地区の発展なくして市の発展なし

ブログ まちづくり 敦賀市議会

暑いのはむしろ好きなほうですが、いかんせん暑がりの私。
 
この時期、エコスタイルでネクタイこそ外しているものの、いつも通り着てきた長袖シャツ自体が暑い。
 
それもそのはず、一気に夏の日差しとなった昨日の最高気温は30.8℃(14時33分)。
 
真夏日となった訳ですが、今朝も既に25℃となっており、連日の30℃超え予報となっています。
 
言わずもがな、熱中症予防・体調管理のため、服装での調整はもとより、「5月にエアコンなんてもったいない」などと思わず、適切な冷房使用をお願いいたしますが、一方、本日21日は二十四節気の「小満」。
 
「春から夏に移り、太陽の光のもと草木が満ちあふれる季節」「あらゆる生き物が勢いよく成長して生命力に満ちる」という意味がありますので、暑さに負けず、元気良く活動してまいりたいと思います。
 
さて、そんな昨日は、中野議長が県外出張のため、2件の公務。
 
1件は、愛発公民館での石川県能美市議会 総務産業委員会様の視察対応。
 
視察のテーマは、「スマート物流の現状と課題について」ということで、敦賀市が愛発地区で進める「ドローンを活用した新スマート物流サービス」について説明・現地をご覧いただきました。
 
私は冒頭の歓迎のご挨拶のみで退席いたしましたが、合併からちょうど20周年を迎えた能美市様に心からお祝い申し上げるとともに、総務産業委員会の委員長様のご挨拶では、ここで学んだことなどを基に「議会で提案する」と力強い明言があり、敦賀の取り組みが活かされますことご祈念申し上げた次第です。
 
その後は、「敦賀市区長連合会定期総会」のためプラザ萬象へ。
 
こちらは、米澤敦賀市長と市議会議長が来賓ということで、市長から順にご挨拶の機会をいただきました。
 
会場の小ホール内を見回すと、知った方が多く、とりわけ原電の大先輩の顔もちらほらと伺え、まさに「僭越ながら」の気持ちで壇上に上がった訳ですが、市議会を代表しての挨拶では、中村会長をはじめ、区長の皆様には日頃より、各区のさまざまな活動を牽引いただいていることや地域住民の安心・安全の確保にご尽力いただいていることに、心から敬意と感謝を申し上げました。
 
また、本総会冒頭の会長挨拶の中でもあったよう、3月にいただいた「議員定数削減(20名への)要望」のことにも触れ、市議会としては真摯に対応していく所存であること。
 
その上で、現在進めている議会の取り組みをご紹介し、とりわけ6月定例会から開始する「委員会(予算決算常任委員会全体会)のインターネット配信(YouTube)」をぜひご覧いただきたい旨、PRしたところです。
 
いずれにしても、市民の皆様にとって開かれた、身近で分かりやすい議会に向け、引き続き取り組むことをお伝えしたのち、市区長連合会様のますますのご発展とご参会の皆様のご多幸とさらなるご活躍をお祈り申し上げ、挨拶とした次第です。
 

【会場全景。市議会を代表し、一言ご挨拶。】
 
挨拶を終え、その場を一旦退席。
 
時間をあらためて、今度は大ホールでの懇親会にもお招きいただき、ほぼ全テーブルを回り、各地区の区長さんとお話できたこと、さまざまな状況をお伺いできたことは、私にとって大変貴重なこと。
 
一議員として頂戴した課題については、追って対応してまいる所存です。
 
そして最後、宴席締めのご挨拶で池澤副市長からあった言葉は、「地区の発展なくして市の発展なし!」。
 
これは名言!とメモしたところですが、まさにこの言葉のとおり。
 
人口減少、少子高齢社会の中で、各地区のコミュニティや活動を維持し、発展させていくことの積み重ね、集合体が市であると、あらためて胸に留めた次第です。
 
昨日はこうして貴重な機会をいただきました。
 
これも副議長という立場にあるからであり、そうした意味からも、選んでいただいた同僚議員の皆様に、こちらもあらためて感謝する一日となりました。

敦賀発電所1号機の廃止措置計画工程を変更

ブログ 原子力

55年前に開催された「1970大阪万博」会場に“原子の灯”を送った日本原子力発電株式会社(以下、日本原電)の敦賀発電所1号機(以下、敦1)。
 
営業運転開始日(1970年3月14日)を誕生日とすれば、私より2歳上。
 
私自身にとっては入社以来、愛情込めて機械設備の保修業務に携わった“マイプラント”であり、その思いについては、これまで幾度も述べているところ。
 
発電所に係る皆さんが、親しみを込めて呼ぶ「敦1(つるいち)」ですが、昨日はこちらに関する話題がありました。
 
既に日本原電より「敦賀発電所1号機 廃止措置計画の工程変更に伴う変更届の提出について」とのタイトルでプレス発表がされており、これをなぞる形になりますが、2017年4月19日に原子力規制委員会から廃止措置計画の認可を受けた以降、各種設備の解体撤去等を進めてきたところ、同社は、廃止措置完了時期を2040年から2047年に変更(7年延期)し、昨日、福井県及び敦賀市に報告するとともに、廃止措置計画の変更届を原子力規制委員会に提出したとのこと。
 
なお、今般の変更は、2026年度から原子炉本体等の解体を予定していたところ、解体廃棄物の保管予定エリアにある大型機器の解体に時間を要することから、原子炉本体等の解体着手を延期することとしたとあり、同社は、引き続き、安全確保を最優先に、敦1の廃止措置に取り組むとともに、廃止措置の状況については、丁寧な情報発信に努めるとしています。
 
 →日本原電のプレス資料(2025年5月19日)はこちらをご覧ください
 
これだけ読んでも、理由がよく分からないかと思いますので、同プレスに添付されていた説明資料を基に解説いたしますと、敦1に関してはこれまで、タービン・発電機等の解体や、原子炉建屋内・タービン建屋内の機器、屋外の機器の解体を進めてきているところ、2026年度からの原子炉本体等の解体のためには、解体廃棄物を保管する予定のエリアにある大型機器(※サプレッション・チェンバ)をまず解体する必要があります。
 
※サプレッション・チェンバは、原子炉運転中に事故が発生した際に、原子炉で発生した蒸気を凝縮して原子炉圧力の上昇を抑えるための設備。直径:約34m、断面直径:約8m、円環外周:約100mの円環状の容器の中に防錆剤を含んだ水を約1,500トン貯めている状態にある。
 

【図中右の赤斜線の部分を先に解体しないと、①(原子炉本体)の解体物を保管できない】
 
敦1に携わった我々は、略して「サプチャン」と呼ぶ、このサプレッション・チェンバの解体に向け、廃止措置計画申請当時からメーカーと検討を進め、解体の見通しを得ていたものの、当該メーカーが事情により受注体制の構築が困難となったこと、その後、新たなメーカーを選定し、検討した結果、解体に必要な装置の設計・製作や水処理、解体等に7年程度を要することを確認。
 
一方、廃止措置工程に影響が出ないよう、サプチャンの解体を、原子炉本体等の解体と並行して行えないかも検討した結果、解体廃棄物の保管に必要な移送ルートやスペース、放射線のしゃへい能力の十分な確保が難しいことから、安全を最優先に考え、当初の計画通りサプチャン解体完了後に 原子炉本体等の解体に着手とせざるを得ない(並行ではなく順番に)ことから、今回の工程変更に至ったとのことでした。
 
私は、原子炉建屋の中が手に取るように分かるだけに、構造的・技術的にそうせざるを得ないことを重々理解するものですが、延期の期間が「7年」と聞けば、遺憾に思う気持ちもまた理解するところ。
 
建設工事がそうであったよう、廃止措置工事も日本のトップランナーとして、パイオニア的存在として進める敦1。
 
安全第一は言うまでもなく、半世紀以上に亘り、ご理解とご支援をいただいている地元の皆様への感謝のもと、こうしたことを広く丁寧にご説明することは、地元に根差した企業の責務であり、私自身も同様、組織内議員としての役割と責任を果たしていきたいと存じます。

『続・太平記と敦賀』〜知られざる武将⁉︎瓜生保〜

ブログ 敦賀の歴史・文化

共同通信のまとめによれば、夏の第27回参議院議員通常選挙に向け、立候補を予定しているのは、選挙区と比例代表で計343人(17日現在)とのこと。
 
ここ福井選挙区では、国民民主党が「山中しゅんすけ」氏、比例代表では電力総連が組織内参議院議員である「浜野よしふみ」氏を、それぞれ公認、推薦決定し準備を進めるところですが、参院選の結果は石破首相の進退や連立の枠組み変更につながる可能性があることから、極めて重要なものとなっています。
 
なお、非改選議席を含めた過半数は“125議席”。
 
このラインを与野党のどちらが占めるかが、日本の将来を左右すると考え、私自身も精一杯取り組んでまいる所存です。
 
さて、そうした中、昨日午前中はプライベートながら、私にとっては大事な「地域史を学ぶ」時間。
 
より広く、敦賀の地域史を知っていただこうと、気比史学会で開催している「ミニ歴史講座」の運営・参加をしてまいりました。
 
場所は、オープンスペースとなる敦賀駅前の知育・啓発施設「ちえなみき」の2階にて、今回の参加は私含めて6名ではありましたが、開催趣旨にあるよう、楽しく学ぶことができました。
 

【ちえなみき2階 セミナー&スタディでの講座の様子】
 
講座のタイトルは『続・太平記と敦賀』〜知られざる武将⁉︎瓜生保〜。
 
前回に引き続き、史学会理事の方が丁寧に『太平記』や文献を調査された上、途中クイズなども交えながら、分かりやすい資料作成とお話をいただいたことにまず感謝申し上げるところです。
 
4月の講座では、太平記の舞台となる「南北朝時代」とは、京都の朝廷(北朝)と大和国吉野の朝廷(南朝)の二つの朝廷が並立した時代であり、期間は、後醍醐天皇が吉野に遷幸した延元元(1336)年~明徳の和約がされた明徳3(1392)年までを言うこととの説明からはじまり、建武3(1336)年10月13日に新田勢が敦賀に到着して以降、激戦が繰り広げられた「金ケ崎合戦」について学んだところ。
 
なお、前回の講座のあらすじは、以下リンクよりご覧ください。
 
→2025年4月20日ブログ『太平記と敦賀〜南朝の悲哀・金ヶ崎戦記〜』はこちら
 
昨日、登場した「瓜生保」は杣山城主(今の南越前町)。
 
足利一門の斯波高経が守護を勤め、ほとんどの地侍が足利方に味方する中、ほぼ唯一南朝方についた人物として、「南朝の雄」と称される武将。
 
そもそも「瓜生氏とは?」からはじまり、新田方の戦略、なぜ瓜生一族が南朝につき活躍したのか、たった十六騎の軍勢が金ヶ崎城で大勝利をおさめたことなど。
 
湯尾峠の戦い (湯尾夜戦)や新善光寺城(越前国府近く)の戦いを経て、満を持して金ヶ崎へ出陣するも、※樫曲(敦賀市)付近で足利方の今川頼貞・高師泰2万余の軍勢に遭遇し、瓜生保をはじめ、討死した者50人余り、戦傷を負ったもの500人余りとなり敗北するまでを、史実に沿ってお話しいただきました。
 
※地元では、この合戦の折りに地元民が瓜生方に加勢し、樫の木を振り回して奮戦し、樫の木が曲がったことが「樫曲」という地名の由来になったと言い伝えられている。
 
また、話は合戦までに留まらず、後日談として、瓜生一族のその後として、瓜生寅(1842~1913)が、この日の参考文献「瓜生判官事跡」を執筆したこと、そして樫曲に瓜生保の墓を建立し顕彰に尽力されたことを知ることができたところです。
 

【最後のスライドにあった、瓜生保のお墓(敦賀市樫曲)】
 
参加者からの、自分の親世代は、敦賀市内の学校で「瓜生保」が紹介され、皆が知る”スーパースター”であったことを知ったほか、お墓の話でも盛り上がったところであり、こうした会話から、地域史やこれにまつわる人物を深掘りすることがまた、「ミニ歴史講座」の楽しさと感じた次第。
 
恥ずかしながら、今回の講座で深く知った武将「瓜生保」。
 
近いうちに、今でも樫曲の地元の方が大切にするお墓に足を運び、参ってきたいと思います。
 

【ちえなみきの照明は新緑のグリーン。「知の拠点」としてスクスクと成長しています。】

畔に咲くシロツメクサに想うこと

ブログ 人生観

先ほどお知らせいたしました、『やまたけNEWS』の冒頭に記載しましたよう、まちを歩くと自然の力に元気をもらう季節。
 
昨夕も散歩で近所の田んぼ道を歩くと、畔にはシロツメクサが花を咲かせていました。
 

【シロツメクサの花が咲いたよ、さぁ〜行こうラスカル🎵のメロディーが浮かぶ畔の風景】
 
また、植えられたばかりの稲は、この日の強い風にも負けずスックと立っており、まさに冒頭の気持ちになったところです。
 
なお、シロツメクサは幸運の象徴でもあり、4つ葉のクローバーを見つけたら幸せが訪れるというのは有名な話。
 
調べてみると、花言葉は「幸運」「約束」「私を思って」「復讐」だそう。
 
このうち「約束」は、アイルランドにキリスト教を伝えたパトリキウス(聖パトリック)がシロツメクサの葉(クローバー)を使ってキリスト教の「三位一体」の教えを説いたと言われており、のちに聖パトリックの祝日にはクローバーを胸に挿すことが習わしとなったことから、この習わしにちなんだ花言葉になったとありました。
 
一方、最後にある怖い花言葉が「復讐」。
 
前にある3つの花言葉、「約束」「幸運」「私を思って」が果たされなかったとき、気持ちは転じて復讐に向かうことからこの花言葉がつけられたようです。
 
聞いてみれば「なるほど」と、納得の意味合い。
 
こうして学ぶに、復讐の念を抱かれないようにとネガティブな発想からではなく、「約束は守る」「相手を敬う」という人として当たり前のことを実践していきたいものです。
 
あっ、そう言われてみれば、ラスカルの歌詞の続きは、「神様ありがとう。僕に友達をくれて🎵」。
 
もしや花言葉と掛けていたのではと、幼少期に聞いた歌に込められたであろう意味に、思いを馳せた次第です。
 
本日は柄にもなく、花言葉を綴ってみました。
 
窓を開けると快晴、そして心地良い風。
 
皆様におかれましては、『やまたけNEWS』を片手に朝食を済ませたのちは、シロツメクサが咲く畦を歩いてみてはいかがでしょうか?

【お知らせ】『やまたけNEWS(第24号)』を発行しました

ブログ 活動報告

『やまたけNEWS(第24号)』を発行しました。
 
敦賀市内は、本日の各朝刊に新聞折込みしていますのでご覧ください。
 

【今回は、いつも街頭演説の際に駐車場をお借りしている「ツルガ薬局」さんとセットで嬉しい限り】
 
また、新聞購読されていない方や市外にお住まいの方におかれましては、ホームページ(トップ画面の最下欄)にPDF版を掲載していますので、以下リンクよりご覧いただければ幸いです。
 
→『やまたけNEWS(第24号)』はこちら
 
なお、ご質問やご意見がございましたら、NEWSに記載の連絡先から是非お気軽に連絡ください。
 
【申し訳ありません。1点訂正があります。】
紙面中、表面二つ目の吹き出し「令和7年第2回(6月)定例会は6月2日開会」の1行目、“令和7年度一般会計補正予算案”は、“令和7年度一般会計予算”の誤りでしたので、お詫びし、訂正いたします。

二千年を超える日本固有の伝統と根幹を大切に

ブログ

20年に1度、伊勢神宮の社殿を建て替えて神座を遷す令和15年の「式年遷宮」に向けた一連の儀式が、この5月から始まっています。
 
今回で63回目となる式年遷宮は、飛鳥時代に天武天皇が制度を定め、次の持統天皇の時に初めて行われました。
 
戦国時代に一時途絶えたものの、織田信長が費用を寄進し、遺志を継いだ豊臣秀吉も献納して復興。
 
江戸時代には徳川幕府が全面的に費用をまかない、明治維新後は国費で続けられたとのこと。
 
いうまでもなく、伊勢神宮は、皇室の祖神で日本国民の総氏神といわれる天照大御神や、衣食住や全ての産業の守り神とされる豊受(とようけの)大御神をお祀りしていおり、神座のある社殿に加えて神宝、装束を新しくする式年遷宮は一大祭事と言えます。
 
1300年以上も前から繰り返され、天皇陛下が儀式の日時をお決めになるなど国柄と深く結びついているなど、長い歴史と独自の文化が息づくわが国日本を尊び、受け継いでいきたいと思う次第です。
 
さて、そうした思いに浸る一方、5月15日の読売新聞記事が波紋を呼んでいます。
 
『皇統の安定 現実策を…皇族減 典範改正が急務[読売新聞社提言]』のタイトルで取り上げられた同社の提言は、女性宮家の夫や子どもへの皇族の身分付与を主張する一方、旧宮家の男系男子の皇族復帰には「戦後長く一般人として暮らしてきた。そうした人に唐突に皇位継承資格を与えて、国民の理解が得られるのだろうか」と疑問を示す内容。
 
 →2025年5月15日の上記記事はこちら
 

【読売新聞社が提言した皇統の安定への対策4項目(2025年5月15日 読売新聞オンラインより引用)】
 
これに、「同紙は、皇室の歴史に前例のない女系天皇誕生に道を開く女性宮家創設を訴えていた」、「生粋の民間人を皇族にするのはよくて、旧皇族の復帰はだめだというのは論理が逆立ちしている。」と異論を唱えたのは産経新聞。
 
併せて産経記事にあった長島昭久首相補佐官がX(旧Twitter)にポスト(投稿)した、「(与野党協議で共有された男系継承維持など)基本的な考え方を否定するような提言を大々的に打ち出す意図は奈辺にあるのでしょうか」との言葉が、読売記事の異質さを表しているのかと。
 
私もまさに長島補佐官と同じ印象を抱いた訳ですが、心強い存在は、先に国民民主党が今夏の第27回参院選 比例代表に擁立を決めた足立康史候補予定者。
 
自身のXにて次のようにポスト(以下、一部引用)。
 
私は、玉木雄一郎代表、榛葉賀津也幹事長、舟山康江両院議員総会長(前政調会長)をはじめとする現執行部が掲げる〈皇統の男系維持〉を前提とした国民民主党の政策方針に賛同し公認を申請、一昨日=今週5月14日に公認を決定いただきました。
 
改めて申し上げるまでもなく、日本の皇室は二千年を超える世界で最も長く続く王朝であり、その間、一貫して男系による皇位継承が続いてまいりました。これは世界に類を見ない日本固有の伝統であり、その根幹です。この原則を変更することは、国家の基礎を揺るがしかねません。
 
私は、現職の国会議員ではありませんが、国民民主党の一党員として、また参議院比例区総支部長(候補予定者)として、この皇位継承に関する方針は絶対に妥協できません。
 
(引用終わり)
 
日本の歴史伝統を重んじ、これほどクリアに断言されるのはまさに「足立節」と言え、こちらも強く共感したところです。
 
世界で唯一、万世一系で続くわが国日本。
 
皇位継承は、わが国の国体に直結することであり、私自身「皇統の男系維持」を前提とした考えに立って、議論を見守りたいと思います。

4名の「入党」と「確認書」の重み

ブログ 政治

本日はまず、気比史学会のPR告知から。
 
月1回のペースで開催しています『ミニ歴史講座』。
 
今月は18日(日)10時30分より、駅前の知育・啓発施設「ちえなみき」2階にて行います。
 
4月に続き、今回のテーマも『太平記と敦賀』に置き、前回扱いきれなかった地元の武将「瓜生保」にスポットを当て、地域史の観点から読み解いていきます。
 
詳しくは、以下「ちえなみき」のホームページにてご確認ください。
 
 →ちえなみき「5月のイベント一覧」はこちら
 
なお、この講座の目的は、広く多世代の市民の皆様に敦賀の地域史を知っていただくこと。
 
そのため、場所もオープンスペースとしていますので、ぜひお気軽に、パート参加大歓迎ですので、お越しいただければ幸いです。
 
さて、多くの人を集めたいといえば、夏の参院選に向けた候補者擁立。
 
選挙に立てずして党勢拡大なしとの思いで、各政党がそれぞれ準備を進めるところ、国民民主党では一昨日、同党で以前、憲法調査会長を務めた山尾(現在は菅野)志桜里元衆議院議員、日本維新の会に所属していた足立康史元衆院議員と立憲民主党に所属していた須藤元気元参院議員、自民党に所属していた薬師寺道代元参院議員を比例代表の公認候補者とする旨決定、発表しました。
 
いずれも議員経験のある即戦力と見る一方、過去に山尾氏は不倫疑惑報道、足立氏は維新在籍中、国民民主党の支持母体である労働組合を批判、須藤氏は新型コロナウイルスワクチンや原子力発電所に否定的だった発信などがあり、国民民主の掲げる政策と異なっていたことに対し、SNS上では疑念や反発の声が。
 
なお、この点に関しては、入党にあたって、党とご本人との間で『確認書』を取り交わしており、その内容は以下となります。
 

【公開された国民民主党入党に際しての「確認書」(玉木雄一郎代表のXポストより引用)】
 
ご覧いただくとおり、確認書は公認内定取り消しのほか、国会議員の当選後に国民民主を離れる場合は議席を返上する、つまり議員辞職することも盛り込まれたほか、個別の論点では、憲法改正に関しては緊急事態における国会機能維持などの議論を進め、エネルギー安全保障の観点から(敢えて特出しで)原子力発電所の必要性を認めるとしています。
 
玉木氏は自身のXで、確認書を改めて公開したうえで「須藤元気さんにも確認書に署名してもらいました」と述べています(須藤氏ご本人も自身のXで発信)。
 
他党も含めた過去の事例をひも解くと、「確認書が反故」にされる懸念はぬぐえないなどの声があるものの、ご本人が基本方針に同意した上で、党として決定した以上、私のような党所属議員としては、異論や違和感を抱く支持者に対して丁寧に、説明責任を果たす必要があると考えるところです。
 
なお、過去にあった言動や考えを改め、もしくは見直し、新たに挑戦しようとする人を認めない社会に、私は反対です。

5/14〜5/20は「ギャンブル等依存症問題啓発週間」

ブログ 社会

一昨日の「電力総連組織内地方議員会議」から一夜明け、昨日8時からは「国民民主党・電力総連組織内自治体議員フォーラム」に出席。
 
国民民主党より玉木雄一郎代表、榛葉賀津也幹事長、電力組織内国会議員である浜野よしふみ、竹詰ひとし両参議院議員をお招きし、それぞれからご挨拶、党の政策などについてお話しいただきました。
 
玉木代表からは、「エネルギー政策は国家の根幹であり、揺らぎない信念をもって対応していく」、「国民の未来のために、正しい政策を発信していきたい」などとの考えが述べられ、いずれも共感。
 
また、会場では、電力総連が第27回参議院議員通常選挙候補予定者として擁立している「浜野よしふみ」議員と固い握手を交わし、全力で支援する思いを伝えた次第です。
 
榛葉幹事長のお話しでは、「支持率は“視力検査(0点台)”と揶揄され、いつか無くなる政党と言われたが、結党以来の理念を大切に、ブレずにやってきた結果、今がある」と。
 
この言葉にあるよう、信念を貫くことは政治への信頼につながるものであり、引き続き、国会議員の方々と思いをともに、所属議員として活動するとの思いを強めたところです。
 
さて、話題を変え、昨日14日からはじまったのは「ギャンブル等依存症問題啓発週間」。
 
5月20日までを期間として取り組みが展開されるにあたり、敦賀市においても啓発ができないかと、以前に健康推進課さんを訪ね、その趣旨をお伝えした上でポスター掲示をお願いしたところ、快く賛同いただき、現在、健康センターはぴふる内、市役所入口の会計課前に掲示いただいています。
 

【会計課の前に掲示されている啓発ポスター】
 
ギャンブル依存症に関しては、「NPO法人全国依存症家族の会 福井」の方と連携し、微力ながらお手伝いをしているところであり、ブログでも幾度かご紹介していますが、同会は、ギャンブル依存症に悩む家族が集い、正しい知識を学び、支援を行う全国組織の団体で、以下のように呼びかけています。
 
<同会作成のチラシより引用>
ギャンブル依存症は「病的賭博」とも呼ばれる病気であり、日本国内には約320万人の依存症者がいると推計されています。そして、その周囲には借金や家庭崩壊など深刻な問題に巻き込まれ、苦しんでいるご家族がいます。
同じような悩みを経験した家族同士が出会い、正しい知識と適切な対応を学ぶことで、問題を乗り越えることができます。
ギャンブル問題を抱えるご家族であれば、どなたでもご参加いただけます。ぜひお越しください。
 
また、啓発週間に際し、同会の田中紀子代表は、Xに次のようにポスト(投稿)。
 
私達は啓発週間を広めようと、今年はみんなで寄付をしあい、
当事者、家族が顔出しで、読売新聞に全面広告を出しました!
ギャンブル依存症は回復できる!
この回復の笑顔を見て下さい!
 
と掲載された写真はこちら。
 

【読売新聞記事を掲載した田中紀子さんのXから引用(ちなみに、左上が田中代表)】
 
また、この読売新聞の啓発広告に、通称「ギャン妻」と呼ばれる、ギャンブル依存症家族の方からは、
 
ギャンブル依存症で人生がひっくり返ります。
でも、決して絶望だけの話ではありません。
ギャンブル依存症は誰にでも起こり得る病です。本人だけでなく、家族も巻き込まれていきます。
だからこそ、気づいた人からひっくり返そう。
 
また別の方は、
 
本当に皆の笑顔がまぶしい!!
私も夫のギャンブル問題で相談した一人です。苦しくて毎日泣いていた日々でしたが、今は心から笑えるようになりました。
今お悩みの方はこの笑顔を信じて、まずは相談してみてください!
 
などとコメント。
 
「ギャンブル依存症は、回復可能な病気」であることを知ることで、救える当事者、家族がいるということをぜひ皆さんにも知っていただきたく思います。
 
なお、先に紹介したポスターの発行元は「内閣官房ギャンブル依存症対策推進本部事務局」。
 
これにあるよう、この社会問題はさらに、金欲しさの闇バイトなどの犯罪行為にもつながることから、国を挙げて取り組んでおり、金融庁や厚生労働省、警察庁や各行政機関が同じく啓発活動を展開しています。
 
なお、内閣官房では、ギャンブル等依存症は適切な支援により回復できるとし、一人で悩まず、家族で悩まず、まず相談機関へと呼び掛けると同時に、行政の相談窓口を紹介していましたので、以下にリンクしておきます。
 
→「依存症対策全国センター」のサイトはこちら
 
※ちなみに、敦賀市近辺の相談機関は、福井県嶺南振興局二州保健所
 
この問題を解決する鍵を握るのは、いかに早くギャンブル依存症であることに「気付き」、そして、家族の会や相談機関に「つなぐ」こと。
 
啓発期間は、5月20日まで。
 
ご家族や親戚、友人や知人でもしや?と思う方がおられましたらぜひ、お声かけをいただきますようお願いいたします。

「電力総連組織内地方議員会議」にて思いをひとつに

ブログ 政治

北陸新幹線利用も重なる時は重なるもので、昨日は東京まで。
 
ちょうど1年前、初めての北陸新幹線での出張がこの用件だったことを思い返しながら、京橋で開催の「電力総連組織内地方議員会議」に出席してまいりました。
 
この会議は、私のような電力関連産業労働組合の組織内議員として、全国で活動する各級議員が一堂に会し、知見を高めるための講義や電力を取り巻く現況の共有、さらには議員間での情報交換を行う目的で開催しているもの。
 
冒頭、壬生(みぶ)電力総連会長からのご挨拶の後、「参議院議員選挙を見据えた政治情勢」をテーマに、読売新聞東京本社 論説副委員長 尾山宏氏の講義を拝聴。
 
休憩を挟み、組織内国会議員の浜野よしふみ、竹詰ひとし両参議院議員からの国政報告(公務のためいずれもウェブにて)があり、浜野議員からはあらためて、今夏の参議院議員通常選挙に向けた決意が述べられました。
 

【浜野よしふみ参議院議員からの力強い決意表明】
 
加えて、同参院選に長崎県選挙区で出馬予定の電力総連組織内議員(先般、長崎県議を辞職)「深堀ひろし」氏からも決意表明があり、まさに同志の勇気ある挑戦に、出席者一同、思いをひとつにした次第です。
 
また、第2部の懇親会では、限られた時間ではありましたが、全国から出席の皆さんと意見交換。
 
当選同期の方やSNSでつながっている複数名の方とお話しできるなど、大変有意義な場となりました。
 
このような、全国各地で活動される皆さんとのパイプは私にとっての財産。
 
引き続き、連携を図ってまいります。
 
さて、本日はこの後8時より国民民主党 玉木雄一郎代表、榛葉賀津也幹事長との意見交換。
 
こちらも有意義な時間となるよう臨んでまいります。

『バトンは敦賀へ。走れ大阪へ。』

ブログ 北陸新幹線

本日の話題の前振りとまで考えた訳ではありませんが、敦賀から福井まで、最速17分で行けるようになった「北陸新幹線」。
 
昨日のブログでは、まさに「タイム イズ マネー(時は金なりと肝に銘ずること)」と、その効果を実感していることを述べたところです。
 
その上で、「前振り」と書いたのは、ちょうど昨日12日に、北陸新幹線の沿線自治体でつくる「北陸新幹線建設同盟会」の大会が、東京都内で開催されたから。
 
国などへの要望書を決議する北陸新幹線建設同盟会の大会をめぐっては、石川県が事務局の福井県に対し「米原ルートの再検討」を要望書に盛り込むよう求めたことから、同盟会の対応に注目していましたが、結果、大会では、小浜・京都ルートを前提に敦賀ー新大阪間の早期の全線開業を目指すことなどを盛り込んだ要望書を満場一致で決議しました。
 
なお、石川県の国会議員や県議会議員らは採決の前に退場したとあり、正しくは、この方々を除き「満場一致」ということになろうかと存じます。
 
また、石川県の馳知事は米原ルートへの再検討を求める要請を出したものの、決議には賛成し、小浜・京都ルートの整備に向けて政府や自民・公明の与党が京都府や大阪府の理解を求めていくべきだとの考えを示したとのこと。
 
大会は、同盟会の会長を務める杉本福井県知事のほか、沿線各自治体の首長や国会議員ら約330人が参加するだけに、その会場の雰囲気はさぞ緊張感高まるものであったことを想像するところですが、私にとっては当たり前のこととはいえ、決議文に「米原ルート」の文字が載らなかったことに安堵した次第です。
 
この決議文には、「小浜・京都ルートでの早期全線開業」に向け、京都府の課題解決に国が全力を挙げて取り組むことや安定的な財源の確保、早期の詳細ルートの決定、などが盛り込まれましたが、石川県の懸念を払拭する意味においても、とりわけ京都府の課題について、地元選出の国会議員などが中心となって、しっかりとした対応を切にお願いいたします。
 
杉本知事は、「沿線住民の意見やルート問題と様々な議論が山積しているが、その上で、今日本が何をすべきかが問われている。国家百年の計を政争の具にしてはいけない」と熱弁をふるったとありましたが、関西広域連合長の滋賀県・三日月知事が述べたのは、「私たちが望んでいるのは小浜・京都・大阪を早くつなぐことで、米原ルートについては望んでも求めてもいないということを明確に申し上げておく」
 
ここでも、「米原ルートはあり得ない」ことを確認しておきたいと思います。
 
ブログを書くにあたり、「北陸新幹線建設同盟会」のホームページ(HP)を見ると、
 
子どもたちの未来のために、
1日でも早い京都・大阪までの全線開業を目指して。
 
の言葉がありました。
 

【残る敦賀・新大阪間は約140km。開業すれば、東京と大阪を結ぶもう一つの新幹線になります。(北陸新幹線建設同盟会HPより引用)】
 
半世紀前の先人が、こうして新幹線効果をもたらせてくれたよう、今を生きる、とりわけ政治の場に携わる者が果たすべき役割と責任は極めて大きいものと、あらためて認識するところ。
 
加えて、同HPにあった、北陸新幹線早期全線開業キャッチコピーキャンペーンの最優秀賞は、『バトンは敦賀へ。走れ大阪へ。』。
 
「敦賀以西」の意味は、「小浜・京都ルート」であることを今一度書き置き、本日のブログといたします。

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