「いちご一会とちぎ国体」に両親が「アベック出場」

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一般質問を終えた敦賀市議会は昨日、総務民生、産経建設、文教厚生の3つの常任委員会を開催。
 
私は、自身が委員長を務める産経建設常任委員会に出席し、まず今定例会に提出された水道部に係る議案3件について審査。
 
3件とも「全会一致」で原案の通り決定した後、本委員会が所管する指定管理者の運営状況等について報告を受けました。
 
さらに、私の方より「国道8号敦賀市田結−南越前町大谷間バイパスの建設促進を求める意見書」を委員会に提出。
 
これは、従前からの事故多発や冬季の大型トラックスタックによる渋滞発生などに加え、8月の豪雨では土砂流入により、交通規制解除まで約2週間を要したことなどを踏まえ、敦賀市田結〜挙野間の「敦賀防災」(道路整備事業の呼び名)早期整備を図ること、さらにその先、敦賀市挙野〜南越前町大谷間バイパスの早期事業化を図ること、加えて同バイパス道路建設の優先順位を高め、戦略的かつ計画的に進められるよう、国の「防災・減災、国土強靭化のための5か年加速化対策」に必要な予算・財源を確保することを求めるものであり、趣旨含め、全会一致で承認されました。
 
今後は、本委員会からの提出議案として本会議に上程し、意見書採択に向け進めていくこととなります。
 
この要望は既に敦賀市と南越前町で構成する期成同盟会でも行われているものでありますが、地元議会で採択のうえ、議会から要望することが早期事業化の一助になればと思い、発議した次第であり、今後はとりわけ東浦地区の皆さんの悲願でもあることも胸に対応を図っていきます。
 
さて、本日はやや身内話しとなり恐縮ですが、私の両親が揃って国体出場していることをご紹介させていただきます。
 
今年は栃木県で開催されている「いちご一会とちぎ国体」ですが、公開競技として行われるグラウンド・ゴルフ(団体)に敦賀市チームの「男女アベック出場」が決まり、さらに何と、このメンバーに両親が「アベック」で選出され、山本家一同、皆で喜んでいたところ。
 
大会の方は今日から明日に掛けて高根沢町町民広場で行われるとあって、昨日早朝にバスで敦賀を出発した母からは、長旅を終え「無事に到着した」との連絡があったところ。
 
この国体出場に関して、実は父は初出場ながら、母は福井国体に続き3回目ということで、いつの間にか「国体常連組」になっていること自体凄いと思う訳ですが、父77歳、母74歳と、この年齢になってからの「アベック出場」には息子の立場としてどこか自慢に感じるものとなっています。
 
9月8日には渕上隆信・敦賀市長、上野弘・市教育長のもとを訪れ、国体に向けた意気込みを述べる機会まであったところですが、市長らから激励の言葉を受けるシーンが、地元ケーブルテレビの番組でも放送され、それを見るに、市内のグラウンド・ゴルフ競技者の期待を背負って出場するメンバーの皆さんの引き締まった表情と決意の言葉が印象的でした。
 
市長らへの訪問は、コロナ禍を踏まえ、メンバー全員での出席は叶わなかったとのことで、残念ながら父はこの場にいなかった訳ですが、参加した母からは「一打一打大事にして頑張りたい」と語る姿に、深く頷いた次第。
 

【市長、教育長への表敬訪問を終え、記念撮影する出場メンバー。左から3番目が母。】
 
母は、60歳の定年を過ぎてからこのグラウンド・ゴルフと出会い、近年ではほぼ毎日、朝早くから父と出掛けプレーに勤しむ日々でありますが、何よりこうして両親揃って、仲良く健康にプレーできること、そしてグラウンド・ゴルフを通じて多くの仲間ができたことはかけがえのない財産であり、本当に良かったなぁとつくづく感じるところです。
 
昨日は到着後、競技会場のグラウンドコンディションも確認し、準備は万全のよう。
 
今日と明日は私も、「一打一打を大事に」との言葉通り普段の力を発揮してくれること、チームの皆さんが笑顔でプレーされることを敦賀の地から応援したいと思います。
 
ガンバレ敦賀チーム!
 
ガンバレ父ちゃん、母ちゃん!
 
栃木の地で大いにご活躍を!

まちづくりの一丁目一番地は「地域コミュニティ」

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私にとって、この週末のミッションは、嶺南一円での国民民主党街宣活動でしたが、何とか全て無事終えました。
 
敦賀から若狭町までを回った土曜日に続き、昨日は小浜から大飯、高浜まで。
 
JR小浜駅前、うみんぴあ大飯、エルどらんど高浜などの拠点で街頭演説を行いつつ、主に海岸線を走りましたが、小浜では阿納地区で修学旅行生らしき学生がシーカヤック体験をしていたり、大飯では海釣り、高浜ではサーフィンなど、「海」を目当てに訪れる多くの方を目にし、この2日間を通じ感じたのはやはり、嶺南の「売り」であり「自慢」はこの若狭湾、敦賀湾にありということでした。
 
これまで、嶺南エリアの議員有志で緩やかに構成する「嶺南未来構想会議」にて、嶺南全体の将来や活かし方について協議を重ねてきていますが、最初からの切り口は「海でつながる嶺南」、「関西から一番近い海のあるまち」であり、改めて感じた自身の思いを踏まえ、今後も何かひとつでもアイデアの具現化ができるよう取組んできたいと考えます。
 
話しを戻し、国民民主党の党勢拡大に関しては、もちろんこれで終わりではありませんので、今後も引き続き街頭に立って、同党が掲げる現実的な政策を主張していきたいと思います。
 
さて、その街宣に出発する前は、粟野地区の「クリーンアップ大作戦」に参加。
 
この日は市民総ぐるみの活動として、気比の松原などでも同じく清掃奉仕活動が行われたところですが、私の方は、自分の住むエリア、具体的には粟野公民館周りの清掃作業に参加した次第。
 
8時30分集合でしたが、若干早めに公民館に行くと、既に多くの方が集まっておられ、区長会や子ども会など知ったお顔と久々の対面があり、暫し談笑できたことだけでも、ささやかな喜びに感じた訳ですが、こちらもコロナ禍で開催は3年ぶりとのこと。
 
公民館大ホールにて、全体でオリエンテーションを行った後、花壇や記念碑、側溝、駐車場周りと分担をし、テキパキと作業を進めました。
 
私は他の皆さんと記念碑周りの除草を行いましたが、ここでも会話をしながらということで、こうした場というのはやはり、潤滑剤のように地域のつながりを滑らかにするものだと、ここでも思わず笑みがこぼれた次第です。
 

【皆で協力すれば、記念碑周りもあっという間に綺麗に。】
 
この日主催したのは、粟野地区の各団体で構成する「粟野コミュニティ運営協議会」。
 
何を置いても、まちづくりで最も大事なのは「地域コミュニティ」であり、徐々に活動を再開する中にあって、自分自身もこの地域に住む一員として参画するとともに、「自分ごと」として参加いただける方が一人でも増えるよう、働き掛けていきたいと思います。
 
なお、特定の方や団体だけが負担を強い、苦労するのではなく、地域の皆で助け合い、シェアをしようというのがこの運営協議会の趣旨であり、議員の立場としても、一丁目一番地の地域コミュニティに重きを置き、引き続き活動にあたってまいります。

「地域コミュニティ」は「まちづくり」の一丁目一番地

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昨日発行しました「やまたけNEWS(第12号)」。
 
自身のブログやSNSなどでも発行のお知らせをした後、新聞を開くと、ラッキーなことに広告の少ない日に当たったようであり、しかも「やまたけNEWS」が最前面に織り込まれているという幸運さ。
 
広告群に埋もれることなく、まずは皆さんの目についたであろうことを、ささやかながら嬉しく感じた次第です。
 
お読みになっていただけるかは別として、私は、議員が有権者の皆さんに活動を報告することは「努力義務」ではなく「義務」だと思っていますので、任期中残すところ4回となった定例会分もしっかりとお伝えしてまいる所存です。
 
さて、そんなスタートとなった日曜日の朝でしたが、この日は8時15分から町内の資源回収作業ということで、そそくさと身支度をし家を出ました。
 
どの地区でも同じように、ここ2年は新型コロナのため、人が集まる町内行事開催はままならぬところですが、この資源回収だけは屋外で感染リスクも低いとの判断のもと継続しているところ。
 
とはいえ、本来子ども達も参加しての児童育成会主催行事ですが、感染対策のため子ども達には控えていただくこととし、その代わり区の役員等が助勢する形での作業となっています。
 
そうした中、この日も多くの方の協力のもとテキパキと作業を進め、一冬分で溜まった新聞や雑誌、ダンボールなどを回収。
 
約2時間で作業を終えた次第です。
 

【資源回収作業中のひとコマ。精力的に作業いただいた皆さんに感謝です。】
 
集まった場では、手待ち時間に町内のことやコロナ、家族のことなど、互いに近況報告したりと笑顔が絶えなかった訳ですが、何を置いても共同作業を皆で終えた達成感を味わえたことが一番良かったことかなと感じたところです。
 
自助、公助、共助、それに最近では「近助」という言葉がありますが、高齢化社会やいざという時の防災の観点からすればやはり、ご近所同士のお付き合いを大切に、最も身近な町内活動の中で「助け合い」の意識醸成を図っていくことが大切なこと。
 
自身もその活動において積極的に役割を果たすとともに、まちづくりの一丁目一番地に掲げる「地域コミュニティ」をいかに維持していくかについて引き続き取組むことを、改めて認識する時間となりました。

どんど焼きにて「無病息災」を願う

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昼前から黒い雲が覆った昨日は「頼むから降らないで」と雨乞い。
 
というのも、午後1時から行われる「成人式」に影響がないようとの思いにほかならなかった訳ですが、願いが通じたのか、その後何とか天気は持ち堪え安堵した次第。
 
今年新成人となられた皆さんは、長男の1つ上の年代ということもあってか、幼少期から成長をともにした子も多く、一層気に掛けてしまうこともある訳ですが、親御さんの立場の知人・友人のSNSでは、お子さんの華やかな振袖姿が投稿されていたほか、ご近所では玄関前で家族揃って記念写真を撮る姿なども見掛け、こちらまで幸せな気持ちになりました。
 
私は長女で経験していますが、やはり親御さんにとってみれば、成人というひとつの節目を迎えられたことは感慨無量の思い。
 
そう思えば、名前は「成人式」であるものの、お祝いするのは新成人のみならず、ここまで育て上げた親御さんもということであり、コロナ禍にあってもこうして無事に開催されたことは本当に良かったと感じた次第です。
 
さて、冒頭、天気では「願いが通じた」と書きましたが、昨日もうひとつ願ったのは「無病息災」。
 
私の住む町内では、この時期の恒例行事「どんど焼き」が早朝より行われ、私も役員の立場で参加。
 
朝方の青空が広がる穏やかな天気に加え、どこか神々しき野坂山を背景に約2時間半、揺れる炎に願いを込めた次第です。
 

【神々しき野坂山の麓で催された「どんど焼き」】
 
そうした穏やかな天候もあってか、例年より多くの住民の皆さんが、正月飾りやお札などを持参され、新年のご挨拶、しばしの談笑と久々に拝見するお顔ともコミュニケーションが図られたように思います。
 
コロナ禍となったここ2年はこのような機会が激減していることが地域の悩みでもある訳ですが、やはり地域コミュニティを維持向上する地域行事は大事なことと改めて認識したところです。
 
また、お話しした何人かからは、市議会や市政に関する質問やご意見なども頂戴しありがたい限り。
 
「活動の原点は地域と職場の声にあり」をモットーとする私としては、このような声をしかと受け止め、引き続き活動にあたる所存です。
 
なお、「無病息災」の「災」に含まれるのかもしれませんが、どんど焼きで願ったのは何といっても「コロナ終息」。
 
願ってばかりではいけないのかもしれませんが、日本では古来から、天災や疫病をこのような祭りごとで追い払ってきた風習があります。
 
オミクロン株による感染再拡大の状況にはありますが、地域のみならず日本、いや世界共通の願いである「コロナ終息」が今年こそ現実のものとなるよう、最後にもう一度願い、本日のブログを閉じさせていただきます。

初の「オンライン活動報告会」など、充実した7月最終日!

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早いもので今日から8月。
 
夏休みはここから本番とばかりに、宿題を後回しに遊び呆けていた子どもの頃を思い出しますが、7月最終日の昨日は嬉しい予定が目白押しの一日でした。
 
まず午前中は、町内の資源回収作業。
 
蒸し暑さの中でしたが、これを回避する意味も含め、8時15分より回収スタート。
 
この作業自体は、育成会の活動ではありますが、区の役員、防災部や体育部などの各専門部からの協力を得て行なっているもので、昨日も多くの方が参加。
 
そうした皆さんのご協力により、約2時間と比較的短い時間で終えることが出来ました。
 
育成会の会長が個性的な方でもあり、最後の挨拶では、こうして積極的に協力いただけたことに対し、「最高です!」の言葉で締め解散となりました。
 
回収した古紙や段ボールは換金し、ラジオ体操に通った子ども達の参加賞代に充てるとのことで、そう思えば流した汗も気持ちの良いもの。
 
「子は地域の宝」ですので、今後も引き続き、子ども達のために汗をかいていきたいと思います。
 
次に、午後は毎回楽しみにしている気比史学会主催の市民歴史講座へ。
 
令和3年度の第1講となるこの日は、あいにく敦賀でも複数のコロナ新規感染者が確認されている状況の中での開催となりましたが、元々定員を通常の半分としていることや、基本の手指消毒、検温に加え、何より参加者はマスクを着用し、話しを聞くのみという、極めて感染リスクの低いもの。
 
私も事務局のお手伝いをさせていただきましたが、途中の換気休憩などを含め、しっかり感染対策が図れたものと考えます。
 
歴史講座については、今年度は特定のテーマを設けずということで、第1講は、福井県教育庁埋蔵文化財調査センターの安達俊一氏を講師にお招きしての「敦賀の古墳時代に関する新知見 〜沓見遺跡・手筒山古墳群などにおける最近の調査から〜」という何とも古代ロマンあふれるもの。
 
内容は皆さんにも是非お伝えしたいことなので、別途ご報告したいと思いますが、敦賀西部地区のほ場整備に伴う沓見遺跡の調査や手筒山古墳群、大町田遺跡の整理作業などから、敦賀の勢力が当時貴重品であった須恵器を大量に保管している点や、畿内政権と関係が深い大阪湾沿岸の製塩土器が導入されている点により、古墳時代前・中期の段階で、畿内政権が敦賀を重要な地域として認識していたことが伺われるとのことでした。
 
これはまさに敦賀が古から「交通の要衝」であったことを証明するものでもあり、当時の風景まで思い浮かべた次第。
 
今回も素晴らしき知見を得ることが出来た、大変有意義な時間となりました。
 
そして、17時からは、昨日のメインイベントとも言える、町内の皆さんを対象とした「オンライン報告会」。
 
コロナ禍でも出来ること!ということで、今回初チャレンジをし、先週は町内全戸に開催案内チラシを配布させていただきましたが、第1回目の昨日の参加申込みは3名。
 
高齢世帯には中々難しいことは承知のうえでしたが、申込みいただいたお宅は、娘さんらにzoomのインストールや設定などまでレクチャーいただいての参加で大変ありがたい限り。
 
一方、zoomをインストールまでいただいたものの、音声の設定等がうまく行かず、参加を急遽断念された方もおられ、その辺りは私の方でもフォローしていきたいと思うところです。
 
さて、その報告会のほうは、私より30分程度お時間を頂戴し、パワーポイントの画面を共有のもと、市政のトピックスや議会で質問した内容、さらには議決した事業で皆さんにも是非活用いただきたいお得な情報などもお伝えした後、皆さんと意見交換をさせていただきました。
 
少人数ということもあってか、意見交換も常にフランクな感じでお話しいただき感謝。
 
貴重な質問、ご意見も頂戴しましたので、この点はしかと書き留め、活動に反映していきたいと思います。
 
初めてのオンラインではありましたが、zoomの画面を通し、応援いただいている温かさを感じました。
 
第2回目の今日は14時からの開催となりますが、自分の考えをお伝えするのみならず、市政や議会に対する思いをしっかり受け止め、今後の活動の糧にしていく所存です。
 
(追伸)
町内の皆さんでブログをお読みいただいている方におかれましては、本日の報告会もギリギリまで参加を受け付けておりますので、是非お気軽に連絡くださいませ🎵
 

【最後に参加者の皆さんと記念撮影。温かいお声掛け、本当にありがとうございました。】

活動はやっぱり「Face to Face」が一番

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「東京では桜が散ったが、桜の花を見ると、姉が寂しげな表情で新潟の中学校の桜の木の下で写る写真を思い出す」
 
これは、北朝鮮による拉致被害者家族会と支援組織「救う会」が3日に開催した東京都内での合同会議の後、横田めぐみさんの弟、拓也さんが会見で述べた心境です。
 
拓也さんは、「40年以上もたってまだ解決できていないという、時の重さを、ひしひしと感じる」と続けたとあり、この間のご家族の皆さんの心中並びに拉致被害者奪還への取り組みを思えば、私たち日本国民ひとり一人もともに行動せねばと思わざるを得ないところです。
 
「救う会」は新たな運動方針を「政府は、早期に日朝首脳会談を行い『全拉致被害者の即時一括帰国』を実現せよ!」に決め、昨年、横田めぐみさんの父、滋さんが87歳で亡くなるなど家族の死が相次いだことを念頭に、拉致被害者の帰国には「期限がある」と言及、日朝首脳会談の早期実現を要望したうえで、政府に対し「(被害者の)生存情報、所在情報をより多く蓄積し、会談に備えてほしい」と早急な取り組みを求めました。
 
また、一昨年に続き2回目となる金正恩朝鮮労働党総書記へのメッセージでは、いずれも「期限」に触れ、残された時間の少なさを重ねて訴えており、私自身もこの問題を絶対に風化させてはならないとの思いのもと、議員になってから欠かさず着けている「ブリーリボンバッジ」のみならず、何か取り組みに協力していきたいと考えます。
 
さて、ちょうど1週間前の土曜日は、町内にお住まいの皆さんに3月定例会後の近況報告をすべく、約480軒のポスティングを行いましたが、昨日は粟野小学校校下と近隣地区の区長の皆さんに同じく「やまたけNEWS」をお届けに上がりました。
 
実は、敦賀市議会議員24名中、約半数の11名が粟野地区在住(人口は1/3が粟野)な訳ですが、地区内にある小学校区3校(粟野小、粟野南小、黒河小)のうち、粟野小校区内の議員は私のみ。
 
ですので、やはりここは自身も通った校区内は「地元」としてご報告、ご意見を伺う責務があるものと活動しているところです。
 
区長さん用に作り替えたNEWSを手に10地区をお伺いさせていただき、ご在宅の区長さんとは直接会話もでき嬉しい限り。
 
「今年の総会も書面開催とせざるを得ない」、「行事で顔を合わすことも出来ず、まとまりが心配」など町内の状況に加え、議会に対してはやはり「議員定数」の点に関する話題に触れられました。
 
私の方からは、議会全体の割合で見れば削減派がほとんどを占めている状況や「現状維持」で決定した訳ではなく、引き続き議会運営委員会の場で検討していくことをお伝えさせていただきました。
 
こうして顔を突き合わし、肌感覚でお話しさせていただくことで、共通の課題に対する事実をきっちりお伝えできることは、お互いにとって大変有意義なことと改めて感じた次第であり、今後も労働組合役員時代からのモットーである、「Face to Face」(顔と顔を突き合わせる)を大切に実践していきます。
 
区長さん回りの途中、ふと先日知人がSNS投稿で紹介していた「粟野橋」の存在を思い出し、最寄りのコンビニに停車、間近で確認してきました。
 
旧国道27号線の「あわの歯科医院」の前(ローカルですみません)に架けられた、妙に欄干の低いこの橋の竣工は何と「昭和15年」の古橋。
 
橋マニアによると、低い欄干、人口石の風合い、ガーダー橋(桁橋)は只者ならぬ風格があるそう。
 


 
古くから旧丹後街道として使用されていたことに加え、ここを美浜側に越えた桜ヶ丘(旧金山)には、1898年に陸軍歩兵第19連隊、1940年には歩兵第119連隊も置かれ、合わせて「敦賀連隊」と総称された一大練兵場でもあったことから、この「粟野橋」もそうした需要幹線としての整備の中で生まれ、現存しているのだと思うとやや感慨深い気持ちになりました。
 
先般発刊された「うららん所在」ではありませんが、こうした歴史やエピソードが満載の地域に生かされているとの思いをもって、恩返しは粟野のみならず、敦賀のために貢献するとの思いをもって、引き続き活動にあたっていきます。
 
本日も話しがあっちこっちに飛んでしまい失礼しましたが、これにてブログを閉じさせていただきます。

祝!「うららん所在(No.2)」発刊!

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ここ最近は、議会中ということもあってブログに書く題材に事欠かない日々を過ごしており、それ故に若干遅くなってしまったのですが、実は先週末(金・土)と福井新聞の嶺南版に嬉しい記事が掲載されていました。
 
金曜日は、敦賀市の東浦地区にて、同地区の高齢化や過疎化が進む中、区長会や老人クラブなど8つの団体が垣根を越えて地域行事や交流に取り組む「東浦コミュニティ運営協議会」を設立(昨年10月)したとの記事。
 
記事ではさらに、来年度は市からの交付金も活用し、新たなスタイルの夏祭りや地区の活動を報告する広報誌の発行などに取り組むことを5月の総会で提案していくことまでが紹介されていました。
 
これに関しては、以前に東浦地区の区長会長さんからもお話しを伺っていた訳ですが、地区に住む人口の半数以上が65歳以上という高齢化にあっても地域の継承と活性化をしようと知恵を絞り取り組む姿、そしてこうして一歩前に進む役員の皆さんの姿に心から嬉しく感じること。
 
関係人口の考えも取り入れ、来て良かった、住んで良かった東浦地区を目指すとの力強い思いも込めて設立した運営協議会。
 
実は私、議員になって初めての定例会で一番最初に取り上げた質問テーマが「地域コミュニティ」でして、今でもまちづくりの一丁目一番地は「ここにあり」と考えるところであり、そうした思いも踏まえながら、今後、東浦地区とは連携をさせていただきながらお手伝いさせていただきたいと思います。
 
もうひとつは、土曜日の新聞に掲載されていた、地元粟野地区の記事。
 
粟野地区においては、先ほどの東浦に先駆けて、平成28年に「粟野コミュニティ運営協議会」を立ち上げ、こちらは21の団体が協力し合って、既に「粟野ふるさと祭り」などのビッグイベント運営などを行なってきているところ。
 
そうした中、今回は、粟野地区の歴史を後世に伝えようと、各地区老人クラブの役員ら29名で構成する「粟野の歴史を語り継ぐ会」が、昭和から平成までの歴史を令和へつなぐ冊子「うららん所在(とこ)No.2」を発刊するとの記事。
 
このタイトルの「うららん所在」ですが、敦賀の人でも分からないかもと解説させていただくと、「うら」は「私」、「うらら」とは「私たち」を指す方言で、つまり訳すと「私たちの住むまち」となります。
 
記事では、昭和57年3月にNo.1が発刊されているということで、それから丁度40年の時を経て発刊されることとなった経緯や思いなどが掲載されていました。
 
そして、昨日、粟野公民館にて関係者が集っての「発刊記念の集い」が開催され、私も地元選出市議のひとりとして出席させていただきました。
 
手に取った「うららん所在」はA4版、271ページ、巻頭グラビア「後世に残したい!粟野ふるさと遺産!」から始まり、第1章では「写真で見る粟野の昭和史」、第2章では「写真で見る粟野の平成史」、第3章では「粟野地区の概要」、第4章では「皆様からの投稿編」として全82編の住民の皆さんから頂いた思い出話しやエピソード、伝統や風習までもを掲載、そして最後の「資料編」では、芥川龍之介の小説でも有名な「芋粥」に始まり、神社や文化財、仏像やお寺まで、粟野に古くからある貴重な財産を丁寧に紹介するなど、見応え、読み応え満載、まさに「後世に残すバイブル」的存在の冊子だと感銘を受けた次第です。
 

 
式典では、まさに粟野地区を表す「仰ぎ見る野坂の御嶽、水清き黒河の流れ」の歌詞で始まる粟野中学校校歌の静聴から始まり、主催者挨拶、渕上市長ら来賓からの祝辞に続き、冊子の概要をパワーポイントで紹介したり、特徴的なスライドではコメンテーターが当時の思い出を懐かしく語られたほか、敦賀市立博物館館長補佐の高早さんの記念講演「粟野の文化財を通して」までが行われ、改めて粟野への愛情とアットホームな雰囲気を感じる式典となりました。
 
昭和30年に敦賀市に編入合併するまでは、人口6,300人であった粟野村は、今や人口約23,000人、約9,600世帯、敦賀の約3分の1が住むマンモス地区に成長を遂げていますが、まさにその過程や出来事、エピソード、文化までを思いとともに詰め込んだ271ページ。
 
約2年の月日を掛けて企画、編集、発行までを戴いた「粟野の歴史を語り継ぐ会」の皆さんを始め、写真や記事を投稿戴いた地区住民の皆さん、そしてこの活動を縁の下でしっかりとバックアップしていただいた粟野公民館職員の皆さん、本当にありがとうございました。
 
説明スライドにあった言葉、「進歩の多くは、過去に対する知識によって生み出されている。粟野の歴史を知ろう。」
 
文化や歴史を次代が知り、継承していくことで時代は続く。
 
We Love AWANO、We Love TSURUGA
 
素晴らしき人、素晴らしき文化に恵まれ、こうしてこの粟野、敦賀に住んでいことへの感謝と誇りをもって、今日からさらに頑張ります!
 

地域への愛情満載「東浦地区ミニ文化展」

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事前情報で知っている方も多いとは思いますが、今晩のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」のタイトルは「逃げよ信長〜金ヶ崎決戦!」。
 
これまでも度々「敦賀」の名前が出てきていましたが、敦賀を舞台に繰り広げられた、信長の人生最大のピンチと言われる撤退戦「金ヶ崎の退き口」がいよいよ出番を迎えるとあって、その模様がどう描かれ、どう演じられるのか。
 
秀吉は、この撤退戦で活躍したことを切掛けにサクセスストーリが始まったとも言われており、乱世の時代に敦賀の地であった歴史を楽しみに視聴したいと思います。
 
さて、話しは歴史から文化に移りますが、先般東浦公民館に寄った際に開催案内チラシを頂戴した「東浦地区ミニ文化展」。
 

 
ふらり車を走らせ、東浦公民館へ鑑賞に行ってまいりました。
 
温かく迎えてくれた館長さんのお話しによると、このミニ文化展、例年は敬老会と併せて開催しているとのことですが、その敬老会もコロナで中止となり、今年は単独での開催とのこと。
 
そういったことからか、若干出展数が少ないかなとも仰っておられましたが何のその。
 
大小ふたつのホールに所狭しと並ぶ地元の皆さんの力作に見入ってしまいました。
 

 
展示のジャンルは生花、絵画、書道、手芸など様々でありましたが、特徴的だったのは、小学生の絵や読書カードも展示されていたこと。
 
東浦小中学校に赤崎小と、この地区に通う元気な子ども達の姿が目に浮かぶようであったのと、読書カードについては東浦区長会長賞や東浦公民館長賞、子ども会長賞とあり、真剣に選定している写真などから、まさに地域で子ども達を見守り、育むとの雰囲気を感じた次第です。
 
赤崎小学校の生徒は、この先、角鹿小中学校に通学することになりますが、この地域に住むことに変わりはなく、引き続きこうした環境で育って欲しいなと思います。
 
さらに、展示品もさることながらながら、素晴らしいと感じたのは大ホールからのロケーション。
 
恥ずかしながら、大ホールに入ったのは初めてであった訳ですが、浜辺に向かい大きくくり抜かれた窓のデザインはどこか舟窓をイメージするものであるとともに、そこからの五幡の海岸線はこれまた最高の眺め。
 
この日は生憎の天候でしたが、晴天の日は東浦の宝である「夕陽」が見事に見えるだろうと想像が膨らみました。
 

 
小ホールの横にあるテラスも含め、浜辺や海と一体感ある作りは、自然との共生をイメージされたものなのか。
 
ここまで行くと考えすぎかも知れませんが、展示品や建物自体からも郷土愛を感じる良き時間を過ごすことが出来ました。
 
先日のブログでお伝えした通り、この東浦地区は「コミュニティ運営協議会」を設立し、高齢化が進む中にあっても皆で地域を守り、大切にしていこうと取り組んでいる地区。
 
私にとっては、父の出身地でもある第二の故郷であるとの思いも含め、引き続き関わりを大事にしながら取り組んでいきたいと思います。
 
最後になりますが、「東浦地区ミニ文化展」の開催は「本日まで」となっておりますので、地区の方もそうでない方もお立ち寄りいただけると嬉しく思います。

祝!「東浦コミュニティ運営協議会」設立!

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26日に召集された203回国会(臨時会)は、本日より菅首相の所信表明演説に対する各党の代表質問が行われます。
 
衆議院が28、29の両日、参議院が29、30両日の予定となっている訳ですが、本国会に臨む野党の姿勢を見ると、立憲民主党がGoToキャンペーンの影響などコロナ対策の追及に加え、日本学術会議が推薦した会員候補のうち6名の任命が見送られたことについて「徹底的に撤回を求めて戦う」構えだそう。
 
次期衆議院選挙での連携を念頭に、共産党も立憲民主党と同一の歩調を取るとされています。
 
一方、立憲民主党との共同会派を離脱した国民民主党は、新型コロナに関し、「11月中に追加の現金給付を含む新たな追加経済対策をまとめ政府にぶつけていく」としたほか、立憲民主党が慎重な国会での憲法審査会の開催についても「基本的な立場は違っても議論をしっかり積み重ねていくことが大切だ」と積極姿勢を見せ、政策提案を通じて独自色を出す考えとのこと。
 
正直申し上げ、立憲民主党が共産党とタッグを組み、追及と称した「揚げ足取り」や国税を投じながら国益を失するかの日本学術会議の問題をヒステリックに叫ぶ姿が目に浮かびますが、言論の府にあるまじきこの構図にはもううんざり。
 
このコロナ禍において臨時国会の開催を要求してまで行うべきは何かを考えれば、政権の失点稼ぎやパフォーマンスに時間を費やしている場合ではありません。
 
コロナ対策など近視眼的な課題、憲法改正など我が国の長期的課題に対し、言論を持って論ずる真の国会の姿に足るのはどの政党か、本国会を通じ、しっかり見極めることが出来るものと考えます。
 
以前にも述べた通り、政治の力は「数」であれど、国民の信頼を得るのは「信念を貫く」姿。
 
皆さんにおかれましても、その点ご留意いただき、今後の国会の動向に注視いただきたく存じます。
 
話しを身近なことに置き換えますが、さる10月23日、敦賀市の東浦地区にて「東浦コミュニティ運営協議会」が設立しました。
 
実は私、議員になって初めての一般質問で取り上げたのが「人口減少対策と地域コミュニティの維持について」でありまして、既にコミュニティ運営協議会を設立している粟野地区に次いで、他の地区も続けるよう行政としての支援のあり方などについて意見提起するなど、自身としては一丁目一番地のテーマともしているところ。
 
東浦地区においては、以前より区長会長さんとも連携させていただいていました。
 
そうした経過のもと、本協議会は、昨年11月に検討会を立ち上げて以降、5回の会議を通じ、地域の活力源である若手リーダーを事務局に配置するなどの体制構築のもと、晴れて設立を迎えたもの。
 
この東浦地区は、少子高齢化に加え、過疎化も進み、地域の行事運営の基礎的活動や歴史文化の継承までもが困難になっていることを踏まえ、地域全体の人のつながりと互いに支え合い、補い合うことで、豊かで温もりのある地域としていくとの目的のもと、本協議会がその役割を果たしていこうというものであり、生まれ育った地域への強い思いと新たな組織にてチャレンジする姿勢に敬意を表するとともに、私自身、大変嬉しく思うところであります。
 
今後は、市の「コミュニティ事業運営交付金」なども活用しながら、11地区の区長さんを中心にスポーツ協会、老人クラブなど様々な地域団体が補完し合うスタイルで来年度の東浦夏祭りに向け活動を進めるとのことであり、私にとって第二の故郷とも言えるこの東浦地区のため、出来うる限り活動に協力していく所存です。
 
この日は、現状の地区全体の課題などもお伺いした訳ですが、これとは別に以前から気になっていた場所の現場調査も行うことが出来、大変有意義な時間を過ごしました。
 
その気になる場所とは「杉津」にあったのですが、ちょうど同級生が関係している場所でもあり、連絡したところ急遽ガイドに駆けつけてくれ心より感謝。
 
赤裸々に申し上げることは控えますが、地域の歴史に加え、自慢のスポットの紹介、そして互いの夢まで語り会うことが出来ました。
 
古から変わらぬ東浦からの景観は、敦賀の宝のひとつだと思います。
 
こうした自慢の宝を持つ地域にお住まいの方が、こうして新たな組織を立ち上げ故郷を維持していこうとしている今、この地域を守り、持続的発展につなげるために私自身何をすべきか。
 
地域の皆さんの声を原点に、今後も連携のもと活動にあたっていきます。
 
以上、東浦地区への思いを込めて、素晴らしき杉津からの眺めをご紹介し、本日のブログとさせていただきます。
 





地域行事も「コロナと熱中症対策」を十分に

ブログ 地域コミュニティ

「やられたらやり返す、倍返しだ!」のセリフで有名なTBS系ドラマ「半沢直樹」の第2幕が始まりました。
 
実は、このシリーズの原作となっている池井戸潤の小説に一時ハマり、片っ端から読んだ中に、今回のドラマの元となっている「ロスジェネの逆襲」「銀盤のイカロス」も含まれている訳ですが、それはそれとして、小説のシーンさながらの出演者たちの演技、ジェットコースターのように目まぐるしい展開など、食い入るようにドラマを見てしまいました。
 
決めゼリフのシーンが流れると、SNS上では、「ラストに来たー!」などの声が多数上がり、何とTwetterでは「#半沢直樹」が世界トレンド1位になったとか。
 
当面、日曜夜9時はこのドラマを見ることになりそうですが、この「倍返し」だけは食らわないよう、自身の振る舞いや何事も「筋を通す」ということに気をつけていきたいものです。
 
さて、昨日の日中は、町内の資源回収に参加。
 
ひばりヶ丘町では春と秋の年2回、新聞・雑誌に加えダンボールの回収を行っている訳ですが、コロナに配慮し、春の回収は見送っていたところ。
 
また、育成会がメインで行うということで、いつもはお子さんも大勢参加されるところ、ここもコロナを踏まえ、今回はお子さんの参加は控えていただき、親御さんと区の役員中心に行った訳ですが、いつもよりお父さん方の参加が多かったように感じました。
 
春の回収を見送っていた分、やや回収量も多く積載車に乗り切るかと心配しましたが、そこは業者さんの腕前、新聞・雑誌は荷台にしっかり納まり、これにパッカー車2台分のダンボールを回収し、約2時間で作業を終えることが出来ました。
 

 
それにしても、「皆さんの日頃の行いが良すぎる」とどなたたが仰っていた通り、久しぶりの晴天に強い日差し、気温が作業開始の9時時点で29度の暑さ。
 
梅雨の湿気も合間って、少し動くと汗が吹き出す状況の中、皆さん木陰で休憩を取りながらの作業となりました。
 
マスクも「(熱中症に配慮し)是が非でもつけっぱなしでは無く、状況を見て外してください」と区長からの言葉もあり、ソーシャルディスタンスが確保出来る場所でマスクを外すと、肌にべちゃつく媒体もなく、新鮮な空気を思いっきり吸えることの何と気持ち良いこと。
 
こまめな水分補給とも合わせ、昨日の作業では誰ひとり体調不良などなく終了しましたが、やはり例年の熱中症対策に加え、この「マスク着用」による影響に配慮した行動が大切であることを身を持って体験しました。
 
マスケットやフェイスシールドなどを使用し、熱中症対策を徹底する作業現場などと異なり、対策や配慮が手薄になりがちな地元行事。
 
今後、夏本番を迎えますが、徐々に再開されていく方向の地域行事に関しては、ボランティアで支える方々の安全を第一に、くれぐれも「コロナと熱中症対策」の両輪を意識のうえ、これも「新たな行動様式」とご理解のうえ対応いただけますようお願いしたいと存じます。

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