2026年9月20日
「小浜放生祭」と「ミニ歴史講座」
9月2日〜4日は氣比神宮例大祭であり、これにあわせて行われる“市民総ぐるみ”で参加の「敦賀まつり」。
「けえ(氣比)さん祭り」の愛称で親しまれる「敦賀まつり」はまた「氣比の長祭り」として有名で、露店の一部は9月15日までお店を出しているなど、歴史に育まれた特徴ある敦賀の一大イベントであることは言うまでもないところ。
そうして、地域にある「祭り」は最大のコミュニティであり、地元民にとって楽しみであり自慢でもあるわけですが、今朝の福井新聞を見ると1面に掲載されていたのは、小浜の「放生祭(ほうぜまつり)」。
「小浜放生祭」は、小浜市小浜男山に鎮座する八幡神社の例大祭で、毎年9月14日・15日に行われてきましたが、平成15(2003)年の祝日法改正以降は、敬老の日直前の土・日曜日に行われています。
この両日は、氏子の24区が隔年で12区ずつ出番となり、大太鼓・神楽かぐら・獅子・山車(やま)・神輿といった多彩な演し物を繰り出し、氏子範囲である小浜の旧市街地を巡り、芸や囃子(はやし)を披露するというもので、一度見に行こうと思いつつも行けていないという、同じ福井県嶺南の気になるお祭り。
せっかくなのでと検索してみると、しっかり「小浜放生祭」のホームページ(HP)があり、祭りの由来を見るに、現在の放生祭の演し物は、江戸時代までは天王社(現在の廣嶺神社=小浜市千種2丁目)の祇園祭に出ていたもので、江戸時代の祇園祭は、6月7日に神輿3基が天王社を出御(しゅつぎょ)し、府中・上竹原などを経由して、御旅所であった八幡宮(現在の八幡神社)に渡御した。
この時、藩の足軽などが出した大太鼓・神楽太鼓・獅子が行列を組んでお供をし、神輿を八幡宮まで送ったほか、神輿は7日後の6月14日に天王社に還御(かんぎょ)しましたが、この時には、城下の町人町(現在の24区の範囲)からそれぞれに傘鉾・大太鼓や神楽太鼓、山車、さまざまに趣向をこらした仮装の練り子や作り物などで長大華麗な行列を構成してお供をし、神輿を天王社まで送り戻した。
このように小浜の各町がこぞって祭りに演し物を出すようになったのは、藩主酒井忠勝によって祇園祭が再興され、御旅所が八幡宮に定められた寛永15(1638)年からのことと考えられ、「380年以上」とされる小浜放生祭の歴史は、ここから始まっているとありました。

【大正〜昭和初期の放生祭で、広市場を出発する各演し物(小浜放生祭HPより引用)】
初代小浜藩主 酒井忠勝といえば、寛永19(1642)年には氣比神宮例大祭も一覧されたとの記録にもあるよう、そうした文化を大切にされていた方であったことが思い浮かぶもの。
このように、小浜放生祭は、京や江戸の文化を受け入れ、独自に発展させながら、380年継承されてきた歴史に思いを馳せた次第です。
さて、他のまちの歴史を学ぶことも楽しいわけですが、やはり面白いのは敦賀の地域史。
これまで敦賀の地域史を呼ぶに、「豊富で悠久の」と枕詞をつけていましたが、先の一般質問でもご紹介したよう、ふさわしい枕詞は「深遠(しんえん)」。
と言いつつ、通告書では「深淵」と誤って書いてしまい、壇上で訂正した次第ですが、「深遠」とは一言で言うと“はかりしれない”ということ。
さて、今日はその“はかりしれない”敦賀の地域史を通史的に学ぶ、気比史学会の「ミニ歴史講座」が開催されます。
前回に続き、テーマは『越の日本海ネットワークと敦賀 』で、講師も同じく糀谷好晃会長。
時間は、10時30分〜12時、ちえなみき2階のオープンスペースにて開催しますので、ぜひご一緒に楽しく、「敦賀の地域史」を学びましょう!
どなたでも参加OK、初めての方、あまり歴史に詳しくないけど興味があるという方大歓迎ですので、お気軽にお越しいただければ幸いです。

【こんな雰囲気で開催しますので(前回開催時の写真)】






