我が同志「敦賀発電所2号機」営業運転開始から今日で35年

ブログ 原子力

経験上、静かな夜は雪が降っていることが多いのですが、今朝はやはりそう。
 
カーテンを開けると一面真白、と同時に「雪起こし」かのような雷鳴まで轟きました。
 
予報通りの降雪とはいえ、福井県嶺北南部には大雪警報も出されており、公共交通機関や道路への影響ない範囲に留まることを願うところです。
 
さて、35年前の天気も今日のような雪だったのでしょうか。
 
実は、今から35年前、1987年の今日は敦賀発電所2号機(以下、敦賀2号)が営業運転を開始した日。
 
営業運転開始日を誕生日とすると、今日で35歳を迎えたことになります。
 
日本原子力発電(以下、日本原電)のホームページによれば、この敦賀2号は、「1982年3月に着工(第1回工事計画認可)、同年4月に建設工事を開始し、 当初の予定よりも工期を4ヶ月あまり短縮し、1987年2月に営業運転を開始。この発電所は、わが国最初のプレストレスト・コンクリート製格納容器を採用して耐震性の一層の向上を図るとともに、国内外の新技術を積極的に導入し、各種の設備に種々の改良・改善を加え、安全性、信頼性、環境保全の各面に優れた発電所です。」と紹介しています。
 
発電電力量合計1,923億kWhを誇る敦賀2号ですが、東日本大震災後の2011年5月7日20時00分に原子炉停止して以降、発電することなく10年の歳月が流れています。
 
この敦賀2号に関しては、法的根拠なく設置された原子力規制委員会有識者会合による「敦賀発電所敷地内破砕帯評価」を巡り、約3年に亘る対応を行った後、2015年11月には新規制基準への適合性確認審査を申請。
 
現在は、この申請に基づき、敷地内破砕帯評価も含めて、原子力規制委員会による審査が進められているものの、昨年8月には、審査の取扱いに関する今後の方針として、日本原電の評価結果の信頼性が確保されるために必要な業務プロセスの構築が確認されるまでの間は「審査会合を実施しない」ことが規制委員会の方針として示され、現在、審査再開に向けた対応がされている状況にあります。
 
自社のことだけに、経過を踏まえた受け止めをここで述べることは控えますが、私自身、入社以来このプラントとともに育ち、発電所を見れば、汗が噴き出すほどのタービン建屋で点検作業を行ったことや、メーカーの三菱重工始め、協力会社の皆さんとも様々な意見を交わしながら定期検査対応したこと、トラブルなく「一発起動」した時の達成感など、数々の思い出と携わっていただいた方々の顔が浮かんでくるところです。
 
そんな数々の思いと人々の魂が詰まった敦賀2号は、言わば「愛車」であり「同志」とも言える存在であり、「何としてでも再稼働させる」。
 
その思いに尽きる次第です。
 
再稼働に向けては、まずは審査に復帰すること、そして本来の新規制基準審査の中で、敷地内破砕帯を始めとする設計基準をクリアしていく必要がありますが、再稼働の本来目的が「低廉で安定した電力供給の一翼を担う」ことであることを忘るることなく、使命感をもってこのハードルを乗り越えていかねばと強く認識するところです。
 
現在の再エネ賦課金に加え調達燃料価格高騰に伴う国民負担の増、さらには電力需給逼迫の常態化は、もはやエネルギー安全保障の危機と言っても過言ではないと考えます。
 
敦賀2号営業運転開始から35年目の今日、我が国における原子力発電の必要性を改めて考えつつ、一日も早く戦線復帰するとの思いを関係者一同で確認する。
 
そんな日にしたいと思います。
 

【私自身、設備管理を担当させていただいた敦賀2号の蒸気タービン。あの情熱や感動とともに運転再開する日を願って。(写真は日本原電ホームページより引用)】