アジア解放や人種平等を掲げて戦った日本

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「戦後80年」と国家観。
 
たいそうなタイトルで書いた、今年の元日に書いた自身のブログにはこうあります。
 
<2025年1月1日 やまたけブログ(結び)引用>
 
ウクライナや中東の戦争から痛感することは、安全保障はわが国の独立と繁栄の基盤であるということ。
 
日本は今年、「戦後80年」という節目を迎えます。
 
敦賀においても、昭和20(1945)年7月12日を皮切りに3度遭った空襲の被害や戦争の悲惨さを後世に語り継がねばならないことは言うに及ばず、大東亜戦争(太平洋戦争)について、中国や朝鮮半島、左派からの史実を踏まえない誹謗に気概を持って反論しなければ、自虐史観から脱することはできないばかりか、自らの命と引き換えに、日本の歴史やこの国を懸命に守り、生きた日本人の名誉は守れないと考えるところ。
 
日本政府や政治家は「自分の国は自分で守る」気概をもって、「戦後80年」という時代感と昨今の情勢に応じた安全保障、そして憲法改正を行うべきであることが、私自身の国家観であることを申し上げ、年初のブログといたします。
 
なお、この考えを一人でも多くの方と共感できれば幸いです。
 
<引用終わり>
 
日本対連合国諸国との間で戦われた大東亜戦争の国際法上の終結は、昭和26年9月8日に調印された講和条約が翌27年4月28日に法的効力を発効させた時を以てであり、本年はその真の終戦から数えて73年ではありますが、我が国の正規の国軍が死力を尽して戦った戦争は、実質、昭和20年8月に終ったことから、本年を「戦後80年」と捉えることは妥当とされます。
 
また、8月13日の産経新聞<正論>。
 
麗澤大学特任教授・江崎道朗氏が、『戦後80年の夏に 抹殺された「大東亜戦争」の背景』のタイトルで書かれた冒頭にはこうあります。
 
<以下、引用>
 
戦後80年を迎えたが、いまだに歴史の事実から目を背ける議論が目立つ。その代表例が「先の大戦」の名称だ。専ら「太平洋戦争」と呼ばれる「先の大戦」の正式な呼称は「大東亜戦争」という。
 
昭和16(1941)年12月12日、東條英機内閣は「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」と閣議決定し、「大東亜戦争」を正式な呼称とした。
 
ところが現在、この正式名称はほとんど使われることがない。毎年夏になると、メディアは「歴史を直視せよ」と主張するが、先の大戦の正式な呼称が「大東亜戦争」であることには触れようとはしない。触れたとしても「大東亜戦争」という呼称を使うことは日本の「侵略戦争」を肯定することであり、それは間違ったことだと示唆することが多い。
 
<引用終わり>
 
大東亜の意味を考えるに、戦中の昭和18年11月に東京で開かれた世界初の有色人種サミット「大東亜会議」が人種平等を訴えた歴史的意義は非常に大きいものの、極めて残念なことに、こうした史実を取り上げないのが戦後の日本。
 
近現代の日本が世界に与えた影響の最たるものは人種平等への寄与であり、有色人種の国が白色人種の国に初めて近代戦争で勝った日露戦争は、アジアやアフリカの人々を励まし、独立、近代化運動を刺激しました。
 
また、第一次世界大戦後のパリ講和会議で日本は、国際連盟規約起草で人種差別撤廃条項を提案しています。
 
この世界初の人種平等提案は欧米諸国から出た反対で成立しなかったものの、有色人種の国による異議申し立ては世界史的出来事だった。
 
日本がアジア解放や人種平等を掲げて戦ったのにはこのような経緯があると、今朝の産経新聞<主張>は綴っています。
 
年初のブログに「史実を踏まえない誹謗に気概を持って反論しなければ、自虐史観から脱することはできない」と書いたのはこうした点であり、まずは「大東亜戦争」など、史実に基づく言葉や「日本は何のために戦ったのか、戦わざるを得なかったのか」をしっかりと認識する必要があります。
 
また、日本を取り巻く、極めて厳しい安全保障環境下を考えれば、恒久平和は願うだけでは叶わないことは明白であり、現実的に抑止力を高めるための防衛力増強だけではなく、必要であれば戦う気概まで否定する「戦後平和主義」のままで本当に良いのか、国民ひとり一人が考えねばならないと考えます。
 
そして、その根底にあるのは、祖国や家族を守るため命を懸けて戦った英霊や戦争の戦禍に倒れ命を失った、すべての先人たちの犠牲の上に今の平和があり、今の日本があるということ。
 
「戦後80年」
 
すべての御霊安らかなれと心からの祈りを捧げるとともに、今年は、日清戦争戦勝130年、日露戦争戦勝120年、そして昭和100年でもあり、それぞれの節目の意義をあらためて考える「終戦の日」といたします。
 
なお、私は戦争を美化する考えは毛頭もなく、逆に戦争をしないため、恒久平和をいかに実現するかの立場から記載しましたこと、ご理解賜りたく存じます。
 

【昨夕出会った風景。豊かな実りが広がる“黄金のじゅうたん”に、今ある平和の尊さを感じた次第。】