嶺南全体がひとつになって取り組むためには

ブログ まちづくり

このブログでも度々ご紹介している「嶺南未来構想会議」。
 
嶺南の将来構想を考えてみようと集まった嶺南6市町の議員と行政職員の有志の会ですが、この約10ヶ月、行動あるのみで活動を続けてきており、自らの会合を始め、まずは「知ること」と6市町の総合計画をヒヤリングに各役所に伺ったり、まちづくり団体の皆さん等に将来構想案をプレゼンしたりする中で、様々な気づきやご意見なども頂戴してきたところ。
 
昨日は「知ること」の一環で、「福井県嶺南振興局」、「嶺南広域行政組合」にお伺いし、それぞれの役割や事業の詳細についてお伺いすることができました。
 
嶺南振興局さんにおいては、県の総合出先機関という役割を持ちつつ、福井県長期ビジョンでも「若狭リフレッシュエリア構想」や「嶺南Eコースト計画」にあるよう、杉本知事ご自身も「嶺南はポテンシャルが高い地域」として施策を掲げていることも踏まえ、文字通り嶺南の振興(盛り上げ)に向け、局長権限予算も付加し各市町とも連携し取り組みを進めているとのこと。
 
意見交換する中で、6市町に「横串」を通していくことも振興局の役割であるとの言葉が印象に残りました。
 

 
また、嶺南広域行政組合さんにおかれては、元々はJR小浜線の電化計画を契機として、当時「鉄道整備促進基金の設置管理業務」を共同処理すべきとして設立された背景の中で、嶺南地域の公共交通機関の利用促進や有害鳥獣処理施設の管理、地域の活性化推進などの事務を遂行されており、こちらは法の位置付け的にも6市町で共同処理すべき事業を進めていく役割。
 
ここでは、6市町の声も踏まえつつ、「点を線」で結び、嶺南全体が一緒になって取り組めることもやっていければとの言葉がありました。
 

 
それぞれ詳細な事業内容もお聞きし、質疑等もさせていただく中で大変多くのことを知ることができ、自分自身の理解も深まった訳ですが、これまで6市町を回らせていただく中で行政サイドの皆さんと思いを共有できた「嶺南全体で何かやっていかなければならない」、「やっていきたい」との思いはここでも同様に確認することができました(振興局さん、広域行政組合さんは、それが役割でもあるとはいえ・・・)。
 
北陸新幹線敦賀開業、その先の小浜開業はもちろん視野に入れつつ、コロナ禍によってリモートワークやサテライトオフィスなどで田舎に目が向けられようと、根っこにあるのは人口減少社会であることからすれば、約13万人の嶺南各市町同士で競い合ったり、パイを奪い合うのではなく、エリアとして人を呼び込むことや(定住・交流問わず)、行政事務の共同化により人的にも財政的にも効率化を図ることは極めて重要なことと考える次第。
 
行政の皆さんからすれば「そんなことは分かってる」ということかと思いますが、では何故二の足を踏むのかというと、そこには各市町の壁、市町内でも各部局間の壁があるからということに他ならないと、ここまでのヒヤリングの中で肌感覚として感じているところ。
 
首長さんもそれぞれお考えがある中で誰が音頭取りするのかや負担金割合(財源)はどうするのかなどが絡んでくれば、これは知恵の輪を解くような難解なことかもしれませんが、近い将来そうしたことが必ず課題になってくることを思えば、今からあちこちにある壁を少しずつ低くしていく(ぶっ壊すなどと乱暴なことは言いません)ことが重要なことと考えます。
 
ではどうして実現していくのかといえば、嶺南未来構想会議自体がそうであるように、まず必要なことは「人も地域も、互いを知り、つながる」ということに尽きるのかと。
 
言い換えると「互いの良いところ」を知れば、連携や期待する相乗効果を必然的に考えるようになるのではと考えるところです。
 
「敦賀市議なんだから、まずは自分のまちのことをしっかりやれ」とのお叱りもあろうかと思いますが、「他利は自利」とも言いますし、嶺南全体が発展することは敦賀の発展ともイコールな訳ですのでその点はご容赦いただき、敦賀のことに嶺南のことを重ね合わせて、引き続き「つなぐ」ことの重要性をもって活動にあたりたいと考えます。

介護に関しても「ほっとけんまち敦賀」

ブログ まちづくり

胸が苦しくなるような出来事というのはそうそうあるものではありませんが、私の中でこの事件はそのひとつ。
 
それは、一昨年11月、敦賀市の住宅で介護する同居の夫と義父母を殺害したとして殺人の罪に問われた女性(72)の事件。
 
本件に関しては、義父母らの介護負担などから将来を悲観した女性が心中を決意したとされ、弁護側は、心神耗弱状態だったとして刑事責任能力を争う姿勢を示すとともに親族3人が証人として出廷した公判では、被告への処罰感情について、いずれも「処罰を望んでいない。助けてあげてほしい」と寛大な判決を求めていたところ。
 
その裁判員裁判の判決公判が昨日福井地裁で開かれ、裁判長は完全責任能力を認め、懲役18年(求刑懲役20年)を言い渡しました。
 
以前の新聞記事では、親族3人は被告について、「明るく皆んなに好かれていた。何でも出来る人で、皆んなが頼っていた」と説明。
責任感が強く、介護に関しても強く助けを求めることがなかったと振り返り、「(被告なら)大丈夫だと思ってしまっていた」「頼り過ぎていた」「SOSに早く気付けていたら」と話されたとあります。
 
また、被告の負担を減らそうと、親族らが義父母のショートステイ利用を促すも被告が渋ったり、一層の手伝いを提案するも断ったりしたことがあったことの理由については「責任感の強い性格からでは」との指摘があったともあります。
 
勿論、3人もの命を奪ったことの罪は拭えないものの、同居する自分がやらねばとの思いが心の逃げ場を無くし、自身を追い詰めたことの結末が事件となったと思えば尚のこと、私自身としては情状酌量ある判決を望んだものの先に述べたような結果。
 
女性並びに親族の心中を思うと痛堪れない気持ちになりますが、事実として一旦受け止めておきたいと思います。
 
これに関連し、少子高齢社会に突入している中で、社会的にも1人で2人以上を介護している「多重介護」や高齢者同士が介護する「老老介護」などの割合が増加しているところでありますが、敦賀市内における「多重介護」世帯は、一昨年10月のケアマネジャーを対象とした調査においては「189世帯」あるとのこと(令和2年9月定例会の一般質問答弁より)。
 
敦賀市においては、これまでも介護や認知症に対する制度を拡充するとともに、長寿健康課を始めとする職員さんが思いを込めた献身的な取り組みをされていることを私としては大いに評価をしている訳でありますが、こうした多重介護、とりわけ冒頭述べた市内での事件を踏まえ、昨年8月からは「家族介護者負担軽減事業」を実施しているところです。
 
せっかくの機会ですので、令和2年9月定例会の一般質問での福祉保健部長答弁を引用し、本事業の内容についてご紹介します(以下の通り)。
 
========================================
家族介護者負担軽減事業について御説明をまずさせていただきます。
家族介護者負担軽減事業は、高齢化の進行、家族形態の変化などにより多重介護の増加等、介護の形態も変化している中、介護者が負担を抱え込まず在宅介護が継続できるよう、介護者の身体的、精神的負担を軽減する目的で今年8月より実施しております。
家族介護者負担軽減事業には、介護者同士の集いの場、介護やすらぎカフェと、訪問型サービス、介護やすらぎ訪問があり、市内の5つの事業者、団体に委託して実施しております。
介護やすらぎ訪問につきましては、2人以上の方を在宅で介護している介護者自身が少しでも休息時間をつくりストレス解消につながることを目的に実施いたします。
1枚当たり1時間利用できる年間24時間分の助成券を使用して、無料で健康相談や家事援助等の訪問サービスを受けることができます。
このサービスの利用に当たりましては、市役所の長寿健康課のほうに申請書を出していただくという形になります。
その際には、担当しているケアマネジャーさんにお願いして市役所のほうで申請をしていただくことも可能だと思っております。
この事業につきましては、先月より開始したばかりでございますので、利用を希望される方はお気軽にお問合せいただき、積極的な御利用をお勧めしております。
========================================
 
目的にある通り、何らかの形で、介護者が負担を抱え込まず在宅介護が継続できるよう、介護者の身体的、精神的負担を軽減することは極めて大事なことであり、市においては「介護予防・生活支援サービス協議会」での議論や各地区での「支え合い井戸端会議」などによる地域支え合いの輪を広げているところでありますが、まさにこれから必要となるのは、行政によるいわゆる「公助」任せではなく、地域で見守り支え合う「共助」がどこまで出来るかが、こうした不幸な事件を再発させないための鍵であると考えるところ。
 
認知症に関しては、「認知症ほっとけんまち敦賀」の合言葉のもと、地域で支えるまちづくりに取り組んできているところですが、今後ますます増加するであろう介護の問題に関しても、「支える側」としてそうした困難を抱え悩んでいる人が「自分は1人じゃない」、「頼っていいんだ」と思い、様々な制約を抱える中でもやり甲斐や生きがいを持って暮らせる環境づくりに向け、先進的に取り組む市の皆さんや地域の皆さんとともに知恵を絞っていかなくてはと考えます。
 
つまりは、介護に関しても「ほっとけんまち敦賀」ということかと。
 
コロナによって、今は人と人との距離を確保することが求められていますが、時代に即した社会環境(少子高齢や過疎など)において求められるのは、地域住民同士の気持ちや心のつながり、助け合い支え合うこと。
 
地域コミュニティをより一層高め、地域共生社会に向け皆で取り組むことこそが、胸が苦しくなるこの事件を無駄にしないことにもつながるものと自身の思いに留めることといたします。

寒波を前に新年を迎える準備完了

ブログ まちづくり

既に天気予報や福井県の防災情報でも警戒を呼び掛けている通り、本日30日から年始に掛けては強い寒波襲来。
 
昨日はそんなことを感じさせない穏やかな青空が広がったものの、町内の方曰く「56(豪雪)の時も直前はこんな感じだった」とのこと。
 
近年の気象予測の精度もさることながら、西高東低の冬型の気圧配置と等高線(縦縞)のたて込み具合を見れば、やはり油断は禁物。
 

【大陸からジワジワと寒波が迫ってきている様子が伺えます】
 
行政サイドにおいては、この年末年始においても除雪体制を整えスタンバイされておりますが、雪に対しては公助と共助の両方が必要であることから、地域においても危機管理の意識を持って過ごしたいと思います。
 
さて、そんな寒波を前に新年を迎える準備も着々と。
 
新型コロナウイルス感染を考慮し見送りとした新年の恒例行事、皇居で行われる「一般参賀」ですが、宮内庁は29日、天皇陛下が国民に向けて寄せられるビデオメッセージについて、来年1月1日の午前5時半に宮内庁ホームページで公開すると発表されました。
 
事前に収録した動画と、お言葉の全文を掲載するとのことで、天皇陛下の国民に向けたビデオメッセージは令和では初めてとのこと。
 
過去にも上皇陛下が東日本大震災の際にこうした形でメッセージを送られたことがありましたが、このコロナ禍にあって、何らかの形で国民に思いを伝えたいとの陛下のお気持ちの表れと受け止め、元旦にはしかと視聴させていただきたいと思います。
 
話しは一気に町内に移りますが、わが町でも昨日は新年を迎える準備。
 
会館前の新年横断幕や門松などの飾り付けに加え、ドンド焼き用の竹加工などの作業を行いました。
 

 
例年のことながら、改めて飾り付けを終えた会館前を見ると、年末警戒と謹賀新年が並ぶ不思議な空間ですね。
 
このような各地でも見られる空間は日本ならではかもしれませんが、本日と明日の2日間は、一年を振り返るとともに新たな年に向け目標を立てる、年越し準備期間に充てたいものです。
 
冒頭に記載しました寒波ですが、敦賀は徐々に風雨が強くなってきました。
 
皆さまにおかれましては、今後の雪には十分な警戒をしつつ、気持ち穏やかな年末をお過ごしいただければと存じます。

年末特別警戒!戸締まり用心火の用心!

ブログ まちづくり

30日からの年末寒波を前に、昨日は晴天の一日。
 
お出掛けを控え、こんな日にこそとせっせと玄関掃除をする妻の姿は無言のプレッシャーか。
 
即行動で、私も車庫や外回りなど、お天気ならではの場所を掃除させていただきました。
 
同じように、ご近所さんも外のお掃除をされている方が多く、久々の会話も飛び交うなど気持ちの良いひと時となりました。
 
もうひとつ、年末の私のノルマと言えば「年賀状」。
 
若干遅れていた残りを書き上げ、いざ郵便局へ。
 
すると元町の郵便局本局は駐車場も順番待ち、日曜日とは思えないくらい次々に人が訪れ、局員さんも対応に追われていました。
 
郵便局の呼び掛けでは、本来25日までに投函すべき年賀状。
 
二日遅れの投函を申し訳なく思いつつ、局員さんの負担軽減のためにも、来年こそは期日までに投函することを誓い、ポストインしてきました。
 
さて、さらに年末モードと言えば、わが町内の年末特別警戒パトロール。
 
昨日27日から始まり、30日までの4日間、拍子木とともに「火の用心!」の声掛け、パトランプ、サイレンカーによる警戒などにより、各ご家庭に防火と防犯の呼び掛けをするのが恒例行事となっています。
 
昨年のブログの再掲となりますが、実はこの「火の用心」。
 
調べてみると歴史は古く、徳川家康の家来である本多作佐衛門が、1575年長篠の戦いの際に家族へ送った「一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ」の手紙が由来とのこと。
 
「火事に注意して、おせん(3歳の愛娘)と馬の面倒をよく見よ」との意味であり、「大切なものを火事で失うな」とのメッセージは、その後、江戸時代初期に出されたお触れにより、夜番・夜警による「火の用心」の夜回りにつながったと言われています。
 
敦賀市内では12月に入り、平和町にて2名の方がお亡くなりになる住宅火災がありましたが、まさに対岸の火事とせず、この年の瀬に大切なものを無くさぬよう注意せねばなりません。
 
話しを戻しまして、例年わが町内の年末特別警戒には、4日間日替わりで約60〜70名の方が参加され、3班に別れパトロールにあたる訳ですが、今年は新型コロナに配慮し、人数も区役員と防災部に限定、回数も2回から1回、休憩時の楽しみである「豚汁」に「やかん酒」も無しでの開催。
 
これも致し方なしということですが、区長のお言葉にもあったよう、その分気持ちを込めて拍子木を合図に大きな声で「火の用心!」
※マスク、離隔距離にてコロナ対策は講じています。
 
私の班は6名でしたが、各戸に響くよう声を挙げさせていただきました。
 
少しでも防火・防犯の意識につながれば幸いに思います。
 

【1日目を終えた会館前。明日以降、赤い看板でも注意喚起します。】
 
ここに来て、敦賀市内では連日のコロナ感染もあり、これも例年と違った緊張感があろうかと思いますが、皆様におかれましては、何を置いても年末の防火・防犯にご留意のほど宜しくお願いいたします。

2024年春の開業に向け再出発!

ブログ まちづくり

敦賀気象台データによると昨日の日照時間はゼロ、最大瞬間風速18.7m(13:43)。
 
みぞれ混じりの雨が強く降ったり止んだりで、鉛色の曇天続きに気も沈む方も多いかと思いますが、私はこの天気が嫌いではありません。
 
何故なら、これこそがまさに北陸の冬だからであります。
 
昨日もそんな話をしたところですが、時折登場する芭蕉の句「名月や北国日和定めなき」は気まぐれな敦賀の天気(季節は違いますが)を詠んだものですし、何よりこの厳しく暗い雰囲気の冬があるからこそ、春の訪れが待ち遠しく、倍嬉しいと思う訳であり。
 
古よりこうした気候、風土のもとで培われてきたのが敦賀人の気質なのであり、逆にこのような天候が温暖化で変わってしまってはその風土まで変化してしまうのではと危惧するところです。
 
そのような思いのもと、年末年始に掛けては悪天候に加え、さらに冷え込みが厳しくなるとの予報でありますが、これが北陸だと割り切り、ポジティブに過ごしていきたいと思います。
 
さて、そんな昨日は、安倍前首相「桜を見る会」の議院運営委員会質疑、新型コロナの変異種国内初感染、関西電力の使用済み核燃料中間貯蔵について年内の県外搬出先明示断念、大飯発電所協力会社作業員4名のコロナ感染などなど、取り上げたいことが盛り沢山の一日でした。
 
これらのニュース素材からすると、かなりマニアックな部類に入るかも知れませんが、先日お伝えしました鉄道建設・運輸施設整備支援機構トップの人事に関する話題。
 
北陸新幹線金沢-敦賀間の開業遅れと建設費増額を受け、北村隆志理事長と小島滋副理事長が来年1月5日付で退任すると発表したことはご案内の通りですが、25日副理事長の後任に国土交通省の水嶋智官房長を充て、体制強化を図るとの報道がされました(理事長の後任は調整中)。
 
赤羽一嘉国交相は同日の記者会見で「(北陸新幹線整備の)工程や事業費の管理体制、関係者との情報共有に問題があった。国交省としても監督を強化し、一日も早い開業に向けて取り組む」と話したとのこと。
 
水嶋氏の起用については「鉄道行政に精通し、組織のマネジメントにも十分な指導力を発揮している。再度同じようなことを起こしてはならないという思いだ」と説明。
 
副理事長に就任する水嶋氏は令和元年7月から鉄道局長を務め、今年7月に官房長に就任していたと結ばれています。
 
何故、このマニアックな話題を持ち出したかというと、実はこの水嶋氏、国交省鉄道局長時代の昨年11月にこの敦賀の地にて「北陸新幹線と観光地域づくり」をテーマにご講演され、その内容に私、感銘を受けた方なのであります。
 
ご講演の内容はしかと当時のブログに書き留めていますので、是非以下よりご覧いただきたいと思います。
 →→→新幹線は地域と地域をつなぐもの(2019年11月11日のブログより)
 
「敦賀は、物流の拠点、港と鉄道のまちとして栄え、国交省そのもののまちであり、この地で講演出来ることが光栄である」と敦賀を訪れたかった理由から始まった講演は、北陸新幹線のスペックや特徴、敦賀以西、新幹線を活かした観光地域づくりなどについてご自身の想いを込めて熱く語られた姿が今も記憶に焼き付いています。
 
話しぶりや立ち振る舞いからも人格者の雰囲気があり、こうした人物こそ国の中枢にいて欲しいと思った訳でありますが、その水嶋氏が鉄道運輸機構のまさに「立て直し」のため副理事長の座に就かれることに国交相側の本気度を感じるとともに、その手腕に大きな期待を寄せるところであります。
 
工期遅延の大きな要因となっている敦賀駅工区でありますが、再延期は許されない状況の中、水嶋副理事長のもと、安全第一で計画工期内での完成を達成されることを切に願います。
 
先ほどリンクした、当時の「やまたけブログ」の結びにはこう書いてありました。
 
『ハードをまちづくりにどう生かすかは、その土地に住む皆さんの思いと心意気!局長が仰られた「成功の答えが敦賀にはある」との言葉を胸に、その輪を広げ、市民全体で盛り上げていきましょう!』
 
私のこの思いは、工期が順調であろうが遅れようが、今も全く変わっていません。
 
敦賀に思い入れがあり、超頼り甲斐がある副理事長を迎える機構とともに、より一層の信頼関係を構築し、目標改め2024年春の開業に向けて出発進行!
 
冒頭の天気と同じく、厳しい冬を乗り越えた敦賀に最高の春が訪れるよう、市民一体となって頑張りましょう!
 

【どこかの段階で目標時期を修正しなくては】

嶺南広域行政組合議会定例会に初出席

ブログ まちづくり

3271人と国内感染者数の最多を更新した新型コロナですが、昨日は敦賀でも1名が感染との発表。
 
この方は、関西電力の大飯発電所構内の工事に従事している協力会社従業員で敦賀市在住。
 
関西電力のプレス発表によれば、当該従業員の勤務実績を踏まえ、発熱の症状が出た12月21日から2週間前まで遡り行動履歴を確認し、事務所および同一工事現場において近接して業務に従事していた協力会社従業員等21名について、自宅待機の措置をとっているとのこと。
 
敦賀市在住ということで、保健所の指導に従い、濃厚接触者や関係者についても適切な検査対応がされていると思いますが、これから年末年始へと向かうタイミングでもあり、大きな感染拡大とならないことを願う次第です。
 
誰がなってもおかしくない新型コロナありますが、とにかく基本の感染対策を徹底いただくこと、感染者や医療従事者に対する誹謗中傷は絶対に行わないことだけは、僭越ながら私の方からも切にお願いさせていただきます。
 
何卒宜しくお願いいたします。
 
さて、昨日は敦賀市立図書館3階にて開催されました嶺南広域行政組合議会の定例会に出席。
 
この組合は、嶺南6市町の首長並びに各議会からの選出議員により構成しているもので、私は敦賀市議会内の会派構成の変更により期中から組合議員となったため、定例会はこの日が初出席でした。
 
定例会に先立ち行われた全員協議会では、円卓を囲むように首長と議員が並び独特の雰囲気の中、若狭町と敦賀市で議員交替となったため、私もご紹介いただいた後、一言ご挨拶をさせていただきました。
 
場所を隣の研修ホールに移しての定例会については、議題を令和元年度決算とし審議。
 
敦賀市議会の2名の議員より質疑があった後、採決を行い可決となりました。
 
この広域行政組合においては、嶺南の経済や観光、さらには北陸新幹線開業に向けた受け皿づくりなど各市町に対する支援事業を行なっている訳ですが、工夫次第でさらに効果的な事業も出来るのではと感じた部分もあるため、その点は今後、機会を捉え意見していきたいと思います。
 

 
また、以前より活動している嶺南の有志議員で構成する嶺南未来構想会議の取り組みにて、6市町すべてを回り最も感じたのは「人とつながり、まちを知る」ことの大切さ。
 
例えば、北陸新幹線に関して、敦賀の行政職員は「新幹線敦賀駅の東口(バスターミナル)からどんどん嶺南に行ってもらいたい」と真剣に思っているのに、そのことを敦賀以西のまちの行政職員が余り知らなかったり。
 
ようは、どのまちの行政職員も情熱を持って取り組んでいるのに、我がまちごと(点)になっていて、嶺南一体(線)になっていないことが非常に勿体ないと感じた次第です(特に北陸新幹線開業に向けては各市町でかなり温度差があります)。
 
風土や気質も似ている(と勝手に思っている)この嶺南地域の皆さんであることと、聞けばどの役場でも「嶺南全体で何か取り組んでいくべき」との声ばかりの状況を踏まえれば尚のこと、行政職員、議員、観光協会やまちづくり団体など、様々なジャンルで壁を取っ払い、人とつながり、相互にまちを知ることが、この先新幹線でつながる嶺南をより発展させることに不可欠と考えるところです。
 
少し偉そうに聞こえるかもしれませんが、そうして行政や民間を「つなぐ」ことが出来るのは議員の役割なのではと実体験として感じるところ。
 
思っているだけでは何も改善されませんので、ここも知行合一の精神を持って、昨日の広域行政組合然り、私自身、そうした場に出席出来ることをこれ幸いに思い、役割を果たしていきたいと考えます。

やっぱりキーワードは「今あるものを生かす」こと

ブログ まちづくり

「第3波」は、さざ波から徐々に大きな波に。
 
新型コロナウイルス感染に関しては、そうした感覚に陥らざるを得ない状況となってきています。
 
昨日の新規感染者は、全国で2203人と過去最高を更新。
 
東京の493人を始め、神奈川、埼玉、静岡、長野でも過去最多を更新する事態。
 
福井県は11名。
 
このうち7名は敦賀市で確認されたものであり、市の感染者累計はこれで20名に。
 
これを受け、市ではコロナ対策本部会議を開催し、情報共有と各部局ごとの対策事項が確認された模様ですが、ここ数日の市内感染の起点が日本原電並びに関西電力美浜発電所の原子力事業者からであることを思うとやはり胸が痛むもの。
 
両事業者においては、これ以上の拡大を防止するため、感染の可能性ある社員を全てPCR検査するなどの対応を図っているところであり、沈静化の方向となるよう願い、今日の結果を待ちたいと思います。
 
そうした中ではありますが、私のほうはリスクを見極めながら活動を進めるべく、昨晩は港都つるが主催のセミナーに参加。
 
「地域の資源を生かしたリノベーション」について、その道の第一人者である嶋田洋平様の講演を拝聴させていただきました。
 
戦前戦後と鉄鋼のまちとして栄え、その後八幡製鉄所の縮小とともに急激な人口減少などにより活気を失ってしまったご出身地「北九州市小倉」を何とか再生しようと、「リノベーション」というキーワードをもとに「まちづくり」に取り組まれた実体験をご紹介いただきました。
 
ざっと一言で言うとこのようになる訳ですが、質疑を合わせた1時間半に凝縮された内容は、眼からウロコのことだらけであったことに加え、以前に参加したシンポジウムでも「確信」となった自身の考え「今あるものを生かす」が、さらに確固たるものになるなど、本当に有意義な時間となりました。
 
こうした場にお声掛けいただいた港都つるがさんに感謝申し上げます。
 
実体験に勝る説得力は無いとの言葉通り、絵に描いたような寂れゆくシャッター街、増える空き家、空きビル、空き地をふとした切っ掛けから生まれた「核となるプレイヤー」同士のつながりから、「自分たちで」、「今あるものを生かして」何とかしようと立ち上がった皆さんのキーワードは「リノベーションのまちづくり」。
 
◉若い人がチャレンジする場所がなく(賃料が高い)、東京に本社があるチェーン店ばかりのまち。
◉小さいスタートを切ることがないから育たないという構造的問題に着眼。
◉古い商店街の強みは何か→ここにしかいない人、ここにしかないサービス、ここでしか買えないもの。
◉積み重ねてきた時間の手触りのようなものを大切に。
◉イノベーションとは雇用を作り出すことでもある。
◉まちづくりは、まちのコンテンツづくりであり、まちの最大のコンテンツは「人」
◉まちづくりのリノベーションとは、今あるものを生かして新しく活用すること。
◉外は変わらなくても中身を変え、価値を生み出す→リノベーションとはもう一度「革新」を起こすこと。
◉空き家、空き店舗、空きビルは「まちの宝物」であり、ゆたかな空間資源として捉える。
◉今ストックしているものがあるということは、それだけポテンシャルがあるということ。
◉不動産オーナーとビジネスオーナーをつなぐ役割が「まちづくり会社」。
◉公園のような、人々の安らぎや居場所となるストリートをつくる。
◉縮減引力が強い時代は、民間の賑わいを作り、適切なタイミングで公共投資をすることが重要。
◉リノベーションを最初に行い、不動産価値が上がれば民間は投資する。
◉オーナーの意識が変われば、イノベーションは起こせる。
◉行政の役割は、エリアイノベーションを政策として掲げること、再生のビジョンを明確にすること、民間を後押しする姿勢、補助金ではなくファイナンス(融資制度等)でバックアップする仕組みづくり。
 
羅列して恐縮ですが、私がポイントとメモした点は以上のこと。
 
これらをまさに、嶋田さんらが実際に行ったことであり、「核となる人」が始めたことは次々に「共感を呼ぶ人」に伝播、シャッター街は新たな明るさと賑わいを取り戻し、新たな雇用や趣味を生かす場(主婦の皆さんも)を生み出し、面白いまちに人は定住・移住し、働く女性や子どもが増えた(祭りが復活!)。
 
こうした取り組みに、行政は政策の方向転換を図り、民間(銀行や不動産会社)も共同体として参画した。
 
こうして書いていることは小倉市で実際にあった成功体験な訳でありますが、「小倉で出来たことは敦賀でも出来ること」でもあります。
 
嶋田さんが敦賀のまちを歩かれた感想は「ポテンシャルと可能性しか感じない」だそうです。
 
「リノベーションとまちづくり」の第一人者がそう仰られ、次も早目に敦賀に来たいと最終電車で帰京されたことを裏返せば、それだけ魅力あるまちと感じていただいたということでしょう。
 
嶋田さん然り、ここ最近のシンポジウムや講演会で耳にしたことに共通しているのは、「敦賀は魅力と可能性あるまち」ということと、そんな敦賀の「今あるものを生かす」ことが「まちづくりのカギ」ということであります。
 
私自身が「確信」とする考えもそのことであり、この先「革新」と出来るかどうかは、これからの行動次第。
 
「知って行わざるは知らぬことと同じなり」の教えを胸に、考えを共有する皆さんとともに提言・活動していきます。
 

【このストリートこそ敦賀の「ここにしかない」ポテンシャルであり可能性!】

大輪咲かせることに変わりなき「北陸新幹線敦賀開業」

ブログ まちづくり

日本の選挙制度と異なり、中々すっきりしない米大統領選。
 
バイデン氏が勝利宣言をした後も、選挙結果に不満を持つトランプ支持派が暴動を起こすなど、融和には程遠い状況の中、15日にはトランプ大統領が「彼が勝利したのは、選挙が不正だったからだ」とツイートしたとのこと。
 
「不正選挙」という留保をつけたものの、バイデン次期大統領の勝利に初めて言及した形となり、大型訴訟もちらつかせながら、まだ諦めていない状況を冷静な米国民層はどう見ているのか。
 
「鋼鉄の独裁者」と呼ばれたソ連の指導者スターリンは、「投票するものは何も決定出来ない。投票を集計するものが全てを決定する」との言葉を残していますが、これは自由の国アメリカとは真反対であった国のこと。
 
スターリンの恐ろしい言葉こそ信じられない世界でありますが、民主主義国家の雄であるアメリカの覇権を巡る動向にはもう暫し注視が必要なようです。
 
さて、国内に目を向けると、昨日発表された今年7〜9月の国内総生産(GDP:季節調整値)速報値は、物価上昇を除く実質で前期比5.0%増、このペースが続くとした年換算で21.0%増となるものの、戦後最大と言われた4〜6月の落ち込みの影響は大きく、経済規模では前年のまだ半分程度にまでしか回復しておらず「遅い回復」と表現されています。
 
加えて、想定されていたこととは言え、コロナ感染「第3波」で先細りが懸念されるなど、「遠い回復」などとも報じられているところてあり、まだまだ予断を許さない認識を持つ必要があることは言うまでもありません。
 
そうした中、昨日午後は、連合福井推薦議員らで構成するF-TOP21議員懇談会が開催され、各市町議会のトピックスなど意見交換を行いましたが、話題は何といっても「北陸新幹線敦賀開業の延期」問題。
 
先般、県議会で説明のあった国交省と鉄道・運輸機構の資料をもとに状況の共有を行いましたが、県議会説明の場を県会自民党が途中退席したことにより、協議会自体も定数不足で散会になったとのこと。
 
連合系会派の民主みらいとしては、12月定例会の場で検証と今後の対応を確認していくとありましたが、県会自民党退席のシーンをニュースで見た複数の方が私に仰るのは「そこで質疑するのが議員の役割やろ」、「パフォーマンスとしか思えんあの行動は理解出来ん」といった厳しい批判の声ばかり。
 
当の私も同じ気持ちになったことも踏まえ、懇談会の場では、県議会での確認と有権者への的確な発信をお願いするとともに、連携を図りながら市議会の場でも役割を果たしていきたいと発言させていただきました。
 

【以前に敦賀駅構内から撮影した新幹線敦賀駅前工事の様子】
 
開業延期が現実となったいま、原因や責任を問うことは勿論必要なことですが、大事なのはこれからのこと。
 
先ほどの経済ではありませんが、先細り感が生まれるようではいけません。
 
延期の影響を最小限にしたうえで、工期の延期、これを準備期間が長くなったと置き換えれば、花で言えば肥しや水をあげる期間が長くなったということであり、根を張り幹を太く、そしてその分、大きな花が咲くようにするのがこれからすべきこととポジティブに考え、私自身そうしたスタンスのもと引き続き対応していきたいと考えます。
 
皆さまにおかれましては、大輪咲かせるために必要な育て方(施策)があれば是非ヒントを頂戴出来ますよう宜しくお願いいたします。
 

【希望の未来に向けたコンコースは既につながっている!】

若者のエネルギーあふれる「敦賀市総合計画審議会」!

ブログ まちづくり

今朝の福井新聞1面は、米大統領選のバイデン氏勝利宣言よりも先に北陸新幹線敦賀開業が1年以上延期、費用も2000億円以上増とのニュース。
 
正確な期日はさて置き、延期による影響は様々な方面に生じると思いますが、先般来の報道を見て私が受けている多くは、「工期優先ではなく安全を優先すべき」との声。
 
敦賀開業3年前倒しとしたのは大変大きな期待を受けての政治判断であったと受け止めていますが、コロナやトンネル付近での地盤クラックなど想定外事象が生じてのことであり、全てを鉄道運輸機構の責任とするのは余りにも酷。
 
これ以上の工期厳守は、労働者の安全を脅かす域に入ることは容易に想像できる事から、冷静にこの後も対応すべきと考えるところです。
 
さて、そうしたニュース、天候も秋晴れは何処へやら、降ったり止んだりのグズついた日が続いておりますが、昨晩はパッと将来を明るく照らす出来事がありました。
 
それは、現在策定が進められている第7次敦賀市総合計画審議会を傍聴してのこと。
 
第6回を数える審議会は、若者のオブザーバー参加を募集しての開催となりましたが、何とこの日は、敦賀看護大学、敦賀高校、敦賀気比高校の学生さんら10名が参加。
 
元々の審議会メンバーである福井大学、敦賀高校など8名の皆さんを加え18名(2名欠席につき、出席は16名)。
 
各種団体選出の大人の審議会委員は13名(欠席3名により10名)ということで、18対10で完全に若者が多数を占めるという、委員長曰く「こんな経験はない」との環境で行われました。
 
この日の審議会は、これまでの議論をさらりと振り返り返った後は、四つのグループに分かれてのグループワーク。
 
メンバーが持ち寄った「計画に求める新たな提案事業」を基に、一つの案に練り上げるというもので、心配していた世代間ギャップは、逆に優しく融合し、どのグループも和気藹々と話されている様子が印象的でした。
 

【各年代層が融和してのグループワークの様子】
 
約90分のグループワークを終え、あるグループが模造紙に書き出された事業案を拝見すると、若者目線と中身の詰まった具体案に驚いた次第。
 

【グループワークで出された提案事業の例】
 
さあ発表という良いところで、私はお通夜に参列するため、後ろ髪を引かれる思いで中座をした訳ですが、これだけの若者達が関心を持って参加をし、積極的に真剣な眼差しで将来を語る姿に明るい光を見た気がしました。
 
会の冒頭にあった、この日参加の皆さんの挨拶では、「自分たちが住む敦賀を良くしたいと思って参加した」、「就職が決まり、これから敦賀に住み働くので、一緒に考えたいと思った」など嬉しい言葉もありました。
 
手前味噌ではありますが、9月定例会での一般質問において、「魅力ある総合計画策定に向けては、一人でも多くの市民の皆さんに参画してもらうことと意識を共有することが必要」と提言させていただいたところですが、まさに昨晩の審議会は、その姿を具現化したものでした。
 
担当部にお聞きすると、今後も関係団体の方との意見交換などを通じて計画策定を進めたいとのことであり、お声掛けあらば是非多くの方に参加いただきたいと思います。
 
こうして感じることは、やはり、まちづくりに必要なのは「当事者意識」ということでしょうか。
 
「敦賀なんて何もない」と言ってしまう方もいらっしゃいますが、自分の故郷にダメ出しするほど不幸なことはありません。
 
私は、これまでも述べてきてます通り、「敦賀にはこんなに沢山の財産がある」ことを知っている訳ですので、前述のようなことを仰る方には、ひとつのエッセンス、気付きをお裾分けし、まちを構成する一員としての「当事者意識」を持ってもらうことが肝要と考えるところです。
 
話しの着地点を見失いそうなので、この辺りで止めますが、何と言っても次代を担う若者の皆さんの姿勢と眼差しに元気と期待感をいただきましたので、私自身も彼等彼女らが「住み続けたい」「戻ってきたい」と思えるまちづくりに向け、ともに頑張っていきたいと思います。
 
(おまけ)

【この日の資料は、議員向けの時と違い、資料もどこか優しく分かりやすいもの(笑)若者に目線を合わせて資料構成された市職員さんの気持ちが伝わってきました。】
 

歴史を知るほど、行き着くは「今あるものを大切に」の心

ブログ まちづくり

TwitterやFacebookなどと違い、ブログは大体が1日1件、日記のように書き留めている方が多く、私もそのような使い方をしてきた訳ですが、この週末は「乱発」をしてしまいました。
 
既にご覧いただいている方にはお分かりの通りですが、この週末は連日、シンポジウムや講演会が開催され、その内容は敦賀市にとって大変重要なヒントと期待が込められたものでありました。
 
こんな為になる内容を参加者だけの記憶に留めておくのは大変勿体無いとの思いから、このブログ欄にて広く発信させていただいた次第であり、その点ご容赦いただきたく存じます。
 
そのシンポジウムでもありましたよう、豊富な歴史と自然、日本有数の交通の要衝であり、原子力エネルギーの先駆的役割を果たしてきた敦賀市のことを知れば知るほど、益々魅力あふれるまちだと確信した次第であり、皆さんともそのことを少しでも共感出来ればと思います。
 
さて、そうした中、開催されてきました敦賀のイベント第3弾の「人道ウィーク」が昨日で幕を閉じました。
 
この土日は、荒天リスク回避のため、音楽イベントこそ屋外から屋内に場所を移しての開催となりましたが、予想に反し、降雨も少なく、フードコーナーには多くの方が来場され、地元産の物販や市内外の飲食ブースにて舌鼓を打つなど賑わいを見せていました。
 
かくいう私も、きらめきみなと館でのシンポジウムの後、フードコーナーに立ち寄り、敦賀真鯛の麹漬け(真鯛ハンバーガーは何と昼過ぎに完売)、イノシシコロッケ(地元の猟師さんが出店)、そして市職員さんお薦めのリトアニアビール(杉原千畝氏の命のビザに因んで販売)などを買い込み帰宅。
 
ご想像の通り、夜は敦賀真鯛とリトアニアビールで一杯。
 
カッコ良く表現すれば、両国のつながり、異国情緒を感じながら味合わせていただきました(真鯛もビールも本当美味しかったです)。
 
さらにこの日の敦賀ネタは終わらず、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台は「敦賀」。
 

【「麒麟がくる」のワンシーン。全国に敦賀・金ヶ崎の名は響いたか。】
 
信長の人生最大のピンチと言われる「金ヶ崎の退き口」のシーンであった訳ですが、以前参加した歴史講座で学んだ、撤退戦自体は朝倉の援軍や浅井長政軍の到着の関係からそれほど激しい攻防ではなかったことやしんがり隊長を務めたのは木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)ではなく、明智光秀らであったことなどと照らし合わせて見ておりましたが、ほぼその辺りは忠実に表現されていたと感じたところです。
 
それにしても、あの大河ドラマの画面に敦賀城や金ヶ崎、手筒、そしてお隣美浜の国吉城の名が映るとやはり嬉しいもの。
 
朝倉vs織田の構図、信長、家康、秀吉の三傑が揃ってこの敦賀の地を踏んだことに改めて思いを馳せるとともに、この撤退戦が無ければ、即ち信長が逃げてなければ日本の歴史が変わっていたのかも知れないと思えば、敦賀には本当に大きな歴史財産があるのだと誇らしい気持ちになった次第であります。
 
歴史を書き出すと筆が止まりませんで、ツラツラ長くなってしまいましたが、日曜の夜までみっちりと郷土のことを学び、歴史に思いを馳せる週末となりました。
 
撤退戦から天下を狙った信長のように、所縁の地であるこの敦賀もコロナからの防戦から転じ、オリジナリティーとブランドあるまちに向け狼煙を上げるといったところでしょうか。
 
野望とまでは行かずとも、市民の皆さんと思いをともに「今あるものを大切に」との思いを持って取り組むのみであります。
 
最後になりますが、10月末の駅西地区社会実験から国8空活、そしてこの人道ウィークと続いたイベントに関し、まさに総動員で対応された敦賀市職員始め商工会議所など関係者の皆さん、コロナ対策にご協力いただきながら参加いただいた多くの皆さんに感謝申し上げます。

« 古い記事