2026年9月30日
ブログ 敦賀市議会

写真は、朝散歩中に出会ったお月様(ひばりケ丘町会館の裏手より)。
今日は雲一つない秋晴れのようで、ここ数日雨が続いていただけに気持ちも晴れやかにスタート。
一方、気温は16℃とグッと冷え込み。
さすがに、長袖・長ズボンで出かけましたが、皆様におかれましても気温に応じた服装で、風邪などひかぬようご注意くださいませ。
また、スタートといえば、昨晩は「山本武志後援会総会」をプラザ萬象会議室にて開催。
後援会組織の皆様にお集まりいただき、組織体制や今後の活動内容を確認しましたが、身近で支えてくれる事務局の方々をはじめ、こうしたご支援に心より感謝申し上げます。
私にとって心強く、頼りになる皆様にお願いばかりとなるものの、その分は議員活動でお返しすることと、来春に向けた取り組みの“スタート”の意味を含め、胸の引き締まる総会となった次第です。
さて、その議員活動に関して、敦賀市議会は今日から明日にかけて、令和7年度の決算審査。
本日午前10時からは、予算決算常任委員会の全体会。
明日も同じく午前10時より、同分科会が開催されます。
事前通告制の全体会には、計52件の通告があり、順次、部局入替制により進められます。
なお、通告したのは13名で私も7件を通告。
両日ともにもちろん議場での傍聴可能となっていることに加え、委員会審査の内容こそ、市民の皆様に知ってもらうべきと、全体会については「敦賀市議会YouTube」で配信しているところ。
→「敦賀市議会YouTubeチャンネル」はこちら
ひとことで言えば、市民の皆様に納めていただいた税金(国庫補助金や県支出金など様々な財源はありますが)が有効に使われたのか、無駄遣いはなかったかを確認するのが決算審査。
「終わったことを今さら言っても…」と思われる方もいらっしゃるかと存じますが、8月28日に開催した敦賀市議会議員研修会の講師 稲村和美さん(元尼崎市長)が仰ったのは「予算がつくのはゴールではなくスタートであり、行政に自己評価させ、議会が外部評価者としてチェック機能を発揮していくことが重要」。
ここでの審査結果が、来年度予算にも反映されることになると思えば、決算審査は極めて重要なPDCAサイクルの起点とも言えます。
こうした教えも念頭に、私自身は、来年度に向けた“スタート”でもあるとの認識のもと、二日間の審査に臨んでまいります。
2026年9月29日
ブログ 防犯/防災
定例会が休会日の敦賀市議会は昨日、広報広聴委員会を開催。
「議会だより」次号の編成や表紙の写真等について、また「議会報告会」に関しては、来年4月の改選後も睨み、報告会のあり方(実施案を示す、あるいは実施パターンごとのメリット・デメリットを整理するなど)をどう申し送りするかについて協議。
後段に関しては、大石委員長自らがご提示の素案をベースに各委員より意見が出され、方向づけたところです。
なお、報告会において、いわゆる「集合型」での開催では、例えばプラザ萬象であろうと、今年のオルパークのようなオープンスペースであろうと、参加者数にさほど変化はないことから、より多くの方に参加いただこうと思えばやはり、市議会、政治自体への関心を高めることが必要不可欠と考えるものであり、構成する議員ひとり一人がそうした意識をもって活動にあたることが肝要と、自身の胸にも置いた次第です。
そうした昨日は、夜に福井市で会議があり、北陸自動車道で往復しましたが、ちょうど帰りの福井〜武生間はバケツをひっくり返したかの雨。
視界不良で恐怖を感じるほどで、車速を落とし、ワイパー全開で、細心の注意を払い運転するも、そんな中でも100km/hは出ていたでしょうか、雨もお構いなしに追い越していくのは大型トラックばかり。
水しぶきをかき立てながら追い越すトラックに、「スピード落とさんかい!」と届かぬ声を挙げつつ(泣)、何かあって走行車線にはみ出して来ないかヒヤヒヤしながらの走行でしたが、今庄あたりからはやや小降りとなり、無事に帰宅することができました。
運転しながら、こういうドライバーがいるから事故が起きると切に感じたのと同時に、福井県の嶺北を襲った8月下旬の記録的大雨では、このバケツをひっくり返したような雨が降り続いたのであろうと、肌感覚で自然の脅威を感じた次第です。
先の大雨では、嶺北各市町の市街地で道路の冠水や住宅の浸水、道路や河川の損壊などの被害があり、まだまだ復旧には時間を要するところ、次の大雨が襲ってこないことを願うばかりですが、その心配は関東でも。
同じく、台風25号による記録的な大雨では、千葉県で8人、神奈川県で5人の計13人の死亡が確認されたほか、大きな被害をもたらした中にあって、28日には、非常に強い台風26号が風速25メートル以上の暴風域を伴いながら、沖縄・大東島に接近。
今後、台風は日本の南の海上を北東寄りに進む見込みで、日本列島の太平洋側に近づく恐れもあり、進路情報に留意が必要になるとしています。

【2026年9月29日6時現在の台風情報(気象庁ホームページより引用掲載)】
千葉県では、各地で発生した土砂崩れでJR内房線は一部区間で再開まで3カ月かかる見通しで、同県内の4千世帯以上で停電が続き、影響が長期化しているとあります。
また、台風25号で堤防が決壊した千葉県北部の印旛沼では、台風26号の接近に備え復旧作業を進めているとも。
「頼むから逸れて」
各地で懸命に復旧作業、次の台風に備える関係者の方々、地域住民の皆さんの心中をお察ししつつ、神頼みしかできない自分がいますが、それでも今回こそは何とかお願いしたいと、台風の進路に注視する次第です。
2026年9月27日
ブログ 社会

いきなりですが、これは何の受入実績(推移)でしょう?
令和2年度に二桁(億円)、翌3年度には70億円台となって以降、80億円前後で推移しているのは、敦賀市における“ふるさと納税(寄付)”の受入状況。
件数でいけば40万件以上ということで、本市に寄せていただいている寄付金とお志に心より感謝するところです。
現在、敦賀市の財政は、米澤市長が名付けたよう「ふるさと納税がなかったら問題(※)」の状況にあり、寄付から約半分の返礼品事業にかかる費用を差し引いて積み立てる「ふるさと応援基金」(この基金から各事業に繰入れ)のおかげで助かっているもの。
※ふるさと納税寄付金から積み立てた基金からの繰入れがないと、通常経費が回らない状態
一方で、「いつなくなるか分からない制度」とリスク感を持っているのも事実であり、とりわけ返礼品事業においてルール遵守で運営することが肝要であると考えるところ。
今は、前年度決算資料を確認している時期であるため、尚のことそう思うわけですが、ふるさと納税返礼品事業に関し、福井県内で極めて残念な事象が発生。
それは、越前町で、しかも福井県の最大のブランドと言ってもよい「越前がに」の名に傷がつくようなこと。
報道によれば、越前町の越前がにに関するふるさと納税返礼品に水ガニ(ズボガニ)が混入していた問題で、農林水産省は9月24日、地理的表示(GI)保護制度に基づき、町にカニに関する全ての返礼品の点検を求める措置命令を出したとのこと。
なお“地理的表示(GI)保護制度”とは、地域ならではの環境の中で育ち、社会的評価を得ている産品を地域の知的財産として登録し、保護する制度。特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(地理的表示法)に基づき保護され、不正使用は行政が取り締まるもの。
農水省や町によると、水ガニが混入した「越前がに」のほか、「越前産水がに」や「越前産紅ずわいがに」、ズワイガニとベニズワイガニが交配した「越前産黄金がに」も商品名やポータルサイトにある「越前」の表記がGI法に抵触するとされ、町がカニを返礼品で取り扱っている事業者は18あり、不正表記と見なした商品は11事業者に上るとありました。
GI法に基づくガイドラインでは、越前がにをうたう商品でも水ガニの割合が半分に満たなければ問題はないという(このルールもどうかと思うが)ところ、今回は半数を超えていたことなどから不正使用と認定。
農水省は町に対し、カニに関する加工品や包装、広告などの表示や登録標章の点検を行い、違反する返礼品の除去を求めた上、町職員や事業者へのGI保護制度の啓発と再発防止策の徹底を要請しましたが、これにより、町は10月1日からカニに関する全ての返礼品の取り扱いを中止することを決めています。
地元民はもちろんのこと、私でも、越前がにといわゆるズボガニの違いは分かるので、確信犯としか言いようがないわけですが、11月からの越前がに解禁を前に発生したこの事態、町の財政にとって、そして何より福井県の「越前がにブランド」への信憑性が損なわれたという点は、本当に残念なこと。
越前町におかれては、福井県の看板を背負っているとの思いで、徹底して原因追及と再発防止にあたっていただくことを切に求める次第です。
また、これは自然災害と同様、他で起こったことを対岸の火事と思っていてはいけません。
ふるさと納税の返礼品事業に参加いただいている関係者との信頼関係は構築されているとした上で、決して寄付いただく納税者を裏切ることにならぬよう、敦賀市においても今一度、法令・ルールの遵守、適宜チェックに取り組んでいただきたいと考える次第です。
2026年9月26日
ブログ 人生観
一昨日は、原子力発電所特別委員会、昨日は新幹線開業後まちづくり特別委員会が開催された敦賀市議会。
並行して、来週30日に行われる予算決算常任委員会全体会(決算基本質疑)に向け、各議員から発言通告書の提出がされ、昨日17時には通告を締切。
私も計7件について質問通告をしたところです。
また、全体会の翌日10月1日には、分科会(所管する部署ごとに分かれて)での決算審査が行われることから、引き続き決算関係書類とにらめっことなりますが、「成果は数字(決算の)に表れる」との教えを念頭に審査に臨む所存です。
なお、先のことになりますが、全体会、分科会ともに委員会室(全体会は全員協議会室)での傍聴可。
全体会は、敦賀市議会YouTubeにてライブ配信されますので、ぜひ質疑の様子をご覧いただければと思います。
さて、慌ただしい中でも心には余裕をと心がけて過ごすところ、昨晩楽しみにしていたのは「中秋の名月」。
「中秋の名月」は、太陽太陰暦8月15日の夜に見える月のことで、今年は9月25日にあたります(満月は2日ズレの9月27日)。
なお、名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われており、約1300年前から同じように夜空を見上げていたと思うと、いにしえから続く“天体ロマン”を感じるところ。
とはいえ、敦賀の空は雲が覆い、私は名月を見ることはできませんでしたが、ここで登場する句は「名月や 北国日和 定めなき」。
ブログを読んでいただいている方には、毎年お馴染みかと存じますが、これは『奥のほそ道』で松尾芭蕉さん(以下、バショさん)が、中秋の名月を敦賀で見ようと来られたのに、当日は雨で見れなかった時に詠まれた句。
前日に宿の主人が、「北国(ほっこく:今の北陸)の天気は変わりやすいですから、明日(中秋の名月の日)も分かりませんよ」と言ったとおりになったことを背景にしつつ、決して残念がったり、天気を恨むのではなく、ポジティブな意味として詠まれた句であり、バショさんが敦賀で詠んだ句の中で、私が最も好きな句であり、気の持ちようとして胸に置いているものであります。
そんなバショさんのエピソードと重なるかのごとく、中秋の名月の日に敦賀に来られたのは、私が労働組合本部の役員時代に、同じ構成総連事務局長の立場として大変お世話になり、またその立ち居振る舞いをお手本にしていた、元九州電力総連事務局長の「男!亀崎弘記」さん。
敢えて「男!」と書いたのは、揺らぎない理念と信念のもと、国家観をもって労働運動に邁進される行動力、ショートヘアーで渋い声、歳を重ねても若さあふれる、まさに九州男児の姿が、私から見て大変カッコよく、お付き合いしていた当時から「男の中の男は、亀崎さん!」と思っていたからであります。
その亀崎さんは、9月17日(木)に九州を出発し、85日間をかけての「全国一周キャンプキャラバン」中であり、9日目の昨日、計画行程どおり敦賀にお越しになったという流れ。
このキャラバンは、奥様もご一緒、簡単な装備のキャンピングカーでということで、何とも微笑ましくも羨ましい旅ということですが、各地にお住まいの仲間と再会しながらの「全国一周」を計画し、実行するあたりがやはり、亀崎さんたる所以。
実はこのことは、今年の年賀状でお知らせがあり、この時すでに「9月25日は敦賀に行く」と明記されていたことから、この日を楽しみに待ち受けた次第です。
そして再会。
奥様も交えての夕食懇親会では、敦賀の美味い魚と、福井の旨いお酒を堪能しつつ、昔話から近況報告まで話が弾んだ次第です。
数年前に自叙伝『次代に引き継ぐもの』を書き上げた亀崎さんからは、これに込めた思いをお伺いするとともに、名を残すような政治家や経営者、数々の偉人に共通するのは、我々が学んだ富士社会教育センターの教え、『三訓五戒』の第一条にある「己をすてよ」にあると。
「自分のためでなく、世のため、人のために何ができるかだ」との言葉に、今一度、その理念・信念を噛み締めた次第です。
そうして、ちょうど中秋の名月に来られたのに、月が見れなかったのは嘆くことなかれ、バショさんと同じですよと先ほどの句を披露したりと歓談は盛り上がりましたが、楽しい再会の時間はあっという間。
この後の長き行程の完遂を祈念し、またの再会を!とお別れしました。
記念にと撮った写真はこちら。

【自叙伝を手に。エネルギッシュさ、若々しさは見習わねば。】
自叙伝は、九州に戻ったらすぐに送ってくれるとのことで、到着を楽しみに待ちたいと思います。
それでは「男!亀崎さん」、この後の旅もご安全に!
2026年9月25日
ブログ 社会 防犯/防災
以前より、関心を高め、敦賀市内での発生防止、あるいは発生した際における早期対応を念頭に取り組んでいる「ギャンブル依存症対策」について。
本件に関しては、全国47都道府県に設置されているうちの一つ、「全国ギャンブル依存症家族の会福井」の活動に参加するなど、関係者の方々と連携を図りつつ、令和7年第2回(6月)定例会では一般質問でも取り上げ、敦賀市の基本認識を伺った上で、行政として行っていただきたい対策について提案申し上げたところ。
なお、その際の質問のやり取り抜粋は以下。
<やまたけ一般質問>
3.ギャンブル依存症対策について
(質問1)ギャンブル依存症に対する敦賀市の基本認識をお伺いします。
(福祉保健部長)本人の意思や性格の問題と誤解されがちだが、脳内のドーパミンが機能不全になることで発症し、関連して多重債務、貧困、虐待、自殺といった問題を起こすことがある。依存症は本人の自覚がないまま進行することが多く、気づくのが遅くなる場合や本人や家族だけでは回復や問題の解決が難しい場合も多くあることから、早期に適切な支援につなげ、回復に向けた継続的な治療や支援が必要であると認識している。
(質問5)ギャンブル依存症は「回復可能な病気」であり、誰でも罹患する可能性があるという基礎知識を広く皆が知っていることが重要であり、関連するポスターの公営施設への掲示、民間量販店への掲示協力、「広報つるが」やHP等を通じた、行政としての継続的な啓発活動実施を求めますが、考え伺う。
(福祉保健部長)大変重要であり、今後は民間量販店への掲示協力依頼を行うなど、啓発の取り組みをさらに進めていきたい。
(質問6)オンラインカジノなど、問題の若年層化が顕著であることを踏まえ、今後は市内の中・高生・保護者に対してギャンブルや依存症のことを説明しておくことで未然防止につながると考える。将来のある若者、国や地域にとって財産ともいえる若者を守るためにぜひ取り組んでいただきたく存じますが、考えを伺う。
(福祉保健部長)未然防止につながるよう啓発活動を続けていく。
(教育長)今年度から教科書が改定され、ゲームやギャンブルなどをやめたくてもやめられない状態になるような行動による依存もあるといった記載が新たに加わった。議員の提案も踏まえ、この内容を取り扱うなど、生徒への指導充実を図っていきたい。
<引用終わり>
なお、自身あるいは行政ができることとしてまず大事なのは、“ギャンブル依存症は「回復可能な病気」”であるということを広く啓発することではと考え、質問以降も、同会が主催する家族の会などに参加の上、得た知識や情報の伝達、発信(プライバシーには十分配慮)に務めるところであります。
そうした中、春先に「全国ギャンブル依存症家族の会(以下、家族の会)」および「全国ギャンブル依存症問題を考える会(以下、考える会)」より、敦賀市立看護大学にて啓発活動ができないかとの相談があり、同大学にお声かけをしたところ、学内で協議いただいた上で、これを快諾。
以降、調整を進め、昨日24日(木)は、1〜4年生の全学年を対象に、90分間の講演会(講義)を開催いたしました。
県内外より、上記の両会関係者5名が来敦され、間をつないだ私も同行。
講義室には約220名の学生さんに加え、教員の方々にもお集まりいただく中、同会の皆さんからは、自己紹介に始まり、講義の趣旨、ギャンブル依存症の当事者ならびに依存症を持つ家族の方からの経験談を。
続いて、「考える会」のご担当より、ギャンブル依存症の基礎知識や一層若年化、あるいは被害額が大きくなっている最近の傾向などについてレクチャー。

【講義の様子(後部からの撮影のみ許可いただいております)】
また、講義の中では、国の依存症に関する調査研究事業や「考える会」が独自に行なった調査結果などから、以下のようなデータも紹介。
◉国の調査で男性の約2.8%、女性の約0.5%にギャンブル依存症の疑いがあるとされる
◉ギャンブル依存症当事者を年代別に見ると、約75%が10~30代
◉ギャンブル依存症当事者のギャンブル平均開始年齢は“18.1歳”であり、若年層から始めると依存症になるリスクが高い(対して、ギャンブル愛好家の平均開始年齢は“30.6歳”)
まさに看護大生世代の10代〜20代前半の皆さんが、「自分を守る行動」「大切な人を守る行動」として、以下スライド(右側)のことを伝達されました。

【「考える会」リーフレットを抜粋引用】
こうして90分の講義はあっという間に終わった次第ですが、看護大生の皆さんのご理解や気づきにつながったのであれば幸いです。
今後は、講義の感想やアンケート結果などをご教授いただくとともに、それらも参考にしながら、自身においては市内の高校や中学校、PTAなどにもお声かけし、こうした取り組みが展開されるよう尽力する所存です。
結びに、快く講義実施を受け入れていただきました、学長様をはじめ敦賀市立看護大学関係者の方々に心より感謝申し上げます。
「家族の会」「考える会」の皆さまにおかれましては、遠方よりお越しいただき大変お疲れ様でした。
今後とも、引き続きの連携をよろしくお願いいたします。
<参考>
ギャンブル依存症の基礎知識と相談先の関係機関を掲載します(いずれも「考える会」リーフレットより抜粋)


2026年9月24日
ブログ 政治
混沌とする世界情勢のなか行われる予定(日本時間24日)の米中首脳会談。
話される内容は当然、関心高く注目するところですが、わが国にとって注視すべきは、高市首相とトランプ米大統領が22日(日本時間23日)、米ニューヨークの国連本部で行った日米首脳会談。
会談では、経済安全保障分野などで緊密に連携していく方針を確認したほか、インド太平洋地域の平和と繁栄の礎として日米同盟の抑止力・対処力を強化する方針で一致。
また、高市首相からは、米政権による国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長への制裁対象指定を巡り、日本の立場を説明したとあり、米側に一石を投じることになることを強く期待するところであります。
各国首脳が集う国連総会に関しては、各種報道がされているところですが、たまには米側から見てみようと、CNNのページを覗いてみてみると、『トランプ氏、イランと「合意か壊滅か」』との、おどろおどろしい見出し。
記事では、トランプ米大統領は22日、国連総会演説でイランに関して「重大な決断」を迫られていると述べ、中間選挙後に合意を結ぶか、イランを壊滅させるかどちらかの選択になると位置付けた。
また、「イランと合意を結んで国を再建させ、かつてないほど強大な国、おそらく中東、あるいは世界でも屈指の大国を築くチャンスを与えるべきだろうか?」と前置きしたうえで、「それともイスラム共和国を速やかに壊滅させ、二度と人々や国々を殺害や破壊できないようにすべきか?生き残る見込みも、将来の繁栄や次世代への希望もない地獄へと追い込むべきなのだろうか?」と問いかけたとありました。

【国連総会でトランプ米大統領の一般演説を聞く会場の様子(CNN NEWSより引用掲載)】
国際会議の場でこのような発言がまかり通るのかと疑問に思うと同時に、発言の裏を返せば、トランプ氏が“米中間選挙後に”としていることから、イラン政府はそれまで持ちこたえているとの見方を示唆するものであり、その点はまだまだ長期化するリスクがあると心しておかねばならぬと認識した次第です。
なお、CNNの報道では見つけられませんでしたが、国内の産経ニュースでは、相手方イランのペゼシュキアン大統領が同じく、国連総会での一般討論演説した内容が報じられており、その内容は以下。
“「われわれこそテロの被害者だ」と訴え、これまでのイランに対する攻撃で民間人を標的にしたとして米国やイスラエルを非難した。米国の代表は演説の途中で退席した。”
今に始まったことではありませんが、両首脳の考えは真反対。
軽々に述べることではないのでしょうが、両国双方と関係のある日本が、こうした首脳会談の場を機に、解決に向かうような役割を何とか果たせないものかと…。
なお、先のCNN報道にあったトランプ大統領の言葉(大義名分)は、「唯一私の頭にあるのは、イランに決して核兵器を保有させないという考えだ」。
「核兵器廃絶」に向けて、保有国と非保有国の橋渡し役を担えるのは、世界唯一の戦争被爆国“日本しかない”と思いつつ、実際、まさにその関係にある両国との衝突を目の当たりにし、解決に向けた“現実的なアプローチとは何なのか”、自問するところであります。
2026年9月23日
ブログ 人生観
今日は「秋分の日」。
秋分の日は、昭和23年の「国民の祝日に関する法律」の制定当初に定められた計9日の「国民の祝日」の一つであり、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日とされています。
内閣府によれば、祝日法の制定時には、春分の日と同様に、昼夜の長さが等しい日であり、季節上の一つの区切りになるという意味で、春分の日に対応するものとして採用されたとあり、また、春分の日と秋分の日は、法律に具体的な月日は定められておらず、天文学上の言葉である「春分日」と「秋分日」とされています。
恥ずかしながら、このことをはっきり知りませんでしたが、国立天文台が毎年2月に公表する暦要項により、翌年の春分の日と秋分の日の日にちが確定するということで、今年は9月23日とされたもの。
なお、日にちを決める根拠となる国立天文台のホームページ(HP)を見ると、これが面白い。
“国民の祝日に関する法律では、秋分の日は秋分日となっており、具体的な日付が記されていない。ここでいう秋分日とは二十四節気の秋分を含む日、つまり太陽が秋分点を通過する日のことである。このような定義の仕方は秋季皇霊祭が休暇日に定められた明治11(1878)年6月5日 太政官達第23号のころから変わっていない”とした上で、天文学的知見から「秋分の日」について解説されているので、興味のある方は以下リンクよりご覧ください。
→国立天文台HP『秋分の日が動き出す』はこちら
前置きが長くなりましたが、そのような意味を持つ祝日。
今朝ほどは隣の実家にて、(母が起きていれば)ルーティーンの、亡き父の仏前に手を合わせてきたところであり、来月にははや一周忌かと、時の経つ早さを感じたところであります。
また、今日は二十四節気の「秋分」であり、前後三日間は秋彼岸ですが、田んぼ道を歩くと、これから満開を迎えようかという彼岸花に遭遇。

【昨夕、撮影した彼岸花と野坂山】
「暑さ寒さも彼岸まで」のいわれのとおり、あれだけ暑かった夏から秋へと、季節の移り変わりを実感する次第です。
一方、ご紹介したいのは、わが家に咲く、遅咲きの“ひまわり”(だと思う)。

スクスクと上に伸びる姿を観察していましたが、4日前に一輪のひまわりが咲きました。
この季節に咲くのは、単に植えた時期が遅かったというだけかもしれませんが、今朝見ると隣にもう一輪、仲良く咲く姿が。

過ぎ去ろうとする季節を思い返すように、また、主役の再登場とばかりに咲く様子を微笑ましく思うところ。
まだまだ蕾(つぼみ)があるため、これからさらに賑やかになるのが楽しみなわけですが、彼岸に咲くひまわりに、いつも前向きで、周りを笑わせていた、亡き父の笑顔が重なる次第です。
2026年9月22日
ブログ 原子力
先の敦賀市議会定例会でも一般質問(来年は敦賀市政施行90周年)したよう、何かと“周年”を大事にしている私ですが、こちらは、わが国の原子力黎明期からの話。
日本初の商業用原子力発電所である、日本原子力発電株式会社(以下、日本原電)の東海発電所(茨城県東海村)が営業運転を開始したのは昭和41(1966)年7月のことで、そこから数え、今年は“60年”の記念の年となります。
東海発電所は、出力16万6千kwながら、英国で開発・実用化されたコールダーホール型の天然ウラン・炭酸ガス冷却型原子炉に、日本独自の耐震設計を取り入れた改良型で、同発電所の建設・運転により得られた技術と経験は、その後の日本の原子力発電技術の基礎を築きました。
そして、日本初の商業用軽水炉は、 同じく日本原電の敦賀発電所1号機(BWR:沸騰水型、出力35万7千kw)で、営業運転開始は昭和45(1970)年3月。
なお、東海発電所は約32年の運転を経て昭和63(1998)年3月31日に、敦賀発電所1号機は約45年間の運転を経て平成27(2015)年4月27日をもって運転停止となり、現在、両発電所ともに廃止措置工事を進めるところ。
あらためて、“日本初”として役割を果たしたことに加え、当時の技術を結集し、原子力開発を進められた先人に心から敬意を表する次第です。
さて、そうした原子力発電の歴史とともに歩んできたのは、福井県敦賀市にある「原子力の科学館 あっとほうむ」。
ちょうど私が生まれた年の昭和47(1972)年4月に、原子力の平和利用に関する知識の普及啓発を目的として福井県知事認可の公益法人として財団法人福井原子力センターが設立。
事務所を敦賀市曙町(敦賀市文化会館内)に開設して以降、敦賀市役所(当時の松島)、現在の吉河(よしこ)に移し、「あっとほうむ」の前身である原子力広報研修施設「福井原子力センター」を開館したのが昭和51(1976)年10月のこと。
これから数え、ちょうど今年は開館“50周年”を迎えます。
「福井原子力センター」はその後、平成7(1995)年4月に、施設の愛称を「原子力の科学館 あっとほうむ」と命名。

【「原子力の科学館 あっとほうむ」ホームページより引用掲載】
運営団体も平成24(2012)年10月には、公益財団法人福井原子力センターとなり、現在に至っています。
公益財団法人福井原子力センター設置の目的は、広く一般に原子力平和利用に関する知識の普及啓発を積極的に行い、その認識を高め、もって明るい文化社会の形成に寄与すること。
その目的のとおり、開設以来、幅広い世代の方々が原子力やエネルギーについて学び、正しい知識と理解を深めていただく施設として親しまれ、令和7年8月には、入館者総数400万人突破するなど、これまで多くの方が来館されているもの。
なお、わが家も子どもが小さい頃は、楽しみながら科学を学べる手頃な遊び場として(何せ無料ということもあり)、またお父さんの仕事を少しでも知って欲しいとの思いも込めつつ、何度も足を運んだことを懐かしく思い出すところ。
その「あっとほうむ」は、こうして迎えた開館50周年を機に、感謝の気持ちを込めて、9月20日(日)から23日(水・祝)まで、スペシャルイベント「こどもの広場」を開催しています。
20日は、「そんなの関係ねぇ」で有名なタレント小島よしおさんのショーがあったところですが、以下のチラシにあるよう様々な催し物が企画されているほか、原子力や放射線、エネルギーをわかりやすく解説するブースもあるとのことであり、ぜひ足を運んでいただければ嬉しく思います。


なお、「あっとほうむ」においては、開館50周年の節目を迎え、これからも地域に根ざした施設として原子力やエネルギーへの理解促進に取り組んでいくとしています。
今後も末長く、重要なその役割を担っていただくことを切にお願い申し上げます。
2026年9月21日
ブログ 敦賀の歴史・文化
敦賀の地域史は本当に面白い。
所属する敦賀の市民歴史団体「気比史学会」では連綿と、毎月第2木曜日の午後に「史楽庭」を開催していますが、タイトルに込められた意味は“地域史を楽しく学ぶこと”にあります。
これは昭和52(1977)年に、歴史好きな人たちで設立した当初からの、いわば同会のモットーともいえ、会を引き継いだ立場として重きを置いているもの。
「好きこそモノの上手なれ」の言葉がありますが、裏を返せば、“好きで楽しく学ぶ”からこそ、それが原動力となり約半世紀にわたって会が継続できているのではないかと。
常々そうしたことを思っているところでありますが、昨日はなお一層そのことを思う機会に。
それは、事前にご紹介しました同会主催の「ミニ歴史講座」。
どなたでも参加OK、飛び込み参加大歓迎のコンセプトのもと、昨日10時30分より、敦賀駅前知育・啓発施設「ちえなみき」2階のオープンスペースにて開催しました。
テーマは『越の日本海ネットワークと敦賀』と申し上げておりましたが、ちえなみきホームページ(HP)掲載の正しくは、『深遠の歴史・敦賀 〜古代から中世へ〜』。
敦賀の地域史を通史的に学ぶこのテーマは、スライド56ページのボリュームにつき、分割シリーズで開催しており、8月の第1回では、先史時代の敦賀から、渤海とのつながり(古より大陸に開けた敦賀)、松原客館あたりまで。
2回目の昨日は、”古代の北陸道”から入り、紫式部も越えた今に残る北陸最古の道「深坂古道」、北陸道総鎮守 越前国一之宮「氣比神宮」までを糀谷好晃会長よりお話しいただきました。
実はこのパワーポイント資料のベースは、8月に氣比神宮で開催された「全国一之宮会」で当会に歴史講演のオファーがあり、その際、糀谷会長が書いた原稿を元に、私の方でスライド化したもの。
ついては、手元に資料があるため、スライドベースで昨日の内容をご紹介しますと、まず「古代の北陸道」から入り、駅制を敷いていた当時は、現在の滋賀県湖北にある鞆結(ともゆい)から海津、そこから敦賀の松原駅へとつながる、いわゆる西近江路(七里半越え)が官道(今でいう国道)とされていた。
一方、同じ湖北の塩津から、深坂越え(滋賀県から敦賀市追分に抜ける)で敦賀に入る道を「深坂古道」と言い、平安時代には紫式部も超えた、“今も残る北陸最古のみち”であること。

【古代の北陸道(講座スライド抜粋)】
なお、深坂古道は、用途廃止に伴い荒廃していたところを、気比史学会が昭和57(1982)年より「深坂古道ある講」と題し、10数度にわたりウォーキングイベントを開催。
そうして機運が高まった後、平成4(1992)年には、敦賀みなとライオンズクラブの協力を得て、「史と詩の径(みち)」(歴史と詩が詰まったみち)として再生し、今に残されたこと。
続いて、話は、北陸道総鎮守 越前国一之宮である氣比神宮へ。
氣比神の神階の昇叙は、以下。
◉天平3(731)年・・・従三位、神封200戸
◉寛平5(893)年・・・正一位勲一等
数ある歴史の中でも主な出来事は、
◉延元元(1336)年・・・大宮司の気比氏春は、後醍醐天皇を奉じ、足利軍と対峙するも金ヶ崎城にて自害
◉元亀元(1570)年・・・信長の攻略で社殿焼失、古今の社領も没収 ※いわゆる元亀争乱
◉慶長8(1603)年・・・結城秀康が社殿造営(同19年竣工)社領を寄せる
とあり、以降の歴史は以下のスライドのとおり。

【講座スライド抜粋】
それまで“気比宮”であったのが、“氣比神宮”となったのは、意外や明治28(1895)年のことと認識したわけですが、一番盛り上がったのが、上記スライドにある「氣比神宮古図」。
先の大戦で多くの建物を失う中、奇跡的に残ったこの古図を元に、参加者同士で、自ら調査・研究した際の発見や考えを紹介し合うなど、大いに盛り上がり、さらには現在、策定委員会を立ち上げて検討を進める「氣比の杜整備構想」にも話が及び、歴史的背景や明治神宮(東京)が学びに来たとされる由縁などから、100年後に名実ともに“杜”として残すような考えがあって然りではないかとの声に、参加者一同、方向性が一致した次第です。

【スクリーンを前に盛り上がる様子】
あまりの盛り上がりに、昨日の話はここまでで終了。
1回目は11スライド、2回目で19スライドまで進みましたが、ゴールは56スライド。
やはり、“深遠”(はかりしれない)の敦賀の地域史と感じた次第です。
なお、講座閉会後も「氣比神宮古図」が映し出されたスクリーンを前に話が尽きず、冒頭に書いた「地域史を楽しく学ぶこと」とはこれにありと実感しました。
こうして2回目が終わり、次回、シリーズ3は10月25日(日)10時30分より、同じ会場にて開催いたします。
本当に面白いので、このブログをご覧になった皆様はぜひ、お気軽に足を運んでくだされば幸いです。
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