東日本大震災から11年

ブログ 防災

敦賀市議会は昨日、代表・一般質問2日目を迎え、2名の代表質問、4名の一般質問が行われました。
 
通告順によれば、本来質問する予定であった今大地議員が体調不良で欠席され、質問の機会を逸したことに、同じ議員として無念の思いをともにするところですが、何を置いても体調が早く回復されるようお見舞いする次第です。
 
そう思えば、このコロナ感染拡大期に質問の壇上に立てること自体を感謝すべきことと痛感する訳ですが、そのような思いも持ちながら、私の方は昨日2番バッターで質問させていただきました。
 
質問に挙げたうち、まず人道支援に関しては、敦賀市と関係の深いポーランドに対する支援を検討していく旨の答弁、続く経済対策、エネルギー政策、自治体DXに関しても概ね前向きな答弁をいただけたものと受け止めるところです。
 
いつもであれば、RCN議会チャンネルで録画したものを元に議事メモを書き起こし、速報としてご報告させていただくのですが、今日は我が国にとっても、自身にとっても大切な日と重なるため、また詳細は明日にでもブログ掲載したいと思います。
 
さて、議員になってからは毎年、この代表・一般質問の本会議時期と重なるようになったのが、東日本大震災、そして福島第一原子力発電所事故発生日。
 
今日は3.11です。
 
昨年10年の節目を迎えたこの日は、今年で発生から11年を迎えます。
 
この記憶は決して「忘れてはならない」ものであるとともに、自身にとっては「忘れられない」ものとなっている訳ですが、当時、単身赴任で東京に居た私にとって、あの立っていられないほどの突き上げと揺れの恐怖、発災後、事務所のあった千代田区神田のオフィス街をヘルメット姿の避難者が行列をなす異様な光景、テレビに映し出された大津波と東北地方沿岸部の無残な姿、さらには福島第一原子力発電所の事故。
 
その後、10日間被災地で活動した連合災害ボランティアで目の当たりにした福島の現実。
 
全てが一生忘れることの出来ない衝撃的な記憶として蘇る日であります。
 
犠牲になられた1万5,900名(3月1日現在:警察庁調べ)に対し鎮魂の祈りを捧げるとともに、未だ発見されていない行方不明者2,523名(警察庁調べ)のご家族、故郷を離れ避難生活を続けておられる3万8139名(復興庁先月調べ)の皆さんの計り知れない心中を思えば、出来ることはこの日(地震津波と原子力事故)を風化させないということ。
 
敦賀市議会は、本日の一般質問開始に先立ち、震災に対する弔意表明を行うこととしています。
 
これとは別に午後2時46分。
 
様々な思いを胸に抱きつつ、静かに黙祷を捧げたいと思います。
 

【連合災害ボランティアの際被っていた帽子。あの時の記憶とともに今でも大切に保管しています。】