2025年1月2日
ブログ 敦賀の歴史・文化
昨年の能登半島地震の記憶が新しいだけに、何事も起こらず、元日を健やかに過ごせたことに安堵するところ。
テレビでは、大勢の初詣客で賑わう全国の寺院の様子が映し出されていましたが、歴史・伝統の重みを感じたのは伊勢神宮。
伊勢神宮では昨日、社殿を20年に1度建て替える令和15(2033)年の第63回式年遷宮に向けた準備や行事を行う「神宮式年造営庁」を、同市の神宮司庁内に設置したとのこと。
造営庁は、7部4室15課で構成され、8日には神宮司庁の職員など約600人に辞令が交付されるとあり、今後は遷宮に用いる1万本以上のヒノキ材の調達や、殿舎の建造、約1600点に上る装束や神宝の調製を進めるほか、33の祭事や行事を執り行うとありました。
なお、内宮、外宮の社殿をそれぞれ隣接する敷地に建て替え、神宝なども新調する式年遷宮は1300年の伝統があり、前回の遷宮は平成25年10月。
8年後に向けて、これだけ多くが動員されて行うことの重大さ然り、1300年もの間、連綿と行事が続いていることを尊く思う次第です。
さて、私も昨日は、家族4人揃って氣比神宮を参拝。
消防士の長男は、大みそかに発生した美浜町丹生での火災対応(人的被害はなし)により、元日朝までの予定であった勤務が、午後になって帰宅。
消防や警察に加え、インフラ産業に従事される皆様におかれては、まさに盆正月も関係なく献身的に対応いただいており、長男にも慰労の声を掛けたところですが、であるが故、こうして安全且つ安心して暮らせていることに感謝したところです。

【大勢の参拝客で賑わう氣比神宮大鳥居前】
この気比神宮。
これまでのブログで幾度もご紹介していますが、改めて、伊奢沙別命(いざさわけのみこと)、仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、応神天皇、玉姫命(神功皇后の妹)、武内宿禰命(すくねのみこと)の七神を祀る気比神宮は、文献上『日本書紀』に初見、『古事記』にも記載があるもの。
『敦賀の歴史』(敦賀市史編さん委員会)によれば、奈良時代になると氣比神の地位の上昇が目立ち、天平3年(731)には従三位という神階となりますが、その背景には、当時の国際情勢、即ち新羅との外交関係の緊迫に対し、ツヌガアラシトの笥飯浦への来着など、朝鮮半島との関係が深い氣比神の加護により、新羅との緊迫関係を乗り切ろうとしたことにあったとされます。
宝亀元年(770)には、伊勢神宮や能登国の気多神などと並んで、氣比神への奉幣が行われますが、これも唐の不安定な状況や、出羽国を中心とした蝦夷の反乱などと関わる措置であり、このように気比神は、日本海岸の守護神として国家的祭祀を受けるようになった。
その後、平安時代に入ると、先のNHK大河ドラマ『光る君へ』で登場した「松原客館」を監督していたのは氣比神宮司であったことにあるよう、貞観元年(859)には従一位となり、寛平5年(893)までには正一位勲一等になるなど、日本海側の中心的な航海安全の神として、最高位に達した気比神は、越前国一宮、さらには北陸道総鎮守といわれ、北陸道諸国の信仰を集めるようになったと『敦賀の歴史』は結んでいます。
また、『敦賀の歴史探訪』(糀谷好晃氏編著)には、「平成14年(2002)秋、祭神合祀1300年の式年を斎行しており、悠久の歴史を誇るその諸事蹟は誌面では尽くせないほど多事多彩である」と氣比神宮を表現しています。
「けいさん」或いは「けえさん」と市民から呼ばれる、敦賀の象徴であり、親しみと畏敬を込める「氣比神宮」。
古より、国際港を有する全国屈指の交通の要衝であった背景も誇りに、末永く継承されますよう願う次第です。
2025年1月1日
ブログ 政治
新年あけましておめでとうございます。
新たな年を健やかにお迎えになられましたこと心よりお喜び申し上げます。
皆様にとりまして、ご健康とご発展、そしてご多幸に満ちた年となりますようお祈りいたします。
私自身は、「活動の原点は地域と職場の声にあり」の基本姿勢を忘るることなく、日々コツコツと精進してまいる所存ですので、引き続きのご支援ならびに叱咤激励をお願いいたします。
また、今日で能登半島地震から1年。
石川県輪島市では遺族や石破総理が参列し、令和6年能登半島地震・令和6年奥能登豪雨犠牲者追悼式が行われます。
あの時からはや1年かと、時の過ぎゆく速さに驚くところですが、地震発生時刻の4時10分には黙祷を捧げるとともに、復旧から復興へと、被災された方々が一日も早く元の生活を取り戻すことを強く願う次第です。
さて、元日に何を書くべきか考えましたが、政治に携わるものはやはり、年初に国家観をしっかり持つことが重要と思い、以下記載いたします。
2024年は「超選挙イヤー」と言われたとおり、1月には台湾総統選、3月のロシア大統領選、4月の韓国議会総選挙に11月の米大統領選など、少なくとも世界80カ国で大統領選挙や総選挙が行われました。
それに比べると2025年の選挙カレンダーは空きが目立つものの、それでも数十カ国で選挙が行われる予定であり、リヒテンシュタインやマラウィのような小国もあれば、フィリピンやドイツのような重要国まで。
なお、「超選挙イヤー」の事実上フィナーレとなったアメリカ大統領選挙は、事前の「世紀の大接戦」予想を覆し、トランプ氏の圧勝で終わりましたが、しばしば言われるように、トランプ氏が大統領になってトランプ現象を作ったのではなく、社会のトランプ化がトランプ氏という政治家、大統領を誕生させたという解釈もあるよう。
いわゆる「トランプ化」とは、自国第一主義、ポピュリズム、民主主義の後退と権威主義的傾向、移民排斥、さらに反多様性、反エリート主義なども指摘される訳ですが、これがアメリカのみならず、今や世界の潮流、趨勢ともなりつつあることを示したとも言われています。
とりわけ、自国第一主義に関しては、台中関係、ウクライナ戦争の行方、中東情勢にもどう影響するかに世界の注目が集まると同時に、日本の安全保障にも深く関わるところ。
仮にウクライナ戦争が停戦などに至った場合、ロシアの視線は極東方面に向かうことも想定しておくべきであり、松尾豪氏(エネルギー経済社会研究所 代表)のXポストによれば、「ロシアから漏洩したロシア軍の極東攻撃計画によると、自衛隊関連施設だけでなく、発電・原子力関連施設(中部電力浜岡原子力発電所や日本原燃六ケ所再処理施設と思われる)も標的に含まれているという。」とあることからも、現実として認識しておかねばなりません。
そうした中、石破総理はまだ、トランプ氏とは電話で5分話しただけの状況であり、世界が不確実性を増し、予測不可能が常態化するやも知れない2025年を迎えるにあたり、石破総理は早期に確たる存在感を示さないと、トランプ氏の視界から容易に消えてしまうのではないか。
ウクライナや中東の戦争から痛感することは、安全保障はわが国の独立と繁栄の基盤であるということ。
日本は今年、「戦後80年」という節目を迎えます。
敦賀においても、昭和20(1945)年7月12日を皮切りに3度遭った空襲の被害や戦争の悲惨さを後世に語り継がねばならないことは言うに及ばず、大東亜戦争(太平洋戦争)について、中国や朝鮮半島、左派からの史実を踏まえない誹謗に気概を持って反論しなければ、自虐史観から脱することはできないばかりか、自らの命と引き換えに、日本の歴史やこの国を懸命に守り、生きた日本人の名誉は守れないと考えるところ。
日本政府や政治家は「自分の国は自分で守る」気概をもって、「戦後80年」という時代感と昨今の情勢に応じた安全保障、そして憲法改正を行うべきであることが、私自身の国家観であることを申し上げ、年初のブログといたします。
なお、この考えを一人でも多くの方と共感できれば幸いです。

【今年で皇紀2685年。万世一系で続くわが国を誇りに。】