2026年7月26日
『柴田勝家と丹羽長秀』〜第42期 敦賀市民歴史講座(第2講)を開催〜
夏の高校野球 福井大会。
昨日、福井市のセーレン・ドリームスタジアムで決勝戦が行われ、先制点を奪った敦賀気比は、試合を優位に進め、福井工大福井に4-1で勝利。
見事、甲子園の切符を手にしました。
全国高校野球選手権の開幕は8月6日。
敦賀気比には県勢27校の代表として、“聖地”甲子園でも大いに活躍されることを期待いたします。
さて、決勝戦の行方を気にしつつ、お昼過ぎからは、気比史学会主催の「第42期 敦賀市民歴史講座(第2講)開催のための準備。
こちらはもう手慣れたもので、机・椅子などの設営は敦賀市シルバー人材センターの方々にお任せし、役員側にてプロジェクターや音響などのセッティング、受付の準備など。
開演1時間前の13時に受付を開始すると同時に、数名の方がお越しになり、それだけ楽しみにお越しいただいたことを嬉しく思った次第です。
その後も続々と来場があり、開演前には定員100名がほぼ満席。
昨日も30℃を裕に超える猛暑の中、95名の参加をいただいたことに事務局として心より感謝申し上げます。

【ほぼ満席となった会場の市立図書館3階 研修室】
今期第2講の講師は大河内勇介様(福井県立博物館 学芸員)。
『柴田勝家と丹羽長秀』をテーマに、冒頭、趣旨として、秀吉が多大な影響受け、名字とした「羽」=丹羽長秀、「柴」=柴田勝家をとりあげ(羽柴名字の由来は、寛永8年(1631)竹中重門『豊鑑』)、勝家の越前統治や長秀の若狭統治の特徴、そして二人の運命を大きく変えた本能寺の変から腰ヶ岳の戦いまでの動向、柴田家滅亡後の丹羽家の変遷などについて、古文書を読み解きながら紹介していくとありました。
また講座では、①勝家の越前統治、②長秀の若狭統治、③本能寺の変から賤ヶ岳の戦いまで、④丹羽家の越前統治と変遷等について、例えば古文書をLINE風にお示しいただいたりと、大変分かりやすく、また楽しくご教授いただきました。

【古文書もLINE風にするとこんなに面白い。信長からの手紙に部下は「承知しました」のみ。】
なお、当会の糀谷会長曰く、通算300回近くになる本市民歴史講座で、“勝家と長秀”を本格的に取り上げたのは、意外や初めてとのことで驚き。
先生の資料によれば、本能寺の変で信長が亡くなり、勝家、長秀、秀吉の運命が変わった。
織田家に忠実で合議を重視し、天下人になろうとしなかった勝家。
織田家中の情報の結節点・調整役であったが秀吉についた長秀。
山崎の合戦で最大の功績をあげ、勢力を伸ばし、天下人となる野望を自覚した秀吉。
秀吉は天下分け目の戦いで長秀とともに勝家を滅ぼし、勝家は織田一族の血を秀吉に託した。
内容を端折り恐縮ですが、“まとめ”では、「秀吉に深く関わった勝家と長秀。二人とも福井にゆかり。対照的な動向。墓所は近く。」とありました。
墓所は確かに、福井市内の足羽山近くのわずか1kmしか違わないということで、機会あらば、二人の墓所をお参りしたいと思う、心に残る講座となった次第です。
本講座に初登壇いただいた大河内先生。
最近ではAIも駆使して研究に取り組まれる、日本中世史の分野において大活躍されている方。
今回、大変興味深いお話をいただいたことに感謝申し上げるとともに、今後ますますのご活躍をご祈念いたします。
誠にありがとうございました。






