「母の日」は100年以上前にあった女性の行動が起源

ブログ 人生観

気持ちの良い青空が広がるこの週末。
 
昨日は、ブログでもご紹介した海上自衛隊ミサイル艇「はやぶさ」の特別見学会にて、艇内各部を丁寧にご案内いただき、あらためて、あの速力を出すため、あるいは速力に対応するため、細部にわたり工夫がされていることや、狭い艇内で任務にあたる隊員の皆さまの姿を知ることができたところです。
 
また、「はやぶさ」が停泊している桜岸壁の隣“きらめきみなと館”では、本日開催される「親子のフェスティバル」(主催:青少年健全育成敦賀市民会議)に向けた準備が進められており、知った方もチラホラ。
 
以下にチラシを再掲いたしますが、第44回を迎える歴史ある「親子のフェスティバル」は快晴につき、屋外イベントも天気の心配なし。
 
会場に多くの親子が集い、盛大に開催されますことを祈念いたします。
 

【くどいようですが、「はやぶさ」一般公開にもぜひご参加ください】
 
さて、こうしたイベントが行われる本日5月10日は「母の日」。
 
「母の日」は毎年、5月の第2日曜日となっていますが、恥ずかしながら、その由来を知らないままこの歳まできてしまいました…。
 
ということで調べてみると(といってもググっただけですが)、「母の日」のきっかけは、今から100年以上前の20世紀初頭。
 
アメリカに住むアンナ・ジャービスさんという女性の行動によるもので、彼女が亡き母を偲び、フィラデルフィアの教会で母が大好きだった「白いカーネーション」を霊前に手向けたことによるとありました。
 
アンナさんの母親は、南北戦争中に負傷兵を敵味方なく助けた平和活動家であり、アンナさんの「母に感謝を捧げる休日を」という切実な願いは、1914年に当時の大統領によって正式に「5月の第2日曜日」として制定。
 
日本では、母の日が伝わったのは大正時代で、当初は皇后陛下の誕生日である3月6日に行われていましたが、戦後1949年ごろから、アメリカにならって現在の「5月の第2日曜日」に定着したとのこと。
 
かつては、母が健在なら「赤」、亡くなっていれば「白」のカーネーションを胸に飾る習慣もありましたが、現在は「母への愛」という花言葉を持つ赤いカーネーションや、お母さんの好みに合わせたピンクの花などをあげるスタイルが主流となっています。
 
こうして由来を知ればなお、普段思っていてもなかなか口や行動に出せない「母への感謝」を直接表すことの大切さを思うところ。
 
思えばわが家では、昨年秋に父が逝ってからはや半年が経ちましたが、この間も気丈に頑張る母。
 
今日は照れることなく、感謝の気持ちを伝えたいと思います。
 
(追伸)
ミサイル艇「はやぶさ」は、本日16時に桜岸壁を出航し、“母港”舞鶴に帰ります。
わが国の平和を守る、艇と乗組員の皆さんをお見送りできればと思いますので、お時間のある方はぜひ桜岸壁までお越しくだされば幸いです。
 

【青空に映える、昨日の「はやぶさ」】