戦後81年「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぐ」

ブログ 人生観

亡き父の初盆を迎え、昨日はお盆参り。
 
実家(といっても隣ですが)にて、住職様にお経をあげていただきました。
 
これに、母はもちろん、我が家と妹(双子)夫婦、甥っ子、姪っ子も集まりにぎやかに。
 
笑顔の写真を採用した遺影の父も、いつも以上に微笑んでいる気がしました。
 
なお、先日ご紹介したよう、浄土真宗は、お盆だからといって、御霊を迎え、お送りする習慣はないものの、皆で故人を偲び、生命のありがたさを思うことは同じ。
 
こうした機会を大切にしていきたいと思った次第です。
 
さて、お盆と重なって迎える今日の「終戦の日」。
 
戦後81年となった本日、すべての御霊安らかなれと心からの祈りを捧げます。
 
その上で、実は、日本対連合国諸国との間で戦われた大東亜戦争の国際法上の終結は、昭和26(1951)年9月8日に調印された講和条約が翌27年4月28日に法的効力を発効させた時を以て(もって)であり、これを真の終戦とすれば、今年で75年。
 
しかしながら、我が国の正規の国軍が死力を尽して戦った戦争は実質、昭和20(1945)年8月に終ったことから、本年を「戦後81年」と捉えることは妥当とされます。
 
振り返ってみますと、本年元日のブログで、自身の思いを「昨年、議会でも取り上げました『戦後80年』の節目を過ぎあらためて、先の大戦において、わが国の領土と国民の生命、財産を守るために戦った英霊、犠牲となったすべての戦没者戦災死没者に哀悼の意を表するとともに、こうした先人たちの命懸けの努力の上に今があることを胸に、次の時代に進まねばと思うところ」と述べています。
 
思いの根底にあるのは、祖国や家族を守るため命を懸けて戦った英霊や戦争の戦禍に倒れ命を失った、すべての先人たちの犠牲の上に今の平和があり、今の日本があるということ。
 
そしてもう一つは、「史実を踏まえない誹謗に気概を持って反論しなければ、自虐史観から脱することはできない」ことから、「大東亜戦争」など、史実に基づく戦争の呼称や「日本は何のために戦ったのか、戦わざるを得なかったのか」をしっかりと認識せねばならないとの思いであります。
 
なお、後段について、私は戦争を美化する考えは毛頭もなく、逆に戦争をしないため、恒久平和をいかに実現するかを根底からどう考えるかの視点に立っての記載であることをご理解賜りたく存じます。
 
そうして今日は、政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館で開かれます。
 
厚生労働省によると、事前に参列意向を示した遺族は3270人。
 
うち、戦後生まれは昨年初めて半数を超える53%だったのに対し、今年は1840人で56%に増えたとのこと。
 
こうして戦後生まれの参列が過去最多となる中、惨禍の記憶と教訓を次世代にどう継承し生かすか、その在り方が問われています。
 
天皇陛下は、戦後80年となった昨年のお言葉で「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」との一節を新たに加えられました。
 
「終戦の日」にあたり、このお言葉の意味を今一度噛み締め、「戦没者追悼敦賀市民の会」に参画するなど、自身も微力ながら尽力してまいる所存です。
 

【「終戦の日」の朝。敗戦から、この朝日のように立ち上がった先人の姿を忘れてはならない。】