2020年11月12日
関電美浜発電所、日本原電美浜原子力緊急事態支援センターを視察!
東北電力女川原子力発電所2号機の再稼働を巡り、昨日は宮城県知事が同意表明したとのニュース。
再稼働に向けた地元同意は、東日本大地震にて被災した原子力発電所としては初、さらに福島第一原子力発電所と同じ型式(沸騰水型軽水炉:BWR)としても全国初となります。
私は単に再稼働が進むことを喜ぶのでは無く、被災地であり、様々な反対や風評を懸念する声もあったであろう中、地元の皆さんを始め、政治の場においても冷静且つ科学的視点の元、段階を経て判断されたことが、真っ当なエネルギー政策を進めるうえで大変重要なことと考える訳であり、まずもってそのことに対して敬意を表する次第です。
今後は、より一層丁寧に準備を進められ、安全最優先で再稼働されることを切に願い、期待したいと思います。
さて、偶然そのようなタイミングとなりましたが、昨日は敦賀市議会議員の1期生8名にて美浜町の原子力関係施設を視察させていただきました。
実はこの企画は5月頃に計画をしていた訳ですが、コロナにより延期、視察先の関電、日本原電がようやく受け入れ可となったため再設定させていただいたもの。
2台の車に分乗をし、関電美浜発電所、同じく美浜町にある日本原電の美浜原子力緊急事態支援センターの2施設に向かいました。
最初の関電美浜発電所では、3号機の安全性向上対策工事について、想定される最大規模の地震の揺れ(基準地震動)を993ガルとした耐震補強、津波やテロ対策、さらには重大事故に備えた免震事務所棟に緊急時対策所、デジタル化された中央制御室など、現場の様子を丁寧にご案内いただきました。
尚、耐震補強は、阪神淡路大震災の3倍の揺れに耐えるレベルとのこと。
私は防潮堤工事が佳境の時期に一度訪れたことがあるのですが、車両や作業員の皆さんでごった返し、3号機の原子炉建屋全面が足場で覆われていた当時と比べ、工事がほぼ完了した敷地内は整然とした一方、その姿は、私の目から見ても「要塞」と言っても過言ではない頑強なものに進化していました。
【関電美浜発電所PR館にて、3号機安全性向上対策工事の内容を詳しく説明いただきました】
また、日本原子力発電の美浜原子力緊急事態支援センターでは、「福島第一原子力発電所事故を踏まえ、高放射線量下など多様且つ高度な災害対応が可能な世界最高水準の災害対策対応組織を整備する」とのミッションのもと、遠隔操作のロボット、重機、ドローンなどを用い緊急対応を行うべく、訓練や機器の維持管理を行なっていることを他の議員の皆さんに知っていただきました。
【遠隔操作にて小型ロボットが実動する様子】
【重大事故が起きた際には、これら車両がロボットやドローンを積載し発災現場に向かいます】
同乗された議員とお話しするに、そうした役割を受け持つ組織が美浜にあること、日本原電が担っていることを初めて知った方が多く、原子力立地の立場として把握出来て良かったとの声がありました。
美浜発電所に関しては、テロ対策の関係などから構内の様子をお伝え出来ないのが大変残念でありますが、40年超の再稼働に向け、対策工事などハード面はもとより、この日も協力会社の皆さんと一体となって訓練する姿を拝見するに、ソフト面(確実な人的対応)も同じく最高水準を目指し取り組まれていることをヒシヒシと感じました。
話しを戻し、現在廃止措置工事中の関電美浜発電所1号機(PWR)と日本原電敦賀発電所1号機(BWR)は、型式こそ違えど1970年大阪万博に原子力の灯を送り届けた者同士。
つまり、我が国における原子力発電の黎明期から半世紀に亘り切磋琢磨をし歩んできた仲であり、本日この「進化」を共有出来たことは私にとっても大変意義深いものとなりました。
冒頭の女川2号機の地元同意と同じく、これからその段階に進もうという美浜発電所3号機の再稼働もさることながら、次期エネルギー基本計画の見直しにあたっても、この両発電所が担ってきた役割や歴史、立地地域として原子力との共生を果たしてきた美浜町、敦賀市の思いを踏まえ、我が国にとって現実路線の計画となるよう、引き続き自身も役割を果たしていきます。