亡き父と重なる、彼岸に咲く二輪のひまわり

ブログ 人生観

今日は「秋分の日」。
 
秋分の日は、昭和23年の「国民の祝日に関する法律」の制定当初に定められた計9日の「国民の祝日」の一つであり、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日とされています。
 
祝日法の制定時には、春分の日と同様に、昼夜の長さが等しい日であり、季節上の一つの区切りになるという意味で、春分の日に対応するものとして採用されたとあり、また、春分の日と秋分の日は、法律に具体的な月日は定められておらず、天文学上の言葉である「春分日」と「秋分日」とされています。
 
恥ずかしながら、このことをはっきり知りませんでしたが、国立天文台が毎年2月に公表する暦要項により、翌年の春分の日と秋分の日の日にちが確定するということで、今年は9月23日とされたもの。
 
なお、日にちを決める根拠となる国立天文台のホームページ(HP)を見ると、これが面白い。
 
“国民の祝日に関する法律では、秋分の日は秋分日となっており、具体的な日付が記されていない。ここでいう秋分日とは二十四節気の秋分を含む日、つまり太陽が秋分点を通過する日のことである。このような定義の仕方は秋季皇霊祭が休暇日に定められた明治11(1878)年6月5日 太政官達第23号のころから変わっていない”とした上で、天文学的知見から「秋分の日」について解説されているので、興味のある方は以下リンクよりご覧ください。
 
→国立天文台HP『秋分の日が動き出す』はこちら
 
前置きが長くなりましたが、そのような意味を持つ祝日。
 
今朝ほどは隣の実家にて、(母が起きていれば)ルーティーンの、亡き父の仏前に手を合わせてきたところであり、来月にははや一周忌かと、時の経つ早さを感じたところであります。
 
また、今日は二十四節気の「秋分」であり、前後三日間は秋彼岸ですが、田んぼ道を歩くと、これから満開を迎えようかという彼岸花に遭遇。
 

【昨夕、撮影した彼岸花と野坂山】
 
「暑さ寒さも彼岸まで」のいわれのとおり、あれだけ暑かった夏から秋へと、季節の移り変わりを実感する次第です。
 
一方、ご紹介したいのは、わが家に咲く、遅咲きの“ひまわり”(だと思う)。
 

 
スクスクと上に伸びる姿を観察していましたが、4日前に一輪のひまわりが咲きました。
 
この季節に咲くのは、単に植えた時期が遅かったというだけかもしれませんが、今朝みると隣にもう一輪、仲良く咲く姿が。
 

 
過ぎ去ろうとする季節を思い返すように、また、主役の再登場とばかりに咲く様子を微笑ましく思うところ。
 
まだまだ蕾(つぼみ)があるため、これからさらに賑やかになるのが楽しみなわけですが、彼岸に咲くひまわりに、上を向き、いつも周りを笑わせていた亡き父が重なる次第です。