やると決めたら率先垂範!国民民主党玉木代表の代表質問から感じたこと

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一昨日に引き続き、昨日も組織内への活動報告会を開催。
 
対象は日本原電の敦賀発電所の皆さん。
 
敦賀発電所では厳格なコロナ対策を講じており、そのひとつとして食堂での密回避のため、所員のお昼休みを30分ずらしての2交替制を継続していることから、今回はその時間に合わせて初の2回開催。
 
会議室の関係やもちろんコロナの関係から、以前のような大人数にお集まりいただいての報告会は難しい訳ですが、こうして貴重なお昼休みに参加いただけることに感謝をし、思うところをお伝えさせていただきました。
 

 
発電所の行き帰りに望むは、海面に日が映る敦賀湾に水島。
 
私にとっての一番はやはり敦賀湾であり、冬にあって、この気持ち良き風景に心も爽やかになった次第です。
 

【透き通る海と敦賀のニューカレドニア「水島」】
 
さて、唐突ですが、今日はまず以下の演説をお読み取りください。
 
感染拡大を効果的に抑え込むには、何よりリーダーが約束を守ことが必要です。
5人以下の会食をお願いしながら、総理が大人数でのステーキ会食をしていたことを受け、多くの国民が、言ってる政治家が約束を守らないんだから自分達も大丈夫と思ったことでしょう。
密を避けてと言いながら、この本会議場はまだまだ密のままです。
リモートワーク7割と言っても永田町や霞ヶ関では出来ていません。
国民民主党は質問通告を原則リモートで行い、対面での通告を禁止しました。
出来ない理由を挙げれば、例外や抜け穴も一杯作れます。
これはどの業界、業種も同じでしょう。
やると決めたら率先垂範。
私たち国会議員が自ら変わることを示すことで、危機感を共有し、力を合わせ、心を合わせてコロナ禍の危機を乗り越えていこうではありませんか。
積極的に国会改革を行い、率先して範を示していくことを議場の同僚議員に呼び掛け国民民主党を代表しての質問を終わります。
ご静聴ありがとうございました。
 
結びでネタバレしていますので、発言者が誰であったかは明らかですが、これは昨日21日の衆議院本会議での代表質問で国民民主党の玉木雄一郎代表が最後に述べた言葉です。
 
この2日間、生中継を見るのは難しくとも、インターネット審議中継の録画版で各政党を代表しての質問を拝見しましたが、この瞬間だけは思わず「その通り!」と口に出してしまいました。
 
山本は国民民主党に肩入れして言ってるんだろ?
 
とお思いにもなると思いますが、至極客観的に見ての受け止めであります。
 
自分の中で「なぜそう感じたのか」を分析してみますと、立憲民主党や日本維新の会などの質問にも勿論共感する部分は所々にあった訳ですが、どこかこれまでの既定路線(政権批判)と感じざるを得ない部分も多々ありました。
 
例えば、「政府のコロナ対策は後手に回っているとしか言いようがない。菅総理はどうお考えかお答えいただきたい」と聞けばその通りですが、受け止めを聞いたところで総理が「仰る通り後手に回っており申し訳ございません」などと答弁するはずもない。
 
であるならば、この質問は何を引き出したいのか?という視点で見てしまう訳ですが、玉木代表の質問は、政府の政策で不足する点を指摘しつつ、「我々、国民民主党は○○○を提案するが、総理のお考えを伺いたい」との形式となっている、しかも全ての項目に対してそうなっているのは、国民民主党だけであった訳であります。
 
さらに、「政府は目の前の課題を解決せねばならず、短視眼的になりがちにならざるを得ないため、我々が今は必要なくとも、この先必ず必要となる政策、いわゆる『プランB』を提案していくことが大事なんです」とも述べておられます。
 
これぞ、本来あるべき政策論議の姿であり、国民民主党は「政策提言型」から政府の先を行く政策提案をする「政策先導型」であることを早速、玉木代表自らが国会の場で実践し、国民に示したものと受け止める次第であります。
 
そうして見ていたうえでの冒頭に記載しました結びの言葉。
 
まさに、昨日の私のブログで書いた、政治家が「襟を正す」ことが通じたかのように玉木代表が同じ国会議員に対し呼び掛けた訳であり、「よくぞ言ってくれた!」との思いと相俟って出たのが、「その通り!」の言葉であったとご理解いただければと思います。
 
決して単に特定の政党に肩入れしての受け止めではないことは分かっていただけたと思いますが、実際にご覧いただくのが一番ですので、国民民主党玉木代表の代表質問部分を以下にリンクしておきます。
 
お時間許す方はご覧いただければと存じます(出来れば他の政党も)。
 →→→衆議院インターネット審議中継 1月21日代表質問(国民民主党 玉木雄一郎代表部分)
※冒頭にある結びの言葉は、2時間32分28秒〜2時間34分03秒あたりとなります。
 
今日は参議院本会議での代表質問が続きます。
 
国民民主党は榛葉賀津也幹事長(静岡県選出)が13時30分頃から質問に立つとのこと。
 
批判合戦、政治と金の問題などで、何か空気の淀んだかのような国会に、新たな真っ当な風は再び吹くのか、しかと確認していきたいと思います。
 
今日もNHKでテレビ中継されますので、お時間のある方は是非ライブにてご確認いただけますようお願いいたします。

襟を正した言動なくして信頼ある政治なし

ブログ 政治

ジョー・バイデン氏がアメリカ第46代大統領に就任。
 
紆余曲折どころか、最後には暴動まで起きてしまった米大統領選挙は側から見ていても何とも後味が悪く、就任式にトランプ氏が不在という異例の形が、そのしこりを表している訳ですが、就任式後の演説では、「私の魂を、米国を団結させ、結束させることにささげる」と述べるとともに、「すべての米国民の大統領になる」と強調し、米社会の分断と戦い、新型コロナウイルスへの対応や、人種問題の解消に取り組む姿勢を強調したとのこと。
 
ウイルスを乗り越えるために必要なのは社会全体の団結であることを思えば、いまこうして分断している場合ではないことや、分断で結束力が低下する様子をニンマリと眺めている国もあるのだとすれば、同盟国である日本にも影響を及ぼす可能性もあることから、バイデン新大統領のもと民主主義国家アメリカが再び強く結束されることを切に願うところです。
 
一方、国内に目を移すと国会は昨日から衆議院本会議での代表質問が始まりました。
 
真っ当な論戦を期待しインターネット録画中継で視聴しましたが、議場では居眠りをしている議員、飛沫がマスクから飛び出ているのではと思うほどの大声でのヤジ、首相の答弁に対して白々しい「エーーーっ」の合唱。
 
仕事中の居眠りは言語道断、「人の話しは黙って聞く」、「大声は出さない(コロナ対策)」の小学生でもきちんと守っていることが何故出来ないのでしょうか。
 
ましてや非常事態とも言える中での国会、しかも代表質問の時間に居眠りするなどもってのほかであり、論戦以前のこのようなことを書くこと自体レベルが低いのですが、昨日はさすがに憤りすら感じてしまいました。
 
コロナ禍の国会は始まったばかりですが、パフォーマンスでしかないヤジや合唱も含め、子どもに見せても恥ずかしくない議場での言動に襟を正していただきたいものです。
 
肝心の質問内容に関して、立憲民主党の枝野代表と菅首相のやり取りなどについては既に報道にある通りですので割愛しますが、本日も自民、立憲、共産、日本維新の会、国民民主の各代表からの質問が続きますので、引き続き内容の把握に努めたいと思います。
 
さて、そんな私はといえば、昨日のお昼休みは美浜原子力緊急事態支援センターの皆さんに活動報告。
 

【写真撮影者がおりませんでしたので、終了後に雰囲気だけ・・・】
 
その後、先般専決処分のあった「除雪費」と「ふるさと納税事業」の詳細確認のため市役所の担当部署にてヒヤリングをさせていただきました。
 
もう1件、昨日聞けずに終わった「ワクチン接種体制確保事業」に関しても、詳細な内容や費用の考え方についてお伺いをし、専決処分を決めたこのタイミングにて、自分の判断基準に照らして当該事業が妥当か否かしっかり確認しておきたいと思います。
 
専決処分案件については後で確認するとはいえ、3月定例会まで待っていては後の祭りになってしまいますので。。。
 
冒頭の米大統領選挙や国会ではありませんが、やはり議会や議員たるもの、子どもはもちろん、有権者の皆さんから見て残念がられる行動をしていては、説得力や信頼は低下するというもの。
 
「模範に」までを言うと格好つけ過ぎかもしれませんが、人に言うからには自分自身はさらに襟を正し、公に尽くす者としてあるべき行動に努めていきます。

ワクチン接種体制確保事業費ほか2件について専決処分される

ブログ 敦賀市議会

毎定例会後、開催してきている活動報告会ですが、今回も12月定例会の内容を中心に先週末から開始しました。
 
昨日は、日本原電敦賀発電所の協力企業等の一室をお借りし、お昼休みの約30分間でしたが、働く仲間の皆さんにお伝えさせていただきました。
 

 
毎度のPRとなり恐縮ですが、市議会議員は特定の地域や職域のために存在している訳ではない(当たり前ですが)との考えから、この報告会に関しましても市内一円を対象に行っていきたいと考えておりますので、皆さまにおかれましては少人数であっても構いませんので、是非お気軽にお声掛けいただければ嬉しく思います。
 
さて、話しを変えまして、ここ最近のブログを振り返りますと、電力需給逼迫や大学入学共通テスト、震災に国会とやや広義なものが続いていました。
 
私の場合、FacebookやLINEのタイムラインなどでもシェアという形で発信している訳ですが、蓮舫議員の呆れた行為をシェアした昨日のFacebookに、「蓮舫議員の件ではないのですが、今日の新聞にコロナワクチンの接種準備の予算が専決処分、3月下旬から接種が始まるのかな?」とのコメントがあり、はたと反省。
 
広義な視点ももちろん大切にしないといけませんが、本来の役割としてまず行うべきは敦賀市政や議会のことであり、新聞情報のほうが早いのではいけませんね。
 
改めて、気づかせてくれたOさんには感謝申し上げます。
 
そのうえで、一昨日、敦賀市で予算の専決処分されたのは以下3件であり、概要とともにお伝えいたします。
※ちなみに「専決処分」とは、急を要するもの等で、議会の議決を通さず市長の判断により事業実施の決定がされることを言います。
 
【令和3年1月18日専決】
 
(1)新型コロナウイルスワクチン接種体制確保事業費:837万5千円
 ワクチン接種の実施に係る予防接種の管理システム改修及び早期に実施する65歳以上の方への個別通知の準備、予診票の作成等を計上
 
(2)ふるさと納税事業費:14億9851万8千円
 寄附金の見込みが8.5億円から32.5億円にアップしたことに伴う返礼品等不足額を計上
 
(3)道路除雪費:1億5074万7千円
 年末年始における除排雪委託料及び今後の支出見込み額等の除雪経費不足額を計上
 
これら専決処分された事項については、直近にある議会(臨時議会がなければ、今回の場合は3月定例会)にて確認を経ることとなります。
 
とりわけ、Facebookでもコメントのありました(1)に関しては、「市のほうはワクチン接種体制確保事業費ということで、予防接種に関わるシステムの改修や早期に実施する65歳以上の方への個別通知の準備などがこれから進められることになります。時期については、昨日菅首相が2月末からの医療関係者への接種を目指すとありましたが、まだ明確には示されていないため情報収集に努めていきます。」と返信させていただいています。
 
こうした形で行うのは、もちろん経験したことがないことでありますので、接種場所の選定や方法などについても追って確認していきます。
 
また、(2)のふるさと納税に関しては、11月末時点でも約11億8千万円の寄附額の見込みとありましたが、現時点において何と32.5億円まで増額見込みとなっており、まずは敦賀市に寄附いただいた方に感謝申し上げたいと存じます。
 
令和元年度決算における、昨年の寄附額(歳入)約6億3千万円に対し、既に5倍になっていることは驚きの上昇率な訳ですが、以前に要因を確認したところ、ふるさと納税サイトの中でも「楽天」サイトに掲載した効果が非常に大きく、特に敦賀の海産品は人気があり、売上が上がれば掲載順位が上がるという「プラススパイラル」により急上昇につながっていることは以前に確認した通り。
 
とはいえ、今回、補正で増額計上したように当然、入りがアップすれば出るほう、つまり返礼品やこれに係る経費もアップする訳であり、今回専決された分はそれらに充てられることになります。
 
昨年実績では、この返礼品に係る経費分は約3億6千万円ということで、寄附額の約半分は一般財源(市のお財布)からの歳出となる訳ですが、ここは財政への影響と市内経済への効果などトータル的に評価していくことが必要と考えるところです。
 
とは言え、県内でもダントツトップの寄附額であり、敦賀市の返礼品に魅力があるということに加え、敦賀出身の方が故郷のためにと納税してくれているとすれば、それは大変ありがたいことであり、「嬉しい悩み」として捉えておきたいと思います。
 
(3)の除雪費についてはご覧の通りですが、思い浮かべるのは3年前の大雪で除雪費増で財政破綻(と言っても良いかと)に陥った福井市の例。
 
ここ2年、まとまった雪はなかったため、こうした財政出動もなかったと思いますが、この年末年始分を見てもこれだけの経費を要することについては、詳細を確認しておくとともに、肝心の除雪対応の点についても自分の中でのシュミレートをしておきたいと考えます。
 
以上が専決処分された事項についてのご紹介となります。
 
国会も開会し、特にコロナに関しては今後も様々な動き、各種施策の展開があろうかと思いますが、私の立場でも情報収集に努め、迅速且つ正確に皆さんにお伝えしていけるよう、しかと対応にあたっていきます。

蓮舫議員の呆れる行為と「政策先導型」に進化する国民民主党

ブログ 政治

昨日は抜けるような青空が広がった敦賀。
 
市役所の会派控室から臨む野坂山は、何か神々しささえ感じる存在感でした。
 

 
そうかと思えば夜半には一変、けたたましい雷鳴と屋根を叩くアラレの音。
 
今日は急速に発達する低気圧の影響で、北日本や北陸では暴風雨や大雪、高波となる予報とのこと。
 
変わりやすい天気を「女心」と掛けて言うのは、もう時代錯誤かもしれませんが、これぞ北陸の冬の天気と受け止め注意して過ごしたいと思います。
 
さて、昨日招集された第204回通常国会は、衆参本会議で菅首相の施政方針演説が行われ、喫緊の課題であるコロナ収束への決意や対策、震災復興・災害対策、グリーン社会の実現やデジタル対策、東京一極集中の是正や少子化対策や社会保障、外交安全保障など、今国会に臨む施政と姿勢を示されました。
 
そんな折、書くのもしょうもないことではありますが、立憲民主党の蓮舫代表代行が、この施政方針演説の原稿を首相が演説する前にツイッターに投稿したとのことで、結果して立憲民主党の参議院議員運営員会の吉川沙織筆頭理事が謝罪し、投稿も削除されたとのことでありますが、昨日のブログの「そもそも思考」でいっても理解不能、しかも党を代表する立場の方のこの行為に対しては呆れるばかり。
 
ツイッターの投稿には、「首相がどれだけの思いを込めた話し方をされるのか」などと書き込まれていたようですが、一般人ならともかく、国会議員、しかも数的には曲がりなりにも野党第一党の代表代行の立場のお方が行う行為なのかと憤りすら感じるところ。
 
こうした事柄に文面を割くこと自体が勿体ないのでこれ以上はやめますが、思いがどうかなどは受け取る側の問題であり、首相は毅然と自身の考えを述べられ、極めて大事な国会論戦の火蓋は切られた訳ですので、揚げ足取りや政権批判ばかりに時間を使うことなく、建設的で真っ当な論議に時間を使っていただきたいと強く望む次第です。
 
一方、同じSNSの発信、同じ野党の国民民主党はと言えば、代表の玉木雄一郎議員は自身のツイッターで、『政府の先を行く提案をどんどん行い、実現につなげていきます。コロナ禍を乗り越えるため、国民民主党は「政策提案型」から「政策先導型」に進化します。命と健康、そして雇用と生活を守る国会にしていきます。』と述べられたほか、浅野さとし衆議院議員(茨城5区)は『国民の皆さんに提供できる本質的価値として「先見性」の部分をこれから最大化していきます。その方法は国民の皆さんとの「共創」にあると私は考えます。国民民主党のアイデンティティは「政策提案型」から「政策先導型」へ。一緒に政治を変えましょう。』とあります。
 
もちろん、他の所属議員を見ても、揚げ足取りや批判をしている方などおらず、今ある政治課題に強い姿勢で臨む覚悟に満ち溢れていることが感じられます。
 
これまでも「政策提案型」の言葉に沿って、様々な政策提言がされていることを思えば、さらに「進化させていく」との言葉からは、国民民主党の今国会に懸ける本気度が如実に表れていると感じるところです。
 
昨日も述べましたよう、コロナ禍から脱することに叡智を集結するのは当然のこととして、今秋までに必ず行われる衆議院選挙は今後の日本の舵取り(政権)を問う選挙になることから、私自身は地方議員のひとりとして、またひとりの有権者として、この国会には最大限の関心をもって「本質」を捉えていきたいと考えます。
 
ブログの結びが昨日と若干重複しましたが、火がついたのは「そもそも思考」で考えるにも値しない蓮舫議員のも呆れる行為であるとお許しいただき、皆さま方におかれましても、各政党、各議員の一挙手一投足に注視、監視の目を光らせていただければ幸いに存じます。

見通しの悪い時代における必携の能力は「そもそも思考」

ブログ

昨日は、予定がぽっかり空いた日曜日。
 
最近やや遠ざかっていた読書をと以前に読んだ本数冊を手に読み返しをしてみると、やはり多くのヒントが得られるというもの。
 
その本はというと、編集工学研究所・専務取締役である安藤昭子氏著の、その名も「編集工学」。
 
「知の編集工学」を書いた松岡正剛氏の持つ編集工学の世界観や「編集」という見方や方法が、この混迷の時代にあってますます必要とされるとし、編集工学の現在を一冊の書籍にまとめられたもの。
 

 
この編集工学研究所は、敦賀駅西エリアで計画が進められる「知育啓発施設」を担う丸善雄松堂さんとの関わりが深く、10月末に敦賀で行われた「駅西地区社会実験」イベントで企画された安藤氏の講座に参加した際に購入した本でもあり、私の中では、記憶と内容がリンクしているものでもあります。
 
改めて読み返してみると、感じること、気づくことが多々あった訳ですが、最も自覚・意識して思考せねばと思い直したのは、『原型をたどる 〜前提ごと問い直す「そもそも思考〜」』でした。
 
自分自身の記録に留めておく意味も込め、以下に当該部分の原文を抜粋させていただきます。
 
(以下、抜粋)
私たちは大抵、日常に溶け込んでいる様々なものを「そういうものだ」という、通り一遍の理解で済ませいています。
いちいち本質を問う視点を持とうとしたら、周辺に流通する大量の情報を処理しきれないことからすれば、現代のライフスタイルとして、それはそれで理にかなっているのでしょう。
但し、その流れに身を任せていると「ステレオタイプ(典型)」の記号的な理解で世の中を見る方向に、どんどん思考が引っ張られていきます。
背景にある「アーキタイプ(原型)」を問わなくなる社会は、「※パンとサーカス」現象の危機にさらされることとなります。
 
※パトリック・リンガー著(1986年)の「パンとサーカス ー社会衰退としてのマス・カルチュア論ー」
マスメディアがポピュラーアイドルを作っていることは誰でも知っているが、同時にこの社会が価値に関するステレオタイプだけを次々に量産していることは気がつきにくい。
ステレオタイプばかりが作られると、その奥にあるはずのプロトタイプ(類型)が見えなくなり、さらにその奥にあるアーキタイプに全く目が届かなくなる。
ステレオタイプだけが社会を覆っているとプロトタイプを問うものさえいなくなり、その歴史も忘れ去られる。
そこへもってきて大衆心理が世の中の全ての決定権を持つことになると、我々の歴史文化に潜んできたアーキタイプが何かということは、大衆心理が選んだポップシンボルにしか求めないということになる。
これこそが古代ローマ帝国とナチスとFIFAが陥った危険極まりない「パンとサーカス」現象なのだが、それが危険であると誰も思わない。
 
この本は1980年代に書かれたものですが、いずれも行き着く先の現在のを言い当てているようで戦慄を覚える。
 
では、そうした現代を生きるものとしてどう考えれば良いのか。
 
普段身の回りにある出来事や話題に対し、「これは何のためにしているのか」、「そもそも、それって・・・」といつでも自在に捉え直しができる状態にしておくことで、世の中をどう見るのかという「軸」を自分の内側を携えることができるようになり、無自覚にステレオタイプに流されることなく、アーキタイプを自覚して、必要に応じて本質を捉える。
 
見通しの悪い時代において、この種の「そもそも思考」は必携の能力となるはずです。
(抜粋終わり)
 
とあります。
 
本当にマスコミに踊らされている今の世の中を表している通りであり、本質を見失わず、自分の考えに「軸」を持つという観点において、改めて「そもそも思考」を実践することを肝に銘じたところです。
 
さて、話しは変わり、新型コロナの収束の道筋すら見えない混迷を極める状況の中、本日第204回通常国会が招集されます。
 
コロナ特措法を始め、デジタル改革関連法、全世代型社会保障改革関連法案(75歳以上医療費負担)、国家公務員法改正案(定年引上げ)や憲法改正論議につながる国民投票法改正案などの重要法案審議が予定される中、今秋までに行われる衆議院選挙を睨んでの国会運営になるとありますが、先ほどの通り「混迷を極める」中ですので、支持率アップや人気取りを伺う大衆迎合的論議でなく、ここでこそ「本質」を突いた論議をお願いするところであります。
 
そうした中、16日(土)の福井新聞に福井県選出国会議員の皆さんの通常国会に臨むにあたっての重要課題と併せて展望やポイントを問う記事がありました。
 
ここ敦賀を含む福井2区には、自民党の高木毅議員と立憲民主党の斉木武志議員の2名の衆議院議員がいらっしゃいますので、私も注意深く記事を読ませていただきましたが、何とも言えぬ違和感が残りました。
 
その私が感じた違和感は、たまたま拝見した同じ敦賀市議会の和泉明議員のブログにズバリ書かれておりましたので、そちらをご覧いただければと思います。(和泉議員、勝手にリンクしますことお許しください)
 →→→和泉明議員ブログより「通常国会に臨む本県選出議員の声」
 
ブログの結びにある「ごまかし、まやかしは効きません」の言葉は、今後有権者もしっかりと見極めて判断していくべきことと私も大いに納得した次第であります。
 
話しを「編集工学」に戻しますと、憲法改正など、この国の根幹に関わる論議をこれから行なっていくことなどを踏まえれば尚のこと、“見通しの悪い時代において、この種の「そもそも思考」は必携の能力となるはずです”とのヒントは、政治家のみならず、政治家を選ぶ有権者おひとりお一人においても必要であり、求められることかと考えます。
 
上から目線ですみませんが、今後は普段のマスコミ報道然り、国会然り、市議会も然り、そうした視点でご覧いただき、「そういうものだ」ではなく、「そもそもそれって・・・」と本質な何かを捉えてご一考、ご意見賜りますよう宜しくお願いいたします。
 
私も勿論、そうした姿勢で活動にあたりますので。。。
 
ではでは。

阪神・淡路大震災から26年の日に強く思うこと

ブログ 防災

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から今日で26年。
 
ここ敦賀でも突き上げるような揺れを感じたことや阪神高速の倒壊シーンなど現地の衝撃的な映像は、半世紀を経ても未だ記憶に新しく、恐らくこの後も忘れることのないであろう出来事となっています。
 

 
発生時刻の午前5時46分には、兵庫県内各地で鎮魂の祈りが捧げられるとのことであり、私からも犠牲になられた方への哀悼の意、さらには今なお障害など後遺症を抱えて暮らす方に対し、深くお見舞いを申し上げます。
 
新聞情報によれば、兵庫県内で17日前後に開かれる追悼行事は昨年より18件減の42件でコロナ緊急事態宣言の発令でさらに減少するとみられる中、遺族や被災者らは自宅やオンラインなど、例年とは違う形でも犠牲者を悼み、改めて震災の記憶と教訓を胸に刻むとあります。
 
6434人の犠牲者、全半壊家屋約25万棟、10兆円を超える甚大な被害により、大きな「負の遺産」をもたらしたこの震災。
 
しかしこの震災は「負の遺産」だけでなく「正の遺産」も残しているとウェザーニュースの記事にあります。
 
まずは、阪神・淡路大震災をきっかけに災害ボランティアが定着したことから、1995年は「ボランティア元年」と呼ばれているように、ボランティアの延べ人数で、阪神・淡路大震災が167万人、東日本大震災が550万人など復興の助けになっています。
 
次に、阪神・淡路大震災を教訓に大規模災害に対応するため、高度な救出救助能力を有する隊員と装備で編成される消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)が1996年12月、東京消防庁に発足し、その後は国内の大規模災害だけでなく海外の地震・森林火災・噴火災害・豪雨被害などへも派遣されています。
 
また、震災では被災者に対する初期医療の遅れが露呈したことを受け、2005年に厚生労働省の日本DMAT(ディーマット)が発足。
基本、1チーム5人(医師1人、看護師2人、業務調整員2人)で構成されるチームが、要請があれば現場に3日〜1週間滞在して活動するとのことであり、初の出動は2005年4月に発生したJR福知山線脱線事故であったとのこと。
 
さらに、身近なところでは、被災した際に用いたカセット式ガスコンロが、メーカーによってガスボンベのサイズや構成部品が異なる不便が生じたことを教訓とし、1998年2月に日本工業規格が改正され、ボンベの形状が1種類に規格化された(どのメーカーでも使えるようになった)ことや、水道の湯水混合水栓のレバーについては、震災の前まで普及していたレバーを上げると止まる「上げ止め式」では、周辺の物が落下すると水道水が出っぱなしになるという事例が多発したため、震災後はレバーを下げると止まる「下げ止め式」が普及したことなど、いま当たり前のことは実は阪神・淡路大震災を契機に生まれたものであったことを気づかせてくれます。
 
この3月には東日本大震災から10年を迎えることとなりますが、この2つの大震災にあって大きな負の出来事に直面しつつも、日本人はこうして正の力に変えるとともに、何よりも秩序を守り、災害ボランティアに行けなくとも気持ちをカンパやメッセージに変えて、助け合い、支え合って乗り越えてきました。
 
そして今のコロナ。
 
徐々にまた批判や非難、身勝手な行動が見受けられるようになってきていますが、こうして気持ちもバラバラ、社会が分裂していてはウイルスに勝つことなど到底出来ません。
 
無念にも震災で犠牲になられた方が生き続けたかった日本を思えば、取るべき行動は必然であります。
 
今を生きる者の責任と使命を強く自覚して、感染症も災害だとすれば、この阪神・淡路大震災から26年の今日、今一度、日本全体が協力し合ってこのコロナを乗り越えることを決意する、そうした日にすべきであり、私自身そのように思う日にしたいと考えます。

平常心で実力発揮を!今日から大学入学共通テスト

ブログ

今週に入ってからも冷え込みが厳しい日が続いたものの、連日の太陽のお陰か街中の雪もかなり溶けてきています。
 
敦賀では大雪にならなかったものの、嶺北で降ったドカ雪を思えば、このベースにある雪は極力減らしておきたいもの。
 
そういった意味でお天道様には感謝感謝です。
 
昨日は、お昼休みに職場で活動報告会をさせていただきましたが、その際も雪の話題に。
 
不要不急の用事で福井市内に出掛けた方の話しによると、幹線道路以外はまだ多くの雪が残っており、路面は残雪と車輪の轍で凸凹。
 
また、幹線道路を走る車が側道から合流する車を入れない傾向が見受けられ、脇道は数珠つなぎの渋滞、道路への雪の投げ入れや車道のセンターラインを歩いている人の多さも目についたそう。
 
部分的に見られた方の印象ではありますが、事実としてあるとすれば、やはりこうした時に必要なのは譲り合う精神やモラルの遵守といったところでしょうか。
 
その福井市を始め、嶺北の各市町も雪量が減っているのと除雪も進み、徐々に通常生活を取り戻しているようですので、学校再開など来週からのリスタートに準備いただく週末になればと思うところです。
 
さて、話しは変わり、今日から明日に掛けては大学入試共通テストが行われます。
 
独立行政法人大学入試センター発表によると志願者数は53万5245人で、前年(大学入試センター試験)と比べ2万2454人減少とあります。
 
減少の理由は、新入試への切り替え初年度であるためとの分析もされているようですが、さりとてこれだけの受験生が将来を懸けて挑戦する大学入試であり、今年は特にコロナの影響や自然災害、交通トラブルなどに左右されず、まずは試験会場に無事に到着されることを願うばかりです。
 
正月明けに、教員と生徒2名がコロナ感染した敦賀高校も、それ以上の感染拡大なく落ち着き、こうしてこの日を迎えられたことに同じ受験生年代の子を持つ親として心から安堵しているところ。
 
長男は既に就職に進んだため、我が家に受験生はいない訳ですが、幼少期から長男とともに過ごしてきた、我が子同然の近所の同級生は受験生。
 
どうしても気になり、気持ちを和らげるエールをと昨晩LINEにてメッセージを送ると「ありがとう!頑張ってくる!」と元気な返事。
 
何ともたくましい限りです。
 
こうして、今後の人生を見据え、様々な思いのもと挑戦する大学入試共通テスト。
 
全国の会場で混乱なく、全受験生が平常通りのパフォーマンスを発揮できるよう心から応援したいと思います。
 
最後に、私から思いを込めて「お守り」を。
 
東京に単身赴任していた際、何かと願掛けでお世話になった「勝負の神様」神田明神の「勝守」。
 
徳川家康公が関が原の合戦にこの「勝守」を授かり勝利を得たことにより、縁起の守りとされ、取引、勝負、「入試」等に御神徳を頂く霊験あらたかなお守りとのこと。
 

 
運も実力のうち。
 
「桜咲く」春に向けたファーストステージを悔いなく終えることができるよう願っています。

嶺南全体がひとつになって取り組むためには

ブログ まちづくり

このブログでも度々ご紹介している「嶺南未来構想会議」。
 
嶺南の将来構想を考えてみようと集まった嶺南6市町の議員と行政職員の有志の会ですが、この約10ヶ月、行動あるのみで活動を続けてきており、自らの会合を始め、まずは「知ること」と6市町の総合計画をヒヤリングに各役所に伺ったり、まちづくり団体の皆さん等に将来構想案をプレゼンしたりする中で、様々な気づきやご意見なども頂戴してきたところ。
 
昨日は「知ること」の一環で、「福井県嶺南振興局」、「嶺南広域行政組合」にお伺いし、それぞれの役割や事業の詳細についてお伺いすることができました。
 
嶺南振興局さんにおいては、県の総合出先機関という役割を持ちつつ、福井県長期ビジョンでも「若狭リフレッシュエリア構想」や「嶺南Eコースト計画」にあるよう、杉本知事ご自身も「嶺南はポテンシャルが高い地域」として施策を掲げていることも踏まえ、文字通り嶺南の振興(盛り上げ)に向け、局長権限予算も付加し各市町とも連携し取り組みを進めているとのこと。
 
意見交換する中で、6市町に「横串」を通していくことも振興局の役割であるとの言葉が印象に残りました。
 

 
また、嶺南広域行政組合さんにおかれては、元々はJR小浜線の電化計画を契機として、当時「鉄道整備促進基金の設置管理業務」を共同処理すべきとして設立された背景の中で、嶺南地域の公共交通機関の利用促進や有害鳥獣処理施設の管理、地域の活性化推進などの事務を遂行されており、こちらは法の位置付け的にも6市町で共同処理すべき事業を進めていく役割。
 
ここでは、6市町の声も踏まえつつ、「点を線」で結び、嶺南全体が一緒になって取り組めることもやっていければとの言葉がありました。
 

 
それぞれ詳細な事業内容もお聞きし、質疑等もさせていただく中で大変多くのことを知ることができ、自分自身の理解も深まった訳ですが、これまで6市町を回らせていただく中で行政サイドの皆さんと思いを共有できた「嶺南全体で何かやっていかなければならない」、「やっていきたい」との思いはここでも同様に確認することができました(振興局さん、広域行政組合さんは、それが役割でもあるとはいえ・・・)。
 
北陸新幹線敦賀開業、その先の小浜開業はもちろん視野に入れつつ、コロナ禍によってリモートワークやサテライトオフィスなどで田舎に目が向けられようと、根っこにあるのは人口減少社会であることからすれば、約13万人の嶺南各市町同士で競い合ったり、パイを奪い合うのではなく、エリアとして人を呼び込むことや(定住・交流問わず)、行政事務の共同化により人的にも財政的にも効率化を図ることは極めて重要なことと考える次第。
 
行政の皆さんからすれば「そんなことは分かってる」ということかと思いますが、では何故二の足を踏むのかというと、そこには各市町の壁、市町内でも各部局間の壁があるからということに他ならないと、ここまでのヒヤリングの中で肌感覚として感じているところ。
 
首長さんもそれぞれお考えがある中で誰が音頭取りするのかや負担金割合(財源)はどうするのかなどが絡んでくれば、これは知恵の輪を解くような難解なことかもしれませんが、近い将来そうしたことが必ず課題になってくることを思えば、今からあちこちにある壁を少しずつ低くしていく(ぶっ壊すなどと乱暴なことは言いません)ことが重要なことと考えます。
 
ではどうして実現していくのかといえば、嶺南未来構想会議自体がそうであるように、まず必要なことは「人も地域も、互いを知り、つながる」ということに尽きるのかと。
 
言い換えると「互いの良いところ」を知れば、連携や期待する相乗効果を必然的に考えるようになるのではと考えるところです。
 
「敦賀市議なんだから、まずは自分のまちのことをしっかりやれ」とのお叱りもあろうかと思いますが、「他利は自利」とも言いますし、嶺南全体が発展することは敦賀の発展ともイコールな訳ですのでその点はご容赦いただき、敦賀のことに嶺南のことを重ね合わせて、引き続き「つなぐ」ことの重要性をもって活動にあたりたいと考えます。

議員研修もオンライン開催。変化は楽しむもの。

ブログ 敦賀市議会

昨日は久々に青空が覗く一日。
 
凛とした空気に青い空はやはり気持ちが良いものです。
 
一方、路面は放射冷却の影響もありカチカチに凍結。
 
歩行はもちろん、車を運転するには気持ちの悪いものであり、足元に細心の注意をしながら過ごされたことと思います。
 
今朝も同様の環境になることが予想されますので、転倒、スリップなどには十分ご注意くださいませ。
 
さて、正月も明け10日以上を過ぎましたが、敦賀市議会ではようやく議員一同が会する機会が昨日ありました。
 
例年、県内各市の市議会議員が集合し開催されている「福井県市議会議長会議員研修」ですが、今年度はコロナ感染に配慮をし、本来勝山市で開催されるはずであったものを断念し、各市にてオンライン開催をすることとしたもの。
 
オンライン形式といっても講師のプレゼンテーションをWEBにて視聴するというもので、質疑等は出来ない訳ですが、それでも議会としてはひとつ新たな取り組みであったかと思うところです。
 

【一番広い全員協議会室を会場とし、このような感じで行われました】
 
研修の方は、金沢工業大学SGDs推進センター長の平本晋太郎氏による「SDGsと地域社会」をテーマに90分間の講義。
 
SDGsとは何かから始まり、日本は先進国の中でも取り組みが遅れている(世界ランキングは年々低下している)こと、経済・社会・環境に目を向け循環するように進めることが重要であること、SDGsはあらゆる分野でのルールの大改革と言えることなど、基本的な事項についての説明がありました。
 
また、重要となる3つのキーワードとして①地球規模、②バックキャスト、③誰一人取り残さないことを挙げ、とりわけ②のバックキャストに関しては、「こうありたい」と考えてから、それに向けて行動することを意味し、これからどうなるのか分からないが進める(フォアキャスト)では行けないとの説明においては、まさに2050年温室効果ガス排出実質ゼロを掲げ、それに向けてどう進めていくかの温暖化対策・エネルギー政策と同じであるとも感じた次第。
 
その後は、北信越地方で先進的にSDGsを進めている事例紹介に続き、最後は議員が取り組むことの意義などについて説明がありました。
 
ここでは、子ども達はこれから学校でSDGsの言葉を学習するようになり、今後一般的にも理解しやすくなってくる環境において、自治体の政策がSDGsの何番に該当するのかの視点で評価していくこと、若者を始め市民の皆さんと一緒に進めることで、まちのあり方、つくり方の一助となるよう活動してもらいたいとの言葉で講演を結ばれました。
 
漠然と流行り言葉のように置くのではなく、最後に仰られた点について各方面と共有を図り進めることが、世界全体で進めることの意味合いを深め、最大限効果を発揮するものと理解できたことは、自身にとっても大変良い機会となりました。
 
この日は、これまた敦賀市議会として初の取り組みとなる「オンライン議会報告会」に向け、常任委員会ごとに、作成したパワーポイントやナレーションの確認も行いました。
 
私も所属する産経建設常任委員会ならびに広報広聴委員会に出席しましたが、やはり多くの目で見るとより良い意見が出るもの。
 
RCN議会チャンネルや市議会ホームページ、YouTubeでご覧いただく、市民の皆さん始め、視聴者の皆さんの視点でプラスの修正が図れたものと考えます。
 
2月14日、15日の放映前には、また改めてお知らせさせていただきますが、力作?を是非ご覧いただき、少しでも議会や市政について理解を深めていただく一助になればと思います。
 
こうして考えると、議会や議員個々人もコロナを受けて認識を変え、自然と変化を受け入れているのかと。
 
度々述べてますよう、何ごとも悲観的に捉えずポジティブな姿勢で、プラスの変化を楽しむくらいの気持ちがこのコロナを乗り越えるポイントでもあり、私自身心掛けながら、引き続き皆さんにも呼び掛け活動にあたっていきたいと考えます。

理不尽と不条理の世を生きるには

ブログ

昨夜は会社の大先輩のお通夜に参列。
 
自分の父より少し歳上の方でしたので、仕事で直接ご指導いただいたことはなく、関係会社に転籍されてからのお付き合いの方が長い訳ですが、親分肌の強面とは裏腹に会う度に優しくお声掛けいただいたり、選挙の前には力強い檄励をいただいたりと、お話ししすれば不思議と力をもらえる、私にとってはそんな存在の方でした。
 
ここに大先輩の生前の功績に敬意と感謝の念を表し、謹んでお悔やみ申し上げますとともに心よりご冥福をお祈りいたします。
 
安らかにお眠りください。
 
さて、そうした力や教えをいただいた方は、誰しも1人や2人はいらっしゃるのかと思いますが、私にとっては高校時代の陸上部顧問の先生もそのお一人かと。
 
伝統的に敦賀高校は陸上の強豪校であり、先生はその礎を築かれた指導者でもある訳ですが、投てき出身のこの先生は体も声も大きく、しかも先ほどの大先輩と同じく強面(先生すみません)で、とにかく風体自体が怖い存在でした。
 
私は中長距離種目ということで、同じ部の仲間とともに厳しい練習に3年間励み、心身ともに鍛錬した訳ですが、特に「心」の部分についての指導が厳しく、練習に取り組む姿勢はもとより学校生活において部員の誰か1人でも緩んだ者がいると連帯責任で全員が劣化の如く叱られたり、時には理由も分からず「勝手にせい!」とお帰りになるのを皆で止めに行ったなどということも。
 
後者の状況というのは、実は正しきことは何か、考えさせ気づかせることに意味合いがあったとはいえ、当時の私たちからすれば、先生の虫の居所が悪いとしか思えなかった訳ですが、それでもその時味わった「理不尽」な経験、指導に込められた先生の思いというのは、社会に出て数年してから分かるもの。
 
つまりは、理不尽だらけの社会や人間関係の中でつまづきそうになった時でも、「あの陸上部時代に比べれば」と思えば大抵のことは乗り越えることができた訳であり、ここまでやってこられたのは陸上部時代があったからと言っても過言ではないのであります。
 
そうしていつしか「怖かった先生」はある時期を境に「人生の恩師」へと変わったのですが、今でも怖い存在であることには変わりはなく、お会いすれば直立不動ですが、現役さながらの声でハッパを掛けていただけるのは嬉しくも力が湧くもので、今なお感謝しているところです。
 
私自身はそうして「理不尽な社会」という言葉を使ってきた訳ですが、たまたま1月11日から始まった福井新聞の通年企画「あしたを拓く」のコーナーで作家・五木寛之氏に「コロナの時代」をどう生きていけば良いのかを問うたインタビュー記事がありました。
 
仏教に造詣が深く、近年は文明批評でも健筆を振るう五木氏は、こう述べています。
 
「世界は不条理に満ちている。思うままにならないこの世をどう生きていくか。それを語ったのはブッダだ。不条理の中でより良く生きることを考えるのが仏教の根本。ありのままだ。嘆くことはないと説いている。」
 
「今は下降していく『下山の時代』だということを認識しなければならない。山を登っていく時と比べ、熱量もエネルギーも、体重の掛け方も違う。」
 
「けれども、下山の価値が劣ることは絶対にない。登山に増していいことがある。ゆっくり遠景を眺めたり、高山植物に目をやったり、来し方行く末を思ったり。成熟した人間の喜びを感じることができる。コロナはそれを気づかせてくれたかもしれない。」
 
なるほど納得の切り口でひとつの見方を得たのですが、ここで出てきた言葉は「世界は不条理」。
 
辞書によれば、「不条理」は、“筋道が通らないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。「不条理な話」”
 
また、“人生に何の意義も見いだせない人間存在の絶望的状況。カミュの不条理の哲学によって知られる。”ともありました。
 
奇しくもカミュは、ウイルス感染と人間模様を描いた「ペスト」で有名な世界的著者でありますが、五木氏の話しからは、このコロナ禍を生き抜く人生訓のヒントがありました。
 
ちなみに、先ほどの「理不尽」の意味は、“道理をつくさないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。「理不尽な要求」「理不尽な扱い」”
 
よく似ていますが、「不条理は全体の環境」、「理不尽は個の関係」を指しているものと理解。
 
つらつらと述べてきましたが、コロナがあろうとなかろうと、元々人が生きる世界は思うままにならない「不条理」「理不尽」だらけであることを思えば、それに惑わされたり、飲み込まれるのではなく、この二つの言葉の対義語である「正当」、「道義に叶う」と思える生き方をすることが、この世をより良く、自分自身悔いなく生きる術であると言えます。
 
こうして考えると、恩師が教えてくれたことはブッダにも通ずるもの。
 
そう受け止め、一生糧になるであろう「陸上部時代」の思いとともに、今後も自身の信念とポジティブ思考で頑張っていきたいと思います。
 

【3000m障害も人生もハードルは乗り越えるためにある(ホームページのプロフィールに掲載の陸上部時代より)】

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