畔に咲くシロツメクサに想うこと

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先ほどお知らせいたしました、『やまたけNEWS』の冒頭に記載しましたよう、まちを歩くと自然の力に元気をもらう季節。
 
昨夕も散歩で近所の田んぼ道を歩くと、畔にはシロツメクサが花を咲かせていました。
 

【シロツメクサの花が咲いたよ、さぁ〜行こうラスカル🎵のメロディーが浮かぶ畔の風景】
 
また、植えられたばかりの稲は、この日の強い風にも負けずスックと立っており、まさに冒頭の気持ちになったところです。
 
なお、シロツメクサは幸運の象徴でもあり、4つ葉のクローバーを見つけたら幸せが訪れるというのは有名な話。
 
調べてみると、花言葉は「幸運」「約束」「私を思って」「復讐」だそう。
 
このうち「約束」は、アイルランドにキリスト教を伝えたパトリキウス(聖パトリック)がシロツメクサの葉(クローバー)を使ってキリスト教の「三位一体」の教えを説いたと言われており、のちに聖パトリックの祝日にはクローバーを胸に挿すことが習わしとなったことから、この習わしにちなんだ花言葉になったとありました。
 
一方、最後にある怖い花言葉が「復讐」。
 
前にある3つの花言葉、「約束」「幸運」「私を思って」が果たされなかったとき、気持ちは転じて復讐に向かうことからこの花言葉がつけられたようです。
 
聞いてみれば「なるほど」と、納得の意味合い。
 
こうして学ぶに、復讐の念を抱かれないようにとネガティブな発想からではなく、「約束は守る」「相手を敬う」という人として当たり前のことを実践していきたいものです。
 
あっ、そう言われてみれば、ラスカルの歌詞の続きは、「神様ありがとう。僕に友達をくれて🎵」。
 
もしや花言葉と掛けていたのではと、幼少期に聞いた歌に込められたであろう意味に、思いを馳せた次第です。
 
本日は柄にもなく、花言葉を綴ってみました。
 
窓を開けると快晴、そして心地良い風。
 
皆様におかれましては、『やまたけNEWS』を片手に朝食を済ませたのちは、シロツメクサが咲く畦を歩いてみてはいかがでしょうか?

日本人の精神基盤「十七条憲法」

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写真は、ウォーキング中に撮影した昨日夕方の野坂山麓からの風景。
 
田植えが終わり、水が張られた田んぼに映り込む「逆さ野坂」。
 
この時期恒例ではあるものの、古より続いてきたであろうこの風景は、私にとって何とも心が癒される大切なものであります。
 
5月4日(日)にはまさに、この風景にピッタリな「みどりの日」を迎えたところ。
 
また、「国民の祝日に関する法律」第3条第2項によれば、「『国民の祝日』が日曜日に当たるときは、その日後においてその日に最も近い『国民の祝日』でない日を休日とする。」とあり、本日6日は祝日に。
 
ゴールデンウィークも最終日となったところです。
 
そうした決まりから来るため、「祝日」としての5月6日にはあまり意味がないように思える訳ですが、調べてみると、今日はわが国にとって歴史的意味合いがある「十七条憲法」が定められた日だそう。
 
聖徳太子が「十七条憲法 を制定したのは、今から1421年前の推古天皇12年4月3日(西暦604年5月6日)。
 
全17条からなる日本最初の成文法であることは皆が知るところ。
 
聖徳太子は、新しい国のしくみを整えるため、豪族たちの中から能力のある者をとり立て「役人」とし、役人の心構えを示すために、太子自ら定めた憲法であり、「一に曰く、和を以て貴しとなす」の言葉はあまりにも有名。
 
争いごとが絶えない中、聖徳太子が第一条で最初に示したのは人びとの「和」であり、これを含む以下17条は、今でも日本人の精神基盤となっていると言えます。
 
一 以和為貴
二 篤敬三寶
三 承詔必謹
四 以禮為本
五 絶餮棄欲
六 懲悪勧善
七 掌宜不濫
八 早朝晏退
九 信是義本
十 絶忿棄瞋
十一 明察功過
十二 勿斂百姓
十三 同知職掌
十四 無有嫉妬
十五 背私向公
十六 使民以時
十七 夫事不可獨断
 
ネット上には、「十七条憲法 現代語訳」なるものがあり、いくつか調べてみると、第二条では、「仏法僧を大事にしなさい」と定め、政治に仏教を役立てることを示したこと。
 
続く第三条は、「詔はつつしんで受け止めなさい」。
 
詔とは天皇の言葉を表し、つまりは、天皇に従うよう命じるということによって、日本で初めて役人が天皇のもとにまとまり、国づくりに努力するよう定めたこと。
 
さらに、現代につながることとしては第十条。
 
「他人が自分にさからったからとて激怒せぬようにせよ。 人にはそれぞれ思うところがあり、その心は自分のことを正しいと考える執着がある。他人が正しいと考えることを自分はまちがっていると考え、自分が正しいと考えることを他人はまちがっていると考える。しかし自分がかならずしも聖者なのではなく、また他人がかならずしも愚者なのでもない。両方ともに凡夫にすぎないのである。正しいとか、まちがっているとかいう道理を、どうして定められようか。」
 
そして、最後の第十七条は、「物事は独断で決めてはならない。必ず皆で議論すべきである。小さな事は重要でないので、必ずしも皆で議論する必要はない。ただし重要な事を議論する時は、間違いがあることを懸念せよ。そのため皆で議論して判断する時は、物事は道理にかなったものとなる。」。
 
制定当時、中国の律令制度や都市計画などを取り込んでいたものの、争いを繰り返してきた大陸では、統一のため専制君主や絶対君主が必要だったのに対し、日本では集団合議や集団合意で事が運ぶと考え、十七条憲法には和の国家運営、集団主義の理念が明確になっていることが分かります。。
 
同じく大陸では、専制君主や絶対君主を打倒する、いわゆる「血を流す」革命を経なければ個人主義は生まれませんでしたが、日本では千四百年前にはすでに全員がそれぞれに否決権をもつ集団合議制が生まれていて、その後も国家は「万世一系」で連綿と続いてきたことを思えば、わが国の歴史において果たした「十七条憲法」の存在は極めて大きいものと考えます。
 
一国民であり、一地方議員の私の立場において、第一条をはじめ、とりわけ先の第十条や第十七条は肝に銘じておく必要があるもの。
 
本日は、制定から千四百有余年の歴史、聖徳太子が込めた十七条に思いを馳せる日といたします。

節目の「昭和100年」〜祝日法に込められた意味を思う〜

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最大11連休のゴールデンウィーク(GW)に入りましたが、こちらは月曜朝恒例の週頭街宣。
 
いつもの粟野交番前交差点で話しながら観察していると、車の交通量は普段と変わらず、通学する中高生も通常どおりで、GWの雰囲気はあまり感じられず。
 
なお、自転車通学の高校生が横断歩道を渡る間は、街宣を止め、挨拶をしていますが、徐々に返してくれる学生さんが増えてきて嬉しい限り。
 
対面で信号待ちをしている間は、私の話を少しでも聞いてくれていると思い、次代を担う若い彼ら彼女らに響くよう、今後も熱伝導の街宣活動を続けてまいります。
 
さて、日付は変わり、本日4月29日は「昭和の日」。
 
「祝日法」に定められる祝日の中でも、「昭和の日」は異例とも言える変遷を辿っており、昭和前半は「天長節」(1927〜1947年)、その後は「天皇誕生日」(1948〜1988年)、昭和天皇崩御後は自然の恩恵に感謝する「みどりの日」(1989〜2006年)になり、さらに現在の「昭和の日」(2007年〜)と変わりました。
 
こうして変遷を繰り返してきた4月29日ですが、「昭和の日」は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と祝日法に定められています。
 
この「昭和」も今年で100年。
 
しかも「戦後80年」と重なることから、さまざまな思いが交錯するところでありますが、祝日法に込められた意味合いを今一度胸に刻む日にしたいと思います。
 
また、本日は、私にとって意味合いの大きいイベントがふたつ開催されます。
 
ひとつ目は、今年で「96回目」を数える「メーデー」。
 
連合福井が主催する「第96回福井県中央メーデー」は10時から、福井・丹南・嶺南の3会場をオンラインでつなぎ、嶺南会場は敦賀市のプラザ萬象にて開催されます。
 
式典後は、各種アトラクション、飲食ブースなどもございますので、ぜひ参加いただければ幸いです。
 
二つ目は、12時30分より、福井駅西口で行う国民民主党福井県連の「街頭演説会」。
 
党本部からは、玉木雄一郎代表をお迎えするとともに、4月7日に国民民主党公認で次期参院選福井県選挙区候補予定者に決定した「山中俊祐(しゅんすけ)」からも挨拶する予定となっています。
 
とりわけ、玉木代表の生街宣を聞けるとあって、私自身、既にテンションが上がってきていますが、こちらもぜひ多くの方にお聞きいただきたく、敦賀からは少し遠いですが、足を運んでいただければ幸いです。
 

【支援者さんが作ってくれた告知スライド。X上では既に、多くの「行きます!」の声が挙がっていて嬉しい限り。】
 
なお、私は演説会の司会進行役を務めるため、メーデーの式典終了後、福井へ向かうこととしております。
 
この強行スケジュールも北陸新幹線があってこそ叶うものであり、その恩恵を感じつつ、本日はそれぞれ、しかと対応してまいる所存です。

長岡藩と山本五十六の教えを胸に

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北信越市議会議長会のため訪れた新潟県長岡市。
 
「米百俵の精神」で知られる長岡ですが、幕末維新の戊辰戦争の際、長岡藩は、軍事総督・河井継之助の指揮のもと、奥羽越列藩同盟に加盟し、新政府軍と徹底的な戦闘を行い、その結果、250年あまりをかけて築き上げた城下町長岡は焼け野原となり、石高は7万4千石から2万4千石に減らされました。
 
その際、長岡藩の窮状を知った支藩の三根山藩(現新潟市西蒲区)から米百俵が見舞いとして贈られ、藩士たちは、これで一息つけると喜んだところ、藩の大参事小林虎三郎が、この百俵の米は文武両道に必要な書籍、器具の購入にあてるとして売却し、その代金を国漢学校の資金に注ぎ込み、明治3年6月15日、国漢学校の新校舎が坂之上町(現大手通2丁目)に開校したことを由来とします。
 
「この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。国が興るのも滅びるのも、まちが栄えるのも衰えるのも、ことごとく人にある。」「米俵などでは見つもれない尊いものになる。その日暮らしでは、長岡は立ちあがれない。あたらしい日本は生まれない。」と、まさに「国づくりは人づくり」を実践された長岡藩の考えは、今の日本にも当てはまります。
 
また、今でも衆議院議員の方が使う「常在戦場」という言葉。
 
解散はいつあるか分からないため、常に戦いに備えよとの意味ですが、実はこの言葉の由来も長岡藩。
 
「常に戦場にある」の心を持って生き、ことに処すという長岡藩の藩風・藩訓であることを知ったところです。
 
こうして、現世においても、考えの拠りどころとなる理念や精神を有してきた長岡藩(市)ですが、この地に生まれ、有名な次の名言を残した方はどなたかご存知でしょうか。
 
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、誉めてやらねば、人は動かじ」
 
これは、部下を指導する際の基本的な方法を示す名言として、今でも多くの経営者や指導者にも引用されている、大日本帝国海軍 第26、27代連合艦隊司令長官「山本五十六」氏の言葉。
 
なお、この言葉には続きがあり、さらに詳細な指導方法として、
 
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
 
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
 
とあります。
 
また、五十六氏は、「実年者は、今どきの若い者などということを絶対に言うな。なぜなら、われわれ実年者が若かった時に同じことを言われたはずだ。何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。」とも。
 
「米百俵の精神」にも通ずる、こうした多くの言葉は時代を超え、五十六氏の情に熱い人柄を今に残しています。
 
この五十六氏、連合艦隊司令長官に就任後、昭和16(1941)年のハワイ真珠湾攻撃を敢行し、未曾有の大戦の指揮を採ったことから「好戦派」と認識されている方が多いかと思いますが、日米開戦にはあくまでも反対であり、「この身滅ぼすべし、この志奪うべからず」と、わが身の危険を省みず、日独伊三国同盟に断固反対し続けた姿勢は、まさに、人々を愛し、郷土を愛し、慈愛の心を強く保っていたからこそと言われています。
 
明治17(1884)年、儒学者の家系に生まれた五十六氏は、聡明で、中学の頃からベンジャミン・フランクリンを尊敬、猛勉強するなど広い視野をもっていました。
 
戦死時の階級は海軍大将で、昭和18(1943)年にブーゲンビル島(パプアニューギニア)で戦死した後、元師に特進。
 
明朗な性格で、部下や同僚から非常に高い信頼を寄せられた人物で、航空機戦力に早く着目、海軍航空隊設立に尽力し、日米開戦時には「短期決戦・早期和平」という日米間に於ける国力の差を冷静に分析し、現実的な作戦計画を実施しようとしたこと等、旧日本海軍軍人の中でも傑出した名将としての評価は今日でも高く、海外においても広く賞賛されています。
 
昨日は、激動の世紀に、しなやかかつ強い心で生きた山本五十六氏の人間性を、21世紀に語り伝えたいと願い建設された「山本五十六記念館」を訪れました。
 

【長岡駅から約10分ほどにある「山本五十六記念館」】
 
数々の写真や手紙(超達筆)、戦死したブーゲンビル島から返還された航空機の左翼(一部)などの展示物を興味深く拝見した次第です。
 
そして最後に、心に刻んだ五十六氏の言葉はこちら。
 
「国大なりといえども戦好まば必ず滅ぶ 国安らかなりといえども戦忘れなば必ず危うし。」
 
前段はまさに今の世界、後段は戦後80年を迎える日本を見通したかのような言葉。
 
「国づくりは人づくり」の考えと合わせ、山本五十六氏からの教えを深く胸に留め、長岡を後にした次第です。

尽きない探求心と向上心でつかんだ「24年連続勝利」

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世界が注目する「トランプ関税」。
 
9日午後(日本時間10日未明)、トランプ米大統領はSNSへ投稿し、「相互関税」のうち10%を上回る税率部分を90日間、ただちに休止すると発表しました。
 
一方、米国への報復関税を強化した中国に対しては「関税を125%に上げる」と表明。
 
「75カ国以上が米国との交渉に向けて連絡してきた」ともあり、米国に報復措置を講じていない国・地域に対しては、高水準の相互関税を停止するものの、逆に報復してきた国には制裁を課すとのこと。
 
米政権が相互関税と呼ぶ追加関税は、ほぼ全ての国にまず10%を課税し、この基礎部分に加え、米国が抱える貿易赤字が多い国々に個別に算定した税額を上乗せしており、日本には計24%を課していましたが、ひとまず基礎部分のみとなります。
 
各国に、いわゆる「踏み絵」を踏ませた格好ですが、ベッセント米財務長官によれば、これは最初からトランプ氏の戦略だったとのこと。
 
こうなってくると大いに気になるのは米中の「貿易戦争化」ですが、「最終的にはどの国もアメリカに屈する」という、トランプ氏の考えにはやはり懐疑的にならざるを得ません。
 
さて、話題を変えまして、昨日はプロ野球で元気をもらう出来事が。
 
我がタイガースは本拠地甲子園で連敗を喫したものの、現役最年長の45歳、ヤクルトの石川雅規投手がプロ野球新記録となる24年連続勝利をつかみました。
 
150キロが当たり前の世界において、石川投手の直球は何と120キロ台が中心。
 
5回5安打3失点ながら、多彩な変化球を丁寧に投げ込み、粘りの投球で追加点を許さない姿に打線が奮起し、6回に一気5点を奪い逆転。
 
新記録となる白星が舞い込み、石川投手は試合後のインタビューで、「プロである以上は1試合でも多くマウンドに立ちたい。年齢を重ねても、とにかく必死に、必死にやってます」と静かに喜びを語りました。
 

【多彩な変化球を交え粘投する石川投手(日刊スポーツより引用)】
 
ニュースを見るに、昨季1勝にとどまった左腕は、春季キャンプで決め球としてきたシンカーの改良に着手。
 
若手の姿に刺激されながら、「反復練習はすごく大事」と練習量をこなし、尽きない探求心と向上心で先発の座をつかんだとありました。
 
なお、日本プロ野球(NPB)界での史上最年長勝利は、元中日の山本昌(山本昌広)投手が達成した「49歳25日」。
 
山本昌選手は、NPB史上初となる50代での登板を花道に引退するまで「中年の星」と呼ばれましたが、レジェンドの仲間入りをした石川投手はどこまで記録を伸ばし、また何と呼ばれるのか?
 
と同時に、既に50歳を超えた私も立派な「中年」であることを自覚するところですが、石川投手におかれては、こうした偉業を達成した選手を思い浮かべてか、「彼らはだめと思ったことをクリアしている。僕も選手である以上、やっていくのが当然」とコメント。
 
モチベーションとするのは、あと13勝に迫った「通算200勝」。
 
達成に向け応援するとともに、自ら課した使命に挑戦し続ける姿に刺激を受けた次第です。

自分や大切な人の健康を祈る「小寒」

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最大9連休となった年末年始。
 
年末の帰省ラッシュから、今度はUターンがピークを迎え、JR西日本によると、4日の敦賀発東京行き北陸新幹線の指定席は始発から全便が予約でほぼ埋まったほか、金沢または敦賀発の「はくたか」9本のうち5本で自由席乗車率が100%を超えた(同日午後4時現在)とのこと。
 
北陸新幹線敦賀開業から初めて迎える年末年始でしたが、ふる里で過ごした家族や友人との時間、或いは郷土料理やおふくろの味で感じた優しさや癒し、また迎える側も同じく、子や孫の成長を喜び、エールを寄せるなど、様々な思いを乗せて走る新幹線。
 
言わば、北陸新幹線に乗るとふる里を思い出す。
 
単に高速交通網としての乗り物としてではなく、これからは皆さんの思い出と新幹線が紐づくことになるんだなぁと、感慨深く思った次第です。
 
さて、連休最後の今日からは、二十四節気の「小寒」に入ります。
 
小寒とは文字どおり「寒さがまだ小さい」という意味を表す言葉であり、小寒の初日を「寒の入り」というように、冬の冷え込みが徐々に厳しくなってくる季節。
 
なお、一年のなかで寒さがもっとも厳しくなる次の節気「大寒」とをあわせた約30日間は「寒の内」と呼ばれます。
 
小寒の時期には寒中見舞いを送り、七草粥や小豆粥を食べて、自分や大切な人の健康を祈りながら過ごすのが風習だそうで、ひとつでも生活に取り入れることで、季節を感じてみてはいかがでしょうか。
 
自分はといえば、寒さに負けじと年明けから再開したのがランニング(ジョギング)。
 
50歳を過ぎて、健康管理のためと言えば聞こえは良いのですが、理由は「ふっくら」してきた顔や身体を絞るため。
 
「健全な精神は健全な身体に宿る」とも言うとおり、身体を動かすと気持ちもスッキリするもの。
 

【昨日は小雨降るなか「カッパRun」。野坂の麓から敦賀湾方面を見る。】
 
これで「3日坊主」は過ぎましたが、自分を律するというストイックな目的だけでは辛いもの。
 
小寒、大寒もさることながら、自然の中で身体を動かすことで、二十四節気の季節の移り変わりを感じ、楽しみながら、まずはこの一年続けていきたいと思います。
 
皆様方におかれましては今後、私の容姿に変化があれば「効果あり」、なければ「叱咤」の声を掛けていただければ幸いです。

令和6年も大変お世話になりました

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27日から実施していた、町内の年末特別警戒パトロール。
 
ここまで雨続きでしたが、最終日の昨日は「終わり良ければすべて良し」と思える好天。
 
星が輝く夜空のもと、皆さんと気持ち良く活動することができました。
 

【家を出るとこの夜空。お天道様に感謝した次第。】
 
年末特別警戒に関しては、防災部員の皆様の丁寧な声掛けに加え、住民の方々が「4日間のうち1度は参加を」との呼び掛けに応じていただいた結果、述べ参加人数は200名超え。
 
昨晩は2組の親子連れにお越しいただくなど、こうして世代を超えて、多くの町民が参加し、防火・防災意識を高めることはまさに「共助」につながる「防災力」であり、今後も住民の皆さんと協力し、わが町の「地域の力」を高めるため、汗をかいていきたいと思います。
 
さて、今日は大晦日。
 
令和6年もいよいよ終わりです。
 
元日の能登半島地震から始まった令和6年。
 
被災した能登の復旧は今なお続いていますが、敦賀でも震度4、津波警報が発表され、自然災害の恐ろしさを目の当たりにするとともに、「災害に備えるまちづくり」の重要性を一層認識。
 
自身も、3月定例会の一般質問で取上げました。
 
3月16日には、半世紀に亘る悲願であり、敦賀にとって「歴史の転換点」となる「北陸新幹線開業」を迎えました。
 
観光入込客の増加はあるものの、いま敦賀市が進めているよう、今後は「開業効果」から真の「新幹線効果」へ取組むことが肝要。
 
歴史から学ぶ敦賀の盛衰は、鉄道や港が「独占状態」にあるかないかがポイントであり、北陸新幹線「敦賀以西」の延伸やリニヤの東京ー名古屋間開業など、今後の高速交通網発展までに何をするかが極めて重要と認識するところ。
 
また、私ごとでいえば、6月定例会において副議長に推挙いただき、これまでと違った役割のもと、議会運営に携わることに。
 
議会は「言論の府」であり、全体の奉仕者として、さらには市民の規範となるような言動が求められる立場において、正副議長はその中でも最たる責務を担っているとの思いのもと努めていますが、市民の皆様にはどう映っているか。
 
引き続き、自分自身を律するのみならず、議会全体があるべき姿となるよう尽力してまいります。
 
政党活動においては、10月に行われた衆院選にて、所属する国民民主党が7議席から28議席へと大躍進。
 
直近の政党支持率では14%と、全体の2位に浮上しているところですが、これは「103万の壁」引上げに代表されるよう、国民の皆さんとお約束した選挙公約の実現に実直に取り組んでいるものであり、決してパフォーマンスではないと自負するところ。
 
少数与党であるか否かに関わらず、旧来の批判やスキャンダル狙い、いわば「足の引張り合い」の政治から、「政策主導」「政策論争」の政治に変わりつつあるものであり、これぞ本来あるべき「国家、国民のための政治」。
 
一所属議員、一地方議員で微力なれど、国民民主党のさらなる党勢拡大が日本を、地域を良くすると思い、活動を継続していきます。
 
プライベートに関しては、先に挙げた地域での活動はもとより、市民歴史団体「気比史学会」、夏は「敦賀港カッターレース」の事務局を担い、それぞれ大いに学び、また感動があった次第です。
 
そして何といってもこの一年、健康で充実した年を送れたのも、地域の皆さん、仲間の皆さん、家族の支えがあってこそ。
 
お世話になったすべての皆様に深く感謝申し上げます。
 
昨日は、去り行く一年を思うかの夕日。
 
思えば、こうした郷土の風景にも元気づけられました。
 
雄大な景色、自然を思えば、つくづく人間は生かされていると思う次第。
 
一年の終わりにこの風景に出会えたことにも感謝をし、令和6年最後のブログといたします。
 
拙い日々のブログをご覧いただいた皆様、本当にありがとうございました。
 
それでは皆様、良いお年をお迎えください。
 

【昨日の夕日。沈みゆく太陽はまた昇る。人生の如き。】

民社の理念「自由・公正・友愛」の精神絶やすことなかれ

ブログ 人生観

年の瀬に悲しい知らせ。
 
敦賀市議会議員(4期)、福井県議会議員(1期)を務められた安居喜義(やすいきよし)さんが昨日、逝去されました。
 
享年79歳。
 
市議時代は東洋紡労組、県議では連合福井の推薦を受け、働く者の立場から政治の場でご活躍され、晩年は地元で農作業などに勤しまれていました。
 
私と安居さんとの関係については、父が東洋紡労組の役員であったことや、私自身、安居さんが議員時代にちょうど、嶺南地区友愛会(その後解散)事務局長や原電総連敦賀総支部長、連合福井嶺南地域協議会(当時は敦賀美方地域協議会)の役員を務めていたことから、様々な場で近しくお話しさせていただき、多くのご指導を賜ったところ。
 
議員になってからは礼を欠いてしまい、小河のご自宅には選挙前しかお伺いできませんでしたが、お会いするといつも笑顔で、「山本君、元気に頑張っとるか」とお声掛けいただいたことを思い出します。
 
こうして80歳を前に逝去されたことは誠に残念でなりませんが、生前を偲ぶとともに、市政、県政発展にご尽力いただいたことへの心からの敬意と感謝を込めて、哀悼の意を表する次第です。
 
安居さん、今まで本当にありがとうございました。
 
安らかにお眠りください。
 
さて、世間一般的には本日、仕事納め(役所関係は御用納め)。
 
一昨日は、西浦(名子)で今年最後となる辻立ちを行いましたが、その日は気温4℃ながら、久々に青空が広がる天気のもと、年末のご挨拶の気持ちを込めて活動したところ。
 

【今年最後の辻立ちに思いを込めて】
 
この日の相方からは、「今年のラストが僕で良かったです!」と嬉しい言葉もいただきましたが、今年も一年、毎週一緒に立ち続けてくれた仲間の皆さんに感謝した次第です。
 
改めて、労組の仲間を思えば、先の安居喜義さん、故山根徳男さん(元県議、同じく東洋紡労組)は、旧同盟・旧友愛系の労組出身で、政治の場においては民社の系を継がれた方。
 
敦賀ではいま、その血を汲むものは私しかいませんが、ここで民社の系を絶やす訳にはいきません。
 
民社の理念である「自由・公正・友愛」の精神に基づき、建設的かつ現実的な政策実現を通じて、平和で豊かな国づくり、地域づくりを目指すとともに、理念を共有する仲間を一人でも増やす。
 
そんな思いを誓う、仕事納めの日の朝。
 

【一昨日朝の景色。安居さん安からに。合掌。】

「主観的な幸せの実感(ウェルビーイング)」を考える

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昨日は、福井県嶺南振興局共創文化創出事業の一環「REINANゆるピッチコンテスト」で採択された、養生デザイン(敦賀市)の「※ウェルビーイングや幸せの実感を高める事業」の取組みにお声掛けいただき参加。
 
※ウェルビーイング(Well-being)とは?
well(よい)とbeing(状態)からなる言葉。世界保健機関(WHO)では、ウェルビーイングのことを個人や社会のよい状態。健康と同じように日常生活の一要素であり、社会的、経済的、環境的な状況によって決定されると紹介しています。
 
こちらは、8月に東京渋谷のQWSで行われたワークショップ「北陸新幹線の終着駅から考える、地方ビジネスの可能性とは?in SHIBUYA QWS」にて、養生デザインが提案したプランをブラッシュアップする観点から、8月のワークショップに参加された方に実際敦賀にお越しいただき、地元の様々な職種の皆さんとともに、「ウェルビーイングツーリズムを入口にしたウェルビーイングな働き方と経営へ導く提案になるのか」をテーマにフィードバックするというもの。
 

【養生デザインからのプレゼンの後、皆で意見交換しました】
 
事業の軸を「身体のサインをひろう」、「健康をデザインする」に置く養生デザインが考えるウェルビーイングツアーとは、いま在る暮らしや日常を大切にし、健康について知ることによって自分の身体に気付く+他のコンテンツを結びつけ、付加価値とすることで、より高い意味合い、関係者とのより広いつながりを目指すものであり、他の参加者と意見交換する中で私自身、大変勉強になった次第です。
 
私は、約3時間のフィードバックセッションのみの参加でしたが、その後ご一行様は若狭町に移動しお食事、本日は嶺南地域をフィールドワークされるとのこと。
 
「雪が降るかも」という天気回りではあるものの、まさに「北陸の冬の日常」を実感いただくことで客観的な気付きやヒントをいただくとともに、何より安全に行程を進めていただくことを願う次第です。
 
さて、「ウェルビーイング」や「幸せ」に関していえば、「全47都道府県幸福度ランキング2024年版」(一般財団法人日本総合研究所編)において、福井県が総合1位と10月に発表。
 
幸福度ランキングとは、一般財団法人日本総合研究所が、一人あたり県民所得などの基本指標と分野別指標(健康、文化、仕事、生活、教育)など全85指標により都道府県の幸福度を算出するもので、福井県はなんと、2014年版、2016年版、2018年版、2020年版、2020年版に続き、6回連続の「幸福度日本一」。
 
繊維・眼鏡などのものづくり産業を中心に安定した雇用環境があり、失業率が低く、働く女性や高齢者の割合が高いことや子どもたちは家族や地域に見守られながら安心して勉強や運動に打ち込める環境があり、学力・体力の高さにつながっていること。
 
こうした環境で育った優秀な人材がまた福井県を支えるという好循環が、「幸福度日本一ふくい」の基盤になっていると評価されています。
 

【「全47都道府県幸福度ランキング2024年版」における福井県の評価】
 
一方、全47都道府県幸福度ランキングの調査結果は、各種客観指標による客観的幸福度を統計データから数値化したものであり、県民一人ひとりの主観的な幸福感、すなわち主観的ウェルビーイングを県民に尋ね反映したものではないことに留意が必要であることも背景に、福井県では、こうした客観的な幸せ指標に加え、主観的な幸せの実感(ウェルビーイング)を高める取組みにも力を入れており、幸福度日本一の福井県と一緒に、幸せ実感・ウェルビーイングの向上に向けた「幸せ実感プロジェクト」に取り組んでいただける企業、大学、公的機関を募集するところ。
 
なお、世界の幸福度に関する潮流を捉えると、人々の幸福・幸せへのアプローチのメインストリームは、主観的ウェルビーイングの測定にあり、昨今、様々な国際機関・国・地域にてその実践が見られています。
 
また,「全47都道府県幸福度ランキング2020年度版」では、幸福度ランキングの進化として「自らの行動による幸福実感」をメッセージに掲げ、客観的指標だけでは捉えることのできない、主観的なウェルビーイングの重要性にも言及していることなども踏まえ、福井県では「県民ウェルビーイングに関する調査」を行なっています。
 
調査は、福井県在住の満18歳以上の住民基本台帳から福井県内市町の人口割にて無作為抽出した3,000人を対象、2022年10月28日から11月18日までの期間で実施。
 
福井県立大学が、本調査結果を考察した研究論文『ウェルビーイングの視点からの福井県の地域づくりの課題と可能性』のまとめには、以下のようにありました。
 
「主観的ウェルビーイング度と居場所と舞台の実感に関しては、正の相関関係が見られた。県民が心身の健康と社会のつながりを実感しよりよく生きるために、居場所と舞台という二つの場の重要性を確認することができた。今回明らかになった「仕事」分野と「文化」分野の課題に対しても、居場所と舞台という場づくりは「仕事」分野では、働く環境・職場において、ほっとできる居場所や自分らしく活躍できる舞台。また「文化」分野においては、文化芸術活動を通じてともに居合わせる居場所や自己表現ができる舞台と効果が期待される具体的なアプローチである。居場所と舞台という2つの場の概念は、ウェルビーイング社会に向けた媒介目標としての展開可能性を有していると考える
 
 →ウェルビーイングの視点からの福井県の地域づくりの課題と可能性(研究論文:福井県立大学)
 
個のみならず地域社会全体で取り組む今後のキーワードは「ウェルビーイング」ではないかと。
 
養生デザインの取組みの進化、深化を祈念しつつ、昨日は自分自身も意識転換を図る、契機の日となった次第です。

「努力の天才」が日本歴代3位で優勝

ブログ 人生観

公務のない日曜日。
 
所用を済ませた後は、常に頭にありながら後送りしていた書類の作成やタイヤ交換など、身の回りのことで時間を過ごしました。
 
今年も冬支度の季節になったかと思えば、はや12月。
 
一年が本当に「あっ」という間と感じたところですが、月並みな言葉ではあるものの、悔いなき一年にするためにも、残り1ヶ月も一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。
 
さて、「ながら仕事」で知った情報となりますが、書類を作成しながらチラ観していたのは「福岡国際マラソン2024」。
 
私にとって、福岡国際マラソンといえば、瀬古選手が爆発的なラストスパートでイカンガー選手を制した、あの時の記憶が蘇ってくる訳ですが、その後も数々のドラマを生んだ日本有数の大会。
 
その大会が昨日、福岡市の平和台陸上競技場発着で行われ、吉田祐也(GMOインターネットグループ)が日本歴代3位となる2時間5分16秒で制しました。
 
終盤独走となるなか、最後までスピードは衰えることのない圧巻の走りであり、来年9月の世界選手権東京大会の参加標準記録(2時間6分30秒)も突破。
 
初の代表入りにも前進しました。
 

【見事な走りでゴールテープを切る吉田祐也選手】
 
なお、青学大で競技をやめる予定だった吉田選手は、4年時の2020年2月の別府大分マラソンで2時間8分30秒をマーク。
 
一般企業の内定を辞退し実業団に進み、同年12月の福岡国際で日本歴代9位(当時)の2時間7分5秒で優勝。
 
以降は振るわなかったものの、今年2月の大阪では2時間6分37秒と自己ベストを更新して4位となるなど、復調の兆しの中迎えた今回の大会とあって、レース後の場内インタビューでは「2020年に初優勝してから、この4年間は本当に辛かったことや悔しかったことがあまりにも多すぎて…」と号泣。
 
「目標から遠ざかっていく自分がいまいましくてならなかったんですけど、たくさんの方が支えてくれたから、今こうしてこういうレースができたと思います」と深々とお辞儀したシーンが印象的であり、走りでお返しした吉田選手に思わず拍手を送った次第です。
 
また、レース中から何度も、吉田選手のことを「努力の天才」と呼んでいたのは恩師の青学大・原晋監督。
 
テレビ中継で解説を務めた原監督も感激し、レース後「本当に涙が出ますね。感動します。私の1番の嬉しさは教え子が活躍してくれていること。本当に、努力の天才なんですよ、彼」と惜しみない賛辞を送りました。
 
まさに「努力は裏切らない」を形で示したレースに、元気付けられた方も多いと思いますが、私もその一人。
 
この後テレビを消し、書類作成のペン(タイプ)が走ったことは言うまでもありませんが、例え花咲かずとも、自分の目標や目的に向かってコツコツと、日々努力を重ねることは必ずや人生の糧になる。
 
改めて、その思いを強くしつつ、一夜明け、本日は月曜日。
 
週はじめ恒例の街頭活動に、今から出掛けてまいります。

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