2026年6月1日
人々の生活に密着する気象観測 〜6月1日は「気象記念日」〜
「全国一般 風ノ向キハ定リナシ 天気ハ変リ易シ 但シ雨天勝チ」
これは、明治17(1884)年6月1日に発表された日本で最初の天気予報。
日本全国の予想をたった一つの文で表現するもので、この時期の予報は精度に限界がありましたが、自然災害から国民を守るための重要な一歩でした。
明治17年といえば、長浜-敦賀間の鉄道が全線開通した年ですが、こうした海外からの技術導入により、急速に近代化が進められた様子が浮かぶところです。
そして、気象観測の世界では、ここから遡ること9年。
明治8(1875)年6月1日に東京府第二大区溜池葵町(現在の港区虎ノ門)の地理寮構内にて、「東京気象台」としての地震観測が開始され、同月5日に1日3回の気象観測が開始されました。
これにより、我が国における気象業務が幕を開けることとなったことから、本日6月1日は「気象記念日」として制定されています。
気象庁のホームページ(HP)を拝見するに、明治8年当時の中央政府気象機関による気象観測は、露場にある計器の表示を職員が直接読み取り、記録。

【明治初期の東京気象台(気象庁HPより引用)】
その後、時代とともに観測技術は進化し、気象庁で初めての現業用気象レーダーは、昭和29(1954)年に導入。
昭和49(1974)年には、今ではお馴染みの「アメダス(AMeDAS : Automated Meteorological Data Acquisition System)」の運用が開始され、地上における気温、降水量、風速、湿度などのデータを自動的に収集するその観測地点数は、令和7年現在で約1,300地点となっています。
気象衛星による観測は、昭和52(1977)年の日本初の静止気象衛星「ひまわり」の打上げから始まり、観測バンド数や観測頻度、観測分解能は進歩を遂げ、「ひまわり」の観測データは、雲の動きや大気中の水蒸気量といった気象監視だけでなく、海面水温や海氷の解析、黄砂や火山の監視などにも利用されるようになりました。
また、気象庁は昭和34(1959)年に官公庁として初めて科学計算用のコンピュータシステムを導入し、数値予報業務を開始してきましたが、その後も技術革新の成果を反映させるべく、段階的にシステムを更新し、現在使用するのは「第11世代スーパーコンピュータ」(2024年3月~)。
高性能なコンピュータシステムにより、数値予報の予測精度は大きく向上し、地球全体の大気の動きを数値的にシミュレーションする能力が大幅に向上し、今日、数値予報は気象予報業務の根幹となっているとのこと。
なお、気象庁HPの「気象業務の歴史」冒頭には、「我が国においては、太古より自然から多くの恵みを受けてきた一方で、台風・集中豪雨や冷夏・干ばつ、地震・津波や火山噴火などの自然災害に頻繁に見舞われる等、人々の暮らしは自然とその変化に密接に関わってきました。」とありました。
昨今頻発する自然災害や気候変動から、この2行に込められた意味合いは非常に思いと感じると同時に、技術導入や開発を重ね、精度の高い、現在の気象予報システム(地震や津波、火山観測を含む)を構築、運営いただいていることに感謝する次第です。
なお、余談ですが、この気象予報により、襲来が確実な台風6号。
昨日、「今週雨が降る前に」と母から声かけがあり、夕方手伝ったのは家庭菜園の「玉ねぎ」収穫。
畑に行って見ると、まさに今が収穫時期。
見事に大きくなっており、せっせと収穫、母との“共同作業”で干せる形まで終えることができましたが、気象観測とは別に、日本で言われる二十四節気で今は「小満」の時期。
「小満」の意味は、秋にまいた麦が順調に育って穂をつけ、無事に育っていることを確認して人々が「少し安心し、心が満たされる(小さく満足する)」ことに由来しているとされていますが、こちらは、秋にまいた「玉ねぎ」が実って、小満どころか「大満足」といったところ。
「人々の暮らしは自然とその変化に密接に関わってきました」との、先にあった言葉を実感した次第です。

【ここまで書いてふと、収穫だけ手伝って「満足」していてはダメだと思う息子(私)がいました】






