2026年4月14日
戦国の世と日本史を動かした「金ヶ崎の退き口」
昨晩、初回の放送を迎えたフジテレビの「月9」。
福井県内はもとより、大々的に全国的に宣伝されているため、皆さんご承知置きかと存じますが、「月9」の新クール「サバ缶、宇宙へ行く」は、宇宙食サバ缶を開発した福井県小浜市の若狭高を題材にしたもの。
ドラマでは、水産高の新米教師役を演じる主演が北村匠海さん、生徒役には出口夏希さんら、今をときめく俳優さん達が登場することもあって注目の的となっており、私も初回放送を拝見しましたが、美しい小浜の風景や行ったことのある場所も登場し、あらためて同じ福井県嶺南地方のまちが取り上げられたことを嬉しく思ったところです。
なお、福井新聞で先日紹介されていた記事によれば、この宇宙日本食「サバ醤油味付け缶詰」は、2006年、旧小浜水産高が米国航空宇宙局(NASA)などが考案した食品製造の衛生管理システム「HACCAP」(ハサップ)を取得したのを機に生徒らの発案で開発がスタート。
2013年4月に水産高が若狭高に統合後、同校海洋科学科が研究を引き継ぎ、2018年11月には、高校が開発した食品では全国で初めて宇宙航空研究開発機構(JAXA)の認証を受け、さらに2020年には、宇宙飛行士の野口聡一さんが国際宇宙ステーション(ISS)でサバ缶を食べる様子が動画配信されました。
なお、北村匠海さん演じる主人公のモデルになった小浜市の小坂康之教育長は、福井新聞のインタビューに「生徒の飽くなき探究心が教師や地域の人たちを巻き込み、サバ缶を宇宙食にするという夢を実現した。自分たちに湧いて出てくる思いを大切に、挑戦し続ければ夢はかなう、ということを多くの人に知ってもらいたい。子どもたちだけでなく、大人の可能性も無限大であるということも」と述べています。
小浜市の食文化や自然の美しさとともに、小坂教育長が仰ることがどう表現されていくのか、今後の放送が楽しみですね。
さて、負けてはいられないと、こちらはNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」(この日のタイトルは“絶体絶命”)で登場した敦賀が舞台となった「金ヶ崎の退き口(のきぐち)」。
一昨日の放送に合わせ、敦賀市ではパブリック・ビューイングと歴史講座を行ったことまでは紹介したところですが、この歴史講座で講師を務めたのが、敦賀の市民歴史団体「気比史学会」理事の丸山哲士(さとし)さん。

【会場の松原公民館には多くの参加者。右奥でマイクを持つのが講師の丸山さん。】
大河ドラマ放送の前、午後7時から開催された講座ではまず、金ヶ崎での戦いに関しては、信長が野望を果たすために行われたと思われている方もいるかと存じますが、この戦いは「幕府軍としての連合軍」の戦いであり、幕府軍の戦いなので、「天下の乱れを鎮めるため」の戦いであったと説明。
その根拠は、信長自身が、大飯郡佐分利の石山城主・武藤友益の討伐のために出兵するとの書状を送っていることにあり、武藤は当時朝倉と連携していたため、朝倉を倒す必要があったとも。
また、軍勢に関しては、『敦賀市史』では10万8千人とあるものの、この人数を賄う兵糧(当時は玄米)を算定すると75万トンが必要であり、これは現実的ではない。
丸山氏としては、『言継卿記』に記される“3万人”が妥当の線ではないか。
続けて、わずか一日で落とされたとある手筒山城の戦いについては、南東側から攻撃されたというのが通説だが、東側の沼地(中池見側)から攻めたとする伝聞がある。
そして、注目の浅井長政が裏切った(突然の謀反)理由については、信長と父の関係で板挟みになったというのが、これも通説にあるが、史料によれば、長政は武将ではなく、信長からも朝倉からも“家来”として見られており、金ヶ崎の地で朝倉の軍勢1万と自軍の5千により南北から挟み撃ちすれば、信長の首が取れるとの誘惑に勝てなかったのでは?と。
こうした丸山さんの話を大変興味深く拝聴し、信長、朝倉、そして浅井三者の思惑に思いを馳せるとともに、戦国の世の情景が浮かんだ次第です。
そして、昨日もご紹介したとおり、金ヶ崎の地に集ったのは、信長に木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)、徳川家康、明智十兵衛(後の光秀)の戦国時代4英傑。
お市の方が信長に送ったとされる“小豆袋”(史料にはない)により挟み撃ちに気づき、信長は撤退を決めるも、この時殿(しんがり)を務めた藤吉郎の功績が認められ、後の天下取りにつながったことを思えば、まさに戦国時代の、いや日本の歴史上、重要なポイントがここ敦賀であったと言えます。
講座の後は、丸山さんのお話と重ね合わせながらドラマを鑑賞。
金ヶ崎での戦いの描写はもとより、信長勢が京に戻ってからの家康、光秀の動向に「なるほど」と頷いたところ。
こうしてパブリック・ビューイングと歴史講座を大いに楽しんだところであり、やはり敦賀の歴史は深くも面白い。
企画・準備から、この日も遅くまで対応された市職員の皆さんに感謝するとともに、気比史学会として役割を果たしていただいた丸山さんに敬意を表する次第です。
「サバ缶」に張り合って?、今日は代表的な敦賀の歴史をご紹介しましたが、ぜひ地域史の探究を楽しくやりたいという方がいらっしゃいましたら、私まで連絡いただけますようお願いいたします(気比史学会では、絶賛会員募集中ですので)。
※参考まで、金ヶ崎の戦いを含む「元亀争乱」に関しては、450年を迎えた2020年に、気比史学会が市民歴史講座で取り上げています。
ついては、その際に報告として記載したブログを2件(①美浜の国吉城、②浅井と③朝倉の三者からの視点)を以下にリンクしますので、関心のある方はぜひご覧ください。
→①2020年9月20日ブログ『通説から新設へ、やっぱり歴史は面白い』
→②2020年11月29日『市民歴史講座第3講「近江の元亀争乱」』
→③2020年12月20日ブログ『文化と歴史をつなぐ大切さ 〜今年度の市民歴史講座を終えて』






