2025年9月2日
人道の港敦賀ムゼウム 企画展『万博と赤十字』に学ぶ
月の変わり目は、気持ちも新たに。
特に8月から9月というのは、3学期制だった私たち世代からすると、夏休みから2学期のスタートであり、よりその気持ちが強いもの。
ちょうど昨日は、月始めと週始めが重なったため、朝は張り切って街頭にて活動してまいりました。
先週に引き続き、赤黄青と色とりどりのTシャツで通学する敦賀高校の生徒さんと挨拶を交わしましたが、昨日は学校祭だったようで、彼ら彼女らの笑顔から、まさに「青春」と感じた次第です。
また、街頭活動の後は、議会運営委員会出席のため議会へ。
9月8日に開会する令和7年第3回(9月)定例会の1週間前にあたる昨日は、告示日ということで、いわゆる「告示日議運」では、定例会の日程や運営方法、請願・陳情の取り扱いなどを協議。
併せて、同日配布された市長提出議案の付託先(各常任委員会へ)の確認を行なったところです。
前年度決算審査を行う9月定例会は10月9日(木)まで、32日間の会期で開催されます。
トピックスについては都度、このブログでもご報告してまいりますので、皆様方におかれましては注視いただければ幸いに存じます。
→「令和7年第3回(9月)敦賀市議会定例会」の会期日程はこちら
続いて、昨夕は「人道の港敦賀ムゼウム(以下、ムゼウム)」へ。
行こうと思って行けていなかった企画展『万博と赤十字』、『戦後80年展 敦賀空襲を伝えつなぐ』を、9月定例会での一般質問に向けた準備も兼ねて鑑賞してきました。

【ムゼウム入口の企画展看板】
企画展の内容に関しては、ムゼウムのホームページに以下のとおり掲載されています。
<以下、引用>
2025年、大阪関西万博が開催され、多くの来場者で賑わっています。
「万国博覧会」と「日本赤十字社の創立」には深い関係があり、かつて幕末から明治の時代にパリやウィーンで行われた万博に参加した日本人たちが、パビリオンの展示に感銘を受け、日本に赤十字をもたらすこととなります。
「人道」の精神を基本原則として長く活動し続けている日本赤十字社がどのように発祥したのか、その原点について、日本で万博が行われているこの2025年に、同じく「人道」の精神を重んじる敦賀ムゼウムにて展示を行います。
また、2025年は第二次世界大戦終戦から80年となります。
敦賀は1945年の7月12日に日本海沿岸都市として初めて空襲に遭いました。死者・負傷者あわせて300人以上、港を中心とする市街地の大半が焼け野原となった80年前の現実について、史料をご覧いただくことで実感いただくとともに、改めて平和の大切さに想いを馳せていただくため、戦後80年展を開催します。
<引用終わり>
ネタバレしてはいけませんので、展示パネルにあった印象に残る言葉のみご紹介しますと、それは赤十字の生みの親と言われるアンリー・デュナンの言葉。
「(戦争の)その際、本当の敵は、隣国ではなく、冷淡、悲惨、無知、習慣、迷信、偏見です。」
マザー・テレサの「愛の反対は憎しみではなく、無関心」との言葉と意味合いが重なるものと認識した訳ですが、非常に深い言葉と胸に留めたところです。
また、企画展に関するムゼウムの思いとしてあった、「私たちにとって、80年前の出来事は、今なお世界のどこかの現実となっています。どうして起こったのだろう。何でこうなったのだろう。私たちに出来ることは何だろう。戦後80年の節目に、敦賀と戦争に関する資料を展示します。」との言葉に至極共感。
遅ればせながらではありますが、ぜひ多くの方、特に敦賀市民の皆様にはご覧いただきたいと思います。
→「人道の港敦賀ムゼウム」公式HPはこちらから
1920年代にはシベリアで家族を失ったポーランド孤児、1940年代にはナチスに追われたユダヤ難民が上陸した敦賀港。
先の大戦では、日本海側で初めての空襲を受け、中心市街地が焦土と化した敦賀。
そうしたまちだからこそ、その史実を広く世界に伝える役割があると再認識した次第です。






