“いのち”の尊さを訴える「生命のメッセージ展」

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連日ニュースで取り上げられているよう、一刻も早く真相が明らかになって欲しいと願うのが、京都府南丹市園部町で発生した小学生の行方不明事案。
 
3月29日には同校から西に約3キロの山中で小学生の通学かばんが見つかったものの、以降、行方につながる手がかりは見つかっておらず、京都府警が全力を挙げて捜索を続けているところ。
 
3月23日午前8時ごろ、同校の敷地内まで父親が車で送り届けた後から行方不明になっており、その後の経過を含め、謎に包まれる訳ですが、いずれにしても巻き込まれた小学生は11歳。
 
胸が締め付けられる思いです。
 
さて、この事案はまだ事件と断定できないものの、新聞を開けば日々、目を覆いたくなるような、あるいは信じられないような残酷、卑劣な事件や事故が発生している社会。
 
そうした中、昨日は、敦賀市のきらめきみなと館で始まった、交通事故や事件で命を奪われた犠牲者やその遺族からのメッセージを通して、“いのち”の尊さを訴える「生命(いのち)のメッセージ展」に行ってまいりました。
 
「生命のメッセージ展」とは、特定非営利法人「いのちのミュージアム」のホームページ(HP)では、次のように説明されています。
 
<同HPより抜粋引用>
人が暴力的に生命を奪われることなく精一杯生きることが出来る社会を夢見ています。
戦争はない、殺戮はない、犯罪はない、被害者の生まれない世界。
しかし現実には多くの生命が犯罪や社会の不条理のもとに生命を断ち切られています。
ひとつとして忘れることの出来る生命はありません。
彼らの生きた証を私たちがたどれば亡くなった生命がそのことを教えてくれるはずです。
メインの展示は犠牲者一人ひとりの等身大の人型と彼らの遺品の「靴」。靴は彼らの生きた証の
象徴です。
人型には一人ひとりの素顔や遺された家族の綴ったメッセージが添えられています。
多くの人々が現実を知り生命の重さを考えてもらうために、日本全国、そして世界各地へと
巡回展をしています。
私たちは人型となった犠牲者たちのことを、生命の大切さを伝える「メッセンジャー」と呼んでいます。
一人でも多くの人が「メッセンジャー」に出会って頂きそのメッセージをうけとめて頂きたいと
願っています。
 
全国を巡回するこのメッセージ展。
 
敦賀で開催の際、実はこれまでも幾度となく拝見していますが、これは繰り返して、いわゆる反復で見ることに意味があると思うところ。
 
同ミュージアムと「生命のメッセージ展in敦賀実行委員会」が主催、敦賀市が共催するこのメッセージ展には、市内の企業や機関など、多くの協力、後援のもとで開催。
 
会場に入ると、「生命」と書かれたボードが目を引くとともに、不慮の事故や事件によって理不尽に命を奪われた犠牲者の顔写真付きの等身大パネルが150体並び、生前に履いていた靴や遺族からのメッセージなどが展示されていました。
 

【会場に入ってすぐ目にしたボード】
 
時間の許す限り、一体一体拝見すると、本当に残酷で理不尽な、飲酒や居眠り、よそ見運転などによる交通事故、突如として襲われた犯罪、集団でのいじめやリンチ、中には強制的なアルコールの一気飲みなどによって生命を奪われた状況を見るに、その家族のことを思うと胸が張り裂けそうな気持ちになったことに加え、もしも自分の家族がこうした目に遭ったらと、取り返すことのできない生命の大切さ、重さをあらためて強く思った次第です。
 
悲惨な事故や事件の内容とともに「生きた証」と「もっと生きたかった」「生かせてあげたかった」との犠牲者、ご遺族の叫びを強く感じる150体の等身大メッセンジャー。
 
やり場のない怒りや悲しみの中、この活動趣旨に賛同され情報提供されたご遺族、またボランティアの運営スタッフさんの思いは、このような事故や事件が無くなること、そして一人ひとりが自らの命を大切にすること。
 
このメッセージ展は、本日15時まで、同じくきらめきみなと館で開催されます。
 
皆様方におかれましては、いのちを大切にする社会をともに願い、足を運んでいただければ幸いです。
 

【会場内の様子。敦賀実行委員会が掲げるメッセージに強く共感しました。】

小さな一歩を踏み出してみるのも、この季節の楽しみ方のひとつ

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年度が切り替わり、4月1日から変わったことといえば“自転車の交通ルール”。
 
16歳以上の自転車の交通違反に、警察が反則金納付を通告できる交通反則切符(青切符)制度が始まり、福井県内では県警が一斉指導取り締まりを実施している様子が昨日のニュースで流れていました。
 
この“青切符”の対象となるのは、走行中にスマートフォンを使用する「ながら運転」(反則金1万2千円)、信号無視や横断歩行者妨害(同6千円)、一時不停止(同5千円)など113種類あり、一時不停止や信号無視などは口頭や書面での指導警告が原則。
 
従わない場合は反則金が科され、ながら運転などは事故につながりやすいため、指導警告を経ずに直ちに青切符で摘発するとあります。
 
ついては、これまでと同じ感覚で自転車に乗って「アウト!」とならないよう、優等生的にいえば、罰則を逃れるためではなく、自分の身を守るためと、ルール遵守を呼びかけるところです。
 
他にも国全体の制度として変わったことといえば、「子育て」では、少子化対策の財源となる「子ども・子育て支援金」制度が始まることや、「教育」では、全国的に高校の授業料を実質無償化することなど。
 
こうして制度の切り替わりや新しいことが始まる“4月1日”。
 
そうしたなか、先日は、私の背中を後押ししてくれる言葉に出会いました。
 
その言葉とは以下。
 
新生活が始まる人も多い春ですが、何も変わらない春があってもいいと思います。
ただ、そのまま過ごすのではなく
 
「今年の春はこれを始めてみよう」
 
そんな小さな一歩を踏み出してみるのも、この季節の楽しみ方のひとつです。
 
季節が変わるこのタイミングを、自分自身の生活や健康を見直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

 
単純な私は、この「一歩を踏み出してみるのも、この季節(春)の楽しみ方のひとつ」のフレーズが響き、昨日のブログでは、新年度を機に「議員活動もマンネリではいけませんので、新しいことも取り入れ、ギヤを上げてまいります」と宣言したところです。
 
具体的には、これまでやろうやろうと思って出来ていなかった、私の中での「新しいこと」のひとつは、“動画を活用した発信”であり、宣言したからには覚悟を決めて(それほど大したことではないのですが)、早速昨日から始めてみました。
 
ある方からの助言で、「辻立ちやりました〜」とか「やりま〜す」くらいの軽いものでも良いのでは?との言葉にも後押しされ、昨日は水曜恒例の辻立ち後のひとことでショート動画を作成、投稿した次第。
 

【ショート動画の画面はこんな感じです(ちょっとアップにし過ぎた点はご容赦を)】
 
なお、これまで、Facebook、instagram、X(旧Twitter)、LINE-VOOMの4種類のSNSを活用してきましたが、以前にアカウントを作って眠ったままにしていたのはYouTubeとTikTok。
 
昨日は、冬眠から目を覚ますように、YouTubeとTikTokに投稿しましたので、ぜひ以下リンクより、チャンネル登録あるいはフォローをいただければ幸いです。
 
 →YouTube「やまたけチャンネル」はこちら
 
 →「やまたけTikTok」はこちら
 
なお、SNS動画に関しては、主流は30秒程度の“ショート動画”で、見るか見ないかは“最初の2秒で決まる”世界になっていますが、私の場合、いわゆる“バズる”ことを目的としていませんので、ボチボチと政策的なことの発信も念頭に発信していく所存です。
 
こうして、一歩踏み出してみれば何ともないことで、後押ししてくれた前述のフレーズどおり、新しいことを始めるのは楽しいことと実感した次第。
 
知って行なわざれば、知らぬことと同じなり(知行合一)
 
皆さんもこの春、これまで躊躇していた新しいことを始めてみてはいかがでしょうか?

亡父の思いと敦賀の歴史が重なる月命日

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昨日28日は、亡き父の月命日。
 
逝ってからはや5ヶ月。
 
早朝より、実家の仏壇を前にお経をあげていただきながら、天国で元気に過ごしている姿を思い浮かべたところです。
 
その後は、その亡父が生前、思いを込めていた夢街道の花壇のお手入れに。
 
夢街道沿いに続く花壇のうち、原子力機構社宅の信号から夢市場の手前までが、ひばりケ丘町の担当区間となっており、昨日は母を含む有志4名で雑草の除去や花壇からはみ出た部分のカットなどに汗を流しました。
 
これからがシーズンの芝桜もチラホラ咲き始めていましたが、話を伺うに、部分的ではなく、ひばりケ丘町区間のすべての花壇を芝桜にしたいというのが父(前区長)の思いであったようで、現区長さんからもこの思いを継承し、市に要望をしているそう。
 
実際に参加し手入れしてみると、その理由が身をもって分かるものであり、その思いが実現するよう、この点は私からも確認してみたいと思います。
 

【昨年4月に撮った見事に咲く夢街道の芝桜。部分的ではなく、一面に咲かせたい気持ちに(きゅうちゃんはおまけで登場)】
 
区切りの良いところまでと思いつつ、「やり終い」となった花壇の手入れが終わったのが12時半を過ぎた訳ですが、その後は着替えて金ヶ崎へ。
 
実は、昨日のブログでご紹介した「花換まつり」に併せて開催される「TSURUGA FREE MUSIC」のパートで、金ヶ崎の歴史について話しませんかと気比史学会にお声掛けあり。
 
知り合いの敦賀FMのパーソナリティーさんからのお話だったことに加え、4月12日(日)に開催する“NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」パブリック・ビューイング&歴史講座”(講座は気比史学会が担当)の告知にもなると、二つ返事でお引き受けしたもの。
 
トークショーとまではいきませんが、14時からのコーナーに、気比史学会から丸山理事と私で出演した次第です。
 
約30分のコーナーでは基本、パーソナリティーさんとの掛け合いは、気比史学会の設立から活動紹介については私から、そもそもの金ヶ崎の地名の由来から南北朝、戦国時代とあった歴史的な戦いなど学術的な内容に関しては丸山理事からと、役割分担してお答えする形で進められましたが、時間はあっという間。
 
双方、もう少し聞きたい、話したいとの気持ちはあったものの出番を終えた次第です。
 
なお、コーナーの最後で私から告知したのは以下。
 

【敦賀市 文化・交流推進課作成の開催チラシ】
 
繰り返しとなりますが、当日は松原公民館にて、定員は先着130名となっていますので、皆さま奮って参加申込いただけますようお願いいたします。
 
コーナーを終え、次に始まった「大谷吉継」の演舞には、追っかけ?と思われる女性陣がいて驚きましたが、“義の武将”の人気を嬉しく思ったところ。
 

【三脚を立ててスマホ撮影、手には一眼レフ。本格的です。】
 
また、会場には、敦賀市文化交流課ブース、吉継公をNHK大河ドラマの主人公にしようと設立された市民団体「つるが大谷吉継公振興プロジェクト」(通称:つぐプロ)のブースでそれぞれ敦賀の歴史をPRされていることに、同志が沢山いるような、こちらも嬉しい気持ちに。
 
“つぐプロ”には、敦賀市議の大石修平議員もメンバーとしておられ、ご自身も提案されていた吉継公の活躍を伝えるための商品開発については、既にブースには数種類の商品がラインナップ。
 
思わず私も、気比の松原の木で作った吉継コースターなどが入ったセットを購入しましたが、どれも思いやアイデアが込められたもので、またまた嬉しく感じたところです。
 

【吉継の家紋が入ったグッズ】
 
こうして、敦賀の歴史とも重なった月命日。
 
この暖かさで敦賀市内の桜も一気に開花しそうですが、父も天国で花見でもするのだろうと、仲間とワイワイやっている姿を思い浮かべる次第です。

「山本まさる」大先輩のご冥福を心よりお祈りいたします

ブログ 人生観

実は先週、突如として届いた悲しい知らせ。
 
南越前町議会議員の山本優(まさる)さんが逝去。
 
享年81歳。
 
1994年に旧南条町の町議選に初当選。
 
町合併後、南越前町議を務め現在同町議6期目で、議員通算では9期目。
 
昨日は、越前市で執り行われた葬儀に参列し、最後の感謝の言葉をかけるとともに、お見送りをいたしました。
 
誰からも「まさるさん」と慕われる山本優議員は、北陸電力にお勤めだったことから、同じ福井県電力総連の推薦議員であり、国民民主党福井県連の所属議員として活動をともにしてきた大先輩。
 
また、私が労働組合役員時代から約四半世紀来のお付き合いであり、とにかく真っ直ぐ誠実、気さくで誰とも目線を合わせてお話しされる姿は、当時お会いした時から今までまったくお変わりなく、議員になってからも何かとアドバイスを頂戴する間柄でした。
 
先の衆院選でもほぼ毎日顔を併せ、一緒に戦っただけに、知らせを受けた時は本当に信じられませんでしたが、これは現実。
 
ご自宅で倒れ(死因は脳出血とのこと)、21日に死去。
 
年齢を感じさせない、健康で明るい優さんの急逝に誰もが驚いたところです。
 
思い出を語るとキリがない訳ですが、この4月に迎える南越前町議の任期満了をもって、議員の終止符を打つと決めていた優さん。
 
4年前の選挙で、地域の皆さんや連合福井の仲間の皆さんなど、お集まりいただいた多くの支援者を前に、これまでの経験や今回の選挙の戦い方など力強い決意表明をされた優さんの姿。
 
優さんの代名詞と言える「カメラ」を片手に、他の方のために写真を撮り、せっせとアルバムを作っておられた姿など、走馬灯のように頭に思い浮かぶ次第です。
 

【2022年4月の選挙時の写真(コロナ禍でマスク姿なのが残念)】
 
昨日は安らかな表情で眠る優さんのお姿に、寂しいやら安堵するやら複雑な心境でしたが、多くの皆さんとともに見送りました。
 
本当に残念な思いは尽きませんが、優さんにとっては、数年前に先立たれた奥様と再会できることを思えば、それほど悲観しなくて良いのかもしれません。
 
ここにあらためて、優さんの生前のご功績を讃えるとともに、頂戴したご厚情に感謝を申し上げ、心よりご冥福をお祈りいたします。
 
昨日28日は、ちょうど亡父の月命日。
 
夕方、お寺さんにあげていただくお経を聞きながら、天国の父に「優さんが行くからよろしく」と伝えた次第です。

#がんばれパンチくん

オリンピック ブログ 人生観

第25回冬季オリンピック・ミラノ・コルティナ大会は22日夜(日本時間23日未明)に閉幕しました。
 
史上初めて複数都市で行われた今大会に、国際オリンピック委員会(IOC)のコベントリー会長は、「新しいタイプの冬季五輪を実現し、未来に向けて新たな、非常に高い基準を打ち立てた」とあいさつ。
 
ミラノとコルティナに設置された聖火が同時に消され、17日間の祭典の閉幕が告げられました。
 
今大会、金メダル5個、総メダル24個と大きく躍進し、メダル総数は前回2022年北京大会の18個を大幅に上回る史上最多となった日本勢からは、フィギュアスケート・ペアで金メダルに輝いた「りくりゅう」をはじめ、多くの選手の姿から感動と勇気をいただきました。
 
また、勝敗や順位に関係なく、お互いをリスペクトし、祝福し合う選手同士の、国境を超えた高いスポーツマンシップは見ていて清々しく、これがオリンピックだと感じる大会でもありました。
 
4年に1度の祭典はこれで終わりますが、出場された選手をはじめ、関係者の皆様のご努力に敬意を表するとともに、こうして頂戴した感動を力に今後の人生に生かしていきたいと思います。
 
さて、感動と勇気をもらっているといえば、スケールもジャンルもまったく異なるものの、最近気になって仕方がない存在が。
 
それは、千葉県の市川市動植物園で飼育されている、「誰もが応援したくなる」と話題になっているかわいいニホンザル「パンチくん」。
 
各種SNSや一部のメディアも取り上げているため、既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、今では休日はもとより、平日にもかかわらず開園前から人々が並ぶほどのお目当てとなっている「パンチくん」。
 
その理由とは、まだ生後半年の「パンチくん」ですが、母親が育児放棄をしてしまいました。
 
この育児放棄に関しては、飼育員さんの話によると「野生でも初産や群れ内の順位が低いと、ストレスで放置してしまうこともある」とのこと。
 
赤ちゃんザルは人間と同じで、生後間もないころは安心感を得たり、筋力をつけたりするために母ザルにしがみつきますが、そこで母親の代わりにと飼育員さんが与え、試してみたのが「オランウータンのぬいぐるみ」。
 
そうしたところ、パンチくんはぬいぐるみの手を引っ張り、その後はどこに行くにも一緒。
 
寝転んでじゃれあう姿や、毛づくろいをする姿などが「かわいい」とたちまち話題となりました。
 
飼育員さん曰く「お母ちゃん」のぬいぐるみの存在は、パンチくんにとって「自分にとって大切なもので近くにいれば安全」という“安心の材料”になっているようで、その姿を見るだけで胸にグッときます。
 
それだけではなく、パンチくんが必死に群れに慣れようと、大人のサルに近づき奮闘するも押しのけられてしまい、また甘えるように「お母ちゃん」にじゃれつく姿、もう一つの心のよりどころの飼育員さんがエサを配りに現れると、エサそっちのけで足にしがみつくパンチくんの姿など、SNSの動画を見るたびに、胸が切なくもキュンとなり、思わず「がんばれパンチくん」とつぶやいてしまいます。
 

【お母ちゃんぬいぐるみに安堵する「パンチくん」(TikTokより引用、一部加工掲載)】
 
<投稿後追記>
掲載した写真は、AI画像とのことで大変失礼しました。
なお、既に掲載したものは削除せず、趣旨をご理解いただいた上でこのままといたしたく。ご容赦いただけますようお願いいたします。

 
この愛らしさと、サル社会に慣れようとする姿にファンが急増。
 
動物園は前述の状況になっているほか、SNSには「#がんばれパンチくん」を合言葉に、応援する投稿が相次いでいます。
 
なお、パンチくんの名前は『ルパン三世』の生みの親・モンキー・パンチに由来しているとのこと。
 
母ザルがいない場合、一般的には、物音に過剰に怯えたり、逆に他のサルを避けたりするなど、情緒面が未発達になることがあるということですが、パンチくんは物怖じしない性格で、心配なさそうとのこと。
 
そう思えば、ピンチや失敗も楽しむように、明るく前に進む「ルパン」と似ている気がする訳ですが、直近では、他のサルに毛づくろいをしてもらっている姿も動画投稿されており、順調に群れに馴染んでいく様子にやや安堵するところです。
 
ぬいぐるみの「お母ちゃん」の存在が必要なくなる時が、パンチくんが群れに慣れ、独り立ちしたことを証明することになろうかと思いますが、それまでの間は、小さな体で一生懸命生きる「パンチくん」と「お母ちゃん」とのツーショットを応援したいと思います。
 
まだご存知でない方は、ぜひSNSにて「#がんばれパンチくん」を検索していただき、一緒に応援くだされば幸いです。

亡き仲間のために走り続けるということ

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すっかり“正月の風物詩”として定着した「箱根駅伝」。
 
第102回東京箱根間往復大学駅伝は結果して、青山学院大学(以下、青学大)が圧倒的な強さで史上初となる2度目の総合3連覇を果たしました。
 
1区16位の出遅れから、5区で「※シン・山の神」黒田朝日選手の異次元の走りにより劇的な逆転で往路を制した青学大は、復路では一度も首位を譲らず大会新記録で駆け抜け、直近12年で9度目の総合優勝という驚異的な強さで幕を閉じました。
 
※新・真などの意味があるようなので、ここでは「シン」と表記しました。
 
これで歴代最多勝利監督となった原監督は采配のポイントについて「統計学、確率の問題。分析していく力が監督には求められる」と持論を語った後、「中国電力時代に日々電気料金の計算をしていた。中国電力時代に培った能力がここにも生かされている」と笑い飛ばしたそう。
 
選手のコンディションや特性を見抜き、最適な選手起用をする監督もさることながら、これに応える選手、10区間のどこかで「やってくれる」と思わせるチーム全体の雰囲気が、他チームにとっての脅威、裏を返せば青学大の強さと思う次第です。
 
加えて、今回の青学大には一層、“負けられない理由”があったと。
 
その理由とは、2年時には16人のエントリーに名を連ね、今大会も「本来なら走っていた存在」と言われた皆渡星七(みなわたりせな)さんが昨年2月に悪性リンパ腫で亡くなったこと。
 
前回大会は6区候補としてライバルでもあった佐藤有選手は「11月に(皆渡さんが)体調を崩してから『自分が頑張らないと』と思っていた」と、今回1年越しに思いを結実し快走。
 
チームとしても、今大会は皆渡さんの名前(星七)にちなんだ7つの「★」を記したたすきをつなぎ走り切ったとのエピソードを知り、沿道の声援や監督の檄など外からの鼓舞に加え、「彼に優勝を報告したい」との内面からの鼓舞が、今回の青学大の走りにつながったことに感動を覚えた次第です。
 

【青学大選手の腕に書かれた「★7」(星七)の文字(産経新聞WEBより引用)】
 
なお、皆渡さんの件に関しては、大学卒業後、地元の福井放送でアナウンサーとして活躍している、青学大陸上部前主将の田中悠登さん。
 
敦賀気比高校出身の田中アナは、箱根駅伝に2度出走し、昨年の第101回大会では9区2位でチームの8度目の総合優勝に貢献した選手ですが、彼にとって皆渡さんは「本当に弟のような存在」だったそうで、「彼の分まで生きると約束」して以降、福井県内縦断100kmランを行ったり、今春には、皆渡さんの地元大阪で『ななつぼしマラソン』を開催すると、「星七のように、堂々と生きます」と強い思いをつづっていることを知りました。
 
こうして様々な人が、亡き仲間のために走り続けることは、皆渡さんが、皆の心の中で生き続けるということ。
 
三が日最後の昨日。
 
今は母だけとなった実家に兄弟・孫たちが集まり、亡父を偲んだところだけに、その心境が重なった次第です。

重んじる精神は「義を見てせざるは勇なきなり」

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【敦賀は、うっすら雪が積もりました】
 
元日の地元新聞といえば、県内企業経営者の「新春トップインタビュー」。
 
長きに亘り、地元に根ざした企業として成長し続ける理由がそこにあるようで、今年も興味深く拝見したところです。
 
また、全国の歴史ある企業について調べてみると、帝国データバンクの調査で2026年に「100周年」を迎える企業が2,371社もあるそう。
 
なお、100周年を迎える主な企業は、豊田自動織機や信越化学工業、東レやクラレ、集英社、富士急行など。
 
そしてさらにその上を行く、「150周年」を迎えるのは荒川化学工業(大阪市中央区)と大日本印刷(東京都新宿区)とあり、データバンクでは、両社が創業以来、時代に応じて事業を変革し続けてきたように、変革と挑戦の精神が、長寿企業を支える原動力のひとつとなっていると評価していました。
 
チャールズ・ダーウィンの「※最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもなく、唯一、生き残る者は変化できる者である。」との言葉がありますが、企業活動にまさに通ずるものと思う次第です。
 
※この言葉には諸説(本来の意味と違うなど)ありますが、ここでは一般的に言われていることとして引用いたします。
 
一方、「150年」といえば、今年は「明治の精神」を象徴する一つである札幌農学校が明治9年に開校してから150年の記念の年にあたるとのこと。
 
札幌農学校といえば、初代教頭クラーク博士の「少年よ、大志を抱け!」という言葉が有名ですが、2期生として内村鑑三と新渡戸稲造が学んだことを重視するとし、この2人の数多い著作のうちで、今日の日本と世界の危機に対処することを考えたとき、前者からは『後世への最大遺物』、後者からは『武士道』というほとんど同じ頃に世に出た著作を挙げるとの産経新聞「正論」に出会いました。
 
内村氏の『後世への最大遺物』では、人が後世に遺(のこ)すものとして、金、事業、思想を挙げた上で、これらはいずれも遺すに価値のあるものであるが、しかし、何人にも遺すことのできるものではない、またこれらは本当の最大遺物ではないと言う。
 
しからば、「最大遺物とは何であるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う」(傍点原文)と語るのである。
 
続いて新渡戸氏の『武士道』では、論じられる武士道の徳目において、やはり最初のものは「義」であり、その後に、「勇・敢為堅忍の精神」「仁・惻隠(そくいん)の心」「礼」「誠」「名誉」「忠義」「克己」などが挙げられている。
 
最後の章「武士道の将来」の中に、「最も進んだ思想の日本人にてもその皮に搔痕(そうこん)を付けて見れば、一人の武士が下から現われる」という印象的な表現が出てくるが、原著が刊行された明治32年に言えたこのことは、翻訳が出た昭和13年の日本人についても当てはまったことであり、さらに1世紀以上後の我々今日の日本人も、例えばグローバリズムが進む中において久しく忘れられていた「一人の武士」としての意識が、安全保障環境をはじめとする内外の厳しい情勢によって「搔痕を付け」られて、日本人の多くに義の精神を伴って覚醒してくる年になるに違いないというのが、私(筆者)の希望である。
 
その上で「正論」は、「今年は、義を基軸にして世界や人間について考えた上で果敢に実践する日本人本来の姿を取り戻す動きが必ずや出てくる。それが、『義の国』への道である。」と結んでいました。
 
読み進めてふと、「義」といえばここ敦賀。
 
「義の武将」と称される大谷吉継公、幕末の悲劇「水戸天狗党」を幕府に懇願してまで祀った敦賀人の心はまさに、利害を捨てて条理に従う「義」を重んじたから。
 
さらに、「義」が正しい道や道理にかなったこと、人道に従うこととの意味からすれば、「人道の港」にある敦賀人の心がそうであり、敦賀は「義のまち」と言えるのではと常々思うところです。
 
本日は、大きく二つの視点から思考しましたが、キーワードとなる言葉は「変革と挑戦」と「義」。
 
とりわけ、「義のまち」敦賀に住み、吉継公をこよなく尊敬する私としては、「※義を見てせざるは勇なきなり」の精神を重んじ、行動してまいる所存です。
 
※「人として行うべき正しいこと(義)だと知りながら、それを実行しないのは勇気がない(証拠だ)」という意味の言葉で、「論語」から来た故事成語。

令和8年も「まっすぐ誠実に粘り強く」

ブログ 人生観

令和8年が幕を明け、新たな年を健やかにお迎えになられましたこと心よりお慶び申し上げます。
 
皆様方にとって輝かしい、幸多き年となりますこと祈念いたします。
 
「かくて明けゆく空のけしき、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする」
 
この言葉は『徒然草』の第19段にある、“昨日と変わらぬ景色なのに新鮮な心地がする”と、明け初める元日の空を仰ぎ、抱いた感懐だそうですが、敦賀の空は曇天なれどまさにそうした気持ち。
 
私自身は、「活動の原点は地域と職場の声にあり」の基本姿勢のもと、気持ち新たに、本年も活動に邁進してまいる所存です。
 
引き続き、皆様方には大変お世話になりますが、ご支援ならびにご指導を賜りますようお願い申し上げます。
 
さて、昨年、議会でも取り上げました「戦後80年」の節目を過ぎあらためて、先の大戦において、わが国の領土と国民の生命、財産を守るために戦った英霊、犠牲となったすべての戦没者戦災死没者に哀悼の意を表するとともに、こうした先人たちの命懸けの努力の上に今があることを胸に、次の時代に進まねばと思うところ。
 
高市早苗首相が発表した年頭所感においては、冒頭で「日本と世界は大きな変化を迎えている」と指摘。
 
人口減少や物価高、厳しい安全保障環境などの課題を列挙し「変化を恐れず、必要な改革を断行する」と強調した上で、「日本列島を強く豊かにすることを通じ、希望を生み出すことを国民への新年の誓いとする」と表明しました。
 
一方、党首討論で高市首相と「ともに関所を乗り越えていこう」と述べた国民民主党の玉木雄一郎代表においては、昨年末の会見で、この関所を乗り越えていく最大の通行手形は「民意」だったということを実感したとしつつ、「これからも国民の皆さんとつながる政策、また国民の皆さんの中から出てきた思いや、不安そういったものを体現した政策の実現に全力で取り組んでまいりたい」と。
 
ここで言う「民意」とは決して「ポピュリズム」とは違う訳ですが、高市首相とは国家観を共有しつつ、現実路線の政策で日本を動かしていこうというのが国民民主党であり、さらに党勢を拡大して、政策実現力を高めるべく、私もその一員として引き続き尽力してまいる所存です。
 
そして、市議会議員としての本分は、郷土敦賀のために働くこと。
 
人口減少と厳しい財政という大きな課題が横たわる中において、今年は北陸新幹線開業から3年目を迎えます。
 
中心市街地や主要観光施設においては、にぎわいの持続や新たな店舗がオープンするなど「開業効果」は表れているものと認識するところ、ここからは「新幹線効果」の最大化に向けたまちづくりを進めていかねばなりません。
 
私が考える“真の新幹線効果”とは、部分最適ではなく全体最適、直接的でも間接的でも、敦賀市にお住まいの皆さんが新幹線があるまちのメリットを実感することにあり、その実現に向け、「新幹線学」の第一人者である青森大学 櫛引教授の「新幹線は目的ではなく手段」の理念に沿って、意見提起していく所存です。
 
なお、まちづくりのベースにある考えは、「今ある資源を最大限活かす」ことにあります。
 
古より大陸と開けた港を有し、海陸交通の要衝として栄えてきた敦賀には、悠久で豊富な歴史と文化、豊かな自然と産業、そして何より「人」という資源があります。
 
ついては、これらの資源を最大限活用し、何をおいてもまずは敦賀市民に、自分の住むまちを誇りに思っていただけること、そうしたマインド(シビックプライド)のもと、敦賀の活力と魅力の向上、持続的発展につなげていければと考えます。
 
そして、敦賀の持続的発展に関し、欠くことができないのは「原子力」。
 
国家レベルにおいても、原子力発電が必要不可欠な電源であることはこれまでも述べてきたとおりですが、敦賀発電所2号機の再稼働や敦賀3、4号機増設計画、もんじゅ敷地内における試験研究炉設置など、これらの事業を着実に進めていくことは、日本の国益においても、敦賀にとっても極めて重要であり、安全と関係者や地域の皆様のご理解を第一に、自身の役割を果たしていく所存です。
 
以上、縷々申し上げましたが、次の春が来れば、市議会議員2期目の任期は残り一年。
 
掲げた公約とモットーのもと、「まっすぐ誠実に粘り強く」取り組んでまいりますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

【信じる道をまっすぐに。きゅうちゃんに癒されつつ頑張ります。(令和7年12月20日 やまたけ撮影)】

「全捨て」前提の書類整理で頭も気持ちもスッキリ

ブログ 人生観

ずっと後送りにしていて、「今年のうちに必ずやる」と決めていたミッションは「書類の整理」。
 
「そんなことか」と思われるかと存じますが、私の中ではこれを終わらせないとスッキリ年が越せないということで、昨日は意を決して着手。
 
私の場合、書斎ではなく、本と書類、趣味のものを置く小部屋があるのですが、お見せするのも恥ずかしい状態になっていたところ。
 
主には、過去の議会関係のもの、各種機関などから郵送されてくるもの、プライベートで携わっている団体の書類などで、言い訳をしますと、一応“分類して”平積みしていたもの。
 
作業開始の前に、書類整理に関するウェブサイトを覗いてみたところ、たまたまヒットしたページにあったのは、「これは念のため」「あとで読むかも」「何かに使えるかもしれない」、書類が増える理由のほとんどは、“未来への不安”ですとの文字。
 
まさに自分だと思い読み進めると、「でも、その不安のために今の生活スペースが圧迫されていたら、本末転倒」であり、その方のメソッドでは、書類は原則「全捨て」が基本だと。
 
「全捨て」前提の覚悟を持って片付けるという意味で、実際に残すべき書類はごくわずかなので、判断ルールを知っていれば迷和ないと。
 
そのルールとは、次の3つのどれかに当てはまるものだけを残すこと。
 
1.保存が必要な書類
2.今使っている書類
3.しばらく必要な書類
 
「それ以外は、感謝して手放しましょう」と続き、「服や本と違って、書類は“ときめきの感情”も大切ですが、必要かどうかの“実用性”で判断するカテゴリーであり、だからこそ、一度整えてしまえば、もう迷うことはありません」と。
 
私の場合、上記3項目に、「どこか(議会など)に行けば見れる(保存されている)書類」は捨てることを加え、片付けに臨みました。
 
過去を振り返りながら、一枚づつ精査のうえ整理した結果、前述の「これは念のため」「あとで読むかも」「何かに使えるかもしれない」と思い、残したもののうちほとんどは「捨てる書類」となり、感謝の気持ちをもって手放した次第です。
 
単なる書類整理のことを取り上げるのはどうかと思いましたが、平積みしていた紙の山をスッキリ片付けると、頭も気持ちも軽やかに。
 
私と同じ境遇にいらっしゃる方はぜひ、これをヒントに実践いただければ幸いです。
 
さて、大晦日(おおみそか)前日の今日は「小晦日」。
 
「しょうみそか」ではなく、「こつごもり」と呼びます。
 
伝統的な習慣として12月30日は、29日は「苦」を連想させるため避け、大掃除を28日までに済ませた後は、大晦日の準備をしながら、静かに一年を振り返り、散歩などをして過ごす日とされていたそう。
 
そうはいってもと、大掃除に励まれる方も多いかと存じますが、伝統的習慣にならい、今日の「小晦日」を過ごされてはいかがでしょうか。
 

【頭も気持ちも軽くなった後は、散歩中のこの景色でさらにスッキリ】

58歳「キングカズ」がJリーグ復帰

ブログ 人生観

昨日は、父の月命日。
 
母の「2ヶ月前のこの時間(午後2時)は、お父さんまだ生きてたね」の言葉に、最後まであきらめることなく病気と戦った父の姿を思い返したところ。
 
その後は住職様にお越しいただきお経をあげていただきましたが、妹夫婦も寄ってくれての場に、微笑む遺影の父はどこか喜んでいるように感じました。
 
また、以前のブログにて、
 
風は見えないけれど
風のすがたは なびく
草の上に 見える
 
の言葉を紹介いたしましが、月命日にあらためて、父の生き様や志を胸に置いた次第です。
 
と同時に、生命ある人が、「生きること」もしくは「生かされていること」の意味を思うに、何をおいても日々を「一生懸命」あるいは「一所懸命」、悔いなきように一日一日を積み重ねていくことと思うところ、昨日はまさにそれを実践する方の嬉しいニュースがありました。
 
その方とは、私にとって、男から見て「カッコいい男」のうちのお一人で、日本サッカー界のレジェンド「三浦知良」選手。
 
言わずと知れた、サッカー元日本代表FWで「カズ」の愛称で親しまれる58歳の三浦知良選手が、J3福島に加入することで大筋合意したことが28日、関係者への取材で分かったとありました。
 
プロ40年目の三浦選手が所属する日本フットボールリーグ(以下、JFL)のアトレチコ鈴鹿は、今季15位で地域リーグとの入れ替え戦に敗れ、JFL残留を逃し地域リーグに降格。
 
三浦選手が来季の現役続行を明言すると、アトレチコ鈴鹿が残留を要請するほか、J3の福島ユナイテッド、関西1部リーグの生駒FC奈良が獲得に乗り出すなど、複数のオファーの中から来季の所属先を検討していたところ、結果、福島ユナイテッドへの加入が決定したとの報道でした。
 
来年2月に59歳となる三浦選手がJリーグでプレーするのは、横浜FC時代の2021年以来となるそうですが、まずは60歳を前に「現役選手」であること、そして複数からオファーがあったということ自体がスゴいこと。
 

【練習する「キングカズ」こと三浦知良選手(Yahoo!ニュースより引用)】
 
「レジェンド」「キング」と称されるのは当然と思うとともに、写真の表情や仕草、そして発する言葉すべてがカッコ良く、男が男に惚れることにご理解いただけるのではないかと。
 
一方、賞賛ではなく、プレー自体のキレや運動量の低下を揶揄する声もあるところ、Jリーグでかつてプレーした選手はこう述べていました。
 
「カズさんを見たいと思うサポーターが多いことは、選手としての立派な商品価値です。でも、福島は決して興行面の貢献度だけを期待して、獲得オファーを出したわけではないと思います。サッカーに向き合うプロフェッショナルな姿勢は一緒にプレーした多くの選手たちが影響を受けてきましたし、お手本になるベテランです
 
おそらくこの方自身も「キングカズ」の影響を受けたお一人かと思いますが、私もこの言葉に納得する次第。
 
15歳で高校を中退し、単身ブラジルへ渡ってプロ契約を勝ち取るという経歴を持つ三浦選手。
 
サッカーが大好きで「生涯現役」の志を貫き、自分自身を律してそれを実践していることはまさに「生き様」。
 
なお、三浦選手は横浜FC時代の2017年3月12日、50歳14日でゴールを決めた際に樹立された「リーグ戦でゴールを決めた最年長のプロサッカー選手」のギネス世界記録保持者。
 
5年ぶりのJリーグ復帰の来年、この記録を更新する。
 
こんなこともやってくれそうな三浦選手を引き続き応援するとともに、その生き様をお手本にしたいと思います。
 

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