完璧主義と大門未知子

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解説不要な心満たされる風景。
 
昨夕、野坂の麓をジョギングしていると、普段は水田に映る「逆さ野坂」ばかりに目を取られてましたが、振り返れば何と空の雲が見事に写り込み、白雲四兄弟が八兄弟に。
 
空と水田にサンドイッチされているのは敦賀市街という構図がまた面白く、優しい気持ちに浸りながら写真に収めました。
 
ちょうど日曜の夕方とあって、今日から始まる一週間分の活力を得たといったところです。
 

 
さて、公務等のない昨日は、これまで皆さんから頂戴した資料などを読み込むなど、思考の整理。
 
いくつかの資料の中であったのが、Energy Reviewに掲載された「完璧主義と誤謬(ごびゅう)」というタイトルの東京大学 大橋弘忠名誉教授の寄稿文で、本日は少し中身を紹介させていただきます。
 
正直、タイトルにある「誤謬」という漢字の意味すら知りませんでしたが、辞書を引くと「考え・知識などの誤り」とのこと。
 
「私、失敗しないので」 大門未知子
 
これは、ドラマ「ドクターX」で米倉涼子が演じる女医の有名なセリフですが、このセリフから始まる教授の寄稿文は、例えや視点が面白く、興味深く拝見しました。
 
まず、「完璧主義」とは、間違い、瑕疵、ミスがない、無謬であること、完全であることを目標とする考え方ですが、エネルギーや教育、福祉など、社会は多くの問題を抱えており、この問題解決を妨げているのは、これらの問題には「正解があるはずという幻想」で、幻想はそのまま「完璧主義」へと移行すると。
 
完璧を目指すことは、到達できない目標を追い求めるユートピア思想、誇大妄想でさえあり、正解があるという誤った幻想が社会問題の解決を妨げ、そして、個人にも社会にも不満を生み出し、ついには多くの人が怒り出すのだと。
 
この、のっけの文章から、新型コロナウイルス感染を思い返せば、「ゼロリスク」を求め社会が混乱し、人間と人間同士が誹謗中傷し合い、やり場のない怒りや不満を自治体や政府などに一方的にぶつける姿がまさにそうであった(今も変わっていない)と納得した次第。
 
これはエネルギー関係の雑誌ということもあって、読み進めていくと、原子力のことにも触れ、原子力安全は、一貫して「深層防護」と呼ばれる考え方に基づいていて、トラブルがないよう、良い設計で良い部品を用い、良い発電所を作るが、さらにトラブルが起きることを想定し、それらを収束させるように様々な設備を設けつつ、それでも万が一トラブルが収束しない場合を想定し、影響を拡大させない設備を設けておく。
 
何も起こらないことは想定せず、何か起こることを前提とした設計となっている訳ですが、ここでも程度問題で、安全との関係を考えない際限の無い要求は誤っていると述べています。
 
なお、冒頭のドクターX大門未知子の「失敗しないので」に関しては、「失敗しても問題が無いようにしているので」が本意だと解説し、思わず「なるほど」と頷いてしまいました。
 
また、ある街の道路に横切って置かれたフェンスに対し、合理的な人は邪魔なだけだと壊して取り除こうとするが、知的な改革者は、なぜフェンスが存在しているかから知り、取り除くことによって余計に悪い状態になってしまう恐れがあると主張するという、「チェストタンのフェンス」という寓話も例に、良い改革や良い意思決定をするには、以前のプラクティス、以前の意思決定の背後にある理由を理解しておかなければならないとも述べています。
 
これは原子力に関してのみならず、社会全般の問題にも当てはまり、いろいろな不合理や非効率なことがあるのは事実として、その不合理や非効率の結果だけに照準を合わせ、性急に改革を試みることは、常に別の軋(きし)みを生む恐れがあることを知っておくべきとの言葉は、ストレートに私も共感した次第。
 
世間では何かと完璧を求める風潮や「ゼロ⚪︎⚪︎」が叫ばれる状況にありますが、リスクもウイルスもこの世から完全に取り除くことは不可能なのであり、それよりも対処方策を考えることが良好な社会形成のために不可欠であり、人類の知恵であると、大橋教授の寄稿から改めて学びました。
 
「正解があるはず幻想」を捨て、現実的思考で。
 
今後も引き続き、そうした考えのもと活動にあたっていきます。