敦賀の地からコロナ感染拡大防止に貢献!

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新型コロナウイルスに関しては、本日開催される専門家会議の議論を受け、緊急事態宣言の解除について方向性が示される予定となっています。
 
そのような中、12日には東洋紡敦賀バイオ工場が開発した新型コロナウイルス検出キットについて、陽性一致率90%、陰性一致率100%の遺伝子検査方法として、公的医療保険適用対象になったとのニュースがありました。
 
以前に開発中とのニュースがあった訳ですが、そのキットが正式に認められ、これにより、従来2時間半を要していたPCR検査が、最短60分以内で実施可能になるとのこと。
 
東洋紡は同じ労働組合の仲間でもあり、こうして仲間の皆さんが汗して作り出した努力に対して敬意を表するとともに、敦賀の地から新型コロナ感染拡大防止に貢献する技術が生まれたことを心から誇りに思います。
 

 
実はこの東洋紡は、父が長年お世話になった会社でもある訳ですが、歴史は何と130年にも及び、1879年(明治12年)初代社長となる山辺丈夫氏がかの渋沢栄一氏と出会い、紡績技術者への転進を薦められたところからTOYOBOストーリーは始まります。
 
その際、紡績事業と山辺氏に対する、渋沢氏の大きな期待は、山辺氏に贈った現在では数千万円にも及ぶ資金に現れていると言われています。
 
1851年(明治15年)には大阪紡として立ち上がり、以降、合併なども経て、名実ともに「東洋一の紡績会社を目指す」との渋沢氏の思い描いた会社となったのはご存知のところ(社名にもつながっている)。
 
紡績会社として繁栄を極めた訳ですが、1970年にはプラスチックやバイオ事業に、創立100周年を迎えた1980年代には遺伝子工学の分野へと事業を拡大。
 
1994年(平成4年)には、敦賀バイオ研究所を設立し、研究を進めてきた成果は、まさに一昨日の検査キット開発にもつながったというところです。
 
さらには、非繊維事業が繊維事業を連結決算で上回ったことなども踏まえ、創立130年を迎えた2012年(平成24年)には、社名を「東洋紡績株式会社」から「東洋紡株式会社」に変更。
 
「績」の一文字を取るということは、創業以来の歴史を捨てるような感覚であり(私見ですが)、経営者にとっても社員にとっても苦渋の決断だったとは思いますが、それを受け入れ、新たな歴史を築いていることが、その判断の良否を示しているのだと思います。
 
つらつらと東洋紡の歴史を書かせていただきましたが、何を言いたいかと言いますと、市場や環境、将来を見定め、時には苦しい判断もしつつ「変化」することで「進化」している東洋紡は強い企業と感じたということです。
 
先般の「銃・病原菌・鉄」の話しではありませんが、人類史や生態系を見ても生き残るのは、変化に追従し、進化するもののみという非情な世界であります。
 
この東洋紡の姿と重ね合わすには少々無理があるかも知れませんが、新型コロナという脅威がこの先も続く社会において、変化し進化せねば淘汰されるのは目に見えています。
 
この敦賀市も然り。
ピンチをチャンスに変え、持続的に発展していくためには、この事態を契機に「進化」するとの視点を忘れず、自身活動にあたりたいと考えます。
 
働く仲間が沢山いて、父も務め上げた敦賀の雄「TOYOBO」の功績、社会への貢献に対し改めて敬意を表するとともに、「変化と進化」に気付かせてくれたことに感謝申し上げ、本日のブログを終わります。