呈する形となっています。
 
次に、日本原電の東海第二発電所(茨城県東海村)運転差し止め訴訟に関する水戸地裁の判決について。
 
水戸地裁は、判決要旨にて「人格権に基づく原子炉運転差し止め請求に係る具体的危険とは、深層防護の第1から第5のいずれかが欠落し、また不十分なことをいうものとして解釈したうえで、本件訴訟の争点のうち、第1から第4の防護レベルに係る事項については、その安全性に係ることがあるとは認められないが、避難計画の第5のレベルについては、本件発電所の原子力災害対策重点区域であるPAZ(概ね半径5キロ以内)、UPZ(概ね半径30キロ以内)の住民は94万人に及ぶところ、原子力災害対策指針が定める防護措置が実現可能な避難計画及びこれを実行し得る体制が整えられているというには程遠い状態であり、防災対策は極めて不十分であると言わざるを得ず、PAZ及びUPZ内の住民である79名との関係において、その安全性に欠けるところがあると認められ、人格権侵害の疑いがあると判断した。」との理由を示しました。
 
つまりは、耐震設計の目安となる揺れを示す「基準地震動」といった耐震性や津波の想定、火災対策などを含め、原子力発電所の安全性に関しては、日本原電の評価手法に「合理性」があるとし、原子力規制委員会の適合性判断の過程に「看過しがたい過誤、欠落があるとまでは認められない」としながらも、国の原子力災害対策指針に基づき、茨城県や周辺市町村が定める住民らの広域避難計画について、東海第二発電所の半径約30キロ圏内14市町村のうち、多くの人口を抱える水戸市や日立市など9自治体では、昨年の結審時点で広域避難計画を策定していないことや茨城県が平成27年に策定した広域避難計画についても、大規模地震で道路が寸断された場合の住民への情報提供手段具体化や複数の避難経路設定がされていないことなども挙げ、住民らの人格権を侵害する「具体的危険がある」と結論付けた形となっています。
 
これに対し、同日、日本原電はホームページ上にて「本日の判決は、当社の主張をご理解いただけず、誠に遺憾であり、到底承服できないことから、判決文の詳細を確認のうえ、速やかに控訴に係る手続きを行います。」とのコメントを発出しています。
 
発電所の安全性に関わる技術的・科学的評価に対し、日本原電の主張が認められたことは一つの試金石であると受け止めるものの、各近隣市町が避難計画策定中の現段階を捉えて判断されては、それはそれで厳しいもの。
 
裏を返せば、再稼働に向け将来的に策定が進めば、判決の視点もクリアされていくのではと私見として考えるところです。
 
いずれにしても、日本原電は「控訴」するとのことですので、今後の対応、裁判の行方に引き続き注視をしていかねばなりません。
 

【安全性向上対策工事が進む東海第二発電所(日本原電ホームページより引用)
 
このように原子力発電所運転の可否を巡る判決に関しては、福島第一原子力発電所事故後、事業者や国に運転差し止めを命じた判決や仮処分は7件ありますが、このうち5件は高裁などで判断が覆り確定したものはなく、昨日の広島高裁と水戸地裁が下した判断もその一例といった状況にあります。
 
このことは、日本のエネルギー政策を巡る不確実性の大きさを浮き彫りにするものであり、判決のたびに原子力発電所の危険性ばかりが強調される悪循環が続けば、国民理解や冷静な議論を阻害するに留まらず、我が国が今後目指す「脱炭素化」や「S+3Eを基本」とした国の根幹に係るエネルギー政策を誤らせることになりかねないと強く危惧するものであります。
 
以前の繰り返しとなりますが、三権分立の中においても、原子力発電所が大規模で複雑なシステムであるが故、その裁判に関しては、高い技術レベルと専門性を有した専門の裁判官、裁判所を置いて科学的且つ客観的に判断を下すべきではと考えるところ。
 
ここで言っていても始まらないのかもしれませんが、「司法リスク」を抱えたままの状態は、民間事業者にとって「経営リスク」を抱えたままの状態となることを忘れてはならず、与える影響やその代償の大きさを鑑みるに、国や政治は、このことをいつまでも放置していてはいけないと警鐘だけは鳴らさせていただきたく存じます。

「Fukushima50」と原子力発電所の裁判

ブログ 原子力

つい先日、月9ドラマ「朝顔」を観て「琴線に触れた」ことを書きましたが、昨晩は金曜ロードショーで放映された「Fukushima50」。
 
ブログを辿ると、ほぼ一年前の2020年3月14日にも映画館で「Fukushima50」を観て、どうにも堪えられない思いが込み上げ嗚咽して泣いたことを思い出す訳ですが、昨晩も全く同じ状態になってしまいました。
 

 
(約1年前のブログは以下のリンクより)
 →→→原子の灯から半世紀、Fukushima50に思う(2020年3月15日のブログ)
 
その感情は、発電所への愛情や育ててもらった感謝の思い、家族を置き命を張って最後まで発電所を守る覚悟など。
 
そして何と言っても、東京電力福島第一原子力発電所1号機と日本原電の敦賀発電所1号機が同型炉であることからなお、画面に映る光景が我がことのようにも思え感情移入してしまうもの。
 
福島第一原子力発電所の事故を美化することは決してしませんが、事実としてあった、こうしたことだけはお知り置きいただければと思います。
 
さて、そんな昨日は、もうひとつ原子力関係で大きな出来事。
 
九州電力玄海原子力発電所3、4号機の設置許可取り消しなど2件の訴えを退けた佐賀地裁判決は、原子力規制委員会の内規「地震動審査ガイド」に記載されている「地震規模のばらつきへの考慮」だけを過度に取り上げることなく、九州電力が総合的に地震への安全性を考慮していた点を踏まえ、それに基づく原子力規制委員会の判断を「妥当」と結論付けました。
 
2つの訴訟の主な争点の一つは、原子力発電所の耐震設計を決める上で安全性の目安となる揺れの大きさ「基準地震動」の算出にあたり、過去の地震規模の平均値だけでなく、平均を大きく上回る規模(ばらつき)も上乗せして考慮する必要があるかどうか。
 
また、まさに同じ争点で争われている関西電力大飯発電所3、4号機の設置許可取り消しを求めた住民訴訟では、大阪地裁が昨年12月、関西電力が上乗せを考慮しないまま基準地震動を策定したのは地震動審査ガイドにある「地震規模のばらつきへの考慮」との記載に反すると指摘。
 
これを認めた原子力規制委員会の判断に「看過しがたい過誤がある」として許可を取り消しています。
 
一方、佐賀地裁の裁判長は、地震動審査ガイドの記載について、住民側が主張する「平均値への上乗せが必要なのではない」と指摘。
 
平均値を求める際に「原子力発電所が立地する地域の特性や、過去のデータのばらつきなどを確認する必要性を示したものであると解釈した」とあります。
 
そのうえで、九州電力が別の手法を用いて地震規模のばらつきなどを考慮していることから、新規制基準に沿った九州電力の耐震計画や原子力規制委員会の安全審査は「合理性がある」と結論づけた模様。
 
裁判を見るに、大飯の地裁判決とは「相反するズレ」が生じていることが露呈した訳であり、次の大飯裁判にも当然、共通の考えとして参考にされるべきと考えるところです。
 
冒頭の「Fukushima50」では、当時の菅(カン)直人首相が、にわか知識を振りかざし現場に介入してくるシーンがあり、吉田所長が「素人が言うんじゃねぇ」とばかりの表情を浮かべるシーンがありますが、一連の原子力発電所の規制基準審査に関する裁判に関しても、似通った案件なのに、裁判官によってコロコロと真逆の判決がされていることを踏まえれば、そこにはやはり司法の場においても一貫した技術的基準や専門性が必要なのではと考えるところ。
 
こうして判決で左右されることを「司法リスク」と呼んでいる訳でありますが、この点に関しては、より専門性と科学的基準をもって判断できる「日本版原子力裁判所」を作っても良いのではというのが私の考え。
 
東日本大震災発生から10年を迎えた翌日に放映されたことの意味合い、映画にもあったように、現在はさらにあらゆるリスク想定と備えを最大限に高め、「想定外を想定内」にする安全性を高めた取り組みと厳格な審査が行われているのも事実。
 
来週18日には、四国電力の伊方発電所、日本原電の東海第二発電所の判決がされることとなっておりますので、この点に関しても注視をするとともに、判断基準をしかと確認していきたいと考えます。

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