4月29日は「吉継(よしつぐ)の日」

ブログ 敦賀の歴史・文化

各種団体等の事務局的役割を務めている方にとって、この時期は定期総会や大会に向けた準備に追われる“繁忙期”ではないでしょうか。
 
かくいう私もその一人であり、政治活動と並行して、政党や市民団体などの総会議案作成や段取りを進めていますが、ポジティブシンキングでいけば、ひとつ一つ節目をクリアしていくことは楽しくも達成感を感じるところ。
 
名は伏せますが、昨日はそのうちの1団体の役員会にて大会議案書(案)をご審議、ご承認いただき、ひとつ安堵。
 
いま何が欲しい?と問われれば、迷いなく「時間!」と答えたい気持ちですが、限られた24時間をどう使うかは自分次第。
 
自己マネジメントを楽しみながら、日々過ごしていきたいと思います。
 
さて、長い人では最大12連休にもなろうかという今年のゴールデンウィーク(GW)。
 
その皮切りは、本日の国民の祝日「昭和の日」からとなりますが、こちらは元々「天皇誕生日」であったもの。
 
内閣府ホームページ「国民の祝日」を拝見するに、祝日法は、半年以上に及ぶ国会での審議を経て、昭和23年7月5日に成立し、同年7月20日に公布・施行。
 
祝日法の制定時に「国民の祝日」とされたのは、元日(1月1日)、成人の日(1月15日)、春分の日(春分日)、天皇誕生日(4月29日)、憲法記念日(5月3日)、こどもの日(5月5日)、秋分の日(秋分日)、文化の日(11月3日)、勤労感謝の日(11月23日)で、この九つの日を選定したことについて、当時衆議院の小川半次文化委員長は、法案の提案理由説明の中で、「新憲法の趣旨に副(そ)うべきこと」及び「国民大衆をあげて容易に納得し、参加し得べきもの」の二つを基準としたと説明しています。
 
なお、その後、祝日法は主に議員立法による改正が重ねられ、七つの「国民の祝日」が順次追加されるなどした結果、今日では、計16日の「国民の祝日」が定められているとありました。
 
時を経て、「天皇誕生日」から「昭和の日」となった今日の祝日法における意味は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」
 
「昭和100年」の節目を超え、今一度その意味の重みを感じる次第です。
 
また、こちらは“語呂合わせ”となりますが、「知る人ぞ知る」から「広く知ってもらいたい」との思いが募るのが、今日4月29日は「吉継(よしつぐ)の日」であるということ。
 
このブログで何度もご紹介している、最後の敦賀城主「大谷吉継」は、盟友石田三成とともに関ヶ原で戦い、悲運の死を遂げた「義の武将」として有名ですが、天正17(1589)年に敦賀の領主となった吉継は、敦賀を“城のある港湾都市”につくりかえ、これにより敦賀は京都・大坂に物資を供給し、朝鮮出兵など戦争のおりには兵粮、船、操船者を整える拠点としても機能することに。
 
江戸時代の敦賀湊の繁栄の基礎は、吉継の時代につくられたといえる、まさに、今の敦賀の礎をつくった偉大な人物なのであります。
 
ついては、語呂合わせとはいえ、この日を契機に、大谷吉継公のことをより多くの方に知っていただければと思うところですが、吉継ファンから親しまれる今日は、「つるがみなと山車(やま)会館」では、市内外の吉継キャラクターが大集合し、「吉継の日」を一緒に盛り上げてくれるとのこと。
 

【「吉継の日」チラシ(つるがみなと山車会館HPより引用)】
 
イベントの詳しくは、以下リンクよりご覧ください。
 
 →つるがみなと山車会館HP『2026年「吉継の日」特別企画「吉継大集合!山車会館でクイズラリ~」』はこちら
 
私もどこかの時間帯で山車会館に足を運んでみようと思っていますが、先の「昭和の日」の意味と掛ければ、「吉継の日」の今日は、
 
「激動の戦国時代を経て、発展を遂げた郷土の歴史を顧み、敦賀の将来に思いをいたす」
 
といった感じでしょうか。