北方領土は日本固有の領土だ

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「レベル5特別警報」
 
警戒レベルと警報などの名称を併記する新たな防災気象情報は5月に提供が始まり、「レベル5特別警報」は、自治体が警戒レベル5の緊急安全確保を出す判断材料となります。
 
その「レベル5 大雨特別警報」が13日夜、千葉市など千葉県内の18市に気象庁から出され、千葉や茨城、埼玉の3県で避難指示は23万人超に上りました。
 
この大雨により、市川市・佐倉市(いずれも千葉県)では冠水した道路で男女2名が死亡、柏市(同)では車両に70代女性が閉じ込められ、心肺停止状態で搬送されるなどの人身被害が発生。
 
また、交通機能の麻痺により、多くの“帰宅難民”が発生するなど、留まった線状降水帯は大きな影響を及ぼしました。
 
なお、気象庁によると、5月に新たな防災気象情報の提供が始まって以来2度目(前回は台風6号に伴う河川の氾濫特別警報)、大雨のレベル5特別警報の発表は「初」だったとのこと。
 
自然災害は、いつどこで起きてもおかしくないことを痛感した次第であります。
 
なお、豪雨や暴風など、襲ってくる自然に対しては怒っても仕方ないと思う一方、同じ“暴”の付く、こちらの暴挙は国として怒らねばならぬこと。
 
終戦の日が迫る中、昨日、ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島に足を踏み入れました。
 
ロシアの元首が北方領土に足を踏み入れるのは16年前のメドベージェフ大統領(当時)の国後島訪問以来。
 
これに高市総理は、「訪問に強く抗議する。北方領土は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ。日本国民の感情を傷つけるもので断じて許容できない」と述べたのは当然であります。
 
なぜなら、北方領土は日本固有の領土であり、旧ソ連時代から不法占拠する日本の島を訪れるのは認められず、このような暴挙は最大限の非難に値すると思うからであります。
 
この「北方領土」問題に関しては、四島返還運動の一層の推進を図る2月7日の「北方領土の日」が実は、自身の誕生日と重なることもあって、以前より意識をもって啓発活動などに取り組むところ。
 
ここで、「不法占拠」だという「北方領土問題」の事実関係を、過去ブログでも紹介した外務省ホームページ(HP)を基におさらいしておくと、ポイントは大きく以下3点となります。
 
<外務省ホームページ(HP)「北方領土の日」より引用>
 
(1)日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。
 
(2)しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から遅くとも9月5日までの間に北方四島の全てを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までに全ての日本人を強制退去させました。今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。
 
(3)北方領土問題が存在するため、日露間では、戦後70年(現在では80年)以上を経たにもかかわらず、いまだ平和条約が締結されていません。
 

【北方領土の位置関係(外務省HPより)】
 
<引用終わり>
 
日本が敗戦濃厚と見るや否や、国家間の約束など無かったかの如く日本の領土を奪い、既成事実化するロシアの姿はまさに、「火事場泥棒」。
 
この許されざる行為から今年で「81年」を迎えるのが、「北方領土問題」なのであります。
 
昨日、足を踏み入れたプーチン大統領は、第二次世界大戦の結果、北方領土がロシア領になったとの妄言も口にしているとありましたが、ウクライナ侵略といい、こうした暴挙をどれほど重ねるのか。
 
思えば昨年、不法占拠する北方領土周辺(色丹島北方の複数の区域)で8月いっぱい軍事演習を行うと、ロシアが日本に通告したのは15日の「終戦の日」でした。
 
今年は「終戦の日」の2日前。
 
明らかな日本に対する挑発行為であり、威嚇であるとも言えます。
 
「力こそ正義」とばかりに行動する相手に対し、高市政権は、抗議だけでこの暴挙を見過ごすのではなく、「力による現状変更」は決して認められるべきではないという強い国家の意思を示し、宥和(ゆうわ)政策を見直した上で、国際社会と連携して対ロ制裁を強めるべきではないかと考える次第であります。