祝!飯山市市政施行70周年

ブログ まちづくり 北陸新幹線

北麓新幹線敦賀開業から約4ヶ月半が経過し、始発駅のメリットを利用者として感じるところ。
 
私の基準とはなりますが、その一番は何といっても、ホームに上がると新幹線が既に待っているということ。
 
今のような暑い時期、あるいは寒い季節の時は尚のことと思いますが、ホームで新幹線待ちをすることなく、サッと車両に乗り込めるところに便利さと、どこかステイタスを感じるのは、私だけではないのかと。
 
昨日も北陸新幹線を利用しての出張で、エスカレーターでホームに上がるとちょうど、車両のドアが開き、ジャストイン。
 
自分を待っていてくれたかのような新幹線を愛おしく感じつつ、気持ち良く出発した次第です。
 
さて、出張の先は、長野県飯山市。
 
「飯山市市政施行70周年記念式典」にお招きいただき、中野議長の代務にて出席してまいりました。
 
飯山市と敦賀市は、北陸新幹線開業を機に交流人口拡大をめざし、本年4月22日に観光交流都市協定を締結した関係。
 
日本の原風景が広がるまち、古くから山国信州と日本海を結ぶ交通の要所として栄えてきた飯山市ですが、ちょうど「広報つるが」(7月号)の新幹線沿線都市を紹介する欄に掲載されていましたので、以下リンクよりご覧いただたく存じます。
 
 →飯山市のご紹介<広報つるが(7月号)北陸新幹線沿線自治体紹介より>
 
敦賀から飯山市までは、「はくたか号」で約2時間15分。
 
本当近くなりました。
 
飯山駅に到着後、5分ほど歩き、式典会場の飯山市文化交流館「なちゅら」へ。
 
記念式典では、中学生2名による市民憲章の朗読、江沢岸生市長からの式辞に続き、市議会議長あいさつ、ご来賓からの祝辞と進みました。
 

【式典会場の様子】
 
なお、女子中学生2人が堂々と読み上げた市民憲章は、そのまちの理念を表していると思い、以下前文を掲載します。
 
<飯山市 市民憲章>
 
わたしたちは、奥信濃の豊かな自然に育まれ、ふるさとへの限りない愛情をきずなとして生活している飯山の市民です。わたしたちは、きびしい雪と闘ってきた先人の歩みをうけつぎ、市民の平和と幸福と自治を保障し、精神の創造をふくむ個性的な「生産の都市」として、このまちを成長させようと決意しています。わたしたちは、市民の名誉にかけ、互いに手をたずさえて、この崇高な理想と目的を達成することを誓います。
 
また、休憩を挟み上映された動画「70年のあゆみ」では、素晴らしい景色に囲まれた日本の原風景が残る環境の一方、過去には自衛隊が出動するほどの大雪、台風による千曲川堤防決壊など大きな自然災害に遭いながらも、北陸新幹線飯山駅ルートを何としてでも実現させるため1万1千人もの住民総決起集会を開いたり、スキーを中心としたウィンタースポーツで活性化を図るなど、数々の変遷を経ながら、知恵と工夫、そして住民の力で乗り越えてきたことを知ることができました。
 

【動画では、敦賀市との観光交流都市協定締結についてもご紹介いただきました。】
 
記念式典後に場所を変えて行われた祝賀会では、江沢市長や伊東ゆかり副市長、岸田眞紀副議長、佐藤正夫議会運営委員長ともお話しができ、里山の飯山市、里海の敦賀市の交流をより広げていきましょうと意気投合した次第。
 
併せて、同じテーブルになった長野県中野市、新潟県の上越市、十日町市、糸魚川市、妙高市、石川県小松市、山梨県山梨市のそれぞれ議会議長、副議長さんとも懇親を深め、「ぜひ北陸新幹線で敦賀へ!」とお誘いしたところです。
 
こうして素晴らしい機会と人との出会いに恵まれ、飯山市を後にしましたが、21時に出発しても敦賀に帰れるところがまた新幹線あってのことですね。
 
結びに、市政施行70周年、誠におめでとうございます。
 
北陸新幹線でつながるまち、「世界にひらく 里山の未来」を掲げる飯山市が、今後ますます大きく発展されますことご祈念申し上げます。
 
 
<投稿後追記>
「広報飯山」の令和6年6月号“表紙”に、本年5月に飯山市を訪れた敦賀市立松陵中学校3年生の写真が掲載されています(江沢市長に教えていただきました)。また、関連記事も掲載いただいておりますので、参考までご紹介いたします。