玄海町が「文献調査」の受入れを表明

ブログ 原子力

昨日の敦賀市議会は広報広聴委員会を開催。
 
主に、市議会だより次号の内容確認と今年度の議会報告会について協議しました。
 
とりわけ、議会報告会に関してはここ2年、全議員が出席し、市民の皆さんにお越しいただく「参集型」と、議員を3グループに分け、市内の団体等に足を運ぶ「出前型」のハイブリッド方式で開催してきましたが、これを踏襲するのか、見直していくのかなどについて様々な意見がありました。
 
まだ内容が固まった訳ではないので、ここで詳細に記することは控えますが、めざす「開かれた議会、より身近に感じる議会」の考えのもと、一人でも多くの市民に参加いただき、関心を高めていただけるよう知恵を絞るのが本委員会の役割かと思いますので、引き続き委員の一人として、趣旨や原則論、ルールを重んじつつ、協議に参画してまいる所存です。
 
さて、同じく昨日の注目は、佐賀県玄海町の脇山伸太郎町長が、高レベル放射性廃棄物等の最終処分地選定に向けた文献調査の実施を受け入れると表明したこと。
 
同町がこれに応募した場合、高知県東洋町(2007年に応募後、取り下げ)、北海道寿都町(2020年10月に応募、調査実施中)、同神恵内村(同時期に国から申入れ・受諾、調査実施中)に続くものとなります。
 
元々、町内団体からの請願があったことからすれば、地域の皆様が特定放射性廃棄物の最終処分と文献調査に高い関心を持っていただいたということであり、また、その後も町議会で議論を重ねたうえでの請願採択、そして脇山町長が前向きなご判断をされたことに心から敬意を表する次第です。
 
この判断に、マスコミはまたまた「核のごみ」のオンパレードですが、さすが正しく表記しているのが「原子力産業新聞」。
 
記事には、脇山町長の判断を受け、林芳正官房長官が記者会見で、玄海町による判断に対し敬意・謝意を表したうえ、「最終処分という国家的課題に対し、社会全体で議論を深めていく上で、非常に重要な一石を投じるもの」と、その意義を強調。海外の処分地選定プロセス事例にも言及し、日本においても「文献調査実施地域の拡大が重要」と、引き続き全国規模で議論していく必要性を述べたとあります。
 
また、地層処分事業実施主体の原子力発電環境整備機構(NUMO)の近藤駿介理事長は、「最終処分は日本社会全体で必ず解決しなければならない重要な課題」との認識をあらためて示すとともに、引き続き「全国のできるだけ多くの地域に文献調査を受入れて欲しい」とするコメントを発表。
 
続いて、電気事業連合会の林欣吾会長からは、「発生者としての基本的な責任を有する立場から、国やNUMOとも連携しつつ、地域の皆様との対話活動を通じて、できるだけ多くの皆様との関心や理解が深まるよう取り組んでいきたい」とのコメントを発表したとありました。
 
以下の図(※1)に示すよう、文献調査は、高レベル放射性廃棄物等の処分地選定に向け、最終処分法で規定された最初の段階であり、関心を示した市町村を対象として、地域の地質に関する文献・データについて机上調査するもの。
 
(※1)資源エネルギー庁「総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 特定放射性廃棄物小委員会 第3回地層処分技術ワーキンググループ」(2024年5月2日開催)において、資料3としてNUMOが提出した「文献調査段階の評価の考え方」に基づいた評価及び検討のプロセス
 

【文献調査は、3段階の第1ステップ】
 
なお、地域には2年程度の文献調査期間中、国から最大20億円が交付されることを補足しておきます。
 
結びに、原子力立地自治体では初となる玄海町での文献調査受入れを皮切りに、今後、全国の多くの自治体でも手が挙がることを期待するとともに、ここ敦賀市、あるいは嶺南の立地自治体においても果たす役割があるものと、改めて認識を強める次第です。

「第27回敦賀港カッターレース」参加チーム”大”募集中!

ブログ まちづくり

二十四節気では「こどもの日」の5月5日に「立夏」を迎え、暦の上では「夏の気配」が感じられる季節に入ったところ。
 
若葉も茂り、眩しい日差しに30℃近い気温の日には、まさに節気のとおりと感じる一方、ここ数日の寒暖差により、わが家ではこたつ布団が再登場したり。
 
いずれにしても、季節の変わり目は体調を崩しやすいことに留意のうえ、健康第一で過ごしていきましょう。
 
さて、毎年「夏の気配」が感じられる頃に呼び掛けているのは、「敦賀港カッターレース」の参加チーム。
 
敦賀の夏の風物詩「敦賀港カッターレース」は今年で「27回」となり、7月14日(日)に開催することが決定しています。
 
自身が事務局として参画しているのは5年程度に過ぎませんが、こうして半世紀を超えて続くイベントは「本物」であり、これまで携わってこられた皆様のご尽力に敬意を表する次第です。
 
27回目を迎えるカッターレースですが、コロナ禍には、大会直前の市内コロナ感染による急遽中止や、大会としての開催は断念したうえで趣旨を変えての「体験交流会」などを経て、昨年は「3年ぶり」に通常通りの開催。
 
県外からの4チームを含む「35チーム」に参加いただき、大いに盛り上がったところです。
 
今年はさらに多くの参加のもと開催すべく、現在「50チーム」を目標に参加募集しています。
 
なお、改めて「敦賀港カッターレース」とは、1996年に敦賀海洋少年団が企画して始め、市民有志でつくる実行委員会に引き継がれた、同港川崎・松栄岸壁で行われる1チーム8人が力を合わせて端艇(カッター)を漕いでタイムを競うレース。
 
全長6メートルの端艇を使用し、往復400メートルのコースで競い、チームはかじ取りの艇長1人と声掛けする艇指揮1人、オールを漕ぐクルー6人の計8人で編成。
 
1部は前回出場タイムが3分40秒以下か同部に参加を希望するチーム、2部は初出場と前回が3分40秒より遅いチーム、女性の部(女性クルー4人以上)は4チーム以上のエントリーがあった場合に行うこととし、各部とも予選2レースの後、タイム上位4チームで決勝を行い、各部の上位3チームを表彰するほか、特別賞などもあるもの。
 
既に開催案内チラシを各所に配布のうえ、参加チームの募集を始めていることに加え、昨晩は敦賀FMハーバーステーションの番組出演、今後は嶺南ケーブルネットワーク(RCN)「つるいち」での告知放映なども予定してところ。
 
現在のところ、正式に申込みのあったのは4チームという出足となっておりますが、夏の青空に敦賀港の青い海のロケーションのなか、力を合わせて漕ぐことによって生まれる一体感や団結感、息がピッタリ合った時に「スー」っとカッターが進む爽快感など、一人でも多くの方に味わっていただきたいと思う次第。
 
参加申込は、添付案内チラシの「QRコード」または敦賀港カッターレースHPの「フォーム」(以下リンク)からとなります。
 
企業、団体、労働組合などを問わず、ぜひともの参加をお待ちしています。
 

【参加案内チラシ。右下のQRコードから簡単に申込み出来ますのでぜひ!】
 
 →敦賀港カッターレースHPの「申込フォーム」はこちら

「だから何」と言いたいタイトル

ブログ 原子力

水曜日の昨日は、名子での辻立ちからスタート。
 
霧雨が降ったり止んだりの天気に、傘もさしたり畳んだりでしたが、ブログでご紹介した石川1区で出馬を決めた「小竹凱(おだけかい)」さんにエールを込め、国民民主党の旗を掲げご挨拶した次第です。
 
なお、私の熱量の原動力の一番は、郷土敦賀をより良いまちにしたいとの思いですが、同時に停滞する日本を動かすのは国民民主党だという自負と、同じ思いをもって全国で日々コツコツ活動されている仲間の姿。
 
今後も2本の旗を掲げ、活動を続けていきます。
 

【辻立ちの様子。終わり際には青空が覗きました。】
 
さて、原子力をめぐる一部報道に対しては、これまでも苦言を呈してきたところですが、今回は呆れるレベル。
 
「海水からトリチウム検出 原発処理水放出口付近」
 
※「原発」と書くこと自体抵抗がありますが、ここでは記事をそのまま引用します。
 
共同通信社が昨日ネット記事に掲載したタイトルがこちら。
 
記事には、「東京電力は7日、福島第1原発周辺で6日に採取した海水から、1リットル当たり13ベクレルの放射性物質トリチウムを検出したと発表した。世界保健機関(WHO)の飲料水基準(1万ベクレル)は大きく下回っている。検出したのは処理水の放出口に最も近い場所で採取した海水。他の場所では検出下限値未満だった。東電は7日、4月19日に開始した5回目の処理水放出を完了した。」とあります。
 
一方、あたかも「問題があった」ように受け取られるタイトルに対し、産経新聞は以下のように指摘しています。
 
「『検出下限値未満』ではなく、トリチウムが検出されたのは事実として、『基準を下回る」の文言を入れず不安をあおりかねないタイトルに対し、SNSでは「海水から塩分を検出したレベル」など報道に対して苦言を呈すコメントが相次いでいる。」
 
私が「呆れる」と表現したのはまさに、この指摘のことですが、そもそもトリチウムは自然界に広く存在し、体内にも微量ながら含まれているほか、同様に海洋放出している国内外の原子力施設周辺で人体や環境に与える影響は確認されていません。
 
産経新聞では続けて、「電力、エネルギー、環境問題について情報発信するアカウント『分電でんこFC』は8日、Xで『だから何といいたいようなタイトルです。福島が危険であるといいたいのでしょうか。だとしたらこの記事は風評加害です』と指摘した。」とあります。
 
「分電でんこFC」さんは、私もXのアカウントフォローしており原文(以下添付)も読んだところですが、産経に掲載されていない続きにはこうあります。
 
「福島が正常な状態に戻っていくことは彼らにとって不都合なのでしょうか?」
 

【「分電でんこFC」さんの当該ポスト】
 
共同通信社であるが故、おそらく各地元紙にもコピペで掲載されていくのが恐ろしい訳ですが、今回、こうしたタイトルの記事に、SNS上で多くの苦言や批判の声が挙がったのは心強いところ。
 
苦言を受け、風評加害となるような表現は本当にやめていただきたいと申し上げるとともに、新聞記事を鵜呑みにせず、科学的に理解せねばならぬと、併せて強く思う次第です。
 
特に原子力に関しては、こういったタイトル、記事が散見されます。
 
皆様方におかれましても十分ご注意ください。

国民民主党が「石川1区」で公認内定予定候補者を決定

ブログ 政治

Appleは5月7日、新型タブレット「iPad Air」を発表。
 
これまで11インチのみのサイズ展開でしたが、新たに13インチを追加し、2モデル体制としたうえで、5月15日より発売開始するとのこと。
 
何故、こんな商品紹介をするかといえば、敦賀市議会が今年度導入する「タブレット化」の機種選定に際し、A4サイズがそのまま見ることができる12.9インチのiPad Proを第1候補としつつ、同サイズを備えたiPad Airが発売されるとの情報から、その発表を待って最終決定することとしているから。
 
ProとAirでは、性能や価格、重量も異なるため、近々開催される議会運営委員会にて改めて協議されることになろうかと思いますが、どういう使い方をするのかを念頭に、もちろんコスト意識をもって慎重に判断していく所存です。
 
さて、新発売される商品には「期待」が付きものですが、こちらは次期衆議院選挙に向けて新たな発表。
 
国民民主党は7日、第50回衆議院議員総選挙における公認内定予定候補者として、石川1区に「小竹 凱(おだけ かい)」(新人)を決定しました。
 
小竹氏は金沢市出身の25歳。
 
石川工業高等専門学校を卒業後、ゼネコン大手に入社し、昨年5月の退社後に国民民主党の候補者公募に応募し公認が内定した方。
 
国民民主党の玉木代表は、昨日行われた会見で「現在25歳で、初めてのわが党の学生部出身であり、いま国民民主党石川県連で青年局長を務めています。非常に期待の若い人材で、ぜひ石川県内においても国民民主党の党勢拡大の核となる活動をしていただきたいと思います。来る衆議院選挙に向けてしっかりと石川1区で多くのみなさんの期待を集める活動をしていただきたいと思っています。富山3区に続いて北陸で2人目の擁立になります。能登半島地震もありましたので、石川県また北陸地方での声をしっかりと受け止めることができる候補者の擁立をしたいと地元とも調整してきましたが、今般擁立に至ったということでご報告申し上げます。」と発言。
 
また、金沢市内で行われた小竹氏ご本人の会見では、「停滞が30年以上の長きに亘り、誰も将来に希望が持てなくなった。これを終わらせ経済の再生・将来に希望の持てる国にしたい。私達、責任世代こそ、真剣に取り組まなければならない」とした上で、子育て支援に留まらない少子化対策や社会保障制度を持続的なものにしていきたいと決意を述べたとあります。
 

【記者会見で考えを述べる小竹凱氏(北陸放送より引用)】
 
国民民主党石川県連では、今後支援組織である連合石川に「推薦」を求めていく方針とありましたが、衆議院選挙の石川1区にはこれまでに、自民党、立憲民主党のほか、日本維新の会、共産党も公認候補予定者のあわせて4人が出馬を表明しており、小竹氏を合わせ5名による激戦が必至の様相となっています。
 
この小竹氏。
 
実は、以前からX(旧Twitter)つながりで、朝の街宣活動を私と一緒にやりたいと、2月19日には敦賀までお越しになり、粟野交番前でともにマイクを握った仲。
 

【粟野交番前で街頭演説する小竹凱氏(2024年2月19日 やまたけ撮影)】
 
前日にはお酒も酌み交わし、すっかり打ち解けましたが、名前と見た目どおりの「ナイスガイ」。
 
若いながらも国家感をもって課題解決にチャレンジしようとする人物であり、思いを共有したところ。
 
先般開催された国民民主党北信越ブロック会議でも確認したよう、ブロック全体で押し上げていきたいと思います。
 
なお、福井は1区、2区ともに候補者擁立に至っていませんが、まだ諦めた訳ではないほか、党の方針として、他党と協力する条件を「国の根幹に関わる安全保障やエネルギー政策が合致すること」、「共産党と連携しないこと」に置いていることだけ、皆様と共有いたします。
 
いずれにしても、停滞する日本を動かすためには国民民主党の政党拡大が急務と思いますので、同志である小竹氏のためにも引き続き、政党の旗を立て、活動に邁進する所存であります。

鉄道史跡ウォーク「金ヶ崎~敦賀駅周辺の鉄道遺跡をめぐる」

ブログ 敦賀の歴史・文化

5日にJR京都駅の電車内で不審物扱いされたリュックサックの件について。
 
リュックの外側に手書きで「四塩化一黄酸」と書かれていましたが、その後の調べによると、持ち主が所属しているヨットチームの名称で、オーナーの「ししおか いちおさん」をもじって付けたものだったそう。
 
私の読みは見事に外れていましたが、忘れた人は全く悪意も何もないにせよ、このような表記によって8万5千人に影響が及んでしまったのは事実。
 
「人騒がせ」とはまさにこういうことと思うところですが、いずれにしても誤解を招きかねない表記や行動は厳に慎まねばと。
 
さて、話しは変わり、ゴールデンウィーク最終日に楽しみにしていたのは、敦賀市立博物館主催の鉄道史跡ウォーク「金ヶ崎~敦賀駅周辺の鉄道遺跡をめぐる」。
 
天候は小雨ではあるものの、20m/sを超える強風につき中止との連絡。
 
あの強風では当然であり、「安全第一」の賢明な判断と受け止めましたが、嬉しいことに、代替措置として敦賀市立博物館ロビーにて、ウォーク申込者を対象に「ミニ講座」を開催いただけるとのことで、そちらの方に行ってまいりました。
 
10時の開始に合わせ博物館に行くと、入ってすぐ左に、プロジェクターとスクリーンがセットされ、車座形式の会場が用意されていました。
 
1番乗りは私でしたが、しばらくすると外国人と日本人の団体さんが来られ、お伺いするに外国の方は、フランス人で京都からお越しになられたとのこと。
 
皆さん流暢な日本語を話されることに驚きつつ、団体さん7名と私の計8名で講座はスタート。
 
今回の史跡ウォークは本来、きらめきみなと館を出発地に、往時の港と鉄道の姿を思い描きながら廃線跡に沿って歩き、敦賀駅、眼鏡橋まで約5kmまでを歩くコースであり、講座ではコースに沿って、学芸員さんが事前調査された際の写真と照らし合わせながら、ポイント毎のエピソードや歴史をご紹介いただきました。
 

【ミニ講座の様子。重厚感のある館内は雰囲気があります。】
 
とりわけ、廃線跡の部分に関しては、知らないエピソードや構築物の紹介があり興味深く拝聴したところですが、レールが残る当時の趣を残す風景はこの場所ならでは。
 
明治の近代化の歴史とともに始まり、大陸に向かう欧亜国際列車も走った線路だけに、他の廃線跡とは「格」が違う、ロマンあふれる場所と思うのは私だけではないはず。
 
今後の鉄道公園整備用地と合わせ、JRから敦賀市が購入することが決まっていますが、そうした歴史背景をベースに、今後の活用を大いに期待する次第です。
 

【金崎宮駐車場近くから曙町方面に延びるレール。趣があります。(2024年4月 やまたけ撮影)】
 
講座のほうは約1時間でしたが、臨機応変に対応いただいた学芸員の皆様におかれましては、段取りから運営まで誠にありがとうございました。
 
写真と照らし合わせて説明いただいたお陰で、ウォークした気持ちになれました。
 
なお、敦賀市立博物館では、4月24日(水)から6月16日(日)に掛けて、企画展「海湖とつながる敦賀の鉄道~終着駅から始まった~」を開催中です。
 
北陸新幹線敦賀開業を記念して、明治時代に北陸の中でもいち早く敷設された敦賀の鉄道を取り上げ、同館が所蔵する鉄道関連資料を中心に展示しており、期間中の来場者には欧亜国際連絡線の切符を模した開業記念入館券プレゼントもあります。
 
私も先日鑑賞してまいりましたが、資料はどれも見応えのあるもの。
 
ご参考までに、企画展のチラシと入館券プレゼントを添付しますので、「鉄道と港のまち敦賀」がより分かる企画展にぜひ足を運んでいただければ幸いです。
 


【企画展のチラシ(敦賀市立博物館HPより)】

【開業記念入館券。手にすると、敦賀から大陸に渡った当時の情景が思い浮かびます。】

ゴールデンウィーク最終日も「ご安全に」

ブログ 防犯/防災

天気に恵まれ過ぎて気温も上昇。
 
県内では、福井市などで今シーズン初の「真夏日」となった昨日(敦賀も今年最高の29.1℃を記録)。
 
せっかくのゴールデンウィークと妻と石川方面に出掛けてまいりました。
 
北陸自動車道なら、さほど渋滞もなかろうと思っていた訳ですが、行きは小松IC〜美川IC間で工事による1車線規制、帰りは上り線の敦賀トンネル内(福井県敦賀市~南越前町)で発生した3台が絡む追突事故の影響で渋滞。
 
車線規制の渋滞はさほどでもありませんでしたが、事故渋滞では、最初は「1キロ5分」との標示だったものが、福井IC近辺まで来ると「9キロ55分」まで拡大。
 
迷いなく武生ICで高速を降り、国道365号線で帰宅しました。
 
幸い交通事故によるけが人はいなかったことに安堵しましたが、ゴールデンウィークの思い出が「事故」になってしまうことのなきよう、巻き込まれを含め、安全運転の徹底あるのみと感じたところです。
 
また、交通機関でいえば「鉄道」でも。
 
JR西日本では、5月4日に京都線で踏切の非常ボタンが押された影響で、特急サンダーバードのほか京都線、琵琶湖線の列車にも遅れが出たところ、昨日は京都駅構内で発見された「不審物」騒動。
 
同社によれば、5日16時35分頃、JR京都駅の係員から大阪指令所へ連絡があった近江舞子発京都行き普通電車の車内で乗客が発見したリュックサック。
 
リュックの外側には手書きで「四塩化一黄酸」と書かれていたため、「不審物」として京都府警が確認したところ、中身は衣類で危険性はなかったとのこと。
 
また、「いかにも」の手書きも薬品名ではないとみられ、府警は故意ではないとみて、持ち主に遺失物として返還したとありましたが、これによりJR西日本管内では、計80本が運休、計97本に最大102分の遅れが生じ、約8万5千人に影響が出たとあり、こちらも被害等なく安堵する一方、「忘れ物」ひとつが大騒動になることを学んだ次第です。
 
それにしても何故「四塩化一黄酸」と書いてあったのか。
 
忘れても取られないようにとの予防策であるとするなら、別の方法にしてもらいたいものです…。
 
さて、そうしたなか迎えるゴールデンウィーク最終日。
 
渋滞、不審物に続き、気になるのは「強風」。
 
敦賀では昨日の最大瞬間最大風速が18.9m/s、本日もブログを書いている時点で16.5m/sを記録しており、既にJR小浜線は運休としていますが、自動車も鉄道も、帰省される皆様におかれましては十分ご留意のうえ「ご安全に!」。
 
かくいう私は、楽しみにしている敦賀市立博物館主催の「鉄道史跡ウォーク」に参加する予定ですが、開催はどうなるのか。
 
いずれにしても「安全第一」で過ごしたいと思います。
 

【強風が表現する意味で、愛犬の毛がなびく昨夕の散歩写真を掲載いたします(伝わらないと思いますが…)】

防火を願う白銀神社の「火まつり」

ブログ 敦賀の歴史・文化

子ども達の「ワッショイ!」がこだまするお祭りはやはり良きもの。
 
昨日は、白銀町の住む同級生からのお声掛けもあり、白銀神社 の「火まつり」に参加させていただきました。
 
この「火まつり」は戦前、神社の周辺で火事が相次いだことから、防火を願って始められた行事ですが、コロナ禍により一時中断。
 
昨年、火みこし、今年は松明(たいまつ)行列と順次再開したとのことであり、18時からの神事に始まり、18時30分にはみこしが出発。
 
通行止めにした駅前通り、国道8号線を始め、白銀町内を約1時間半ほどかけて巡行しました。
 
この「火みこし」。
 
コロナ前までは、60名ほどが参加され担いでいたものを、担ぎ手の減などにより、台車タイプに方法を変更。
 
子ども達が綱を引き、大人が補助的に台車を押すスタイルとしたとのことでしたが、献木を焚べながら火の粉を上げながら進む「火みこし」は勇壮且つ神秘的。
 
とりわけ、夜の新幹線駅をバックにしたシーンは象徴的で、駅周辺にいらっしゃった多くの方がカメラを向けていました。
 

【どこか幻想的な新幹線駅をバックにした「火みこし」】

【献木はこんな感じです(初めて見ました)】
 
その後に行われた松明行列では、火みこしとともに松明を持った参加者が駅前通りを練り歩き、賑わいの中にどこか神秘的な雰囲気を感じた次第です。
 
私は、みこしの押し係から、最後は拍子木まで打たせていただき感謝。
 
お声掛けいただいたとはいえ、正直、他所の地区からの参加を遠慮する気持ちがありましたが、みこしの時間を通じ、白銀の方ともお話しできるように。
 
これがお祭りの良いところですね。
 
20時15分頃だったでしょうか、みこしが無事に白銀神社に戻り、解散となった訳ですが、工程を終えて思ったのは、時代や状況に合わせて形を変えつつも、地域のまつりを続けられていることの素晴らしさ。
 
白銀町の皆様に敬意を表するとともに、今後の発展を祈念いたします。
 

【今後も永くお祭りが続くことを祈念しています】
 
最後に、感心したのは子ども達。
 
暗くなってからも、終始大きな声で続けた「ワッショイ!」には、町内の方のみならず、沿道でご覧になられていた方にも元気を与えたと思います。
 
また、こうした経験が郷土への愛着や誇りにつながればと思ったところです。
 
そんなことを感じたなか、今日は「こどもの日」。
 
祝日法の制定に当たって新たにこどもの日が設けられたことについて、成人の日とともに、「特に次の時代の人々に大きな期待をかけているから」と説明されています。
 
「子は地域の宝」と言いますが、子ども達に期待をかけるばかりでなく、円滑に次代に引き継げるよう、今の大人がしっかりせねばと、もうひとつの意味合いを思う次第です。

自然に親しむとともにその恩恵に感謝

ブログ 政治 敦賀の歴史・文化

昨日のNHK日曜討論「憲法記念日特集」。
 
一部野党は、他党を汚い言葉で罵(ののし)り、自党をPRするという見苦しいものでしたが、それを除き、与野党の幹部が出演した討論は、冷静で中身の濃い見応えがあるものでした。
 
とりわけ、憲法9条に関し国民民主党の玉木代表は、「解釈で同じ条文の中で一部集団的自衛権まで認めてきているというのは、私は憲法の持つ、文言の持つ規範性を著しく失わしめてきたと思う。これ以上、解釈でやるのではなくて、どこまで何ができるんだということは、やはり条文でしっかり書くべきだと思うので、9条2項の削除や改正、9条2項を残した場合であっても、その例外としてどこまで自衛権が行使できるかを正面から本質的議論をしっかりやるべき。」との意見。
 
その上で、「自民党案も維新案もそうだが、9条1項2項を残してその解釈も維持するという改憲案になっているが、最大の課題は、国内法においては軍隊ではないけれども、国際法においては軍隊であるという、9条2項に規定している戦力ではないとの曖昧な状況。そして共産党のいう違憲論が改憲後も消えないということ。中途半端なことはやめた方がいい。」。
 
「一方で、9条を守れと仰る方も一体何を守ろうとしているのか。今の解釈で自衛権の範囲がいかにも伸び縮みする。しかも時の政府が、内閣が、自由に決められるという仕組みを維持しようとしているのか。9条を守ろうとしていることが一体何を守ろうとしていることかを明確にすべきだと思う。」とも。
 
以前に、自衛隊の位置付けをめぐり、明記するだけの自民党案を「労多くして益なし」と例えた玉木代表ですが、私も最大のポイントはここにあると考えるところです。
 
いずれにしても、改憲の必要性を始め、憲法に対する国民の皆さんの関心や考えが深まることが極めて重要であることから、昨日のような番組あるいは衆院憲法審査会は必ずNHK中継を入れるなど、議論が広く伝わるよう改善をお願いする次第です。
 
さて、祝日が続くゴールデンウィーク後半ですが、今日は「みどりの日」。
 
「みどりの日」は、平成元年の「国民の祝日に関する法律」の改正により設けられた国民の祝日であり、「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」日とされています。
 
変遷を辿れば、平成元年の法改正では、我が国は緑豊かな自然を持った国であることにかんがみ、それまで天皇誕生日であった4月29日が「みどりの日」とされましたが、平成17年の法改正により、平成19年から、4月29日が昭和の日とされるとともに、みどりの日は5月4日に変更されました。
 
これは、みどりの日の意義にかんがみ、祝日の増加による影響にも配慮しつつ、青葉若葉の時節であり、ゴールデンウイーク中の一日である5月4日をみどりの日とすることとされたとあります。
 
なお、学者として植物に造詣の深かった昭和天皇を偲ぶとの意味が込められていることも忘れてはなりません。
 
こうして居場所が定まった祝日ですが、これを祝うかのように今日は見事な五月晴れ。
 
気温が28度まで上がるとのことですので、その点はご留意いただきつつ、みどり鮮やかな風景、新緑薫る野山に出掛けてみてはいかがでしょうか。
 

【昨日の野坂山と田園風景。青と緑のコントラストが本当に美しかったです。】

「マッカーサーノート」と「日本国憲法」

ブログ 政治

今日は「憲法記念日」。
 
昭和21年11月3日に公布され、半年後の昭和22年5月3日に施行された「日本国憲法」。
 
憲法記念日は、昭和23年の「国民の祝日に関する法律」の制定当初に定められた計9日の「国民の祝日」の一つであり、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」日とされています。
 
現在、衆議院憲法審査会において、憲法改正を踏まえた議論がされるところですが、国家の根幹にある憲法に関し、私も毎年この日にブログで考えを書き綴っているところです。
 
これまでも述べているよう、私の考えの拠りどころとなっているのは、(財)富士社会教育センター発刊の「新しい日本の憲法像」であり、同著の冒頭にあるよう、現行憲法が、戦勝国によって「押し付けられた憲法」であるとの認識に立つものです。
 
即ち、敗戦による軍事占領下において、「日本国ガ再ビ米国ノ脅威トナリ又ハ世界ノ平和及安全ノ脅威トナラザルコトヲ確実ニスルコト」(降伏後ニ於ケル米国ノ対日方針)を「究極ノ目的」としてマッカーサーによってつくられた憲法であり、いわゆる「日本弱体化」戦略により、それ故、この憲法をいつまでも保持するということは、ますます日本を弱体化することを意味します。
 
現行憲法の前文の随所にみられるように、明らかに、日本侵略史観と戦争犯罪国家を前提にしたものではなく、これまでの護憲か改憲かの論議を超えて、健全な歴史観と国家間と価値観をしっかりと踏まえた論議の下地のもと、何が日本にふさわしい憲法なのかを議論していく必要があると考える次第です。
 

【自身の考えの拠りどころ「「新しい日本の憲法像」】
 
さて、その「日本国憲法」。
 
「日本国憲法の誕生」(国立国会図書館蔵著)を読むと、制定までの経過には「日本国憲法の制定には、国の外からと内からの双方の力が働いている。」とあります。
 
引用すると、外からの力とは、日本の敗戦により、「ポツダム宣言」を実施するために必要な措置をとる連合国最高司令官のもとで、大日本帝国憲法(明治憲法)の変革が求められるようになったことである。内からの力とは、戦時中、軍部の行った政治支配によって、敗戦当時、もはや戦前の議会制度をたんに修復させるだけでは、国民の期待する「民主主義」を実現することができないまでに、明治憲法体制は深く傷ついていたことである。
 
憲法制定の経過は、1946(昭和21)年2月13日を「ターニング・ポイント」として、その前後で大きく二つの段階に区分される。前者は、1945(昭和20)年10月、最高司令官が「憲法の自由主義化」を示唆、これを受けて日本政府による明治憲法の調査研究が開始され、翌1946年2月、改正案(憲法改正要綱)が総司令部に提出されるまでの段階である。後者は、2月13日、総司令部が日本側の改正案を拒否し、逆に、自ら作成した原案(GHQ草案)を提示することで、局面が転回し、新たな憲法の制定・公布にまで至る過程である。
 
この二つの段階ないし局面を通じて、国内外の様々な政治的、社会的、その他もろもろの力が複雑に絡み合うなかから、日本国憲法が作り出されるのである。(引用終わり)
 
この「後段」の経過をもって、先に述べた「押し付けられた憲法」と認識する訳ですが、併せて、「『日本国憲法の制定経過』に関する資料」(平成28年11月 衆議院憲法審査会事務局)によれば、「日本側は、突如として全く新しい草案を手渡され、それに沿った憲法改正を強く進言されて大いに驚いた。そして、その内容について検討した結果、松本案(当初の日本案)が日本の実情に適するとして総司令部に再考を求めたが、一蹴されたので、総司令部案に基づいて日本案を作成することに決定した。」
 
いわゆる「押しつけ憲法論」について、上述のとおり、マッカーサー草案が提示され、この草案を指針として日本国憲法が作成されたことについて、現行憲法は「押しつけられた」非自主的な憲法であるとの見解がある。
 
と記載されています。
 
 →「日本国憲法の制定経過」に関する資料(平成28年11月 衆議院憲法審査会事務局)はこちら
 
一方、全てが強制されたものではなく、制定の段階において、いわゆる日本国民の意思も部分的に織り込まれ、帝国議会の議論を経て制定されたことをもってして、「押し付けられた」ものではないとする考えがあることも承知しています。
 
ここで「マッカーサーノート」1946(昭和21)年2月3日 を改めて紹介します。
 
これは、マッカーサーが総司令部民政局に対して総司令部案の作成を命じた際、案の中に入れるよう示した三点であり、「マッカーサー三原則」とも呼ばれますが、内容は以下。
 
1 天皇は、国家の元首の地位にある。
 皇位の継承は、世襲である。天皇の義務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法の定めるところにより、人民の基本的意思に対し責任を負う。
 
2 国家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてそれをも放棄する。日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる。
いかなる日本陸海空軍も決して許されないし、いかなる交戦者の権利も日本軍には決して与えられない。
 
3 日本の封建制度は、廃止される。 皇族を除き華族の権利は、現在生存する者一代以上に及ばない。 華族の授与は、爾後どのような国民的または公民的な政治権力を含むものではない。
予算の型は、英国制度にならうこと。
 

【マッカーサーノート(国立国会図書館資料より)】
 
日本側がこの要求を受託した相当大きな原因が、「天皇制の維持」のためであったことも争えない事実であり、「自己の安全を保持するための手段としてそれをも放棄」させられてまで、守ろうとしたことの意味合いは決して忘れてはならないと考える次第です。
 
なお、明治憲法における「万世一系の天皇が君臨し統治権を総攬すること」が、日本国憲法では国及び国民統合の「象徴」であるとされ、その地位が大きく変化したことは「※国体の変更」ではないかとの、当時の帝国議会の議論において、金森徳次郎憲法担当国務相は「我々の心の奥深く根を張っているところの、その心が、天皇との密接的なつながりを持っており、いわば天皇を以て憧れの中心として国民の統合をなし、その基盤において日本国家が存在している」との意味合いから、「国体は変更しない」と答弁しています。
 
※国体・・・国柄のこと。我が国の「建国の大体」を表現する概念として用いられていたことを契機とする。
 
「憲法記念日」の今日を前に、改めて「新しい日本の憲法像」を読み返した次第ですが、戦勝国に「押し付けられ」ながらも、当時の日本が「絶対に譲れなかったこと」とは何かを胸に刻むとともに、冒頭述べたよう、健全な歴史観と国家間と価値観をしっかりと踏まえた論議の下地のもと、何が日本にふさわしい憲法なのかを議論していく必要がある。
 
まさに今がその時だと考える次第です。

経済産業省が玄海町に「文献調査」の実施を申し入れ

ブログ 原子力

話題がない日がないと言っても過言ではない「原子力」ですが、昨日のニュースは佐賀県玄海町から。
 
原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定に向けた文献調査の実施をめぐり、4月26日には玄海町議会が調査受け入れを求める請願を採択したことを受け、昨日は経済産業省が玄海町に申し入れ。
 
玄海町役場を訪れた経済産業省 資源エネルギー庁の松山首席最終処分政策統括調査官が、脇山伸太郎町長に対し、調査を受け入れるよう申し入れる齋藤健経済産業相からの文書を手渡しました。
 
文献調査は市町村の応募か、国からの申し入れ受諾により実施が決まりますが、申し入れは北海道神恵内村に続いて2例目となります。
 

【申入書を手渡す松山調査官(右)と脇山町長(NHK NEWS WEBより引用)】
 ※NHKのテロップも「核のごみ」。公共放送がこれではいけません。
 
文書ではまず「庁内での議論に深く感謝します」とした上で「特定放射性廃棄物の最終処分は原子力発電の賛否にかかわらず、日本の社会全体で必ず解決しなければならない重要な課題です」として理解と協力を求めました。
 
これに対し、脇山町長は「議会の採択は大変重いものだと感じています。今回の申し入れに関して、これを踏まえて今後の検討として対応していきたいと考えています」と回答。
 
また、調査を受け入れるかどうか判断する時期について町長は「本会議で採択され、議会が決めた中であまり先延ばしにするのは失礼だろうと考えていて5月中には判断したい」と述べ、改めて5月中に態度を明らかにする考えを示しました。
 
国からの申し入れに関しては、町民の理解促進などで国が前面に立つ姿勢を示す狙いがあるとしていますが、そもそも令和5年4月28日に閣議決定された「特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針」において、最終処分事業は、国のエネルギー政策を推進していく上での最重要課題の一つであるとともに、長期にわたる事業であることから、概要調査地区等の選定に関しても、選定の円滑な実現に向け、国が前面に立って取り組むことが必要であると明記しています。
 
なお、こうした認識に立った上で、私自身は、先の3月定例会代表質問で、「原子力立地自治体も自ら取組む必要がある」と意見しており、その際、敦賀市長からは「国が覚悟をもって取り組んでいただければならない」とのお考えとともに、「高レベル放射性廃棄物の最終処分は、電力の供給を受けてきた国民全体で共有しなければならない課題で、立地、立地以外の区別なく、多くの地域で建設的な議論が進められることが重要と感じています」と答弁されています。
 
国家的課題と位置付けるこの問題の解決は「待ったなし」であり、まずは文献調査の実施に全国で数多く手が挙がることが肝要であり、私は敦賀を含む、嶺南の原子力立地地点も例外ではないとの考えです。
 
そうした考えのもと、先にあった同じ原子力立地である玄海町議会の判断に敬意を表するとともに、今後の町長の前向きなご判断を切に期待する次第です。
 
もちろん、政府が全面に立ち、引き続き主体的に進められることは言うまでもありません。

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