「松原神社例大祭」と「つるが鉄道フェスティバル」で感じたこと

ブログ 敦賀の歴史・文化

議員になってからでしかないので恐縮ですが、10月10日に必ず参列しているのは「松原神社例大祭」。
 
幕末の元治元年(1864)に尊皇攘夷の旗を掲げて筑波山で挙兵、京を目指すも、敦賀で降伏した武田耕雲斎をはじめとした水戸天狗党。
 
なお、死罪となった方の埋葬や供養が許されない時代(江戸)の中で、敦賀の人々は、元治2(1865)年2月に処刑された際に形成された「五塚」を、慶應2(1866)年頃には一所に集めて八間四方「墳塋」(ふんえい)したうえ、明治元(1868)年には、12間四面の方塚となり、墓石を建立。
 
さらに、明治2(1869)年7月には、敦賀の真言宗行寿院峻山が水戸藩を通して太政官に天狗党の祭祀の許可を出願し、明治8年1月、松原神社創建と天狗党の祭祀が許可され、以降、例祭日である10月10日に連綿と「例大祭」を執り行ってきているもの。
 
昨日、見事な秋晴れのなか行われた例大祭には、水戸天狗党に参加した人々の出身地である水戸市、常陸太田市、潮来市からも市長らが参列のもと、天狗党の慰霊、そしてあらためて、162年前にあった史実に思いを馳せた次第です。
 
また、例大祭を終えた後は、参列者一同で神社の向かいにある「武田耕雲斎等墓」(幕府が下した斬首刑により敦賀で命を落とした353名の名前が墓石に刻まれている)を参拝。
 
昨年の例大祭で常陸太田市長の祭文にあった、水戸天狗党を表する言葉「清廉の義」に込められた意味は、“心が清らかで私欲なく、正しいと思った道を進むこと”。
 
激動の幕末に貫いたその「義」は、敦賀の人々、そして自身の心の中に宿り続けるものであり、そうした思いと重ねながら耕雲斎先生らの墓前に静かに手を合わせました。
 

【墓前に建つ武田耕雲斎先生の像。天狗党の御霊に合掌。】
 
<参考>
水戸天狗党を取り上げた、過去の「やまたけブログ」(6件)をご紹介いたしますので、関心のある方は以下リンクよりご覧ください。
 
 →①天狗党の志士に思いを馳せる(2019年11月3日ブログ)
 →②幕末の悲劇「天狗党」〜武田耕雲斎からの手紙〜(2021年7月10日ブログ)
 →③水戸「弘道館」で幕末の歴史に思いを馳せる(2023年8月7日ブログ)
 →④筑波山での挙兵から160年〜松原神社例大祭にて水戸烈士の遺徳を偲ぶ〜(2024年10月11日ブログ)
 →⑤『水戸天狗党ーゆかりの地における慰霊・顕彰と評価一』〜敦賀市民歴史講座(第4講)〜(2024年10月13日ブログ)
 →⑥『心の中に生きる水戸天狗党の「清廉の義」』(2025年10月12日ブログ)
 
例大祭の後は、スーツから着替え、金ヶ崎緑地へ。
 
要件は、一昨日のブログでご紹介した「つるが鉄道フェスティバル」のお手伝いのため。
 
会場に到着できたのは11時半頃になりましたが、10時開場のフェスティバルは、既に多くの方でにぎわいあり。
 
主催する「鉄道と港」まちづくり実行委員会の一員(この会に参画する気比史学会枠)の私は、ミニSL(蒸気機関車は本来「ミニ鉄道」と称す)やミニ新幹線乗り場の受付・案内係ということで、手順を教えていただいた後、即実践。
 
終了の16時まで続けて運営しましたが、正直、こんなに楽しく、心癒される機会をいただいたことに感謝しました。
 
と申しますのも、とにかく子ども達のワクワクした表情やとびっきりの笑顔、お連れのご両親、おじいちゃん、おばあちゃんまでもが同乗し、童心に返ったように喜ぶ姿や、傍から写真を撮る姿が何とも微笑ましく、こちらまで幸せな気持ちで満たされたこと。
 

【ミニ鉄道をはじめとする運行ラインナップは壮観】
 
また、先日のブログにも書いたよう、私にとっては大陸と日本をつないだ“聖地”とも言えるここ金ヶ崎で「ミニ鉄道」を走らせることで、敦賀が「鉄道と港のまち」と言われる由縁であることを知り、当時の情景を浮かぶことになると考える次第であり、まさに昨日の雰囲気やにぎわい然り、次に控える「(仮称)敦賀みなと公園」整備における、ミニ鉄道レール常設の“資金石”になったのではと感じたところです。
 

【海と青空をバックに並ぶ蒸気機関車と新幹線(かがやき)。まさに情景が浮かぶ絵はこれだ。】
 
こうして様々、心満たされた訳ですが、「つるが鉄道フェスティバル」は本日も開催されますので、ぜひ足を運んでいただけば嬉しく思います。
 

【ミニ鉄道以外にもお楽しみが盛り沢山!】
 
結びに、冒頭の水戸天狗党の史実は162年前のことですが、それから18年後の明治15(1882)年に日本海側で初めて敦賀で開通したのが鉄道。
 
たった20年でこれだの変化があったことからも、幕末から明治がいかに激動の時代であったかが分かる訳ですが、時代の象徴とも言える歴史があるのが敦賀。
 
こうした「深遠の歴史」を有する郷土を誇りに思うとともに、これらを次の時代に継承していくため何をすべきかと、強く思う一日となりました。
 

【この風景は、何物にも変え難い“敦賀の宝”かと】