出来ない言い訳、他人へ責任を求め安心しても残るものは何も無い

ブログ 東京オリンピック

「人は出来なかった、しなかったことの言い訳をしたがる、他人に責任を求め安心したがる。そんなことしても何も残らないのに。僕らはどんな時も言い訳をせず、ひたむきに自分の世界と向き合って、小さな成功のために努力し、それを積み重ねて成功に近づいていくしか無い。」
 
これは、東京オリンピック男子マラソン代表の大迫傑選手が、自身のinstagramに綴った言葉。
 
オリンピック開催に関し、出場選手に対し浴びせられる心許ない批判の声を踏まえての「大迫節」といったところですが、佐久長聖高校(長野)から早稲田大学、日清食品へと陸上長距離界のエリートコースを歩んでいた矢先、世界と渡り合うため単独で米オレゴンに渡って武者修行を積み、マラソン日本記録更新、オリンピック代表の座を掴んだ男の言葉だけに、込められた思いに共感するばかりです。
 
先般、競泳女子の池江璃花子選手の言葉も掲載しましたが、私たちに出来ることは、一番戸惑っている選手をあたたかく見守ることであり、お門違いの言葉を浴びせる「輩」にはお灸を据えたいぐらいであります。
 
さて、そのオリンピックに関しては、昨今のコロナ感染状況を踏まえ、確かに世論も別れるところです。
 
「こんな時にやるべきじゃない」とお考えの方にはお叱りを受けるかもしれませんが、世界ではこれから全仏・全英テニス、サッカーでは欧州や南米選手権など大型スポーツイベントが目白押しであることや、感染者数では1桁も2桁も少ない日本は、「感染抑制がされている」と評価されていて、オリンピックを自ら返上するなら世界は仰天、絶句するだろうとの見方もあります。
 
一方、費用の面に関しては、オリンピック開催権限はIOCだけにあることから、日本の事情で中止するなら数千億円の賠償金を日本が払うことになるとも言われています。
 
お金のことを絡めると「賠償金を払ってでも止めろ」との意見にもなりますが、そもそも論に立ち帰れば、オリンピック開催国に自ら手を挙げたのは日本な訳であり、IOCや世界各国から「中止せよ」と言われない限り、開催に向け最善の努力をするというのが現時点のスタンスではないでしょうか。
 
ここでも冷静に見て欲しいのですが、「この状況で本当にオリンピックをやるのか」と罵るかのように首相に迫る蓮舫議員や声高らかに中止を主張する著名人や一部マスコミの報道を見るに、そうした勢力は、現時点で自ら開催を放棄させることにより日本の信頼を失墜させ、国益を貶めるがために行動しているような勢力にも感じます。
 
先の心許ない言葉を選手に浴びせる「輩」もけしからんのですが、後に控える衆議院選挙も念頭に、オリンピックが失敗することを政権への打撃(支持率低下)に、まさに政局のネタにしようとしているのであれば、それは「輩」レベルではない許されないこと。
 
そうした勢力にまんまと乗せられないよう、やはりここでも冷静且つ科学的に感染状況を捉え、もちろん開催に向け徹底される対策などを国民全体で共有することが肝要と考えるところです。
 
これまでのオリンピックやサッカーワールドカップ、そして記憶に新しい「ワンチーム」のラグビーがそうであったように「国民も選手とともに戦う」のは試合だけではなく、その過程に置いてもそうなのだと思うところ。
 
スポーツが与える感動や勇気の力はとてつもなく大きく、世界中にコロナ禍を乗り越える力、人々が将来に光を見いだす場、それがこのオリンピックを開催する意義であり、世界各国から信頼と期待をされ、今その役割を果たすのが日本であると、私は思います。
 
そう思えばなお、大迫選手の言葉にあるよう、「他人に責任を求め安心する」のでなく、「成功のために努力し、それを積み重ねて成功に近づいていくしか無い」との思いを共有し、オリンピック開催に向け、私たち一人ひとりが自覚して行動することが「選手とともに戦う」ことになると思って止みません。
 

【アリゾナの大地をひた走る大迫選手。決して諦めず、目標に向かってひたすらに努力を続ける選手のために、私たちが出来ることとは。】