2026年10月12日
亡き父のこころざし(志)は、わが名にも胸にもあり

写真は昨日の朝散歩風景。
ブログをご覧いただいている皆様にとっては、もはや“お馴染み”の近所の農道。
抜けるような青空にまっすぐ延びる一本道、そしてその道を進む“きゅうちゃん”笑。
このロケーションに気分スッキリ、「何と気持ちの良い朝なんや!」と思わず呟いた次第です。
秋は様々な愉しみ方がありますが、スポーツの秋、行楽の秋、実りの秋など、せっかくのこのお天気。
皆様におかれましては、秋晴れのもと外の空気をめいいっぱい吸って、リフレッシュいただければと思う次第です。
さて、こんな青空の日の朝といえば、思い出すのは、両親揃って朝早くからグラウンド・ゴルフに出かける姿。
大会の日となれば、前日から準備した参加賞や景品を車一杯に載せ、おそらく参加者の方が喜ぶ姿を思い浮かべながら、楽しそうに出発していく光景をよく目にした訳ですが、こうしたシーンに、亡き父のモットー「みんなで楽しく」が表れていた気がします。
そんなことを思い返しつつ、月日の経つのは早いもので、10月28日の命日を前に、昨日は亡父の一周忌法要を執り行いました。
思い返せば、満中陰(四十九日)法要の時は、あいにくの雨模様でしたので、このようなお天気のもと迎えられたことをありがたく思った次第。
ご親戚の皆様には、ご多用のところ津内の唯願寺さんにお集まりいただき、重ねて感謝。
これまで月命日のたびお経をあげていただいた唯願寺ご住職様に、この日も丁寧に読経いただき、最後には亡き父、そして私たちに対してもありがたきお言葉を頂戴しました。
法要の結びに私からはあらためて、参列いただいたことへの感謝と、今ごろはさぞかし天国で仲間をつくり、楽しく過ごしているであろう父への思い、そして、これからも皆様の心の中で、時折亡き父を偲んでいただければとお願いしました。
なお、挨拶では意味合いしかお伝えできませんでしたが、以前に住職さんに教えていただき、ずっと胸にある言葉は以下。
風は見えないけれど
風のすがたは
なびく 草の上に 見える
意味は、
大切なあなたは もうこの世に居ないけれど、
あなたの姿は あなたのこころざしを受けた
家族や友人たちの生き様の上に 見える
亡き父のこころざし(志)は、わが名にも胸にもあり。
亡くなったからこそ分かることがあるとも言えますが、「何のために生きるのか」、「何のために生かされているのか」を残してくれた、我が父に感謝する次第です。

【わが家に咲く“季節外れのひまわり”。一周忌まで頑張って咲いてくれました。】






