「危機感」と「時間軸」がない日本の原子力政策

ブログ 原子力

既にバイデン米国大統領と岸田首相との首脳会談で発出した共同声明の内容が報じられているところですが、注目していたエネルギーの関係に関し、とりわけ原子力については、「CO2を排出しない電力および産業用の熱の重要かつ信頼性の高い供給源」として重要性を認識した上で、革新的原子炉・小型モジュール炉(SMR)の開発・世界展開、原子力サプライチェーンの構築などに向け、両国間の協力を拡大していくとしたところ。
 
ここでも出てくるのは「革新的」の言葉でしたが、ちょうど首脳会談が行われる前の5月19日には、総合資源エネルギー調査会の革新炉ワーキンググループが2回目の会合を開催し、米国テラパワー社、同ニュースケール社からの発表を受け、革新炉開発の海外動向・国際連携を中心に議論したとありました。
 
テラパワー社に関しては、2022年1月に日本原子力研究開発機構、三菱重工業他が覚書を締結、ニュースケール社に関しては同社のプロジェクトに昨春の日揮・IHIに続き、同年4月には国際協力銀行が出資を発表するなど、海外の革新炉開発への国内企業・機関の進出機運も高まっている訳ですが、同WGは、こうした状況も踏まえ「原子力発電の新たな社会的価値を再定義し、わが国の炉型開発に係る道筋を示す」ことを目指し4月20日に始動したもの。
 
今回のWGで発表された事項について、原子力産業新聞の記事をお借りすると、米国エネルギー省(DOE)の原子力サプライチェーンに関する報告書によれば、「米国では、今後高経年化石炭火力の多くが閉鎖され、石炭火力の設備容量を同規模の小型モジュール炉(SMR)にリプレースすることにより、既存送電線の活用および労働者の再雇用ができる」との分析結果が示されている。また、日立製作所が米国GE日立・ニュークリアエナジーと共同開発するBWR型SMR「BWRX-300」に関しては、カナダのオンタリオ州営電力(OPG)で最速2028年の運転開始を目指すプロジェクトが進んでいるが、同プロジェクトでは、製造建設段階(7年間)で約1,700人/年、運転段階(60年間)で約200人/年の雇用創出が図られる見込みとの報告。
 
さらに、テラパワー社からは、小型ナトリウム冷却高速炉「Natrium」の開発状況の説明があり、その立地に関し、原子炉建屋や燃料建屋などを配置する「ニュークリアアイランド」と、蒸気発生器やタービン建屋などを配置する「エネルギーアイランド」に敷地を二分した完成イメージを披露した上で、初号機はワイオミング州で閉鎖される石炭火力の代替として建設が計画されており、建設ピーク時に2,000~2,500人、プラント稼働時に200~250人のフルタイム雇用が創出されるとの試算を示し、「地元のコミュニティが非常に前向きにとらえており喜ばしい」などと述べたとありました。
 

【「Natrium」のイメージ図(テラパワー社発表資料より引用)】
 
こうして見れば、米国やカナダでは2028年の具体的な運転開始時期の目標を持って開発を進めていることが分かるとともに、原子力発電が自動車産業などと同じく、裾野の広い産業であることを改めて認識した次第。
 
日本が将来に亘って、より安全性を高めた原子力技術を開発していくことに異論は全くありませんが、それ以前に常々感じるのは「危機感」と「時間軸」の無さ。
 
これまでのブログでも紹介している通り、欧米の場合は、このエネルギー危機に対し現実論で、速やかに政策判断をし、「いつまでに誰が何をやるか」を明示した上で開発や投資をしていくのに対し、日本は「やるのかやらないのか」さえ曖昧のまま、具体的な期日も明示せず、政策判断までに時間が掛かり過ぎると感じるところ。
 
特に、この夏には予備率3%を切り、冬にはマイナスになるとまで予測されている電力需給逼迫を前に、いつになるやも知れぬ「革新炉」ばかりを言っている場合なのかと、正直私は憤りすら感じています。
 
繰り返しになりますが、こうしたエネルギー危機に直面するいま、行うべきは、原子力規制審査を加速し(決して安全を蔑ろにするという意味ではない)、既存の原子力発電所を早期に再稼働させること、既に実績があり、開発を進めている改良型軽水炉による新増設・リプレースによって電力供給力を増すことであると考える次第ですが、政府は支持率低下を恐れてか、これを具体的に進めようとしていません。
 
昨秋の衆議院選挙前の「エネルギー基本計画」でも明確にせず、今夏の参議院選挙前にも明示せぬままでは刻々と時間が過ぎるばかりであり、今年も需給逼迫の夏、そして冬がまたやってくる。
 
電力需要と産業の成長率とは比例の関係にあることを考えれば、需給逼迫が恒常化しているような国に将来があるとは言えません。
 
国内ではなく、海外で働きたいという若者が増えているのも、こうした環境を冷静に見ているからであり、このままでは日本を支える人材すら流出していく国家的危機にあると思う次第ですが、日本が先進国から取り残されることなく、もう一度、世界一の産業立国を目指すためにも、今度こそ岸田首相には英断をしていただきたい。
 
論点のすり替えのような「革新炉開発」の言葉を聞く度に、その思いは募るばかりです。