2025年9月20日
ブログ 敦賀市議会
敦賀市議会9月定例会の一般質問は昨日、最終日を迎え、私も質問を終えました。
13時から55分間(質問の持ち時間は30分)、是々非々かつ建設的な議論を心がけ、自分なりのベストは尽くしました。
早速、本日のブログでは、質問のやり取りをご報告いたします。
私の質問は発言通告書を基に、理事者の答弁は、嶺南ケーブルネットワーク(以下、RCN)議会チャンネルの録画より、要点だけ文字起こししたものをQ&A形式で記載いたします。
なお、答弁を受けて質問したこと(更Q)は割愛しておりますのでご容赦ください。

1.戦争の惨禍と人道の心を伝え、つなぐことについて
<発言趣旨>
まず冒頭、この質問では、戦争、人道というテーマを取り上げるが故、いかなるイデオロギーも排して質問します。加えて、昭和16(1941)年12月に対米開戦した戦争の呼称は、広くは第二次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争、アジア太平洋戦争など複数あり、どう呼ぶかについても思想が及ぶため、ここでは「先の大戦」と呼ぶことをお断りしておきます。
その上で、先の大戦終結から「80年」を迎えたいま、国民の9割が戦争を知らない世代となり、敦賀においても同じく、市民のほとんどが戦争を知らない世代となるなか、犠牲となった戦没者戦災死没者に対する追悼の念はもとより、日本海側で初めてであり、敦賀の歴史上、未曾有の惨禍となった敦賀空襲などの史実を伝え、つなぎ続けることは、現世を生きる者の使命と役割であると考えるところ。
また、敦賀に根ざす「人道の心」を育み、継承する「人道の港敦賀ムゼウム(以下、ムゼウム)」は、リニューアルオープンから今年で5年を迎え、ポーランド孤児やユダヤ難民を敦賀港で受け入れた史実をもとに、国内外の都市や人との交流を深めるほか、その歴史を次代につなぐなど、「命」と「平和」の発信を続けており、その取り組みは、戦争が絶えない国際情勢にあって、今後ますます重要さを増すものと考える。
そうした認識のもと、敦賀だからこそ、市民とともに戦争の惨禍と人道の心を伝え、つなぎ続ける役割があると考え、そのためになすべきことは何かとの視点をもって、以下質問する。
やまたけ:敦賀市戦没者戦災死没者追悼式の参列者は年々減少しており、今後の継承に危機感を覚えるところ。取り組みの一貫性や継続性の観点から、この役割は今後も行政が主体的に担っていくべきと考えますが、その考えを共有いただけるか。
市長:敦賀市として主催していく。
やまたけ:「戦後80年」を迎えたいま、この節目を機に、今後の敦賀市戦没者戦災死没者追悼式に関しては、令和7年第2回定例会での市長答弁にあったよう、戦没者追悼敦賀市民の会とも連携を図りながら、若い世代の方にも積極的に参加していただけるように取り組んでいく必要があり、来年から少しづつでも変えていくとの思いのもと、今後のあり方について具体的議論を進めていくべきと考えるが、市の考えを伺う。
市民生活部長:次世代につなぐという思いは市の追悼式においても同様であり、遺族の方に限らず、より多くの方が参列し、追悼することができるよう協議の中で具体的なご意見をお伺いし、検討を深めていく。
やまたけ:具体的な見直しの提案として、まずは、真に広く市民の参加を促すよう、①案内のあり方を考える(究極に言えば案内状を無くす)、②格式ばったスタイルを和らげるため読み上げ献花の採用(来賓もご遺族・参列者も同時に献花する)、次代を担う世代の参加に向け、③子ども達が思いを伝える場を設ける(メッセージや作文など)、④国歌や市歌の(中高生の)ブラスバンド演奏での参加、⑤ボランティアでの運営側への参加、空襲の惨禍を知っていただくため、⑥敦賀空襲後の写真や戦争体験を描いた絵などをパネル展示、⑦体験談の語り部、その他として、⑧無宗教で執り行うことの周知(数珠は不要)など。
もちろん、関係者の皆さんと協議をいただきながら、できるところから取り組む前提での提案だが、市の受け止めを伺う。
市民生活部長:多くの提案をいただいた。いずれも様々な工夫で参列者を増やすことができる前向きな提案だと感じている。提案いただいた内容は、関係団体等にも紹介をし、追悼式のあり方を検討する中で参考にしていく。
やまたけ:教育の場においては、戦争体験を風化させずに継承しようと、福井県遺族連合会が県内の小中学校や高校で始めた「語り部」を、敦賀市内においても毎年のプログラムに取り込み実施することを提案するが、市の考えを伺う。
教育長:文科省からも「平和の語り部事業プログラム」の積極的な活用について協力依頼がされている。各小中学校に、平和の語り部事業の趣旨と意義を周知し、子どもたちが戦争体験を直接聞く機会を通して、戦争の悲惨さや平和の尊さを学ぶ教育の充実に努めてまいる。どの学校でも取り組んでいくように。
やまたけ:次に、ムゼウムについて、リニューアル開館から5年を振り返り、当初掲げた施設の役割・目的に対する達成度や、これまでの取り組みに対する評価を伺う。
文化交流部長:施設の役割・目的に対する達成度については、この5年間において一定の成果を残すことができていると考えている。
やまたけ:今年度、ポーランドとリトアニアを訪問され、とりわけポーランドの国内3自治体と協力意向署名をするなど、多くの成果があったと認識するが、今回の訪問を通じて得たものについて伺う。
市長:ポーランド共和国の3自治体と本市の間で強固な絆を結ぶことができたこと。自治体レベルでの交流のスタートを切ることができたことは非常に大きいことだと感じている。リトアニア、ポーランドの本市と関わりの深い博物館と今後の直接的な意見交換や協議を行うことで、ムゼウムとの新しい形での施設間連携ができた。今後は、草の根の市民交流がテーマだと思っている。特に、若い世代に命と平和の尊さを伝えていく。
やまたけ:これまでに蓄積してきた資料、構築してきた国内外の関係をもとに、敦賀港だからこそ伝えられる命と平和の尊さの「世界への発信」を今後どのような形で進めていくのか伺う。
文化交流部長:今後も様々な角度から、敦賀ならではの取り組みを行い、命の尊さ、平和の大切さを、市内外に向け発信していく。
やまたけ:この項目の結びに、質問しました2つの点を併せて大事なことは、敦賀市戦没者戦災死没者追悼式への幅広い市民参加、ムゼウムの価値や役割を、市民の皆様と一層広く、深く共有していくことを通じ、敦賀に根ざす「人道の心」をつなぐことは、ひいては郷土愛や誇りを育むことにつながることから、今後もそうした思いのもとで市政運営にあたっていただくことを切に求めるが、市の受け止めを伺う。
市長:敦賀らしさをつないでいくことによって、郷土愛とか、ふる里への誇りが醸成されるような市政を運営していきたいと考えている。
やまたけ(結びに):ムゼウムは、「人道の港」の史実を保存する中において、敢えて「戦争」を深く語っていないと認識している。「人道」の史実を学ぶ一方で、もう一つの史実「戦争」に関しては、先の大戦によって、ここ敦賀でも多くの人命が奪われたこと、中心市街地が焦土と化し、そして復興を果たしたという、我々は先人の努力の上に立っているという思いを持たないのでは、敦賀のアイデンティティが引き継がれないのではと考える。
古より、その地域を治める長の役割とは、地域にある固有の歴史や文化を守り、継承することにあると考えることから、とりわけ、人道の港を有する「敦賀だからこそ」、市長には、敦賀のアイデンティティを後世に継承していくべきとの思いをもって市政を進めていただくことを最後にお願いする。
2.公民館のコミュニティセンター化を踏まえた地域づくりについて
<発言趣旨>
現在、公民館のコミュニティセンター化を前提とした検討が進められているが、公立の社会教育施設を地方公共団体の長に移管する場合にあっても、社会教育法の理念に則った社会教育施設であることに変わりはなく、法律に定める目的に即し、社会教育の振興に努めることが求められること。また、コミュニティセンター化の目的には、地域コミュニティ形成という概念が強く込められているが、将来に向けて、市は地域のあり方をどのように創造し、地域づくりを進めようとしているのかなど、市の考える趣旨や方向性等について、以下質問する。
やまたけ:コミュニティセンター化については、令和7年第1回定例会における市長答弁において、「幾つかの検討課題をクリアできれば、市長部局のほう(移管)でということになろうかと思う。」とあったが、この際あった課題とは何で、どのように解決したのか。ここに至るまでの検討経過と内容について伺う。
総務部長:移管後の生涯学習の推進体制をどうするか、移管と同時にコミュニティセンター化するかなどの検討課題があ理、関係機関への意見聴取が必要であったことから見送ることとした。その後の検討の中で、生涯学習は引き続き教育委員会が主導して行うこと、移管とコミュニティセンター化を同時に行うことを内部で決定した。
やまたけ:これまで、教育委員会が社会教育施設(公民館)を所管してきたことの意義には、政治的中立性の確保や継続性・安定性の確保、地域住民の意向の反映、社会教育施設としての専門性の発揮等に加えて、学校教育との連携において教育行政としての一体性を保てること等があったと認識している。市長部局へ移管する際は、これらの点に十分配慮することが求められるが、どのように担保していくのか伺う。
総務部長:コミュニティセンターに移行したとしても、これまで公民館が果たしてきた教育面での役割はしっかり担保していく。特に社会教育については、市長部局と教育委員会が連携していく(建物の管轄が市長部局、社会教育については教育委員会で行なっていく)。
やまたけ:地域コミュニティに関しては、平成28年度の粟野地区を皮切りに東浦地区及び北地区の3つの地区で地域コミュニティ運営協議会が設立され、加えて東郷地区も設立に進むなど、各地区の特色を生かした事業が行われている。令和6年第2回定例会での答弁においては、「こうした活動を継続することが地域コミュニティの活性化に寄与するもの、(設立されていない地区においても)引き続き、それぞれの特性を生かした地域づくりがなされるよう各地域と連携し取り組む」としていたが、この考えや取り組みは踏襲されるのか伺う。
総務部長:これまでの考え方や必要性は変わらず、踏襲していく。
やまたけ:既に、あらゆる分野の担い手不足が顕著となる中、私のような団塊ジュニア世代が65歳を迎え、高齢化率が最も高くなる2040年以降は、様々な人的資源が不足することが確実であり、避けることができない。私が考える人口減少、少子高齢化時代における「地域づくり」とは、①地域に対する愛着や帰属意識の醸成、②地域の将来像を考え取り組む意欲の喚起、③住民の主体的参画による地域課題解決 の視点をもって、その基盤(プラットフォーム)を構築していくことにあると考えるが、今回のコミュニティセンター化には、これらの考えが込められているのか伺う。
市長:公民館が地域コミュニティのハード的にもソフト的にも中核的な存在、プラットフォームといった存在となるような地域づくりを進めていきたいと考えている。コミュニティセンター化することで、より活用しやすく、地域コミュニティの充実につなげていけると思っている。
やまたけ(結びに):行政だけでまちづくりの課題に答えるという考え方自体が終わりに近づいていると考える。いかに市民や事業者などの力を借りるかについて本気で知恵を絞る時代が来ていることから、私自身もしっかり考えていくので、よろしくお願いしたい。
一般質問の概要報告は以上となります。
まずは、自身の質問に対し、答弁作成、そして昨日は真摯かつ前向きな答弁をいただいた理事者の皆様、そして、お忙しいなか、議場傍聴にお越しいただいた方に心より感謝申し上げます。
なお、準備していて伝えられなかったこと、話してみて、組み立てや言い回しをこうすれば良かったなど、毎度反省は尽きませんが、とりわけ、2.の「地域づくり」に関しては、市長の答弁を踏まえ、今後も継続して提案すべき(仕組みを構築する)と感じたことから、以降も検討・調査を重ね取り上げていく所存です。
さて、3日間の一般質問が終わり、今晩からはRCNチャンネル(ch093)にて、一般質問の模様が再放送されます。
以下に放映スケジュールを添付しますので、関心のあるテーマ、議員だけで構いませんので、ご視聴いただけますようお願いいたします。

2025年9月19日
ブログ 敦賀市議会
昨日の電気新聞にあった二つの記事。
一つは、福井新聞でも大きく取り上げられていた、関西電力(以下、関電)美浜発電所に関する件で、「関電は17日、美浜発電所の建て替え(リプレース)に向けた地質の自主的調査を11月に再開し、2029~30年頃までに終えると発表した。新規制基準適合性審査のスケジュールを左右する「将来活動する可能性のある断層等」の有無を念入りに調べ、審査を円滑に進めたい考え。一方、革新軽水炉の開発状況、規制方針、事業環境整備に左右されるため、焦点となっている投資意思決定を、調査終了直後に行えるか不明。関電は意思決定について、調査終了の数年後になる可能性も否定していない。」とありました。
また、もう一つは、世界の動きに関し、「国際原子力機関(IAEA)は15日からウィーンで開催中のIAEA総会で、2050年までに世界の原子力発電容量は24年と比べ2倍以上増加するとの予測を発表した。IAEAがまとめた25年版年次報告書において、5年連続で原子力発電の拡大予測を上方修正した。高位の予測ケースで24年比約2.6倍、低位ケースで約1.3倍に増えると見込んだ。いずれのケースも小型モジュール炉(SMR)が新規設備容量の一部を占めると推定した。」。
以前にご紹介したよう、世界の潮流は「原子力発電の最大限活用」にあり、日本は次世代革新炉によるリプレースのみ認めるというのではなく、新増設も進めていかないと、気づいた時には、「電力不足」で世界から取り残される(生成AIなど先進技術をはじめ、産業発展は特に)ことは明らかと考えるところであり、唯一、国政政党でこのことを主張する国民民主党の党勢拡大はもとより、来月行われる自民党総裁選においても、国益を左右するエネルギー・原子力政策について深い論戦をお願いする次第です。
さて、話は変わり、昨日は敦賀市議会9月定例会の一般質問2日目を迎え、6名が登壇。
オール敦賀に向けて・女性、外国人についてをはじめ、金ケ崎に整備予定の公園、今後の公営住宅の在り方、公民館のコミュニティセンター化、リチウムイオン電池の回収、スポーツ施設の整備についてなど、生活に密着したテーマから将来に向けたものまで、幅広い質問がされたところです。
このうち、馬渕議員が質問した「公民館のコミュニティセンター化」については、自身の質問と重複する部分があるため、とりわけ注意深く拝聴しましたが、教育委員会から市長部局に移管して行おうとする目的や趣旨、社会教育施設としての利用が妨げられないかの視点からの、現状考える運用方法について、今後のスケジュールなど、ひと通り基本的な事項を確認いただいたお陰で理解を深めることができました。
なお、私の質問の視点は、「コミュニティセンター化を踏まえた地域づくり」にあり、昨日の答弁にあった、“地域の希薄化や人材・担い手不足によって、行政の関わり方が相対的に大きくなる”、“これまで以上に地区行政との関わりを強める”との考えがひとつのポイントと考えるところであり、こうした発言も引き合いに、高齢人口が最も多くなる2040年を前に、少子高齢時代にどう備えるかについて、建設的に議論できればと考えます。
そして、本日は一般質問最終日。
残る4名が登壇となります。
私は3番目、昼一番あたりの登壇になろうかと思いますので、お時間ある方は、嶺南ケーブルネットワーク議会チャンネル、または以下の敦賀市議会インターネット中継、同YouTubeチャンネルにてご視聴いただければ幸いです。
もちろん、議場での傍聴も大歓迎です。
→「敦賀市議会インターネット中継」はこちらから
→「敦賀市議会YouTubeチャンネル」はこちらから

【発言通告一覧より。赤枠内が本日の質問者です。】
2025年9月18日
ブログ 原子力 敦賀市議会
昨日から始まった敦賀市議会9月定例会の一般質問。
10時に本会議を開会し、7名が登壇。
避難所の準備状況、市職員の働き方の実態、敦賀まつり、有害鳥獣対策、子育て世代に直結する遊び場、自然災害から生命と暮らしを守る取り組み、敦賀の観光行政などについて、それぞれの視点から質問がされました。
これ以外の質問項目でありました、「人道の港敦賀ムゼウム」から平和交流に向けての発信(大塚議員)、社会教育(北條議員)については、自身の質問とも関連性があるため、どのような切り口で意見されるのか、しかと拝聴した次第です。
また、一日を通して気になった点は、市職員の働き方の部分で、不払い時間外労働(質問では「サービス残業」)の存在を認めるかの答弁があったこと、これらを防止するための出退勤やパソコンのログ管理など、民間企業ではひと昔前に採られている実効的な対策が講じられていないこと(費用との兼ね合いはあることは承知)。
ハラスメントに関しては、直近では令和7年第2回(6月)定例会において市長より、「柔軟な運用が可能な要綱の中でまずは具体的な取組の検討をしていくということで、その検討を積み重ねてきたところで、それについては答弁をさせていただいたとおりということです。今回、議会のほうでは、議論を重ねられて敦賀市議会ハラスメント防止条例制定の議案が提案されているというところで、市としましても条例化に向けた検討を進めたいというふうに考えています。」とあり、その域を出ないのかもしれませんが、現在検討を進める再発防止プロジェクトの報告を踏まえて、今ある要項の改正をし、うまく運用できることを見定めてから条例制定する(と私は理解)との昨日の答弁に、要項と条例の位置付けの違い(議会は、要項ではなく条例を制定してこそ意義があるとし、出来うる限り早く制定した)、市の意思表示・メッセージの観点からのスピード感では、市が言う「本気度」は、職員にも市民にも伝わらないのではと感じたところです(あくまでも私感です)。
一般質問は本日2日目。
自身にとって関心のある項目も取り上げられることから、初日と同様、しっかりと拝聴する所存です。
さて、思いとしては本来、昨日お伝えしたかった「敦賀発電所2号機」(以下、敦賀2号)に関する件について。
8月21日には、日本原子力発電株式会社(以下、日本原電)が「敦賀発電所2号機の新規制基準への適合性確認審査の申請に向けた取り組みについて(追加調査計画の概要)」のタイトルでプレス発表。
昨年11月13日の原子力規制委員会判断を受け、「社外の専門家の意見も踏まえながら具体化していく」としていた、申請に必要な追加調査の内容について、敦賀2号の新規制基準への適合性確認のための追加調査計画を取り纏めたことを公表していたところ。
→2025年8月22日ブログ「再稼働に向け、敦賀2号の『追加調査計画』を公表」はこちら
その際、「現地での調査は、準備が整い次第速やかに着手し、調査状況等については、地域の皆様、関係者の皆様へお知らせしてまいります。」としていましたが、日本原電は16日、「敦賀発電所2号機 新規制基準への適合性確認審査の申請に向けた追加調査の開始について」のタイトルでお知らせを公表。
同日より、現地での調査を開始したとありました。
粛々と進める中において、それほど喜ぶものではないのかもしれませんが、私にとりましては、マイプラント「敦賀2号」の再申請、稼働に向けてスタートを切ったという観点から大変嬉しく思った次第です。
再審査に必要なデータを2年程度かけて取得する方針につき、調査に時間を要することは承知しているものの、スタートなくばゴールはなし。
一歩一歩着実に調査を進め、蓄積したデータにより、科学的根拠をもって「活断層ではない」ことを証明されるものと信じて止みませんが、同様に信じていただいている地元の皆様をはじめ、応援していただいている方々のためにも、一日も早く見通しを立てていただきたく思う次第です。
いずれにしましても、敦賀2号が「再稼働」によって果たす役割は、原子力発電によって、日本の電力需給に貢献すること。
建設当時から変わらぬ本質的な目的を胸に、私自身も与えられた役割を果たしてまいります。

【9月13日に新聞折込されていた「げんでんつるが」。引き続き、市民の皆様に分かりやすい説明を。】
2025年9月17日
ブログ 政治
敦賀市議会9月定例会は、今日から一般質問。
先日お伝えしましたとおり、19日(金)までの3日間に17名の議員が登壇予定となっています。
それぞれの質問項目については、「発言通告一覧」を再掲(以下にリンク)しますので、嶺南ケーブルネットワーク議会チャンネルや敦賀市議会インターネット中継などにてご視聴いただければ幸いです。
→令和7年第3回(9月)定例会「一般質問 発言通告一覧」はこちら
さて、自民党総裁戦の話題で持ちきりのなか、国民民主党は16日、両院議員総会にて、全国知事会長も務めた上田清司参議院議員(埼玉県)の入党を承認。
上田議員の入党により、国民民主党所属の国会議員は50名(衆議院議員27名、参議院議員23名)になりました。
両院議員総会の後、記者会見に応じた上田議員は、「無所属議員として参議院での会派を共にしてきたが、国民民主党のファンであった」とこれまでの経緯を述べ、「最大限力を発揮し、党が日本の政治の真ん中に座ることができるように尽力していきたい」と意気込みを語ったとあり、豊富な行政経験を持たれた方の入党を心強く思うところです。
その国民民主党は、9月15日に結党5周年を迎えました。
同日、「結党5周年を迎えて」とのタイトルで発表した党声明においては、2020年9月15日、国民民主党は「対決より解決」の政治姿勢を掲げ、リベラル・保守といった単純な二項対立や、特定の主義主張に拘泥するのではなく、国家や国民が直面している諸問題に対して現実的に向き合う「改革中道政党」としてスタートを切り、国民の皆さまのご理解とご支援をいただきながら、今日まで歩んでくることができたこと。
15名の国会議員で出発した国民民主党が、今夏の参院選を経て国会議員49名(本日時点では50名)、地方議員も300名以上を擁する勢力となり、比例の得票数では野党第一党となることができました。これはひとえに党員・サポーターをはじめ、支持者の皆さま、国民の皆さまからのご理解とご支援の賜物であり、感謝してもしきれません。
などと感謝の言葉を綴ったうえで、「結党の際に掲げた党の理念『つくろう、新しい答え。』を実践するべく、がんばる人が報われる社会をつくり出すため、そして、強い日本経済を取り戻すため、古い政治体制や古い政策体系を脱却し、国民の皆さまと共に、新しい日本をつくり上げることを改めてお誓い申し上げます。」と結んでいます。
→党声明「結成5周年を迎えて」(全文)はこちら

【右でも左でもなく、上へ!】
なお、結成5周年を迎えた日、玉木雄一郎代表は、自身のXで次のように述べています。
<以下、Xポスト引用>
(前略)
私たちは、結党以来、同じことを言い続けてきました。
むしろ、この間、世の中の方が大きく変わりました。
エネルギー政策一つ取ってみても、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以降、世界各国はエネルギー政策を見直し、原子力発電を重要な脱炭素電源として位置づけ直しています。私たちは結党時から、資源のない日本においては原子力発電が重要であると訴えてきましたが、むしろ、時代が私たちの考えに追いついてきました。
改めて申し上げますが、私たち国民民主党の基本理念も基本政策も、結党以来、微動だにしていません。常に、未来を先取りする思いを持って取り組んできました。選挙のたびに基本政策を変えることもありません。
結党以来、確たる国家観を持って
①人づくりこそ、国づくり
②自分の国は自分で守る
③給料が上がる経済の実現
の3本柱を一貫して訴え続けてきました。
これは、西郷隆盛が政(まつりごと)の大体として掲げた三つの柱
・文を興し
・武を振い
・農を励ます
にも通じる考えです。
政治や国家の基本的な役割であるにもかかわらず、今の日本は、この三つの全てが弱くなっています。だから、国民民主党はこの三つを強くする政策を重視しているのです。
これからも国民民主党は、右とか左とかのイデオロギー対立に拘泥することなく、ひたすら国民生活の向上のための「新しい答え」を探し求めてまいります。
(後略)
<引用終わり>



【玉木代表のXに添付されていたスライドを参考掲載します】
私自身、結党時のこの理念、考えに至極共感して入党しました。
引き続き、基本政策3本柱にある「国」を「地域」に置き換えて政治活動にあたるとともに、この党が政治の中心となれば、必ずや「新しい日本をつくり上げる」ことができるとの思いのもと、党勢拡大に励む所存です。
2025年9月16日
ブログ 防犯/防災
皆様におかれましては、三連休で英気を養い、気持ちの良い朝をお迎えのことと存じます。
私もそういきたいところでありますが、本日のブログは明るい話題ではなく、注意の呼びかけに絞ってお伝えいたします。
と申しますのも昨日、どこか「他人事」と思っていた、SNSアカウントの「なりすまし」に遭いました。
昨夕、複数の方から「これって偽物では?」などと教えていただき、私のinstagram(インスタグラム)のアカウントを装った「なりすまし」アカウントが出回っていることが判明。
なお、「なりすまし」とは、SNSアカウントに侵入される「乗っ取り」とは違い、本人のプロフィールやユーザー名を酷似させることにより、まるで本人のものと誤認させ、偽アカウントから本人の名を使って不正なダイレクトメール(投資話など)を送りつけることや、嫌がらせやストーキング、知名度を悪用したフォロワー稼ぎなどを目的に行われる手口。
このことを知らず、フォローリクエストに応え、フォローしてしまってはいけませんので、すぐさまインスタグラムの投稿やストーリーズにて以下のような注意の呼びかけをしましたが、実際、私を装った偽アカウントは写真にあるようなもの。

【ストーリーズに投稿した注意の呼びかけ(左下のハートマークは、フォロワーからの「いいね」なのでお気になさらずに)】
大概怪しいとお気づきになると思いますが、フォローしているはずの人からフォローリクエストが届いたり、逆に、フォローされている方からフォローがあり、フォローバックを求められたりした場合は、ほぼ「なりすまし」と思って間違いないので、皆様ご注意くださいませ。
一方、「なりすまし」をされた側の、私の認識が甘かったということも否めません。
SNSでの対策として、①2段階認証の設定」や②複雑で使い回さないパスワードの設定、③定期的なパスワード変更 が基本であり、これに加えて、「SNSのプライバシー設定を見直す」「フォロワー管理を徹底する」「不審なメールやURLを開かない」といった対策も有効とあります。
③の定期的なパスワード変更はやってませんでしたので、このあたりを改めるとともに、各種設定を今一度チェックのうえ、対応にあたる所存です。
最後に、怪しいアカウントと、すぐに教えていただいたフォロワーの皆様、また、なりすましアカウントの削除を運営側に報告いただいた方々には心より感謝申し上げます。
今や、SNSにこうしたリスクは付きものでありますが、基本的な対策を徹底のうえ、以降も活用していきますので、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
2025年9月15日
ブログ 敦賀の歴史・文化
本日9月15日は、「敬老の日」。
先日ご紹介したとおり、私が住む町内では今月7日に、ひと足お先の「敬老会」を開催したところ。
祝日法に定める「敬老の日」の趣旨は、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことであり、あらためて、これまで国や地域をお支えいただいた諸先輩方への敬意と感謝、そして今後も健康でいきいきとした人生を送っていただくことを心より願う次第です。
また、昨日のブログの結びに書いたよう、今日は「※関ヶ原合戦」の日。
慶長5(1600)年9月15日、天下分け目の戦いとして名高い「関ケ原の戦い」は、中山道、北国街道、伊勢街道が交差する交通の要衝として賑わい、東西の結節点であった関ヶ原の地で行われました。
※後述
旧暦と新暦の違いにより、関ヶ原合戦の本当の日は「10月21日」。
この地は、古くは、日本武尊のゆかりの地であることや壬申の乱の戦場となるなど、日本史の重要な舞台であった訳ですが、なかでも「関ヶ原の戦い」は、全国の武将が東西両軍に分かれ、それぞれの忠誠、友情、策略、葛藤を抱えて激突した「天下分け目」の戦いであり、のちに260年以上続く天下太平への幕開けとなる大きな転換点となったことは誰もが知るところ。
「いざ関ヶ原へ!」と、名だたる武将が関ヶ原に集結するなか、敦賀から参戦した大谷吉継の人物像は、昨日ご紹介したとおりでありますが、関ヶ原合戦における吉継の評価として、「関ヶ原観光ガイド」に次のような記載がありました。
小早川を見張るため!?天才軍師の陣跡
「大谷吉継陣跡」は、山中(やまなか)の「大谷吉継の墓」から少し下った場所にあり、ひっそりと碑が建っています。大谷隊は、関ケ原の合戦が始まる十日程前に若宮八幡宮上の急斜面に陣を作り始めました。この陣は空堀を左右に巡らせたもので、山中城と呼ばれるほどの要害の地であり、合戦後は徳川家康も大谷陣を一夜の宿として使用したという話もあります。戦術に長け、官僚としても優秀であった吉継は、陣作りにも力を発揮しました。当初より小早川秀秋の裏切りを予想していたため、松尾山の真正面のこの地に陣を定めたというのも驚きです。

【関ヶ原の地における吉継の陣跡(2025年9月 やまたけ撮影)】
また、吉継の人物像に関してはこのように。
壮絶なる「男の美学」
大谷吉継は、親友の石田三成に徳川家康との戦いを打ち明けられた時、無謀な戦いであることを説き続けました。しかし、三成の“義”を貫こうとする決意は固く、吉継は友である石田三成のためにも、病身でありながら合戦に参加します。関ケ原合戦では、多くの武将達が自らの利益のために参戦していたといわれています。そんな中、“義”という目に見えない価値のために死を選んだ吉継の生き様は、まさに男の美学といえるでしょう。
こうした評価がされる吉継には、全国に「ファン」(特に女性が多い)がおり、外岡先生の「吉継Cafe」や8月10日に敦賀市が開催した「吉継サミット」に500人もの参加者があったこと(歴史講座としては異例)、そして一昨日の市民歴史講座にも10名を超える県外参加者があったことが、それを証明するもの。
ただ残念なことは、敦賀の人が吉継のことをあまりご存知ないことであり、大谷吉継」のことを地元の人にこそ広く知っていただくことは、地元に対する愛着や誇り、さらには「義=人道」につながるものであることから、気比史学会の立場、一議員の立場としてそうしたことに取り組むことを胸に誓うところです。
なお、関ヶ原合戦に関しては、日本史上最大級の戦いである関ヶ原の戦いを、楽しく学び、体験できる施設として、「岐阜関ヶ原古戦場 記念館」なる素晴らしい施設があることや、ここを拠点に、この地で戦った各武将の史跡めぐりに出かけるなどにより、より深く、より想いを馳せることができます。

【岐阜関ヶ原古戦場 記念館(2025年9月 やまたけ撮影)】
結びに、気比史学会では、歴史の1ページを体感し、関ヶ原の地で逝った大谷吉継を偲び、10月5日は『関ヶ原古戦場をめぐる』と題したフィールドワークを開催することとしています。
第41期敦賀市民歴史講座 シリーズII「大谷吉継生誕460年」もこれで最終講。
参加者の皆さんとしっかりとめぐってまいります。

【『関ヶ原古戦場をめぐる』の開催チラシ。既に下見を終え、イメージは十分。】
2025年9月14日
ブログ 敦賀の歴史・文化
昨日は、気比史学会主催の第41期敦賀市民歴史講座 シリーズII「大谷吉継生誕460年」の第2講を開催。
テーマは『語り継ぐ大谷吉継』。
吉継研究の第一人者である外岡慎一郎氏をお招きし、深い吉継の魅力はもとより、歴史研究家としての信念ともいえるお考えを拝聴した次第です。

【会場には、10名を超える県外参加者を含め、85名の方にお集まりいただきました。多くの参加に感謝申し上げます。】
先生からはまず、大谷吉継が世間で知られるようになったのは、NHK大河ドラマ「真田丸」あたりから。
それまでは、関ヶ原合戦など限られた描かれ方をされてきたが、ここでは吉継の人物像が描かれたことによるとのお話から入り、以降は資料に沿って講義いただきました。
最後の敦賀城主「大谷吉継」だけに、すべてをお伝えしたいところですが、資料の内容を引用する形で、以下ポイントをご紹介いたします。
<はじめに>
◉2015年の敦賀市立博物館リニューアル記念特別展の「結語」は、軍記類(のみ)を素材に構築された吉継像と文書の「ことば」から垣間見える吉継像とが乖離しないということ。
◉2018年の吉継Cafe『大谷吉継英雄伝説』では、「史実」の領域(文書と軍記の情報)には、吉継の病や三成との「佐和山会談」、関ヶ原での戦死など、人々の想いと調和(こうあって欲しい)した部分と、例えば家康との協働(三成との疎遠)や吉継が大酒飲みであったなど、人々の想いと不調和(そうあって欲しくない)な部分とがある。
◉「英雄伝説」の領域には、三成との絆など、史料に疑義があるものの人々の想いと調和すること(語り継がれている)、よくある茶会の逸話(病の吉継の茶を三成が飲んだ?)では、本当に飲んだのは誰なのか史料が不在だが、合理性の中で人々の想いと調和するものがある。
◉これらのことから、「虚像と実像」という枠組みを排除した人物(吉継)研究が必要。
◉何が本当で何が偽物か、歴史を書く人はその証拠を添えて、これまで語り継がれてきたことを確認していくことが、本日の講座の趣旨。
=吉継論の「定型」形成と継承の姿をとらえる試み
<「英雄伝説」の源流 〜近世軍記類の成立事情>
◉17世紀には『関ヶ原始末記』や『慶長見聞書』など多数、18世紀には『落穂集』、19世紀には『名将言行録』など、関係軍記類には年代的階層がある。
◉軍記類成立の画期は、17世紀後半(寛文・延宝期)であり、江戸幕府による政治秩序の完成期と重なる。
◉軍記類は、幕藩制が共有する「神話」的意義をもつ。
◉その時代時代を生きてきた人を見ていくことが重要であり、決して「できごと史」にしないこと。
◉事実が歴史になる瞬間がある。見ている事実は様々だが、歴史になる瞬間にはせめぎ合いがある(近代史でいえば、南京大虐殺など)。
<近世から近代へ>
◉「佐和山会談」(『慶長見聞書』)では、吉継が三成に、「自分が病身を押してはるばる会津まで下ろうとしているのも、ひたすら貴殿(三成)と家康との間で争うことのないよう取り計らうためだ。この(挙兵)計画は絶対に進めてはいけない。」と話したとある。
◉一方、『落穂集』『慶長見聞書』を素材に「佐和山会談」を紹介した「大谷吉継の去就」では、「吉継は三成のために口説き落とされた。憐れ好男児、彼は三成と情死す可く決心した。」とあり、三成の右手となって関ヶ原の大立物となり、様々な人が事をなさんとする輩中にあって、その独自一己の面目を発揮し得たのは、実にこの大谷吉継一人であったとある。
◉同じく「石田三成の活動」の項では、吉継が三成に加担したのは、三成にとって百万の援兵を得た心地があった。「彼(吉継)は、石田の挙が、百に一も成功なきを知っていた。然しも今更石田を見殺しにするに忍びず、その最善を噶(つく)した。」。
◉これらの相違は、関ヶ原合戦研究の研究史上の問題(吉継のみならず、個別武将の評伝を含め)。
◉概観的には、関ヶ原研究の現状における通説的理解に近い叙述であるが、軍記類に示された「定型」を継承し、独自の物語を創造していくことが重要。
〜その上で、例えば、この論説をご覧ください(資料をそのまま引用)〜
尾崎秀樹・林富士馬『英雄の診断ー医学から見た日本史』1965年 人物往来社
(「天刑病とifの日本史」の章、合戦直前に吉継が小早川秀秋を説得したことに触れ)この最後の説得が成功しなかった陰に、吉継の業病が大きく作用したということは考えられないだろうか。(中略)かつて紀之介といったところ、彼は美童とうわさされたほど眉目秀麗であったという。もし吉継がそのままの姿で成人し、颯爽とした武者ぶりで秀秋の陣へ乗り込んで行ったとしたらどうだろうか。(中略)(関ヶ原の戦いは)たしかに東軍に勝つ要素が多く、西軍には敗北にいたる条件が多い。その数多い条件のうちでも、最大のものは、大谷刑部小輔のハンセン氏病であったと考えられる。「もし」智将大谷吉継が五体満足な状態にあったら、あるいは西軍が勝利をおさめることも可能ではなかったか。関ヶ原の戦の跡をふり返ってみて、私はどうしてもそう思えてならない。
◉これは、吉継の「if」を書いてくれたことで、「人々の想い」に応えてくれたとも言える。
<おわりに>
◉近年の研究成果として、秀吉死後の豊臣政権論(家康を排除した政権を樹立するため?に三成・吉継が仕掛けた「政変」)や関係史料の収集・分析や系図研究、考古学的知見などによる大谷吉継研究の進展がある。
◉吉継に関しては、近年の、今後の研究成果もこれからの「語り継ぎ」の一部であり、「人々の想い」(ifなど)を動機とする新たな研究視角を構築していく。
以上が講座のご紹介となります。
“吉継論の「定型」形成と継承の姿をとらえる試み”
私自身、講座の目的にあったこの言葉の意味を理解するとともに、外岡先生の歴史研究者としての信念、吉継を語り継ぐ強い思いを感じたところであり、本市民歴史講座通算34回目の登壇をいただいた先生に心より感謝申し上げる次第です。

【様々な思いを込めてご講義いただいた外岡慎一郎先生】
そして、これまでの「定型」として存在する大谷吉継が、今後の研究によってさらに、誇り高き「義の武将」として語り継がれることを祈念するとともに、「智将大谷吉継が五体満足な状態にあったら、あるいは西軍が勝利をおさめることも可能ではなかったか。」との「if」にあるよう、日本の歴史を変えたかもしれない人物が、ここ敦賀の武将であることを、こちらも心より誇りに思います。
ちょうど明日は、天下分け目の関ヶ原合戦の日。
参戦した武将の中で唯一、関ヶ原の地で自刃した吉継を偲び、静かに手を合わせる日にいたします。
2025年9月13日
ブログ 敦賀市議会
まずは、先日お伝えした敦賀市議会の一般質問について。
来週17日(水)から始まる一般質問に登壇する17名の発言通告一覧が、敦賀市議会ホームページに掲載されました。
当該ページを以下にリンクしますので、ご覧いただきたく存じます。
→令和7年第3回(9月)定例会「発言通告一覧」はこちら
なお、各議員がいつ登壇されるのかについては、それぞれの質問時間の差や質問者数の関係があるため確定したものはありませんが、発言時間の制限時間30分(答弁を含めると1時間)をベースにしますと、午前中2人、午後4〜5人の1日6~7人で進むことになろうかと。
もちろん、本会議は議長の采配による訳ですが、議場での傍聴やインターネットなどでご視聴いただける際には、少し参考にしていただければと存じます。
さて、定例会は休会であるものの、昨日は公務で敦賀高校へ。
昨年に続き、敦賀高校側からのお声掛けにより、2年生の「公共」の授業の一環として、生徒の皆さんが作成する「請願」を敦賀市議会にて模擬審査することとしており、これを担当する議会運営委員会内に、その名も「敦賀高校模擬請願ワーキング(WG)」を設置。
WGメンバーは、山本貴美子議員、三田村りょう議員、私の3名で、議会事務局さんのサポートをいただきながら、11月の実施に向けた企画・準備を進めているところ。
その上で、昨年と異なるのは、模擬請願審査のみを行うのではなく、生徒たちが請願を作成する段階から、議会が関与していくということ。
具体的には、敦賀高校で行う授業に参加をし、議会の視点でアドバイスをするものであり、ありがたいことに、その役割もWGの3人に与えていただいているところ。
説明が長くなりましたが、そうした経過のもとで、昨日は、請願作成のキックオフとなる授業に3名+議会事務局2名で行ってまいりました。
学校に着くとまず、校長室にご案内いただき、橋本校長先生とお話しする機会まで設けていただき感謝。
その後は、会場の「飛躍」(学内のホール)に向かい、こちらで作成したパワポ資料の投影などチェックを済ませ、準備万端。
しばらくすると、にぎやかに生徒さん達が集まってこられ、時間までにピッタリ、2年生3クラスの皆さんに集合いただきました。
この日は、請願作成にあたってのオリエンテーション。
冒頭、先生の方から、我々3人をご紹介いただいたうえで、授業の位置付けを再確認し、バトンタッチ。
あらかじめ決めた担当割振のとおり、順次、以下の内容を説明(プレゼン)しました。
①行政(市長)と議会の関係、請願の位置付け(山本貴美子議員)
②総合計画とまちづくりに対する議会の視点(私)
③請願作成にあたって(三田村りょう議員)
私の場合、100名近くの生徒さんを前に立つとやはり、妙に張り切ってしまいましたが、WGの3人で認識共有している大事なこと、「考えを押し付けない」を念頭に、パワポに沿ってお伝えした次第です。

【説明時の様子。生徒の皆さんの真剣なまなざしを嬉しく感じました。】
3人からの説明の後は、生徒達がワイワイとテーマ選定をする会場内を自由に歩き、様子を伺いつつ、お声掛け。
身近に感じている困りごとなどから、既にテーマを絞り込んでいる生徒もいれば、「浮かばない」という生徒に対しては、お父さんお母さんにヒヤリングしてみては?などと、アドバイスというよりは、自然な会話をしながら回ったところです。
こうして40分の授業があっという間に終わり、開始の時と同じく、起立・礼「ありがとうございました!」と交わし、会場を後にしましたが、率直な感想は「楽しかった」。
そして、初の試みとして、議会にとっても、自身にとっても大変貴重な機会をいただいたことに感謝した次第です。
新たな試みの次は、10月10日。
今度は、オリエンテーションを踏まえて作成する請願の中間段階で、WGメンバー+浅野好一議員の4名で学校に伺い、生徒の相談に乗るような形でアドバイスをするというもの。
時間は2時限分ということですので、張り切り過ぎず、「押し付けない」をモットーに臨んでまいります。
2025年9月12日
ブログ 原子力
「世界の潮流」とは、世界が向かっている大きな方向性や、時代を動かす主な出来事や変化を指しますが(AI解説による)、まさに原子力の世界がそう。
原子力産業新聞に掲載される、原子力に関わる国内外のトピックスを見るに、昨日も米ウェスチングハウス(WE)社が、英国企業6社と了解覚書(MOU)を締結し、英国における、同社のAP1000ならびに小型モジュール炉(SMR)のAP300を採用する新規原子力発電プロジェクトの実施を目指すとあり、2050年までに国内で合計2,400万kWeの新規原子力発電所を稼働させ、国内電力需要の4分の1を原子力でまかなうという英国の野心的な目標を支援するために、同社は英国でのサプライチェーンを強化する考えとありました。
また、同新聞の最近のニュースだけでも、フランス、ポーランド、スイス、スェーデンの欧州諸国にインドや韓国などでの新型炉建設、加えて原子力を導入していないシンガポールにおいても、先進原子力技術の導入を視野に調査を開始するとあるなど、世界各国が、増大する電力需要や安全保障の観点から、原子力発電が切り札と、スピードを上げて開発を進める状況を把握するところです。

【世界の原子力発電設備容量の見通し(第41回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会「原子力に関する動向と課題・論点」令和6年10月16日 資源エネルギー庁より引用)】
翻って日本。
今朝の新聞を見ると、中国電力が山口県上関町で検討している使用済み燃料の中間貯蔵施設を巡り、同町議会が中国電力を招き、説明会を開催した件。
また、北海道では、道内の経済8団体が11日、北海道電力泊発電所3号機の早期再稼働を求める要望書を鈴木直道知事や道議会に提出したとあり、鈴木知事は「総合的に判断したい」と述べた件が掲載されており、原子力規制員会の審査に合格していることを踏まえ、速やかに判断いただきたいと思う次第。
こうして日々、原子力の話題に事欠かない訳ですが、地元福井においては、関西電力が再開を計画する美浜発電所での次世代型へのリプレース(建て替え)検討に向けた現地調査を巡り、早ければ11月にも調査を開始し、2030年ごろまで約5年かけて同発電所北側と南側の二つのエリアで地質調査を行うとのニュース。
昨日行われた福井県議会の一般質問に対する答弁において、杉本知事は、「社内での検討にとどまっているということで、県が何か意見を申し上げる段階にはない」と述べたとあり、まぁそういう答えになるであろうと受け止めるところ。
一方、この質問をされた三田村輝士議員(立憲民主党)が、「原子力発電所の新増設や建て替えの是非は県民投票を行った上で判断すべきではないか」と問うたのに対し、県の防災安全部長は「県民の代表として地域の声を聞かれている県議会の議論を伺うことが重要であり、県民投票では賛成か反対かなど限られた選択肢しかなく、多様な県民の意見を集約することは難しいのではないか」と答弁したことに、こちらは「その通り!」と受け止めた次第です。
いずれにしましても、第7次エネルギー基本計画において、「原子力の最大限活用」を掲げ、既設原子力発電所の早期再稼働はもとより、次世代革新炉開発によるリプレース(新増設までは言っていない)を2030年半ばまでに進めるとのロードマップに既に遅れをとっていると認識するところ。
冒頭述べた、世界各国の開発スピード、政策としての実行力と比較するに、掛け声だけで、遅々として進んでいるように見えない日本は既に、「世界の潮流」に乗り遅れているものと、忸怩たる思い、強い危機感を抱く次第です。
※ブログ中に記載の、新聞掲載記事などにある「原発」はすべて、「原子力発電所」に置き換えています。
2025年9月11日
ブログ 敦賀市議会
本日はまずお詫びから。
9日の本ブログにて、同日行われた予算決算常任委員会(全体会)の模様は「敦賀市議会YouTubeチャンネル」でライブ配信するので、ぜひご覧くださいとお声かけしましたが、機器の接続に関する不具合が原因で配信することができませんでした。
お声かけしたにも関わらず、ライブ配信(録画配信も)が行えませんでしたこと、心よりお詫び申し上げます。
現在は正常に配信できることを確認するとともに、事前確認の徹底、再発防止に努めてまいります。
お詫びに続けて、本日も議会の報告となりますが、このブログの本来趣旨は、議会や市政のことをお伝えすることにあるためご理解いただきたく。
そのうえで、令和7年第3回(9月)敦賀市議会定例会3日目の昨日は、午前11時に一般質問の発言通告締切を迎え、17名が通告。
先の6月定例会より、従来紙ベースで行なっていた発言通告書の提出をオンライン化し、「電子申請」となったものの、アナログで続けているのは質問順を決める抽選。
同僚議員や議会事務局への委任を可としたうえで、希望する議員は13時に集合し、通告の順にガラポンを回しました。
私は「自分で回したい派」につき、無心で回したところ、出た数字は「19」。
結果、いわゆる「ラス前」の最後から2番目、19日(金)の登壇になることが確定したところです。

【オンライン化にあっても健在の「ガラポン」】
全17名の発言通告一覧につきましては、市議会ホームページに掲載されましたらまたご紹介いたしますが、来週17日(水)からの一般質問に注視いただければ幸いに存じます。
なお、私のほうは今回、以下の2項目について質問いたします。
<やまたけの一般質問項目>
1.戦争の惨禍と人道の心を伝え、つなぐことについて
2.公民館のコミュニティセンター化を踏まえた地域づくりについて
併せて、通告書に記載した「発言趣旨」も掲載しますのでご覧ください。
1.戦争の惨禍と人道の心を伝え、つなぐことについて
先の大戦終結から「80年」を迎えたいま、敦賀においても市民の大半が戦争を知らない世代となるなか、犠牲となった戦没者戦災死没者に対する追悼の念はもとより、日本海側で初めてであり、敦賀の歴史上、未曾有の惨禍となった敦賀空襲などの史実を伝え、つなぎ続けることは、現世を生きる者の使命と役割であると考えるところ。
また、敦賀に根ざす「人道の心」を育み、継承する「人道の港敦賀ムゼウム(以下、ムゼウム)」は、リニューアルオープンから今年で5年を迎え、ポーランド孤児やユダヤ難民を敦賀港で受け入れた史実をもとに、国内外の都市や人との交流を深めるほか、その歴史を次代につなぐなど、「命」と「平和」の発信を続けており、その取り組みは、戦争が絶えない国際情勢にあって、今後ますます重要さを増すものと考えます。
そうした認識のもと、敦賀だからこそ、市民とともに戦争の惨禍と人道の心を伝え、つなぎ続ける役割があると考え、そのためになすべきことは何かとの視点をもって、以下質問いたします。
2.公民館のコミュニティセンター化を踏まえた地域づくりについて
現在、公民館のコミュニティセンター化を前提とした検討が進められていますが、公立の社会教育施設を地方公共団体の長に移管する場合にあっても、社会教育法に基づく社会教育施設であることに変わりはなく、法律に定める目的に即し、社会教育の振興に努めることが求められること。また、コミュニティセンター化の目的には、地域コミュニティ形成という概念が強く込められていますが、将来に向けて、市は地域のあり方をどのように創造し、地域づくりを進めようとしているのかなど、市の考える趣旨や方向性等について、以下質問いたします。
(補足)
斜字の部分については、理念として記載したものの、基づく法律は、社会教育法から地方自治法となり、法体系との関係において齟齬が生じることから、質問する際はその辺りを踏まえて発言することといたします。
さて、本日9月11日は、米国における同時多発テロ事件(以下、同時多発テロ事件)が発生した日。
今から24年前の平成13(2001)年に発生した同時多発テロ事件から、はや24年。
旅客機4機を同時にハイジャックし、乗員・乗客と共に標的に突入させるという前例のない手口により、テロ事件としては過去最悪の3,000人を超える犠牲者(行方不明者を含む)を出し、世界に衝撃を与えた当時の状況に思い返すところです。
事件のちょうど1年前、アメリカに出張していた私は、事件により崩れ落ちた世界貿易センタービル前に行っており、そのことは以前のブログでもご紹介した次第ですが、テロの脅威や武力による現状変更は止むことがないどころか、四半世紀を経てますます顕著化、緊張感が増す状況にあります。
今回ひとつ目に質問することの背景にもなる訳ですが、このテロ事件や戦争を、世界のどこかで起きていることと他人事にすることなく、一人ひとりが、現実を見つめ、自分ごととして考える。
そうした機会にもなればと思う次第です。
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