やっぱりスゴい!敦賀と鉄道の歴史!

ブログ 敦賀の歴史

昨日は、あいにくの雨模様と強い風。
 
敦賀駅前で開催の駅西地区社会実験イベントのほうも、朝の準備の際に雨に降られ大変だったそうですが、それでも日中は時折日が射す時間帯もあり、土砂降りでないだけ良かったと思うべきでしょうか。
 
まずは、そのような悪天候の中、終日運営対応にあたられたスタッフの皆さんに感謝です。
 
イベントの方は、私の参加した夕刻も、あらゆる年代の方が会場を訪れ賑わいを見せていましたが、やはりお昼時は結構な人数が足を運んでいただけたと聞き嬉しい限り。
 
昨日のブログでもご紹介しましたように、この社会実験は、令和4年の北陸新幹線開業に向けてゾーンニングした駅西エリアをどう有効活用していくかの視点のものであり、例えば、公園の芝生は天然か人工どちらが相応しいか?このエリアに必要なのは何か?など、来場いただいての感想をアンケートにてお答えいただくことが重要でもあります。
 
「こういう場所なら普段も行こうかな」「こういうふうに活用すれば賑わうのでは」などの声をお聞かせいただきたいと思いますので、天気が回復する今日はぜひ会場に足を運んでいただけますようお願いいたします。
 
さて、社会実験はこれからの新幹線開業に向けてでありますが、昨日午後は、同じ鉄道ネタでも「敦賀と鉄道の歴史」を学ぶ場に参加してきました。
 
「観光ボランティアガイドつるが」さんが主催する「鉄道カフェ」の今年度第1回目が松原公民館で開催され、定員40名に枠があるということで事前申込みしたうえで参加させていただいた訳ですが、改めて、敦賀は鉄道のまちと言われる所以を知ることが出来ました。
 

 
「日本遺産認定へのアプローチとその魅力について」と題し、前半は敦賀市の観光交流課の職員さんから、日本遺産認定までのプロセスや苦労話しを、後半はボランティアガイドさんの方から、明治15年に開通した長浜〜敦賀、さらには今庄までの旧北陸線トンネル群を映像ベースにて解説をいただきました。
 
本年6月に日本遺産に認定された長浜、敦賀、南越前とつながる鉄道トンネル群に関しては、第1回目に文化庁に申請した際には「ただのトンネルじゃないか」と酷評され、敢えなく落選。
 
しかしながら、その際に文化庁側からあった、「コアな内容のストーリーを万人受けするように」、「実際に訪れてみたいと思えるように工夫を」とのコメントをもとに、各市町が協力し課題改善のうえ再度チャレンジしたところ、めでたく認定を勝ち得たとの裏話しを聞くことが出来、その苦労の大きさが伺えました。
 
また、改めてこの敦賀の鉄道の歴史を聞くに、日本の鉄道の歴史はここにありと言っていいほどの「貴重な財産」であることが良く分かりました。
 
その始まりは、何と1869年(明治2年)、明治新政府が「鉄道敷設計画」を決定した際、東京〜横浜、京都〜大阪〜神戸と並び「琵琶湖畔〜敦賀」が整備すべき支線として、日本初の鉄道路線の1区間に挙げられていたこと。
 
これは、いかに明治政府が、敦賀を日本海側の物流拠点として見ていたかを表しています。
 
その後、難工事を経て、1883年(明治17年)に敦賀線「長浜〜敦賀」が全線開通する訳ですが、何せ「日本一」のものが満載。
 
◉柳ヶ瀬越えの1,352mのトンネルは、当時国内最長。
◉D51型(デゴイチ)蒸気機関車の国内初配備。
◉明治14年開通の小刀根トンネルは、日本人技術者による工事では国内2番目、現存する日本最古のトンネル。
◉その後の今庄側への山中越えを含め、日本一の難所と呼ばれた。
◉連続する魔のトンネル、急勾配の難所の運転は一級品の腕を要した。
◉国際港へ舵を切った敦賀港からつながる欧亜国際連絡列車。
 
などなど、ここでは書き切れないほど盛り沢山の記録やエピソードがありました。
 

【旧北陸線トンネル群のひとつ「樫曲トンネル」。通行するとレトロな灯りが点灯します。】
 
とりわけ、敦賀から今庄に抜ける山中越えの30kmは、12ものトンネルを掘る必要があり、硬い岩盤の部分では1日に15cmしか掘り進めることが出来なかったそう。
 
このような貴重なお話しをお聞きした後、会場にいらっしゃった86歳の元鉄道マン(運転手?)の方がこのような感想を述べられました。
 
「20歳から勤めていた職場が、こうして脚光を浴びるというのは本当にありがたいこと。これで安心して死ねる。」
 
100年も前に、石も手積みで作られたトンネル群がこうして今も使用されていること自体が驚きな訳ですが、感想を述べられた方のように、先人たちの挑戦と想像を絶する苦労があって成し得たこの鉄道遺産に思いを馳せ、これからも大切にせねばと胸に誓った次第。
 
それから約140年の時を経て、D51蒸気機関車から新幹線へ。
 
古き良きものを大切にし、新たな時代に挑戦していく。
 
これは、歴史的に「交通の要衝」として栄えてきた敦賀のまちに与えられた使命であり役割であると、思いを再確認した1日となりました。
 

【駅西地区社会実験の会場で見た、子ども達が描く新幹線からは「新たな時代」を感じました】