お伝えしたいこと① 〜各国駐日大使の皆さんからのご挨拶より〜

ブログ 敦賀の歴史・文化

一日を振り返って「いい一日だったなあ」と思えることは幸せなことですが、私にとってここ数日はそう思える日が続いています。
 
そう思える大きな理由のひとつは、新型コロナで停滞感が漂い続けていたまちに、賑わいや活気が戻ってきたことだと感じる訳でありますが、昨日は新たな門出を祝うかのような秋晴れの中、「人道の港敦賀ムゼウム」のリニューアルオープンセレモニーに感激しました。
 

 
11時から始まったセレモニーは、杉原千畝氏が領事官として「命のビザ」を発給したリトアニアを始め、孤児を受け入れたポーランド、さらにはオランダやアメリカなど各国駐日大使をご来賓としてお迎えしての開催。
 
各大使の皆さんからの心温まるご挨拶では、改めて「人道」の尊さと、100年前、80年前に敦賀であったエピソードを語り継いでいくことの大切さを教わった気がします。
 
さらに、孤児や難民を受け入れてくれたたことに対する日本への思い、外国から見た敦賀、敦賀ムゼウムに期待する役割などの言葉は、私の心に深く響いた次第です。
 

【セレモニーの最後には、出席者皆で平和のバルーンを飛ばしました】
 
このように、私にとって胸に残るセレモニーとなった訳ですが、この感激を私の胸だけに留めておくのは勿体無いと思い、各国大使のご挨拶を書き留めてまいりました。
 
本日は、そのご挨拶の要旨をご紹介させていただきますので、特に敦賀にお住まいの皆さんにおかれましては、先人が残してくれたエピソードと当時の情景を思い浮かべつつ、お読み取りいただければ幸いです。
 
======================================
「人道の港敦賀ムゼウム」オープニングセレモニー
 
1.日 時:令和2年11月3日(日) 11:00〜12:15
 
2.各国大使ご挨拶(要旨)
(1)駐イスラエル特命全権大使 ヤッフィ・ベンアリ閣下
・渕上市長に対し、ここまでプロジェクトを進めてくれたことに感謝。
・情報提供いただいた北出様、ホロコースト教育に尽力された西岡様にも感謝。
・ユダヤ、イスラエルノ代表としてここに来ているが、今日は亡くなった母親の代わりとしても来ている。
・600万人の人々がナチスの迫害により殺害されたが、ヤドヴァシム記念館には亡くなった方の魂が残っている。
・36人の外交官の中には杉原千畝の名前も残されており、「命のビザ」によって2,300人ものユダヤ人の命が救われた。杉原のお陰と深く感謝している。
・ヤドヴァシム記念館にあるように、一人の命を救うということは、全世界の命を救うということ。
・敦賀ムゼウムは、人道だけでなく、命も象徴している。
・過去のことを覚えていくということだけでなく、これからの人に教育していくことが大事。
・コロナで大変な時であるが、人種や国籍に関わらず、互いに敬意を払っていくことを教育していくべき。
・昨年、ウィーンでユダヤに対するテロがあったが、二度とこういうこと繰り返さないよう行動していきたい。
 
(2)駐日リトアニア共和国特命全権大使 ゲディミナス・バルブオリス閣下
・敦賀には2年前にカウナスの市長と来た。また敦賀に来ることが出来て光栄。
・杉原千畝の命のビザから80年。沢山の人がここに来て、杉原の功績を学ぶことは素晴らしい。
・そうした特別な場所に来ることを嬉しく思うとともに、難民が初めて上陸した土地であり、そのことを切掛けに交流出来るようになったことを嬉しく思う。
・千畝の残したものが残されているということ、敦賀だけでなく他の土地にも残されていくことを希望する。
・千畝の使命は亡くなった今もなお生きている。多くの国との結びつきが千畝の尽力によってなされている。
・私たちの国の出来事がムゼウムに展示されることを嬉しく思う。
・杉原の使命をこれからも私たちでつないでいきましょう。
 
(3)駐日ポーランド共和国特命全権大使 パヴェウ・ミレフスキ閣下
・敦賀はポーランドの人にとって特別な場所。
・長年に亘りムゼウムは重要な役割を果たしてきたが、これからはさらに伝えていく場所になると思う。
・ユダヤの少年を助けた「諸国民の中の正義の人賞」を受賞したアントニーナ・メロさん(正確に聞き取れず)の賞を本日は敦賀市に寄贈する。
・これからの発展をお祈りする。
 
(4)駐大使・神戸米国総領事 リチャード・メイ・ジュニア氏
・千畝の功績にあたって、アメリカでも同様にビザを発給した人物がいたが、政府の正式な政策に反していたことから、2,000人ものユダヤ人は救われたものの、彼らは罰せられ、功績を認められることはなかった。
・事柄の大小に関わらず大切なこと。
・ヒューメニティーの言葉は一番思っていることを表している。同じことが自分に出来るかとの思いもあるが、こうした事実があったことを是非今後も伝えていきたい。
 
(5)駐日オランダ王国全権公使 テオ・ペータス氏
・博物館が好きだが、このムゼウムは単に保存するだけでなく、鏡として教育し、語り継ぎ、例えどんな時でも正しいことをするという物語を継承している。
・このエピソードは協力の物語でもある。知らなかった人と協力したという物語である。
・このエピソードは、一年前に日本に来るまで知らなかった。
・杉原のことは、「偉大な日本人30人」から日本を学ぶことで知った。言葉から学ぶことは大事なことである。
・千畝の章には感動。良心ある行動をした日本人に敬意を表する。
・それと同時に、ヤン・ズヴァルテンディクのことも知った。
・杉原と同じく、2,132人の難民を救った彼は、「他の人でもしたことだ」と息子に語り、特別なことをしたのではないとした21日間のことについては生涯沈黙を守ってきたため、知られることはあまり無かった。
・彼の葬式の日に、彼の行動により生き残ることが出来たとの手紙が届いたが、彼は知ることが出来なかった。
・このムゼウムにはズヴァルテンディクのことも展示されており感謝している。
・過去の声が生かされて感謝。これからも大事にしていきたい。
 
以 上