「平成の怪物」引退表明とその原点

ブログ 敦賀と野球

第103回全国高校野球選手権福井大会が昨日8日開幕しました。
 
福井県営球場で行われた開幕試合は、美方高校が丸岡高校に勝利、2試合目は降雨ノーゲームとなったものの、2年ぶりに開催される「夏の甲子園」出場を懸け、同球場と敦賀市総合運動公園野球場を舞台に30チームが戦いを繰り広げます。
 
新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、県独自の「緊急事態宣言」中の昨日は部員と指導者、学校関係者、事前申請した保護者だけが観戦できるとしていましたが、宣言解除の本日9日以降は一般客の観戦も認めるとのこと。
 
入場の際の手続きに関しては、県高野連がホームページに掲載しておりますので、高校野球ファンの皆さんは是非、そちらをご確認のうえ観戦いただけたらと思います。
 
 →→→福井県高校野球連盟のページはこちら
 
昨年は一高校球児の親として、様々な思いがよぎる夏を過ごした私ですが、今年は高校球児を応援する一ファンとして、どこかで球場観戦できればと思うところです。
 
さて、夏の甲子園と言えば、7日に今季限りで現役を引退することを発表した松坂大輔選手。
 
シーズンを残しているだけにまだ言うのは早いのかもしれませんが、「平成の怪物」と呼ばれる所以となった甲子園での激投、プロ入り後も数々の名シーンを残し活躍を続け、23年で日米通算170勝を挙げたその活躍と功績に心からお疲れ様の声を掛けたいと思います。
 
この松坂選手に関しては、同じ1980年度生まれの選手が「松坂世代」と呼ばれ、昨季引退した元阪神の藤川球児選手が自身の引退セレモニーで「ライバル松坂大輔へ。目標でいてくれてありがとう」とメッセージを送ったことに表れるよう、元巨人の村田、杉内選手らそうそうたる顔ぶれが常に意識したのが松坂選手であったことは、世代の絆の強さを表す言葉として認識されています。
 
また、松坂語録もご承知置きの通りかと思いますが、西武入団1年目の1999年5月、初対決した当時オリックスのイチロー選手を3打席連続三振を奪った試合後の「自信から確信に変わった」とのコメントや、シーズン中に何度も繰り返した「リベンジ(復讐)」はその年の新語・流行語大賞に選ばれるほど秀悦した言葉をも残したことは、やはりスーパースターの所以と思うところです。
 
そんなスーパースターでありながら、気取らず、野球少年がそのまま大きくなったようなあの笑顔など、どこかあどけなさが残る松坂選手は私も大ファンな訳ですが、数々のプレーの中で、私が最も印象に残っているのが1998年夏の甲子園大会で準々決勝のPL学園戦で延長17回を戦い抜き、松坂投手が250球完投勝利を挙げた翌日の準決勝の試合。
 
PL学園戦同様、甲子園史上に残る激闘と言われているのが、この明徳義塾対横浜戦な訳ですが、前日250球を投げた松坂投手はさすがに登板を回避、右腕にテーピングをして左翼手として出場するものの、登板した2年生の投手が2人とも打ち込まれ、8回表終了時点で6-0と明徳義塾が大量リード。
 
万事休すと思われましたが、8回裏、横浜高校の攻撃中に、満を辞して松坂投手がブルペンでピッチング練習を始めた瞬間にテレビ越しにも甲子園の空気が変わり、「よし行くぞ」とばかりにテーピングを剥がし取る姿で場内がどよめき、この回、明徳義塾の選手がミスを重ねるなどして一挙4点。
 
そして9回表、いよいよ松坂投手が登板し打者3人でピシャリと抑え、その裏に3点を奪い逆転サヨナラ勝利を納めるという、まさに漫画の主人公の世界。
 
決勝の京都成章戦でのノーヒットノーラン優勝でこの夏のドラマは完結する訳ですが、私の中では何故か、この準決勝でテーピングを外したシーンが最も印象に残っています。
 

【ブルペンでテーピングを外す松坂投手】
 
いま考えると、それはプロスポーツの中でもそうはいない「一瞬で空気を変える選手」の象徴的なシーンであったからではないかと思います。
 
そして、これと重なり合うのが、昨朝の福井新聞スポーツ欄「取材ノート」の「原点にサヨナラ暴投」の記事。
 
この記者が松坂選手とのインタビューの中で「思い出の一球」を問うたところ、衝撃の155kmプロデビューでもイチローからの奪三振でもなく、高校2年夏、神奈川県大会準決勝で自身の暴投でサヨナラ負けを喫した際の「一球」であると話したのだそう。
 
「チームが勝つために何が必要か真剣に考え、目的を持って野球に取り組む切っ掛けになった」のがその理由。
 
「この一球が、『松坂世代』を牽引した一時代を築いた男の原点であり、屈辱という糧を雪辱という血肉に変える人生は、重ねた勝ち星の数だけでは図れぬ重みがある」と記事は結んでいます。
 
おそらく、先ほどのテーピングを外したシーンには、この1年前の屈辱を思い返し、「負けてたまるか」との思いが込められたものだったであろうことからすれば、スーパースター松坂大輔の生き様を象徴するものとして、私の記憶の中に残し続けたいと思います。
 
そうして数々の名シーンを思い返しながら、スーパースターだからといって決して成功続きであった訳ではなく、こうした失敗や屈辱を原点に、それをバネに励み、研鑽を積んだからこそ成功があり、そのことが人生における価値なんだということを、私自身も今一度胸に刻むとともに、その舞台ともなった大甲子園をめざし、全国各地で戦いを繰り広げる高校球児の皆さんにも勝ち負け以上に大事なこのことが少しでも伝わればと思って止みません。