戦没者にささげる正午の黙とう

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81回目の「終戦の日」を迎えた昨日。
 
政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館で開かれ、天皇、皇后両陛下のほか、高市首相ら三権の長、戦没者遺族ら計4180人が参列のもと、戦没者を悼みました。 
 
昨年の追悼式で、天皇陛下が「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」のお言葉を述べられたことを、昨日のブログでお伝えしましたが、今年のお言葉は次のとおり。
 
<天皇陛下のお言葉(全文)>
 
先の大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 
終戦以来81年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
 
ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
 
<引用終わり>
 
あらためて、このお言葉を胸に留めます。
 
なお、高市首相の式辞で気になったのは、昨年までの「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」から、「繰り返させない」と、敢えて「せ」の一文字を加えていたこと。
 
文脈的に、前者が、“自分自身(自国)が二度としない”に対し、後者は“相手や他者(他国)、あるいは曖昧な存在に、させない”となるため、これは大きな違いであり、陛下のお言葉にある立ち位置とも異なるのではと、違和感を覚えた次第です。
 
厳粛な雰囲気の中行われた式典は、午前11時50分過ぎに始まり、正午の時報に合わせて1分間の黙とうがささげられました。
 
なお、敦賀市の公式LINEからは、11時30分に「黙とうのお願い」を着信。
 
12時00分に屋外スピーカーからサイレンを鳴らすのに合わせて、1分間の黙とうをささげていただくようお願いする旨のお知らせがあり、こうして事前に、市として呼びかけられることは大変良い取り組みと感じた次第です。
 
また、全国各地で、正午に黙とうが捧げられる中、熱戦続く甲子園球場では、ちょうど第2試合の敦賀気比―智弁和歌山戦の五回表終了時。
 
選手、スタンドの観客全員で、戦没者の慰霊と永遠の平和を祈念して黙とうをささげる様子がテレビで流れていました。
 

【甲子園での黙とうの様子(産経ニュースより引用)】
 
甲子園での「終戦の日」の黙とうは1963年の第45回大会から行われているとのこと。
 
試合では、2-2同点からのタイブレークの末、延長11回に3-7で、地元代表の敦賀気比は惜しくも敗れましたが、選手の皆さんの健闘を讃えるとともに、大歓声から一転、静寂の「甲子園」でささげた黙とうの記憶が、この後、8月15日を迎えるたびに蘇るのではと思った次第です。
 
こうして「終戦の日」が過ぎ、今日の敦賀は「とうろう流しと大花火大会」。
 
お盆も最後、天気の心配もなく、無事に開催されそうです。

戦後81年「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぐ」

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亡き父の初盆を迎え、昨日はお盆参り。
 
実家(といっても隣ですが)にて、住職様にお経をあげていただきました。
 
これに、母はもちろん、我が家と妹(双子)夫婦、甥っ子、姪っ子も集まりにぎやかに。
 
笑顔の写真を採用した遺影の父も、いつも以上に微笑んでいる気がしました。
 
なお、先日ご紹介したよう、浄土真宗は、お盆だからといって、御霊を迎え、お送りする習慣はないものの、皆で故人を偲び、生命のありがたさを思うことは同じ。
 
こうした機会を大切にしていきたいと思った次第です。
 
さて、お盆と重なって迎える今日の「終戦の日」。
 
戦後81年となった本日、すべての御霊安らかなれと心からの祈りを捧げます。
 
その上で、実は、日本対連合国諸国との間で戦われた大東亜戦争の国際法上の終結は、昭和26(1951)年9月8日に調印された講和条約が翌27年4月28日に法的効力を発効させた時を以て(もって)であり、これを真の終戦とすれば、今年で75年。
 
しかしながら、我が国の正規の国軍が死力を尽して戦った戦争は実質、昭和20(1945)年8月に終ったことから、本年を「戦後81年」と捉えることは妥当とされます。
 
振り返ってみますと、本年元日のブログで、自身の思いを「昨年、議会でも取り上げました『戦後80年』の節目を過ぎあらためて、先の大戦において、わが国の領土と国民の生命、財産を守るために戦った英霊、犠牲となったすべての戦没者戦災死没者に哀悼の意を表するとともに、こうした先人たちの命懸けの努力の上に今があることを胸に、次の時代に進まねばと思うところ」と述べています。
 
思いの根底にあるのは、祖国や家族を守るため命を懸けて戦った英霊や戦争の戦禍に倒れ命を失った、すべての先人たちの犠牲の上に今の平和があり、今の日本があるということ。
 
そしてもう一つは、「史実を踏まえない誹謗に気概を持って反論しなければ、自虐史観から脱することはできない」ことから、「大東亜戦争」など、史実に基づく戦争の呼称や「日本は何のために戦ったのか、戦わざるを得なかったのか」をしっかりと認識せねばならないとの思いであります。
 
なお、後段について、私は戦争を美化する考えは毛頭もなく、逆に戦争をしないため、恒久平和をいかに実現するかを根底からどう考えるかの視点に立っての記載であることをご理解賜りたく存じます。
 
そうして今日は、政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館で開かれます。
 
厚生労働省によると、事前に参列意向を示した遺族は3270人。
 
うち、戦後生まれは昨年初めて半数を超える53%だったのに対し、今年は1840人で56%に増えたとのこと。
 
こうして戦後生まれの参列が過去最多となる中、惨禍の記憶と教訓を次世代にどう継承し生かすか、その在り方が問われています。
 
天皇陛下は、戦後80年となった昨年のお言葉で「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」との一節を新たに加えられました。
 
「終戦の日」にあたり、このお言葉の意味を今一度噛み締め、「戦没者追悼敦賀市民の会」に参画するなど、自身も微力ながら尽力してまいる所存です。
 

【「終戦の日」の朝。敗戦から、この朝日のように立ち上がった先人の姿を忘れてはならない。】

北方領土は日本固有の領土だ

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「レベル5特別警報」
 
警戒レベルと警報などの名称を併記する新たな防災気象情報は5月に提供が始まり、「レベル5特別警報」は、自治体が警戒レベル5の緊急安全確保を出す判断材料となります。
 
その「レベル5 大雨特別警報」が13日夜、千葉市など千葉県内の18市に気象庁から出され、千葉や茨城、埼玉の3県で避難指示は23万人超に上りました。
 
この大雨により、市川市・佐倉市(いずれも千葉県)では冠水した道路で男女2名が死亡、柏市(同)では車両に70代女性が閉じ込められ、心肺停止状態で搬送されるなどの人身被害が発生。
 
また、交通機能の麻痺により、多くの“帰宅難民”が発生するなど、留まった線状降水帯は大きな影響を及ぼしました。
 
なお、気象庁によると、5月に新たな防災気象情報の提供が始まって以来2度目(前回は台風6号に伴う河川の氾濫特別警報)、大雨のレベル5特別警報の発表は「初」だったとのこと。
 
自然災害は、いつどこで起きてもおかしくないことを痛感した次第であります。
 
なお、豪雨や暴風など、襲ってくる自然に対しては怒っても仕方ないと思う一方、同じ“暴”の付く、こちらの暴挙は国として怒らねばならぬこと。
 
終戦の日が迫る中、昨日、ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島に足を踏み入れました。
 
ロシアの元首が北方領土に足を踏み入れるのは16年前のメドベージェフ大統領(当時)の国後島訪問以来。
 
これに高市総理は、「訪問に強く抗議する。北方領土は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ。日本国民の感情を傷つけるもので断じて許容できない」と述べたのは当然であります。
 
なぜなら、北方領土は日本固有の領土であり、旧ソ連時代から不法占拠する日本の島を訪れるのは認められず、このような暴挙は最大限の非難に値すると思うからであります。
 
この「北方領土」問題に関しては、四島返還運動の一層の推進を図る2月7日の「北方領土の日」が実は、自身の誕生日と重なることもあって、以前より意識をもって啓発活動などに取り組むところ。
 
ここで、「不法占拠」だという「北方領土問題」の事実関係を、過去ブログでも紹介した外務省ホームページ(HP)を基におさらいしておくと、ポイントは大きく以下3点となります。
 
<外務省ホームページ(HP)「北方領土の日」より引用>
 
(1)日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。
 
(2)しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から遅くとも9月5日までの間に北方四島の全てを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までに全ての日本人を強制退去させました。今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。
 
(3)北方領土問題が存在するため、日露間では、戦後70年(現在では80年)以上を経たにもかかわらず、いまだ平和条約が締結されていません。
 

【北方領土の位置関係(外務省HPより)】
 
<引用終わり>
 
※北方領土問題に関わる過去ブログは以下。
 
→2025年8月16日ブログ『許すまじ、終戦の後に不法占拠された「北方領土問題」』
 
日本が敗戦濃厚と見るや否や、国家間の約束など無かったかの如く日本の領土を奪い、既成事実化するロシアの姿はまさに、「火事場泥棒」。
 
この許されざる行為から今年で「81年」を迎えるのが、「北方領土問題」なのであります。
 
昨日、足を踏み入れたプーチン大統領は、第二次世界大戦の結果、北方領土がロシア領になったとの妄言も口にしているとありましたが、ウクライナ侵略といい、こうした暴挙をどれほど重ねるのか。
 
思えば昨年、不法占拠する北方領土周辺(色丹島北方の複数の区域)で8月いっぱい軍事演習を行うと、ロシアが日本に通告したのは15日の「終戦の日」でした。
 
今年は「終戦の日」の2日前。
 
明らかな日本に対する挑発行為であり、威嚇であるとも言えます。
 
「力こそ正義」とばかりに行動する相手に対し、高市政権は、抗議だけでこの暴挙を見過ごすのではなく、「力による現状変更」は決して認められるべきではないという強い国家の意思を示し、宥和(ゆうわ)政策を見直した上で、国際社会と連携して対ロ制裁を強めるべきではないかと考える次第であります。

初盆を迎えるにあたり

ブログ 人生観

次々と現れる台風。
 
台風15号が過ぎ去ったかと思えば、今後は大型の台風17号(名称:ナンカー)が発生し、小笠原近海を北北東に進んでいます。
 
なお、進路に関しては、台風15号と同じようにしばらく東寄りに進んだあと、北へと進路を変える見込みとあり、「今のところ」日本列島に上陸することは無いようですが、このまま予想どおりの方向へ進むよう願うのみであります。
 
さて、今日からはお盆。
 
言うまでもなく、お盆とは、ご先祖様の霊をご自宅にお迎えしてご供養する夏の仏教行事。
 
宗派や地域によっては、1年に1度帰省するご先祖様の魂が迷わぬよう、玄関先で焚いて目印とする炎を指す、お盆の「迎え火・送り火」や、浄土宗や日蓮宗などの宗派の場合は、提灯などのお盆飾りやお供え、ご先祖様の冥福を祈る「追善供養」を行うのが一般的とあります。
 
一方で、浄土真宗(真宗大谷派)の我が家も然り、「亡くなられた方の魂はすぐに極楽浄土へ往生できる」という考えのため、「お盆にご先祖様が帰ってくる」という概念がなく、お盆の追善供養も一般的には行わないことは、以前に住職からも教わったこと。
 
お盆を迎えるにあたり、そのことを今一度理解しておこうと、浄土真宗の考えを辿るとまず、お盆の原点である経典『仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)』では、この時に修行者の集団に食物等を供養すれば、その善い行いにより、生存している父母から亡くなった先祖までが大きな福を得ることができることが説かれています。
 
※「お盆」は、正式には「盂蘭盆(うらぼん)」といい、「倒さ(さかさ)に懸ける倒懸(とうけん)」という意味で、お釈迦さまの弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)の亡き母が餓鬼道(がきどう)に落ちている姿をたとえたもの。
 
『盂蘭盆経』には目連尊者の母が六道の中の餓鬼の世界に堕ちていたことが説かれており、そして現在、浄土真宗以外の多くの宗派では、お盆に施餓鬼会(せがきえ)を勤めています。
 
施餓鬼会は、餓鬼の世界の飢えと渇きに苦しんでいる者たちに食物を施す法要で、『盂蘭盆経』の内容からすれば行って当然だろうと思われるかもしれませんが、実は最初からお盆に施餓鬼会が勤められていたわけではなく、元はそれぞれ別の法会であったのが、江戸時代頃に一緒になったといわれていて、実はかなり最近のこと。
 
また、一般的なお盆のイメージはやはり、「先祖の霊が帰ってくる」というものですが、『盂蘭盆経』には、亡き人の幸福のために善いことを行うという追善供養のことは説かれていても、「霊が帰ってくる」というような記述はどこにもなく、実はこの「霊が帰ってくる」という考え方は、『盂蘭盆経』や、その他の仏教の教えに由来するものではなく、日本の民俗信仰に由来するものだといわれています。
 
この『盂蘭盆経』物語を思うとき、浄土真宗ではお盆をお迎えするにあたっては、特別なお供え(野菜で作る馬や牛など)をすることではなく、改めて亡き人を偲びながら、“いのち”の事実とその“いのち”にかけられた深い願いに耳を傾けることを大事にしてきました。
 
お寺やご家庭のお内仏(お仏壇)、お墓へのお参りを通して、いま生きているこの私の“いのち”や人生を振り返る時間として過ごすのが、浄土真宗の「お盆」の迎え方とされています。<真宗大谷派ホームページなどによる>
 
決して他の宗派や習わしを否定するわけでないことはご理解いただいた上で、もとは浄土真宗の教えと合わないような考え方であっても、お浄土を思い、阿弥陀さまの教えを通して受け止めることによって、お浄土の懐かしい方々を偲びつつ、阿弥陀さまのお救いを聞きよろこぶ大切なご縁となっていく。
 
これが、浄土真宗のお盆の要であると学びました。
 
昨秋に父を亡くし、迎える初盆。
 
上記の考えとも通ずる、49日の法要で住職さんが最後に残された言葉はこちら。
 

 
あらためてこの意味合いを思いつつ、教えに沿って、このお盆を過ごしたいと思います。

無風の敦賀は「台風の目」か

ブログ 防犯/防災

お盆を前に、関東に上陸した台風15号。
 
各地で被害が出ていて、これまでに茨城県や栃木県であわせて4人がけが、倒木などの影響により、東京電力パワーグリッドによれば、12日午前6時の時点で、茨城県や栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、山梨県であわせておよそ7660戸が停電しているとのこと。
 
なお、停電に関しては、11日午後8時の時点で1万軒以上発生していたことを思えば、順次復旧しているのも昼夜分かたず作業に当たる関係者の皆さんのおかげ。
 
「電力マン」の思いは、“1秒でも早く電気を届ける”ことであり、使命感をもっての献身的な対応に敬意を表する次第です。
 

 
その上で、写真は12日午前6時現在のウェザーニュース“台風情報”。
 
上陸後、日本列島を西に進む「台風15号」の中心は、ちょうど敦賀の真上にあるように見えます。
 
台風襲来ということもあり、水曜恒例の辻立ちをあらかじめ中止としたところでしたが、先ほど外に出ると“無風”で静寂。
 
空にはわずかに青空も。
 
これが「台風の目」でしょうか。
 
こうしてピッタリ、中心に当たることもないかと、せっかくなので気象庁の解説にて「台風の目」について調べてみると、台風の中では、強い風が中心に向かって反時計回りに吹き込んでおり、スピードの速い車に乗っていると、カーブにさしかかったときに体が外側へ引っ張られるのと同じように、台風の風も中心に近づいて速くなるほど外側へ引っ張られる力(遠心力)が強く働きます。
 
すると、外側に引っ張られる力が強すぎて、中心に向かって風が吹き込めなくなる部分ができます。
 
この風の入り込めない部分が「台風の目」で、台風の「目」の中では風が弱く、雲がなく晴れていることもあります。
 
解説を読み、状況からして間違いないと認識したわけですが、油断は禁物。
 
台風の目を取り囲むようにある積乱雲の雲の壁の存在により、再び雨や風が強まり、非常に危険な状態になることがあるとも。
 
こうしたことから、今しばし、台風15号の状況を注視しておきます。
 
さて、話は変わり、昨日の甲子園では、福井県代表の敦賀気比が10-0で横手(秋田)に快勝。
 
次戦は15日(土)、対戦相手はこちらも強豪の智弁和歌山となります。
 
別の意味において、「台風の目」とは、激しく動く物事の中心にいて、周囲に大きな影響や波乱を引き起こす原因となる人や事物を表す慣用句としても使われますが、今の敦賀と同じよう、甲子園大会においても敦賀気比がその「目」になるか。
 
なお、敦賀気比は、センバツ優勝経験校。
 
“波乱”と言っては失礼に当たるかもしれませんが、この夏の甲子園に“旋風”を巻き起こすことを期待する次第です。

「台風15号」に警戒を

ブログ 敦賀と野球 防犯/防災

週初めの昨日。
 
街頭活動のため、いつもの交差点に立つと交通量がめっきり少なく。
 
お盆ウィーク、しかもブリッジホリデー(休日と休日の間に休暇取得)かと、その要因を遅かりしながら気づい次第です。
 
なお、ここ最近の月曜日は不思議と曇天が多く、被るつもりでトランクに積んである“麦わら帽子”を使うことなくスタート。
 
昨日0時48分には震度2の地震があった敦賀ですが、依然として続く猛暑に加え、今週は台風15号襲来の予報となっていることから、街頭では防災の関係を中心にお話ししました。
 
とりわけ、暴風への備えに関しては、「対策は明るいうちに」が基本で、窓ガラスの保護・補強、停電や断水などライフラインが途絶えたときのことを想定し、光源(懐中電灯など)・食料の確保、スマートフォンの予備バッテリー、浴槽やバケツなどに水をためておく等々。
 
思えば4年前、記録的な大雨により、お隣の南越前町では、河川氾濫や土砂崩れなど、甚大な被害が発生したのもこの8月。
 
その際は敦賀でも、県道の一部が崩落するなどの被害があったわけですが、そうした過去の大規模自然災害の経験、そして地震で被災した熊本を思いつつ、街頭での結びには、「自分だけは大丈夫という〝正常性バイアス”を捨てて、備えましょう!」と呼びかけたところです。
 

【ウェザーニュースの風レーダー。台風15号はこの先、日本列島を西へ。】
 
さて、「山の日」の今日。
 
台風15号の影響により今朝は北風で過ごしやすく、どこか嵐の前の静けさといった雰囲気ですが、敦賀は“アツイ”日になろうかと。
 
その理由は、熱戦続く甲子園。
 
本日、大会第7日の第1試合(午前8時開始)に地元、敦賀気比高校(2年連続13度目の出場)が登場。
 
57年ぶり2度目の出場となる横手(秋田)と対戦します。
 
横手のエースは秋田大会全5試合に登板し、4試合で完投、計39回を投げて自責点1、防御率0.23を誇る投手だそう。
 
この絶対的なエースをどう攻略するかが鍵で、ロースコアの試合が予想されますが、ラッキーなことに、午前中はちょうど外出の予定なし。
 
この後は、テレビの前でしっかり応援したいと思います。

大飯発電所3号機が原子炉自動停止

ブログ 原子力

夏といえば海!
 
私の場合、幼少期からの海の思い出は、亡き父の出身地でもある「大比田海岸」で、結婚して子どもができてからも同じく、大比田はもちろん、赤崎や鞠山など、東浦で海水浴を楽しむことが多かったことを思い返すところです。
 
一方、今朝の福井新聞1面。
 
『姿消す海水浴場』のタイトルで、福井県内にある海水浴場の開設が2003年の70箇所から2026年では56ヶ所になり、約20年間で2割減少。
 
新型コロナウイルス禍以降に客足が回復しないことに加え、「日焼けしたくない」「暑過ぎて子どもを連れて行けない」など、社会的あるいは気候の変化から来る“海水浴客離れ”が深刻で、同03年の109万7千人から、25年は46万8千人と約6割も減少したとのこと。
 
紙面では、今年の開設を取りやめた敦賀市の田結(たい)海水浴場の事例も掲載されていましたが、敦賀市の海水浴場9ヶ所は、県内では越前町(11ヶ所)に次いで多いとありました。
 
冒頭の「夏といえば海!」は、もはや古い考えになっている?と思うと寂しい気持ちがしますが、先に全国ニュースでも取り上げられていた「気比の松原海水浴場」をはじめ、今後の運営のあり方等について課題認識を強めるところであります。
 
さて、海水浴離れの要因の一つであるこの暑さ。
 
猛暑日続きで、電力需給も大変厳しい状況にあることはこれまで何度も記載しているところですが、そのような中、一昨日は“痛い”出来事が。
 
定格熱出力一定運転中の関西電力 大飯発電所3号機が、8月8日23時56分に「界磁喪失※」警報が発信したことから、発電機が自動停止。
 
これに伴い、原子炉も自動停止しました。
 
※:発電機内に磁界を発生させるための状態が失われた際に発信する警報
 

【8月9日付けで関西電力のプレスリリースにあった、本事象の補足説明資料を抜粋掲載】
 
原因については、現在調査中。
 
関西電力では、定期検査中の美浜発電所3号機、高浜発電所3号機を除く、高浜発電所1・2号機(定格出力:82.6万kw)、同4号機(87.0万kw)、大飯発電所3&4号機(118.0万kw)の合計488.2万kw(定格)もの発電を続けていたところ。
 
この夏季ピークに“118.0万kw”の離脱は、文字どおり“痛い”わけですが、何をおいても安全最優先。
 
ちょうど、自動停止した日の翌8月9日は、2004年に、作業員11人が死傷した関西電力美浜発電所3号機の二次系配管破損事故が発生した日。
 
あれから22年を迎えました。
 
安全を第一義にする「安全文化」の醸成に終わりはなく、常に高みを目指して取り組むことは、原子力関連産業に勤める者の基本中の基本。
 
大飯発電所3号機に関しては、とにかく早い再起動が望まれる状況にあることは重々承知のところではありますが、そこはしっかりと、自動停止の原因を突き止め、徹底した調査、対策を講じた上で、万全を期して戦線復帰いただけるようお願いする次第であります。

決して忘れまじ 〜81年前、敦賀に投下された「模擬原爆」〜

ブログ 政治

“令和8年8月8日”
 
元号・月・日で8が三つ並ぶのは平成8年8月8日以来30年ぶりで、さらにその前は戦前の昭和8年8月8日。
 
100年間で3回しかないメモリアルな日、さらには末広がりの8ということで、婚姻届を出すカップルが多かったそう。
 
そうしたニュースに触れる中、先ほど朝散歩で会った近所のおばちゃんと話すとなんと、娘さんが昨日、結婚されたとのこと。
 
「それは縁起が良いですね!」とお声かけするとともに、祝福の言葉を送ったところですが、来年は「999」。
 
単純思考の私としては、すぐに頭をよぎった松本零士さんの「銀河鉄道999」。
 
「999」とゆかりのある本市だからこその、ロマンチックなイベントを企画する絶好の日になるのではと思った次第です。
 
そうして、おめでたい日となった8月8日ですが、一方、敦賀に住む者として決して忘れてならないのは、昭和20(1945)年8日8日にあった、敦賀への「模擬原爆」投下。
 
午前9時頃、アメリカ軍が原爆投下の訓練のため、敦賀市の東洋紡(当時は東洋紡績)に爆弾を投下し、動員されていた学生ら33人が犠牲となってから81年を迎えました。
 
かのB-29爆撃機が敦賀に投下したのは、長崎に投下した原子爆弾と同型の模擬爆弾(通称パンプキン)。
 
この投下以前にあった、同年7月12日、7月30日の空襲で甚大な被害を受けた敦賀に三度目となる空襲の当時の状況は、「敦賀市史」通史編(下巻)第四節 三.敦賀大空襲に、次のように記録されています。
 
※昨年のブログでも同じ引用をしましたが、「風化させない」という思いで今年も掲載いたします。
 
<以下、「敦賀市史」を引用>
 
(7月30日の空襲に)ついで、八月八日午前九時ごろ、空襲警報が発令され、市民は防空壕に退避した。まもなくB29が単機敦賀上空に現われ、一旋回して低空飛行の態勢で東洋紡績工場に爆弾を投下し、そのまま南方に飛び去った。この爆弾は、東洋紡の捲糸室に命中し、火災となった。また隣接していた紡糸室と事務所の一部とが爆風のために破壊された。この爆撃で、工員一五名、動員学徒一六名、引率教員二名の命が失われた。
 
こうしたなかで敦賀は、八月十五日の敗戦の日を迎えるのである。なおこの項の記述にあたっては、多く『敦賀市戦災復興史』の記述を利用させていただいた。
 
<引用終わり>
 

【模擬原爆の被害にあった東洋紡敦賀工場の様子(出典元調査中)】
 
私は以前に、東洋紡敦賀工場にお伺いし、保存されてる当時の資料を拝見させていただいたことがありますが、81年前にあった史実を目の当たりにし、突然若き命を奪われた方々の無念、そして長崎の予行演習とばかりに模擬爆弾を投下したその行為に強い怒りを覚えたことを思い返すところ。
 
このようなことを二度と繰り返してはならないとの思いが沸々と湧いてきます。
 
そして、敦賀の模擬原爆投下から一夜明けた、昭和20年8月9日午前11時2分。
 
原爆搭載機ボックス・カー号は、高度9,600メートルの上空から、広島に次ぐ第二号の原子爆弾(プルトニウム爆弾)を長崎に投下しました。
 
長崎での原爆投下による被害の状況等は、以下、長崎市のホームページ(HP)をご覧ください。
 
→長崎市HP「ながさきの平和」関連ページはこちら
 
その長崎市では本日10時45分より、「被爆81周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が開催されます。
 
8月6日と同じく、あらためてこうした日に、唯一の戦争被爆国として、核保有国と非保有国、あるいは世界平和の架け橋、橋渡し役ができるのは日本であり、まっすぐにその役割を果たしていかねばと思いを強めつつ、式典会場で行われるのと同じ時間。
 
11時02分には、静かに黙祷を捧げたいと思います。
 

【今朝の空模様。どこか燃えるような雲がアートのようでしたが、81年前の今日はどんな空だったのか。】

猛暑の中にあっても「電力の安定供給」を守る仲間に感謝

ブログ 働く仲間とともに 敦賀市議会

昨日のブログでお知らせしましたとおり、敦賀市議会は7日、「令和8年第3回臨時会」を開催。
 
議案2件を可決し、閉会しました。
 
議案や報告案件の概要も昨日お伝えしたとおりですが、臨時会における市長提案理由では、以下のように説明されました(一部、言い回し修正)。
 
<第54号議案>
台風6号通過後の6月4日、沓見地係の市有地である敦賀気比高校敷地において判明した土砂崩れに係る応急工事及びこれまでに実施した地質調査を踏まえた追加設計に要する経費を計上した補正予算。
あわせて、この土砂崩れにより住宅設備に被害を受けられた住民の方に対する損害賠償額(※)の決定及び和解について、専決処分を行ったので、報告第12号により御報告するもの。
 
※損害賠償額は、33,000円
 
<第55号議案>
西公民館建設事業の電気工事に係る契約議案については、これまで2回の入札を実施していたが、いずれも最低制限価格を下回ったため不成立となっていた。この度、3回目の入札を実施した結果、落札者が決定したため、地方自治法第96条第1項第5号の規定により、議会の議決を受け、契約を締結するもの。
 
これらの議案については、早期に議決を賜り、一日も早い契約締結及び工事着手等を進めたいとの考えから、本臨時会に提案したものである。
 
「臨時会」とした理由は、前述最後の2行となるわけですが、この言葉にあったよう、とりわけ西公民館の新築工事が遅延なく進むよう工程管理をお願いする次第です。
 
こうしてお昼前には臨時会が終わり、午後は、敦賀高校模擬請願審査WGと敦賀高校の先生による打ち合わせに出席。
 
今年度で3回目となる同校との取り組みを11月に予定しており、これに向けて協議をしましたが、前年度よりさらに良い内容にするため、言い換えれば、より生徒のためになるようにと建設的に見直しを図る先生の姿に、この思いに応えねばと、こちらも意気が上がったところです。
 
なお、こうした企画に携われること自体、ありがたくもやり甲斐あるもの。
 
高校、議会双方にとって、よりプラスの効果が得られるよう、引き続き取り組んでまいります。
 
打ち合わせの後は、福井市へ。
 
福井市内で開催された北陸電力労働組合の「ユニオン研修」にお招きいただき、活動報告とご挨拶の機会をいただきました。
 
この研修は、北陸三県の同労組分会役員約50名がご出席。
 
富山・石川会場とはオンラインでつないでの開催ということで、一同に会した場で話す機会を頂戴できるのは大変ありがたいこと。
 
7月23日に敦賀火力発電所で開催された同労組敦賀分会「第36回定時大会」の際に申し上げたことと重なるものの、電力融通が26回(昨年は7回)にも及ぶほど厳しい今夏の電力需給にあって、現場の方々の献身的な努力によって安定供給を守っていただいていることに、心からの敬意と感謝の気持ちをお伝えすることができました。
 

【対面ならびに画面越しで、仲間の皆様にご挨拶】
 
加えて申し上げたのは原子力のこと。
 
長期停止したままの、我が敦賀発電所2号機、そして北陸の志賀原子力発電所(石川県)。
 
一日も早い再稼働を目指し、原子力発電によって再び社会に貢献するため、「ともに頑張りましょう!」とお声かけした次第です。
 
なお、本日の北陸電力送配電「でんき予報」における、広域ブロック使用率は「91%」(使用率ピーク時)。
 
猛暑の中にあっても電力の安定供給を守るため、休日、昼夜を分かたず、こうして今も現場で汗して働く仲間の皆様に、あらためて感謝する次第です。

「立秋」の今日は、令和8年第3回敦賀市議会臨時会

ブログ 敦賀市議会

今朝は嬉しい“ひとこと”から。
 
きゅう(我が家の愛犬)の散歩中、すれ違う男性と挨拶を交わした際、その方がニコッと笑い、「TikTok見てますよ」とお声かけいただきました。
 
突然のお言葉に、「あ、ありがとうございます!」とお礼のひと言しかお返しできませんでしたが、私と認識してお声かけいただいたことを嬉しく思うとともに、こうして見てくれている人がいると思えば、発信していれば必ずや届くものと、やる気がみなぎってきた次第です。
 
なお、まだ投稿数はさほど多くないものの、私のTikTokアカウントは以下となります。
 
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ボチボチと発信しておりますので、フォローなどいただければ幸いです。
 
さて、梅雨が明けたばかりですが、今日は二十四節気の「立秋」。
 
暦の上では秋の始まりとされる日で、この日を境に「暑中お見舞い」から「残暑お見舞い」に切り替わります。
 
日中の猛暑からすると到底期ズレにしか思えないかもしれませんが、朝散歩をしていると心地良い風に、ウロコ雲など秋の空。
 
日の出は遅く、日の入りはどんどん早くということで、朝夕は少しずつ漂う“秋の気配”を感じつつ、徐々に進む、季節の移り変わりを愉しむところです。
 
そうした中、敦賀市議会では今日、令和8年第3回臨時会が開催されます。
 
臨時会の名のとおり、年に4回、定期的に開催される定例会とは別に行われるもので、急な案件など必要な時に限り開催されるもの。
 
なお、本臨時会に上程される議案は2件。
 
1件は、先の6月定例会で調査費用等の費用を可決した、大雨により敦賀気比高校敷地内の一部で発生した土砂崩れについて、調査結果を踏まえた本復旧工事の再検討などを行う補正予算案(第54号議案)。
 
もう1件は、西公民館新築に関わる電気工事の契約案件(第55号議案)。
 
報告も2件あり、1件は、先に専決処分した敦賀気比高校の甲子園出場に伴う激励費、もう1件は、上述の土砂崩れにより生じた損害に係る損害賠償額の決定と和解について。
 

【敦賀市議会ホームページに掲載の、本臨時会の会期日程】
 
本日は、これらに関する審議を行うため、10時より本会議を開催することとしています。
 
開催のお知らせが当日となってしまい恐縮ですが、定例会と同じく、嶺南ケーブルネットワーク議会チャンネル(ch093)や敦賀市議会インターネット中継にてご覧いただければ幸いです。

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