ゆうあい倶楽部の視察研修にて「地域創生」と「地震への備え」を学ぶ

ブログ まちづくり 防犯/防災

議会が休会の昨日は、自身が顧問を務める「ゆうあい倶楽部」の視察研修に参加。
 
「ゆうあい倶楽部」とは、旧同盟系労働組合で構成する「嶺南地区友愛会」の発展的解散を受けて設立され、東洋紡労組や日本原電や北陸電力をはじめ電力関係労組、敦賀フィルム労組などで構成する団体。
 
私は「嶺南地区友愛会」時代に事務局長を3年間務めていたこともあって思い入れが強く、後輩の皆さんが、こうして理念を継承しながら、活動を続けていただいていることを大変嬉しく思うところです。
 
年に一度の視察研修は、各労組より参加者を募り、昨日は18名が参加。
 
7時30分に敦賀を発ち、舞鶴若狭自動車道を経て、明石海峡大橋を渡り淡路島へ。
 
淡路市で展開されている、人材派遣会社で有名なパソナグループの「地域創生」の取組み、阪神・淡路大震災発生時にできた野島断層を保存する「北淡震災記念公園」にて、それぞれ学んでまいりました。
 
視察先それぞれであったポイントを以下に記載いたします。
 
<パソナグループが挑戦する地方創生>
 
◉1976年創業、社員25,046人のパソナグループの企業理念は「社会の問題点を解決すること」と「人を活かす」こと。
◉パソナグループにおいては、淡路島をはじめ東北・京丹後など、全国で自治体や地元企業を連携しながら、「人材誘致」による独自の地方創生事業を展開。
◉文化・芸術・食・健康・教育など、国内外からたくさんの人が集まる「夢のある新産業」を創出し、地域の活性化と雇用創造に挑戦している。
◉様々な事業がある中で、人材誘致型の地方創生ソリューション事業には約2000人が所属している。
◉淡路島での活動のきっかけは、創業者の思いと日本の農業活性化、独立就農支援に向けて「パソナチャレンジファームin淡路」をスタートしたことにあり、最初は農業の雇用創出や農家インターンプロジェクト、農業ビジネススクールなどから始めた。
◉耕作放棄地約2.3ヘクタールの農地リースなどもあり、3年雇用7名からのスタートであったが、その後事業拡大。
◉淡路市が廃校になった野島小学校の利活用を公募(無償譲渡)した際、20年契約で手を挙げ、「食・農・学・芸」をキーワードとし施設として2012年にオープン。地域活性化の情報発信基地として、また地域の交流の場として、様々なイベントを開催している。
◉観光GDP割合は15%と高く、1300万人/年訪れている。
◉自治体との補助や官民連携という関係ではなく(一部、県や市の補助金制度に応募することはあるが)、ほぼ自前の投資で事業を行っている。
◉パソナグループの本社も淡路島に移転。本社の人員1300人に地元や周辺地域からの雇用者約700名を加え、島内勤務者は約2000名となっている。
◉廃業したホテルやスーパー、イオンの一角をパソナの事務所あるいはワーケーション施設に改装。子育てや芦屋インターナショナル(学びの場)を併設し、社員の福利厚生も充実させている。
◉地元商工会議所にも加盟するとともに、展開する各事業における食材の提供や修理工事などの発注はすべて地元。地産地消の経営をしているため、Win-Winの関係にある。
◉新たな雇用先が生まれ続けており、UターンやIターン者も増加。アバターワークサービスも手掛けており、障がい者の雇用にも愛tながっている。
 
<北淡震災記念公園>
 
◉平成7年(1995)の阪神・淡路大震災は、活断層である「野島断層」が動いたことにより発生したが、その際、北淡町(現淡路市)内に10kmに亘って現れた断層による地表面のズレが国指定天然記念物「野島断層」とされ、そのままの形で屋内保存している。
◉記念公園のある小倉地区では、道路や畑の畦、生垣のズレなどの断層による様々な地形の変化を保存し、地震のエネルギーの大きさと自然の脅威を伝えている。
◉メモリアルハウスでは、地震断層が横切る民家をそのまま保存。敷地内を走る断層や震災当時の様子を公開。また、「地震直後の台所」も展示されている。
 
こちらに関しては、言葉より以下の写真をご覧いただきたく。
 

【入館してすぐに飛び込んでくる国道43号の倒壊再現模型】

【ガイドさんによる、パネルを使った震災と活断層の関係説明】


【地表面のズレがそのまま保存される屋内展示】

【隆起した断層の断面】

【施設の脇にある民家もそのまま保存。塀のズレから敷地内を断層が走った様子が分かります。】

【地震直後の台所(再現)】
 
言葉は不要ということになりますが、自然災害の凄まじさと脅威、地震に備える大切さを考えました。
 
二つの視察先にて大いに学び、帰路の車内では私の活動報告の時間をいただき、敦賀市政の近況や課題、国民民主党の政策などをご説明。
 
昨日は口頭ベースでしたので、また改めて加盟労組さんにお伺いしたい旨お伝えしました。
 

【拙い報告で失礼しました】
 
改めて、ゆうあい倶楽部の皆さんは、友愛の理念を引き継ぐ仲間であり同志。
 
参加された皆様におかれましては、早朝より大変お疲れ様でした。

令和6年度 市政功労者表彰式

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今日から三連休という方が多いかと思いますが、初日はあいにくの雨。
 
しかも、台風21号から変わった低気圧が西日本から東日本を通過する影響で九州や中国地方は大雨に厳重な警戒が必要とされており、北陸地方も新潟地方気象台が1日午後3時54分に「大雨に関する気象情報」を発表していることに留意しておかねばなりません。
 
行楽シーズンではあるものの、秋の楽しみ方は文化に読書、食など様々。
 
今日のお出掛けは控え、ご自宅や図書館など近場で、文化的に過ごすのも良いのではないでしょうか。
 
※ちなみに本日は14時より、敦賀市立博物館主催の「敦賀から琵琶湖を結ぶ加賀藩の大運河計画」と題した講座がありますので、ぜひご参加ください(場所は市立図書館3階 研修室です)。
 
さて、話は変わり、気持ち良い秋晴れの中、昨日行われたのは「令和6年度 市政功労者表彰式」。
 
毎年11月1日に開催されているこの表彰式には来賓として、地元選出県議会議員、敦賀市議会議長以下、副議長、常任委員会委員長、特別委員会委員長もお招きいただいており、私も副議長として出席。
 
式に先立ち、今年度表彰される方々を会場の皆で拍手でお迎えしました。
 
開式の辞の後、まず表彰される3名、1団体のお名前と功績の紹介があった上で表彰状授与がされました。
 
<表彰者と功績(略記)>
 
◉自治功労 青山 利勲氏
 5期20年の永きにわたり、敦賀市選挙管理医委員会委員を務められ、適正な選挙執行を通じ、地方自治の発展と進行に多大な貢献
 
◉産業功労 宮元 武壽氏
 永きにわたり敦賀商工会議所の常議員、議員として活動されたほか、地域を代表する製造業企業として本市の産業振興及び地域経済の活性化に大きく寄与。
 
◉消防防犯功労 打它 正人氏
 永きにわたり敦賀美方消防組合敦賀消防団員として活躍され、その後は同団長として災害時における献身的な対応にご尽力されるなど、市民が安心安全に暮らせるまちづくりの実現に向けて多大な貢献。
 
◉文化功労 つるが山車保存会
 昭和54年の設立から6基の山車巡行を継続されるとともに、近年は市内中学校生徒に参加を促し、事前学習として山車の歴史を伝えるなど、後継者の育成・ふるさと意識の高揚にも多大な貢献。
 
表彰されたお三方並びに1団体の皆様におかれましては、それぞれの分野において多大なご尽力をいただいたことに敬意を表するとともに、後継者育成などに取り組まれたことに関しても感謝申し上げる次第です。
 
式は、市長式辞、来賓として市議会議長ならびに地元選出県議会を代表し力野県議会議員からの祝辞、受賞者代表謝辞と続き、閉式となりましたが、表彰された皆様におかれましては、今後もますますお元気でご活躍されますこと祈念いたします。
 

【閉式後、受賞者の皆様を囲んで記念撮影】
 
こうして毎回表彰式に出席させていただき思うのは、歴代、諸先輩方の脈々と続くご努力があって、今の敦賀の発展があるということ。
 
地域づくりは人づくり。
 
改めて、先人のご貢献に感謝するとともに、次代へつなぐ役割と責任を感じる次第です。

大分県豊後高田市の移住・定住施策を学ぶ

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嶺南広域行政組合議会の行政視察2日目は、大分県豊後高田(ぶんごたかだ)市へ。
 
嶺南地域も同様、全国的に人口減少が進む中、「住みたい田舎ベストランキング」において、12年連続ベスト3を達成している同市の移住・定住の取組み状況を視察しました。
 
なお、このランキングは、全国の市町村を対象に宝島社が独自のアンケートを実施した結果により決定されたもので、豊後高田市は、このランキングで初代1位を獲得。
 
その後もベスト3以内のランクインを続け、全国で唯一「12年連続ベスト3」を達成していることに加え、今回は全国初となる4年連続※全部門第1位に輝いています。
 
※全部門
①「人口3万人未満の市」のうち、全世代対象の総合部門
②若者世代・単身者が住みたいまち部門
③子育て世代が住みたいまち部門
④シニア世代が住みたいまち部門
 
視察では早速、地域活力創造課のご担当の方から取組み内容をお伺いしましたが、まず平成17年の1市2町合併当時(人口約24,000人)から人口増施策を実施しているとあった上で、移住者のアンケート結果からは「自然の景観が住みやすい」との回答が多く、充実した各種施策の前に、功を奏している理由には、豊後高田市の魅力「山 里 街 海 温泉」があるのではとのお話が印象に残りました。
 

【説明いただいた資料の表紙からもその思いが伝わってきます。】
 
このうち、「街」に関しては、一番元気な時代にあった昭和30年代の商店街を、行政・商工会議所・商店主が協力し、「昭和の町」として保存再生。
 
まち起こしとして活用し、映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(故西田敏行氏出演)のロケ地となり、撮影の際には200〜300名のスタッフが滞在したほか、現在は年間約40万人の観光客が訪れているとの紹介がありました。
 
また、「人口増」と「新たな観光振興」を掲げる同市の実際の人口データでは、大分県内の全部過疎の自治体では、人口減少率が一番低いことに加え、国勢調査に基づく人口推計では珍しい、平成22年vs平成27年で上方修正されています。
 
さらに人口動態では、ここ10年、転入者が転出者を上回る「社会増」(令和5年は75人増)が続いていることや、①県外からの転入者が多い、②県を跨いで移動する女性の転入超過者がプラス であることが、同市の転入者の特徴とご教授いただきました。
 
(補足)令和5年度は、121世帯 247人が移住。10年間では1,339世帯、2,903人が移住(現人口の約13%にあたる)。
 
具体的な施策については、住む場所、働く場所、子育て環境の充実をきめ細やかに実施され、住む場所については、「空き家バンク事業」や「空き家リフォーム事業」、「空き家マッチング事業」などを実施。
 
空き家の紹介は、固定資産税納付書送付時にチラシを同封していることや地域のサロンでも紹介するなど、常時100軒程度が登録。
 
毎年30軒程度が利用され、約30軒が登録されるなど、市民の方々にも浸透、協力いただけているものと感じました。
 
面白い取組みとしては、県外からお孫さんが親の故郷(豊後高田市)へUターンする場合に奨励金を支給する「孫ターン奨励金」(10万円)や県外から妻の故郷にIターンする場合の「愛ターンお婿さん奨励金」(10万円)があり、趣向を凝らした展開がされていました。
 
就労支援については、市内企業への就職希望者を応援する「豊後高田市就職応援企業ガイド」を設置のほか、最新の求人情報掲載、奨学金返済支援事業などを実施。
 
“全国トップレベルの本気”を掲げる「子育て支援」では、主に以下の取組みを実施。
 
・高校生までの医療費無料
・0歳~中学生までの給食費無料
・市内保育園保育料と公立幼稚園授業料の完全無料
・子育て支援拠点施設「花っこルーム」を市内4カ所に整備
・子育て応援誕生祝い金で最大200万円を支給
・妊産婦の医療費無料
・高校授業料の完全無料(市外の学校に通う生徒を含め、全世帯に拡充)
・子育て応援入学祝い金(小中高入学ごとに)5万円
・高校生までの入院時の食事代無料化
・高校生に対する昼食の無料提供(給食センターでつくった弁当を提供することで準備中)
 
その他、全国モデルにもなる無料の市営塾「学びの21世紀塾」や「土曜日講座」、「放課後寺子屋講座」など、県内トップクラスの学力を誇る教育環境の充実を図っていることも特徴的でした。
 
ここまで各種事業をきめ細やかに、拡充し続けていることを聞いて、気になるのは財源。
 
同市では、ふるさと納税を「子育て」限定し寄付いただいており、その原資約4億円をこれら事業に充てているとのことでした。
 
結びに、成果を挙げていることに対する、ご担当の方からあった言葉は「市の総合力を上げていく」こと。
 
何かに特化するというのではなく、総合的な政策を結びつけていくこととの意味でしたが、確かにその通りと大変勉強になった次第です。
 
市役所での座学の後は、先ほどご紹介した「昭和の町」を視察し、豊後高田市を後にしましたが、こうした取組みを「嶺南広域行政組合議会」という圏域の単位で学んだことに意義があるもの。
 
この先、嶺南地域も人口減少の波が迫る中で、地域間「競争」でなく地域間「協調」で何をすべきなのか。
 
今回得た知見も参考に、組合議会の一員として考えていきたいと思います。

「日田彦山線BRTひこぼしライン」を視察

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衆院選の最中ではありますが、昨日と今日は※嶺南広域行政組合議会の令和6年度行政視察に参加しています。
 
※嶺南広域行政組合
福井県嶺南地域の活性化や公共交通機関の利用促進等を目的とした事務を行う組合。2市4町の各議会から選出された21人の議員、米澤敦賀市長を管理者ならびに他5市町の首長(敦賀は副市長)を副管理者とする執行機関で構成される。
 
同組合議会では、年に一度、抱える課題の解決や改善に向けた参考にすべく、先進地への視察を行なってきており、北陸新幹線敦賀開業を踏まえ、当組合構成市町においては、当面の間、終着駅となる敦賀駅で降車した観光客等を当地域全体で受け入れるため、公共交通の充実に取り組んでいることから、今年度は、福岡県添田町~大分県日田市で運行されている「BRT(バス高速輸送システム)」を視察先に選定。
 
まずは、添田町役場にお伺いし、寺西明男 添田町長、池口大和 添田町議会議会運営委員長より歓迎のご挨拶をいただいた後、ご担当の方々より「BRT」開業までの経緯や沿線地域の振興、添田町の取組みなどについてご教授いただきました。
 

【JR九州の「日田彦山線BRTひこぼしライン」紹介ページ】
 
ご説明によれば、そもそもの発端は、平成29年7月に発生した九州北部豪雨。
 
これにより、添田~夜明橋梁損傷や土砂崩れなど63ヵ所が被災し、復旧費約70億円と試算され、JR九州は単独での復旧を断念。
 
翌8月からは同路線の代行バスを運行しつつ、JR九州は沿線自治体に協議申し入れ。
 
平成30年4月には、第1回 日田彦山線復旧会議を立ち上げ、福岡県知事、大分県知事、東峰村長、添田町長、日田市長、JR九州代表取締役社長を委員とし協議を開始。
 
課題1として、鉄道で復旧するための方策に関する検討をすること、課題2には、復旧後の日田彦山線の継続的な運行の確保について検討することを挙げ、これら課題解決のため日田彦山線復旧会議検討会を設置。
 
検討会の過程においては、復旧費用を約78億円に上方修正したほか、JR九州からは1,6億円の自治体負担の申入れがあり、各自治体からはJR九州に対し同負担金の見直しを依頼するなど、費用負担を含めた協議が難航。
 
JR九州からはネットワーク維持の考え方と3つの復旧案(鉄道、BRT、バス)が提示され、速達性や利便性、初期費用や維持費用などの比較検討を行った結果、最終的に「BRT」にて復旧することに決定したとのこと。
 
経過説明の後、福岡県日田線沿線地域振興協議会(福岡県・添田町・東峰村で形成)を設立の上、10億円の振興基金を設置したことや、添田町としてのBRT利用促進、生活の利便性向上、さらには交流人口増加に向けた取組み内容についてご教授いただいた次第。
 
町役場での説明を終え、その後は実際にBRTに乗車し日田市まで移動しましたが、鉄道とBRTとの接続駅となる添田駅では、両車両が並ぶ姿を拝見しつつ、線路部分をバス専用道路やバス専用車線などに整備した「BRTひこぼしライン」を実乗車体験したところです。
 


【BRTと鉄道車両が並列する添田駅。下の写真はホームの路面表示。】
 
本日はさらに行程を進め、大分県豊後高田市へ。
 
全国的に人口減少が進む中、「住みたい田舎ベストランキング」において、12年連続ベスト3を達成している同市の移住・定住の取組み状況を視察してまいります。
 

初開催!敦賀の音楽フェス「おぼろっく」!

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昨日夕方、とある場所でレンタサイクルをご利用の方とお話しするに、その方は愛媛から来られ、この3連休を大学時代の友人と一緒に北陸旅行をするとのこと。
 
北海道にお住まいの友人は、夜にフェリーで敦賀に到着するとのことで、ここ敦賀を待ち合わせ場所にしたとあり、まさに陸海の交通の要衝と感じたところです。
 
また、駅前通りを車で走ると、アーケード街や駅前の「otta(オッタ)」には人の賑わいがあり、連休を前に敦賀にお越しいただいているのではと、勝手に歓迎した次第です。
 
ちょうど本日の福井新聞には、北陸新幹線の福井県内開業から16日で半年を迎え、県観光連盟はau(KDDI)スマートフォンの位置情報ビッグデータを基に、県内新幹線4駅や観光地について、新幹線開業後の3月16日~8月18日の約5カ月間と前年同期の来訪者数を比較した記事が掲載されており、敦賀駅は40%増、関東圏からの来訪者が67%となっているとありました。
 
加えて、北陸信越では、新幹線開業で直結した長野が特に顕著で、敦賀駅で約5倍。
 
「otta」の公設民営書店「ちえなみき」は、5カ月間で前年比68%増の延べ19万1千人が利用とあり、開業以降も賑わいを持続していることに対し、関係者の皆様のご尽力に敬意を表するとともに、今後さらに発展していかねばと思う次第です。
 
さて、そうした賑わいの起爆剤にもなればと、期待高まるのが今日から始まる音楽フェス「おぼろっく2024」。
 

【「おぼろっく」のロゴ】
 
北陸新幹線開業を契機に継続的な賑わいにつなげようと、市内の官民団体でつくる「敦賀開業まちづくり推進会議」のメンバーらによる「敦賀音楽祭おぼろっく実行委員会」が主催し、市民文化センター、きらめきみなと館の2会場で開催されるほか、金ケ崎緑地にはキッチンカーなど15店舗が並び、多彩な食を楽しめるイベントとなっています。
 
出演アーティストに関しては、恥ずかしながら私が知っているのは「モンパチ」こと「MONGOL800」だけでしたが、若い世代に人気の「打首獄門同好会」や「GLIM SPANKY」など、総勢26組が熱いステージを繰り広げるとあります。
 
イベントの詳細や出演アーティスト情報は、以下リンクよりご覧ください。
 
 →「おぼろっく2024」ホームページはこちら
 
なお、「おぼろっく」という名前がダサいと仰る方もいらっしゃいますが、敦賀クチコミ等情報サイト「クチコミ」によると、名前の由来は次の通りだそうです。
 
敦賀市名産のおぼろ昆布
     ×
若狭湾(敦賀湾)を中心とする金ヶ崎緑地の自然におぼれる
     ×
多彩な音楽におぼれる
     ×
たくさんの人におぼえてもらえるようなフェスにする
 
このようなイメージから「おぼろっく」と名付けられています。
 
敦賀のPRも大いに期待される「おぼろっく」の開催に向けては、開催初年度に必要となる経費の一部として、市から1,800万円を負担していることも含め、今日、明日と、まずは事故やトラブルなく安全に、さらには訪れた方が「来年も敦賀に!」と思っていただけるなイベントになることを祈念する次第です。

祝!飯山市市政施行70周年

ブログ まちづくり 北陸新幹線

北麓新幹線敦賀開業から約4ヶ月半が経過し、始発駅のメリットを利用者として感じるところ。
 
私の基準とはなりますが、その一番は何といっても、ホームに上がると新幹線が既に待っているということ。
 
今のような暑い時期、あるいは寒い季節の時は尚のことと思いますが、ホームで新幹線待ちをすることなく、サッと車両に乗り込めるところに便利さと、どこかステイタスを感じるのは、私だけではないのかと。
 
昨日も北陸新幹線を利用しての出張で、エスカレーターでホームに上がるとちょうど、車両のドアが開き、ジャストイン。
 
自分を待っていてくれたかのような新幹線を愛おしく感じつつ、気持ち良く出発した次第です。
 
さて、出張の先は、長野県飯山市。
 
「飯山市市政施行70周年記念式典」にお招きいただき、中野議長の代務にて出席してまいりました。
 
飯山市と敦賀市は、北陸新幹線開業を機に交流人口拡大をめざし、本年4月22日に観光交流都市協定を締結した関係。
 
日本の原風景が広がるまち、古くから山国信州と日本海を結ぶ交通の要所として栄えてきた飯山市ですが、ちょうど「広報つるが」(7月号)の新幹線沿線都市を紹介する欄に掲載されていましたので、以下リンクよりご覧いただたく存じます。
 
 →飯山市のご紹介<広報つるが(7月号)北陸新幹線沿線自治体紹介より>
 
敦賀から飯山市までは、「はくたか号」で約2時間15分。
 
本当近くなりました。
 
飯山駅に到着後、5分ほど歩き、式典会場の飯山市文化交流館「なちゅら」へ。
 
記念式典では、中学生2名による市民憲章の朗読、江沢岸生市長からの式辞に続き、市議会議長あいさつ、ご来賓からの祝辞と進みました。
 

【式典会場の様子】
 
なお、女子中学生2人が堂々と読み上げた市民憲章は、そのまちの理念を表していると思い、以下前文を掲載します。
 
<飯山市 市民憲章>
 
わたしたちは、奥信濃の豊かな自然に育まれ、ふるさとへの限りない愛情をきずなとして生活している飯山の市民です。わたしたちは、きびしい雪と闘ってきた先人の歩みをうけつぎ、市民の平和と幸福と自治を保障し、精神の創造をふくむ個性的な「生産の都市」として、このまちを成長させようと決意しています。わたしたちは、市民の名誉にかけ、互いに手をたずさえて、この崇高な理想と目的を達成することを誓います。
 
また、休憩を挟み上映された動画「70年のあゆみ」では、素晴らしい景色に囲まれた日本の原風景が残る環境の一方、過去には自衛隊が出動するほどの大雪、台風による千曲川堤防決壊など大きな自然災害に遭いながらも、北陸新幹線飯山駅ルートを何としてでも実現させるため1万1千人もの住民総決起集会を開いたり、スキーを中心としたウィンタースポーツで活性化を図るなど、数々の変遷を経ながら、知恵と工夫、そして住民の力で乗り越えてきたことを知ることができました。
 

【動画では、敦賀市との観光交流都市協定締結についてもご紹介いただきました。】
 
記念式典後に場所を変えて行われた祝賀会では、江沢市長や伊東ゆかり副市長、岸田眞紀副議長、佐藤正夫議会運営委員長ともお話しができ、里山の飯山市、里海の敦賀市の交流をより広げていきましょうと意気投合した次第。
 
併せて、同じテーブルになった長野県中野市、新潟県の上越市、十日町市、糸魚川市、妙高市、石川県小松市、山梨県山梨市のそれぞれ議会議長、副議長さんとも懇親を深め、「ぜひ北陸新幹線で敦賀へ!」とお誘いしたところです。
 
こうして素晴らしい機会と人との出会いに恵まれ、飯山市を後にしましたが、21時に出発しても敦賀に帰れるところがまた新幹線あってのことですね。
 
結びに、市政施行70周年、誠におめでとうございます。
 
北陸新幹線でつながるまち、「世界にひらく 里山の未来」を掲げる飯山市が、今後ますます大きく発展されますことご祈念申し上げます。
 
 
<投稿後追記>
「広報飯山」の令和6年6月号“表紙”に、本年5月に飯山市を訪れた敦賀市立松陵中学校3年生の写真が掲載されています(江沢市長に教えていただきました)。また、関連記事も掲載いただいておりますので、参考までご紹介いたします。
 

 

第27回敦賀港カッターレース

ブログ まちづくり

11月の大統領選に備えた選挙集会で演説中の共和党のトランプ前大統領が銃撃されました。
 
安倍晋三氏が選挙応援演説中に銃撃され亡くなられてから、この7月8日で2年が経ちましたが、まさにこの事件を思わせるかの構図が米国でも起きたことに驚くところ。
 
幸い、トランプ氏は右耳を負傷したものの、命に別条はないとのことで安堵したものの、連邦捜査局(FBI)は「トランプ氏に対する暗殺未遂」として捜査を進めていると明らかにしており、民主主義国家において、いかなる理由があろうとも、暴力で言論封殺されることは断じて許されない行為であると強く非難する次第です。
 
さて、触れざるを得ない、このような書き出しから話がまったく変わり恐縮ですが、私にとって昨日のメインイベントは「第27回敦賀港カッターレース」。
 
曇りから雨、そしてまた曇りへと、青空こそ覗かなかったものの、敦賀の「夏の風風物詩」のひとつであるこのカッターレースは、昨年から4チーム増の39チーム(県外から4チーム参加)に参加いただき開催しました。
 

【大会会場の川崎・松栄岸壁】
 
大会を主催する敦賀港カッターレース実行委員会(ちなみに、私が事務局の任を仰せつかっています)では、4月の実行委員会を皮切りに、各方面にご協力をいただきながら準備を進めてきたところであり、その後も委員会を重ねつつ、6月29日にはカッター下ろし(カッターを陸から海上に浮かべること)、6月30日、7月6・7日には練習会を開催したうえで、昨日の大会を迎えました。
 
9時からの開会式では、39チームが勢揃いし、主催者代表、堤敦賀市副市長(米澤市長はその後参加)などからご挨拶を頂戴しスタート。
 

【全チームが勢揃いしての開会式は壮観】
 
上級向けの1部、初出場チームなどの2部に加え、今年は、女性4人以上の漕ぎ手で編成する女性チームが4チーム揃い、「女性の部」が成立するなど嬉しい限り。
 
レースでは、櫂(オール)が折れたり、流してしまうハプニングなども生じるなかでしたが、色とりどりのチームTシャツや、中にはパフォーマンス賞を狙ってか、女装で漕ぐ方も登場し、様々な意味で「熱戦」が繰り広げられました。
 
なお、毎年参加している「敦賀市議会チーム」(ちなみに前回は2部第3位)は、決勝進出こそならなかったものの予選2レースを激漕。
 
一体感が生まれるカッターはやはり最高で、レース後はメンバー一同、充実感と達成感を感じた次第です(私は艇指揮のため漕いでませんが…)。
 

【予選2レース目を終えた敦賀市議会チーム。達成感は皆さんの表情が物語る。】
 
大会のほうは、途中雨が強く降る時間があったものの、激戦となった1部決勝までの全レースを終え、その後は閉会式、実行委員会全員にて会場の後片付け、撤収作業を行い、全ての工程を終了することができました。
 
この「敦賀港カッターレース」は27回を数え、海洋少年団OB・OGの方を始め、カッターの楽しさ、魅力に引き込まれて参加された方などで構成された実行委員の方々で大会を継続されていることに敬意を表するとともに、自身もその一員として参画することをどこか嬉しくも誇りに思う次第。
 
なお、大会に際しては、敦賀市や敦賀海上保安部、港湾関係者の皆様などのご理解、ご協力を頂戴するとともに、そして何より参加される皆さんあってこそ成り立つもの。
 
今回のレースに参加をいただいた各チーム、応援に駆け付けていただいた皆さんに感謝するとともに、雨を吹き飛ばすかの如く、大会を大いに盛り上げていただいたことに心より御礼申し上げます。
 
結びに、来年は今年以上の参加をいただき、敦賀の夏の風物詩をさらに盛り上げたいと思いますので、職域や地域、団体などジャンル問わず、「我こそは!」というチームがおられましたらぜひ、お申し込みいただけますようお願いいたします。
 

【7月7日の練習風景。このロケーションは敦賀の宝。また来年お会いしましょう!】

敦賀の「三道」と「三整備局」への要望活動

ブログ まちづくり 敦賀市議会

敦賀は古より「交通の要衝」として栄えてきたまち。
 
これは、これまで何度もご紹介しているところですが、「交通」といっても「街道、海道、鉄道」と3つの道、いわゆる「三道」を有すること、さらに、古くは京の都や畿内と通じ、現在では中京や関西、関東圏との重要な「結節点」となったことが、ここ敦賀の特徴であり、最大の武器でもあると自負するところ。
 
昨日は、この「三道」すべてに関わる経験をした一日となりました。
 
まず「鉄道」に関しては、大阪市内での要望活動のため「サンダーバード」に乗車しましたが、ご承知置きの通り、通過駅ではなく発着駅となった敦賀駅では、既にスタンバイしている車両に乗り込むことができ、ホーム上で待つ必要がない状態。
 
さらには、「つるぎ」との接続の兼ね合いとも併せ、朝・夕の利用の多い時間帯は2本/時間の運転となっており、この利便性の向上は北陸新幹線開業効果と改めて実感したところです。
 
そのサンダーバードに乗って向かった先は、国土交通省近畿地方整備局(大阪市中央区)。
 
目的は、「国道8号敦賀・南越前バイパス建設促進期成同盟会」の要望活動であり、同盟会会長である米澤敦賀市長、同盟会副会長の岩倉南越前町長、同じく副会長の中山東浦地区同盟会長、同盟会常任理事の熊谷南越前町議会長、そして同盟会常任理事の私(敦賀市議会副議長)のメンバーにて、同整備局のある大手前合同庁舎を訪れた次第です。
 
国道8号の敦賀市田結から南越前町大谷間は、福井県の南北を結ぶ大動脈であることに加え、日本海国土軸の人流・物流をも担う基幹道路ですが、急峻でカーブが続く地形的要素による事故発生、大雪や大雨によって度々寸断、大渋滞などが発生していることから、早期の全線バイパス化を国に要望するもの。
 
要望では、長谷川近畿地方整備局長、田中同局道路都長に対し、米澤市長以下、同席メンバーひとり一人から意見を申し上げ、局長からは「同区間の状況は重々承知しており(国交省内でも有名だそう)、ひとつづつ整備を進めていきたい」旨のコメントがありました。
 

【同盟会より近畿地方整備局に要望書を手渡しました(左から3人目が米澤会長、右隣が長谷川整備局長)】

【要望書の内容(一部抜粋)】
 
なお、本バイパス整備に関しては、一昨年夏にあった豪雨災害の後の9月定例会では、この日も同席されていた中山東浦地区同盟会長とも良く連携させていただいたうえで、自ら意見書を作成し、敦賀市議会として採択、国土交通省本省にも直接要望したことがある思い入れのあるものであり、昨日も中山会長と隣で意見できたことを大変嬉しく、感慨深く感じた次第です。
 
参考まで、東浦地区住民の生活道路である国道8号田結〜大谷間の状況に関しては、これまで自身のブログでも度々思いを述べてきていますので、以下リンクよりご覧いただければ幸いに存じます。
 
 →「悲願」の「国道8号敦賀防災」が起工!(2022年5月23日ブログ)
 →大きな爪痕を残した記録的大雨は福井県南北を分断(2022年8月6日ブログ)
 →国土交通省へ「国道8号バイパスの建設促進」を要望(2022年10月29日ブログ)
 →国道8号バイパス「大谷防災」が新規事業化される(2024年4月3日ブログ)
 
また、国道8号バイパスに続き、メンバーを変えて「敦賀第2環状道路の整備促進に関する要望」を同じく近畿地方整備局に対し実施。
 
同道路の整備は、敦賀駅の東西を最短経路で結ぶ重要ルートであるとともに、中心市街地中心部に流入する通過交通を分岐させる重要プロジェクトであり、早期の事業化を求めた次第です。
 

【第2環状道路の整備促進概要図(赤丸がルート検討区間、市道171号線、JR北陸線のアンダーパス部も改善を)】
 
こうして、近畿地方整備局への要望活動を終え、再びサンダーバードで帰敦。
 
敦賀に戻った後は、ニューサンピア敦賀で開催の「日本海六県港湾都市議会協議会 令和6年度総会」に出席。
 
山形、秋田、新潟、富山、石川、福井の六県で港湾を有する14都市の市議会(議長)が集うこの総会は、毎年持ち回りで開催されており、今年はちょうど敦賀開催ということで、本来議長のみ出席のところ、開催地である敦賀からは副議長、港湾を所管する産経建設委員会からは副委員長の2名も出席した次第。
 
総会2部からの出席でしたが、国土交通省北陸地方整備局の神谷副局長の講演では、「港湾等に関する最近の話題」と題し、令和6年能登半島地震への対応や頻発する自然災害への備え、最近の港湾行政の動向(物流2024問題、カーボンニュートラル、みなとを核とした魅力ある地域づくりなど)について、貴重なお話しを聞くことができました。
 

【北陸地方整備局 神谷副局長による講演の様子】
 
また、その後は北陸地方整備局および東北地方整備局への要望活動を行ない総会を閉会。
 
続く懇談会では、各議長様をはじめ、出席者全員とお話しすることができましたが、その中で、人道の港など敦賀港の歴史や駅前の開発状況、さらには食と、様々なお褒めの言葉をいただくとともに、お互いの状況について懇談することができ、大変有意義な時間となりました。
 
ご一行様はご一泊され、本日は①人道の港敦賀ムゼウム、②敦賀赤レンガ倉庫、③知育・啓発施設「ちえなみき」と各施設をご視察いただくこととなっており、限られた時間ではあるものの、ぜひじっくりとご覧いただければと思う次第です。
 
こうして1日を終えましたが、冒頭述べました敦賀の「三道」を感じると同時に、近畿・北陸・東北と国交省の「三整備局」に要望するという貴重な経験をさせていただきました。
 
道路に港湾、鉄道。
 
交通の要衝である敦賀にとって、いずれの整備も重要であることは言うまでもありませんが、今や関西や中京はもとより、関東圏への「人流と物流の拠点」となっていることを踏まえれば、敦賀の発展は日本の発展につながるもの。
 
先人たちもそうであったよう、私自身、「鉄道と港(+エネルギー)のまち」としての誇りと自負をもって、今後も微力ながら尽力する所存です。

東京から「ふるさと敦賀」へのエールに感謝

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議会運営委員会の視察を終えて敦賀に帰ったところでしたが、昨日は「東京敦賀人会 第51回総会・懇親会」にお招きいただき上京。
 
「東京敦賀人会」とは、会員相互の親睦と郷土との交流並びに郷土の発展に寄与することを目的として1970年に設立され、福井県敦賀市及び美浜町を中心とする郷土出身者および郷土にゆかりのある、東京圏在住者が集い活動している団体。
 
ホームページでは「東京敦賀人(トウキョウツルガビト)」と表記をし、「ツルガノミリョク」として以下のように記されていました。
 
なんでも簡単に手に入り
便利になった世の中で、​
人間らしく生き、つながりを感じられる場所が、
いま、求められています。​
 
いにしえの時代から
世界の港町として栄えた敦賀。​
 
半径10km圏内に日本の豊かさ
すべてが詰まった敦賀の魅力を
紹介していきます。​
 
 →「東京敦賀人会」のホームページはこちらから
 
このように、敦賀を離れても、郷土を思い、東京の地から応援していただいている存在であり、毎年行われるこの総会には、敦賀市長、美浜町長、そして敦賀市議会議長にお声掛けていただいているところ。
 
東京千代田区神田錦町にある学士会館で開催された総会ではまず、有馬浩史代表理事からの開会挨拶に続き、役員改選などの議事が進められ、その後、来賓として米澤光治敦賀市長、私、西村正樹美浜町長の順でご挨拶の機会を頂戴しました。
 
中野議長に代わり出席した私からはまず、同会会員各位の多方面でのご活躍に敬意を表するとともに、日頃より「ふるさと敦賀」に対し、ご助言とお力添えをいただいてることに感謝を申し上げました。
 
また、歴史の転換点となる北陸新幹線敦賀開業から約3ヶ月半が経過し、賑わいや路線価上昇に現れる経済効果や期待感などに触れ、開業効果から新幹線効果へと、持続的な発展に向け市議会としても尽力すること、東京敦賀人会の皆様には、豊富な経験と知識のもと、引き続きのご指導とお力添えを賜りますようお願いした次第です。
 

【僭越ながら、私の方から敦賀市議会を代表してお祝いと感謝の言葉をお伝えしました】
 
なお、テーブルにつくと、偶然にも3人の同級生と再会。
 
それぞれ、中学校から高校からと付き合いの長さは異なるものの、お互いの近況を話し合うなど、自身にとって大変感慨深い時間となりました。
 
懇親会の場では、福井県東京事務所長様からのご挨拶や、歓談中は敦賀を懐かしむ写真の紹介や前田建設工業からの「金ヶ崎プロジェクト」の紹介などがあり、趣向を凝らして準備されたことが伺えたところです。
 
こうして総会・懇親会を終え、会場を後にしましたが、公務で出席したとはいえ、合わせて「私」の方でもありがたい機会を頂戴したことに感謝した次第。
 
東京敦賀人会の今後ますますのご発展と会員各位のご多幸とご健勝、さらなるご活躍を祈念いたします。
 
と、ここまでは順調でしたが、東京駅から帰路につくと、予定していた帰りの東海道新幹線が静岡ー掛川間の停電発生により何と約2時間遅れ。
 
東海道から北陸新幹線に切替え、影響は最小限で済みましたが、このような非常時に代替路線があることのありがたさを実感しました。
 
国土軸形成上、敦賀以西の小浜ー京都ルートもまさに、そうした機能を有することになるものと確信すると同時に、以西への延伸は即ち、敦賀が「通過駅」になることを意味するものであり、これを睨んだまちづくりをどのように進めていくか。
 
いま政治に携わる者としての責任を感じつつ、帰敦した次第です。
 

【ダイヤ大幅乱れでごった返す東京駅から脱し、北陸新幹線の車窓から眺める風景は穏やかでした(富山県魚津市〜滑川あたり)】

敦賀港カッターレースに向け準備本格化

ブログ まちづくり

私が事務局として携わっている市民団体は「気比史学会」と「敦賀港カッターレース実行委員会」のふたつ。
 
気比史学会では、第40期を迎える「敦賀市民歴史講座」が7月6日(土)の第1講を皮切りに始まること、また敦賀の夏の風物詩「カッターレース」はその翌週7月14日(日)に「第27回大会」を開催するということで、最近はその準備のため、公私ともに大変充実しているところ。
 
このうち、「第27回 敦賀港カッターレース」に向けては昨日、保管場所から海へカッターを移動する作業、通称「カッター下ろし」を実施しました。
 

【「カッター下ろし」作業の様子】
 
作業といってもすべて実行委員の手で行うボランティア。
 
午前9時に川崎松栄岸壁(港大橋の西側)に集合した後、カッターを移動する班、新日本海フェリー倉庫に機材を取りに行く班に分かれ、テキパキと作業が進められ、午前中のうちに終了しました。
 
なお、この日から大会までの港利用に関しては、敦賀港を管理する敦賀海上保安部や福井県嶺南振興局に許可手続きを行うほか、カッターを保管している場所に立ち入るためのゲート開放は、敦賀海陸運輸さんに依頼するなど、何かと事前準備がありましたが、ひとまず無事にカッターを海に浮かべられたことに安堵した次第です。
 
カッター下ろしを終えた後は、午後からの「初心者練習」に備え腹ごしらえ。
 
恒例の「ヨーロッパ軒」を出前してもらいましたが、「今年もカッターレースで…」と電話すると、「いつもの港大橋のところね」とツーカーで答えてくれる「※パ軒本店」の対応が嬉しいところ。
 
※敦賀の人は「ヨーロッパ軒」のことを、略して「パ軒」と呼ぶ
 
青空のもと、海を眺めながらの「カツ丼」(もちろんパリ丼もあり)は最高で、実行委員の皆さんと楽しくも美味しくいただいた次第です。
 

【敦賀港をバックに映える「パ軒」。それにしても絵になりますね(笑)】
 
午後からの初心者練習には5名(うち4名が女性)がお越しになり、実行委員(海洋少年団OB・OG)の指導のもと手解きを受けた後、昨日の工程を終えましたが、今年の大会参加は39チーム。
 
前年から4チーム増のうえ、1部・2部に加え、なんといっても「女性の部」(4チーム)が成立したことが嬉しいところ。
 
こうして多くの参加をいただき開催する「第27回 敦賀港カッターレース」。
 
本日、来週末は各チームの練習が続きますが、とにかく安全に、気持ちの良い大会となるよう、実行委員の皆さんと準備を進める所存です。
 

【初心者練習を終え係留されるカッター群。こちらは本当に絵になります。】

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