「第2回 敦賀市20歳のつどい」〜幸あふれる輝く人生を祈念〜

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令和6年能登半島地震に対しては、多くの自治体から人的・物的支援が行われているところ。
 
昨日プレス発表した内容によれば、敦賀市からはこれまでに災害派遣医療チーム(DMAT)隊員(4名)、避難所運営要員(1名)、全国原子力発電所所在市町村協議会関係の物資輸送要員(6名)を派遣。
 
今後は、本日出発する下水道管渠被害調査に加え、罹災証明書発行業務や応急給水活動(給水車1台含む)の派遣が決定しているほか、廃棄物の受入れや応急危険度判定支援などについても調整中とのこと。
 
敦賀市行政職員における各分野のプロが、こうして被災地支援にあたっていただくことに敬意を表するとともに、安全第一での業務遂行をお願いする次第です。
 
今後さらには、ニ次避難としての公営住宅提供なども想定されるところですが、同じ北陸地方の自治体として、出来得る限りの支援ができればと思うところです。
 
さて、そうしたなか、昨日は「第2回 敦賀市20歳のつどい」が挙行され、私は市議会文教厚生常任委員長としてお招きいただき出席。
 
議長、敦賀市選出県議会議員と並び、このような晴れの場に出席できることを光栄に思い、会場のプラザ萬象に向かった次第です。
 
聞くところによれば、今年度20歳を迎える方は550名程度で、その内、式には約500名が出席とのこと。
 
緞帳(どんちょう)が上がり、会場を見渡すと晴れやかな振袖、引き締まったスーツなどに身を包んだ皆さんが並んでおられ、静寂の中に華やかさを感じたところ。
 

【緞帳が上がる前に撮ったステージ上の写真】
 
式典では、国歌ならびに敦賀市歌斉唱に続き、米澤市長からの式辞、馬渕議長からは祝辞、来賓紹介、20歳を代表しての謝辞と進みました。
 
まずは、会場からの「君が代」を歌う声の大きさに感心しましたが、米澤市長からの式辞では、ご自身の言葉で心のこもったご挨拶がありました。
 
正確を期すため、内容は以下、「敦賀市長の活動日誌」(Facebook)より引用いたします。
 
【20歳のつどい】
20歳の自分にアドバイスするならば「もっと自由に生きていい。自分の本当にやりたいことをやればいい」と。
一度きりしかない人生です。
多少の失敗は取り返せますし、後から振り返ると、実は良い経験だったりします。
これからの人生が幸あふれるものになることを心からお祈りします。
 
「失敗したっていい。自分の夢に向かってチャレンジを」との趣旨と理解したところであり、真剣に耳を傾ける20歳の皆さんの胸に響いたものと思った次第です。
 
また、来賓紹介では各位から一言づつお祝いの言葉があり、私からは「皆さんの輝く将来を応援します!」とエールを送らせていただきましたが、自分の子どもと同世代の皆さんに対し、親心と重なったことは言うまでもありません。
 
参加者を代表しての謝辞も、ご自身のこれまでの経験を踏まえつつ、堂々と思いを述べる姿を大変頼もしく拝聴したところですが、全体を通じ、和やかさと落ち着いた雰囲気の式典であったと感じたところです。
 
なお、敦賀市歌の3番がちょうど、新年早々に大きな出来事がある中で、「20歳」の門出を祝福するにふさわしい歌詞と思いましたので、結びに掲載いたします。
 
<敦賀市歌 3番>
 
日本海の 波晴れて   世紀明けゆく この門出
七つの海に 虹かけて  未来輝く 躍進の
わが敦賀市に 栄あれ
 
郷土敦賀を誇りに、次代を担う皆さんお一人おひとりの人生が、輝く幸多きものになりますこと心より祈念いたします。