重んじる精神は「義を見てせざるは勇なきなり」

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【敦賀は、うっすら雪が積もりました】
 
元日の地元新聞といえば、県内企業経営者の「新春トップインタビュー」。
 
長きに亘り、地元に根ざした企業として成長し続ける理由がそこにあるようで、今年も興味深く拝見したところです。
 
また、全国の歴史ある企業について調べてみると、帝国データバンクの調査で2026年に「100周年」を迎える企業が2,371社もあるそう。
 
なお、100周年を迎える主な企業は、豊田自動織機や信越化学工業、東レやクラレ、集英社、富士急行など。
 
そしてさらにその上を行く、「150周年」を迎えるのは荒川化学工業(大阪市中央区)と大日本印刷(東京都新宿区)とあり、データバンクでは、両社が創業以来、時代に応じて事業を変革し続けてきたように、変革と挑戦の精神が、長寿企業を支える原動力のひとつとなっていると評価していました。
 
チャールズ・ダーウィンの「※最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもなく、唯一、生き残る者は変化できる者である。」との言葉がありますが、企業活動にまさに通ずるものと思う次第です。
 
※この言葉には諸説(本来の意味と違うなど)ありますが、ここでは一般的に言われていることとして引用いたします。
 
一方、「150年」といえば、今年は「明治の精神」を象徴する一つである札幌農学校が明治9年に開校してから150年の記念の年にあたるとのこと。
 
札幌農学校といえば、初代教頭クラーク博士の「少年よ、大志を抱け!」という言葉が有名ですが、2期生として内村鑑三と新渡戸稲造が学んだことを重視するとし、この2人の数多い著作のうちで、今日の日本と世界の危機に対処することを考えたとき、前者からは『後世への最大遺物』、後者からは『武士道』というほとんど同じ頃に世に出た著作を挙げるとの産経新聞「正論」に出会いました。
 
内村氏の『後世への最大遺物』では、人が後世に遺(のこ)すものとして、金、事業、思想を挙げた上で、これらはいずれも遺すに価値のあるものであるが、しかし、何人にも遺すことのできるものではない、またこれらは本当の最大遺物ではないと言う。
 
しからば、「最大遺物とは何であるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う」(傍点原文)と語るのである。
 
続いて新渡戸氏の『武士道』では、論じられる武士道の徳目において、やはり最初のものは「義」であり、その後に、「勇・敢為堅忍の精神」「仁・惻隠(そくいん)の心」「礼」「誠」「名誉」「忠義」「克己」などが挙げられている。
 
最後の章「武士道の将来」の中に、「最も進んだ思想の日本人にてもその皮に搔痕(そうこん)を付けて見れば、一人の武士が下から現われる」という印象的な表現が出てくるが、原著が刊行された明治32年に言えたこのことは、翻訳が出た昭和13年の日本人についても当てはまったことであり、さらに1世紀以上後の我々今日の日本人も、例えばグローバリズムが進む中において久しく忘れられていた「一人の武士」としての意識が、安全保障環境をはじめとする内外の厳しい情勢によって「搔痕を付け」られて、日本人の多くに義の精神を伴って覚醒してくる年になるに違いないというのが、私(筆者)の希望である。
 
その上で「正論」は、「今年は、義を基軸にして世界や人間について考えた上で果敢に実践する日本人本来の姿を取り戻す動きが必ずや出てくる。それが、『義の国』への道である。」と結んでいました。
 
読み進めてふと、「義」といえばここ敦賀。
 
「義の武将」と称される大谷吉継公、幕末の悲劇「水戸天狗党」を幕府に懇願してまで祀った敦賀人の心はまさに、利害を捨てて条理に従う「義」を重んじたから。
 
さらに、「義」が正しい道や道理にかなったこと、人道に従うこととの意味からすれば、「人道の港」にある敦賀人の心がそうであり、敦賀は「義のまち」と言えるのではと常々思うところです。
 
本日は、大きく二つの視点から思考しましたが、キーワードとなる言葉は「変革と挑戦」と「義」。
 
とりわけ、「義のまち」敦賀に住み、吉継公をこよなく尊敬する私としては、「※義を見てせざるは勇なきなり」の精神を重んじ、行動してまいる所存です。
 
※「人として行うべき正しいこと(義)だと知りながら、それを実行しないのは勇気がない(証拠だ)」という意味の言葉で、「論語」から来た故事成語。