3月定例会に向け議会運営委員会を開催

ブログ 敦賀市議会

強い冬型の気圧配置により、嶺南では大雪・波浪警報、風雪・雷・なだれ・着雪注意報とありとあらゆる警報が発報されている状況にありますが、今朝起きて見ると雪の深さは15cm程度。
 
とは言え、この降雪に備え、パトロールや除雪対応などにあたっておられる市の担当職員の皆さん、関係する企業の皆さんには感謝申し上げるところです。
 
中日本高速道路は、雪の影響に鑑み、昨夜19時から、北陸自動車道上り線の武生IC〜木之本IC間、下り線の長浜IC〜武生IC間、さらには舞鶴若狭自動車道上下線の敦賀JCT〜若狭高浜IC間を通行止めにすると発表。
 
この暴風に雪では路面凍結、ホワイトアウトなどの可能性もあり、今回の早期通行止めは納得できるもの。
 
いずれにしても、以前に市の道路河川課さん、中日本高速道路さんにヒヤリングした通り、精度の高い気象予測に加え、長年積み重ねてきた経験を踏まえ安全最優先で対応の判断をされているとのことであり、こうした事例のひとつ一つを積み重ね、検証を続けていっていただきたいと考えます。
 
さて、そんな嵐のような風が吹く昨日でしたが、敦賀市議会は令和3年第1回定例会(以下、3月定例会)召集の告示日。
 
これを受け、議会運営委員会が開催され、3月定例会の運営について確認を行いました。
 

 
2月24日に開会となる今定例会には、市長提出議案として、令和3年度一般会計予算を始めとする予算議案19件、条例制定・改正議案17件、市道路線認定など、その他3件を含む計39議案、B議案(議員提出議案)として、新一般廃棄物最終処分場及び新清掃センターの整備に関することなどを調査するための「廃棄物対策特別委員会の設置の件」について議案提出がされます。
 
また、常任委員会の任期2年を経過することから、先に行われた会派代表者会議にて各委員選出の手続きが行われ、本委員会においても結果の確認がされました。
 
私のほうは、特別委員会の所属が変わり、以下の委員会所属となりました。
 
◉議会運営委員会(継続)
◉予算決算常任委員会(議長を除く全議員が所属)
◉産経建設常任委員会(継続)
◉新幹線対策特別委員会(変更)
◉広聴広報委員会(継続)
 
なお、この日は、以前より議長からの諮問を受け検討を続けてきておりました「議員定数」について、議長宛の答申書(案)を確認しました。
 
前回の委員会の場において、「削減」、「現状維持」、「削減と現状維持の両論併記」と各会派の意見は最後まで交わることがないとの判断のもと、答申書は「両論併記」とする旨の合意形成までは行いましたが、文面を拝見するとやはり、多数決までは採らなかったにせよ、多数意見は「削減」であったことを人数で記載すべきではないかなどの意見が出されました。
 
私からは、今回「両論併記」とするにせよ、議論の視点、アプローチを変えて、そもそも論の「敦賀市議会はどういう議会を目指すのか」の視点に立って再議論すべきであり、そのことによって必然的に人数は決まるとの、以前より主張していることを再度発言したうえで、本委員会としてその方向性(継続審議)を持っているのであれば、そのことは答申書の内容に盛り込むべきと提案させていただきました。
 
委員長からは、「あくまでも答申書は、議長からの諮問(議員定数検討)に対するものである」ことから、意見の内容を書面に書くことは相応しくないが、次期議会運営委員会において、提案主旨に則り検討を継続されるよう「申し送り」するとの回答をいただき、自分としては納得した次第。
 
以前にも申し上げましたが、切っ掛けは敦賀市区長連合会さんからの定数削減要望にあるかもしれませんが、この問題は議員ひとり一人が敦賀市議会とはどうあるべきか、単に削減・現状維持の議論ではなく、議会が果たすべき①行政監視機能、②意見集約機能、③政策提言機能の3要素を最大限発揮し、議会力を向上させるためにはどうあるべきかを真剣に考え、自ら答えを出すべきとの考えに変わりはありません。
 
幸い、私は議会運営委員会に継続して所属することになりましたので、その点、心して新たなアプローチでの検討、議論に臨みたいと思います。
 
さて、早いもので、この定例会が終われば、4年任期も折り返しとなります。
 
マラソンで言えば、ここからが勝負。
 
この2年間で培った経験をベースにするしかありませんが、難局の中においても、俯瞰的・長期的視点を忘るることなく、この敦賀市がますます魅力的で活気をもって持続的発展できるよう、精一杯頑張っていきます。
 
皆さまにおかれましては、遠慮なく叱咤激励などいただき、是非私を使っていただけますよう重ねてお願いし、本日のブログを閉じさせていただきます。

安心と備えに不可欠な「迅速で正確な情報発信」

ブログ 新型コロナウイルス

日本で初めて型コロナウイルス感染症のワクチンが承認され、いよいよ今日(17日)から医療従事者への先行接種が始まります。
 
今回のワクチンは米製薬大手のファイザー社製ですが、他社製が承認されればそれらも含め、国内の16歳以上の日本人、外国人合わせて1億人余りが無料接種の対象となり、これほど多くの人々への接種事業は日本の歴史始まって以来とのこと。
 
菅首相は国会の場において、ワクチン接種について「感染対策の決め手」「国家最大の課題」と位置づけ、「全ての国民に安心して接種していただける体制を構築することが国の責務だ」と述べてきています。
 
新型コロナウイルス感染の収束に向けた国民の期待と光は、まさにこのワクチン接種にあると言っても過言ではなく、首相の言葉を現実のものとして国民の命と暮らしを守るべく、政府や自治体、医療機関などの関係者などが強固な連携のもと、円滑かつ迅速な接種実施に向け全力を尽くしていただくとともに、地方議員はそのことをしかと確認していかねばならないと思う次第です。
 
さて、その新型コロナウイルスに関して、昨日16日、福井県内では2月13日以来の新規感染者との発表がありました。
 
県の発表では、新たに感染が確認されたのは、敦賀市の50代女性。
 
この女性が粟野保育園に従事する保育士さんであったことも踏まえ、敦賀市においては、夕刻に新型コロナウイルス感染対策本部会議を開催し、情報共有するとともに、園ならびに関連する放課後児童クラブの取扱いなどについて対応を確認、内容を敦賀市ホームページに公開しています。
 
 →→→市ホームページの新型コロナウイルス感染情報はコチラ
 
ホームページ公開情報の内容については、概略以下の通りです。
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◉2月16日、粟野保育園に勤務する本市職員が新型コロナウイルスの検査により、陽性であることが判明しました。
◉そのため、粟野保育園、関連の放課後児童クラブを一時休園とし、消毒作業を実施します。
◉また、関係職員のPCR検査を実施し、感染拡大防止に努めます。
◉当該保育園の一時休園を決定(期間は未定)。保護者に連絡し、登園している園児の引き取りを依頼、園内の消毒の実施。
・関連の放課後児童クラブについても閉所(期間は未定)。
・当該保育園及び関連の放課後児童クラブに勤務する職員のPCR検査受検、自宅待機を指示。
・二州保健所の疫学調査に必要な資料を提供。
 
◉感染者・濃厚接触者や、診療に携わった医療機関・医療関係者その他の対策に携わった方々に対して、誤解や偏見に基づく差別を行わないよう、また、当該保育園への問合せは控えていただきますよう御協力願います。
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このうち、園児のPCR検査に関しては、15、16日に登園した112名を対象とするとのことであり、小さいお子さんだけに対応に苦慮されることが想定されます。
 
いずれにしても、濃厚接触者を含めた速やかな検査実施などにより、さらなる感染拡大につながらないことを願うばかりです。
※(投稿後追記)当該保育園及び関連の放課後児童クラブに勤務する職員(対象者32名)の検査結果は、「全員陰性」との報告あり。
 
また、今日からはコロナ感染に加えて、大荒れの天気にも警戒する必要があります。
 
一昨日夜半あたりから、大型台風さながらの低気圧により、敦賀でも家が揺れるほどの風が吹いておりますが、今朝方届いた敦賀市緊急情報「トンボメール」には、福井地方気象台が、波浪警報、風雪・雷・高潮注意報を発表したとあります。
 
また、併せて市のホームページでも、大雪による交通機関への影響も含め、注意の呼び掛けを行っています。
 
→→→市ホームページでの呼び掛けはコチラ
 
仕事のある方は致し方ないにせよ、今日一杯は、コロナと同じく「不要不急」の外出をお控えいただいたほうが宜しいかと思います。
 
こうして思えば、新型コロナ、自然災害に備えるという点で共通するのは「迅速で正確な情報発信」。
 
裏を返せば、「発信しない」のは論外として、「遅くて不正確な情報」は混乱と不安を招く以外の何者でもありません。
 
そうした観点で見れば、敦賀市のトンボメール、ホームページ情報はある程度タイムリーに、正確な情報をもとに市民の皆さんへ注意を呼び掛けることが出来ているものと評価するところであります。
 
「ホームページだと見に行かないと分からないじゃないか!」とお叱りを受けるかもしれませんが、情報源の拠り所を作っておく、即ちこうした災害の際に「ここを見れば分かる」場所を常日頃から設けておくことが重要とすれば、やはり市の公式ホームページが一番なのかと思う次第。
 

【敦賀市のホームページ。見やすさ、親しみやすさについては若干ご意見があるところですが、内容は改良・充実されてきているものと評価しています。】
 
後は、情報拠点をtwitterなどのSNSにどこまで軸足を置くかということでありますが、ここは市役所の人的資源(災害時は特に)とも照らし合わせ、検証をしながら充実・拡大していくべきかと思います。
 
来週から始まる3月議会では、私、代表質問の機会を与えていただいておりますので、この「防災」に関しても思うところをしっかりと確認していきたいと考えます。
 
このブログをお読みいただいている方で、日頃お感じになられていることなどご意見等ある方がいらっしゃいましたら是非、メールなどにて連絡いただければ嬉しく思います。

「順理則裕」の企業理念とともに。時代を見据え進化する「TOYOBO」

ブログ 働く仲間とともに

NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公であり、2024年に変更される新一万円札の顔となる人物といえば、「資本主義の父」と呼ばれる「渋沢栄一」氏。
 
そして、その渋沢栄一氏が、「東洋一の紡績会社」を目指し、「順理則裕」の企業理念を掲げて設立されたのが「TOYOBO(東洋紡)」であります。
 
「順理則裕」(理に従えば、すなわち裕かなり)とは、人としてあるべき倫理観や合理性、論理性を表し、TOYOBOの発想の基はここにある。
素材メーカーから、未来の暮らしをつくるメーカーヘ。
TOYOBOは変わり続けます。
 
と企業パンフレットにも書かれている訳ですが、そうした企業理念を忠実に守り、TOYOBOの前身の「大阪紡」(1882創立)から数えれば、140年近くの歴史を持つ東洋紡敦賀事業所に昨日はお伺いしてまいりました。
 

【応接室に掲げられた、渋沢栄一氏直筆の「「順理則裕」」の文字。敦賀事業所のものはレプリカで、本物は大阪の本社にあるとのこと。】
 
お伺いするメインの目的は、東洋紡の労働組合さんより市政報告会にお招いたことにある訳ですが、そのことを耳にした事業所(会社側)さんから報告会の前に説明の場を設けていただけるということで、同会派の今川博議員とともにお伺いした次第。
 

 
コロナ禍により、工場見学までは出来ませんでしたが、事業所説明においては、パワーポイントでの机上説明に加え、「N Room」と呼ばれる展示室にて事業所ヒストリーのパネルや製品の実物を見学するなど、充実した説明をいただきました。
 

【展示室「N Room」の様子】
 
東洋紡敦賀事業所が、敦賀の地に工場を置き、製造を開始したのが1934年。
 
レーヨン(人絹糸)の生産からスタートをし、1973年には基礎でもあるレーヨンの生産を停止したものの、時代の流れとともにフィルム・バイオ・高機能製品と、その事業内容を変え、現在では高機能製品の拠点して成長を遂げ、東洋紡の基幹事業所として研究から生産まで完結する体制を整えているとのこと。
 
これまでにない価値で未来をつくる機能性、より安心でサステナブル社会を実現するために、素材の持つ次の可能性を追求し続けるともあり、まさに企業理念の「「順理則裕」に沿った事業運営であると感心した次第。
 
敦賀事業所で生産している製品を若干ご紹介しますと、フィルムの分野では、ペットボトルと同型素材を用いたポリエステルフィルム(ペットボトルの包装フィルム」)や工業用フィルムでは液晶ディスプレイなどに用いられる超屈折ポリエステルフィルム、セラミックコンデンサの製造工程で使用する離型フィルム。
 
ポリマーの分野では、自動車部品、電子部品などに使われるポリエステル樹脂(PET)やナイロン樹脂、ホット用ペットボトル。
 
機能材の分野では、エアバック素材、サンダーバードの座席に使用されている3次元スプリング構造体「ブレスエアー」、釣り糸や船舶用ロープに使用される超高強度ポリエチレン繊維「イザナス」、世界一の強度・弾性率を有し、耐熱・難燃性においても最高レベルを誇る(消防服などに採用)PBO繊維「ザイロン」など。
 
そして最後はヘルスケア分野で、臨床検査薬用原料酵素、臨床検査機器、ライフサイエンス用研究試薬などを敦賀バイオ研究所、バイオ工場で生産し、微生物発酵と遺伝子測定を基幹技術に事業領域を拡大しているとのことでした。
 
こうして、国内、世界でもトップシェアを誇るような様々な製品を生み出している会社であることに改めて驚きましたが、ここ最近でいえば、新型コロナウイルスの「PCR検査」キットが有名。
 
バイオ研究所の所長さんにもお越しいただき、実物を前にお話しを伺うに、敦賀バイオ工場では6種類の試薬を開発し、厚生労働省の承認が要らない「研究試薬」と承認が必要な「体外診断試薬」の両方の生産体制を整えているのはTOYOBOだけとのこと(現在は、タカラが追随)。
 
また、30年来のバイオ技術を生かし、コロナ第1波の際には、検査前処理を不要とし、大幅に時間短縮する技術にてPCR検査キットを開発。
 
医療機関への提供はもとより、迅速な検査が求められる空港などにて使用され、国内シェアの1/3を誇りつつ、現在の第3波では生産が一杯一杯の状況であるとのことでした。
 
敦賀で培われた生まれるバイオ技術がこうして人命を救う、まさに社会に貢献していることは、本当に誇らしいことだと感じた次第です。
 
こうして説明を終え、展示室の「N Room」では歴史ウォールや事業・製品紹介、体験展示、人物展示などを拝見。
 

 
なかでも人物展示は、敦賀事業所を支えてこられた方々を大切に、様々な写真が思い出とともに収納されているようで、社員とその家族までをも大切にする社風が現れているように思えました。
 
実は、私の両親も敦賀事業所で長年に亘りお世話になった訳ですが、何とこの人物展示の中に、母に聞き取りをしたコメントが載っていると教えていただきました。
 

【母にヒヤリングをして記載したとされるメッセージ】
 
拝見しますと、中学を出て、新潟からはるばる敦賀にやってきて寮生活をする中で、親を心配させまいと過ごしていた言葉に正直感動しました。
 
全盛期は3,000人が工場に勤め、うち2,000人の男女が寮生活を送っていたと聞くに、母のコメントと同様な気持ちをもって多勢の方が過ごされていた情景も浮かんだ次第。
 
こうして、予定の1時間を20分も過ぎ、熱心にご説明いただいた訳ですが、世界、国内に誇る高い技術・製品の数々、そして140年近くに及ぶ歴史、そして渋沢栄一氏から授かった理念。
 
伝統と歴史を重んじつつ、新たな変革の時代に果敢にチャレンジしている「TOYOBO」から得るもの多き時間となりました。
 
ご対応いただきました皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。
 
メインであった労働組合さんへの市政報告会については、この後、別会場にて開催いただき、お仕事上がりでお疲れのところ執行委員の皆さんにお集まりいただき、耳を傾けていただきました。
 

【労働組合さんへの市政報告会の様子】
 
コロナもあって、こうした報告会開催は久方ぶりでしたので、私のパワポ資料も言葉も盛り沢山になってしまった感はありましたが、委員の皆さんからも活発なご意見、質問も頂戴しありがたい限り。
 
日頃よりお支えいただいている東洋紡の職場の皆さんの声を少しでも多くお伺いし、自身の活動、市政に反映していけるよう今後も頑張らねばと喝を入れた次第であります。
 
渋沢栄一氏が目指した「東洋一の紡績会社」は、社名から「績」の字を取ろうともしっかりと企業、そして社員の胸に生き続けている。
 
こうした素晴らしき企業が敦賀にあるんだということをより知っていただき、注目・関心を高めていくことも私の立場(議員)としての役割と思うところでもあり、その点、ここで青春から晩年までを過ごした両親の顔も浮かべつつ、広く発信していきたいと思います。
 

福井県知事が「議論に入る前提はクリア」との認識を示す

ブログ 原子力

13日夜半に福島県沖を震源として発生した地震の被害は、東北・関東地方にて150人を超える負傷者を出したものの、いずれも命に別条はないとの報告であり、ひとまず安堵しました。
 
ライフラインに関しては、一部断水が続いているようですが、東北・関東エリアで生じていた最大約86万軒の停電に関しては、管内火力発電所の緊急稼働等も含め、翌14日9時までに全て解消。
 
余震の恐れがある中においても、早期復旧に向け献身的に作業にあたられた電力マンの皆さんに敬意を表するところであります。
 
交通機関においては、東北新幹線が全線の点検作業のため運転再開には10日以上を要すことから、秋田ー東京間の飛行機なども増便するようでありますが、ここはやはり安全を第一に、エリアの各交通機関が協力をしての対応をお願いしたいところです。
 
さて、今回の震度6強の地震に際し、原子力施設に関しては原子力規制委員会が既に「特段の異常なし」と報告しているところでありますが、その原子力に関し、福井県においてはこの週末大きな動きがありました。
 
関西電力が保有する原子力発電所のうち、運転開始から40年超えて運転を目指す3基について、高浜発電所1、2号機に関しては以前に野瀬高浜町長が町としての判断を杉本福井県知事に報告され、その際、知事からは「町の考えを伺ったに留める」と受け止められていたところ。
 
これに続き、美浜町の戸嶋町長は12日に、同じく40年を超える美浜発電所3号機の再稼働を巡り、梶山経済産業大臣とのオンライン面談後に、週明けに同意を表明するとの考えを明らかにしました。
 

【荒波の奥に見えるは関西電力美浜発電所(2020年3月撮影)】
 
これと並行し、関西電力の森本孝社長は12日に杉本福井県知事と県庁で面談し、県が関電に求めている原子力発電所の使用済み核燃料を搬出する中間貯蔵施設の県外計画地点について、青森県むつ市の施設を電力各社で共同利用する案を含めて検討を進めていると報告。
 
「2020年ごろ」としていた確定時期は「2023年末を最終期限とする」と表明しました。
 
面談には資源エネルギー庁の保坂長官が同席し、梶山経済産業大臣もオンラインで参加のうえ、美浜原子力発電所3号機と高浜原子力発電所1、2号機の再稼働への理解を求めたとあります。
 
これに対し杉本知事は面談後の取材に、運転開始から40年を超える関電の原子力発電所3基の再稼働に向けて「議論に入る前提はクリアした」と評価。
 
さらに、「(中間貯蔵施設の)計画地点について一定の回答があった。さらに一歩踏み込んで計画地点の確定時期を明示し、関電の覚悟も伺った」と評価したうえで県会に再稼働議論を促す考えを明らかにしました。
 
一方、この翌日14日の新聞では、むつ市が「共用化を認めた事実はない」とするコメントを発表。
 
12日の関電の動きには市として関与していないとしていますが、この点に関しては、保坂長官が「状況が整い次第、青森県やむつ市に対し、できる限り早く政策的視点からの説明を行いたい」と述べているよう、改めて国として正式な動きとなることが想定されるところ。
 
また、梶山経産大臣は「40年超運転が終わった後の地域社会のあり方も含め、将来の立地地域の目指すべき方向性を立地の皆さまと一緒に真剣に検討していくことが必要」と強調し、他省庁の施策も活用して産業の複線化や新産業創出などを最大限支援するとも述べられましたが、立地地域が国に求めているのは、やはり「国が、この先原子力発電をどのように位置付けるのかの考えを国民の皆さんに明確に示すこと」。
 
国内初の40年超えプラントの再稼働に向け、議論が一歩前進することは大変喜ばしいことに違いありませんが、これと併せて、原子力発電に対する「国の覚悟」を次期「エネルギー基本計画」に反映することこそ、長年国のエネルギー政策に貢献してきた立地地域の強い思いであることを念頭に、こちらの議論も加速していただきたいと切に願います。

夜半に東北地方を襲った震度6強の地震

ブログ 防犯/防災

昨日は穏やかな青空と暖かい気温で、早や春の到来を思わせるかのような1日。
 
ここ最近の好天に合わせ、減量と健康増進目的で再開したジョギングも昨日で3日目。
 
約7kmを走り、夜も心地良い筋肉疲労を感じながらくつろいでいると、「23時8分ごろ、宮城県南部、福島県の中通りと浜通りで震度6強の地震が発生」との緊急速報。
 
テレビ番組もバラエティーから緊急報道に切り替わり、アナウンサーが地震と避難の呼び掛け、スマホからは登録している防災・地震アプリから次々と情報が飛び込むなど、一点慌ただしい土曜の夜となりました。
 
現時点での正確な被害状況は掴んでいないものの、宮城県、福島県両県の消防によると少なくとも50人以上の負傷者、数件の集合住宅にて火災が発生。
 
交通機関においては、常磐自動車道の福島県相馬市内の高速インターチェンジ付近において、約50mに亘り、高さ約10mの土砂崩れが発生したことや各地の点検のため部分部分で通行止め、JR東日本の東北新幹線は運転見合わせとなりました。
 

【岩手県大船渡市で地震の発生を知らせる電光掲示(産経ニュースより)】
 
電力関係では、日本卸電力取引所の情報公開サイトによれば、東北で10基以上の火力発電所が停止するなどにより、東北から関東、東海の広いエリアにおいて停電が発生し、東京電力パワーグリッド管内では一時、1都8県で約83万軒の停電となった模様。
※東京電力パワーグリッド管内の停電は既に解消
 
東北電力の女川、東京電力の福島第一・第二、日本原電の東海第二などを始めとする各原子力施設については、原子力規制委員会から「特段の異常なし」との報告となっています。
 
この地震を受けて14日未明に気象庁が行った会見では、震源の位置が震災の震源域近くで、これまで余震活動が活発だった領域にあたるため、今回の地震は「東日本大震災の余震」と見られると発表。
 
また、震源は福島県沖の深さ55キロと推定され、西の陸側プレートに東から沈み込んでいる太平洋プレートの内部を震源とする逆断層型の地震とみられ、震源の位置が比較的深いため、若干の海面変動のほかは津波の危険性は低いというのがせめてもの救いでしょうか。
 
まずもって、負傷された方々へのお見舞い申し上げるとともに、電力を始めとし、こうしている間も全力でライフラインの復旧にあたる皆さんに敬意いを表しつつ、少しでも早く通常機能が回復されますよう願うところです。
 
さらに地震の専門家によると、今後も数日から1週間程度は同じクラスの地震が起きる可能性があり、注意が必要と指摘していることもあり、今後も引き続いての安全を祈るところであります。
 
奇しくも、次の3月11日で東日本大震災から10年を迎えます。
 
「天災は忘れた頃にやって来る」と言いますが、東北地方の皆さんはもとより、私たち自身、あの凄まじい光景と甚大な被害を忘れることはなく、この先も忘れることはないでしょう。
 
そう思えば、大規模自然災害が頻繁に襲来するこのご時世、「忘れた頃にやってくる」はもう死語。
 
「天災は忘れなくともやってくる」が正解と言えるでしょう。
 
こうした機会、さらには10年前の大震災が残した教訓を思えば、「自分たちは大丈夫」という「正常性バイアス」を捨て、「自分たちのところにも来る」と思い、備えることが最も重要です。
 
昨日と同様、今日の敦賀は穏やかな好天に恵まれそうでありますが、余震に備える東北・関東地方の皆さんの不安な気持ちを忘るることなく過ごしたいと思います。

「観光」の視点から「まちづくり、人づくり」を考える一日

ブログ まちづくり

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、森喜朗の辞任表明を受け、新たな会長の人選のための「候補者検討委員会」の設置を決めました。
 
問題発言とされた時点からこれまでの経過に関し、今さら意見を述べることは控えますが、「そもそも論」として持つべき課題認識について、熊谷俊人千葉市長が以下のように述べています。
 
私は、これを読んで、日本人・日本の風土からの視点として全くもって共感しましたので紹介だけさせていただきます。
 
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【オリパラと多様性の関係などについて】2月12日の熊谷市長facebook投稿より抜粋
 
「私はオリンピック・パラリンピックは単なる一過性のイベントではなく、日本社会をどのようにアップデートするかが鍵だと考えてきました。今回の件で改めて考えることは多様性の尊重です。」などとの前置きがあったうえで、
 
【森さんと発言の根底にある意識】
 
そうした中での森さんの発言です。私は全文を読んでいます。
森さんは私の大学の大先輩であり、国体で森さんにお会いした際もいかにスポーツ界において重要な存在として貢献してこられたのかをよく知っています。森さんに女性を差別する「意識」は無かったと思います。
 
しかし、森さんの発言のように何か異分子の存在を「女はこう」と決めつけるのは典型的な「無意識の偏見」です。
意識的に差別する人はまれで、皆「私は差別するつもりはない」と答えますが、「その人がこう」を「そういう属性の人はこう」と一括りに考える、その思考回路が既に多様性の欠如であり、今回に限らず、過去にも同様の女性の括り発言をしていることから、森さんの根底意識の中に女性を「理解できないもの」「自分たちと(どちらかといえばネガティブな意味で)違う存在」という意識があることがうかがえます。
 
様々な審議会等において女性比率を向上させるため、外部委員を女性にする手法が往々にして行われます。
これまで専門的にその分野について考えてきた人達からすれば「何をいまさら」という発言があるかもしれませんが、外部からの新鮮な発言から今まで抜けていた視点を得ることもあるでしょうし、仮にそれが意味のない発言だったとしてもそれは「女性が」ではなく「その人は」と考えなければいけません。
 
私も常に反省していますが、人は異分子に対して、違和感を感じ、その違和感を自分の中で解消するために、「こういう属性の人だから」と一括りにして自分の埒外に置くことで心の平安を保とうとします。
特に日本は忖度という言葉に代表されるように同質化することをよしとしてきましたので、多様性の尊重は私たち一人ひとりが常に意識して今までの習慣や常識に囚われないようにする必要があります。
 
違いを興味深いと考え、もっと知ろうと考える思考、違いが力に変わる、そうした時代を作っていきたいですね。
 
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また結びには、「そして森さんにはこれまで日本のスポーツ行政にご尽力頂いたことに深く感謝します。」と締めくくっています。
 
誤解なきよう、全文をご紹介させていただきましたが、私は自分自身の中にこうした考えを軸として持っておきたいと思います。
 
決して皆さんに押し付けることはしませんが、こうした考え、見方があることをご参考までお知りいただければ幸いに存じます。
 
さて、話しは変わり、昨日は休暇をいただき、「観光」についてスキルアップのための学びと気付きの場に参加してまいりました。
 
ひとつめは、以前に個人的に申し込みをしました「日本遺産ガイド養成講座(未経験者コース)」。
 
これは、昨年日本遺産に登録された「海を超えた鉄道 〜世界へつながる鉄路のキセキ〜」、いわゆる鉄道遺産とエピソードをより発信、活用していくべく長浜市・敦賀市・南越前町観光連携協議会さんが近畿日本ツーリストと協力(委託)し企画されたもの。
 
3回コースの第1回目は、ニューサンピア敦賀の会議室で行われ、ざっと20名を超える程度の参加者が集うなか開催されました。
 
いざ会場に行ってみると、あれよあれよと知ったお顔が4、5名いらっしゃりビックリ。
 
参加のきっかけは様々でしたが、こうして敦賀の鉄道遺産を自分でも広めていきたいとの思いを共有していることを大変嬉しく感じました。
 
この日は、近畿日本ツーリストの全国通訳案内士の女性ガイドさんを講師とし、観光ガイドの魅力や活動の意義、接遇マナー研修など、ガイドとしての基礎知識を約2時間に亘り学習し、非常に細やかな準備・配慮なくば成り立たないものであることを学びました。
 

 
また、「日本遺産ガイド」となるためには、文化庁の考える「日本遺産」を理解し、紹介することができるなどの4項目の条件があり、つまりは、旅行者と直接接する「プレーヤー」(実技者)であるとのこと。
 
観光ボランティアガイドは、「社会的意義と自分事としての意義を掛け合わす」こと、「郷土の良さを知らせる=地域活性化=次世代のために×自分の心も体も健康に→ゆたかな人生」につながること、さらには、高まるガイドのニーズは「地域活性化、ひいては日本の未来」までの魅力と活動の意義があるともありましたので、是非その意義に沿う形となるよう、他の参加者の皆さんとともに研修に励みたいと思います。
 

 
ふたつ目は、福井市の宝永庁舎にある「(公社)福井県観光連盟」へのヒヤリングと意見交換。
 
以前より活動を続けています「嶺南未来構想会議」の取り組みとして依頼をさせていただいたところ、先方様にはふたつ返事でお引き受けいただき、こちらも大変ありがたい限り。
 
この日は、本構想会議の考える現時点での嶺南未来構想をプレゼンさせていただいた後、福井県観光連盟さんからの事業概要説明、今後の取り組みなどをお聞きしました。
 
連盟としては、北陸新幹線敦賀開業が1年遅れることとなったが、「倍返し」(良い意味です)する気持ちでいることや、「民間からの発想、全国目線、顧客目線」を意識して取り組みにあたっているとのこと。
 
昨年からは、「観光地域づくり推進事業本部」を設置し、稼ぐ感覚、地域で稼ぐ力を興していこうとしていることや、具体的な事業実績として、コロナ禍で行った「ふくいdeお泊まりキャンペーン」は、県民の皆さんが福井県内を観光することにより、今まで知らなかった福井の良さをさらに知ることができたとの多くの声を受けていること、インスタフォトコンテストでは、第1弾が6,600件、第2弾が7,600件と多くの方が参加され、県民皆で情報発信していく機運にもつながったとのことで、これら以外にも他種の事業展開を図る中で、その成果や評価まで知ることができたことは大変有意義でした。
 
嶺南地域の活性化に向けては、構想会議が掲げる「海・自然」を活用していく点にご賛同いただいたうえで、「その価値を行動に変えていく」、「受け入れる側が前向きなコンセプトをもって、この自然を守るためにこんなことをやっているという事実があること」が大事な視点ともアドバイスいただきました。
 
つまりは、地域の人にとっては、大切なものを守るために貢献できる場所、そうした大事にしている場所だから外の方も共感してもらえる。
 
そんなふうに理解をしたところであります。
 
意見交換の場は、双方からの建設的質疑で大変盛り上がり、予定時間を大幅に超過してしまい、連盟の皆さまにはご迷惑をお掛けしてしまいましたが、昨日生まれたつながりとパイプを大切に、今後とも連携いただけますようお願いいたします。
 
こうして「観光」の視点から「まちづくり、人づくり」を考える1日となりましたが、私にとっては気付き、ヒント満載の日となりました。
 
「観光」の語源は、中国の儒教の経典である四書五経のひとつ「易経」にある言葉から成り、「国の光を観る」、つまりは、国や地方の良いところや良いものを見せる、見てもらうとの意。
 
そうした「観光」も時代の変遷に合わせ様々に変化・進化をし、今日的な視点としては次のようになっています。
 
〜観光3つの意義〜
①平和をもたらす意義【観光と平和の深い縁】
②産業としての意義 【観光は大きな産業】
③まちづくり、人づくりの意義【住んでよし、訪れて良しの地域づくり】
 
私の中で最も大きな意義は③。
 
昨日学んだことも糧とし、自ら行動することで役割を果たしていきます。

映画「八甲田山」から改めて学ぶ「危機管理」

ブログ 防犯/防災

昨日は、終日晴天の広がる気持ちの良い一日。
 
午前中に犬の散歩をしていると、寒さも少し緩んだからか、普段より家の外にいらっしゃる方が多いように感じました。
 
自宅近くに戻ってくると、近所の通りから「たけちゃーん!」と呼ぶ声。
 
声の元は、いつもあたたかく励ましてくれる奥様ということで、お話ししていると向かいの方や通りすがりの方など、瞬時4人の女性と井戸端会議に。
 
悲しいかな主役は「たけちゃん」から「きゅうちゃん(愛犬)」に代わっていましたが、それでもワクチン接種のことや議会のことなど相互にお話し出来たり、そこから教わることもあったりと、とても有意義で心安らぐ時間となりました。
 
そうして考えるとやはり、ご近所同士のコミュニケーションは「雑談にあり」。
 
コロナ禍の時こそ、ご近所さんの関わりを深め、話し声、笑い声が飛び交うまちにしていきたいものです。
 
さて、もうひとつ「雑談」から生まれたということで、ここから本題。
 
「孤高の人」や「栄光の岩壁」といえば新田次郎著の山岳小説ですが、実は私、以前に山岳小説にハマり、新田作品はほぼ読破。
 
そのハマる切っ掛けとなったのが「八甲田山 死の彷徨」でありまして、1977年には、あの高倉健さんが主演を演じ、「八甲田山」のタイトルで映画化もされていたことから、いつか見ようと思っていたところ、母体労組役員とのひょんな会話から、何と「4KデジタルリマスターBlue-ray版を持っているのでお貸ししましょうか」とのありがたい話しに。
 
是非とお願いし、早速昨日鑑賞させていただきました。
 

【原作小説と4Kリマスター版】
 
まず何と言っても、40年以上も前の映画とは思えない、映像の美しさ。
 
説明によると1カット1カット徹底して色調を調整し、劇場公開時には表現出来なかったオリジナルネガフィルムの表現力を最大限に生かした色彩設計を実現したとあり、まさに最終版と呼ぶべき、映画「八甲田山」の最高品質の画像となっているとのこと。
 
最高品質という通り、登場する主演の高倉健さんを始め、北大路欣也さんや加山雄三さんら男優陣の放つオーラと魅力、栗原小巻さん、加賀まりこさんなど女優陣の見惚れるほどの美しさが際立っていました。
 

 
そして、何と言っても、吹雪と極寒の冬の八甲田の恐ろしさや青森のゆたかな自然を鮮明に感じとることが出来ました。
 
物語は、日露戦争開戦を目前に控えた明治35年、厳寒の八甲田山を舞台とし、210名もの大群率いる青森第5連隊(神田大尉:北大路欣也)と27名の弘前第31連隊(徳島中尉:高倉健)が雪中行軍演習(あらすじには「過酷な人体実験を強いられた」とある)する中で起こる、壮絶な自然と人間の闘い、極限まで追い込まれ狂気に陥る人間の行動、生死を分ける各部隊のリスク意識と組織判断の差などを描いた、まさに原作と同様、手に汗握る作品。
 
極寒、猛吹雪の中「自然は克服するもの」とばかりの強行前進、部隊としての指揮命令系統崩壊により、結果199名もの死者を出した青森連隊と「自然に逆らわず」冷静に状況を見極めながら進軍し、210km、11日間に及ぶ全工程をひとりの犠牲者を出さずに完全踏破した弘前連隊。
 
これまで活字から思い浮かべていた壮絶な隊員の発狂や凍死、部隊が崩壊していくシーンを前に、自然の脅威を前に人間はいかに無力であることや組織・リーダーシップ論、危機管理に対して大きな教訓になるもの。
 
なお、この出来事自体、実際に起きた山岳遭難事件であったものの、長く国民には知らされないままになっていたことは、日露戦争の風雲が切迫していたことや陸軍の秘密主義でもあったのでは無いかと原作の「あとがき」には記されていて、単なる山岳小説に留まらず、時代の陰の部分にも問題提起するかの意味が込められていたとありますが、映画でもその部分は余韻のように残されていたとも感じました。
 
いずれにしても、時を経て多発する大規模自然災害への備え、国難とも言える新型コロナへの対応、会社組織のリスクマネジメントとはどうあるべきかなど、まさに現代社会に大きな警鐘を鳴らすかのような内容に、改めて得るもの多き出会いとなったことは間違いありません。
 
偶然の会話からBlue-ray版を貸してくれた労組役員に感謝するとともに、迷った時は健さんの判断や言葉を思い浮かべ、自身の行動にも生かしていきたいと思います。

建国記念の日。明治新政府の覚悟にも思い馳せ。

ブログ 政治

今日は「建国記念の日」。
 
初代天皇である神武天皇が即位したとされる。
 
この日の制定にあたっては、元を辿れば明治6年3月7日太政官布告第91号「神武天皇御即位日ヲ紀元節ト称ス」によって、それまで旧暦1月1日(1月29日)を「神武天皇即位日」としていたものを「紀元節」に改称。
 
同年7月20日太政官布告第258号によって、紀元節の日付を2月11日に改めたところから始まります。
 
東京大学名誉教授である小堀圭一郎氏によれば、この紀元節祭の前、明治5年に太陽暦採用が施行(明治6年1月以降、国民生活の時間的区分を規定することになった)されている点も注目すべきであり、開国の宣言の後、激動の時代にあってか、新暦採用を宣する詔書には「国際標準に合わせる」との主旨は一言もなく、改暦の理由としては唯太陽暦の精密に対して太陰暦には不便が多過ぎるとのみ述べているとのこと。
 
国際慣例に従っていこうとする中においても国家意思の自主性を明示したい明治政府の矜持をそこに読み取ることができるとあります。
 
そうした改暦によって、従来の五節句の祭儀は、民族伝統としての意義は十分に認められはするものの、太陰暦を廃止する以上、国家的祭儀として保持するのは不適当と思われるとのことから、「諸事神武創業の始に原(もとづ)き」との王政復古の大号令の趣旨に合わせて、当代の国家的祭儀としては皇祖神武天皇の御即位記念日と現に国家元首たる今上天皇の御誕辰(生誕日)がそれに相応しいと考えられました。
 
これにより、(明治)天皇の御誕辰を嘉永5年9月22日を新暦に換算するとともに、神武天皇の即位は「日本書紀」によれば、西暦紀元前660年辛酉の年庚辰朔とされていますが、これを太陽暦の元日と見ただけでは毎年異同が生じることから、皇紀元年の元日を太陽暦に換算して「2月11日」と固定させ、先に述べたよう明治6年にこの日を「紀元節」として定め、故に第1回の紀元節祭は明治7年のこの日となったということであります。
 
また、建国記念日(紀元節祭)制定の動機は、維新政府の首脳達の国家意識の成熟とその意識を広く民間に涵養したいとの要請でもあったとされています。
 
それは、当時の政府の眼には先進国と見えていた欧米列強に対して、独立主権国家としての面目を備え、諸外国からの侮りを受けることなく万民を保全していくという、国是としての要求を満たすための努力の一端であった。
 
外に向かって国家の存在の意義を宣揚し得るためには、外形の善美より以前に、国民の内面に自国の正当性の根拠についての認識が無くてはならぬとの判断のうえ、正当性を問うのは正しい歴史認識であり、それが広く他者からも認めらるためには、その認識が普遍妥当性を有する、つまり「理」に即したものでなければならない。
 
明治新政府の人々は、対外関係強化の核としての国民統合の実を築くにあたって、それを普遍的な理に基づかせる事に最新の注意を払った。
 
二千年余に亘り伝承される皇祖の即位記念日の制定の経過を辿るに、暦学上の精密な計算結果以外の政治的な注釈を付加することを抑えて簡潔な布告に留めたとあります。
 
建国神話とされる見方はありますが、激動の時代の幕開けにあってこそ、明治新政府がこうして「理」を携え期日を定めたことに大きな意義があると改めて感じる次第であります。
 
新型コロナウイルスの収束はなお見通せませんが、そんな時だからこそ、国の成り立ちに思いを馳せつつ、幕末の列強国からの外圧にも、先の大戦の敗戦という国難にも耐え、再びゆたかな国を築いてくれた先人への敬意、そしてそんな素晴らしき日本に生きることを誇りに思う一日にしたいと考えます。
 
今日の意味合い、持つべきものは、外形の善美より以前に、国民の内面に持つ自国の正当性の根拠について認識することにある訳ですから。
 

福井県主催の「原子力発電所の審査に関する説明会」が開催される

ブログ 原子力

昨日「番宣」させていただいたFM敦賀ハーバーステーションでのラジオ出演。
 
事前にナビゲーターの西藤さんと軽く打ち合わせをした後、川端耕一議員とともにスタジオ入りをし、いざ本番。
 
緊張を解きほぐすかのような西藤さんのリードもあって、議会報告会の趣旨や内容はもとより、今回RCN放映やYouTube配信するに至った市議会としての考え、思いなども何とかお伝え出来たかと思います。
 
またRCN放映前にはアナウンスさせていただきますが、ひとりでも多くの方に議会に関心を持っていただけるよう、引き続きお声掛けしていきたいと思います。
 
さて、初のスタジオ収録体験に続き、昨日のメインイベントは福井県主催の「原子力発電所の審査に関する説明会」。
 
事前の開催案内においては、会場参加のほかYouTube配信もされるとありましたが、こうした説明会はやはり肌感覚で雰囲気を感じなくてはと、迷わず「会場参加」で申し込みをし、会場の福井フェニックスプラザに行ってまいりました。
 
開会の18時でざっと会場を見渡すと、報道機関を除く参加者はざっと100名を少し超える程度であったかと思いますが、知った方もチラホラ拝見し、関心の高さを感じたところ。
 
今回の説明会の内容は、
(1)基準地震動の策定
(原子力規制部地震・津波審査部門 安全規制調査官 小山田 巧 氏)
(2)美浜3号炉および高浜1、2号炉の審査結果
(地域原子力規制総括調整官・福井担当 西村 正美 氏)
(3)質疑応答
 
ということで、関西電力が保有する原子力発電所全般に関わるものでしたが、本来の趣旨は、昨年12月4日に大阪地方裁判所における「大飯発電所3、4号機設置変更許可処分取消請求訴訟(行政訴訟)」に関し、原告の請求を認容する判決が下されたことを踏まえ、被告側である国側の見解(審査の妥当性)について説明を求める声が挙がっていたことを受け開催されたものと理解しています。
 

【会場内は写真撮影禁止でしたので資料のみ掲載】
 
私がどうしても参加したかった理由もこの説明を聞きたかったからということですので、今回はこの点(上記の(1)の部分)に絞ってご報告させていただければと存じます。
 
まず、地裁判決の報道では、裁判長が、耐震対策の元となる基準地震動の設定を巡り「規制委の調査審議および判断の過程には、看過しがたい過誤、欠落があるものというべきである」と断じた言葉ばかりが取り上げられている感がありますが、判決のポイントの正しくは以下の通りとなります。
 
【判決のポイント】
原子力規制委員会は、経験式が有するばらつきを考慮した場合、これに基づき算出された地震モーメントの値に何らかの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討することなく、本件申請が設置許可基準規則第4条3項に適合し、地震動審査ガイドを踏まえているとした。このような原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程には、看過し難い過誤、欠落があるというべきである。
 
つまり、頭に置くべきは、大飯発電所3、4号機審査の基準地震動策定過程において、「何らかの上乗せをしていない」からダメなのではなく、「何らかの上乗せをする“必要があるか否か”等について何ら検討することなく」と指摘している点にあります。
 
審査を担当する原子力規制委員会の説明や資料自体、専門的な言葉が多く、聞き逃してはいかんと必死でついていった訳ですが、上記の点を反証する説明の概略は次の通りでした。
 
【基準地震動の策定に係る審査の基本的考え方】
◉基準地震動の策定に係る審査は、設置許可基準規則及びその解釈に適合するか否かを地震ガイドを参照しながら行うものであり、基準地震動が、地震動評価に大きな影響を与えると考える不確かさを考慮して適切に策定されていることを、地震学及び地震工学的見地に基づく総合的な観点から判断している。
 
◉こうした考えのもと、大飯発電所の地震動評価の方法は、最新の科学的知見として、地震調査研究推進本部(※1)によりまとめられた「震源断層を特定した地震の強振動予測手法(レシピ)」(※2)に従ったものとなっている。
 
(※1)地震調査研究推進本部とは、平成7年に発生した阪神・淡路大震災により、我が国の地震防災対策の多くの課題が浮き彫りとなり、とりわけ地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分伝達され活用される体制になっていなかったことを踏まえ、行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任を明らかにし、これを政府として一元的に推進するため、設置された政府の特別の機関。
 
(※2)震源断層を特定した地震の強振動予測手法(レシピ)とは、①最新の知見に基づき、最もあり得る地震と強振動を評価するための方法論、②「レシピ」は、震源断層を特定した地震を想定した場合の強振動を高精度に予測するための「誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論」を確立することを目的としている。
 
→→→この時点で、現在国内で最もベーシックで信頼ある手法にて評価されていると理解(最新の知見やあり得る地震と強振動も考慮)
 
また、「不確かさ」の反映や「保守的」に評価されているのかといった部分に関しては、主な点として、
【基本ケース】
◉震源断層の長さについて、当初申請時の「FO-A~FO-B断層」(断層長さ約35km)と「熊川断層」(断層長さ約14km)との間には約15kmの離隔があったことから「連動」を考慮していなかったが、これを両断層を連動(断層長さ約64km)するものとし評価。
 
◉断層幅については、当初申請では上端深さ、下端深さをそれぞれ4km、18kmに設定していたものを、速度構造や微小地震の発生状況を考慮して、上端深さを3kmと評価結果が厳しくなるよう見直し。
 
→→→これらの見直しにより、※地震モーメントは、当初申請時の約3.70倍となった。
   ※断層を境にした2つの面を異なる方向にずらそうとするエネルギー
 
【不確かさケース】
「不確かさケース」とは、「基本ケース」の地震動評価結果を以下の項目において、さらに保守性を確保するため、震源特性パラメータをより厳しい結果が出る値に設定することであり、以下の点を見直し。
 
◉短周期の地震動レベル(1倍 → 1.5倍)
◉断層傾斜角(90° → 75°)
◉すべき角(0° → 30°)
◉破壊伝播速度(0.72β → 0.87β)
◉アスペリティ配置(敷地近傍に設定するなど、敷地への影響が大きくなるよう2つの形状を設定)
◉不確かさの重畳(短周期の地震動レベル1.25倍+破壊伝播速度0.87β)
 
→→→最終的に、全てのケースを踏まえ算出された地震動は「856gl」となった。
 

【不確かさを反映したことによる地震動評価結果(説明会配布資料より)】
 
ただでさえ分かり難いところ、文字だけで理解するのは難しいとも思う訳ですが、私はこの説明を聞いて、「“これでもか”というほど十分に、あらゆる条件を加えた保守側の評価がされている」審査であったものと理解しました。
 
なお、原告側が主張する「上乗せ」について、原子力規制委員会は、「審査では、入倉・三宅式を用いて地震モーメントを計算する際、式の基となった観測データのばらつきを反映して計算結果に数値を上乗せする方法は用いていない」とし、「このような方法は、強震動予測レシピで示された方法ではなく、且つこのような方法の科学的根拠を承知していないからである」とまで言い切っています。
 
現に、仮に「上乗せ」したとする評価は、レシピで参照する知見に反することや震源モデルに「破綻が生じる」ことが明らかとなっています。
 

【例:経験式に何らかの値を上乗せする操作を行った結果(説明会配布資料より)】
 
以上が、大飯発電所3、4号機審査における基準地震動策定プロセスの経過、真実であります。
 
規制委員会からの説明の後、予め提出されていた質問事項への回答、さらには会場からの質問がされましたが、「質問にきちんと答えていない」、「この説明では納得できない」のオンパレード。
 
私にとっては、この説明を聞いて「納得できないと言うことが納得できない」訳でありますが、そこは個々の受け止めによるもの。
 
ただ、「質問は簡潔明瞭に」との司会者からの声を無視するかのように、弁論大会さながらの質問が繰り返され、終了時間は予定の19時30分を1時間近く超過。
 
ルールが守られなかったことは、会場で時間を共有する立場として残念でなりませんでした。
 
そうしたことから、帰りの北陸道でラーメンをすすり、家に着いたのは22時となりましたが、思えばこうした雰囲気を肌で感じるために会場に足を運んだことを思えば、大いに得たもの多き1日となりました。
 
大飯発電所3、4号機の審査に関しては、科学的且つ客観的に見て、私は完全に国側の主張・説明に分があると思いますが、ここは既に司法の場。
 
昨日聞いた中身を頭に叩き込んで、この後の裁判を注視していきたいと考えます。
 

【最後に。。。初出演の記念としてラジオ生放送中の様子を掲載させていただきます】

池江選手から教わるNever give up!

オリンピック ブログ

今日はまず「番宣」から。
 
敦賀市議会初の「議会報告会RCN放映」が2月14日(日)、15日(月)に迫ってきているところですが、本日はその番組紹介のため、広報広聴委員である川端耕一議員と私で「FMハーバーステーション」に出演します。
 
自身初のラジオ番組出演ということで、いささか不安もありますが、せっかく与えられた機会ですのでしっかりPRしてきたいと思います。
 
時間は12時15分から12時30分の15分間となりますので、お時間許す方は是非、FM「77.9MHz」にてお聞きいただけると嬉しく思います。
 
さて、話しは変わり、この週末も様々なジャンルで感動がありましたが、個人的に最も胸にグッときたのは水泳の池江璃花子選手。
 
池江選手は、高校生時代から日本のトップスイマーとして活躍していた矢先に発症した白血病に挫けることなく、再復帰を目指し闘病を続けていた姿は知らない人がいないことかと存じますが、実は福井国体の際に水泳会場となった敦賀市総合運動公園のプールでも泳いだこともあってか、どこか身近に感じる存在として見守っていたところ。
 
これまでも病を克服しつつ、リハビリ、そして競技復帰とプロセスを踏んできていることが嬉しく、正直成績は二の次で見ていましたが、何と7日(日)に行われたジャパン・オープン女子50メートル自由形決勝にて、トップと0秒16差の24秒91で2位に入りました。
 
惜しくも優勝は逃したものの、昨年8月の実戦復帰後、国内のトップ選手と競う中での初めての表彰台。
 
しかも、同種目で池江選手自身が持つ日本記録24秒21も視野に入るまでに復活したことを心から嬉しく思った次第です。
 
また、表彰台から一夜明けた8日は、白血病判明からちょうど2年だったそうで、自身のSNSで「2年前の自分に、2年後はもっと笑顔になれてるよって伝えてあげたい。よくここまで頑張った」と心境をつづったうえで、診断を受けて号泣した後のベッドに横たわり笑顔を見せる写真を添え、「2年前の今日。人生のどん底に突き落とされた日。あの日を一生忘れることはできません」と記しました。
 
別の投稿では、右肘を骨折した2016年リオデジャネイロ五輪金メダリストでライバルでもあるサラ・ショーストロム選手(スウェーデン)への思いを、自身の闘病中に盟友から受けた激励をお返しする形で、手のひらに「Never give up」と書いた画像を公開。
 
「今度は私が彼女にパワーを与えたい」という内容の英語のメッセージも添えたとあります。
 

【サラ選手に送ったNever give up。池江選手のインスタグラムより】
 
苦しく悔しくとも絶対に諦めることなく、競技完全復帰、叶わなかったはずの東京オリンピック出場を目指す姿は、同じ病で闘う方々だけでなく、私たちにも勇気や元気を与えてくれていることは間違い無いでしょう。
 
さらに今度は、さらりと周りの人を励ます側に回れる池江選手には教わることばかりです。
 
そう思えば、池江選手のようにオリンピックを目指すことが克服する力、生きる目標にもなっていたのだとすれば、「コロナで東京オリンピック開催なんてとんでもない」との言葉は軽々に口にしてはなりませんね。
 
女子50メートル自由形の東京オリンピック出場に必要な派遣標準記録は「24秒46」。
 
4月の日本選手権で、派遣標準記録を突破したうえで2位以内に入れば代表に選出される条件となっています。
 
熾烈な代表争いを突破し、再び池江選手が世界を相手にプールで大活躍する姿を期待し、これからも応援していきたいと思います。

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