2024年7月21日
ブログ 働く仲間とともに
重なった予定。
どうしてもどちらかを選択しないといけないことは、皆様もあろうかと思いますが、私の昨日の重複は、地元ひばりケ丘町の「ふる里まつり(宵宮)」と母体の「原電総連第37回定期大会」。
いずれも大事なことは言うまでもありませんが、自分の中の判断として、組合の大会を優先することとし、町内の方には以前にお断りを入れていたところ。
お祭りに関しては、私自身、実行委員会に属し、企画から準備まで一緒に進めてきただけに大変残念でありますが、何卒お許しを。
さて、そうした経過を踏まえ、昨朝は「原電総連第37回定期大会」に出席のため、北陸新幹線で再びに一路東京へ。
始発の敦賀駅では、数えるほどの乗客でしたが、福井、金沢、富山と進むごとに増え、気付けば私の乗る車両は満車に。
ふと思えば、学校が夏休みに入ったばかり。
親子連れの割合の高い、賑わいに納得したところです。
大会の方は、以前に日本原電本社のあった神田で開催され、駅を降りると懐かしい感じがしましたが、会場では原電ならびに原電エンジニアリング労組役員の皆さんにお会いでき嬉しい限り。
13時30分から行われた大会は、冒頭の岩本会長のご挨拶に続き、上部団体の電力総連からは片山事務局長にお越しいただき、ご来賓としてのご挨拶。

【大会会場の様子】
議案審議が続いた後、何とこの日は岡山より、電力総連組織内議員の「浜野よしふみ」参議院議員に駆け付けていただき、来夏の参議院議員通常選挙に向け必勝決議をした上で、浜野議員からは、国政の状況をお伺いつつ、現実的なエネルギー政策の実現に向け取組む旨の力強い言葉がありました。

【力強くご挨拶される「浜野よしふみ」議員】
次第を進め、私もご挨拶の時間を頂戴。
6月定例会からは副議長に就任し、公務において、道路整備や原子力の活用に関し、国に直接意見、要望する機会をいただいていること。
加えて、地元にとっても非常に重要な敦賀発電所2号機の審査については、幕引きありき、且つ「悪魔の証明」を求める原子力規制委員会の姿勢に疑問を呈すと、自身の考えをお伝えました。

【気付けば浜野議員に囲まれつつ、私からもご挨拶】
このほか大会では、役員からのお話しや議案に対する質疑などを聞くに、いずれも気持ちを込めた内容ばかりであり、それぞれの持ち場で真摯に取組む職場の皆さんのために、一層頑張らねばとの思いを強めた次第です。
こうして大会を終え、夜遅くに敦賀に戻りましたが、一夜明け、今日はふる里まつりの本祭(神事・お神輿巡行など)
昨日欠席した分、張り切って役割を果たしてまいります。
2024年7月20日
ブログ 政治 社会
本年5月17日、離婚後も父と母双方が子どもの親権を持つ「共同親権」の導入を柱とした改正民法などが、参議院本会議で賛成多数で可決・成立しました。
改正民法などは、離婚後に父と母のどちらか一方が子どもの親権を持つ、今の「単独親権」に加え、父と母、双方に親権を認める「共同親権」を導入するとしており、父母の協議によって共同親権か単独親権かを決め、合意できない場合は家庭裁判所が判断し、DV(ドメスティック・バイオレンス)や、子どもへの虐待があると認めた場合は単独親権となるとしています。
なお、改正法は、5月24日に公布され、公布から2年以内に施行するとしており、離婚後の共同親権の導入は1898年の明治民法の施行以降初めて、1947年の民法改正で定められた「婚姻中は共同、離婚後は単独」の親権のあり方が77年ぶりに見直されることでも話題になった改正でありました。
その際、改正に反対する立場の方々からは、唐突な見直しだとの意見も挙がっていましたが、実はこの問題は、現在、日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくストーリーを描いたNHKの連続テレビ小説「虎に翼」の時代、つまりは女性をはじめ、ひとり一人が持つ「人権」を尊重するようになった時代から課題認識されていたもので、現に一方しか親権者になれないという国はG20の中でも僅かという状況の中で見直されたものであり、長きに亘る課題が法改正されたものであります。
さて、ここまで「共同親権」について述べてきましたが、昨日は、衆議院第一会館の会議室にて、国民民主党福井県連のメンバーにて本件について法務省よりレクチャーを受けたところ。
きっかけは、3月に開催された福井県連定期大会で、出席された代議員の方(当事者でもある)から「共同親権」に関するご意見があり、県連としても今後取組むとしていたことを踏まえたもので、県連代表であり、本法案審議に関わった「川合たかのり」参議院議員同席のもと、北陸3県の県連にもお声掛けした上で依頼をしたもの。
レクチャーでは、法務省より民事局参事官他1名にお越しいただき、「民法等の一部を改正する法律の概要」(令和6年5月 法務省民事局)をベースに説明を受けました。

【レクチャーの様子。ご挨拶されている方は、法務省民事局の北村参事官。】

【共同親権に関わる改正法の概要(法務省HPにもあり)】
概要は資料の通りでありますが、離婚自体が増えている関係から、未成年で離婚を経験する子どもの割合も1960年代から増加していること、法改正のポイントはあくまでも「子どもの利益になること」であること、文科省(学校関係)や子ども家庭庁など、関係省庁が多岐に亘るため「関係省庁連絡会議」の場で連携のうえ、施行に向けては各自治体からのご意見も踏まえ、前広に準備を進めていくことなどのお考えも確認することができました。
また、経過措置の原則に基づき、新法が適用された後は、過去に離婚された方にも改正法が適用されること、想定される具体的事例を踏まえてQ&Aや解説集を作成するなど、適切な形で運用されるよう、広報・周知に務めるとの話も伺い、このあたりは今後、地方議員としてもしっかり把握をしつつ、例えばひとり親家庭への支援などに対しても目配せしていかねばと、認識を新たにした次第です。
法務省の皆様には、法案整備から国会審議対応もされたご経験や実情を踏まえ、大変丁寧にご説明いただいたことに感謝申し上げます。
「私が、法案審議を通じて一貫して訴え続けてきたのが子どもの最善の利益の確保です。様々な事情があるとはいえ、両親の事情による離婚の結果、子どもが不利益を被る状況だけは絶対に避けなければなりません。」
これは、5月17日の参議院本会議の賛成討論で、まさに同席いただいた「川合たかのり」議員が強く述べられた思いですが、この日も「共同親権」の言葉に惑わされる(親の権利をイメージ)ことなく、この改正は「子の監護・養育環境をいかに守るか」であるとお伺いし、理解を深めたところ。
(ぜひご覧ください↓)
→【5/17参院本会議】川合たかのり議員が民法等改正案に対する賛成討論
川合議員におかれましては、本法案審議にあたっても、信念と理念をもって対応されたことに敬意を表するとともに、今後も引き続き、福井県連代表の立場から、ご指導賜りますようお願いする次第です。

【レクチャー後、川合たかのり県連代表と拳固め(衆議院第一会館 国民民主党会議室にて)】
2024年7月19日
ブログ 原子力
歴代、敦賀市長が会長を務める通称「全原協」(全国原子力発電所所在市町村協議会)では、17日に経済産業省で石井拓政務官と面談し、次期エネルギー基本計画に原子力発電所の最大限の活用を明記することなどを要請したことが、地元新聞やインターネット記事にも掲載されています。
要望書を以下にリンクしますが、被災地復興や防災対策、原子力政策、立地地域対策の4分野で構成され、会長である米澤敦賀市長をはじめ、副会長の柏崎市長、玄海町長らから要請されたことを心強く思うところです。
→全原協要請書(7月17日)はこちら
この「全原協」は、25の原子力所在地の首長と議会議長で構成するものですが、一方、原子力発電所等が立地している市町村やその立地が予定されている市町村の各議会の議長で構成する団体として「全国原子力発電所立地市町村議会議長会」があり、昨日、東京千代田区の都市センターホテルで開催された、同議長会の役員会並びに令和6年度総会に議長代理で出席してまいりました。
→「全国原子力発電所立地市町村議会議長会」ホームページはこちら
敦賀市議会が理事となっている役員会が11時から開催された後、13時からは令和6年度総会。
冒頭、柄沢均会長(柏崎市議会議長)よりご挨拶があった後、ご来賓として、各省庁より経済産業大臣(代理:吉田宣弘・大臣政務官)、文部科学大臣(代理:清浦隆・大臣官房政務官)、原子力規制庁長官(代理:大島俊之・規制部長)、政党からは、自民党、公明党、立憲民主党、日本維新の会、日本共産党、国民民主党、最後に全原協の米澤光治会長よりご挨拶をいただきました。

【都市センターホテルの会場全景】

【ご来賓の皆様】
挨拶で経産大臣からは「S+3Eの実現、地域の課題解決に丁寧に取組む」、文科大臣からは「HTTRや常陽運転再開など研究が円滑に進むよう取組む」、原子力規制庁からは「残る10プラントの審査も妥協なくやる。審査会合のプロセスを改善し、手戻りがないようにするとともに、事業者からの提案などコミュニケーションを図りつつ、厳正且つ着実に審査を進める。」などの話しがありました。
なお、原子力規制庁の「妥協なくやる」との言葉を、現在審査が進められている敦賀発電所2号機に当てはめた場合、どういう意味を持つのか。
原子力規制委員会が、独立性の高い3条委員会であるとはいえ、行政機関のひとつに違いなく、であれば国の施策を踏まえ、原子力発電所を安全に活用(再稼働)するための審査であるべきであり、事業者の意見を突っぱねて審査の幕引きを急いだり、いわゆる「悪魔の証明」を持ち込むことによって独断・独善的判断がされることは決してあってはならないこと。
立地市町村議会議長らを前に、敢えて挨拶の場で言われた「妥協なくやる」の言葉をしかと胸に留めた次第です。
また、政党関係では、自身が所属する国民民主党からは、浅野哲・党エネルギー調査会会長が挨拶され、「再稼働推進、リプレースの実施を公約に掲げ、現実的な目線でエネルギー政策を考えている。次期エネルギー基本計画では、電力事業者の環境整備や人材確保、サプラチェーンの基盤強化などについて国として支援するとともに、医療や水素活用などの分野の活用を長期的視点に立って構築されるべき。安定で安価な電力供給のため今後も取組む。」旨、力強い言葉がありました。
こうして挨拶が終わり、総会では令和5年度事業報告や決算、令和6年度事業計画、予算が提案され、全議案承認。
総会の後は、経済産業省 資源エネルギー庁 大臣官房の佐々木雅人エネルギー・地域政策統括調整官様より「エネルギー政策・原子力政策の議論について」をテーマにご講義いただいた後、質疑。
事前に準備されていた、おおい町、刈羽村、柏崎市からの質問に続き、私からは、敦賀市議会6月定例会で採択した意見書をもとに、エネルギー基本計画見直しに関し、電力需給が増加する前提条件となったことも踏まえ、ベースロード電源としての原子力の長期的な必要容量と時間軸を明記することを求めたほか、自身が課題と感じている電力事業者が予見性をもって投資できるようにするための事業環境整備について質問した次第です。

【せっかくの機会と、意見質問しました】
こうして直接、国の政策担当者に意見できることは、全国原子力発電所立地市町村議会議長会があってこそと感じたところであり、わが国の原子力黎明期より立地点の議会としてあった敦賀市議会として、今後も役割を果たしていければと思ったところです。
すべての日程を終え外に出ると、ちょうど梅雨明けした東京は茹(うだ)る暑さ。
喘ぐ恒常的な電力需給逼迫、高止まりの電気料金に苦しむ国民生活や企業経営を、いま持ち得る電源で救うとすれば「原子力発電」しかなく、残るプラントの再稼働を何としてでも早期に進めねばと、改めて胸に刻み、会場を後にした次第です。
2024年7月18日
ブログ 政治
朝の降雨から一転、晴れ間が広がった昨日は「湿気ムンムン」。
外に出ると息苦しさを感じるほどでしたが、用事で立ち寄った港周りからの景色はいよいよ「夏」。
先週土曜日には、気比の松原海水浴場の「海開き式」が行われたところですが、市内で開設される各海水浴場に多くの方が訪れることを期待するところです。

【川崎・松栄岸壁から見た「夏」の景色】
さて、話しは変わり、同じ議員として何とも腹立たしいやら、情けないやらの出来事が。
宮城県大河原町議会で、議長経験もある男性町議(73)が議場でスマートフォンゲームをしていたことが判明。
しかも見つけたのは議会見学に来ていた小学生。
6月10日、町立小学校の6年生約30人が社会科の授業で一般質問を見学した際、感想文に「議員で働く人としていいのか」などと書かれていたことにより分かったそう。
同町議は16日の全員協議会で「深く反省している」と謝罪したものの、会派の一つは辞職勧告決議案を提出するとのことであり、神聖なる議場で、しかも本会議中に著しく議会の品位を貶めたこの行為は言語道断。
「反省」で済むものではないと考える次第です。
こう書いていること自体が情けなく思えてきたのでもう止めますが、昨日述べた、めざす「民主主義」とは次元の違う出来事に辟易するところ。
なお、スマホゲームは言うに及ばず、議場でのムダ口や野次、居眠りなども品位を貶める行為としては同じ。
小学生にとって、まさに「反面教師」となった今回の出来事ですが、敦賀市議会としては、小学生はもとより、市民の皆様から「さすが」と思っていただけるような、規律と秩序ある、自らの襟を正した議会でありたいと思う次第です。
2024年7月17日
ブログ 政治
民主主義国家において、いかなる理由があろうとも、暴力で言論封殺されることは断じて許されない。
三連休明けの昨朝は、曜日をスライドしての街頭演説を行いましたが、大きな話題として触れざるを得ないトランプ前大統領銃撃事件に関しては、冒頭の言葉をもって、自らの意思を申し上げたところです。
大統領候補と日本の一地方議員では、格の違いはあるにせよ、同じ民主主義国家の中に生きる政治に携わる者として、引き続き、自らの理念と信念に従い活動する所存です。
さて、日本では2年前の安倍晋三氏の件、そしてアメリカでの今回の事件、さらには昨今の政治を巡る他者への非難や批判が繰り返される姿を見るに、民主主義の根幹とは何かと自問自答するところ。
そうしたなか、SNSなどを中心に称賛されているのが、7月5日に下院総選挙が行われたイギリス。
この総選挙では、現政権の保守党が大敗を喫し、これに伴いリシ・スナク首相が辞任。
労働党の党首であったキア・スターマー氏が、イギリスの第80代首相となり、14年ぶりの政権交代を果たしたことは既にご存知のことと思います。
ここで称賛されているのが、総選挙を終え、新たに首相に就任したスターマー党首と退任したスナク前首相が5日、官邸前でそれぞれ就任と退任の演説で互いにエールを送ったその内容。
スターマー氏は「退任するスナク氏に感謝したい」と切り出し、「わが国初のアジア系首相としての彼の偉業、その努力は、誰も過小評価できない」と述べるとともに、スナク氏は両親がインド系移民で、英国史上初のアジア系首相だったことにも触れ、さらに「私たちは皆、彼の仕事熱心さを知っている」とスナク氏の献身的な仕事ぶりを称えました。
一方、これに先立って退任演説をしたスナク氏の内容に関しては、“NEWS PICKS”で青山学院大学准教授の米山明日香氏が「スナク首相の退任演説に見る『民主主義』の姿とは」のタイトルで分析されており、その一部をご紹介いたします。
・「この国の皆さんに、真っ先にお伝えしたいのが、申し訳ないということです」
→大敗を喫したことへの謝罪の言葉。この後にも、謝罪の言葉を口にしています。
・「この職務において(首相として)、彼(スターマ首相)が成功することは私たちすべての成功となります。彼とご家族の幸せをお祈りします」
→政権移行がスムーズにいくよう、配慮した言葉といえるでしょう。
・「この選挙戦において意見の相違が何であろうと(意見の相違があったが)、彼は立派で、公共心あふれる人物で、尊敬しています」
→「個人の利益よりも公共の利益を考える」といった意味で、イギリスにおいて、特に公的な職に就く人、その育成機関(大学の政治学科など)などでは重視される価値観の1つです。
・「イギリスのもっとも驚くべき(特筆すべき)ことの1つは、私の祖父母がほとんど何も持たずにここ(イギリス)に来てから2世代後に、私が首相になれたということが特に驚くことではないということです」
→イギリスの寛容性を指す言葉だと受け取れます。

【官邸前で退任演説をするスナク前首相」
米山氏は続けて、スピーチの専門家の立場からすると、退任の演説は高く評価できるでしょう。極めて潔い引き際であったと思います。同時に、スターマー新首相も、スナク氏への言葉はあたたかさが伝わる言葉でした。
さまざまな問題を抱えるイギリスではありますが、今回のスナク首相からスターマー新首相へのスムーズな政権移行の姿を見ると、(少なくとも形式的には)イギリスには健全な民主主義がまだ根付いていることを再確認することができたように思います。
アメリカでは、前大統領から新大統領への移行において訴訟沙汰になるなど、民主主義の根底が揺らぐ状況をここ数年、目の当たりにしてきました。これから11月にアメリカ大統領選挙を控えているわけですが、イギリスのようなスムーズな政権移行が行われることを願います。そして、日本の政治の場においても、このような清々しいやり取りが見られることを心から期待します。
と結んでいます。
スナク氏は、過去200年以上で最も若いイギリス首相で、イギリス初の南アジア系首相、下院初当選から7年での首相就任は、現代イギリスで最速であったことは有名ですが、単に優秀というのみならず、この演説に表れるよう、他者への配慮や尊敬のもと、愛する祖国の発展のため「言論をもって」意見を戦わせ、勝ち負けは厭わず、自らは常に公に尽くす。
その精神と行動こそ、民主主義の根底に流れるものであり、であるからこそ、この若さ、スピードでの首相に選ばれたものと認識するところ。
翻ってわが日本。
他者への配慮も尊敬もなく、ただ非難や批判ばかりしていては、とても成熟した民主主義国家とは言えません。
対立や対決を煽る政局ではなく、どう解決するかに力点を置き、健全な議論をする。
一地方議員ではありますが、スナク氏のような良きお手本に習い、しかと心掛けてまいる所存です。
2024年7月16日
ブログ 社会
「舵取り」とは、辞書によると、「①船を操って方向を定める人。操舵(ソウダ)手。」とあります。
一昨日行われた「敦賀港カッターレース」では、200メートル先にある「回頭ブイ」を折り返す計400メートルのコース設定となっており、タイムを縮めるには、息を合わせた漕ぎ手(クルー)の力もさることながら、回頭ブイに向かって最短距離でカッターを進める「舵取り」が非常に重要となります。
カッターレースでは、漕ぎ手6名、艇指揮1名、艇長1名の8人でチームを構成しますが、この「舵取り」役に当たるのが艇長。
市議会チームのレースを終え、暫し発着地点でスタートの模様を眺めていると、艇指揮の「前進用意!前!」の合図とともに、ビタッと方向を回頭ブイに定め進むチームもあれば、漕ぎ出したのは良いものの、ブイとは他所の方向に進むチームもあり。
これがまたレースの面白さでもある訳ですが、下の写真をご覧いただく通り、漕ぎ手は回頭ブイを背にしているため、どの方向に進んでいるのか確認する術はなく、艇長(舵取り)を信じて、ただ一生懸命漕ぐのみであることがお分かりいただけるかと思います、

【カッターレースのワンシーン。進行方向は左で、後部に座る2名が、艇長と艇指揮。】
発着地点で、ちょうど隣でこのシーンを見ていた知り合いの方が、「ん〜。考えさせられるなぁ。」と一言。
「何がですか?」と聞くと、飲食店を経営するその方は、漕ぎ手を社員、艇長をご自身に置き換えてご覧になったようで、「社員が効率的に気持ち良く働けるか、無駄仕事をさせてしまうかは、結局、経営者次第なんだと、つくづく感じてしまいました。」と、照れ笑いを浮かべながら回答されました。
言葉の意味は解説不要と思いますので割愛しますが、辞書で調べた「舵取り」にはもうひとつ「②目的や方針に合わせて進むように団体・組織などを指導すること。」との意味があります。
企業や団体など、経営の「舵取り」とは、会社や組織の現状を把握して、向かっていくべき未来を決める経営上の意思決定を行うことを指しますが、これを見誤ると、無駄仕事どころか、最悪の場合路頭に迷うことにもなります。
組織が大きかろうが、小さかろうが、「舵取り」役を担う経営者にはその責任と自覚が伴うことは言うまでもありませんが、私自身もカッターレースを見て、改めてこのことを感じた次第です。
政治の世界に置き換えると、世界ではアメリカの大統領選挙、日本では先の東京都知事選や9月に控える自民党総裁選挙、地域では現在、同じ福井県嶺南地域の小浜市で市長選挙が行われていますが、いずれも舵取り役のリーダーを決めるもの。
社員を国民、都民、市民に置き換えれば、いずれも極めて重要であることは言わずもがな。
なお、カッターは「漕ぎ手が心を合わせ、艇を進ませる作業で、乗組員全員の共同意識が必要である。」としています。
舵取りに加え、いかに「全員の共同意識」(選挙で決める政治の場合は「全員」とはいかないと思いますが)を構築するかが肝要とすれば、つまりリーダーは「発信力」と「統率力」を兼ね備えることが肝要と認識する次第です。
本日は、カッターレース中に学んだことを備忘録的に書き留めました。
カッターも政治も経営も、定めた目標や理念を達成するために必要なこととして、参考になったのであれば幸いに存じます。
2024年7月15日
ブログ まちづくり
11月の大統領選に備えた選挙集会で演説中の共和党のトランプ前大統領が銃撃されました。
安倍晋三氏が選挙応援演説中に銃撃され亡くなられてから、この7月8日で2年が経ちましたが、まさにこの事件を思わせるかの構図が米国でも起きたことに驚くところ。
幸い、トランプ氏は右耳を負傷したものの、命に別条はないとのことで安堵したものの、連邦捜査局(FBI)は「トランプ氏に対する暗殺未遂」として捜査を進めていると明らかにしており、民主主義国家において、いかなる理由があろうとも、暴力で言論封殺されることは断じて許されない行為であると強く非難する次第です。
さて、触れざるを得ない、このような書き出しから話がまったく変わり恐縮ですが、私にとって昨日のメインイベントは「第27回敦賀港カッターレース」。
曇りから雨、そしてまた曇りへと、青空こそ覗かなかったものの、敦賀の「夏の風風物詩」のひとつであるこのカッターレースは、昨年から4チーム増の39チーム(県外から4チーム参加)に参加いただき開催しました。

【大会会場の川崎・松栄岸壁】
大会を主催する敦賀港カッターレース実行委員会(ちなみに、私が事務局の任を仰せつかっています)では、4月の実行委員会を皮切りに、各方面にご協力をいただきながら準備を進めてきたところであり、その後も委員会を重ねつつ、6月29日にはカッター下ろし(カッターを陸から海上に浮かべること)、6月30日、7月6・7日には練習会を開催したうえで、昨日の大会を迎えました。
9時からの開会式では、39チームが勢揃いし、主催者代表、堤敦賀市副市長(米澤市長はその後参加)などからご挨拶を頂戴しスタート。

【全チームが勢揃いしての開会式は壮観】
上級向けの1部、初出場チームなどの2部に加え、今年は、女性4人以上の漕ぎ手で編成する女性チームが4チーム揃い、「女性の部」が成立するなど嬉しい限り。
レースでは、櫂(オール)が折れたり、流してしまうハプニングなども生じるなかでしたが、色とりどりのチームTシャツや、中にはパフォーマンス賞を狙ってか、女装で漕ぐ方も登場し、様々な意味で「熱戦」が繰り広げられました。
なお、毎年参加している「敦賀市議会チーム」(ちなみに前回は2部第3位)は、決勝進出こそならなかったものの予選2レースを激漕。
一体感が生まれるカッターはやはり最高で、レース後はメンバー一同、充実感と達成感を感じた次第です(私は艇指揮のため漕いでませんが…)。

【予選2レース目を終えた敦賀市議会チーム。達成感は皆さんの表情が物語る。】
大会のほうは、途中雨が強く降る時間があったものの、激戦となった1部決勝までの全レースを終え、その後は閉会式、実行委員会全員にて会場の後片付け、撤収作業を行い、全ての工程を終了することができました。
この「敦賀港カッターレース」は27回を数え、海洋少年団OB・OGの方を始め、カッターの楽しさ、魅力に引き込まれて参加された方などで構成された実行委員の方々で大会を継続されていることに敬意を表するとともに、自身もその一員として参画することをどこか嬉しくも誇りに思う次第。
なお、大会に際しては、敦賀市や敦賀海上保安部、港湾関係者の皆様などのご理解、ご協力を頂戴するとともに、そして何より参加される皆さんあってこそ成り立つもの。
今回のレースに参加をいただいた各チーム、応援に駆け付けていただいた皆さんに感謝するとともに、雨を吹き飛ばすかの如く、大会を大いに盛り上げていただいたことに心より御礼申し上げます。
結びに、来年は今年以上の参加をいただき、敦賀の夏の風物詩をさらに盛り上げたいと思いますので、職域や地域、団体などジャンル問わず、「我こそは!」というチームがおられましたらぜひ、お申し込みいただけますようお願いいたします。

【7月7日の練習風景。このロケーションは敦賀の宝。また来年お会いしましょう!】
2024年7月14日
ブログ 敦賀の歴史・文化
本日は、これまで実行委員会の皆さんと準備を進めてきた「第27回 敦賀港カッターレース」。
これに伴い、昨日は現地の設営など最終準備のため、朝から川崎・松栄岸壁へ。
9時より、この日の作業などミーティングを行い、それぞれ分かれて効率良く準備にあたりました。
レースはいよいよ今日が本番。
天気はあいにくの雨予報でありますが、お時間のある方はぜひ、敦賀の「夏の風物詩」のひとつ「カッターレース」の雰囲気をご覧に、お越しいただければ幸いです。
さて、私のほうは一旦準備を抜け、礼服に着替えた後、プラザ萬象へ。
10時30分より、大ホールにて開催された「敦賀市戦没者戦災死没者追悼式」に参列いたしました。
昭和20年7月12日、先の大戦において日本海側で初めて戦禍に遭った敦賀は、この空襲によって、市街地の大半が焦土と化しました。
加えて、7月30日、8月8日にも続けて戦火に見舞われ、これら3回の空襲によって、225柱の尊い命が失われたことは、昨日のブログでも記載したところですが、この式典では、ご遺族を始め多くの関係者が参列のもと、この空襲を含め、敦賀市出身の戦没者及び戦災死没者の御霊をお迎えし、厳かな雰囲気のもと挙行されました。
敦賀市戦没者戦災死没者は1,989柱。
私も献花をさせていただき、心よりご冥福をお祈り申し上げた次第です。

【1,989の御霊に心よりご冥福をお祈りいたします(写真は追悼式終了後に撮影)】
式典を終え改めて、今の私たちがこうして平和に暮らしていることは当たり前ではないこと、そして戦争の悲惨さを深く胸に刻んだところでありますが、先の大戦から79年目を迎える現在では、戦争を知らない割合が8割を超えたそう。
平和を希求することは簡単なことですが、戦争の悲惨さや恐ろしさを忘れてはならないことはもちろんのこと、国を守るため犠牲となった英霊の存在があって、この平和があることは決して忘れてはなりません。
こうして式典に参列した者の使命は、これらを風化させぬよう次代に継承していくことにあると思い、本日のブログにも書かせていただきました。
皆様におかれましても是非、今一度、79年前にあった出来事を思い返していただけますようお願いいたします。
2024年7月13日
ブログ 敦賀の歴史・文化
昭和20(1945)年7月12日。
先の大戦において日本海側で初めての空襲を敦賀が受けた日。
この空襲によって、敦賀は市街地の大半が焦土と化したほか、7月30日、8月8日※にも続けて戦火に見舞われ、これら3回の空襲によって、225柱もの尊い命が失われました。
※同年8月8日午前9時頃、B-29が敦賀に投下したのは長崎に投下した原子爆弾と同型の模擬爆弾(通称パンプキン)
この空襲に関し、「敦賀市史」通史編(下巻)第四節 三.敦賀大空襲では、当時の状況を以下のように記録しています。
<以下、「敦賀市史」を引用>
昭和二十年(一九四五)七月十二日の夜、数賀市は大空襲に見舞われた。日本海治岸都市としては最初の空裏であった。十二日夜九時四〇分ごろ熊野港から侵入したB20約一〇〇機は三波に分かれ、その一部は、奈良・三重県境を北上して琵琶湖の南部を経て福井県に入った。
この編隊は、駄口上空を通過し、道口より山麓に沿って東に転じ、東郷村井川において第一弾を投下した。この爆撃で、咸新小学校・新善光寺・高福寺、民家七軒が延焼した。ついで深山寺(民家四戸全焼)、高野(民家一戸全焼)、田尻(松岸寺全焼)など一帯に投弾し、東浦村に至り、田尻(民家五戸全焼)、赤崎(赤崎小学校、民家二戸全焼、一戸半焼)、五幡(二戸全焼、一戸半焼)上空で旋回し、福浦湾に面する磐城セメント工場に投弾して、天筒山上空より、市街地に侵入した(図15参照)。

【「敦賀市史」通史編(下巻)第四節 三.敦賀大空襲にある図15「B29の侵入経路」】
天筒山山麓より攻撃が開始され、火は入船・常盤・天満と逐次拡大し、川東地区はほとんど火の海と化した。さらに火は川中地区に拡がり、桜・御手洗・橘・富貴・大島・神楽・北津内と延焼し、晴明・大和田銀行より元の朝市場を経て、大黒・高徳寺にいたる線においてようやくとどまった(図16参照)。

【同 図16「敦賀市戦災地域図」】
その被災面積は、約二一万五〇〇〇坪にわたり、本市街の八割を占め、失家屋は四一一九戸(復興事務所調では四二七三戸)、被災世帯は五〇五七世帯(市厚生課調では四〇九九世帯)、被災人員は一万九三〇〇人(市厚生課調では一万六一五人人)の多きに達し、死者も一〇九人に上った。
焼失した主な建物は、気比神宮・敦賀駅・敦賀高等女学校・敦賀中学校など表1に挙げたように多数に上るが、空襲から逃れた建物には、市役所・敦賀商業学校・大和田銀行(現在の敦賀市歴史民俗資料館)・敦賀病院・敦賀郵便局・敦賀区裁判所などがあった。
<引用終わり>
以上が、敦賀市史に記録されている史実であり、B29爆撃機が夜の市街地・敦賀港上空を舐めるように飛行し、ピンポイント攻撃を仕掛けていった様子が分かるとともに、突如として襲われた火の海の中で、尊い命を失われた先人の無念を思う次第です。
昨日は、戦没者戦災死没者のご冥福をお祈りするとともに、79年前にあったこの事実を忘るることなく次代に継承していくことを誓う日であり、市内の元町にある本勝寺では、敦賀市遺族次世代の会と本勝寺による共同法要が営まれました。
次世代の会の奥野治樹会長のFacebookを拝見するに、本勝寺におかれては、空襲の中心近くで、毎日欠かさず空襲犠牲者の追悼の読経をいただいているとのことであり、「こんな小さな街でも空襲があった、そんな戦争の史実を次の世代に伝えることが、世界平和に繋がると信じている。」
「多くの敦賀市民の皆様のご協力を賜り、今年も法要ができましたことに感謝申し上げます。戦没者・戦災死亡者の追悼と史実継承の責務を強く感じ、今後も継続する決意を固めました。」
との言葉がありました。
私自身もまさに、奥野会長の仰ること、さらには会の理念に思いをともにするところです。
そんな79年前にあった史実から一夜明け、本日は10時30分よりプラザ萬象大ホールにて、敦賀市主催の「戦没者戦災死没者追悼式」が挙行されます。
犠牲になられた先人に対し思いを寄せるとともに、この史実を決して風化させないためにも、市民の皆様におかれてはご参列いただければ幸いです。

【散歩で出会った今朝の風景。この風景があるのも尊い平和があってこそ。】
2024年7月12日
エネルギー ブログ
一昨日、敦賀市内で開催された「日本海六県港湾都市議会協議会 令和6年度総会」の際、ちょうど秋田市議会の議長さんと東北電力 秋田火力発電所(秋田市)の「廃止」についてお話ししたところでしたが、昨日は、7月1日付で廃止した同火力発電所4号機(出力60万キロワット)の「発電納め式」が開かれたとのこと。
日本経済新聞の記事によると、発電納め式には運転に携わった東北電力や協力会社、メーカーなどの関係者約50人が出席し、同発電所の清水徳行所長は「どんなときにも電力の安定供給を守り抜く『秋田火力魂』を後世に伝えていかなければならない」と強調したとありました。
同4号機は1980年7月に運転開始。
重油や原油を燃料にし、主に電力需要が高まる夏や冬のピーク時に、東北管内の需給バランスを調整する役割を担ってきましたが、設備の経年化が進行していることから、今後の需給動向や供給力確保の見通しなどを総合的に評価した結果、東北電力が廃止判断をされたもの。
なお、秋田火力発電所は既に1〜3並びに5号機が廃止となっており、今回の4号機により同発電所は全発電設備が廃止となったことから、本年10月頃を目途に発電所(地点)としても廃止とする予定としています。
1970年8月の1号機運転開始以来、電力の安定供給を通じて東北地方と秋田県の経済発展に寄与するべく、約54年間にわたって運転を継続されたことに深く敬意と感謝を表する次第です。
本当にお疲れ様でした。

【秋田火力発電所4号機「発電納め式」の様子(日本経済新聞ウェブ版より引用)】
さて、日本の高度成長期を支えた重要な電力供給設備がまた一つ無くなることを非常に寂しくも思うところですが、10日のブログで記載しましたよう、恒常的な電力需給逼迫から抜け出すことが、わが国が持続的な成長と遂げられるか否かの「生命線」であることは言うまでもないところ。
今後、わが国の電力需要が増加する見通しとなっている大きな要因が、人工知能(AI)やChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)等の開発・学習やクラウドサービスを拡大するために必要なデータセンター(以下、DC)の電力(2033年までに約537万kW増)であることはご承知置きのことと存じますが、世界最大のDC拠点である米バージニア州北部では、広さ約4.7平方kmのDC専用のスペースがあることに加え、80万世帯分の電力を消費しており、この度同州全体の電力消費量に占めるDC電力需要は「15%」に到達したとのこと。
ケタ違いの規模に驚くところですが、国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の8,000を超えるDCのうち、約33%が米国、16%が欧州、10%が中国にあるとされ、米国の電力消費量は、2022年は米国の電力需要の約4%に当たる約200TWh※から、2026年には同6%に相当する約260TWhに増加すると予想されています。
※TWh:テラワットアワー → 1TWhは1MWhの百万倍で1兆ワットアワーに相当
なお、AI及びDCによる世界全体の電力需要増見込みは、2026年(ハイケース)で「1,050TWh」となっており、これは日本の年間電力消費量とほぼ同じであることを再掲しておきます。

【IEAによる世界のDC・AI等による電力需要見通し(総合エネルギー調査会 基本政策分科会資料より抜粋)】
話をバージニア州に戻しますと、この電力需要増加を見込み、2022年には既に同州としての「エネルギー計画」を公表し、州内で増加するエネルギー需要を満たすには、原子力や天然ガス、再生可能エネルギー、新しいエネルギー源など、利用可能なエネルギー技術をすべて活用するという「全方位的アプローチ」を取るべきだと表明するとともに、原子力利用を拡大し同州を原子力技術革新の主要なハブとする考えを明らかにしています。
実際、同州にあるドミニオン・エナジー社が保有するサリー発電所(87.5万kWのPWR×2基)については、原子力規制委員会(NRC)が2021年5月に、運転期間の延長に向けた同社の2回目の申請を承認し、これら2基はそれぞれ2050年代まで「80年間運転」を継続できることになったこと、また、ノースアナ発電所(約100万kWのPWR×2基)についても、NRCは同社が2020年9月に提出した2回目の運転期間延長申請を審査中とのこと。
また、水素製造やCO2の回収・貯留、有効利用(CCSU)、小型モジュール炉(SMR)の開発も挙げ、商業用SMRを同州南西部で10年以内に建設するという目標の設定に向け、財政支援の必要性を支持するとしています。
さらに、商業用SMRと併せ、使用済燃料のリサイクル技術を開発すべきだと提唱しており、それによってCO2を排出せず、使用済燃料の量も最小限というエネルギーシステムを確立することを訴えており、将来の電力需要にも安定供給を果たしつつ、カーボンニュートラルの実現にも寄与する、これぞ「超現実的な」エネルギー政策と考える次第です。
生成AIなどの性能・進化スピードは恐ろしく早く、世界を席巻しつつあり、州単位でこうした政策を進めるアメリカに比べ日本はどうか。
冒頭の秋田火力発電所然り、高度成長期を支え、大きな役割を果たした全国の火力・原子力発電所が廃止に進むことは、ひとつまた一つと貴重な電力供給源を失うことを意味します。
2033年までにDC・AI分だけで537万kW増加すると見込まれる電力需要のなか、ではどの電源でどうやってそれを確保していくのか。
「どんなときにも電力の安定供給を守り抜く『秋田火力魂』」。
今ほど、この魂が求められていることはなく、政府にはこの魂で、その達成に向けた明確な「決断」を過給的速やかにすべきと考える次第です。

【日本のDC・半導体工場の新増設による影響(総合エネルギー調査会 基本政策分科会資料より抜粋)】
« 古い記事
新しい記事 »