お伝えしたいこと② 〜「人道の港敦賀ムゼウム」リニューアルオープン記念シンポジウムより〜

ブログ 敦賀の歴史

昨日は、自分の胸に留めておくだけでは勿体ないと思うことが多くあった一日でして、今日は初の二本立てで書かせていただきます。
 
シェアをして、皆さんにお伝えしたいことの二つ目は、午後に開催された「人道の港敦賀ムゼウム」リニューアルオープン記念シンポジウムの内容です。
 
「いのちと人間とは 〜ポストコロナの未来につなぐ、いのちのバトン〜」のテーマを持って行われたシンポジウムからも、胸に残る言葉や人として生きるに必要な勇気を教わった気がします。
 


【講演会(第一部)、パネルディスカッション(第二部)の様子】
 
内容については、私が要約するより、講演者やパネリストの皆さんのお言葉をリアルにお伝えいたしたく、これまたメモの内容を全てご紹介させていただきます。
 
ご興味のある方は是非、このまま読み進めていただければ幸いに存じます。
 
以下、やまたけメモより。
 
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【「人道の港敦賀ムゼウム」リニューアルオープン記念シンポジウム】
いのちと人間とは 〜ポストコロナの未来につなぐ、いのちのバトン〜
 
1.日時:令和2年11月3日(日)13:30〜15;25
2.基調講演
(1)テーマ: 敦賀がつないだ、人といのち
        〜シベリア孤児受け入れとポーランド・日本間の友好関係について
(2)講 師: マリア・ジュラフスカ氏(ポーランド広報文化センター所長)
(3)内 容:
・4、5回敦賀に来ているが、皆さんの前で講演をするのは初めてで緊張している。
・ポーランドは親日国。100年以上の長い歴史の中で友情にあふれた関係にある。
・日本文化、言語は良く知られていて人気がある。ワルシャワでは日本祭りも開催されている。
・日本文化というとポップカルチャーが有名だが、日本の言葉も人気があり、日本語講座も行われている。
・ポーランドは国として存在しなかった歴史もあったが、1918年に独立回復、1919年には日ポ国交樹立、1920年にシベリア孤児が敦賀に到着したという歴史がある。2019年には国交樹立100周年を迎えている。
・シベリアのポーランド人孤児の引き揚げに関しては、1920年2月に第一弾が敦賀に到着、1921年8月までに累計375名の児童と32名の付添者が救われた。
・社会福祉法人福電会では2019年10月23日に、100周年の目録贈呈、レリーフはクラフクの博物館に寄贈された。
・敦賀とユダヤ人。ユダヤ人が何故ポーランドと関係があるか。多くのユダヤ人がポーランド国籍であったからである。
・杉原ともう一人の外交官として、初代駐日ポーランド大使タデウシュ・ロメルの存在がある。
・敦賀とポーランドの友好関係。敦賀がなければシベリア孤児の話しは知られていなかったかもしれない。受け入れてくれる港はここしかなかった。
・2018年からは国際交流フェスティバルを開催(ポーランド文化の紹介も)、2020年は東京オリ・パラのホストタウンとして交流イベントを行う予定であった。
 
3.パネルディスカッション
(1)テーマ:手渡された「命のバトン」
       〜ポストコロナの未来へ、「人道のまち」敦賀からのメッセージ
(2)ファシリテーター:岡田 慶子 氏
(3)パネリスト   :石岡 史子 氏(NPO法人ホロコースト教育資料センター)
            福田 英子 氏(一般社団法人コモン・ニジェール代表)
            井澤 友郭 氏(こども国連環境会議推進協会事務局長)
(4) 内 容:
①講演を聞いての感想
石岡)改めてこの敦賀が、ポーランドやもっと広い交流を生み出す拠点になっていることが分かった。会場に高校生もいらっしゃるが、ポーランドという国のことをもっと勉強していただきたいと思う。
 
福田)敦賀は初めて。凛とした氣比神宮の雰囲気を感じ、素晴らしいまちと感じた。ポーランド孤児の話しを聞き、この地に来て当時の情景が浮かんだ。このエピソードをもっと大事にしていきたい。世界で一番貧しい国と言われるニジェールに7年間住んだが、ニジェールのウランで日本も発電してきた事実がある。この団体のスローガン「知らないけどつながっている」、時も場所も関係なく、思いもかけないところで身近につながっていることと、「これで終わらせない」との思いで取り組んでいる。
 
井澤)SDGsの関係で企業に話しもしているが、未来と今がどうつながっていくかとの観点でお話し出来ればと思っている。100年前と国力が上がっているにも関わらず、日本の難民の受け入れは1920年当時より少ない。マリアさんの講演からは、何を変えるべきで何を残すべきかのヒントをもらえたと受け止めている。
 
②何を変えて何を残してしていくべきか
石岡)助け合い、命は大事だというスローガンは出てくるが、何故かという本質を考えることが大切。例えばドイツで難民を受け入れた時も大歓迎されたが、それはどうしてか。可哀想だからというのではなく、難民たちが持ってるべき権利を剥奪されているから、権利を持っている自分たちが助けるんだという考えで行動していることを認識すると「人権」についても理解されるのかと。
 
井澤)権利は日常的に奪われていると分からない。外との比較などで気付くことが多いことからすれば、どの視点から見るかが大切と思う。学校も学力のみでなく、「人を尊ぶ」こと「立ち止まって疑問に思う」ことを考える授業も行われてきているので、光は見えてきたと感じている。
 
福田)ニジェールでは、中世の奴隷時代の名残で、家族によっては自分の子どもの見分けがつくように、生まれた時に顔に傷をつける風習が残っている。虐待ではない。そうした最貧国にも逃げてくる難民がいる(ボコハラムなど)。想像もつかない生活をしている国の中で、「自分の名前を字で書ける」ようにと各国NPO団体が、難民の子どもも含めて「寺子屋」のような学校を設置している。ニジェールのあるサハラ砂漠は厳しい環境だが、とにかく星が綺麗。悲惨な大変な中にも感動や美しいと思うことがある。難民にお菓子をあげたりした事実は、まさにそういうことであり是非ムゼウムにて残していただきたい。
 
石岡)身重の状態でユダヤ難民として敦賀に辿り着き、日本で出産したドラ・グリンバーグさんの物語を聞くに、隣にいる人に優しい言葉を掛けてあげられるかを大事にしていければと思う。
 
井澤)SDGsによって、「我々の世界を変革する」、「誰ひとり取り残されない世界の実現」のための戦いに変わってきた。海の向こう側の世界の話しではなくて、「取り残されている」ことは日本にも身近なところにある。その人を助けるために何ができるかを考える時代にある。
 
福田)コロナでリモートが進み、これまでの人間臭いことをどうしていくのか。宗教や親子の関係でさえもどうなっていくのか分からない大変な時代になってきているので、自分で考えていかなければならない。哲学的な話しになるが、人間はひとりで生まれ、一人で死んでいくという原則が、もしかすると連帯感なのかもしれない。痛みの分かる人間になって欲しい。
 
③まとめ、会場へのメッセージ
石岡)コロナで人との連携が難しくなってきているが、自分から隣の人に声を掛けてみることを是非勇気を出してやって行って欲しい。アウシュビッツも突如として日常から始まるものであったことから、日頃の心掛けを大切にしていただければと思う。
 
福田)。グローバルとローカルを合わせた19年前に出来た「グローカル」という日本の言葉。グローバルだけでも、ローカルだけでも生きていけない。足はしっかり地につけ、目は遠くを見ることが大事。
 
井澤)SDGsは、ゴールベースの考え方。ルールベースでなく、新幹線開業に向けてもゴールベースの考えにシフト。学びとは掛け算である。気付き×知識×行動=?
 
岡田)人道とは「人間が互いにその人生を改善すること。より多くの満足を与えること」。
 
以 上