野坂山は雪化粧、議会は「12月定例会」告示

ブログ 敦賀市議会

グッと冷え込み、朝は一桁台の気温となった昨日。
 
野坂山を見ると、山頂は薄っすら雪化粧。
 

【一の岳(一番左の高いところ)が白くなった野坂山】
 
暖かかった秋から、一気に冬の気配となっておりますので、寒暖差で体調など崩されませんようお気をつけくださいませ。
 
さて、そんな昨日はスケジュールが目白押し。
 
午前中は議会運営委員会、午後は福井県自治会館での福井県市議会議長会「議員研修会」、夜は同じく福井市内で開催された「F-TOP21(※)第24回定期総会」に出席しました。
 
※F-TOP21
福井総合政策フォーラム21(FUKUI TOTAL POLICY 21の略)
 
議員研修会では、講師に杏林大学客員教授・こども家庭庁参与の清原慶子氏をお招きし、「『こどもまんなか社会』の推進のために地方議会に期待されること」をテーマに、「こども」に関する幅広い政策と経験談を伺いました。
 
また、F-TOP21定期総会では、矢野義和 筆頭理事のご挨拶であった「F-TOP21結成の理念を忘れず、引き続き、政権交代可能な二大政治勢力の結集と労働者・生活者のために志を同じくする仲間が結集する仕組み・土台になる」との言葉が胸に残りました。
 
F-TOP21の支持政党である国民民主党と立憲民主党は今現在、根幹に関わる政策の不一致により、密に連携協力する関係にありませんが、2009年の政権交代がそうであったよう、F-TOP21が掲げる理念は忘れてはならないと思った次第です。
 
そして、この日最も肝心な議会運営委員会。
 
令和6年第4回(12月)定例会の告示に合わせ開催された委員会では、会期日程や運営方法、市長提出議案等の付託先などを協議のうえ確認。
 
なお、本年8月にあった市職員の死亡事案に対し、その調査を第三者調査委員会にて行うことが出来るよう定める設置条例議案、これに伴う補正予算議案に関しては、その趣旨やご遺族の意向も踏まえ、可及的速やかに進める必要があることから、最終日議決ではなく、12月4日(水)の一般質問初日に採決を行う旨決定しました。
 
一部変則的な日程となりますが、他の議案を含め、従前同様に慎重審査・審議に努めてまいります。
 
12月定例化の会期は、11月26日(火)から12月17日(火)までの22日間。
 
日程は以下の通りですので、傍聴やご視聴などにて注視いただけますようお願いいたします。
 

「ハラスメント」の無い議会、社会に向けて

ブログ 敦賀市議会 社会

月曜朝は粟野交番前から。
 
「103万円の壁」引き上げ(178万円へ)をはじめ、国民民主党の政策や直近の活動について約30分お話ししましたが、この間、やや冷え込む中にも関わらず、ご通行中のお車からは、わざわざ窓を開けてお手振りなどいただき誠にありがとうございました。
 
なお、「103万円の壁」引き上げに関し、いわゆる財源論(7.5兆円必要)の問題が取り沙汰されていますが、国民民主党としては、国の歳出・歳入をもう一度徹底的に見直すことを政府・与党に求めるとした上で、一昨年度、昨年度の2年の平均値で言うと、予算には計上したものの結局は使わずに残した予算が2年間の平均で年9.1兆円。
 
逆に、税収は平均で年4.2兆円上振れして(想定より多く入ってきて)います。
 
つまり、使わない予算が9兆円、入ってくる税収は想定より4兆円も多いなら、計上すべき予算をもっと絞り込み、税収見積もりをより精緻にすれば、基礎控除の引き上げ分の減収など、いくらでも対応可能だと考えると主張しています。
 
根本にある「ふところを増やすのは国や政治家ではなく、国民だ」の考えに沿ったものであり、ご参考までお知りいただければ幸いです。
 

【お手振りや会釈など、リアクションいただきありがとうございました。】
 
さて、斉藤元彦氏再選の兵庫県知事選挙から一夜明けた昨日、立憲民主党の県議会議員が辞任するなど、まだまだ波乱含みの様相を呈すところ。
 
そうした中、今回の選挙結果を受け、愛されキャラで人気のTBS安住アナウンサーは番組で、「テレビメディアに対する批判も十分に自覚しているつもりです。」とコメント。
 
続けて、「やはり、NHK党の立花さんが後半になって、独自の主張を展開し始めた辺り。これが本当のことかどうかわかりませんが、その辺りで私達もきちんと、何が起こっているのかを、報じるべきだったと思います。そして、もうひとつは局長の死についてですが、死をもって抗議するという遺書の内容が一体何を意味するのかを、もう少し報じるべきだったと思っています。」と心中を語りました。
 
プライベート、さらには裏を取ること、そして公平に信頼感のある情報を発信するよう丁寧に作業を重ねていくとの言葉に、特に公平性を求められる選挙報道に対する心境、テレビのあり方に対する同アナのジレンマを感じたところです。
 
また、発端となった斎藤元彦氏の疑惑が文書で告発された問題を巡っては、兵庫県議会調査特別委員会(百条委員会)が斎藤氏の証人尋問を25日に行う方針を決めたとあります。
 
議会に与えられた強力な権限である「調査権」を行使して行われるもので、正当な理由なく証言を拒んだ場合、禁錮や罰金が課せられる罰則規定がある訳ですが、どのような証人尋問がされ、真実は炙り出されるのか注視しておきたいと思います。
 
良くも悪しくも、今回の場合は「パワーハラスメント」が大きく取り上げられた訳ですが、翻って敦賀市議会。
 
昨日は議会運営委員会を開催し、9月定例会からの経過を踏まえ、敦賀市議会としての「ハラスメント防止」について協議しました。
 
先般、議員全員が受講した「ハラスメント研修」を振り返りつつ、今後の取組みについて、各会派で検討した結果を持ち寄り話し合った結果、議会内でのルールを令和7年3月定例会までを目途に整備することを再確認した上で、ルールの対象とする範囲(議員同士、議員から市職員へなど)、相談窓口やハラスメントか否かを判断する体制、議長の権限・裁量などの詳細について今後協議する旨、確認しました。
 
「ハラスメントのない議会、そのためのルールづくりは必要」との共通認識をもって進めているこの協議。
 
議会自らがつくるルール。
 
私は副議長の立場で、この委員会に出席していますが、その趣旨故、現段階で意見を排除することなく、広く各会派、無所属議員の皆さんの考えを取り込み、建設的な議論をしていく所存です。
 

【議会ではタブレットの試運用開始。こちらも進化です。】

『日本横断!運河計画 敦賀~琵琶湖運河計画と琵琶湖の新田開発』〜市民歴史講座(第5講)を開催〜

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注目の兵庫県知事選挙は、斉藤元彦氏(前知事)が勝利。
 
パワーハラスメントなどに関し、SNSやYouTubeでFACT(真実)を探った有権者の皆さんの判断と報じられていますが、斉藤氏が戦っていたと言われる「既得権益」とは何だったのかまでは報じられないまま。
 
まさに民意を問う「選挙」でしたが、一連の流れと合わせ、大変考えさせられる「選挙」となりました。
 
さて、「FACT」に関連して歴史の世界。
 
『それは夢か欲望か…みんなの本気が海と湖を結び、日本を構断していった。』
 
これは、令和6年度敦賀市立博物館特別展「日本横断 運河計画」にあるサブタイトルですが、11月2日の市立博物館特別講座に続き、11月16日(土)には、博物館との協力関係のもと、気比史学会主催の市民歴史講座(第5講)『日本横断!運河計画 敦賀~琵琶湖運河計画と琵琶湖の新田開発』を開催しました。
 
講師には、大津市歴史博物館の杉江進館長をお招きし、各文献を基にした、史実に基づく貴重なお話しを拝聴しました。
 

【100名近くの方に参加いただいた市民歴史講座の様子】
 
はじめに、敦賀-琵琶湖運河計画ついて、
・誰が何を目的にしたか?
・資金はどこから調達しようとしたか?
・計画ルートはどこか?
の視点で考えていきたいとした上で、以下のお話しがありました。
 
<伝承の世界>
◉同運河計画は、平安時代の平清盛(が重盛に託した)、天正13年(1565)の敦賀城主の蜂屋頼隆、天正末期から慶長初期に大谷吉継らが計画したとあるが、近世の地誌等で確認されるものの、具体的計画を示す史料は残されず、伝承の世界から運河計画は始まっていると言える。
 
<京都商人の出願>
◉寛文9年(1669)頃からは、西廻航路の整備による京都への物資減少への対策。荷物輸送の便を図るとともに、琵琶湖の水位減少に伴う洪水対策・新田開発にも言及する。
◉元禄8年(1695)には、京都の商人連名による計画では、願書が幕府に取り上げられ、幕府役人の現地への派遣となるが、周辺の反対により頓挫。
◉元禄年間には、敦賀に残る伝聞情報もあり。
 
<運河構想から新田開発へ>
運河の開通による物資輸送で直接利益を得る者以外(江戸の商人、幕府の御用職人、幕府)が出願し、琵琶湖の水位を低下させることによる湖辺の新田開発計画が取り上げられる。
◉新田開発が第一の目的とされ、運河は二の次となる。新田の支配を目的とするか。
◉享保5年(1785)には、幕府の御用職人による出願。琵琶湖の水位を下げることによる新田開発計画があり、その範囲は、瀬田川下流、大坂までの範囲に及ぶ。徳川吉宗の享保改革による新田開発奨励策と関わるか。
◉天明5年(1785)には幕府自らの計画があるも、田沼意次政権による新田開発策の一環は、田沼の失期により頓挫。
 
<実現性のある運河計画>
琵琶湖と日本海を運河で結ぶことは技術的に不可能に近いが、一部に水路の開響や既存の河川を利用することで実現する。輸送の便を図ることを目的とするか。
◉文化12年(1815)幕府と小浜藩によって計画され、疋田一敦賀に舟川を開き、舟を通わす。但し、工期が4ヶ月と短いところから、既存の川を利用したのではないかと考えられる。疋田の町中に舟川の一部が残る。小浜藩主が老中であったという背景がある。20年利用され、その後廃止。
◉安政4年(1857)外国船の来航による日本海航路の不安から計画される。琵琶湖側で、塩津と大浦を起点とする2ルート。疋田舟川の一部を再利用して実現。彦根藩の反対。幕府内部における利害対立がからむ。
◉文久3年(1867)幕府の許可を得た金沢藩による計画と小沢一仙による計画。金沢藩は6ルート(敦賀一塩津、敦賀一大浦、敦賀一海津で各2ルート)の測量を行う。
 
<琵琶湖を巡る運河計画>
◉小浜ー今津運河、瀬田川通船(宇治川、淀川を経て大阪へ)、大津ー京都運河(明治に実現する琵琶湖疏水の先駆け)などあり、
◉天野川通船による「伊勢湾へのルート」について、慶長10年(1605)、京都嵯峨の角倉が、天野川の世継(琵琶湖岸の港)から能登瀬を経て醒ケ井に川船を就航させ、美濃・尾張からの荷物を運ばせるが、彦根藩の訴えにより停止。
文久3年(1863)には、彦根藩が天野川を利用して中山道の柏原宿まで通船し、そこから牧田川の湊である船まで水路を開し、揖斐川を経て伊勢湾に通じる。京都町奉行所の役人が検分に訪れ、江戸からも測量方が派遣される手はずであったが、実現せず。
 
<運河計画が実現しなかった理由>
①当時の技術では大規模な水路や隧道を掘削することは不可能に近く、また膨大な資金を誰が負担するかが課題であった。
②運河が通ることに対する、既存の交通ルートの従事者、琵琶湖の水位低下の影響をうける水運関係者、農業従事者、漁業従事者、大名等の反対があった。
③運河ルートの入り組んだ支配による、利書関係調整の困難さ。
④運河には船を通すための水量の確保が必要な一方、洪水によって運河が被害を蒙(こうむ)るという運河維持の困難さ。
⑤一部河川を利用した運河であっても敦賀から琵琶湖へ向かうルートは引船になり、一方通行の稼ぎにしかならず、引船で荷物を運ぶのであれば、従来の陸路を利用した方が効率が良い。
 
以上が、講座の概要となります。
 
こうして史料と付き合わせて確認すると、運河計画は途中、新田開発のため琵琶湖の水位を下げる(敦賀への水抜き水路)目的に変わり、その後、江戸末期になると外国船による西廻り航路の不安により再び、敦賀からの物資輸送ルートを確保しようという歴史背景まで浮かび上がるとともに、どの時代においても重要視されてきたで敦賀津(湊)を誇りに思ったところです。
 
いずれにしても、伝承の世界とはいえ、敦賀と琵琶湖をつなぐ計画が平安時代からあったこと、その後も敦賀城主や京都商人、さらには幕府までが入り込んで実現させようとしたことに加え、琵琶湖から小浜、京都、大阪、さらには伊勢湾へともつなぐという、まさに「日本横断」の壮大な計画がされていたことに、大いなるロマンを感じた次第です。
 
講座の最後に、「歴史とは史料に基づき紐解くもの」との言葉にありましたよう、正確な史実に基づき信念をもって語っていただいた杉江先生に心より感謝申し上げます。
 

【杉江先生ありがとうございました。】
 
「日本横断運河計画」に関する講座はこれで終わりとなりますが、ぜひご覧いただきたいのが、敦賀市立博物館で開催されている特別展。
 
開催期間はあと少し、11月24日(日)までとなっておりますので、悠久の歴史と壮大なロマンを感じに足を運んでみてはいかがでしょうか。
 

【市立博物館入口に掲げられた特別展のボード】

2024年 敦賀市議会「議会報告会」を開催

ブログ 敦賀市議会

昨日の福井新聞記事。
 
<以下、記事引用>
敦賀市の各種団体代表でつくる市原子力発電所懇談会は15日、市役所で開かれた。
原子力規制委員会が再稼働を認めない不許可処分を決めた日本原電敦賀発電所2号機に関し、委員からは今後の原電の対応を住民に丁寧に説明するよう求める声が上がった。原電は23日から12月15日にかけて、市内の全戸と周辺4町の区長宅計約2万6千戸を訪問し、審査結果の概要や再申請を目指す原電の方針を説明する考えを示した。
原電は1997年から立地住民との訪問対話活動行っており今回で23回目。グループ会社社員を含め約500人が2人1組で各戸を訪問し、パンフレットを配るなどして再稼働に向けた意志をアピールする。
懇談会では委員から「規制委から非常に厳しい結果が示されたが事業者としてしっかり取り組んでほしい」と原電の姿勢を支持する声が聞かれた(引用終わり)。
 
先般、不許可処分を受けてあった米澤光治 敦賀市長のコメントと併せ、再稼働に向けて頑張れという、原電へのエールに感謝すると同時に、その期待に応えられるよう、粉骨砕身の思いで取り組むまねばと身の引き締まるところです。
 
さて、原電の「訪問対話活動」にもあったよう、議会(議員)においても、地域住民の皆様との直接対話を通じて活動をご理解いただくと共に、「より開かれた、より身近に感じる」存在であることが重要と考えるところ。
 
そうした観点から、敦賀市議会では「議会基本条例」第4条(市民参加及び市民との連携)7項の「議会は、市民に対する議会報告会を年1回以上開催して、議会の説明責任を果たすとともに、市政に対する意見交換を行い、これらの事項に関して市民の意見を聴取して広報広聴の充実を図るものとする。」との定めに則り、これまで開催しています。
 
今年度は、より多くの方にお越しいただけるよう、平日夜と休日午前の2回開催(議員も2グループに分けて)。
 

【(再掲)議会作成の開催案内チラシ】
 
11月15日(金)には約20名の方にお越しいただき既に開催していたところですが、私は昨日16日(土)午前中の報告会に出席してまいりました。
 
場所は、市立図書館3階研修室。
 
9時前より、議員及び議会事務局の皆さんで会場準備・設営、リハーサルを行った後、10時30分より開催しました。
 
参加いただいた10名を少し超えるくらい(カウントするのを忘れていました)の皆様には、休日にも関わらず足を運んでいただき感謝。
 
報告会は、広報広聴委員会の大石修平副委員長の司会のもと開会。
 
中野史生議長の挨拶に続き、第1部では、議会の仕組みや予算決算常任委員会ならびに各分科会、議会運営委員会、総務常任委員会より審査のトピックスをご報告。
 
なお、議会運営委員会からは、議会改革のひとつとして導入につなげた「タブレット導入」や実施に向け検討を進めている「常任委員会のインターネット放映」などについてもご紹介。
 
こうしたことに取組んでいることもご理解いただければと思います。
 
報告に対する質疑では、ふるさと納税の委託料(手数料)、公共施設の利用状況(費用対効果の観点)、議会のタブレット運用に関する点についてご質問があり、それぞれ回答しました。
 
続く第2部では、「みんなで考える敦賀の防災」をテーマに意見交換。
 
計画では2グループに分かれてディスカッションする予定でしたが、参加者数からそのまま分けずに実施。
 
意見では、原子力災害発生時の安定ヨウ素剤配布(例:学校や学童に置いてほしい)、市の防災訓練が複合災害への対応となっていないのでは、市内在住外国人がどの町に住んでいるかまで把握してほしい(災害時に区から声が掛けられない)、こども食堂と防災をどのようにつなげていくか、避難弱者をどう避難させるか、能登半島地震の際に顕著になった避難場所が空いていない問題など、多くのご意見をいただきました。
 
基本的にはご意見を伺うとしつつ、議会で議論されたことや市の取組みとして進めていることについては回答し、ある程度ご理解をいただいたところです。
 
なお、頂戴したご意見は、すべて議会として受け止め、精査をした上で今後の政策提言や議会活動につなげていくこととしておりますので、15日にいただいたご意見と併せ、議会として検討を進めてまいります。
 
こうして意見交換を終え、報告会は12時前に閉会となりましたが、参加された皆様にとって、この報告会が少しでも「開かれた議会、より身近に感じる議会」につながったのであれば幸いです。
 
自身としては、労働組合役員時代から大事にしてきたことは「Face to Face」の活動であり、コロナを経験して「対面」で話しができることが一層重要と感じたことを思い返した次第。
 
今後もこのような機会を含め、対面での活動を大切に、議会の一員として役割を果たしてまいります。
 
結びに、15日・16日の両日、報告会に参加いただいた皆様に改めて感謝申し上げます。
 
ありがとうございました。

女川原子力発電所2号機が“約14年ぶり”に発電再開

ブログ 原子力

原子力の話題が続きますが、14日には、関西電力高浜発電所1号機(PWR,82万6千キロワット)が、稼働する国内原子力プラントで初めて運転開始から50年を迎えました。
 
商業用原子力発電所としては、国内で8番目に営業運転を開始して以降、こうして半世紀に亘り経済発展を支えるための貴重なエネルギーを送り届けてきた背景には、地域の皆様のご理解とご協力、そして発電所関係者の弛まぬ努力あってのことであり敬意を表するところ。
 
高浜発電所長の「国内外の知見を取り入れプラントの安全・安定運転を維持し、暮らしを支え続けたい」との言葉にあるよう、電力需要が一層高まる今後においても、貴重な脱炭素電源のひとつとして永く運転していただきたいと思います。
 
また、東北電力女川原子力発電所2号機(BWR、82万5千キロワット)は13日、原子炉を同日午前9時に再び起動した後、午前11時55分には核分裂反応が安定して継続する臨界に到達。
 
その後、原子炉の昇温・昇圧と原子炉格納容器内点検、タービン起動を経て、15日には発電機と系統を接続して並列し「発電再開」。
 
“約14年ぶり”に再稼働を果たしました。
 

【画面中央の黄色矢印の先が「出力表示」。発電機と並列し、0から「10MW」を表示しています。(東北電力のXポストを一部やまたけにて加工)】
 
私自身、中央制御室で発電機と並列する瞬間に何度も立ち会ってきた経験から、0表示から出力表示が出た瞬間(発電開始を意味)は毎回、達成感に満ち溢れる感動を覚えたことを思い返しましたが、東日本大震災で被災した地域の原子力発電所としても初、沸騰水型軽水炉(BWR)としても初となる再稼働を大いに喜ぶところです。
 
なお、これまで14年にも亘るご苦労とご尽力は言葉で表せないものがあったに違いありませんが、女川原子力発電所2号機の再稼働は、東日本の電力需給改善に大きく貢献することはもとより、「震災からの復興」という、日本にとって大きな意味があると考える次第。
 
東北電力はXで、「今後とも、原子力発電所の『安全対策に終わりはない』という確固たる信念のもと、原子力発電所のさらなる安全性の向上にむけた取り組みを着実に進めてまいります。」と発信しています。
 
先の高浜発電所長とも通ずる訳ですが、これは全国どの原子力発電所であっても同じ。
 
「何よりも安全を最優先する」との考えを第一義としていることをご理解いただければ幸いです。
 
さて、こうして嬉しい出来事が続く中、私の本日の予定は、10時30分より敦賀市議会の「議会報告会」、14時からは気比史学会主催の「敦賀市民歴史講座」となります。
 
会場はいずれも市立図書館3階 研修室ということで、1日図書館にて過ごすことになりますが、両方ともぜひお気軽に、多くの方にお越しいただけることを楽しみにしています。
 

【古くは平安時代の平重盛から、幾度も計画された「敦賀ー琵琶湖運河計画」。先人が考えた「壮大な計画」が聞けるとあって、議会報告会と併せ、ワクワク続きの一日になりそうです。】

「敦賀2号」の原子炉設置変更許可申請は許可されず 〜日本原電は今後も再申請、稼働に向けて取組む〜

ブログ 原子力

本日と明日は、敦賀市議会の「議会報告会」。
 
一人でも多くの方にお越しいただきたいとの思いを込めて、「広報つるが」や嶺南ケーブルネットワーク、敦賀FMなどでの広報宣伝に加え、先日は市内で開催されたイベントで各常任委員会にてチラシ配布を行ってきたところ。
 
本日15日(金)は18時30分からプラザ萬象大ホール、明日16日(土)は10時30分より市立図書館3階研修室の2回開催(議員も2グループに分かれて)しますので、ご家族、知人・友人お誘い合わせのうえ、ぜひご参加いただけますようお願いいたします。
 
※私は明日の報告会に出席します。
 
なお、開催チラシは、以下リンクよりご覧くださいませ。
 
 →11月15日・16日は敦賀市議会「議会報告会」(2024年10月25日 やまたけブログ)
 
さて、11月13日に開催された原子力規制委員会に「日本原子力発電株式会社敦賀発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(2号発電用原子炉施設の変更)に対する処分の案」が議題に供され、①審査書案に対する科学的・技術的意見(パブリックコメント)への考え方に関する原子力規制庁の方針について、②発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査の結果の取りまとめの決定、③発電用原子炉設置変更許可をしないことの決定について、いずれも規制委員会「全会一致」で決定されました。
 
この決定に関しては、インターネット、新聞、ニュースなど各媒体にて既に報道されていますが、同委員会での説明を拝見するに、審査書案に対して提出されたパブリックコメントは、提出意見として扱ったもの67件、該当しないと判断したものは215件とのこと。
 
すべての意見は机上配布資料として、同委員会のホームページに掲載されていましたので、ざっと目を通すとやはり、審査書案に異論あるいは強く説明を求めるものなどが多勢を占めていた訳ですが、「聞く耳」があるはずもなく。
 
パブコメに関しては、私も提出しましたので、以下に記録としてリンクしますので、関心のある方はお読みいただければ幸いです。
 
 →「第42回原子力規制委員会 令和6年11月13日 資料1 机上資料」はこちら
 
また、不許可処分を受け、昨日の福井新聞インタビュー記事にあった、今年9月に原子力規制委員を退任した石渡氏の言葉。
 
「これまでの審査で17基を許可した同じ基準で(事業者側が)それぞれ『悪魔の証明』を乗り越えている。たいした悪魔ではない。」
 
「グレーは全てクロ」の悪魔は本当に“たいした”ことないのだろうか。
 
そしてまた、「悪魔の証明」を求めてきた側の立場の方が、退任したとはいえ軽々にいう言葉なのか。
 
甚だ疑問、遺憾に思った次第です。
 
日本原電はこれを受け、「大変残念であります」とした上で、「当社としましては、敦賀発電所2号機の設置変更許可の再申請、稼働に向けて取り組んでまいります。申請に必要な追加調査の内容について、社外の専門家の意見も踏まえながら具体化してまいります。」とコメント。
 
杉本達治 福井県知事、米澤光治 敦賀市長はそれぞれ、次のように述べています。
 
杉本知事「事業者においては、安全を最優先に、今後の対応を十分検討し、地元に丁寧に説明していく必要がある。」
 
米澤市長「日本原子力発電株式会社は再申請に向けて、必要な追加調査の検討を進めるとのことであるので、真摯に取り組むともに、今後の取組について市民に丁寧に情報発情をいただきたい。また、原子力規制委員会においては再申請がなされた場合は、改めて審議を尽くしていただきたい。
 
厳に言葉を選びつつ、私としては、安全と地域を第一義に、日本原電に対しエールを送っていただいたものと受け止める次第です。
 
これまでも述べてきているよう、敦賀2号の審査に関しては言いたいことが山ほどあるものの、今回出されたのは「法に則った結論」。
 
原子力事業者が再稼働を目指す思い、目的は、原子力発電を通じて、我が国の「低廉な電気の安定供給」を果たすこと。
 
敦賀2号の申請は許可されませんでしたが、その大義まで失われた訳ではないことから、今後の追加調査、そして再申請による審査で“たいした悪魔でない”ことを何としてでも立証され、一日も早く、エネルギー危機にある日本の需給改善に向け戦線復帰されますこと、切に期待する次第です。
 

【絶対に諦められない敦賀2号の再稼働。日本の科学技術を守るためにも、ここで屈する訳にはいかない。】

誰ひとり取り残さない「校内フリースクールF組」

ブログ 敦賀市議会

文教厚生常任委員会の行政視察(最終日)は、徳川家康の生誕地でもある愛知県岡崎市へ。
 
同市が進めている「校内フリースクールF組」について、岡崎市教育委員会 学校指導課、教育相談センター様より、取組み内容についてご教授いただきました。
 
なお、視察の報告もこれで3日連続となっており、得たことをほぼ全てレポートしていることに、やや「うんざり」感もあろうかと思いますが、委員会の行政視察は「議会費」を使用しています。
 
つまりは「税金」を使って行かせてもらっていることを踏まえれば、得た知見を市民の皆さんと共有することは議員の責務。
 
そうした思いのもと、本日もご報告いたしますので、何卒、ご容赦とご理解のほどお願いいたします。
 
まず「校内フリースクールF組」とは、岡崎市内の中学校に設置されていた「適応指導教室」を発展的解消させ、2020年度に市内3校で校内フリースクール「F組」として始め、2023年度には20校全てに設置が完了したもの。
 
名称の「F組」は、Free(自由)、Fit(みんなに合う)、Fun(楽しい)、Future(未来に向かって)の頭文字を取ったもので、学校生活に困り感があったり、長期欠席傾向のある子の「個別最適な学びの場」として運営されています。
 
その上で、岡崎市教育委員会のご担当様からありましたご説明、質疑のやり取りで得たことを以下に記載いたします。
 

【岡崎市役所での視察の様子】
 
<背景・F組設置の経過など>
◉全国の小中学校における不登校数は過去最多の34万人(令和5年度)。
◉愛知県は全国平均を上回る小学校2.37%、中学校7.05%。小学校は増加傾向にある。
◉F組は岡崎市が2020年から始めた新たな不登校対策。不登校になった一部の子ども達が民間のフリースクールに通い始めたことがきっかけ。
◉元々、この取組みのモデルになったのは横浜市。その際の成功、失敗談を直接聞く機会があり、教育長以下、指導主事が話を聞く中で「衝撃を受けた」ことがきっかけとなり、その後機運が高まっていった。
◉さらに、そもそも「学校に魅力を感じていない」子ども達が増えていることを当時の教育長が危惧し、「魅力ある学校づくり」を目指して取組み始めたことも要因としてある。
◉現在では、小中合わせて23校に配置(市内全中学校に設置完了)。市内約350名の生徒が活用。割合で言うと中学校で3%程度。
 
<「F組」の理念>
◉学校に行けない子、休みがちな子も「心のエネルギー」が溜まってくると、自然と通常のクラスに戻る子が増える。自己肯定感が高まると自ずとそうした方向になると認識している。
◉教室復帰ではなく、社会的自立を目指す(現に「F組」に通った生徒はほぼ100%、高校あるいは専門学校などに進学しているとのこと)。
◉フリースクールの機能は、未然防止(全ての児童生徒が対象)、初期対応(兆候のある児童生徒が対象)、自立支援(不登校の状態にある児童生徒が対象)。
◉支援のあり方を「見える化」したのが「F組」。
◉長期欠席者減少のカギは「F組の理念の浸透」であり、適応するのは「子ども」ではなく「学校」である。
◉支援のあり方を先生達がしっかり分かって、子ども達の「心理的安全性を担保」し、全学級に浸透されることが目的。
◉通常の学級から、新たな不登校を生まないことが重要。
 
<「F組」の運営状況・特徴>
◉子ども達が「多様な学び」を欲しており、学校側が「多様な学び」に対応していくとの理念を持っているので、必ず支援員などがついて活動している(子ども達だけで活動することはない)。
◉保護者との連携は、校長先生が「F組」のことをことあるごとに話すことで、理解の醸成につなげている。「F組」に入る際は、保護者と入念な面談をしている。
◉とにかく担任を置く(力のある先生に)。支援員については、会計年度人用職員(5時間/日)を採用(教員免許の条件はなし)して全クラスに配置。
◉その子にあった学習、学びを実施。いつ来ても、いつ帰っても良い。
◉ハートフルスクール(ハートピア岡崎:2箇所)も設置しており、学校のF組と併用している子もいる。選択肢があることで支援につながればと考えている。
◉ 自分でやりたいことを支援するのが「F組」。個々の勉強のアドバイスや悩みごと相談に対応している。まず「自分を取り戻すこと」を意識している。
◉先生もそういう姿を見て、ともに成長していきたいとの感想もあり。
◉活動から入る(慣れる)子ども達にとって、学校は体育館・音楽室・家庭科室などもあり、他にはない設備が豊富に揃っている。
◉これまでの教室にない空気感を創出(一人が良い子のために個室もあり)、カードゲームなどを使ってのコミュニケーション時間、他者との交流の機会(保育園児との関わり)の設定。
◉F組が「あってよかった」、家とはまた別の「居場所」ができたとの生徒の声あり。
◉子ども達が「真に学びたい」という場所の選択肢に「学校がなる」との意識で取組んでいる。
 
<これからの取組み>
◉今年度から、夕方・夜間学級「S組」(Starのように輝くとの意)を5校で開設。ある学校では、登校8人のうち、2人が「F組」への登校につながった。
 
<その他:質疑応答含む>
◉通常学級の生徒が「F組は自由で楽だから、私も行きたい」ということはないのかとの問いをよく受けるが、岡崎市では「無い」。なぜなら、「F組」にいる子の状況を理解しているから。
◉「F組」を設置することが、不登校の子ども達が減ると直結するかの報道がされることもあるが、決してそう考えていない。市では、国が対応する以前から、独自で学校教育支援員を拡大してきているが、これも先生の通常業務の負担を減らし、先生達が問題に対応できるようにすることも「不登校対策」と考えている。
◉学校に来てくれれば、生徒とのコミュニケーションを図れるばかりでなく、家庭訪問の時間が減るなど、物理的なメリットもある。
◉「F組」を担任する先生の授業分は、学校長の采配により校内で分担している。
◉年に2回「担任会」と「支援員さんだけ」を集めて、各校の取組み紹介や課題の共有をしている。
 
<さいごに>
◉多様性を受け入れる、認める学校に変わることで、市内全小中学校に広めていきたい。そして、そのことが当たり前になり、すべての子ども達が明るく、光が当たるような社会につなげていきたい。
 
以上が、お伺いした内容となります。
 
一昨日の「川崎市子ども夢パーク」では、民間のフリースクール(不登校対策)を学びましたが、公の学校も「目指しているのは、教室復帰ではなく、社会的自立」、「心のエネルギー」や「自己肯定感」のキーワードが合致しており、改めて、こうした視点が重要で、取組みの鍵を握るものと認識しました。
 
そして、「さいご」にあった言葉がすべてを物語っていました。
 
単に「不登校対策」で括るのではなく、岡崎市がチャレンジしているのは、「魅力ある学校」とは何かを自ら追求し、個々の多様性を認め、尊重し合う学校づくりを通じ、そうした社会を目指す。
 
先進的に取組むその姿勢に最大限の敬意を表するとともに、こうして学んだことを私たちがどう生かしていくか。
 
敦賀市の実情を把握した上で、しっかり考えていく所存です。

「日本一みらいにつながる」袋井市の学校給食

ブログ 敦賀市議会

文教厚生常任委員会 行政視察の2日目は、静岡県袋井市へ。
 
江戸からも京都からも数えて27番目、「東海道五十三次どまん中」をキャッチフレーズとする袋井市は、平成5(1993)年に「日本一健康文化都市」を宣言してから、「健康」を柱としたまちづくりを進めてきており、2021年には、マレーシア・クチン市で開催された「第8回健康都市連合国際大会」において、WHO(世界保健機関)とAFHC(健康都市連合)から表彰を受けたほか、2023年には、厚生労働省の「第5回健康寿命をのばそう!アワード」において、生活習慣病予防分野と介護予防高齢者生活支援分野の2つの部門で優良賞を受賞(2部門の同時入賞は全国初)するなど、市民ぐるみで取組みを進めています。
 
こうした評価に含まれる、園児児童生徒の学校給食においては「日本一みらいにつながる給食」アクションプランを掲げ、地場産物の活用推進(地産地消)や心と体の健康づくりの取組みを展開されていることから、新給食センター計画を進める敦賀市においても生かすべく、その状況などについて視察した次第です。
 
本日もレポート的な内容となりますが、お伺いしたポイントを以下に記載しますのでご覧ください。
 
※メインの説明者は、袋井市教育委員会 おいしい給食課 おいしい給食推進係の石塚係長
 

【到着後に試食させていただいた昨日の給食。食材それぞれを学びにつなげていることにも感心しましたが、何をおいても量も味もバッチリでした。】
 
◉袋井市においては、平成20年の1市1町の合併で3給食センター(中部学校給食センター、袋井給食センター、浅羽給食センター)を有している。
 
<課題>
◉建替えを終えた中部学校給食センター以外のセンターは、建設時期が平成2年、平成4年となっており、今後どのように施設整備していくか。建設資材の高騰もあり、建替えに向けた財源の確保を進めつつ、ソフト面ではアクションプランに沿って取組みを進めている。
◉※給食費の問題。100%保護者負担だが、物価高騰による食材の値上がりもあり、今後の給食費のあり方について、年内を目処に検討を進めている。
 ※(袋井市の給食費)幼稚園・こども園:240円、小学校:280円、中学校:350円
 ※(参考)敦賀市の給食費(センター方式) 小学校:249円、中学校:251円
 
<取組みの内容>
◉「日本一みらいにつながる学校給食」アクションプラン
 3つの給食センターから1日約9,250食を公立こども園・幼稚園、小中学校に提供しており、各給食センターの取組は、WHO(世界保健機関)をはじめ、多くの機関から表彰されるなど、「日本一の学校給食」と自負する取組を積み重ねている。しかしながら、学校給食を取り巻く環境(アレルギー等)や保護者等の関心事はますます複雑、多岐に渡ってきており、これまでの学校給食運営を見つめ直し、「日本一健康文化都市を支える日本一の学校給食!!」を目指し、今後の取組をとりまとめたアクションプランを令和5年8月に策定している。
◉3センターには委託しており、学校給食法 第8条 学校給食実施基準「学校給食実施基準に照らして適切な学校給食の実施に努めるものとする」、第9条の安全衛生面、第10条「地域の産物を学校給食に活用すること」など、法令の定めに照らし、的確且つ積極的に対応する姿勢で取り組んでいる。
◉児童生徒268名を抽出した食事調査結果にて、①全員が食塩の摂り過ぎ、②お菓子や甘い飲み物の摂り過ぎ、③ビタミン・ミネラルの不足 が顕著なデータが得られたことから、これを受け、栄養素の過不足を分析の上、成長に合わせた栄養価を提供。
◉アクションプランの各項目については以下の通り。
①徹底した衛生管理に基づいた給食の提供。微酸性電解水を用いた生野菜の提供(珍しい)
②地場産物の積極的な提供。
 ・現在、17戸の生産者から市内産食材を直接購入
 ・使用する野菜の3分の1は市内産であり、約10年で使用金額ベースで10倍、重量ベースでは13.8%から51%に増加
 ・地場産物使用日数は14日から毎日に増加
 ・使用品目は市内産15品目目から46品目に増加
 ・地産地消コーディネーターはおらず、おいしい給食課職員等が生産者と連絡調整を図りながら実施
 ※地産地消が進んだ理由に「農作物保存庫の確保」(市内2箇所:JA倉庫を借用)がある
③食品ロス解消及び循環型社会の構築(SDGs)
 ・規格外の野菜を活用するなど、食品ロス解消に努めている
④実体験を通じた食育活動の推進
 ・各園・学校の食に関する指導の年間計画と連携
 ・年間献立計画と学校教科を関連づける
 ・子どもたちの市内産野菜の収穫体験(生産者と一体になった取組み)
 ・興味関心を引くことで、生産者への尊敬の念や郷土愛を育む
 ・日々の給食に「狙い」がある
 

【昨日の給食の献立。毎日、食べる前にこうしたスライドで説明があり、さらに食材に関する知識の紹介もしているとのこと。】
 
⑤食物アレルギーと偏食への対応
 ・3給食センターに、専用の食物アレルギー対応調理室を整備し、施設の状況に応じた対応食を提供
 ・日頃から専門医や救急機関と連携
 ・令和5年度の食物アレルギー対応実績としては、園児児童生徒8,805人のうち、アレルギー対応食提供者106人
⑥保護者・教職員への積極的な情報発信
⑦学校給食に関する教職員の意識向上
 ・教育委員会の3大プロジェクトとして「日本一みらいにつながる学校給食」を掲げている
 ・園や学校と連携を図り、各センター栄養士の学校訪問回数は年間1200回以上(延べ訪問クラス数)
◉センター委託業務に関しては、「手作り」することで委託調理員の人数は増となるが、材料の直接買い付けなどでコストダウンを図っている。
◉栄養教諭栄養職員(県費負担職員)は基準通りに配置。おいしい給食課の栄養士4名は、1センターに1名(計3名)、1名は子ども園と総合的な役割を担っている。ここ10年で6人採用(毎年、県に加配を要望しているが叶っていない)しており、献立も今は市側で対応している。
◉給食の目指すところ=食育は健康寿命を延ばすため
◉そして何より「日本一」を掲げて取組むことで、職員の誇りややりがいにつながっている
 
以上、石塚係長より丁寧な説明をいただいた後、質疑の時間も通じ、取組みへの理解を深めた次第です。
 
細かな点も伺いましたが、先の「職員の誇りややりがい」との言葉にあるよう、石塚係長はじめ、委託事業に係る方々を含め、「日本一の学校給食」に向けて取り組んでいる様子が分かったことが大きいと感じました。
 
昨日、川崎市でもそうでしたが、やはり「人」と「情熱」無くして事は成せず。
 
敦賀市においては、今後進めるハード整備に傾注しがちですが、学校給食に込める「思い」、人員配置や体制などのソフト面もしっかりと確認していかねばと感じた次第です。
 
昨日ご対応いただいた、おいしい給食課の皆様、鈴木議長、議会事務局の方々には大変お世話になり、心より御礼申し上げます。
 

【視察にお伺いした袋井市中部学校給食センター】

胸を打たれた「川崎市子ども夢パーク」視察

ブログ 敦賀市議会

先の衆院選を受けた首相指名選挙の決選投票が昨日午後行われ、石破茂首相が第103代首相に指名されました。
 
同日中に第2次石破内閣を発足させた後、石破首相は会見で、「(政治改革について)速やかに自民党案を取りまとめ、年内にも法制上の措置を可能とするべく、多くの党の協力を得られるよう努力する」と述べ、政治資金を監視する第三者機関の設置など、政治資金規正法の年内の再改正を目指す考えを表明。
 
国民民主党からの「スピード感をもってやるべき」との指摘を意識しての発言とも思いますが、有言実行で進めていただきたいところです。
 
なお、国民民主党の玉木代表に関する不倫報道については、会見で「家族、特に妻にはすべてを話した。『こんな大事な時期に、こんな報道されて何やってんだ』と強く叱責を受けた。まったくその通りだ。」と述べた上で、その後行われた両院議員総会では、代表の続投が決定。
 
同日夜に行われた東京・有楽町での街頭演説で謝罪する玉木代表に対し、叱咤と「頑張れ」の声が錯綜する状況が報道されていましたが、真摯に反省いただいた上で、今後は一心不乱に政策実現に向けて邁進される以外ないと思う次第です。
 
さて、国政のことはこれまでとし、昨日から所属する文教厚生常任委員会の行政視察に出席。
 
3日間行程で、初日は神奈川県川崎市の「子ども夢パーク」、2日目は静岡県袋井市の「学校給食センター関連」、最終3日目は愛知県岡崎市の「学校フリースクール」をテーマに視察を進めています。
 
早速、昨日の「川崎市子ども夢パーク」は、「子どもたち一人ひとりが大事にされなければならない。」それを実現するために、川崎の子どもと大人が一緒に考え、多くの話し合い(2年間で200回)をして2003年7月に制定された「川崎市子どもの権利に関する条例」をもとにつくった施設であり、川崎市が決めた「子どもについての約束を実現する場」。
 
ありのままの自分でいられる場
多様に育ち、学ぶ子どもの居場所
自分の責任で自由に遊ぶ場
つくりつづけていく場
子どもたちが動かしていける場
 
をコンセプトに、子どもたちの「やってみたい」を大切にした「プレーパーク」に加え、主に学校の中に居場所が見出せない子どもや若者たちが、学校の外で多様に育ち、学ぶ場「フリースペースえん」を運営するほか、「川崎市子ども会議」の事務所も併設する施設となっています。
 

【プレーパークの一部はこのような感じでした。どろんこ遊びも何もかも自由。】
 
視察ではパーク内をご案内いただくとともに、当施設の総合アドバイザーでもある認定NPO法人フリースペースたまりば 理事長の西野博之様より、先の条例制定からパークの設置、運営に懸ける考えや思いをじっくりご説明をいただき、知見を通り越し、「意識改革」と言って過言でないお話を聞くことができました。
 
箇条書きとなりますが、拝聴したエッセンスを記載いたします。
 
<子ども夢パークについて>
◉子ども夢パークは、映画「ゆめぱのじかん」、NHK「ドキュメント72時間 “どろんこパーク 雨を走るこどもたち”」などでも取り上げられ、大きな反響を得ている。
◉条例制定に向けては、「権利の相互尊重」に辿り着くまでに時間が掛かったが、人間として大切な「子どもの権利」を守ることにつなげることができた。
◉「子どもはだんだんと人間になるのではなく、すでに人間である」(コルチャック先生の言葉)。生まれながらに一人の人間であり、権利の主体であることを認識しないといけない↔︎大人よりも劣った存在として差別されない。
◉条例第29条に「子どもの居場所」があり、夢パークの設立根拠となっている。
◉元々、工場跡地を市が80億円で購入し、図書館建設を考えていたところ、バブルが弾け10年間塩漬け状態にあったところ、ちょうどパークの設置場所に選定された(指定管理料8,900万円で運営)。
◉夢パークは毎日9時〜21時まで開館。当時全国であった中高生による少年犯罪も背景に、遅い時間までの「居場所づくり」を目的としている。
◉「ケガと弁当は自分もち」が合言葉であり、自分の責任で自由に遊ぶこと、「やってみたいこと」に挑戦できる場の提供を考えとしている。
◉日本の子どもの特徴として「自己肯定感の低さ」がある。ユニセフの子ども幸福度で日本は38国中37位。
◉子どもが地域の中でタダで遊べる場所が必要。なぜなら「遊びは子どもの主食」だから。
◉野村総研とオックスフォード大学の共同研究では、今後、日本の仕事の49%はAIが取って変わる時代に入るとあり、これからの子どもたちに求められる力は「非認知能力」ではないかと考える。
◉「非認知能力」とは、「人間として生きていく力を育む」ことであり、それは「遊び」を通じてでしか得られない。
◉夢パークの視察は年間200件。過去には文部科学大臣も来られ、「これが将来の教育の姿だ」と話されたことがある。
◉2024年に夢パークが「グッドデザイン賞」を受賞。理由は、「子どもの権利を尊重し、禁止事項を極力排除し、子どもが自己責任でチャレンジできる場を長年にわたって提供してきたこと」。
 

【パーク内に綴られた「大人への」メッセージ。】
 
<不登校について>
◉学校に行か(け)ない理由は、自分でも分からない。
◉不登校児童生徒を「学校嫌いな子」と決めつけないでほしい。
◉いじめのピークは、小1〜小3と言われており、学校に入ってすぐに体験、あるいはそうしたシーンを見た子どもたちを考えると、不登校は減る訳がない。
◉不登校は35万人時代となっており、学校教育の「制度疲労」が限界に来ていると言える。
◉平成28年12月には、「教育機会確保法」が成立し、学校以外の場で学び、育つ選択肢を増やすことが定められた(将来的な自立を目指す)が、敦賀市では何ができているか?
◉文部科学省フリースクール等に関する検討会議では、ICTを使った学習の奨励も進んでおり、出席認定は1万件を突破している。
◉「大人の良かれは、子どもの迷惑」でもあり、大事なのは「何もしないこと」の保証。
◉子どもは、大人の「支援臭」から逃げていく。「良くしよう」「良くしてあげよう」という大人のアドバイスが、子どものやる気を失わせるため、自分の「やりたい」を支援する環境が必要。
◉「こんなもんで大丈夫」が充電されると、ほとんどの子どもたちが高校進学していく(子ども夢パークの実際がそう)。
◉大人たちの不安が子どもたちを追い詰める。周囲が親を支える取組みが必要。
◉子どもたちの「生まれてきて良かった」、「生きてるだけですごいんだ」の気持ちを大切にしている。
◉大人(親)は「生まれてきてくれて、ありがとう」、「あなたがいてくれて幸せだよ」の気持ちを届けよう。
 
以上、ランダムに書き綴ったため分かりづらかったかもしれませんが、子どもとまっすぐに向き合い続けてきた西野理事長の話しに、正直胸を打たれるとともに、議員である前に、一人の人間として気付かされることが大変多くありました。
 
「学んだことを持ち帰って敦賀市に生かします」と言いたいところですが、これを生かすためには、何をおいても大人がマインドチェンジすることが必要不可欠であり、西野理事長や川崎市が年月を掛けて積み上げてきたことを考えると、軽々しく言うべきではないとも考えるところ。
 
帰りには、西野理事長の著書も購入しましたので、昨日学んだことを今一度、自分の中でも整理をし、思考を重ねたいと思います。
 

【ご自身の貴重なご経験を含めお話しいただいた西野理事長。誠にありがとうございました。】
 
視察2日目の今日は静岡県袋井市へ。
 
引き続き、しっかり学んでまいります。

「災害に備えるまちづくり」は「訓練」から

ブログ 防犯/防災

昨日は、先般ご紹介した令和6年度 敦賀市総合防災訓練ならびに我が町内の防災訓練。
 
まず、町内の訓練では、副区長の立場から防災対策本部の広報担当部長として参加。
 
訓練想定の9時地震発生を受け、「無事」であることを示す「黄色いリボン」を玄関にくくり付けた後、会館に集合。
 
対策本部長である区長の指示に従い、防災部を始め、各班ともに行動を開始するとともに、住民の皆さんはそれぞれ決められた避難場所に集った後、原子力機構グラウンドまでまとまって避難しました。
 
9時40分頃には、全10班が避難を完了しましたが、役員を含め、グラウンドへの避難訓練参加者は「171名」、先ほどの黄色リボンで安否確認に参加されたのは「363戸」。
 

【グラウンドに避難した訓練参加者の皆さん】
 
安否確認には世帯数(499戸)ベースで「74%」と多くの皆さんに参加いただきました。
 

【黄色いリボンは「家族無事」の印】
 
集合した後は、本部長からのご挨拶に続き、敦賀美方消防組合による消火器使用訓練および心配蘇生訓練が行われ、より一層の災害に対する意識、知識向上につながったと感じた次第です。
 

【小さなお子さんも参加した消火器訓練】
 
町内の訓練がほぼ整ったところで中座をし、市の総合防災訓練へ。
 
こちらは敦賀湾を震源とする震度5強を観測する地震発生を受け、8時20分に「警戒レベル4」の避難指示が、東郷地区、中郷地区、愛発地区に発令された想定で訓練を実施。
 
対象地域の住民の皆さんは、開設された各避難所(公民館)へ避難されるとともに、10時からは、体験・展示ブース訓練(東郷公民館)が行われました。
 
会場への到着は10時40分頃になったため、ドローン輸送訓練や給水管作業訓練など、一部終了していたものもありましたが、電力復旧作業関係展示(北陸電力)、防災用品・備蓄物品展示、ペット同行避難啓発展示、炊き出し訓練、給水訓練など、それぞれのブースでお話を伺いしながら会場を回った次第。
 
その中で、災害用伝言サービス「171」の存在は知っていたものの、NTT西日本さんのコーナーでは、実際に安否の録音登録・再生を体験。
 
写真は体験用の機材ですが、災害時に家族が「171」にダイヤルし、行方が分からない私の携帯電話あるいは固定電話の番号をプッシュすれば、録音が再生されるものであり、ぜひ皆様にも覚えておいていただければと思った次第です。
 

【災害用伝言サービス「171」の体験機】
 
また、福井県に1台しかないという「起震車」による地震体験コーナーでは、「南海トラフ地震」モードでの揺れを体験。
 
何かにしがみついていないと座ってもいられないどころか、実際にこの揺れに襲われたらと考えたら恐怖を感じたところであり、こうして「震度○」は「これぐらいの揺れ」と認識しておくことはやはり重要なことと、貴重な経験を得たところです。
 

【起震車は、例えば「東日本大震災モード」など、過去に発生した大地震の揺れを再現できるとのこと。】
 
訓練の最後には閉会式があり、その中で市災害対策本部長である米澤市長、力野福井県議会議員、野路嶺南振興局危機管理幹が揃って仰っていたのは、県内の他地域に比べ、敦賀市の訓練は地域の参加者が多いということ。
 
先の、ひばりケ丘町での訓練然り、災害対策で言われる「自助、共助、公助」に加え、大事なのは「近助」。
 
いざという時に、身近な者同士が助け合える環境があるとないとでは、最悪の場合、生死を分けることになるかもしれないとの思いのもと、議員の立場より前に地域の一員として、地域の防災力を高め、今後も「災害に備えるまちづくり」に努めてまいります。
 
結びに、訓練に参加された皆様、準備や運営にご協力いただいた関係者の方々、大変お疲れ様でした。

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