敦賀市議会議員2期目の任期は最後の年に入ります

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【昨朝、散歩中に出会った風景】
 
今年もこの季節がやってきました。
 
昨日はあいにくの曇天ながら、水が張られた田んぼに映る野坂山。
 
以前から勝手に「逆さ野坂」と命名しているこの景色を見ると、不思議と気持ちは澄み、また生命力を感じるもの。
 
早いところでは、既に田植えを終えた田んぼもあり、実りの秋に向けて成長を始める小さな苗に、「ガンバってね」と心の中でエールを送ったところです。
 
さて、昨日は「吉継(よしつぐ)の日」であることをご紹介しましたが、今日は今日で私にとって節目の日。
 
その節目とは、敦賀市議会議員としての議員任期が始まった日であり、早いもので、本日をもって2期目も最後(4年目)の年に入ることになります。
 
節目を迎え、あらためて気持ちを引き締めつつこのブログを書いている訳ですが、これまで二度経験した選挙後にあった出来事で思い出すのは一つの新聞記事と1枚のハガキ。
 
一つ目は、1回目の市議選で“無競争当選”した後、とりわけ、私を含む8人の新人議員に対して「負託を受けていない者が議員をやっている」などと辛辣な声を掛けられる中で、大変励みになった福井新聞の読者投稿欄にあったひとつの記事。
 
目に止まったその記事は切り抜いて、今でも大切に保管しています(写真右)。
 
二つ目は、2回目の選挙で当選した後、自宅に届いた一枚のハガキ。
 
差出人を見るとなんと、一つ目にあった記事を投稿されたご本人のお名前があり大変驚いたことを思い出しますが、ハガキには、「トップ当選おめでとう御座います。誠実一路の結晶です。」「いつも山武ニュース読ませていただいております。」との嬉しきお言葉がありました。
 
感無量になった気持ちを、感謝の思いとともに書き留め、早速ポストに投函しましたが、それから3年が経過をし、当時のご期待に応えることはできているのかと、今もハガキを読み返したところです。
 

【7年前の切り抜き記事と3年前にいただいた1枚のハガキ】
 
平成最後の日から始まった議員任期も、2期目最後の年に入る今日。
 
選挙の投票は、「その候補者に次の4年に向けた希望を、未来を託すからこそ投じるのだ」と仰られた方がいました。
 
先般発行しました『やまたけNEWS(第28号)』の冒頭でも少し触れたことではありますが、7年前に贈っていただいた「政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える」の言葉とともに、その意味を胸に、残り1年も引き続き、「一所懸命」の思いで活動してまいります。

4月29日は「吉継(よしつぐ)の日」

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各種団体等の事務局的役割を務めている方にとって、この時期は定期総会や大会に向けた準備に追われる“繁忙期”ではないでしょうか。
 
かくいう私もその一人であり、政治活動と並行して、政党や市民団体などの総会議案作成や段取りを進めていますが、ポジティブシンキングでいけば、ひとつ一つ節目をクリアしていくことは楽しくも達成感を感じるところ。
 
名は伏せますが、昨日はそのうちの1団体の役員会にて大会議案書(案)をご審議、ご承認いただき、ひとつ安堵。
 
いま何が欲しい?と問われれば、迷いなく「時間!」と答えたい気持ちですが、限られた24時間をどう使うかは自分次第。
 
自己マネジメントを楽しみながら、日々過ごしていきたいと思います。
 
さて、長い人では最大12連休にもなろうかという今年のゴールデンウィーク(GW)。
 
その皮切りは、本日の国民の祝日「昭和の日」からとなりますが、こちらは元々「天皇誕生日」であったもの。
 
内閣府ホームページ「国民の祝日」を拝見するに、祝日法は、半年以上に及ぶ国会での審議を経て、昭和23年7月5日に成立し、同年7月20日に公布・施行。
 
祝日法の制定時に「国民の祝日」とされたのは、元日(1月1日)、成人の日(1月15日)、春分の日(春分日)、天皇誕生日(4月29日)、憲法記念日(5月3日)、こどもの日(5月5日)、秋分の日(秋分日)、文化の日(11月3日)、勤労感謝の日(11月23日)で、この九つの日を選定したことについて、当時衆議院の小川半次文化委員長は、法案の提案理由説明の中で、「新憲法の趣旨に副(そ)うべきこと」及び「国民大衆をあげて容易に納得し、参加し得べきもの」の二つを基準としたと説明しています。
 
なお、その後、祝日法は主に議員立法による改正が重ねられ、七つの「国民の祝日」が順次追加されるなどした結果、今日では、計16日の「国民の祝日」が定められているとありました。
 
時を経て、「天皇誕生日」から「昭和の日」となった今日の祝日法における意味は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」
 
「昭和100年」の節目を超え、今一度その意味の重みを感じる次第です。
 
また、こちらは“語呂合わせ”となりますが、「知る人ぞ知る」から「広く知ってもらいたい」との思いが募るのが、今日4月29日は「吉継(よしつぐ)の日」であるということ。
 
このブログで何度もご紹介している、最後の敦賀城主「大谷吉継」は、盟友石田三成とともに関ヶ原で戦い、悲運の死を遂げた「義の武将」として有名ですが、天正17(1589)年に敦賀の領主となった吉継は、敦賀を“城のある港湾都市”につくりかえ、これにより敦賀は京都・大坂に物資を供給し、朝鮮出兵など戦争のおりには兵粮、船、操船者を整える拠点としても機能することに。
 
江戸時代の敦賀湊の繁栄の基礎は、吉継の時代につくられたといえる、まさに、今の敦賀の礎をつくった偉大な人物なのであります。
 
ついては、語呂合わせとはいえ、この日を契機に、大谷吉継公のことをより多くの方に知っていただければと思うところですが、吉継ファンから親しまれる今日は、「つるがみなと山車(やま)会館」では、市内外の吉継キャラクターが大集合し、「吉継の日」を一緒に盛り上げてくれるとのこと。
 

【「吉継の日」チラシ(つるがみなと山車会館HPより引用)】
 
イベントの詳しくは、以下リンクよりご覧ください。
 
 →つるがみなと山車会館HP『2026年「吉継の日」特別企画「吉継大集合!山車会館でクイズラリ~」』はこちら
 
私もどこかの時間帯で山車会館に足を運んでみようと思っていますが、先の「昭和の日」の意味と掛ければ、「吉継の日」の今日は、
 
「激動の戦国時代を経て、発展を遂げた郷土の歴史を顧み、敦賀の将来に思いをいたす」
 
といった感じでしょうか。

食料品消費税ゼロ「できない理由を野党のせいにされても困ります」

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週初めの昨日は、粟野交番前交差点での街頭活動からスタート。
 
〜名月や北国日和定めなき〜
 
ブログをご覧いただいている方にはお分かりのことかと存じますが、松尾芭蕉(バショさん)が敦賀で詠んだこの句の意味を知ってからポジティブ思考が強まった私。
 
最も分かりやすいのは、悔やんでもどうにもならない天気のことを気にすることがなくなり、逆にそのコンディションでどう行動するかを楽しむ余裕を持つことができるようになったもので、それだけでも“バショさん”に感謝するところ。
 
そうした思いの中、雨模様の街頭活動も何のそので約30分間お話しした訳ですが、『やまたけNEWS』を発行した翌日だったからでしょうか?
 
いつもよりお手振りや会釈などをしていただける方が多く、わざわざウィンドウを開けて「ガンバレよ!」とお声掛けをいただくなど、本当にありがたい限り。
 
二十四節気で今は「穀雨」。
 
作物と同様、私にとっても「恵みの雨」になった次第です。
 

【多くのお声掛けなどありがとうございました】
 
さて、街頭では敦賀市政や市議会の模様、国民民主党の政策を中心にお話ししていますが、昨日取り上げたのは「食料品の消費税ゼロ」について。
 
現在、政府・与野党の協議体である「社会保障国民会議(以下、国民会議)」にて協議の土台に上がり、まずは専門家や市場関係者などからの意見聴取がされる段階において、「なんでそうなるの?」と思うことが。
 
それは、「食料品の消費税ゼロ」について与野党から慎重論が出ていると報道されていること。
 
どこを切り取ったらそうなるのかと首をひねるところ、「これはちょっとミスリーディングです」と異を唱えたのは国民民主党の玉木代表。
 
まさに「おっしゃるとおり」と、考えをともにする内容をXにポストされていましたので、以下そのまま引用します。
 
<4月27日 玉木代表のXポスト>
 
「食料品消費税ゼロ」について与野党から慎重論が出ていると報道されていますが、これはちょっとミスリーディングです。
 
今、「国民会議」で慎重な声をあげているのは、ヒアリングに応じていただいた現場の人たちです。国民会議では、まだ各党が意見を表面化する段階ではなく、業界団体、市場関係者、経済学者からのヒアリングが行われている最中です。
 
私からすれば、今になって、
・0%だと「非課税取引」か「課税取引でゼロ税率(免税)」かをシステムが区別できる仕様になっていないから税率を1%にしようとか
・外食や農家が仕入れ税額控除できなくなるため事務負担や税負担が増えるから慎重な対応が必要とか
・そもそも外食離れが進むのではないかとか
 
申し訳ありませんが、こんなことは初めから分かっていたことです。だから私は選挙中の党首討論などで問題点を指摘したわけです。当時、メディアはほとんど問題にしませんでしたが
選挙直後の代表質問でも「10の懸念」として明確に示しています。
 
それでも公約に掲げ選挙で勝利したのですから、政府・与党で法案を作って今国会に提出すればいいのです。
 
できない理由を野党のせいにされても困ります。
 
さらに、先日の有識者会議で、簡素な給付措置でも2〜3年、資産を正確に把握しようとすると4年以上かかるとデジタル庁から説明がありました。つまり、それまでの「つなぎ措置」として何らかの手立てを講じないと、数年間、物価高対策が何もないことになります。それでは国民は困ります。
 
国民民主党は、食料品消費税ゼロのこうした課題が分かっていたため、
 
「住民税減税+給付」
 
が最も早く実施できる物価高対策の一つであると選挙でも訴え、
 
また、消費税減税の財源が5兆円あるなら、食料品だけゼロより
 
「一律8%の減税+インボイス不要」
 
がベターだと提案してきました。
 
しかし、どうしても2年間の食料品消費税ゼロでやるのなら、政府・与党として責任を持って法案を提出してもらいたいし、そのためにも、まず、やるのかやらないのかの方向性だけでも出してもらいたいと思います。
 
国民民主党としては、国民負担の軽減につながる現実的な政策には協力していきます。
 
<引用終わり>
 
「批判するなら対案を持て」の国民民主党ですので、衆院選時からすでにこのような政策提言をしてきている訳ですが、当初懸念していたよう、「国民会議」の場を“できない理由づくり”の場にされては困ります。
 
なお、“困ります”の主語は、“国民が”であることを政府与党には重々認識いただきたいと思います。
 
選挙の際に、あれほどの「目玉」で掲げた公約、しかも歴史的な大勝をおさめたのに実現しないとなるとこれは問題。
 
高市首相はちょうど昨日の参院予算委員会で食料品の消費税ゼロについて、「先の衆院選で自民党の政権公約にも記載している。時間を要するシステム変更をできる限り早期に実施できる方法も検討しつつ、実現に向けて強い思いを持って取り組んでいく」と改めて意欲を示しましたが、今後どうするのか。
 
国民を前に、本気で美味しいニンジンを食べてもらおうと思ったのか、聞こえの良い“ニンジンをぶら下げた”だけなのか、与党、それに一部野党の真意はこれからの対応を見れば分かります。

国民民主党福井県連「第4回タウンミーティング」を開催しました

ブログ 政治

イベントが目白押しの今週末。
 
昨日は、所属する国民民主党福井県連の「第4回タウンミーティング」を開催しました。
 
場所は初の地元敦賀、敦賀駅交流施設オルパークの2階オープンスペース(休憩所)にて。
 
地元開催ということもあり、事前の準備から企画、そして当日の運営に当たりましたが、とりわけ昨日は早朝からの対応にも関わらず、敦賀市議会からは北條正議員、三田村りょう議員、高浜町議会からは小幡憲仁議員にお集まりいただき、嶺南勢で協力しながら会を進めた次第です。
 

【オルパークに設置した会場案内】
 
なお、Xをはじめ各種SNS、県内の党員・サポーターへは案内ハガキの送付など、事前の参加者募集も力を入れて行ったところ、この日の参加者は、会場での直接24名、オンライン5名、県連メンバー5名の計34名。
 
遠くは埼玉県や鳥取県のほか岐阜、石川から、オンラインでは敦賀出身の大学生や経済学者さんまで参加いただき、これだけでも嬉しい限り。
 
また、ゲストには、国民民主党内きっての“積極財政派”である「浜野よしふみ」参議院議員をお招きし、追加で席を準備するほどの盛況ぶりの中、いよいよ10時30分より開始。
 
小幡議員の司会のもと、冒頭、私から県連を代表して歓迎のごあいさつの後、アイスブレイクの時間を設けたところ盛り上がり、参加者同士すぐに打ち解けていただいた様子を、こちらも嬉しく思った次第。
 

【ご当地敦賀を代表し、私からは歓迎の言葉を】
 
その後は早速、浜野議員からの国政報告タイム。
 
まず、ご自身の経歴では、1回目は民主党から出馬。
 
第二次安倍内閣の時、結果して民主党が解党となり、今の国民民主党が結党されたのが2020年であったが、ほとんどが新立憲民主党に行き、新国民民主党に残ったのは15名(新立憲民主党は150名)。
 
政策の違いがあるため新立憲民主党には行けないと判断し、新国民民主党を立ち上げたものの、周りはこの政党はすぐ消えるぞとみんな思っていた中にあって、現在は国会議員53名の政党となっていると、所属政党の生い立ちから今に至るまでをご紹介。
 

【会場全体の様子】
 
次に、政策面では次のように述べられました。
 
◉30年余りにも及ぶ経済停滞を脱却すべく、アベノミクスで経済を再生させたいと頑張られた安倍首相が道半ばでああいう形になり、黒田日銀総裁が10年かけて銀行の日銀当座預金を増やし続けて金融緩和を狙ったが、物価上昇率は2%に達しなかった。
◉このことを石破総理、高市総理、黒田総裁に問い続けてきた訳だが、今の物価上昇はその種類が違い、インフレは“ディマインドプルインフレ”ではなく“コストプッシュ型インフレ”であり、それを突き抜けるために何をすべきかと登場したのが高市総理。
◉高市総理は、「日本列島を強く豊かに」「国民の皆さんの暮らしと未来の不安を希望に変えたい」と分かりやすい言葉を使い、選挙戦では、全国各地でご当地ネタをかませて圧勝したものの、掲げる「責任ある積極財政」は正直はっきりしない。
◉多くの議員がそのことについて質問しているが、明確な答えはもらえていない。
◉マスコミは過去最大の予算額(122兆円)というが、中身についてどこまで“積極財政”になっているかは触れない。
◉R7とR8の予算を比較した場合、結果的には1.8兆円の緊縮予算となっていて、現状高市内閣は“積極財政を行っていない”。
◉R8は石破内閣が作った予算なので、緊縮財政。高市政権で注目するのは6月の骨太の方針になる。
 
ご自身の“積極財政”に関しては、
 
◉中野剛志氏の書籍を読み漁ったり、ご本人とも親しくなった。
◉世に出回っているお金は根源的にどのように回っているのか。
◉銀行が貸し出しをする→預けた貯金が貸し出されると思い込んでいたが、銀行が企業に融資する際、通帳にお金を書き込むだけ→万年筆マネー(昔)で今はタイピング1つ。
◉お金が生れる根源は、「民間がお金を借りる」「政府が国債を発行し、支出する」の2つしかなく、これは考え方の問題ではなく、実態として行われているもの。
◉この2つのルートで作られたお金が世の中を還流しているので、「国債=悪」という認識は間違い。
◉国債を政府が全部返してしまうと世の中のお金が消えてしまう。この考え方が世の中に浸透していない。
◉財政健全化目標(プライマリーバランス黒字化)を推進し、自社株買い禁止を解禁、株主に有利にしたが、これは半年ほどで議員立法にて自民党が決めてしまったこと。
◉このように、従前の考え方を変えないと日本は立ち直れない。
 
と熱を込めてお話しいただきました。
 

【熱弁いただいた浜野よしふみ議員】
 
その後、各グループから挙げられた質疑タイムでは、以下のようなやり取りがありました。
 
◉中東情勢への対応に関しては?との問いに対し、モノと人は限界があるがお金に関してはそれがない(正確にはあるが)。企業に徹底的にお金を使って投資をしてもらう必要がある。
◉今後この積極財政が党是となる可能性はあるか?については、まだ党内で議論したことがないが、党としては既に、毎年5兆円の教育国債を発行することを政策化しているので、それは同じ意味ではと思っている。
◉国民民主党内で積極財政が浸透しないのはなぜか、何が原因か?に対しては、党内というよりも、全体的に見てこれを唱える経済学者、国会議員はごく少数。経団連も、メディアも、連合も然り。
 
このように質疑の時間も含め、大変熱気あるミーティングとなりましたが、実は先ほど、埼玉からも参加と申し上げた若いその方は、浜野議員が「推し」とのこと。
 
本年3月17日の参議院予算委員会で高市総理、片山財務大臣に、「総理の積極財政、ズレてませんか?」と迫った質問がYouTubeやネットの世界で広く拡散され、「浜野推し」が増えていることは間違いなく、以下にその際の質問をリンクしますので、ぜひ皆さんにもご覧いただきたく思います。
 

 
 →YouTube 浜野よしふみチャンネル『総理の積極財政、ズレてませんか?【国会レポート】』はこちら
 
会の結びには、国民民主党福井県連より、活動紹介と今後の取り組みについてお伝えし、引き続きのご支援とご協力を呼びかけ終了とした次第。
 
ミーティング中、私はオンライン担当でパソコンを抱えながらの対応でしたが、Zoomで参加いただいた方からも「私も浜野議員“推し”です」や「良い機会を提供いただきありがとうございました!」と嬉しいお声がありました。
 
あらためて、派手さはなくとも、こうして地道に対話を重ねることが、政策を知っていただくことにつながることと感じる一日となりました。
 
重ねての御礼となりますが、タウンミーティングに参加いただいた皆さま、誠にありがとうございました。
 
次の第5回もお楽しみに。

「第97回 福井県中央メーデー」が開催される

ブログ 働く仲間とともに

先ほどは「やまたけNEWS(第28号)」発行のご案内をいたしました。
 
実は、今回の「ちょっと、ひとこと」(裏面最後)は、“勇気を振り絞って”書いたもの。
 
文面からお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、理由は「共家事の実践」を宣言していることであり、公言したからには“有言実行”でなければならないとの覚悟をもって書いた次第。
 
と言いつつ、早速昨日は、妻から頼まれたことすら忘れてやっていないという失態を犯してしまいましたので、気を引き締めて(笑)、ポイントを“楽しみながら”に置き実践してまいります。
 
さて、「共家事」の意味は、広く捉えて少子化・人口減少対策に加え、女性活躍推進や男女平等参画社会にもつながると思い、皆んなで取り組むことを呼びかけたところですが、こうしたことを社会運動として取り組んでいるのが労働組合であり、日本におけるナショナルセンターである「連合」。
 
その地方連合である連合福井では昨日、「第97回福井県中央メーデー」を開催し、多くの参加がありました。
 
なお、本来5月1日のメーデー(May Day)は、古くからヨーロッパでは「夏の訪れを祝う日」とされ祝日とされてきた一方、低賃金と長時間労働に苦しめられていた米国の労働者がゼネラルストライキ(全国的な規模で行われる労働争議)を行ったのが1886年の5月1日であり、翌年以降も同日にゼネストを実施。
 
この動きが世界の労働組合に広まり、1890年5月1日に「第1回国際メーデー」が多くの国で開催され、これが今に続く「労働者の祭典」としてのメーデーの起源となっています。
 
日本では、1920年5月2日に第1回メーデーが東京・上野公園で開かれたものの、第二次世界大戦中は政府により開催を禁止。
 
戦後、労働組合の活動再開とともに再び開かれるという変遷を経て、現在では、米国の労働者が労働条件の改善を訴えたその想いを受け継ぎつつ、働く仲間とお互いをねぎらい、たたえ合いながら、家族や地域の皆さんにも楽しんでもらえる一大イベントとして世界中で愛されています。
 
そのメーデも今年で「97回目」。
 
「福井県中央メーデー」は、福井・丹南・嶺南の3会場をオンラインでつなぐスタイルで、福井会場には石田嵩人(たかと)知事をはじめ、嶺南会場(敦賀:プラザ萬象)には、米澤敦賀市長、杉本小浜市長、渡辺若狭町長がご隣席のもと開催されました。
 

【嶺南会場入口の看板(プラザ萬象にて)】
 
式典の最後「メーデー宣言」では、1920年の第1回メーデー開催以降、私たちは、労働者の地位や労働条件の向上にとどまらず、人権や労働基本権の確立、民主主義の発展、恒久平和の実現を訴え続けてきたこと。
 
昨今、激甚化・頻発化する自然災害に対し、防災・減災の取り組みを一層強化するとともに、支え合い・助け合いの輪を広げていくことや、国際社会においては対立と分断が進んでいる中で、すべての働く仲間との連携を強め、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現を目指し、平和運動を力強く進めていくこと。
 
すべての働く者の暮らしの向上にこだわり、2026年春季生活闘争を展開しているが、物価高の長期化により個人消費は低迷し、格差の拡大と貧困層の増加が深刻しており、賃金の底上げや格差是正、適切な価格転嫁、適正な取引を実現し、経済の好循環を確かなものにしなければならないことなどが確認されました。
 
結びには、「対話と連帯で築く、平和で笑顔あふれる未来!真の働き方改革で、安心して暮らせる社会を!」とのメーデースローガンをもって、宣言が採択されました。
 
また、式典に続く「嶺南地区メーデーフェスティバル」では、米澤敦賀市長からのご挨拶の後、ステージイベントや各種ワークショップ、キッチンカーなどが開催され、訪れた各労組組合員の皆さん、ご家族が楽しまれる様子を微笑ましく感じたところです。
 

【例年同様、最後に行われた「わくわく抽選会」の熱気は凄かったです】
 
結果、会場では様々な方とお話しでき、私にとっても大変有意義な一日となった訳ですが、先の「メーデー宣言」にあったのは、「働く者・生活者を優先する政治・政策の実現を求める」との言葉。
 
政治の面ではまさに、真に働く者・生活者目線で政策・制度実現に取り組んでいるのは国民民主党であるとの自負がありますが、引き続き、連合の皆さまと連携を図り、自身の活動、そして政党活動に励んでまいります。
 
こうして昨日は、歴史あるメーデーの意義を思い返すとともに、労働者の地位向上や目指す社会の実現に向けた、政治が果たす役割の大きさを今一度胸に刻んだ次第です。
 
結びに、嶺南地区メーデーフェスティバルを主催されました、第97回嶺南地区メーデー実行委員会の皆さま、大変お疲れさまでした。
 
イベントの成功を祝うとともに、今後ますますの連携をお願いいたします。

【お知らせ】『やまたけNEWS(第28号)』を発行しました

ブログ 活動報告

本日『やまたけNEWS(第28号)』を発行しました。
 
敦賀市内は、本日の各朝刊に新聞折込みしていますのでご覧ください。
 

【本日の広告は少な目で安堵(笑)。町内、関係各所へは順次お届けいたします。】
 
また、新聞購読されていない方や市外にお住まいの方におかれましては、ホームページ(トップ画面の最下欄)にPDF版を掲載していますので、以下リンクよりご覧いただければ幸いです。
 
 →「やまたけNEWS(第28号)」はこちらから
 
なお、ご質問やご意見がございましたら是非お気軽に、連絡いただけますようお願いいたします。

KAKKIN福井「エネルギー施設視察研修(2日目)」〜中国電力 島根原子力発電所を視察〜

ブログ 原子力

前日の雨から一転、島根県松江市は青空が広がる気持ちの良い天気に。
 
昨日のブログでお伝えしたよう、KAKKIN福井「エネルギー施設視察研修」は2日目を迎え、メインイベントと言える中国電力 島根原子力発電所を視察してまいりました。
 
一行は、ホテルを8時30分に出発し、バスにて直線距離で約8kmの発電所へ。
 
市街地から発電所へと向かう道中、遠くに松江城を望む風景に、城下町として育んできたであろう歴史に思いを馳せたところです。
 
視察に関しては、まず島根原子力館に。
 
バスでかなり登ったと感じましたが、それもそのはず原子力館の海抜は150m。
 
島根原子力発電所はもちろん、日本海や宍道湖(しんじこ)、城下町松江の街並みを一望できる位置にある、一風変わった形の建物は、島根出雲の社(やしろ)をイメージして建てられたそう。
 
早速ホールにご案内いたくと、正面のスクリーンに映し出された「歓迎 KAKKIN福井の皆さま」「ようこそ島根原子力館へ」の言葉が嬉しい限り。
 

 
館長代理ならびに発電所より総務担当の方に対応いただき、まずはじめに、島根原子力発電所の状況や安全性向上対策などについてご説明いただきました。
 
説明では、島根原子力発電所は日本で5番目の原子力発電所として島根県松江市鹿島町に建設され、1号機は、国産第1号として1974年3月に営業運転を開始し、2015年4月30日をもって営業運転を終了、2017年7月から廃止措置作業に着手しています。
 
また、2号機は1989年2月に営業運転を開始し、東日本大震災以降、約13年の時を経て、昨年1月10日に営業運転を再開。
 
本年2月より、約7ヶ月を掛けての第18回定期事業者検査を実施中。
 
さらに、改良型沸騰型(ABWR)の3号機は、2006年10月より建設工事を開始し、建設としては終了。
 
現在は、新規制基準適合性審査中で、中国電力としては2030年の稼働を目指すとありました。
 
このように、ステップの異なる3つのプラントを保有しているのは、全国でも島根原子力発電所のみかと思いますが、まさに原子力発電所の“生涯”、そしてまた“新たな一生”が始まろうとしているものと、感慨深く思った次第です。
 
その後、原子力館内をご案内いただき、いざ発電所構内へ。
 

【原子力館内の1シーン】
 
これは全国どの発電所でも同様ですが、厳重な出入管理のもと入構し、今回はバスの車中から構内をご説明いただく形。
 
なお、出入管理所から発電所までも広大な敷地であり、火災の延焼防止対策として、後背斜面(山)にコンクリートで固めた緩衝帯は約5kmに及ぶと聞き驚いたところ。
 
ようやく見えた発電所は3基ともに、淡いイエローとブルーの縦ストライプに統一され壮観。
 
途中、高台にバスを停め、構内全景、防潮堤や3号機で進められる安全性向上対策などについて説明を受けました。
 
構内は写真撮影が禁止されているため、視覚でお見せできないのが残念ですが、大型クレーンが立ち並ぶ中にあって、見るからに整理整頓がされた現場は、しっかりとした品質と安全管理が徹底されているものと、ここは元保修員としての直感として感じたところです。
 
また、福島第一原子力発電所事故を踏まえ、電源車などの配置は言うに及ばす、電源に関してはガスタービン発電機3基(発電所とは地中ケーブルで接続)を設置するほか、水源については、トラブルが発生した際に必要な水量に十分な余裕を持たせた約5万トンを貯水槽などに保有しているとあり、独自の安全性向上対策が講じられていることも知れた次第です。
 
こうして発電所構内の視察を終え、出入管理所を出た後は、運転員のシュミレーター訓練施設を見学。
 
原子力館近くに設けられた訓練施設には、2号機用、3号機用のフルスコープ(実機と同じ制御盤)シュミレータがあり、この日は両方にて運転員が訓練する姿が。
 
とりわけ3号機用は、ABWR特有の大型ミミック盤で、プラント全体の状況が一目で分かるもの。
 
ちょうど、プラント「スクラム」、「タービントリップ」状況を模擬しての訓練中で、けたたましく鳴る警報の中、冷静に計器などを読む運転員の姿が印象に残りましたが、聞くところによれば、3号の所有はまだ、建設メーカーである日立のものとのことで、実際、現在の制御室には、日立の技術者2名と中国電力の方2名で監視をしているとのこと。
 
この先にある、新設プラントとしての「稼働」に向けて、今の段階から訓練を積む姿を頼もしく思うとともに、心の中でエールを送った次第です。
 
視察はこれですべての行程を終え、原子力館へ。
 
全体を通しての質疑では、私からも2点ほど質問いたしましたが、最後まで大変丁寧に対応いただいた中国電力の皆さまに心から感謝申し上げます。
 
最後、バスに乗車する前に、急ぎ撮影した写真はこちら(ここからの撮影はOKとの確認を得て)。
 

 
右から1号機、2号機、左手にある3号機は残念ながら隠れていますが、この3プラントを大切に、管理運営にあたっておられるすべての方々に敬意を表します。
 
そして、「いかなる国の核兵器、核実験に反対するとともに、原子力の平和利用を推進する」との理念をともにするKAKKIN福井の皆さま、大変お疲れさまでした。
 
視察で得たことを糧に、私自身、今後も積極的に活動に参画してまいります。

KAKKIN福井「エネルギー施設視察研修(1日目)」〜島根県防災部と原子力防災について意見交換〜

ブログ 原子力

昨日より、KAKKIN福井の「エネルギー施設視察研修」に参加。
 
島根県松江市に来ています。
 
なお、聞きなれないかと存じますが、略して「KAKKIN」と称する「核兵器廃絶・平和建設国民会議」の設立経過については以下のとおり。
 
核兵器廃絶運動に関しては、1954年3月1日に発生した第五福竜丸ビキニ被災事件の後、日本国内での原水爆禁止に向けた機運の高まりを受け、原水爆禁止署名運動全国協議会が結成され、全国で2000万もの署名を集めたものの、早々に共産党がこの運動を仕切るようになり、その活動は本来の趣旨から外れた反米闘争強化路線となり問題視。
 
そのような状況下の1961年11月15日、核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議)は「いかなる国のいかなる理由による核兵器も許さない」「特定政党および政治勢力の干渉と支配を受けない」「人道主義を基調とする」という立場に立つ学者・文化人・民間団体・婦人団体・労働組合等が結集し「再び核兵器が使用されることのない平和な社会の建設」を目指し結成。
 
そして、2014年1月に、名称を「核兵器廃絶・平和建設国民会議(KAKKIN)」と変更して今日に至っています。
 
・自由と民主主義を育て、守り、人間の尊厳を最重視する。
・社会正義の追及によって公正、安全な社会の実現を目指す。
・左右の全体主義に反対し、特定イデオロギー及び政治勢力の支配をうけない。
・いかなる国の核兵器、核実験に反対するとともに、原子力の平和利用を推進する。
・平和建設の意思を堅持し、日本の平和、世界の平和に寄与する。
 
の運動理念を掲げ、運動を推進しているKAKKINに、私も以前から考えをともに活動に参画する次第であり、今回の研修にも参加した次第です。
 
エネルギー施設視察研修に関しては、福井県各地からの参加者17名。
 
朝、福井を発ち、岡山乗り換えで特急やくもに揺られて約6時間(敦賀から)。
 
近そうで遠い、島根県松江市には午後3時前に到着。
 
その後早速、島根県議会議事堂別館に移動し、原子力防災に関する意見交換会を開催。
 
島根県からは県防災部長、防災部原子力安全対策課 原子力防災対策室長にご臨席いただき、まずKAKKIN福井から福井県内の原子力施設の動向について説明した後、島根県からは島根原子力発電所の再稼働に至るまでの経過や原子力防災に関する取組状況についてご紹介いただきました。
 

【意見交換会にて配布された資料】
 
機微な内容もあるため、詳細に触れることは控えますが、日本で唯一、県庁所在地に原子力発電所がある島根県。
 
島根原子力発電所と県庁は直線距離で約8kmにつき、何かあっても短時間で移動が可能なことから現地事務所は置いていないことや、人口60万人の県でUPZ(5〜30km圏内)圏内の約45万人が避難をするためには他県に受け入れていただくことが欠かせないと、早い段階から隣県と連携を図ってきたなどのお話が印象的でした。
 
そうした関係から、例えば鳥取県や鳥取県側の周辺2市と中国電力が結ぶ安全協定についてもやや特異的な事項(立入調査の実施や原子炉の運転停止を含む「適切な措置」を講ずることを求めることができる等)があったため、質疑の時間では私から質問したところですが、極めて高度な協議、調整の上で得た結果とのご回答に納得。
 
その他にもKAKKIN福井のメンバー側から積極的な質疑もあり、有意義な機会になった次第です。
 
大変お忙しい中、また丁寧にご対応いただきました島根県防災部の皆さまに心より感謝申し上げます。
 
ありがとうございました。
 
あいにくの雨につき、日本夕日100選に選定されている宍道湖の景色は見れませんでしたが、昨晩は松江市に宿泊し、本日は島根原子力発電所を視察することになっています。
 
懸命な努力によって再稼働を果たした2号機をはじめ、稼働を待つ3号機を有する同発電所。
 
昨日同様、今日もしっかりと視察してまいります。

「誤解を招きかねない」ため削除されたSNS投稿

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山に海に、敦賀は本当にいいまちだなぁと感じるのがこうした風景。
 
写真は昨朝、名子での辻立ちポイントから撮影したものですが、朝日に照らされる敦賀湾は大変美しく、心洗われる気分になったところです。
 
辻立ちでは、敦賀半島の各原子力施設に向かう通勤のお車、市街地方面に走る西浦地区にお住まいの多くの方々よりお手振りなどいただき嬉しい限り。
 
気づけば、この場所でのあいさつ活動もこれで8年目に入りました。
 
一緒に活動いただける仲間への配慮から、悪天候の時はやらないという“緩さ”ではあるものの、引き続き継続する所存です。
 
また、最近では、こうした活動の様子を動画でも発信しているところですが、これが難しい。
 
昨日もショート動画をYouTubeやTikTokなどの各種SNS媒体に投稿しましたが、第三者視点で見ると面白みがないという…。
 
決して“バズらせる”ことは考えていないものの、関心をもって見てもらえるような工夫はすべきと思うことから、日々実践の中で改善を図りながら、チャンネルを充実させていきたいと思います。
 

 
(参考)以下リンクより、YouTube「やまたけチャンネル」の登録をお願いします。
 
 →「やまたけチャンネル」の登録はこちらから
 
さて、議員のSNS活用に関しては、普段から自身の活動や政治への関心を高めてもらうため、もはや欠くことのできないツールであることは言うに及ばずですが、時に最近では、国政選挙はもとより、地方選挙においても地上戦とのいわゆる“ハイブリッド戦”の手段として使われることから、そのスキルを高めておく必要があるもの。
 
一方で、公職選挙法(以下、公選法)に定められた、使用に関してのルールを順守することなくば無法地帯となってしまうことを危惧する訳ですが、22日に掲載された福井新聞の「ふくい特報班」(ふく特)に寄せられた内容を見ると、福井県の坂井市長選と同市議選が投開票された4月19日、SNSに投稿されたものに以下のものがあったとのこと。
 
<投稿された内容>
「坂井市市長選挙投票締め切りまであと1時間です。かなり僅差となっています。まだ、投票されていない方の投票で当選が左右される可能性があります。まだの方是非投票お願いします」。
 
ふく特に情報提供があった投票日のSNS投稿は、市長選に立候補した某候補の動画とともに、投票を呼びかける文言がつづられており、現に投稿したのは、この候補の陣営スタッフの一人であったとのこと。
 
公選法では、投票日当日の(0時〜午後8時まで)SNSで特定の候補者への投票を呼びかける行為はもとより、”いいね”やシェア、リポストなども禁じられていますが、記事によれば、自身のアカウントに個人の判断で発信したもので、「最後の最後まで知人に応援を呼びかけたかった」とのこと。
 
現在は削除しており、公選法のルールについて「認識不足だった」と釈明したとありました。
 
また、市長選に出馬した他の候補もX(旧ツイッター)上で、こちらも「誤解を招きかねないため、すぐに削除した」とするも、投票日の早朝に「坂井市長候補、●●(候補者の実名)です。有権者の皆様、大切な1票。投票をお忘れずに!」とのコメントを投稿。
 
県選挙管理委員会は公選法の規定を説明した上で、「選管が個別の事案を判断する権限はない。違法性があるかどうかは警察が判断することになる」としており、結果して、これら陣営や候補の取った行動がどうなるのか分かりませんが、さすがに候補自らが自分の名を語って投票を呼びかけては、「誤解を招きかねない」は通用しないと思う次第です。
 
いずれにしても、SNSは大変便利なツールでありますが、拡散性が強いXなどは特に、一歩間違うと炎上などを含めて様々なリスクが存在するもの。
 
先に、自身の投稿を「面白みがない」と述べましたが、ここでいう「面白さ」とは、炎上覚悟やリスクを冒してまでということではなく、決められたルールや社会通念上「真っ当」と思われる範囲の中でのことであり、その点が緩むことのなきよう、今後も活用していく考えです。

最も決定的な要因とは「人間の意志」である

ブログ 政治

米国とイスラエルによるイラン攻撃は開始から2カ月が経過しようとしていますが、米エネルギー情報局(EIA)が「世界で最も重要な石油輸送のチョークポイントの一つ」と位置付ける“ホルムズ海峡”は、いかに海上交通の要衝であるかを痛感するところ。
 
この戦闘に関しては、21日にトランプ米大統領がイランとの停戦延長は「望まない」とCNBCテレビに語るなど、未だ混沌とした状況にある中、13日の電気新聞“でんき論壇”に非常に興味深い記事が。
 
『「台湾有事」におけるエネルギー供給リスクとは』と題したこの記事でまず注目するのは、ホルムズと同じ“海峡”について。
 

 
記事で引用されていた、背筋に汗が流れるこの図は、米海軍情報部が2015年に公表した、中国人民解放軍(PLA)の海洋領域における軍事力の拡大を示したイメージを筆者著『海洋戦略論』で引用したもの。
 
図のとおり、2015年の時点でPLAの弾道ミサイルや潜水艦の威力圏は南シナ海やフィリピン群島海域の大半をカバーしており、そこからさらに10年以上が経過し、PLAの作戦能力は一層拡大し、フィリピン東方や日本の本州南方、あるいはインドネシア・豪州周辺海域におけるPLA海空軍の演習や作戦行動は常態化していること。
 
また、“海峡”に関して言えば、いわゆる台湾有事が長期化した場合、台湾島および南シナ海の大半、そしてバシー海峡は戦域となって民間船舶の航行は非常に困難となり、このことは日本が事態にどこまで関与するか否かは関係なく、第三国の民間船舶に対する攻撃は国際法上違法であるが、1980年代のイラン・イラク戦争(タンカー戦争)やウクライナ戦争における黒海での穀物運搬船舶への攻撃、そして現在のホルムズ海峡の状況をみれば、国際法上違法であったとしても無差別な武力攻撃のリスクは常に存在する
 
従って台湾有事に際し一般的にオイル・ルートとされるマラッカ海峡~南シナ海~バシー海峡、「マラッカ・ルート」は事実上閉鎖されるとみなすべきであり、スンダ・ロンボク海峡など迂回路を確保する必要があると筆者は指摘していました。
 
確かに日本はLNGをほぼ輸入に依存し、2023年の税関統計によれば約43%を豪州、約19%を南シナ海に面したマレーシアおよびブルネイの油田から輸入しているほか、パプアニューギニアやインドネシアから10%強を輸入しており、前述したマラッカ・ルートが事実上閉鎖されるのであれば、マレーシア・ブルネイからのLNG供給は非常に困難となり、可能であっても大幅な迂回路を経由することで価格の高騰を招くであろうことは、日本のエネルギー安全保障に直結すリスクと理解する次第です。
 
そして、もう一つ注目したのは、「人間の意志の問題である」との言葉。
 
冒頭述べたよう、米国・イスラエルとイランの軍事衝突が長期化するか否かは分からないものの、一方で2022年2月に始まったウクライナ戦争はすでに4年が経過し、その終結は全く見込めない状況にあること。
 
歴史を振り返れば、太平洋戦争やソ連がナチス・ドイツと戦った大祖国戦争が4年弱で終結したことを考えれば、この戦争がいかに国家と国民を消耗させるのか、ということを伺い知ることができ、筆者を含めた軍事・安全保障の実務者や研究者の多くは、21世紀にこれほどの長期消耗戦が欧州において生起することを予見できなかったが、なぜこうした消耗戦が長期化しているのか、と問われたならば、重要な答えの一つは「人間の意志の問題である」、といえる
 
侵攻当初、せいぜい数週間で戦闘は終結すると見込んでいたロシアの政治・軍事指導者の目論見(もくろみ)は侵攻初日のゼレンスキー大統領はじめウクライナ政治指導者たちの「我々はここにとどまって戦う」というインスタグラムの動画によって完全に覆され、戦略環境は瞬時に激変した。
 
現代の世界においても戦争の帰趨を決する最も決定的な要因とは「人間の意志」である、ということをウクライナ戦争は改めて示したといえる、との考えに至極納得。
 
当たり前と言えばそうなのですが、米国・イスラエル、イランの首脳それぞれの思惑のもと、意思の探り合い、ぶつかり合う状況を鑑みれば、一層説得性が高まるところ。
 
ここからは記事にありませんでしたが、想定される台湾有事が「人間の意思」によって長期化した場合、先にあった安全保障上の大きなリスクを抱える日本側の「人間の意思」はどうなるのか、いやどうするのか。
 
有事を現実のことと見据え、直面した時の人間、言い換えれば「国家」の意思のあり方、意思決定のあり方をシュミレーションしておくことが極めて重要と思う次第です。

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